ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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言葉より先に、、

 ティーパーティー会議室の空気は、

 いつも通り静かで、整っていた。

 

「……この資料は、こちらで問題ありませんか?」

 

「ええ。助かります、黒夜さん」

 

 ナギサの声は落ち着いていて、

 いつも通り、少しも揺らぎがない。

 

 私は机の横に立ち、

 書類の整理と確認を進めていた。

 

 連邦生徒会長失踪以降、

 トリニティに流れ込む情報量は明らかに増えている。

 それでも、

 ナギサ様は顔色一つ変えない。

 

 ――さすがだ。

 

 この冷静さが、

 トリニティを支えていると言っても過言ではない。

 

「……シャーレ関連の問い合わせが、増えていますね」

 

「当然ですね」

 

 ナギサは、ペンを走らせながら答えた。

 

「不安は、どこにでも伝播するものですから」

 

 その言葉を聞きながら、

 私は内心で、別のことを考えていた。

 

 シャーレ。

 

 外部から来た“大人”。

 

 その存在は、

 まだ曖昧で、

 それでいて、確実に影を落としている。

 

 ――会わせない理由。

 

 それを考えないようにしながら、

 私は次の書類に手を伸ばした。

 

 そのとき。

 

 コン、コン。

 

 控えめなノック音が、

 会議室に響いた。

 

「どうぞ」

 

 ナギサ様の返事に合わせて、

 扉がゆっくりと開く。

 

「し、失礼します……!」

 

 顔を覗かせたのは、

 見覚えのある生徒だった。

 

「あ……ヒフミ様」

 

 私は一瞬で認識する。

 

 トリニティの生徒、

 阿慈谷ヒフミ。

 

 どこかおどおどとした様子は変わらず、

 しかしその表情には、

 いつもよりはっきりとした緊張があった。

 

「ヒフミさん?」

 

 ナギサも、少し意外そうに目を瞬かせる。

 

「どうしたのですか?」

 

「は、はい……えっと……」

 

 ヒフミは黒夜の存在に一瞬だけ視線を向け

 すぐにナギサへと戻す。

 

「その……先生に、会いまして……」

 

 ――先生

 

 その単語が出た瞬間、

 私は無意識に、指先に力を入れていた。

 

「シャーレの先生、ですね」

 

 ナギサは静かに続きを促す。

 

「は、はい!そうです!」

 

 ヒフミは大きく頷いた。

 

「最初は、正直……

 どんな人なのか、すごく不安だったんですけど」

 

 彼女は言葉を選ぶように、

 一つ一つ、慎重に話す。

 

「でも……その……

 思ってたより、全然怖くなくて」

 

 私は、ペンを持つ手を止めないまま、

 耳だけを完全に向けていた。

 

「生徒の話を、ちゃんと聞いてくれて……

 それに……」

 

 ヒフミは、少しだけ表情を和らげる。

 

「今はアビドスの問題に取り組んでいて…アビドスのみんなのことを、

 本気で心配していました」

 

 アビドス。

 

 廃校の危機に瀕している学園。

 

「それで……なんですけど…」

 

 どこか言いにくそうにヒフミが切り出した

 それを受けてナギサのペンが一瞬だけ止まった。

 

「ヒフミさん……?」

 

「えっと…」

 

 ヒフミは、深く息を吸い込んでから続ける。

 

「先生が、アビドスの生徒を救うためにトリニティに力を貸して欲しいらしくて……」

 

 私は、その言葉に、微かな違和感を覚えた。

 ――貸してほしい?

 シャーレの権力があれば強制的に従わせれるのに?

 

「ナギサ様なら先生に協力できるのでは無いかと思って来ました…」

 

 その言葉をヒフミは大切そうに話した。

 

「それで……もし可能なら、

 トリニティの力を借りられないかって……」

 

 会議室が、静まり返る。

 

 ナギサは、すぐには答えなかった。

 

 代わりに紅茶を一口含み、

 ゆっくりとカップを置く。

 

「……なるほど、ご説明ありがとうございます。

 ヒフミさんが仰っていることはよくわかりました」

 

 その声音は、

 柔らかく、

 しかし、深い思索を含んでいた。

 

「ヒフミさんから見てその先生は、

 どのような人物だと感じましたか?」

 

「えっと……」

 

 ヒフミは、少し悩んでから答える。

 

「不思議な人、です」

 

「不思議?」

 

「はい。

 大人なのに……

 上から命令する感じがなくて」

 

 私は、胸の奥が、僅かにざわつくのを感じた。

 

「生徒を一人の人として見てくれる、

 って言えばいいのかな……」

 

 ――そんな大人が、存在するのか。

 

「ヘイローも無いのに私たちの指揮をしてくれて、

 しかもそれが凄い的確で…成功したら優しく頭を撫でて褒めてくれるそんな人です」

 

 ヒフミは、ぎゅっと拳を握る。

 

「だから……先生からナギサ様に、

 この話を伝えてほしいって言われたときに頑張ろうと思えたんです」

 

 ナギサは、しばらく黙っていた。

 

 視線は、机の上の書類ではなく、

 どこか遠くを見ている。

 

「……分かりました」

 

 やがて、

 静かにそう言った。

 

「その先生の人物像が本当の姿なら、このまま聞き流すよりはシャーレの先生に貸しを作っておいた方が良さそうですね」

 

「ほ、本当ですか……!」

 

 ヒフミの顔がぱっと明るくなる。

 

「ありがとうございます!」

 

 ヒフミが頭を下げる間、

 黒夜は――ずっと、黙って作業をしていた。

 会話に参加することはない。

 

 それが、私の立場だ。

 

 けれど――

 

 “先生”という存在が、

 少しずつ、

 輪郭を持ち始めている。

 

 生徒を心配し、

 一人の生徒を救うために、学園の垣根を越えて手を差し伸べる。

 

 ――危険な人物だ。

 

 秩序を乱す、

 予測不能な変数。

 

 それと同時に

 

 なぜか、胸の奥が、

 微かに痛んだ。

 

 私は、まだ会っていない。

 それなのになぜ?

