ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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黒夜が居なかった世界 ~1~

 その日、黒夜はトリニティの自宅で、ナギサ*テラー達と紅茶を飲んでいた。

 

 特別な用事があったわけではない。

 ナギサ*テラーが勝手に棚から茶葉を選び、ミカ*テラーが勝手にソファに寝転がり、セイア*テラーが勝手に黒夜の隣の席を確保していた。

 

 もはや見慣れた光景だった。

 

「……皆さん、せめて来る前に一言連絡をください」

 

『黒夜さんの家に来るのに、連絡が必要なのですか?』

 

「当たり前では?」

 

『えー、でも黒夜の家ってもはや私たちの実家みたいな物じゃんね』

 

「私の家です」

 

『つまり、帰省だね』

 

「黒セイア様まで乗らないでください」

 

 黒夜が困ったようにため息を吐くと、三人は楽しそうに笑った。

 その光景は、何度も繰り返された日常だった。

 だからこそ、黒夜は最初、その異変に気づくのが遅れた。

 ナギサ*テラーの指先に、淡い光が集まっていた。

 

「……黒ナギサ様なんですか、それ?」

 

 黒夜が声をかける。

 見ると、ミカ*テラーの肩にも、セイア*テラーの髪にも、同じような光が絡み始めていた。粒子のような光が、三人の身体を包んでいく。

 黒夜は椅子から立ち上がった。

 

「何か変ですよ……!」

 

 黒夜は取り乱したが、三人はまたかといった表情で至って平常心だった。

 ナギサ*テラーは自分の手元を見て、少しだけ眉を下げる。

 

『ああ、またですか』

 

 ミカ*テラーも、面倒そうに頬を膨らませた。

 

『えー、今? せっかく黒夜の淹れた紅茶飲んでたのに』

 

 セイア*テラーは光に包まれながらも、落ち着いた様子でカップをテーブルへ置いた。

 

『今回は少し早いね。前回から、そこまで経っていないと思ったのだけどね』

 

「皆さん、どうしてそんなに落ち着いて……!」

 

 黒夜には、そう見えなかった。

 彼女達が消えていく。

 光に包まれ、手の届かない場所へ連れて行かれるようにしか見えなかった。

 ミカ*テラーは慌てる黒夜を見て、すぐに手を振った。

 

『大丈夫だよ、黒夜。これ、たまにあるやつだから』

 

「なにを言ってるんですか!?」

 

『すぐに戻るから――』

 

 その言葉を最後まで聞く前に、黒夜は動いていた。

 近くにいたセイア*テラーの手を、反射的に掴む。

 

「待ってください!」

 

 セイア*テラーの目が見開かれた。

 

『黒夜、離すんだ!このままだと君も――』

 

 言い終わる前に光が弾けた。

 

 部屋の輪郭が歪む。床の感触が消える。

 紅茶の香りも、窓の外の景色も、すべてが白く塗り潰されていく。

 

 黒夜は掴んだ手を離さなかった。

 次の瞬間、身体が強く引っ張られる感覚があった。

 落ちているのか、飛ばされているのかも分からない。

 ただ、握ったセイア*テラーの手だけが、確かにそこにあった。

 

 そして――。

 

 黒夜は、硬い地面に膝をついた。

 

「っ……!」

 

 視界が揺れる。

 空気の匂いが変わったのを感じた。自宅ではない、外だ。

 黒夜は顔を上げる。そこは、トリニティ近郊の外れのようだった。遠くに白い校舎が見える。見慣れたトリニティの景色に似ているが、どこか空気が違う。

 

 隣には、セイア*テラーがいた。

 少し離れた場所に、ナギサ*テラーとミカ*テラーも倒れ込むように現れている。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 黒夜は立ち上がり、三人の無事を確認した。

 ナギサ*テラーは軽く髪を整えながら起き上がる。

 

『問題ありません。慣れているとはいえ、少し乱暴な転移でしたね』

 

 ミカ*テラーは草を払いながら、黒夜を見た。

 

『ていうか黒夜も来ちゃったの!? 大丈夫!? 怪我してない!?』

 

「私は大丈夫です。皆さんこそ……」

 

『私たちは平気だよ。でも……』

 

 ミカ*テラーは、少し困ったように笑った。

 

『ついてきちゃったんだね』

 

「……すみません。皆さんが消えるように見えて、咄嗟に」

 

