ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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補習授業部編 ~2~

 トリニティ自治区の整然とした街並みとはまるで別世界だった。

 

 ブラックマーケットに足を踏み入れた瞬間、空気の質が変わる。

 

 街路はネオン看板と違法広告で埋め尽くされ、建物の壁には弾痕と落書き。

 通りを歩く生徒たちの視線は鋭く、腰に下げた銃器を隠そうともしない。

 

 黒夜はその空気を静かに観察していた。

 

 黒夜は視線を動かしながら、周囲の様子を観察する。

 

 武器を堂々と携帯している者。

 違法パーツを並べる露店。

 何やら怪しい取引をしている二人組。

 

 どこもかしこも、裏社会の縮図のようだった。

 

 だが黒夜の表情は変わらない。

 

 平静を装うのではなく、自然体で歩く。

 警戒しすぎるのも逆に目立つからだ。

 

(……やはり独特ですね)

 

 トリニティの清廉な雰囲気とは対極。

 ここでは秩序よりも力が、信頼よりも損得が優先される。

 

 黒夜は歩きながら、その空気を身体で覚えるようにゆっくりと通りを進んでいた。

 

 その時だった。

 

「おに〜さん」

 

 背後から、妙に軽い声がかかる。

 

「ここでそんな上品な立ち振る舞いしたらダメだよ〜?」

 

 振り向くと、三人の少女が立っていた。

 

 制服は着崩され、手には銃。

 明らかに不良生徒――いわゆるスケバンと呼ばれる類だ。 

 

 三人とも黒夜を値踏みするように見ている。

 

「私らみたいなのに絡まれちゃうからさ!」

 

 くすくす笑いながら、距離を詰めてくる。

 黒夜は内心で小さく息をついた。

 

(……面倒ですね)

 

 普段の立ち振る舞い。

 姿勢や歩き方、視線の配り方。

 

 トリニティで染み付いたものは、意識していても完全には消せない。

 

 だが、表情には出さない。 

 黒夜は穏やかな笑顔を浮かべた。

 

「その様ですね」

 

「次の機会があれば気を付けます」

 

 その落ち着きすぎた返答に、三人は一瞬だけ顔を見合わせた。

 

 そしてすぐにニヤリと笑う。

 

「へぇ〜、余裕そうじゃん」

 

 一人が前に出て、手を差し出す。

 

「じゃあさ、勉強代払おっか」

 

「ここで生きるための授業料ってやつ」

 

 完全にカツアゲだった。

 黒夜は少しだけ肩をすくめる。

 

「あぁ、勉強代ですか」

 

 ポケットからコインを取り出す。

 

「確かに有益な情報には対価が付き物ですからね」

 

 そう言って、親指で軽く弾いた。

 キン、と軽い音を立ててコインが飛ぶ。

 それを少女が受け取る。

 手のひらを開く。

 

 そして。

 

「……は?」

 

 空気が変わった。

 

「……1クレジット?」

 

 顔が固まる。

 そこにあったのは、たったの1クレジットだった。

 数秒の沈黙。

 次の瞬間、三人の表情が一斉に歪んだ。

 

「ふざけてんの?」

 

「私らをバカにしてんのか?」

 

「舐めてんじゃねぇぞコラ」

 

 黒夜は煽るように首を傾げた。

 

「え? 勉強代ですよね?」

 

「情報の価値は内容によって変わりますから」

 

 その言葉が火に油を注いだ。

 

「調子乗ってんじゃねぇ!」

 

 一人が黒夜の胸倉を掴む。

 その目には明確な怒りが浮かんでいた。

 そしてもう一人が吐き捨てるように言った。

 

「片目しか見えない欠陥品が偉そうにしてんじゃねぇよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 空気が凍りついた。

 だが、それは黒夜の反応ではない。

 

 次の瞬間だった。

 

 ダダダダダダッ!!!

