ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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さっそくの評価&感想に非常にありがたい限りです。

身に余る評価をいただきありがとうございます。

それでは本編をお楽しみください。


離れられない場所

 その日も私は、いつも通りの時間にトリニティの本校舎の廊下を会議室へ向かって歩いていた。

 

 制服に乱れはない。

 歩調も一定。

 頭の中で今日の予定を反芻しながら、私は静かに会議室の扉を開く。

 

 ――だが

 

「……?」

 

 一歩足を踏み入れた瞬間、

 空気が違うことに気づいた。

 

 ティーパーティーの会議室は、

 普段であれば、穏やかで張り詰めた静寂に包まれている。

 

 しかし今日は――

 書類の山。

 慌ただしく動く生徒たち。

 そして、珍しく険しい表情を浮かべる三人の姿。

 

「ナギサ様、こちらの資料ですが――」

 

「ええ、後で確認しますので、そこに置いといてください。今はそれより優先事項があります」

 

「ミカ、あまり勝手に動くものではないよ。特に今みたいに情報が錯綜してる状態ではね…」

 

「えー!? でもじっとしてる方が変じゃない?」

 

「……二人とも、少し落ち着いてください」

 

 明らかに、いつもと違う。

 

「失礼いたします」

 

 私は声をかけ、三人の視線がこちらに向いたのを確認してから一礼した。

 

「何か、問題が発生したのでしょうか」

 

 一瞬、沈黙

 

 三人は互いに視線を交わし、

 ナギサ様が小さく息を吐いてから口を開いた。

 

「……ええ。少し、というより――かなり重大な問題が発生しました」

 

 彼女は、手元の資料を整えながら続ける。

 

「連邦生徒会長が、行方不明になったという報告を正義実現委員会から受けました」

 

 ――連邦生徒会長

 

 キヴォトス全体を統括する、象徴的存在。

 その人物が、失踪。

 

「……確認ですが」

 

 私は慎重に言葉を選ぶ。

 

「公式には、どの段階なのでしょうか」

 

「まだ“失踪”扱いです。

 死亡や離反の情報は出ていないようです」

 

 だが、それがどれほど異常な事態か、

 理解できないほど、私は鈍くない。

 

「だから今、連邦生徒会は大混乱中」

 

 ミカ様が腕を組みながら言った。

 

「上からの指示がないし、下は不安になるし。

 もうぐちゃぐちゃだよね☆」

 

「それでね」

 

 セイア様が、静かに補足する。

 

「その失踪した連邦生徒会長が、外部から“大人”をこのキヴォトスに呼び込んでいたらしいんだ」

 

 ……大人?

 

 私の思考が、一瞬止まる。

 

「大人、とは?」

 

「そのままの意味です」

 

 ナギサ様が答える。

 

「キヴォトスの外部から、

 指導と判断を行える存在を一人招き入れる」

 

 ――前代未聞だ。

 

 キヴォトスは、生徒の自治によって成り立っている。

 大人は、原則として関与しない。

 

 その禁を破るということは――

 それほどまでに、追い詰められているということ。

 

「その大人は」

 

 私は、喉の渇きを覚えながら尋ねた。

 

「どのような立場になるのでしょうか?」

 

「連邦生徒会直属の組織を新設する予定だそうです」

 

 ナギサ様は、淡々と言った。

 

「名前は――連邦捜査部S.C.H.A.L.E」

 

 胸の奥で、

 何かが音を立てて噛み合った。

 

 新組織。

 直属。

 外部の大人。

 

 恐らく――監視機関。

 それが、私の出した結論だった。

 

「その大人は、“先生”と呼ばれるんだって☆」

 

 ミカ様が、どこか楽しそうに言う。

 

「なんか面白そうじゃない?」

 

 面白い、か。

 

 私の背筋には、

 冷たいものが走っていた。

 

 連邦生徒会長の失踪。

 混乱するキヴォトス。

 そして、シャーレの設立。

 

 これは――

 単なる非常対応ではない。

 秩序の再編だ。

 

 そして再編には、

 必ず――

 不要な存在の整理が伴う。

 

「黒夜さん」

 

 ナギサ様が、こちらを見る。

 

「しばらくの間、トリニティも慌ただしくなります。

 あなたにも、今まで以上に負担をかけるかもしれません」

 

「承知しております」

 

 私は即答した。

 

 役目を果たす。

 それしか、私にはできない。

 だが内心では、

 別の思考が、音を立てて膨らんでいた。

 

 ――シャーレ。

 

 ――先生。

 

 ――監視。

 

 これは、

 私一人の問題ではなくなる。

 

 トリニティが動き、

 連邦生徒会が動き、

 ゲヘナも――

 きっと、動く。

 

 包囲網は、

 お茶会だけでは終わらない。

 

 私は、静かに覚悟を決めていた。

 

