「……んぁ……」
鈍い振動と共に揺れる車内で、間の抜けた声が漏れた。
「起きてください、もう着きますよ」
呆れ半分の声が上から降ってくる。まぶたをこすりながら顔を上げると、戦車のハッチから差し込む朝の光に照らされた棗イロハの姿があった。
「んあぁ……もうか……」
大きな欠伸がこぼれ、涙がにじむ。マコトはそれを指で拭いながら、のそのそと体を起こした。
「これからやり合うって時によく寝られますね」
イロハは本気で呆れているらしい。
「これからって時だから寝るんだよ」
マコトは肩を回しながら答える。
「眠って体力温存。基本だぞ、イロハ。戦は気合いでやるもんじゃない」
「はぁ……はいはい」
そう言っているうちに、戦車が大きく揺れ、停止する。
金属音と共にハッチが開く。外気が流れ込み、マコトは一気に目が覚めた。
「……着いたか」
外に出ると、そこはアリウス自治区の前だった。
無機質なコンクリートと歪んだ鉄骨。静まり返った廃墟のような街並み。その奥に、目的地がある。
その空気を切り裂くように、続々と車両と部隊が到着していく。
ゲヘナ戦車隊
正義実現委員会
風紀委員会
アリウススクワッド
便利屋68
学園も思想もバラバラな混成部隊。
それでも――
誰一人列を乱さず、規律を保ったまま整然と展開していく。
その様子を見ながら、マコトは小さく口角を上げた。
「悪くない景色だな」
やがて全員が配置につき、静寂が訪れる。
その前に、先生が一歩踏み出した。
「全員揃ったみたいだね」
落ち着いた、しかし芯の通った声。
「今一度、出発前にした作戦会議の内容を確認しよう。各部隊長は、自分の役割を順番に」
視線がマコトに向けられる。
それを受け、マコトはにやりと笑った。
「了解」
一歩前に出る。
「私とイロハ、そしてゲヘナ戦車隊が中央最前線だ」
声がよく通る。
「仕事は二つ。ヘイロー破壊爆弾から歩兵を守る盾になること。そして――救出部隊を送り込むための道をこじ開けることだ」
拳を軽く握る。
「中央突破、やってみせるさ!」
その言葉に、戦車隊から歓声が上がる。
「おおおっ!」
砲塔がゆっくりと動き、イロハも気だるげに片手を上げる。
「まぁ……やるだけやりますよ」
その横顔はどこか引き締まっていた。
マコトは満足げに頷き、視線をナギサへ向ける。
ナギサは一歩前に出ると、真っ直ぐに声を張った。
「私は正義実現委員会を率い、ハスミさんと共に左翼に展開します」
凛とした声が響く。
「マコト議長の中央突破部隊が囲まれないよう、アリウス生徒およびミメシスを人数で押し返します」
一瞬だけ表情が曇る。
「本来であれば全員を動員したいところですが……トリニティ内部の自治維持のため、半数のみの参加です」
悔しさを滲ませながらも、決意は揺らがない。
その言葉を受けるように、ヒナが静かに前へ出た。
「その穴は、私が埋める」
低く、しかし強い声。
「右翼は私と風紀委員会が担当する。役割は同じ。敵を押し返し、時間を稼ぐ」
ヒナは一度だけ目を閉じる。
「必ず稼いでみせる」
その言葉には、揺るぎない覚悟があった。
次に声を上げたのは――
「フフフ…私―――」
アルが口を開こうとした瞬間、横からムツキが割り込む。
「はいはーい! 私たちは遊撃だよね? フォローとか雑用とかすればいいんでしょ?」
にこにこしながら爆弾を弄ぶ。
「もっと派手な見せ場が欲しかったよねぇ、アルちゃん」
「えっ、ええ!? わ、私のカッコイイ見せ場が……!」
アルが本気で落ち込み、ハルカが慌ててフォローに入る。
「アル様!だ、大丈夫です! きっと見せ場ありますから!」
その横で、カヨコが溜息を吐いた。
「……こんなだけど、鉄火場は慣れてるから、心配しないで」
短く、それだけ言う。
その落ち着きが、逆に頼もしい。
