シャーレに併設されたカフェに、新しい設備が入った。
それは、休憩用のベッドだった。
カフェの一角、少し奥まった場所に置かれたそれは、簡易ベッドというには寝心地が良さそうで、かといって医務室のベッドほど堅苦しくもない。柔らかなマットレスに、清潔な毛布。近くには小さなサイドテーブルまで置かれている。
黒夜は、それを見つけて足を止めた。
「……カフェにベッドですか」
思わず、そんな言葉が漏れる。
別に不思議ではない。シャーレには多くの生徒が訪れるし、疲れて仮眠を取りたい生徒もいるだろう。実際、最近のシャーレは何かと人の出入りが多い。
それでも、カフェの中にベッドがある光景は少し新鮮だった。
黒夜は周囲を見回す。今はちょうど客足が少ない時間帯らしく、カフェ内は静かだった。店員も奥で作業をしている。ベッドの周りには誰もいない。
「人も少ないですし…少し、試すくらいなら」
黒夜はそう呟き、ベッドの端に腰を下ろした。
思ったより柔らかい。沈み込みすぎることもなく、身体を受け止めてくれる。
「なるほど……これは、確かに休憩用としては良さそうですね」
少しだけ寝転んでみると天井が見えた。
カフェの柔らかな照明。遠くから聞こえる食器の音。空調の穏やかな風。背中に触れるマットレスの感触。
ここ最近、少しだけ慌ただしかった。
記憶が過去に戻る騒動もあった。戻ってからは、皆に心配をかけた分、できることをしようとしていた。もちろん無茶はしないよう気をつけているつもりだったが、身体は正直だったらしい。
「……思ったより、寝心地が……」
いい。
そう言おうとして、黒夜の声は途中で途切れた。
自然とまぶたが落ちる。試すだけのつもりだった。
少し横になるだけのつもりだった。けれど、静かなカフェと柔らかなベッドは、思った以上に強敵だった。
黒夜はそのまま、すう、と寝息を立て始めた。
◆
最初に黒夜を見つけたのは、ティーパーティーの三人だった。
三人は普通に休憩を取るため、シャーレ併設カフェにやって来た。紅茶でも飲みながら、少しだけ落ち着いた時間を過ごすつもりだった。
だが、カフェの奥にあるベッドを見た瞬間、足が止まる。
「……え!?」
ベッドの上で、黒夜が眠っている。左目にはいつもの眼帯。呼吸は穏やかで、表情も落ち着いている。どうやら体調不良というより、本当に寝落ちしているだけらしい。
ミカは両手で口元を押さえた。
「なんで、黒夜がこんな所で……?」
声が、限界まで小さくなる。
セイアは黒夜の様子を静かに観察した。
「呼吸は安定している。疲れて眠ってしまったのだろうね」
「そういう事なら起こしてはいけませんね」
ナギサが即座に言った。その言葉は正しい。
黒夜は休むのが下手だ。せっかく自分から、いや、自分からかどうかは怪しいが、とにかく眠れているのなら起こすべきではない。
三人は、それを理解していた。
理解していたが。
ベッドの片側には、少しだけ空きがあった。
黒夜の隣に、人ひとりが寝転がれるくらいの空間がある。
ミカの視線が、そこへ吸い寄せられた。
「……」
ナギサの視線も、一瞬だけそこへ向かった。
「……」
セイアも、何も言わずに喉を鳴らした。
三人は同時に理解した。これは口に出してはいけない。
ここで「隣に行きたい」などと口にすれば、即座に他二人から止められる。黒夜を起こしてはいけないという大義名分のもと、確実に阻止される。
だから、誰も口には出さなかった。
それでも最初に動いたのはミカだった。
「えっと……黒夜、ちゃんと寝られてるかな? ちょっと顔色だけ確認して――」
ミカが一歩進もうとした瞬間、ナギサがすっと前に出た。
「ミカさん。顔色ならここからでも確認できますよ」
「え? でも、近くで見ないと分からないこともあるかも……」