 

 その“大人”は、

 確実に、この場所へ――

 近づいてきている。

 

 話を終えたヒフミが会議室を去った後、

 室内には、しばし静寂が戻った。

 

 黒夜は、ナギサの指示に従い、

 使われたカップを下げ、新しい紅茶を用意する。

 

 ナギサは、先ほどまでの会話を頭の中で反芻しているようだった。

 

「……先生、ですか…」

 

 ぽつりと零れたその言葉は、

 誰に向けたものでもない。

 

 黒夜は何も答えない。

 答える立場ではない。

 

 数分後。

 

 再び、会議室の扉が開いた。

 

「ナギちゃん、おまたせー!」

 

 弾むような声。

 

 ミカだ。

 

「すまないねナギサ、少々遅れてしまったよ

 まだ仕事は残っているかい?」

 

 その後ろから、

 セイアも静かに入ってくる。

 

「あれ?どうしたの?」

 

「私とミカが居ない間に何かあったみたいだね」

 

 セイアの言葉で考えがまとまったのか

 ナギサは、簡潔に状況を伝える。

 

「ちょうど、お二人にも共有すべき話がありまして」

 

 私は、無意識に背筋を伸ばした。

 

 話題は、先ほどの続き。

 

「ヒフミさんが、シャーレの先生に会ったそうです」

 

「へえ」

 

 ミカは、興味深そうに目を輝かせる。

 

「で?どんな人?」

 

 ナギサはヒフミから聞いた内容を、

 淡々と整理して語った。 

 

 先生の態度。

 生徒への接し方。

 理不尽な扱いを受けているアビドスを案じていること。

 そして――

 トリニティに力を貸してほしいという相談。

 

 黒夜は、紅茶を注ぎながら、

 その一言一言を逃さず聞いていた。

 

「……ふーん」

 

 話を聞き終えたミカは、

 カップを手に取りながら言った。

 

「そんな聖人みたいな人、本当にいるなんて

 驚きじゃんね☆」

 

 その言葉に、セイアが小さく頷く。

 

「少なくとも、悪人ではなさそうで安心したよ」

 

 軽い口調。

 

 だが、

 二人とも真剣だ。

 

 ――警戒はしているが、

 拒絶はしていない。

 

 黒夜は、その温度差を、

 静かに理解する。

 

「ナギサ、君はどう思ったのか聞かせてくれないかい?」

 

「……現時点では、非常に人間性の高い人物の様ですね」

 

 ナギサは、即答だった。

 

「ヒフミさんの話から判断する限り、

 誠実ではあるようですけど」

 

 カップを置き、

 視線を落とす。

 

「誠実さと、信頼は、同義ではないと考えています」

 

 その言葉は、重かった。

 内心で頷く。

 

 ――正しい

 

 そして

 

「黒夜さん」

 

 突然、名前を呼ばれた。

 

「あなたは、話を聞いていて先生の人物像について

 どの様に感じましたか?」

 

 一瞬、時間が止まったように感じた。

 三人の視線が、私に集まる。

 私は、表情を整える。

 

 ここで、

 余計な感情を挟むわけにはいかない。

 

「……私見になりますが」

 

 そう前置きしてから、

 言葉を選ぶ。

 

「ヒフミ様の話を聞く限り、

 その先生は――」

 

 冷静に。

 理性的に。

 

「人に信頼される、立派な人物なのだと思います」

 

 ――その瞬間

 

 胸の奥が、

 きしんだ。

 理由は、分からない。

 

 ただ息が、

 一瞬だけ詰まる。

 

 無意識に、

 顔が――

 歪んだ。

 

 ほんの一瞬。

 

 自分でも、

 気づかないほど短く。

 

 それでも

 

 三人は、確かに――それを見た。

 私は何事もなかったように、言葉を続ける。

 

「生徒からの信頼を得ている点、

 また、学園の垣根を越えて

 協力を求める姿勢からも――」

 

 理想的な評価。

 

 減点のしようがない。

 

 ――なのに。

 

 会議室の空気が、

 わずかに、

 変わった。

 

 ミカの笑顔が、

 一瞬だけ消える。

 

 セイアの視線が、

 私の顔にじっと留まる。

 

 ナギサは何も言わない。

 

 ただ、

 紅茶に映る私の姿を、

 静かに見つめていた。

 

 私はその沈黙の理由を、

 理解できない。

 

 ――何か、

 まずいことを言っただろうか。

 私は完璧な答えを返したはずだ。

 

 感情を挟まず、

 事実から導いた評価。

 

 それ以上も、

 それ以下もない。

 

 それなのに。

 

 三人の視線が、

 どこか――

 鋭い

 

「……ありがとうございます、黒夜さん」

 

 ナギサが静かに言った。

 

「参考にさせていただきます」

 

 それで話題は終わった。

 

 私は、何事もなかったように、

 一歩下がり控えに戻る。

 

 胸の奥に、

 残る違和感を、

 見ないふりをしながら。

 

 ――私は、気づいていない。

 

 自分が、あの一瞬

 どんな顔をしていたのかを。

 

 だが

 

 三人は、はっきりと見てしまった。

 

 人を褒める言葉を口にしながら、

 どこか苦しげに歪んだ――

 月城 黒夜の表情を。

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