 ――次に動くべきは、

 私だ。

 そう思い立ち行動したが結論から言えば、

 私は――軽率だったのだと思う。

 

 シャーレ

 

 連邦生徒会長失踪という非常事態の中で、

 急造された新組織。

 

 そして、

 そこに据えられた“外部の大人”。

 

 キヴォトスにおいて、

 外部の大人は例外であり、異物だ。

 

 キヴォトスの外側からやってきて、

 楽園に手を突っ込む存在。

 

 ――危険でないはずがない。

 

 だからこそ、

 私は自然な流れでそう考えた。

 

「一度、私がシャーレの先生に直接お会いして、

 どのような人物か確認してきましょうか?」

 

 ナギサ様、ミカ様、セイア様の三人が揃う場で、

 私はそう提案した。

 

 あくまで、

 自分の立場を弁えた進言。

 

 そして――

 スパイとしての、確認。

 

 しかし。

 

 空気が、一瞬で変わった。

 

「……だめです」

 

 最初に口を開いたのは、ナギサ様だった。

 

 声は静かで、

 いつもと変わらない調子。

 

 けれど。

 

「あなたは、私の元から離れないでください」

 

 それは、命令だった。

 私は一瞬、言葉を失った。

 

「シャーレの先生は、連邦生徒会が責任を持って管理する存在。

 ティーパーティーが直接関与する必要はありません」

 

 理屈は、正しい。

 

 完璧な正論。

 

 だが――

 その視線が。

 

 私を、

 まっすぐ射抜いていた。

 逃げ道を塞ぐような、

 冷たいほどに澄んだ目。

 

「えー、そうそう!」

 

 間髪入れず、ミカ様が身を乗り出す。

 

「黒夜はダメ!絶対ダメ!」

 

 勢いはいつも通り。

 声も明るい。

 

 けれど

 

「だって黒夜は、

 私たちの専属護衛なんだから」

 

 ――専属

 

「そんな外に出て、

 よく分かんない大人と関わる必要なんてないでしょ?」

 

 無邪気な笑顔。

 いつものミカ様の笑顔。

 

 なのに

 

 なぜだろう

 

 その笑顔が、ひどく分厚い仮面のように見えた。

 最後に、セイア様が口を開く。

 

「そもそもの話さ」

 

 軽い口調。

 肩の力も抜けている。

 

「そんな細事に、

 黒夜が出張る必要があるとは感じないね」

 

 細事。

 

「シャーレの先生がどういう人物かなんて、

 あとでいくらでも情報が回ってくる」

 

 セイア様は、こちらを見て、

 少しだけ首を傾げた。

 

「君は、変わらずにここに居ればいい」

 

 ――ここに

 

 三人の言葉は、

 どれも正しく、

 どれも合理的で、

 どれも私を“守る”ものだった。

 ……はず、なのに。

 

 なぜ

 

 胸の奥が、

 こんなにも冷えるのだろう。

 

 私は、三人の顔を見た。

 

 ナギサ様は、

 微笑んでいなかった。

 

 ミカ様の笑顔は、

 どこか固定されたように見えた。

 

 セイア様の目は、

 冗談を許さない静けさを湛えていた。

 

 ――監視

 

 その言葉が、

 頭の中で、はっきりと形を持つ。

 

 違う。

 違うはずだ。

 

 これは、信頼の証。

 役割の固定。

 護衛を態々外に出さないための判断。

 そう、分かっている。

 

 ……分かっている、はずなのに。

 

「……承知しました」

 

 私は、そう答えた。

 

 それ以上、

 何も言えなかった。

 もし、ここで強く出れば。

 もし、理由を問いただせば。

 

 ――何かが、決定的に壊れる。

 

 そう感じてしまった。

 

 会議が終わり、

 私はいつも通り、扉を開け、三人を見送り、頭を深々と下げる

 

 背中に、視線を感じる。

 決して頭を上げない。

 

 もし今彼女達の顔を見てしまったら、

 きっと私は――

 確信してしまう。

 

 私は、自由に動けない。

 

 シャーレの先生に近づくことも、

 状況を自分で確かめることも、

 許されていない。

 

 それはつまり

 

 ――私が、

 疑われているからだ。

 

 ゲヘナのスパイ。

 

 その事実に、

 三人は――

 もう、気づいている。

 

 だから、

 私を外に出さない。

 

 だから、

 私を手元に置く。

 

 優しさの形をした、

 拘束。

 

 守護の名を借りた、

 監禁。

 

 ……そう、考えると。

 

 すべてが、

 あまりにも――

 綺麗に繋がってしまった。

 

「……完全に、詰みだな…」

 

 誰にも聞こえない声で、

 私はそう呟いた。

 

 紅茶の残り香が、

 今日も廊下に漂っている。

 

 それが、この檻の、匂いなのだと思った。

 

 

 ◆

 

 

 ゲヘナ学園・万魔殿

 