「黒夜さんの安眠を守るためにも、不必要に近づくのは控えるべきです」
「ナギちゃん、今、進路塞いだよね?」
「何のことでしょうか?」
ナギサは優雅に微笑んだ。その横で、セイアが少しだけ歩き出す。
「では、私は空調の位置を確認してこよう。風が直接当たっているかもしれない」
「セイアさん、空調はこちらから見ても分かります」
「そうかな。角度によっては分からないものだよ」
「セイアちゃん、絶対近づく口実だよね?」
「ミカ、人聞きの悪いことを言わないでくれ。私は純粋に黒夜の睡眠環境を心配しているだけだ」
「私だって心配してるもん!」
「声が少し大きいですよ」
ナギサが小声で注意する。三人は黒夜の方を見る。
黒夜は変わらずに眠っている、起きていない。
三人は同時にほっと息を吐いた。
しかし、その静かな攻防は終わらなかった。
ナギサは近くの椅子をそっと引いた。
「私はここで見守ります。黒夜さんが目を覚ました時、すぐに対応できるように」
「そこ、ベッドに近くない?」
「偶然です」
「偶然にしては、かなり黒夜側に寄っているね」
セイアが淡々と指摘する。
ナギサは微笑んだまま、椅子の位置をほんの少しだけ戻した。
その時、カフェの入口から別の声が聞こえた。
「ふむ、シャーレ当番の後の休憩も悪くないな!」
「うるさい…」
「まだ何も言ってないだろう!?」
「大声で言ってるよ…」
入ってきたのは、マコト、ヒナ、カヨコだった。
シャーレ当番を終え、軽く休むつもりで寄ったらしい。だが、三人はすぐに奥のベッドに気づいた。
そして、黒夜が眠っていることにも。
マコトは目を見開いた。
「黒夜が寝ているだと!?」
「マコト」
ヒナが即座に低い声で制した。
「静かにして」
「む……」
マコトは慌てて声を落とした。
カヨコは黒夜を見て、短く言う。
「気持ちよさそうに寝てるね」
「ええ。疲れていたのでしょう」
ナギサが小声で答える。
ヒナは黒夜の寝顔を見て、ほんの少しだけ表情を緩めた。
「……休めているなら、それでいい」
そう言いながら、ヒナの視線が毛布へ向く。
黒夜の肩にかかっている毛布が、ほんの少しずれていた。
ヒナは一歩前へ出る。
「毛布がずれているわ。直してくる」
「私がやるよ」
カヨコがすぐに横から言った。ヒナの足が止まる。
「……カヨコ」
「ヒナが行くと、周りが警戒する」
「…そうかしら?」
「そうだよ」
カヨコは淡々と黒夜へ近づき、毛布をそっと直した。
その手つきは静かで、黒夜を起こすことはない。
だが、カヨコは毛布を直した後も、すぐには離れなかった。少しだけ黒夜の寝顔を確認し、近くの椅子の位置を見た。
ミカが小声で言う。
「カヨコちゃん、近くない?」
「毛布を直しただけだよ」
「その椅子見たよね?」
「見ただけ」
カヨコは何食わぬ顔で戻ってきた。
マコトは腕を組む。
「そもそも黒夜はゲヘナの生徒だ。ゲヘナの生徒が寝ているのであれば、万魔殿議長であるこの私が健康状態を確認する責務が――」
「ないよ」
カヨコが即答した。
「ある!」
「声」
ヒナが言う。
マコトはまた口を閉じた。
次にやって来たのは、リオとヒマリだった。
二人は普通に軽食を取るつもりだった。だが、カフェの奥に集まっている面々と、その中心で眠る黒夜を見て、すぐに状況を察した。
「黒夜が寝ているのね」
ヒマリは車椅子から黒夜を見て、少し楽しそうに目を細めた。
「なるほど。これは非常に興味深い状況ですね」
「ヒマリ、妙なことを言わないで」
「妙なことなど言っていませんよ。黒夜さんが自発的に休息を取っている貴重な場面です。この超天才清楚系病弱美少女ハッカーとしては、休息環境の評価を――」
「つまり近づく口実ね」
