ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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ティーパーティーには彼がいないと困る

――ナギサ視点――

 

 

 

 月城黒夜という生徒が、ティーパーティーに正式配属されてから、どれほどの時間が経っただろうか。

 

 書類仕事の合間、ふとそんなことを考えてしまう程度には、

 彼の存在は、私の日常に溶け込んでいた。

 

「ナギサ様。次の予定まで、十五分ほど余裕がございます」

 

 執務室の扉脇。

 控えめで、しかし聞き逃しようのない声。

 

「ありがとうございます、黒夜さん」

 

 そう返すと、彼は一礼し、静かに一歩下がった。

 距離は常に一定。

 近すぎず、遠すぎず。

 その距離感が、ひどく心地いい。

 

 ――優秀すぎる、と言ってもいい。

 

 ティーパーティー専属の護衛兼バトラー。

 その肩書きだけ見れば、替えの利く役職のように思えるかもしれない。

 

 けれど、月城黒夜は違う。

 

 彼は「場」を読む。

 私の疲労、ミカさんの気分、セイアさんの沈黙。

 誰かが言葉にする前に、必要なものを差し出してくる。

 

 紅茶の温度。

 菓子の配置。

 警備の人員配置。

 

 すべてが、過不足なく、完璧だ。

 

 ――完璧すぎて、少し怖いくらいに。

 

「……黒夜さん」

 

 ふと、名前を呼んでいた。

 

「はい」

 

「最近、少し無理をしてはいませんか?」

 

 書類から視線を上げると、彼は一瞬だけ目を瞬かせた。

 本当に一瞬。

 些細な違和感に気づいたのは、私だけだろう。

 

「いえ。そのようなことは」

 

 即答――だが、私はそれを鵜呑みにはしない。

 

「そうですか。私の思い過ごしならいいのですけど」

 

 そう言って微笑むと、彼も笑みを返してくれる。だが、一瞬わずかに困ったような表情を浮かべた。

 あの表情を見るたび、胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。

 

 信頼している。

 

 それは疑いようのない事実だ。

 

 彼は秘密を漏らさない。

 命令を違えない。

 そして何より、ティーパーティーを危険に晒したことが一度もない。

 

 ……それだけで十分すぎるほどなのに。

 

「今夜、少し時間はありますか?」

 

 何気ない調子で、そう切り出した。

 

「執務室で、お茶を。

 最近、きちんと話せていなかったでしょう?」

 

 彼の肩が、わずかに強張ったのを見逃さなかった。

 

「承知しました」

 

 それでも、拒否はしない。

 

 その従順さに、安堵と、

 説明のつかない不満が同時に湧いた。

 

 ――どうして、あなたはそんなに線を引くの?

 

 私は、彼を信頼している。

 それは、立場としても、個人としても。

 

 だが彼は、どこか一線を引いて決してその線を越えようとしない。

 まるで、こちらが踏み込むのを恐れているかのように。

 

「ナギちゃん、何か悩んでる?」

 

 いつの間にか入ってきたミカさんが、椅子に腰かけながら言った。

 

「顔、ちょっと険しいよ」

 

「そうですか?」

 

「そうそう。ねー、黒夜」

 

 突然話を振られ、彼は即座に反応する。

 

「そうですねミカ様。

 ナギサ様は特にホストとしての仕事に責任を感じている様子ですので、疲れが溜まっているのかもしれませんね」

 

「ナギちゃんは最近考えすぎなんだよー。

 もうちょっと頼っていいと思うけどなー」

 

 ……あなたは、気楽でいいですね。

 

 そう思いつつも、ミカさんの言葉が、的外れでないことも分かってしまう。

 

 頼りたい――

 もっと――

 

 それが、私の本音だ。

 

 夜。

 執務室に二人きりで向かい合う。

 

 黒夜さんは、変わらず完璧な所作で紅茶を淹れた。

 

「……ありがとうございます」

 

「いえ。私の役目ですから」

 

 その言い方が、少しだけ寂しい。

 

「役目、ですか…」

 

 カップを手に取りながら、私は彼を見る。

 

「黒夜さん。

 あなたは、私からどのように見られていると思いますか?」

 

