ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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世界への宣告

 

 そのニュースは、あまりにも唐突にキヴォトス中へと流れた。

 

 午前中の授業が一段落し、生徒たちがそれぞれの時間を過ごし始めた頃。

 ラジオ放送、スマートデバイス、街頭モニター、ネットの情報網――

 あらゆる媒体が、同じ一文を繰り返し表示する。

 

【臨時速報】

 ゲヘナ学園とトリニティ総合学園が、共同で重要な発表を行います。

 

 その文面を目にした瞬間、多くの者が一度は読み違いを疑った。

 

 ゲヘナと、トリニティ。

 長年、いや、もはや歴史的と言っていいほど互いを嫌悪し、

 衝突し、睨み合い続けてきた二大勢力。

 

 その両校が――共同で、発表を行う。

 

「……冗談だろ?」

 

「誤報じゃないの?」

 

「また何か揉め事が起きたんじゃ……」

 

 ざわめきは瞬く間に広がり、

 やがてそれは疑念から、困惑へ、そして不安へと変わっていく。

 

 

 数時間後

 

 

 指定された会場には、すでに報道関係者が詰めかけていた。

 カメラのフラッシュが瞬き、マイクが並び、

 空気は張り詰めた糸のように重く、鋭い。

 

 壇上には、二つの席が用意されている。

 

 やがて、静かな足音と共に一人の少女が姿を現した。

 

 

 ゲヘナ学園、万魔殿議長――羽沼マコト。

 

 

 その表情はいつも通り、余裕と自信を纏っているように見えたが、

 その奥にある緊張を、彼女をよく知る者なら見逃さなかっただろう。

 

 続いて、反対側からもう一人。

 

 

 トリニティ総合学園、ティーパーティーホスト――桐藤ナギサ。

 

 

 背筋を伸ばし、歩調は一定。

 為政者としての仮面を完璧に貼り付けたその姿は、

 見る者に安心感すら与える。

 

 二人が壇上に並び立った瞬間、会場は一段、静まり返った。

 

 マコトが一歩前に出る。

 

「――本日は、お集まりいただき感謝する」

 

 その声はよく通り、余計な感情を含まない。

 

「早速だが、本題に入ろう。

 今回、我々ゲヘナ学園とトリニティ総合学園が

 共同で会見を開いた理由についてだ」

 

 会場の視線が、一斉にマコトへと集まる。

 

「話は、約1年前に遡る…」

 

 マコトはそう前置きし、淡々と語り始めた。

 

 かつて、連邦生徒会長が在任していた頃。

 キヴォトス全体の安定と未来を見据え、

 ある一つの構想が持ち上がっていたこと。

 

 それが――エデン条約

 

 ゲヘナ学園とトリニティ総合学園。

 決して交わることのなかった両校が、

 互いを理解し、衝突を終わらせるための和平条約。

 

「だが、皆さんの周知の通り。

 連邦生徒会長の失踪により、この構想は凍結された」

 

 その言葉に、会場の何人かが小さく頷く。

 

「だがその混乱の最中、一人の生徒が存在していた」

 

 マコトは一度、言葉を切った。

 

「ゲヘナ学園から、トリニティ総合学園へ。

 エデン条約締結に向けた――視察として、

 短期間、転入していた生徒だ」

 

 会場がざわつく。

 

「だが、連邦生徒会長失踪という前代未聞の事件、

 そして両校の不信感が重なった結果、

 情報は錯綜し、事実は歪められていった」

 

 マコトの視線が、真っ直ぐ前を射抜く。

 

「その生徒は、いつしか――

 ゲヘナがトリニティに送り込んだスパイ

 として噂されるようになってしまった」

 

 フラッシュが一斉に焚かれた。

 

 そのタイミングで、ナギサが静かに前へ出る。

 

「……その生徒は、心から両校の和平を願っていました」

 

 声は穏やかだが、確かな芯がある。

 

「それにも関わらず。

 エデン条約は凍結され、忘れ去られ、

 彼はただの“疑惑の存在”として扱われ続けた」

 

 ナギサは、ゆっくりと会場を見渡した。

 