 

 銃声が通りを切り裂いた。

 三人のスケバンの身体が弾かれるように地面へ倒れる。

 

「ぐあっ!?」

 

「なっ……!?」

 

 銃撃は正確だった。

 突然の不意打ちだった、彼女達を戦闘不能にするには十分な横槍だった。

 

 黒夜は即座に振り返る。

 銃撃してきた方向を確認する。

 

 そこに立っていたのは――

 見覚えのある四人の少女アリウススクワッドのメンバーだった。

 

 黒夜は一瞬だけ目を瞬かせる。

 

(……まさか会えるとは思っていなかった…)

 

 知っている顔が現れたことで警戒心は解けた。

 

「すいません、助かりましたよ」

 

 そう声を掛けようとした。

 しかし、黒夜はすぐに違和感に気付く。

 

(ん?……様子がおかしい)

 

 四人とも、明らかに殺気立っていた。

 

 特に一人は異常なプレッシャーを放っていた。

 その人物はアツコだった。

 

 彼女はゆっくりと前へ歩いていく。

 そして倒れているスケバンの一人の髪を掴み、無理やり引き起こした。

 

「ねぇ」

 

 声は静かだった。

 だが感情はまるで冷えている。

 銃口が少女の顔面に突きつけられる。

 

「今なんて言ったの?」

 

 スケバンの顔が青ざめる。

 

「え……?」

 

 アツコは一歩近づいた。

 銃口がさらに押し付けられる。

 

「私たちを救ってくれた恩人になんて言ったのか」

 

「もう一度聞かせてくれないかな?」

 

 完全に怒っていた。

 黒夜はその光景を見て、すぐに理解する。

 

(……まずいですね)

 

 このままでは、大怪我させるかも知れない。

 黒夜はすぐに声を掛けた。

 

「アツコさん」

 

 彼女が振り向く。

 

「私は気にしていません」

 

「ですから、これ以上はやめてください」

 

 その言葉を聞いて、アツコはしばらく黙った。

 そして。

 ふっと息を吐く。

 

「……黒夜がそう言うなら、わかった」

 

 銃を少しだけ下げる。

 

 しかし。

 

「でも…ケジメは付けないとね」

 

 バンッ!!

 

 至近距離で銃声が響いた。

 銃撃を受けたスケバンの身体がぐったりと崩れる。

 

 顔面に直撃した弾丸。

 もっとも、この世界の生徒はそれくらいでは死なないが痛い事に変わりない。

 三人は完全に気絶してしまっている。

 

 黒夜は倒れた三人を見下ろしながら。

 

(……まぁこの程度で済んでよかったと思うしかないですね)

 

 そう考えていると。

 サオリがすぐに歩み寄ってきた。

 

「黒夜!」

 

「どうしてお前がここに居るんだ!?」

 

 その声には明確な心配が滲んでいた。

 

「ここはお前が来るような場所じゃないぞ」

 

 ミサキも腕を組みながら頷く。

 

「そうだよ。危なすぎる」

 

 ヒヨリはおろおろしていた。

 

「だ、大丈夫でしたか!?撃たれてませんか!?」

 

 黒夜は苦笑する。

 

「大丈夫ですよ」

 

「皆さんのおかげで助かりました」

 

 だがサオリは納得していない顔だった。

 

「それで、なぜここにいる?」

 

 黒夜は少し言葉に詰まる。

 

「まぁ……色々事情がありまして」

 

 説明するか迷っていると。

 突然アツコが黒夜の手を取った。

 

「黒夜」

 

 彼女は真剣な目で見つめてくる。

 

「何か困ってるの?」

 

 その声は先ほどの冷たい怒りとは全く違っていた。

 

「私たちに出来る事なら何でも協力するよ」

 

 その背後では

 サオリも

 ミサキも

 ヒヨリも

 皆がアツコと同じ目をしていた。

 

 迷いのない、真っ直ぐな視線。

 黒夜は少しだけ驚いた顔をする。

 そして小さく笑った。

 

「……そうですね」

 

「それでは少し話を聞いてもらえますか?」

 

 四人が頷く。

 

 黒夜は周囲を見回す。

 

 ブラックマーケットの路地。

 倒れているスケバン三人。

 通行人は見て見ぬふり。

 

 ここで話す内容ではない。

 

 黒夜は提案した。

 

「とりあえずどこかで食事でもしながら話をさせてください」

 

 するとヒヨリの目が一瞬で輝いた。

 

「ご飯ですか!?」

 