 セイア*テラーは握られたままだった手をちらりと見て、静かに息を吐いた。

 

『君らしいと言えば、君らしいね』

 

「説明していただけますか」

 

 黒夜は真剣な顔で三人を見る。

 

「これは、何なのですか?」

 

 三人は顔を見合わせた。

 そして、セイア*テラーが代表するように口を開く。

 

『簡単に言えば、世界の補正だよ』

 

「世界の補正……?」

 

『同じ世界に、同じ人物が二人存在し続けるのは、世界にとっては不安定な状態らしい』

 

 セイア*テラーは、いつものように落ち着いた声で説明する。

 

『私たちは本来、君たちの世界の存在ではない。テラー化したとはいえ、ナギサ、ミカ、私。そんな私たちと似た存在……いや、同じ根を持つ存在が、君たちの世界のナギサ、ミカ、セイアと同時に存在している』

 

「それで、世界のバランスが崩れると?」

 

『そうです』

 

 ナギサ*テラーが続けた。

 

『普段は問題なく過ごせていますが、一定の周期で世界が私たちを異物として弾こうとするのです。その結果、一時的に別の世界へ飛ばされるんですよ』

 

「定期的に……」

 

『初めてではありません』

 

 だから三人は驚かなかったのか。黒夜はようやく理解する。

 

 彼女達にとっては慣れた現象だった。

 消えるわけではなく、一時的に別の世界へ飛ばされるだけ。時間が経てば戻ってくる。

 だが、黒夜はそれを知らなかった。

 

「……先に教えておいていただければ」

 

『聞かれなかったので』

 

 ナギサ*テラーが悪びれずに言う。

 

「聞く機会もありませんでしたよ」

 

『まあ、まさか君が手を掴んで一緒に飛ばされるとは思わなかったからね』

 

「それは……申し訳ありません」

 

 黒夜は素直に頭を下げた。

 ミカ*テラーは慌てて手を振る。

 

『謝らなくていいよ! 黒夜が私たちを心配してくれたんだもん! むしろ嬉しい事だよ!』

 

『嬉しいかどうかと、危険だったかどうかは別問題です』

 

 ナギサ*テラーが言う。

 

『ですが、黒夜さんが無事で良かったです』

 

 黒夜は少し考えた後、ふと疑問を口にした。

 

「あれ? 皆さんの話の通りならシロコ*テラーさんやプレ先さんはどうなるのですか?あの方々も、別の世界から来た存在ですし、どちらも同一人物が居ますよね?」

 

 その問いに、セイア*テラーが頷いた。

 

『良い疑問だね』

 

 ナギサ*テラーは少しだけ肩をすくめる。

 

『シロコ*テラーさんとプレナパテスさんは、正規の手段で世界を渡ってきた存在です。世界の理に沿った通行許可証を持っている、とでも言えばいいでしょうか』

 

「通行許可証……」

 

『一方で、私たちは不法侵入に近い』

 

 セイア*テラーがさらりと言った。

 黒夜は思わず沈黙した。

 

「そうだったんですか?」

 

『ええ。黒夜さんの家に勝手に上がるのとは、少し規模が違いますね』

 

「どちらもやめていただきたいのですが」

 

 ミカ*テラーが笑う。

 

『つまり、向こうはちゃんと門から入ったけど、私たちは塀を乗り越えて入った感じ?』

 

『だいたい合っているね』

 

「わかりやすいですね」

 

 黒夜は頭を押さえた。

 だが、説明としては納得できた。

 

 正規の手段で世界を渡った存在は、世界に受け入れられている。

 一方で、ナギサ*テラー達は本来いるべきではない存在として、不定期に弾かれる。

 そして今回、黒夜はその弾かれる現象に巻き込まれた。

 

「では、戻る方法は?」

 

『基本的には時間経過だね』

 

 セイア*テラーが答える。

 

『一週間ほどで戻ることが多い。ただ短い時もあれば、少し長引く時もある』

 

「つまり、それまではこの世界で過ごすしかないと」

 

『そうなるね』

 

 黒夜は周囲を見回した。

 

 遠くに見えるトリニティ。

 見慣れたはずなのに、どこか違って見える景色。

 

「ここは、どの世界なのでしょうか」

 

 その言葉に、テラー三人の表情がわずかに変わった。ほんの一瞬。

 黒夜はそれを見逃さなかった。

 

