ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

27 / 106
少しだけ戻ってきた日常

 瓦礫だらけの道を、私たちは走っていた。

 

 前を行くのはナギサ。

 その少し後ろにセイア、そしてアズサ。

 さらに後方には、サオリ、ミサキ、ヒヨリの三人が固まるようについてくる。

 

 誰も口を開かない。

 息遣いと、足音だけがやけに大きく響いていた。

 

 

——頭の中から、さっきまでの光景が離れない。

 

 

 ミカの、あの目。

 感情が壊れ切った、深い淀みを宿した視線。

 マコト、カヨコが次々と倒れていく様子。

 

 あの場を離れた判断が正しかったのかどうか、今も分からない。

 ただ一つ確かなのは、あの場に居続けていたら、もっと取り返しのつかないことになっていたという事実だけだ。

 

 

「……」

 

 

 ふと、前を走るナギサの肩が小さく揺れた。

 次の瞬間。

 

 プルルルル——

 

 乾いた電子音が、静まり返った路地に響いた。

 

 全員が一斉に足を止める。

 

 反射的に周囲を警戒しながら音の出所を探すと、

 ナギサが自分のスマートフォンを取り出していた。

 

 

「……電話?」

 

 

 そう呟きながら画面を見るナギサの表情が、一瞬で変わる。

 

 

「……っ」

 

 

 息を呑む音が、はっきりと聞こえた。

 

 

「……先生」

 

 

 ナギサはそう言って、私の方を見る。

 その瞳は、驚きと困惑、そして微かな希望が入り混じった色をしていた。

 

 

「……発信者が、黒夜さんです」

 

 

 その言葉に、時間が一瞬止まったような感覚を覚えた。

 

 

「……黒夜君が?」

 

 

 思わず聞き返す。

 セイアが目を見開き、アズサが息を飲む。

 サオリたち三人も、揃って足を止めたまま、こちらを見ていた。

 

 ナギサは一度、深く息を吸ってから通話ボタンを押す。

 

 

「……もしもし。黒夜さん……ですか?」

 

 

 数秒の沈黙。

 

 その後、スマートフォン越しに聞こえてきた声は——

 

 

「……ナギサ様」

 

 

 聞き覚えのある、少し弱々しい声。

 

 その瞬間、ナギサの肩から力が抜けた。

 

 

「……っ、よかった……」

 

 

 声が震えている。

 それは決して演技ではなく、心の底からの安堵だった。

 

 

「黒夜さん……ご無事、なのですか?」

 

「はい……先ほど、意識を取り戻しました。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で張り詰めていた何かが、ようやく緩んだ。

 

 

「……本当によかった」

 

 

 先生が、そう呟いていた。

 

 セイアは静かに目を閉じ、胸に手を当てる。

 

 

「無事なんだね…」

 

 

 アズサも、ほとんど聞き取れないほど小さな声で、

 

 

「……無事でよかった……」

 

 

 と呟いていた。

 

 少し遅れて、後方から低い声が聞こえる。

 

 

「……あの爆弾を食らって死んでなかったのか」

 

 

 サオリだった。

 

 驚愕と、戸惑いと、そしてわずかな安堵。

 複雑な感情が滲んだ一言だった。

 

 黒夜は電話越しに、続ける。

 

 

「皆さんにも、先生にも……本当に、ご心配をおかけしました。

 今はまだ怪我が酷くて、体を動かすことはできませんが……意識ははっきりしています」

 

 

 ナギサは何度も頷きながら聞いている。

 

 

「……それで、もう一つ。お伝えしなければならないことがあります」

 

 

 その言葉に、全員が息を呑む。

 

 

「先ほどミカ様に……電話をしました」

 

 

 一瞬、空気が張り詰めた。

 

 

「話をさせていただいて復讐を思いとどまってもらいました…」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、私ははっきりと理解した。

 

 ——ミカは、止まった。

 少なくとも、黒夜の言葉を受け取ることができた。

 

 

「……そう、ですか」

 

 

 ナギサの声は、震えながらも確かだった。

 

 黒夜は続ける。

 

 

「詳しいことは、後で直接お話しします。ですので……一度、皆さんでトリニティに戻りませんか?

 …そこで一旦合流しましょう」

 

 

 その言葉に、誰も反対しなかった。

 

 

「……分かりました。黒夜さん」

 

 

 ナギサははっきりと答える。

 

 

「それでは……病室で、お待ちしています」

 

「……はい。すぐに戻ります」

 

 

 そうして、通話は切れた。

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 

 

「……」

 

 

 最初に口を開いたのは、セイアだった。

 

 

「……本当によかったよ。

 ミカも思いとどまってくれたようだしね」

 

 

 その言葉に、全員が静かに頷く。

 

 だが、それで全てが終わったわけではない。

 

 先生は視線を上げる。

 

 

「……ミカと、ヒナたちのところへ戻ろう」

 

 

 ナギサがすぐに理解したように頷いた。

 

 

「そうですね、その方がいいと思います」

 

 

 こうして私たちは、進路を変えた。

 

 再び、あの戦闘の跡へ。

 

 そして——

 ようやく、すべてを「現実」として回収するために。

 

 私たちは、再び走り出した。

 

 

 

 

 戦闘があったはずの場所は、奇妙なほど静かだった。

 

 瓦礫は崩れたまま。

 弾痕も、砕けた遮蔽物も、そのまま残っている。

 だが、あれほど響いていた銃声も、今は影も形もない。

 