 煤けた天井と無秩序に配置された調度品の中、

 マコトは玉座代わりの椅子にだらしなく腰掛けていた。

 

「はぁ……面倒なことになったな…」

 

 手元の報告書には、風紀委員会から上げられてきた通達。

 

 ――連邦生徒会長、行方不明。

 ――緊急対応として新組織「シャーレ」を設立。

 ――外部の“大人”を招致。

 

「キキキ、外部の大人だと?」

 

 マコトは、乾いた笑いを漏らす。

 

「キヴォトスに?今さら?」

 

「……異常事態なのは確かみたいね」

 

 報告書を態々持ってきてくれたヒナが、短く答えた。

 

「異常事態ねぇ」

 

 マコトは報告書を放り投げる。

 

「だが、この対応は“失敗”の匂いがしてこないか?」

 

 ヒナは黙ったまま、続きを待つ。

 

「連邦生徒会長が消えた。

 秩序の象徴がいなくなった。

 だから外から管理者を呼ぶ」

 

 マコトは指を鳴らした。

 

「つまり、自分たちじゃもう制御できませんって白状してるようなものだ!」

 

「はぁ……それでも、放置は出来ないでしょ?」

 

 ヒナの声は淡々としている。

 

「キキキ、シャーレがどこまで権限を持つのか。

 それ次第で、我がゲヘナの対応も考えないといかんな」 

 

「楽しそうね、マコト」

 

 マコトは、にやりと笑った。

 

「当たり前だ、今が一番楽しい!」

 

 そのとき。

 

 マコトの端末が、微かに振動した。

 

 表示されたのは、

 存在しないはずの通信回線。

 

「おっ……来た来た」

 

 彼女は、楽しそうに操作する。

 

 画面に表示されるのは、

 文字だけの暗号通信。

 ヒナが視線を向ける。

 

「……その回線は?」

 

「黒夜からの暗号通信」

 

 マコトは楽しそうに言った。

 

「大事な“目”からの報告だよ」

 

 画面に、解読された文章が浮かび上がる。

 

――《トリニティの反応を報告します》

――《連邦生徒会長失踪により、トリニティは厳戒態勢》

――《ナギサは冷静を装っていますが、内部統制を最優先》

――《ミカは表向き軽薄、だが派閥内で何やら不穏な動き有り》

――《セイアは情報整理に集中。シャーレへの警戒度は高い》

 

 ヒナは、わずかに眉を動かした。

 

「黒夜……ずいぶんトリニティの最奥の内部事情まで把握してるわね」

 

「流石このマコト様の目だな!」

 

 マコトは上機嫌だ。

 

「もう一年も潜り続けているのね…時間が経つのは早いわね」

 

 ヒナが感傷に浸っている間に、

 通信は、続く。

 

――《シャーレ設立は「監視機関」と予想されます》

――《トリニティ内では、秩序再編の前触れと見られている》

――《現時点で、ゲヘナへの直接的言及なし》

 

 完璧だった。

 

 感情を排し、

 分析を交え、

 余計な主観は一切ない。

 

 理想的なスパイの報告。

 

「ふぅん……」

 

 マコトは顎に指を当てる。

 

「ずいぶんと冷静じゃないか」

 

 ヒナは、少し考えてから言った。

 

「……確かにこの状況ならもう少し焦っていてもおかしくないわね」

 

 その言葉に、マコトは一瞬だけ目を細めた。

 

「……確かにな」

 

 通信の最後に、短い追記があった。

 

――《シャーレの“先生”については、今後も注視します》

――《必要であれば、追加情報を送信可能》

 

 それだけ。

 

 個人的感情は、

 一切含まれていない。

 

「ほんっとにゲヘナらしくない優等生だなぁ…」

 

 マコトは呟いた。

 

 ――月城 黒夜。

 

 トリニティに潜り込ませた、

 “優秀すぎる”駒。

 

 彼は、決して弱音を吐かない。

 

 決して、助けを求めない。

 

「……壊れなきゃいいのだがな」

 

 マコトのその言葉に、

 ヒナは視線を向けた。

 

「私としては今すぐにでも彼を戻してもらいたいのだけれど…」

 

「そう思うなら例の条約を締結させるほかないだろう?」

 

 マコトは肩をすくめる。

 

「それにマコト様も使える駒はちゃんと大事にするさ」

 

 端末の画面を閉じる指先は、

 ほんの少しだけ、躊躇っていた。

 

「シャーレ、ねぇ……」

 

 大人が介入する。

 秩序が塗り替えられる。

 

 そうなった時、

 真っ先に切られるのは――

 曖昧な立場の存在。

 

「……面倒だな、本当に…」

 

 ゲヘナの炎は、

 今はまだ、静かに状況を眺めている。

 

 だがその熱は、

 確実に――

 次の混乱へ向けて、溜め込まれていた。

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