「では、リオはなぜベッドの安全性を確認するような目で黒夜さんの隣を見ているのですか?」
「見ていないわ」
「見ています」
「私は導線と設備配置を確認していただけよ」
「その導線は黒夜さんの隣へ続いているようですが」
「ヒマリ」
リオの声が少し低くなる。
カヨコが小さく呟く。
「ミレニアムも同じか」
ヒナが少しだけ目を伏せた。
「……全員、考えることは同じなのね」
「ヒナも?」
「カヨコ」
「何でもない」
さらに少しして、アビドスの三人がカフェに入ってきた。
ホシノと二人のシロコ。
「うへ~、ここ涼しいね~。休憩にちょうど……おや?」
ホシノは黒夜を見つけると、眠そうな目を少しだけ細めた。
「珍しい、黒夜君が人前で寝てるよ~」
「ん、ホントだ」
シロコ*テラーは黒夜を見つめ、静かに呟いた。
『無防備』
「起こさないようにお願いします」
ナギサが釘を刺す。
ホシノはゆるく手を振った。
「大丈夫大丈夫。おじさん、ちょっと休みに来ただけだからさ~」
そう言って、ホシノは自然にベッド近くの椅子へ向かおうとする。
全員の視線が一斉に動いた。
セイアが静かに言う。
「小鳥遊ホシノ。その椅子は随分と黒夜に近いのでは?」
「え~? ただ空いてる椅子に座ろうとしただけだよ~」
シロコが淡々と言う。
「ん、ホシノ先輩、それは無理があると思う」
シロコ*テラーも頷いた。
『ん、強敵』
「二人とも、ひどいな~」
ホシノは笑いながらも、結局少し離れた椅子へ座った。
ただし、その位置は離れたと言っても、黒夜の寝顔がよく見える絶妙な場所だった。
ナギサは気づいたが、指摘すると自分も同じ土俵に立つ気がして黙った。
そこへ、少し慌ただしい足音が近づいてくる。
「すまない、遅くなった」
アリウススクワッドだった。
サオリ、アツコ、ミサキ、ヒヨリ。
黒夜とここで待ち合わせをしていたが、用事が立て込んで少し遅れてしまったらしい。
アツコはベッドで眠る黒夜を見て、足を止めた。
「あれ? 黒夜が寝てる」
サオリは少し申し訳なさそうに眉を寄せる。
「待たせてしまったから、疲れて眠ってしまったのかもしれない」
「うう……私たちが遅れたせいですか……?」
ヒヨリが小さく震える。
ミサキは黒夜を見て、肩をすくめた。
「いや、たぶん元から疲れてたんでしょ?」
アツコは静かに言う。
「じゃあ、起きるまで近くで待ってよっか?」
その一言に、周りの空気が変わった。近くで待つ。
待ち合わせ相手としては、非常に自然な言葉だった。
そして自然だからこそ、強い。
ナギサが微笑みながら割り込む。
「アツコさん。黒夜さんは眠っていますので、少し離れた席で待つのがいいと思いますよ」
「でも、待ち合わせしてたから」
サオリが真面目に頷く。
「待ち合わせ相手として、私たちが近くで待つのは自然だと思うが」
ミカが小声で言う。
「サオリ、少し黙ってて……」
ミサキは半眼になる。
「いや、みんな空気おかしいからね」
ヒヨリはおろおろしている。
「で、でも、黒夜さんの近くで待つ権利くらいは……うう、ありませんか……?」
「権利という言葉を出すと話がややこしくなるわ」
リオが冷静に言った。
ヒマリはにこにこしている。
「しかし、これは実に面白いですね。誰一人として本音を口にしていないのに、全員の視線が黒夜さんの隣に吸い寄せられています」
「ヒマリさん」
ナギサの声が少しだけ鋭くなる。
「何でしょう?」
「それ以上の分析は不要です」
「ふふ、承知しました」
こうして、カフェの奥は異様な緊張に包まれた。
誰もはっきりとは言わない。
添い寝したい、などとは誰も言わない。
だが、全員が黒夜の隣の空間を意識している。
誰かがドリンクを取りに行くふりをすれば、別の誰かが自然にその進路を塞ぐ。