 彼は、一瞬言葉に詰まった。

 

「……恐れ多いですが」

 

 慎重に、慎重に、言葉を選んでいる。

 

「信頼していただいている、と。

 そのように、努めてはおります」

 

 “努めている”。

 

 その言い回しに、胸がちくりとした。

 

「ええ。信頼しています」

 

 私は、はっきりとそう言った。

 

「それ以上に……あなたがいないと、困ります」

 

 彼の目が、わずかに見開かれる。

 

 その反応に、私は気づかないふりをして、紅茶を口に運んだ。

 

 どうして彼は、

 こんなにも自分を低く見積もるのだろう。

 

 どうして、

 疑われているかのような顔をするのだろう。

 

 私はただ、

 彼を、信じているだけなのに。

 

 

 

――ミカ視点――

 

 

 

 月城黒夜って、ほんとに変な人だ。

 

 最初にそう思ったのは、

 私が彼に腕を組んだときだった。

 

「ミ、ミカ様……?」

 

 びっくりした顔。

 それから、一瞬だけ周りを確認する仕草。

 

 ねえ、今周りを見る必要あるの?

 

「なになに~? もしかしてイヤだった?」

 

「い、いえ。決してそのようなことは……!」

 

 即否定。

 でも動きはぎこちないし、声もちょっと裏返ってる。

 

 ……変なの。

 

 黒夜は、かっこいい。

 

 背が高くて、落ち着いてて、

 声も低くて、静かで。

 

 それなのに、

 ちょっとしたことで動揺する。

 

 そのギャップが、いい。

 

「ねえ黒夜、今度一緒にお出かけしよーよ!」

 

「……お出かけ、ですか」

 

「そう! デート!」

 

 あ、言っちゃった。

 でも別にいいよね。

 だって事実だし。

 

 なのに。

 

「……それは、その……」

 

 黒夜は、すっごく真剣な顔で考え込んだ。

 悩むところなの、そこ?

 

「ミカ様」

 

「なーに?」

 

「……私に、そのような時間を割いてよろしいのですか…?」

 

 ……は?

 

 何それ。

 

「割くってなに!? 一緒に行きたいから行くんじゃん!」

 

「ですが、周囲の目もございますし……」

 

 周囲の目?

 そんなの、どうでもいいのに。

 黒夜は、変だ。

 

 優しいし、ちゃんとしてるし、

 私のことも大切にしてくれてる。

 

 でも――

 私が“好き”って向けてる気持ちだけ、

 きれいに避けていく。

 

 ナギちゃんは、気づいてると思う。

 セイアちゃんも、たぶん。

 でも黒夜だけが、気づいてない。

 

「黒夜ってさ」

 

 お茶会のあと、廊下で二人きりになったとき。

 

「自分のこと、どう思ってるの?」

 

「……突然ですね」

 

「いいからいいから!」

 

 私は笑って、彼の前に回り込む。

 

「それに私のこと、どう思ってる?」

 

 沈黙。

 

 ほんの数秒。

 

 でも、その間に黒夜の中で

 いろんな答えが却下されてるのが分かる。

 

「……大切な、私がお守りするべき主です」

 

 丁寧で、正解っぽい答え。

 でもね。

 

「それだけ?」

 

「……それ以上の言葉は、私には」

 

 言えない、じゃなくて。

 言わない。

 

 そんな顔。

 

 ……ほんと、変。

 

 黒夜は、私たちを守る。

 

 ナギちゃんの前では完璧で、

 セイアちゃんの前では気遣い屋で、

 私の前では、ちょっとだけ不器用。

 

 なのに。

 

 自分が信頼されていることには、

 全然気づいてない。

 

 ねえ、黒夜。

 そんなに怖いの?