先生が頷き、次に救出部隊へと視線を向ける。
「僕とサオリたち、それにミカが救出部隊だ」
空気が引き締まる。
「目的は秤アツコの救出。最優先事項だ」
サオリは静かに頷く。
ミサキもヒヨリも、真剣な眼差し。
アズサは無言で装備を最終確認している。
ミカは――
銃を握る手に力を込めていた。
(もう間違えない)
その覚悟が、背中から伝わってくる。
最後に、セイアとアコが前に出る。
「私たちは後方支援だ」
セイアが静かに言う。
「戦況予測、情報整理、通信統括。前線が迷わぬように導こう」
アコも頷く。
「異常があれば即座に共有します。遅延は出しません」
全員の視線が先生へ戻る。
先生は深く息を吸った。
「この作戦の要を話す」
周囲が静まり返る。
「相手のミメシスは無尽蔵に湧くと聞いている」
重い事実。
「だから時間との戦いだ」
先生は時計を見る。
「救出部隊が敵の本陣に続いてる地下道へ突入してから、出口を死守できるのは三十分が限界」
誰も口を挟まない。
「それ以上は弾切れでアウト」
現実的な判断。
「だから――時計を合わせてほしい」
全員が端末を確認する。
「現在、午前八時五十五分」
朝の空気が張り詰める。
「五分後、午前九時に作戦開始だ」
静寂。
そして、戦車のエンジンが低く唸る。
誰も恐れていないわけではない。
だが――
迷いはなかった。
九時まで、あと五分。
戦場が、目の前に広がっている。
◆
「――作戦開始!」
午前九時
先生の号令と同時に、空気が弾けた。
最初に動いたのは中央最前線――ゲヘナ戦車隊。
「さぁ、前進するぞ!」
マコトの一声で、エンジンが咆哮する。
重低音と共に履帯が回り、土煙を巻き上げながら戦車隊がアリウス自治区へ突入した。
直後、廃墟の奥から無数の影が溢れ出る。
「来たぞ!」
ミメシス。
虚ろな瞳、無機質な動き。
簡単な指示に従うだけの幽霊のような兵士。
そしてその間に混じる、生身のアリウス生徒たち。
銃声が一斉に響いた。
ダダダダダダダッ!!
戦車の装甲に弾丸が弾け、火花が散る。
「砲塔、左十五度! 榴弾装填!」
イロハが淡々と指示を飛ばす。
「撃って」
轟音。
爆発が前方を吹き飛ばす。
ミメシスの一団がまとめて倒れる。
しかし――
「やっぱりか…まだ来るぞ!」
マコトが歯を剥く。
崩れた瓦礫の隙間から、路地の奥から、屋上から。
次から次へと湧いてくる。
まるで底がない。
「怯むな! 押し返せ!」
戦車隊の機銃が火を噴く。
だが、数が減らない。
減らしても減らしても、すぐに補充される。
「……ちっ、これが無尽蔵か」
マコトは舌打ちする。
一両の戦車の横で、爆発が起きた。
「例の爆弾かもしれん!警戒しろ!戦車隊は盾になれ!」
歩兵が一斉に距離を取る。
戦車が前に出て、盾となる。
爆炎が上がるが、装甲が受け止める。
「中央は問題ない、このまま進め!」
だがその間にも、左右から敵が回り込もうとする。
「左翼、展開してください!」
ナギサの声が飛ぶ。
「正義実現委員会、射線を広げてください!」
ハスミがライフルを構え、屋上の狙撃手を撃ち抜く。
「高所制圧完了!」
正実の生徒たちが一斉に前へ出る。
整然とした射撃。
統率の取れた動き。
だが、こちらも――
「数が多すぎます……!」
前方から押し寄せるミメシスの波。
撃ち倒しても、後ろからまた湧く。
ナギサは冷静に判断する。
「深追いしないでください! 中央の側面を守ることを最優先にしてください!」
彼女の指示で隊形が崩れない。
それでも押される。
一歩、また一歩と後退を強いられる。
「ヒナ、右翼の状況は!」
先生の声が通信に入る。
『問題ない』
短い返答。
だが、その裏で銃声は途切れない。
右翼
ヒナは前線に立っていた。
風紀委員会の生徒たちが扇状に展開し、迫る敵を迎撃している。