誰かが空調を確認すると言えば、他の誰かが割り込み止める。
誰かが毛布を直そうとすれば、すでに直されている。
誰かが椅子を引けば、その椅子はさりげなく別の位置へ移動される。
表面上は静かなカフェだった。
しかし水面下では、すでに激しい争奪戦が始まっていた。
そこへ、最後の来客が現れた。
『黒夜さん、いらっしゃいますか?』
その言葉と共に現れたのは黒いティーパーティーの三人だった。
彼女達は黒夜に会いに来たらしい。だが、入ってすぐに状況を理解した。
ベッドで眠る黒夜。
その周囲に集まる面々。
誰もはっきり動かないが、全員が黒夜の隣を意識している空気。
ナギサ*テラーは一瞬で察した。
『…なるほど』
ナギサが嫌な予感を覚える。
「な、なんですか…?」
『皆さん、黒夜さんとの添い寝を狙っているのですね』
空気が止まった。全員が沈黙する。
ミカが慌てて両手を振る。
「ち、違うよ!? 別に私は、黒夜の寝顔が心配だっただけで!」
「ミカ、それは言い分はかなり苦しいよ」
「セイアちゃんだって空調がどうとか言ってたじゃん!」
「私は環境確認だ」
「同じだよ!」
ミカ*テラーは黒夜の寝顔を見た。
そして、何のためらいもなく言った。
『私が黒夜と添い寝したい!』
ついに、誰もが避けていた言葉が出た。
周りが一斉に固まる。ナギサが目を見開く。
「黒ミカさん!?」
ミカ*テラーは少し考えたあと、声を落とした。
『あっ!大きな声出したら黒夜が起きちゃうね、じゃあ小声で言うね。黒夜と添い寝したい』
「小声なら良いという話ではありません!」
セイア*テラーは静かに頷いた。
『しかし、ここまで皆が言わずに耐えていたのは少し意外だね』
ナギサ*テラーも黒夜を見つめる。
『気持ちは分かります。眠る黒夜さんの隣で、悪い夢を見ないよう見守りたいという気持ちは』
ナギサが震える声で言う。
「分かってしまうのですか……?」
『貴女は私ですからね』
その瞬間、建前が崩れた。
マコトが小声の限界を突破しかける。
「そもそも黒夜はゲヘナの生徒だ! ならばこの私が――」
「声が大きい!」
ヒナが制するが、ヒナ自身も少しだけ焦っている。
リオは冷静を装いながら言う。
「睡眠時に安心できる相手が近くにいることは、精神的安定に寄与する可能性があるわ」
ヒマリが楽しそうに笑う。
「リオ、ついに合理性を盾にしましたね」
「事実を述べただけよ」
アツコは静かに手を上げる。
「私は待ち合わせしてたから、隣で待つのは自然だと思う」
サオリが頷く。
「アツコの主張には筋がある」
ミサキがぼそりと言う。
「筋はあるけど、みんな目的は同じでしょ」
ヒヨリが泣きそうに言う。
「で、でも私たちも遅れてしまいましたし……黒夜さんの近くで反省を……」
「反省ならどこでも出来るでしょ?」
カヨコが淡々と切る。
シロコ*テラーは短く言った。
『ん、私が添い寝した方が黒夜も喜ぶと思う』
シロコが即座に返す。
「ん、違う」
『違わない』
「違う」
ホシノはのんびり笑う。
「うへ~、みんな本音が出てきたね~」
「ホシノさんは最初から自然に近づこうとしていましたよね?」
ナギサに指摘され、ホシノは目を逸らした。
「おじさん、ただ座ろうとしただけだよ~」
「その椅子は黒夜の真横でした」
「偶然偶然」
「偶然が多すぎます!」
ナギサは一旦場を収めようとする。
「皆さん、落ち着いてください。黒夜さんは眠っているのです。ここで騒いでは――」
『では、順番を決めましょう』
ナギサ*テラーが言った。
「順番?」
『はい。黒夜さんと添い寝する順番です』
「決めません!」
『では抽選でしょうか?』
「抽選でもありません!」
ミカ*テラーが小さく手を上げる。
『私は一番がいい!』
ミカが叫びかける。
