瓦礫が砕け、粉塵が舞う。
夜の廃墟に響くのは、乾いた銃声と金属の跳弾音だけだった。
かつて人が行き交っていたであろう通りは、今や崩れた建物と焼け焦げた壁に埋め尽くされ、月明かりすら届きにくい。
その中心を、ミカは一切の躊躇なく駆け抜けていた。
「……逃げ足だけは、早いんだね」
軽く息を整えながら、前方に逃げる三つの影を視認する。
サオリ、ミサキ、ヒヨリ。
確実に距離は縮まっている。
ミカは銃を構え、引き金を引いた。
――バンッ!
コンクリートが弾け、ミサキのすぐ脇の壁が崩れる。
ヒヨリが悲鳴を上げ、サオリが即座に腕を掴んで引きずるように進路を変えた。
「っ……!」
反撃されるが、狙いは甘い。
疲労と焦燥が、動きに如実に表れている。
ミカはそれを見て、鼻で笑った。
「まだ抵抗するんだ、もう十分逃げたでしょ?
そろそろ飽きてきたんだけど~」
声は明るくもなく、冷たくもない。
ただ、感情の起伏が削ぎ落とされた、事実を告げる声だった。
彼女は跳躍し、瓦礫を踏み台にして一気に距離を詰める。
撃つ。外す。牽制。追撃。
その一連の動きに、迷いはない。
――この場で終わらせる。
――終わらせるべきだ。
ミカの中で、それは「怒り」ではなかった。
ましてや「悲しみ」でもない。
結論だった。
「救われなかった?
だから世界を壊していい?」
走りながら、淡々と吐き捨てる。
「そんな理屈、通るわけないじゃん」
今のミカにとって、アリウスは――
断罪されるべき存在でしかなかった。
一方、逃げる側は限界に近づいていた。
「はぁ……はぁ……っ!」
ヒヨリの足取りは完全に乱れている。
ミサキも肩で息をし、振り返る余裕すらない。
サオリだけが、歯を食いしばりながら周囲を見渡していた。
「……っ、ここだ」
路地裏へ滑り込み、半壊した建物の影に身を潜める。
だが、それも時間稼ぎに過ぎない。
足音は、確実に近づいてきていた。
「……来るよ」
ミサキが呟いた、その直後。
壁が――内側に吹き飛んだ。
瓦礫を突き破って現れたのは、銃を構えたミカの姿だった。
「見ーつけた」
その声に、ヒヨリの肩が大きく跳ねる。
サオリは即座に銃を構え、撃った。
ミカはそれを横跳びでかわし、着地と同時に反撃する。
銃声が交錯し、火花が散る。
だが、勝負は明らかだった。
ミカの動きは速く、正確で、そして冷静だった。
感情に任せた突進ではない。
確実に追い詰め、確実に殺すための動き。
サオリはそれを理解していた。
「……ちっ」
一歩、また一歩と後退する。
弾数も、体力も、限界が近い。
ミカは銃口を下げることなく、距離を詰めてくる。
「もう終わりだよ」
その言葉に、嘲りはない。
宣告だ。
「あなたたちは、ここで終わる」
サオリは、ふっと笑った。
「……そうか」
その笑みは、怒りでも、恐怖でもない。
どこか達観したような、歪んだ笑顔だった。
「でも、それでいい」
ミカの足が止まる。
「私たちは、最初から救われる側に入っていない」
サオリは銃を下ろし、両手を広げる。
「救済はいつだって私たちには来ないんだから…」
その言葉に、ミカの目が細くなる。
「……だから何?」
一歩、また一歩と近づく。
「証明できたでしょ。
世界は、あなたたちを必要としなかった」
銃口が、サオリの額に向けられる。
「もういいよ」
引き金に、指がかかる。
その瞬間――
遠くで、別の銃声が響いた。
ミカの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
「……?」
それは、この場のものではない。
別方向から聞こえた、複数人分の戦闘音。
サオリも、ミサキも、ヒヨリも気づく。
ミカは舌打ちした。
