ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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補習授業部編 ~3~

 夜の帳が落ちたブラックマーケットの喧騒を背に、黒夜はゆっくりと歩いていた。

 ネオンの光が遠ざかるにつれて、通りの雰囲気も次第に落ち着いていく。

 先ほどまでいたブラックマーケットは、夜になればなるほど活気を増す場所だ。だがそこから少し離れ、ゲヘナ自治区に入れば、同じ夜でも空気はずいぶん違う。

 

 騒がしさはある。

 だがどこか、慣れ親しんだ空気だった。

 

 黒夜はふと手に持っている紙袋を見下ろす。

 

 中にはバーガーショップで買ったセットが四つ。

 歩いている途中、ふと思い立って立ち寄った店で買ったものだ。

 

(……少し遅い時間になってしまいましたしね)

 

 便利屋68の事務所に向かう途中で気付いた。

 今から訪ねれば、きっと夜食の時間帯だろう。

 

 それなら差し入れでも持って行った方がいい。

 そんな軽い気持ちだった。

 

 けれど同時に、少しだけ胸が弾んでいるのも自覚していた。

 

 久しぶりに顔を合わせるからだ。

 

 便利屋68の面々とは、プライベートや仕事で何度も顔を合わせている。

 だが最近は互いに忙しく、ゆっくり会う機会がなかった。

 

(久しぶりですね)

 

 そう思うと自然と足取りも軽くなる。

 しばらく歩くと、見慣れた古びたビルが視界に入ってきた。

 

 外壁はところどころ塗装が剥がれ、窓枠も年季が入っている。

 だがその分、妙な安心感もあった。

 

 ここが便利屋68の事務所だ。

 

 黒夜はビルの入り口に入り、階段を上る。

 鉄の階段がぎしりと小さく音を立てた。

 

 そして廊下の奥。

 見慣れた扉の前に立つ。

 

 ノックをするか一瞬迷ったが、どうせ中にいるのはあの四人だ。

 あまり形式ばるのもらしくない気がして、そのまま扉を開いた。

 

 ガチャ。

 

「こんばんは」

 

 扉の向こうには、いつもの光景があった。

 

 テーブルの周りに四人が集まり、思い思いに寛いでいる。

 ムツキはソファの背に寄りかかり、アルは椅子に座って腕を組み、カヨコは静かにコーヒーを飲んでいた。ハルカはその隣で何やら書類を整理している。

 

 その空間に、黒夜の声が入る。

 四人の視線が一斉にこちらへ向いた。

 

 一瞬の沈黙。

 

 そして――

 

「お」

 

 ムツキが先に反応した。

 

「黒夜じゃん」

 

 にやりと笑う。

 

「久しぶり〜」

 

 黒夜は軽く頭を下げた。

 

「夜分遅くにすみません」

 

 そして紙袋を持ち上げる。

 

「差し入れを買ってきたので、よかったら食べてください」

 

 テーブルの上に袋を置く。

 その瞬間、ムツキがすぐに身を乗り出した。

 

「くふふ、ありがと〜!」

 

 袋を開けながら嬉しそうに言う。

 

「ちょうどお腹減ってたんだよね〜♪」

 

 ハルカも遠慮がちに近づいてくる。

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 少し照れたように受け取る。

 

「私もお腹空いていたので……助かります……」

 

 その様子を見て黒夜は小さく笑った。

 やはりこの雰囲気は落ち着く。

 カヨコも紙袋からセットを一つ取り出す。

 そしてアルの方をちらりと見た。

 

「ほらね? 黒夜だから気を利かせて何か買ってくるって、私が言ってた通りになったでしょ」

 

 アルは腕を組んだまま、むむ、と唸る。

 

「うーん……」

 

 紙袋と黒夜を見比べる。

 

「依頼人に恵んでもらうのって、アウトローっぽくないのよね……」

 

 少し悩むような顔をする。

 

「でも黒夜だし……」

 

 しばらく葛藤したあと、観念したように手を伸ばした。

 

「……とりあえず差し入れは感謝するわ」

 

 そう言ってセットを受け取る。

 黒夜は思わず笑ってしまった。

 

「どうぞ遠慮なく」

 

 テーブルの周りに、しばらく食事の音が広がる。

 

 紙袋の音。

 ポテトをつまむ音。

 ムツキの楽しそうな鼻歌。

 

 黒夜はその様子を見ながら、どこかほっとしていた。

 

 ブラックマーケットの空気とはまるで違う。

 同じ裏社会に関わる者たちでも、この四人といると妙に肩の力が抜ける。

 

 久しぶりに顔を見られたことが、単純に嬉しかった。

 ムツキがハンバーガーを頬張りながら言う。

 

「それでさ〜、今日はどうしたの?」

 

「ただの差し入れですか?」

 

「流石にそれだけじゃないでしょ」

 

 アルもポテトをつまみながら視線を向けてくる。

 

「違うわよ。黒夜は私たちに何か依頼したい事があるのよ!」

 