「黒い私、ずるいよ!私が一番最初がいい!!」
セイアが即座に注意する。
「ミカ、声が大きくなってるよ」
「セイアちゃんもさっきから参加してるよね!?」
「私は状況整理をしているだけだ」
「じゃあ、セイアちゃんは添い寝したくないの?」
「……今はその問いに答えるべきではない」
「答えたようなものだよ!」
その一言をきっかけに、全員の小声が少しずつ大きくなっていった。
「黒夜さんの安眠を守るなら、最も落ち着いた者が隣にいるべきです」
「だったらナギちゃんも候補から外れるよ! 今けっこう動揺してるもん!」
「ミカさんに言われたくありません!」
「黒夜はゲヘナの生徒だと言っているだろう!」
「マコト、うるさい」
「私は合理的な観点から――」
「リオ、羨ましいならそう言えばよいのでは?」
「アツコが隣で待つのは自然だと思う」
「サオリはそればっかり言わないで!」
「デブシロコは大きいから添い寝は無理」
『よわシロコは黙ってて!』
『黒夜さんの隣は譲れません!』
『私が添い寝するんだから!』
『こっちの私、手を組まないか?私たちの体躯ならギリギリ二人で添い寝できるんじゃないかな?』
「…その手があった!!」
「セイアちゃん!!」
声が重なる。最初は囁きだったものが、もはや大声の声量になっている。
そして。
「ん……?」
ベッドの上で、黒夜が小さく身じろぎした。
全員が一瞬で固まった。
黒夜の瞳が、ゆっくりと開く。
眠そうに何度か瞬きをしてから、周囲を見回した。
「あれ……皆さんお揃いで何してるんですか?」
沈黙。誰も動かない。
黒夜は寝ぼけた顔で、カフェの奥に集まった面々を順番に見る。
黒夜はしばらく考えた後、困惑した声で言った。
「……なぜ、私の寝ているベッドの周りにこんなに集まっているのですか?」
誰も答えない。視線が泳ぐ。
その中で、カヨコだけが淡々と言った。
「添い寝の争奪戦中だよ」
「添い寝…?」
黒夜がその言葉を繰り返した。
全員が一斉にカヨコを見る。
「カヨコさん!?」
「平気だよ、よく見てて」
カヨコは平然としていた。
黒夜は寝ぼけたまま、もう一度周囲を見回した。
そして、少しだけ困ったように笑う。
「……よく分かりませんが」
皆が息を呑む。
黒夜は毛布を少し引き上げた。
「私は、もう少し寝ますので……できれば静かにしていただけると助かります」
その声は柔らかかった。
しかし、全員の胸に刺さった。
全員が一斉に小さくなる。
「……はい」
ミカがしょんぼりしながら頷く。
「ごめんね、黒夜……」
「いえ。皆さんがいらっしゃるなら、安心して眠れますので」
黒夜は半分寝ぼけたまま、そう言った。
その瞬間、全員の表情が変わった。
けれど、今度は誰も声を上げなかった。
黒夜が目を閉じる。
しばらくして、再び穏やかな寝息が聞こえ始めた。
カフェの奥は、今度こそ静かになった。
誰も添い寝はできなかった。
誰も隣を確保できなかった。
ただ全員が、黒夜を起こさないように、静かに椅子へ座る。
ホシノが小声で呟いた。
「うへ~、黒夜君に怒られちゃったね~」
シロコが頷く。
「みんな敗北」
カヨコも短く言う。
「昔から寝起きは寝ぼけるからさっきの事も覚えていないよ」
ミカは小声で言った。
「次はもっと静かに争おうね」
ナギサが即座に返す。
「次を作らないでください」
ミカ*テラーが小さく手を上げる。
『じゃあ、次は最初から順番制で――』
『「ダメです」』
ナギサとナギサ*テラーの声が、珍しく重なった。
黒夜はその声にも起きなかった。
ただ静かに眠っている。
その寝顔を見て、誰からともなく、少しだけ笑みがこぼれた。
騒がしくて、少し面倒で、どうしようもなく過保護な面々に囲まれながら。
黒夜は、もう少しだけ眠り続けた。