「……増援?」
それとも――
(……いや違う)
ミカは直感する。
この音は、
こちらに向かってきている。
だが、今は関係ない。
ミカは再びサオリに銃口を向けた。
「邪魔が入る前に――」
銃口が、静かにサオリへ向けられる。
引き金にかかった指に、迷いはない。
「……終わりだよ、サオリ」
声音は、ひどく穏やかだった。
「黒夜をあんなふうにして……
それで、まだ生きてていいなんて、思ってないよね?」
ミサキが、よろめきながら前に出ようとする。
「やめ――」
その瞬間。
「――待って!」
鋭く割って入った声と同時に、一人の影が射線に滑り込んだ。
銃口の前に立ったのは、先生だった。
息を切らしながら、それでも一歩も退かず、両腕を広げる。
「……撃つなら、まず僕からだ」
一瞬、空気が凍りつく。
ミカの瞳が、わずかに揺れた。
「……どいてよ、先生」
声が低くなる。
「これは、私の問題なの」
「――それでもだ」
先生は視線を逸らさない。
「僕は……
君が戻れなくなるのを、見過ごせない」
ミカの口元が歪む。
「戻る……?」
小さく笑って、そして、吐き捨てるように言った。
「もう、とっくに戻れないよ」
次の瞬間。
ミカが銃を上げ直した。
――撃つ。
その直前、
「ミカさん!」
ナギサが、先生とミカの間に割り込んだ。
「……ナギちゃん」
ミカが名を呼ぶ。
ナギサは、一歩前に出た。
「これは、裁きではありません」
震える声で、しかし、はっきりと。
「あなたが、これ以上壊れないために……
私は、ここに立っています」
「壊れてるのは、向こうでしょ」
ミカは、サオリを睨みつける。
「アリウスなんて……
救う価値、最初からなかった!」
その横から、静かな声が重なる。
「……それでもだよ」
セイアだった。
銃を構え、しかし引き金には指をかけない。
「私たちは、君を止める」
「敵になるってこと?」
「共犯にならない、ということさ」
ミカの笑みが、完全に消えた。
「……ふうん」
次の瞬間、空気が裂ける。
「――だったら、止めてみなよ」
ミカが一気に踏み込み、銃を連射する。
それを、別の銃撃が迎え撃った。
「……っ!」
マコトだった。
帽子を深く被り、歯を食いしばる。
「……気持ちは、わかる」
低く、重い声。
「でもな、聖園ミカ」
一瞬だけ、帽子の影から覗く瞳が潤む。
「ここでお前に復讐させたら……
黒夜が、目を覚ました時、悲しむぞ」
――黒夜
その名を出された瞬間、ミカの動きがわずかに鈍る。
だが、すぐに振り払うように叫んだ。
「それでもだよ!!」
その前に、無言で立ちはだかる影。
ヒナだった。
銃を構え、完全な戦闘姿勢。
「……聖園ミカ」
短く、淡々と。
「止めるわ、それが、彼の意思でもあるから」
ヒナの引き金に、躊躇はない。
ミカは、はっきりと理解した。
――みんな、本気だ。
「……あはは」
乾いた笑いが漏れる。
「本当に……
みんな、優しいね」
その声に、別の影が重なる。
「優しいんじゃないよ」
カヨコだった。
疲れ切った表情で、それでも前に出る。
「……復讐ってのは」
一歩。
「終わったあと、
何も残らないんだよ」
最後に、震える足取りで立ったのは――アズサだった。
サオリの前に立ち、逃げず、目を逸らさず。
「……殺すなら」
喉を震わせながら。
「私も、一緒に」
その言葉に、サオリの瞳が大きく揺れる。
「アズサ…なんで…!?」
「私は……もう、逃げない」
ミカは、その光景を見つめていた。
そして、静かに言った。
「……やっぱりさ」
銃を構え直す。
「それでも止まれないや」
その瞬間。
銃声と怒号が交錯した。
説得は終わり。
言葉も終わり。
ここからは――
殺させないための戦いだった。