「トリニティでは、彼は孤立し、

 噂と偏見の中で、静かに傷ついていった」

 

 一拍

 

「……そんな悲しい話がありますか?」

 

 その問いかけに、

 会場は完全な沈黙に包まれた。

 誰も、すぐには言葉を発せなかった。

 

 ナギサは一歩下がり、マコトが再び前に出る。

 

「だからこそ、我々は決断した」

 

 マコトの声が、強くなる。

 

「視察のために、エデン条約を、

 そして両校の和平を願った――

 心優しき一人の生徒、【月城黒夜】に報いるために」

 

「我々は、凍結されていたエデン条約を復活させる」

 

 マコトははっきりと宣言する。

 会場が、どよめいた。

 

「そして、来るべき時に――

 正式な調印を行う」

 

「……以上だ」

 

 マコトはそう締めくくり、

 ナギサと並んで一礼した。

 

 会場は、騒然となった。

 

 誰もが理解しきれないまま、

 ただ一つだけ確かなことを悟る。

 

 ――世界が、動いたのだ。

 

 その臨時ニュースは、

 キヴォトス中の空気を一様に塗り替えていった。

 

 だが――

 同じ映像、同じ言葉を見聞きしても、

 それをどう受け取るかは、人それぞれだった。

 

 

■ ゲヘナ学園

 

 

 壁面モニターに映る記者会見の映像を、

 ヒナは腕を組んだまま、無言で見つめていた。

 

 マコトの声。

 

 ナギサの言葉。

 

 そして――「月城黒夜」という名前。

 

 それらが流れるたびに、

 ヒナの胸の奥で、何かが静かにほどけていく。

 

「……大丈夫」

 

 ぽつり、とこぼれた言葉は、

 誰に向けたものでもなかった。

 

 隣では、カヨコも口を閉ざしていた。

 いつもの皮肉も、軽口もない。

 

 映像の中で語られる“悲しい物語”が、

 あくまで嘘だと理解していても、

 その嘘が必要だった現実の重さは、嫌というほど伝わってくる。

 

「……助かった、のかな」

 

 カヨコは小さく呟く。

 

 怒りも、焦りも、

 黒夜を今すぐ連れ戻したいという衝動も、

 すべてが、胸の奥で絡まり合っていた。

 

「いや……」

 

 ヒナが首を振る。

 

「助ける準備が、ようやく整っただけ」

 

 それは冷静な言葉だったが、

 その裏には、確かな安堵が滲んでいた。

 

 カヨコはモニターから視線を外し、

 椅子の背に深く身を預ける。

 

「……でもよかった」

 

 軽い調子を装いながらも、

 その表情は珍しく晴れやかだった。

 

「とはいえ、これで引き返せなくなった。

 黒夜一人を救うために、

 両校が“嘘”を抱え込んだんだから」

 

「……責任は重いわね」

 

 ヒナが静かに言う。

 

「うん。でも――」

 

 カヨコは一度、言葉を切り、

 画面に映るナギサを見つめた。

 

「それでもやる価値はあった。

 少なくとも、あの子を潰すよりね」

 

 ヒナは、その言葉に小さく頷いた。

 

 

■ トリニティ総合学園

 

 

 ミカは、椅子に座ったまま、

 モニターを食い入るように見ていた。

 

「……始まったね」

 

 ぽつり、と。

 

「世界を、丸ごと騙す嘘が…」

 

 驚きと、不安と、

 そして――ほんの少しの誇らしさ。

 

「ナギちゃん……」

 

 名前を呼ぶ声は、

 祈りに近かった。

 

 セイアは、ミカの隣で静かに映像を見つめている。

 

 会見の一言一句が、

 どれほどの覚悟の上で語られているかを、

 彼女は誰よりも理解していた。

 

「……もう、戻れないね」

 

 ミカが言う。

 

「戻る気は無いがね」

 

 セイアは短く答えた。

 

「でも、それでいい。

 最初から――覚悟してた」

 

 ミカは一瞬、目を伏せ、

 それから、ぎゅっと拳を握る。

 