 信じてもらうこと。

 頼られること。

 

 ……好きって言われること。

 

「ねえ」

 

 私は、彼の袖を引いた。

 

「黒夜はさ。

 ずっとティーパーティーにいてくれるよね?」

 

 一瞬。

 本当に、一瞬。

 彼の目が揺れた。

 

「……はい。

 私の務めは、ここにあります」

 

 また、その言い方。

 

 務め、かあ。

 

 でもまあ、いいや。

 時間は、いっぱいある。

 逃げるなら、追いかけるだけだし。

 

 だって。

 

 黒夜は、もう――

 私たちのもの、なんだから。

 

 

 

――セイア視点――

 

 

 

 月城黒夜という人は、とても分かりやすい人物

 

 ……と、最初は思っていた。

 

 礼儀正しくて、誠実で、感情を表に出さない。

 必要以上に前に出ず、必要なときには必ずそこにいる。

 

 ――守ることに、慣れすぎている人。

 

「セイア様。足元、お気をつけください」

 

 廊下を歩いているとき、

 わずかな段差の前で、彼はそう声をかけてくれた。

 

「ありがとう、黒夜」

 

 そう返すと、彼は小さくうなずく。

 

 その所作はいつも通りで、

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

 ……でも。

 

 彼は、私たちを見るとき、

 ほんの少しだけ“構える”

 

 それは恐怖とは違う。

 敵意でもない。

 

 例えるなら――

 いつ刃が振り下ろされてもいいように、

 無意識に重心を低くしている感じだ。

 

 ――どうしてだい?

 

 ナギサは、彼を信頼している。

 それは揺るぎない事実。

 

 ミカは、彼がお気に入りだ。

 それは、誰の目にも明らか。

 

 そして私も――

 彼を、大切に思っている。

 

 なのに黒夜は、

 それを“好意”として受け取らない。

 

「黒夜」

 

 中庭で、二人きりになったとき。

 

「最近、眠れているかい?」

 

 問いかけは、何気ないものを選んだ。

 

「……問題ありません」

 

 少しだけ間を置いてからの返答。

 

 ――嘘。

 

 でも、責めない。

 

「そう。なら、いいんだ。

 顔に疲労の色が見えていたから少し気になってね」

 

 私はそれ以上、踏み込まなかった。

 踏み込めば、彼はきっと、もっと固くなる。

 それが、分かってしまうから。

 

 黒夜は、自分を過小評価している。

 

 正確には――

 この立場に相応しくないと思い込んでいる。

 

 

 

 ナギサが呼び出すたびに、

 彼は覚悟を決めた顔をする。

 

 ミカが距離を詰めるたびに、

 逃げ道を探す。

 

 私が心配すると、

 なぜか謝ろうとする。

 

 ――まるで、

 いつ切り捨てられてもおかしくない、

 そう思っているみたいに。

 

「黒夜はさ」

 

 ベンチに腰かけながら、

 私は空を見上げて言った。

 

「自分が、ここにいていいと思うかい?」

 

 少し、意地悪な質問だったかもしれない。

 

 でも、彼の反応を見たかった。

 

「……」

 

 沈黙。

 

 彼は、すぐには答えなかった。

 

 代わりに、視線を伏せる。

 

「……私は」

 

 一人称が、無意識に出ている。

 

「私の役目を果たせている限り、

 ここにいる価値はあると、思っております」

 

 その言葉で、確信した。

 ああ、この人は。

 

 “選ばれている”とは、思っていない。

 

 “置かれている”と、思っている。

 

 

 

 だからこそ、

 私たちの好意を、

 好意としてではなく、監視や試験として解釈してしまう。

 

 ……かわいそうに。

 

 でも、同時に。

 

 とても、優しい人。

 

「ねえ、黒夜」

 

 私は、彼の方を見て、微笑んだ。

 

「ここはね。

 君を試す場所じゃないよ」

 

 彼の肩が、ほんのわずかに揺れた。

 

「それに」

 

 私は続ける。

 

「もし、君が居なくなったら――

 私たちは、きっと困ってしまう」

 

 それは事実だった。

 

 護衛として。

 バトラーとして。

 そして、それ以上に。

 

「……恐れ入ります」

 

 彼は、そう言って頭を下げた。

 でも、その声は少しだけ、震えていた。

 

 ――まだ、届かないか

 

 でも、いいさ

 急ぐ必要はない。

 

 だって

 

 彼はもう、

 私たちの時間の中に、ちゃんと居場所を持っているのだから。

 

 気づいていないのは、

 ただ一人。

 

 月城黒夜、君だけなのだから。

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