「……皆さん?」

 

 セイア*テラーは、遠くのトリニティを見つめていた。

 

『おそらく、私たちが以前……』

 

 言いかけて、彼女は言葉を切った。

 

『いや、まだ断言はできないかな?』

 

 ナギサ*テラーも静かに頷く。

 

『まずは情報を集めましょう。私たちの知っている世界と似ていても、完全に同じとは限りませんから』

 

「そうですね」

 

 黒夜は少しだけ違和感を覚えた。

 何かを隠している。だが、今問い詰めるべきではないとも感じた。

 ミカ*テラーは重くなりかけた空気を吹き飛ばすように、ぱん、と手を叩いた。

 

『まあまあ! とりあえず、すぐ帰れないなら休暇だと思えばいいんじゃない?』

 

「休暇、ですか」

 

『どうせやることもないし、百鬼夜行あたりに行こうよ。美味しいもの食べたいしさ!』

 

 ナギサ*テラーは一瞬呆れたように目を細めたが、否定はしなかった。

 

『確かに、下手にこの世界のトリニティへ近づくより、他の学園方面へ移動した方が安全かもしれませんね』

 

 セイア*テラーも口元を緩める。

 

『百鬼夜行なら、甘味も多い。温泉もある。短期滞在としては悪くないかもね』

 

「皆さん、切り替えが早いですね」

 

 黒夜は少しだけ苦笑した。

 けれど、悪い案ではない。

 

 戻る方法が時間経過しかないなら、無理に動いても仕方がない。

 トリニティ付近にいるより、別の場所で静かに過ごす方が問題も少ないだろう。

 

「分かりました。では、私も休暇気分でお供します」

 

『本当!?』

 

 ミカ*テラーの顔がぱっと明るくなる。

 

『やった! 黒夜と旅行!』

 

「旅行ではありません。あくまで一時避難です」

 

『一時避難旅行だね』

 

「混ぜないでください」

 

 ナギサ*テラーも楽しそうに微笑む。

 

『百鬼夜行に行くなら、和菓子も良いですね。黒夜さん、お茶に合うものを選びましょう』

 

「紅茶に会う和菓子はあるんでしょうかね…?」

 

『なら、私は温泉に入るかな~?』

 

 セイア*テラーが言う。

 

『この世界の温泉が、私たちの知るものと同じとは限らないから調査も必要だろうね』

 

『セイアちゃん、それただ温泉入りたいだけじゃない?』

 

『否定はしないよ』

 

 少しずつ、空気が軽くなる。

 黒夜もようやく肩の力を抜いた。

 

 突然の転移。知らない世界。

 不安がないわけではない。

 それでも、三人がいつものように笑っているなら、必要以上に怯えることはないのかもしれない。

 そう思った時だった。

 

「……え?」

 

 背後から、声が聞こえた。

 黒夜達は一斉に振り返る。

 少し離れた道の先に、一人の少女が立っていた。

 

 淡い桃色の髪。白い羽根。

 明るい雰囲気をまといながらも、今は呆然とこちらを見つめている。

 

 聖園ミカ。

 

 だが、黒夜の知るミカではない。

 

 この世界のミカだった。

 ミカの視線は、最初にミカ*テラーへ向いた。

 自分と同じ顔をした、黒い羽根の少女。

 

 次に、ナギサ*テラー。

 さらに、セイア*テラー。

 そこでミカの表情が大きく揺れた。

 

「セイア……ちゃん……?」

 

 その声は、震えていた。

 明らかにこの世界のミカがセイア*テラー見つめている表情が変だった。

 

 そんなミカの様子に黒夜も自然と息を呑む。

 けれど、目の前のミカの表情だけで分かった。

 これは、ただの驚きではない事が薄々感じ取れた。

 

 ミカ*テラーはこの世界のミカを見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 

 ナギサ*テラーは何も言わない。

 セイア*テラーも堂々とそこに立っている。

 

 ミカは一歩、後ずさった。

 

「なに……これ……?」

 

 その視線が最後に黒夜へ向く。

 

「あなたたち……誰?」

 

 黒夜は返答に詰まった。

 休暇気分で百鬼夜行へ行こうとしていたが、その予定は始まる前に崩れてしまった。

 遠くに見えるトリニティの白い校舎。

 その上には、どこか暗い雲が立ち込めているように見えた。

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