「黒夜が、これを見てどう思うか……

 それだけが、ちょっと心配かな…」

 

 

■ シャーレ・執務室

 

 

 先生は、一人でモニターを見ていた。

 

 腕を組み、背もたれに体を預け、

 普段よりも少しだけ険しい表情で。

 

「……ずいぶん大きな舞台になったな」

 

 誰に言うでもなく、呟く。

 

 会談の場で決めた“嘘”が、

 こうして世界に流れていく様子を見て、

 胸の奥が、きしりと音を立てた。

 

 (まだ会ったこともない生徒なのに)

 

 それでも、先生は後悔していなかった。

 

「守るって、こういうことなんだろうな……」

 

 大人として、

 生徒を一人、地獄から引き上げるために。

 たとえ、自分たちが嘘つきになるとしても。

 先生は、タブレットを手に取る。

 

(これで終わりじゃない)

 

(……むしろ、ここからだ)

 

 画面の中で、

 マコトとナギサが壇上を降りていく。

 

 その背中を見送りながら、

 先生は静かに息を吐いた。

 

■ 月城黒夜・自宅

 

 

 静かな部屋。

 

 カーテン越しに差し込む光が、

 床に長い影を落としていた。

 

 テレビから流れる臨時ニュースの音だけが、

 この空間に残された唯一の現実だった。

 

 黒夜はソファに腰を下ろし、

 画面を見つめている。

 

 ゲヘナ学園。

 

 トリニティ総合学園。

 

 本来なら決して並び立たないはずの名前が、

 同じ文脈で語られていく。

 

 そして――

 

「月城黒夜」

 

 自分の名が、まるで“誰か別の人物”のもののように呼ばれた瞬間。

 胸の奥が、静かに震えた。

 

(……嘘か)

 

 あれは、真実ではない。

 歴史として語られている物語は、

 自分が生きてきた現実とは、まるで違う。

 

 だが

 

(それでも……)

 

 黒夜は、画面から目を離さなかった。

 

 ナギサの落ち着いた声。

 

 マコトの断定的な言葉。

 

 そしてそのすべてが、

 ――自分を守るために紡がれている、という事実。

 

(こんな、手の込んだ嘘を……)

 

 喉の奥が、わずかに詰まる。

 

 自分は、これまで誰にも頼れなかった。

 

 疑われないように、

 

 嫌われないように、

 

 見捨てられないように。

 

 ずっと、一人で耐えることを選び続けてきた。

 

(……でも)

 

 画面の中で語られる“救済の物語”は、

 確かに自分のためのものだった。

 

 それを作るために、

 

 誰かが頭を下げ、

 

 誰かが責任を背負い、

 

 誰かが「嘘つき」になる覚悟をした。

 

(私は……)

 

 唇が、わずかに震える。

 

(こんなにも、

 多くの人に囲まれていたんですね)

 

 気づかなかった。

 いや、気づかないふりをしていた。

 

 頼ってはいけないと思い込み、

 自分は価値のない存在だと決めつけて。

 

 それでも――

 

 それでも彼女らは、手を伸ばしてくれた。

 

 歴史を捻じ曲げてまで。

 世界を騙してまで。

 

(……私はなんて、幸運なんだろう)

 

 胸の奥から、じんわりと温かい感情が広がっていく。

 

 それは赦しではなく、

 同情でもなく。

 

 確かな「選択」だった。

 

「……ありがとうございます」

 

 自分の為にこの嘘を背負う覚悟をしたすべての人に向けて、

 確かに届いてほしいと願いながら、

 黒夜は小さく呟いた。

 

 テレビの向こうで、

 会見が終わり、

 人々がざわめき始める。

 

 その喧騒を遠くに感じながら、

 黒夜はゆっくりと背もたれに身を預けた。

 

(……今度こそ)

 

(誰かを信じて、生きてみよう)

 

 その決意は、まだ震えていたが、

 確かに、折れてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ アリウス自治区

 

 地下深く、外界の光を拒むように作られたその施設で、

 一台の古いモニターが映像を映し出していた。

 