「詰めさせるな」
ヒナは冷静に撃つ。
一発一発が確実にミメシスを倒す。
だが――
「後方から増援です!」
建物の影から、また湧き出る。
「……無限か」
ヒナは歯を食いしばる。
それでも前へ出る。
自ら囮のように位置を変え、敵の視線を引きつける。
「今よ」
その隙に部下が側面を叩く。
だが押し返しても、また埋まる。
「弾薬、およそ残量九割です!」
まだ余裕はある。
しかし、この消耗速度は異常だ。
中央
「ジリ貧だな」
マコトが笑う。
だがその目は鋭い。
「イロハ、あと100メートル押し込めるか?」
「……無茶言いますね」
砲撃で道をこじ開けながら、イロハは答える。
「やるしかないでしょ」
戦車がさらに前進する。
爆煙と銃声。
敵の数は減らない。
それでも――
少しずつ、ほんのわずかずつ。
前へ。
瓦礫を越え、バリケードを粉砕し、中央通りを押し進む。
「地下道入口、視認しました!」
通信が入る。
先生の声が変わる。
「救出部隊、準備して!」
マコトが笑う。
「やっとか」
だがその瞬間。
左右から一斉に敵がなだれ込む。
「囲ませるな!」
ナギサとヒナの部隊が同時に動く。
左翼、正実が一斉射撃。
右翼、風紀委員会が一気に押し返す。
三部隊が歯を食いしばって持ちこたえる。
それでも波は止まらない。
敵が積み重なる。
弾丸が飛び交う。
戦車の装甲に何度も衝撃が走る。
「……これが三十分か」
マコトは低く呟く。
まだ開始から数分。
だが体感はもっと長い。
通信が入る。
『地下道確保出来ました!』
先生の声。
『よし、じゃあ救出部隊、突入するよ!』
マコトは即座に叫ぶ。
「全隊! ここからが本番だ! 救出部隊が戻るまで持たせるぞ!」
「ここからが正念場です!皆さん持ちこたえてください!」
ナギサの声。
「右翼、前へ!」
ヒナの号令。
戦場はさらに激化する。
ミメシスの波が増す。
アリウス生徒の銃撃も激しくなる。
戦車の周囲に弾丸が雨のように降り注ぐ。
それでも中央は崩れない。
左翼も、右翼も。
ジリジリと押されながら。
一歩も引かない。
押しては押され。
削っては削られ。
時間だけが、確実に減っていく。
救出部隊が地下へ消えた。
地上では、三つの部隊が歯を食いしばる。
「三十分……」
マコトは空を睨む。
「やってやるさ」
圧倒的物量。
終わらない波。
それでも彼女たちは前線に立ち続ける。
救うために。
守るために。
救出部隊が地下へと突入してから数分。
地上では、三部隊が歯を食いしばりながら出口の死守を続けていた。
敵の攻撃の波は衰える気配を見せない。
撃ち倒しても、すぐに背後から新たな個体が補充される。
戦車の装甲に弾丸が叩きつけられ、火花が散る。
履帯の横をすり抜けようとするアリウス生を、風紀委員会が撃ち抜く。
「耐えてください!」
ナギサの声が響く。
「前へ出過ぎないで」
ヒナが冷静に制御する。
中央ではマコトが戦車のハッチから身を乗り出し、戦況を睨んでいた。
その時だった。
「……おい」
マコトの視線が遠方に固定される。
廃ビルの瓦礫の隙間。
「おい! あいつ等、対戦車ライフルを持ってるぞ!?」
怒鳴り声が戦場を裂いた。
一瞬、空気が凍る。
戦車の装甲ありきで成り立っているこの布陣。
対戦車ライフルが正確に当たれば、分厚い装甲といえど無傷では済まない。
「まずいですね……」
イロハが低く呟く。
ヘイロー破壊爆弾も厄介だが、戦車を無力化されれば歩兵は一気に瓦解する。
一秒の猶予もない。
その瞬間、ハスミが前へ出た。
「私が倒してきます!」
躊躇はなかった。
スナイパーライフルを握り、戦車の影から飛び出す。
「ハスミさん!」
ナギサの声。
「三名、ハスミさんの援護に! 急いでください!」
正実の生徒三人が続く。