 その中心に——彼女はいた。

 

 ミカは、地面に膝をつき、泣きはらした顔で三人の傍にいた。

 

 倒れているのは、ヒナ、マコト、カヨコ。

 全員、意識を失ったまま動かない。

 

 ミカは、震える手でヒナの肩を支えながら、小さく呟いていた。

 

 

「……ごめんね……」

 

 

 声はかすれていて、何度も途切れる。

 

 

「……ヒナちゃん……マコトちゃん……カヨコちゃん……」

 

 

 その一言一言が、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。

 

 

「……私、ひどいことしたよね……」

 

 

 ミカは三人を起こそうとするでもなく、ただ傍で、介抱するように身体を支えているだけだった。

 その姿は、数十分前までの、破壊衝動に突き動かされていた彼女とは、まるで別人のように見えた。

 

 先生は一歩、前に出る。

 

 

「……ミカ!」

 

 

 名前を呼ぶと、彼女はびくりと肩を揺らした。

 

 ゆっくり振り返り、私たちに気づいた瞬間——

 その表情は、安堵と後悔が入り混じった、ぐしゃぐしゃのものだった。

 

 

「……先生……」

 

 

 ミカは立ち上がると、ふらつきながらこちらに駆け寄ってくる。

 

 そして、私の前で止まり——深く、頭を下げた。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 その声は、はっきりと震えていた。

 

 

「先生にも……ナギちゃんにも……セイアちゃんにも……みんなに……」

 

 

 顔を上げると、目は真っ赤で、涙の跡がはっきり残っている。

 

 

「……迷惑、かけちゃった」

 

 

 ナギサは何も言わず、ただ静かにその姿を見つめていた。

 セイアも、叱責の言葉は口にしない。

 

 その沈黙の中で、ミカはふと、視線を後ろへ向けた。

 

 サオリたち三人が、少し距離を取って立っている。

 

 ミカの表情が、わずかに曇る。

 

 何か言おうと口を開きかけた、その前に——

 

 

「……謝る必要はない」

 

 

 サオリの低く、はっきりとした声。

 

 ミカは驚いたように目を見開く。

 

 サオリは一歩、前に出ることはせず、だが視線は逸らさなかった。

 

 

「……お前に、そこまでさせるだけのことを、私たちはした」

 

 

 短い言葉だったが、その中には、逃げも言い訳もなかった。

 

 ミカは、しばらく黙ってサオリを見つめていた。

 

 やがて、静かに口を開く。

 

 

「……黒夜に、止められたから」

 

 

 その声には、まだ涙が混じっている。

 

 

「……だから、もう復讐はしない」

 

 

 一瞬、場の空気が張り詰める。

 

 

「……でも」

 

 

 ミカの瞳が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。

 

 

「許したわけじゃ、ないから」

 

 

 その言葉に、ミサキとヒヨリが思わず身を強張らせた。

 

 

「……次に何かしたら」

 

 

 ミカの目は、まるで抜身の刀身の様に鋭利だった。

 

 

「その時は……覚悟、しといてね」

 

 

 その瞬間、放たれた殺気は、ほんの一瞬だったが、確かに本物だった。

 

 ミサキとヒヨリは、言葉を失ったまま、小さく頷く。

 

 サオリは一拍置いてから、短く答えた。

 

 

「……わかった」

 

 

 それ以上、言葉はなかった。

 

 そのやり取りを見届けてから、ナギサが一歩前に出る。

 

 

「……ミカさん」

 

 

 ミカは、はっとして振り返る。

 

 

「一旦、トリニティに戻りましょう」

 

 

 ナギサの声は、いつも通り落ち着いていた。

 

 

「私たちは……ミカさんとあなたに倒された方々を、回収しに来ました」

 

 

 その言葉に、ミカはすぐに理解したように頷く。

 

 

「……うん」

 

 

 その間にも、後方では動きがあった。

 

 アズサがカヨコの身体を背負い、

 セイアがヒナを支えながら、手際よく準備を進めている。

 

 そして、セイアがちらりとミカを見る。

 

 

「……さて」

 

 

 少しだけ、意地の悪い笑み。

 

 

「マコト議長は、君が運びたまえ」

 

 

 ミカが目を瞬かせる。

 

 

「君の馬鹿力なら、余裕だろう?」

 

 

 その言い方に、ミカは一瞬ぽかんとした後、

 

 

「もー!セイアちゃんはすぐそういうこと言うんだから!」

 

 

 と、声を上げた。

 

 だが、その口調は、どこか軽い。

 

 

「……でも、まあ」

 

 

 マコトの身体を抱え上げながら、

 

 

「私がやったことだし……それくらい、するよ」

 

 

 そう言って、少し照れたように視線を逸らした。

 

 ——ああ。

 

 そのやり取りを見て、胸の奥で静かに息を吐いた。

 

 普段のミカが、戻ってきている。

 

 完全ではない。

 傷も、後悔も、消えてはいない。

 

 それでも——

 少なくとも、恨みの中には、もういない。

 

 

「……じゃあ」

 

 

 先生は、皆を見渡して言う。

 

 

「トリニティに、戻ろう」

 

 

 誰も反対しなかった。

 

 こうして私たちは、

 それぞれが傷を抱えたまま、

 それでも同じ方向へと、歩き出した。

 

 トリニティへ。

 そして、黒夜の待つ場所へ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。