 サオリが呆れた顔をする。

 

「……お前は本当に」

 

 だがアツコは笑った。

 

「いいね、行こう」

 

 こうして黒夜は。

 

 思いがけない協力者のアリウススクワッドと共に。

 ブラックマーケットの通りを抜け、一同は一軒のファミリーレストランに入った。

 

 店の外観は古びており、看板のネオンは半分ほど切れている。

 だがブラックマーケットでは、この程度の店はむしろまともな部類だった。

 

 店内に入ると、油とコーヒーの匂いが混ざった空気が漂っている。

 テーブル席のいくつかでは、銃を机に置いたまま談笑している生徒たちの姿もあった。

 

 黒夜は一瞬だけ店内を見渡す。

 

 誰が客で、誰が用心棒か。

 どこに監視カメラがあり、どこが死角になっているか。

 

 そういった情報を無意識に整理しながら、奥の席へ向かった。

 

 五人は丸テーブルに腰を下ろす。

 すぐに店員がメニューを持ってきた。

 黒夜はそれを受け取り、軽く微笑む。

 

「先ほど助けていただきましたし」

 

「ここは私が持ちますので、好きな物を頼んでください」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 ヒヨリの目が、まるで別人のように輝いた。

 

「えっ!? 大盛りでもいいんですか!?」

 

 サオリが即座にツッコミを入れる。

 

「お前は少し遠慮しろ」

 

 しかしヒヨリはすでにメニューを食い入るように見ていた。

 

「えっと……ハンバーグ大盛りと……カレーと……あとパフェも……」

 

「それ全部食べる気?」

 

 ミサキが呆れたように言う。

 ヒヨリは真顔で頷いた。

 

「はい!」

 

 その様子に黒夜は思わず小さく笑う。

 ブラックマーケットの荒々しい空気の中でも、こうしたやり取りはどこか穏やかだった。

 注文を終え、店員が去る。

 

 テーブルの上に、しばし静かな時間が流れた。

 

 外では銃声が遠くに聞こえる。

 しかしこの店の中では、それすら日常の一部のようだった。

 

 黒夜は指を組み、ゆっくり口を開いた。

 

「それでは本題に入りましょう」

 

 四人の視線が集まる。

 

「皆さんは、随分前にブラックマーケットの銀行が襲われた事件をご存じですか?」

 

 サオリが少し考えるように視線を上げる。

 ミサキが先に答えた。

 

「噂程度なら」

 

「かなり派手な強盗だったらしい」

 

 ヒヨリも頷く。

 

「ブラックマーケットの銀行を襲うなんて普通じゃないって聞きました」

 

 アツコは腕を組んで考え込んでいた。

 

「確か……犯人たちはまだ捕まってないんだよね」

 

 黒夜は頷く。

 

「ええ、その通りです。私はその事件について、少し調べているんです」

 

 サオリの目が鋭くなる。

 

「……なぜだ?」

 

 黒夜は少しだけ言葉を選んだ。

 政治的事情は話せない。

 だが完全に隠すのも不義理に思えた。

 

「詳しい事情はお話できませんが」

 

「トリニティに関係する可能性があるんです」

 

 その言葉で、空気が少しだけ引き締まった。

 ブラックマーケットとトリニティ。

 本来ならあまり交わることのない世界だ。

 

 黒夜は続ける。

 

「私が追っているのはその銀行強盗の犯人グループ」

 

「そして――」

 

 少し間を置く。

 

「そのリーダーとされているファウストと呼ばれている人物です」

 

 その名前を聞いた瞬間。

 四人の表情が変わった。

 

 サオリが眉をひそめる。

 ミサキは少し考え込むように腕を組む。

 ヒヨリは小さく声を上げた。

 

「ファウスト……」

 

 アツコが静かに言った。

 

「その名前、聞いたことある」

 

 黒夜の視線が集まる。

 

「本当ですか?」

 

 サオリがゆっくり頷く。

 

「ブラックマーケットのアウトローの間では」

 

「半ば伝説みたいな扱いだ」

 

 ミサキが続ける。

 

「銀行を襲ったのも凄いけど」

 

「その後、一切尻尾を掴ませないのが異常らしい」

 