 臨時ニュース。

 ゲヘナ学園とトリニティ総合学園、共同記者会見。

 

 その場に集まっていた四人は、誰一人として言葉を発さず、

 ただ画面を見つめていた。

 

 錠前サオリ

 

 戒野ミサキ

 

 秤アツコ

 

 槌永ヒヨリ

 

映像の中では、

壇上に立つマコトとナギサが交互に言葉を紡いでいく。

 

 

――エデン条約。

 

――視察のための短期転入。

 

――連邦生徒会長失踪による混乱。

 

――歪められ、捻じ曲げられた噂。

 

 そして

 

「月城黒夜」

 

その名が語られた瞬間、

ヒヨリが、ほんのわずかに肩を震わせた。

 

「……えへへ」

 

力のない笑いが、沈黙を破る。

 

「彼は……手を、差し伸べられる側だったんですね……」

 

 誰に言うでもなく、

 ただ事実を確認するような声音だった。

 

「私たちには……そんな救いの手、来ませんでしたけど……」

 

 画面では、エデン条約の復活が高らかに宣言される。

 

 和平

 

 未来

 

 希望

 

 その単語が並ぶたび、

 この地下施設との距離が、より鮮明になっていく。

 

「……苦しいですねぇ……」

 

 ヒヨリは、そう呟いて俯いた。

 

 それでも、涙は流れなかった。

 流す価値すら、ないとでも言うように。

 

 ミサキは、黙ったまま画面を見続けている。

 表情は変わらない。

 だが、その指先がわずかに震えていた。

 

 アツコは、静かに目を伏せている。

 祈るように手を組みながら、

 何も言わず、何も否定しない。

 

 そして――

 

 

 サオリ

 

 

 彼女は、会見の最後まで見届けると、

 乱暴に椅子を蹴り倒した。

 

「ふざけるな……」

 

 低く、抑えた声。

 

「ふざけるな……ッ!!」

 

 次の瞬間、

 サオリは怒りを爆発させる。

 

「なぜだ!!

 なぜあいつは救われる!!」

 

 拳を壁に叩きつける。

 鈍い音が、地下に響いた。

 

「我々は!?

 私たちは何だ!!

 歴史の裏に押し込められて、弾圧されて、使い捨てにされて!!」

 

 振り返り、仲間たちを見据える。

 

「誰も、助けてくれなかったじゃないか!!

 誰も、嘘の物語なんて作ってくれなかった!!」

 

 声が、震える。

 それは怒りだけではない。

 

「……なのに……」

 

 画面には、

 心優しき生徒 月城黒夜という言葉がまだ残っている。

 

「なぜ、あいつだけが……」

 

 救われる。

 

 その言葉を、サオリは飲み込めなかった。

 

「……トリニティも、ゲヘナも……」

 

 噛みしめるように、吐き捨てる。

 

「結局、同じだ……

 自分たちに都合のいい生徒だけを救って……

 私たちは、最初から数にすら入っていない……」

 

 だが、サオリは首を振った。

 

「クソが!!」

 

 怒りと、嫉妬と、絶望が混ざり合った視線で、

 再びモニターを見る。

 

「……月城黒夜……」

 

 その名を、今度ははっきりと呼んだ。

 

「お前もだ……」

 

 トリニティ

 

 ゲヘナ

 

 そして――

 

“救われた存在”

 

「お前も、あいつらの側なんだ……」

 

 サオリの中で、

 恨みの矛先が、確かに増えた瞬間だった。

 

 光のある世界。

 救いが与えられる場所。

 

 そこに立つ者すべてが、

 彼女にとっての“敵”になる。

 

 ヒヨリは、そんなサオリの背中を見ながら、

 小さく呟く。

 

「……世界って……

 優しい嘘を、選べる人のためにあるんですね……」

 

 

 誰も、答えなかった。

 

 地下に残ったのは、

 救われなかった者たちの沈黙と、

 静かに燃え始めた憎しみだけだった。

 

――物語は、確かに動き出している。

 

 だがそれは、

 一つの救済と引き換えに、

 新たな悲劇の種が蒔かれた瞬間でもあった。

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