その抜けた穴に、すぐさま便利屋68が滑り込んだ。
「はいはい、穴埋め入りま~す!」
ムツキが軽い口調で撃ち始める。
「クッ…敵が多い…」
カヨコが淡々と弾を送り込む。
アルとハルカも即座に射線を広げ、戦線の崩壊を防ぐ。
中央の防壁は辛うじて維持された。
一方、ハスミたちは足を止めない。
ミメシスが立ちはだかるが、正確な射撃で次々と沈める。
「視認しました!」
廃墟の角。
対戦車ライフルを担ぐアリウス生。
射撃姿勢に入ろうとする瞬間。
ハスミは呼吸を整えた。
引き金
乾いた銃声
一人目、頭部被弾、気絶。
間髪入れず二発目。
二人目も倒れる。
最後の一人が振り向く。
わずかに遅い。
三発目
命中
対戦車ライフルが地面に転がる。
「対象沈黙しました――」
安堵の息を吐いた、その瞬間。
足元から――
カチッ
時間が止まる。
ハスミの背筋を冷たい汗が伝う。
「……」
動けない。
後方の正実生徒が叫ぶ。
「どうしました!?」
ハスミは歯を食いしばり、告げる。
「……地雷です」
沈黙
「動けません……例の爆弾の可能性もあります」
もしヘイロー破壊爆弾なら、下手に動けば終わる。
「私のことはいいから、あなた達は戻りなさい!」
だが援護の銃撃は止まらない。
正実の生徒が即座に無線を入れる。
「後方部隊へ! ハスミさんが地雷を踏んだ!」
司令テント。
セイアとアコが即座に反応する。
「まずいな……どうにかして解除するしかないな」
セイアが冷静に言う。
アコが即答する。
「便利屋68のムツキさんとハルカさんなら可能性があります」
通信が飛ぶ。
『便利屋68、ハスミが地雷を踏んで動けない状況になった。解除できるかい?』
一瞬の間。
アルの声が返る。
『任せなさい』
四人が戦車の影から飛び出した。
銃弾が飛び交う中、全力疾走。
「見せ場が出来てよかったねアルちゃん!」
ムツキが笑う。
ハスミの足元に滑り込み、即座に地面を掘り始める。
ハルカもムツキを手伝う。
「……圧力式じゃない、接触感知?……でも怪しいな……」
アルとカヨコ、正実生徒が壁になる。
銃声が絶えない。
だが道のど真ん中で立ち止まるハスミを完全に守るのは不可能だった。
弾丸が足元をかすめる。
土煙
カヨコが舌打ちする。
「クソ!このままじゃ崩される……」
ミメシスの増援が迫る。
このままでは突破される。
その時。
遠くから、重いエンジン音。
瓦礫を粉砕する轟音。
近くの壁が――
轟音と共に吹き飛んだ。
「……ええええぇぇ!?」
アルが目を見開く。
瓦礫を蹴散らしながら、戦車が横から突入してきた。
イロハの戦車だった。
「正門前でハスミさんに失礼な物言いをしてしまいましたので」
気だるげな声が聞こえる
「借りを返しに来ましたよ」
戦車がハスミの前に滑り込み、巨大な盾となる。
装甲に弾丸が弾かれる。
ミメシスの波が砲撃で吹き飛ぶ。
「今のうちに早く!」
カヨコが叫ぶ。
ムツキとハルカが集中する。
「切るよ?」
「はい!どうぞ!」
カチリ。
嫌な緊張が消えた。
「解除完了!」
ハスミの足が自由になる。
一瞬膝が震えるが、すぐに立て直す。
「……ありがとうございます」
短く、しかし深く頭を下げる。
アルが笑う。
「優秀な社員を持てて鼻が高いわ」
イロハの戦車が後退路を確保する。
「さっさと戻りましょう。ここは居心地が悪いですし」
全員が戦車の作った道へ走る。
中央最前線へ合流。
戦線はまだ崩れていない。
だが、弾薬は確実に減っている。
時間は刻一刻と削られている。
マコトが歯を剥く。
「……残り二十分、間に合ってくれよ先生」
敵の波状攻撃は止まらない。
それでも彼女たちは、まだ立っている。
まだ、折れていない。
救出部隊が戻るその時まで。
この出口は――
絶対に、死守する。