 ヒヨリが小声で言う。

 

「しかも……」

 

「ファウストの正体、誰も知らないって噂です…」

 

 黒夜は静かに聞いていた。

 

(やはり)

 

 情報は断片的だが、方向は間違っていない。

 その時、料理が運ばれてきた。

 

 ハンバーグ、カレー、パスタ、山盛りのポテト。

 ヒヨリの目がさらに輝く。

 

「いただきますぅ!!」

 

 すぐにフォークを握る。

 サオリがため息をついた。

 

「……話を聞きながら食べろ」

 

 ヒヨリは口いっぱいにハンバーグを頬張りながら頷いた。

 

「はい!」

 

 その光景に黒夜は少しだけ微笑む。

 そして改めて尋ねた。

 

「ファウストの正体について」

 

「何か聞いたことはありますか?」

 

 四人は顔を見合わせた。

 そしてサオリが言った。

 

「正体は誰も知らない」

 

「だが、犯人グループの名前なら聞いたことがある」

 

 黒夜の目がわずかに細くなる。

 

「それは?」

 

 サオリは少し言いづらそうに口を開いた。

 

「……覆面水着団」

 

 一瞬、沈黙が落ちた。

 黒夜は数秒間、完全に無言だった。

 そして小さく呟く。

 

「覆面……水着団」

 

 あまりにも個性的すぎる名前だった。

 ブラックマーケットの犯罪組織にしては、どこか間が抜けている。

 だがサオリは真面目な顔で頷く。

 

「間違いない」

 

 ミサキも言う。

 

「アウトローの間でも、そう呼ばれてる」

 

 ヒヨリはカレーを食べながら補足した。

 

「銀行襲った時も」

 

「全員、覆面だったらしいですよ」

 

 黒夜は静かに目を閉じた。

 

(なるほど)

 

 この奇妙な名前。

 そして、犯行の大胆さ。

 

(確かに記憶には残りますね)

 

 ただし、それ以上の情報はないらしい。

 黒夜は軽く息を吐いた。

 

「一歩前進しました、ありがとうございます」

 

 サオリが真剣な表情で聞く。

 

「それで、そのファウストを見つけてどうする?」

 

 黒夜は少しだけ考えた。

 そして答える。

 

「それを決めるのは私ではありません」

 

「ですが」

 

 少し視線を落とす。

 

「少なくとも、真実は明らかにする必要があると思います」

 

 サオリはそれ以上は聞かなかった。

 アリウススクワッドもまた、複雑な過去を持つ者たちだ。

 触れてはいけない事情があることは理解している。

 食事はしばらく穏やかに続いた。

 

 ヒヨリは本当に全部食べきった。

 サオリとミサキが呆れ、アツコが静かに微笑んでいる。

 その光景は、どこか普通の学生のようでもあった。

 

 やがて店を出る時間になった。

 

 ブラックマーケットの夜は、昼よりも騒がしい。

 ネオンが輝き、違法取引が活発になる時間だ。

 サオリが黒夜を見る。

 

「気をつけろ、ここは危険だからな」

 

 黒夜は頷いた。

 

「皆さんも」

 

 アツコが少し心配そうに言う。

 

「また何かあったら呼んでね」

 

「私たちは黒夜の味方だからね」

 

 黒夜は優しく微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

 四人は黒夜とは別の方向へ去っていく。

 その背中を見送りながら。

 黒夜は深く息を吐いた。

 

(覆面水着団)

 

(ファウスト)

 

 情報は一歩進んだ。

 だがまだ決定的ではない。

 ブラックマーケットではこれ以上の情報は得られないだろう。

 

 黒夜はポケットからスマートフォンを取り出した。

 連絡先の一覧を開く。

 そこに表示されている名前。

 

――便利屋68。

 

 黒夜が知っているもう一つのアウトロー集団。

 黒夜は迷わず通話ボタンを押した。

 

 数秒後。

 

 回線が繋がる。

 

「もしもし、こちら便利屋68よ」

 

 聞き覚えのある声が響いた。

 黒夜は静かに言う。

 

「久しぶりですね、少し頼みたい事があるのですが…」

 

 黒夜の調査は、まだ始まったばかりだった。

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