 黒夜は少し姿勢を正した。

 

「ええ、アルさんの言う通りです」

 

 軽く咳払いをする。

 

「実は少し聞きたいことがありまして」

 

 アルが腕を組み直す。

 

「聞きたいこと?」

 

「何かしら」

 

 黒夜は言葉を選びながら話す。

 

「随分前になるんですが、ブラックマーケットの銀行を襲った事件がありましたよね」

 

 ムツキが「ん?」と首を傾げる。

 黒夜は続けた。

 

「その犯人グループは覆面水着団という名前らしいんですが」

 

「今、その人たちを追っていまして」

 

 少し間を置く。

 

「もしかしたら裏社会に精通しているアルさん達なら、何か知っているんじゃないかと思いまして」

 

 その瞬間だった。

 アルの目が、ぱっと輝いた。

 

「黒夜!」

 

 テーブルを叩く。

 

「やっぱり貴方、私たちのことよく分かってるじゃない!」

 

 黒夜は少し驚く。

 アルは胸を張った。

 

「その事件のことなら知ってるわ」

 

 得意げに続ける。

 

「なぜなら」

 

 一拍置いてから、堂々と言い放った。

 

「事件当日、その場に居たからね!」

 

 黒夜は思わず瞬きをした。

 

(……本当に?)

 

 半信半疑でカヨコとムツキを見る。

 カヨコは静かに目を閉じ、こくりと頷いた。

 

 ムツキは楽しそうに笑っている。

 

「そうだったね〜」

 

 どうやら本当らしい。

 

 黒夜は少し身を乗り出す。

 

「アルさん、彼女たちのこと、教えてもらえますか?」

 

 その瞬間、アルのテンションがさらに上がった。

 

「もちろんよ!」

 

 椅子から少し身を乗り出す。

 

「彼女たちの仕事ぶりは見事だったわ」

 

 アルは当時を思い出すように語り始めた。

 

「銀行員の制圧から目的の物を奪うまで、すごくスムーズだった」

 

「絶対に何度もシミュレーションしてる」

 

「完成度の高い計画だったのが分かったわ」

 

 黒夜は真剣に聞く。

 アルはさらに熱が入る。

 

「それでいて客には被害を出さない」

 

「騒ぎが大きくなる前に逃げ切る」

 

 拳を握る。

 

「完璧なアウトローよ!」

 

「正直、ちょっと憧れたわ!」

 

 ムツキがくすくす笑う。

 ハルカは少し困った顔をしている。

 黒夜は苦笑しながら質問した。

 

「それで、正体とかは分かったりしますか?」

 

 アルは一瞬だけ表情を曇らせた。

 

「それは…」

 

 残念そうに肩をすくめる。

 

「正体までは分からないわ…

 覆面もしていたし…」

 

 その時だった。

 カヨコがぽつりと言う。

 

「覆面水着団の正体だったら…」

 

 コーヒーを置く。

 

「アビドスの連中だよ」

 

 沈黙

 

 黒夜とアルが同時に声を上げた。

 

「え!?」

 

「え!?」

 

 ムツキが「あっ」と声を出す。

 そしてアルの方を見る。

 

「アルちゃん」

 

 少し舌を出す。

 

「後でアルちゃんにも言おうと思ってたんだけどさ〜」

 

「そのまま忘れてた」

 

 にこっと笑う。

 

「ごめんね〜」

 

 アルはしばらく固まっていた。

 そしてゆっくりとムツキを見る。

 

「……え?」

 

「今初めて聞いたんだけど?」

 

 事務所の空気が、少しだけ騒がしくなった。

 そして黒夜は思う。

 

(アビドス高等学校……)

 

 思いもよらない名前だった。

 

 しかし同時に――

 

 調査は、確実に一歩前に進んだのだった。

 

 便利屋68の事務所の空気は、先ほどまで和やかなものだった。

 バーガーの包み紙の音、ポテトをつまむ音、ムツキの楽しそうな笑い声。

 久しぶりに顔を合わせた気安い仲間同士の、いつもの夜だった。

 

 だが――

 

 カヨコの一言で、その空気の一部が黒夜の中だけで静かに変わった。

 

 ――覆面水着団の正体がアビドスの生徒…

 

 その言葉はあまりにもあっさりと告げられた。

 まるで雑談の一つのように。

 

 しかし黒夜の頭の中では、その言葉が重く沈んでいた。

 

(アビドス……)

 

 胸の奥に、小さな違和感が生まれる。

 

(どこかで……聞いたことがある……)

 

 確かに知っている名前だ。

 だがそれは単なる学校名としてではない。

 もっと別の、重要な文脈で聞いたはずだった。

 

 黒夜は思考の中へ潜る。

 

 アビドス

 

 どこで聞いたのか。

 

 思い出そうとするが、すぐには繋がらない。

 断片だけが頭の奥に浮かんでは沈む。

 

 その間にも、四人の会話は続いていた。

 

「どうしてもっと早く教えてくれないのよ!?」

 

 アルが机を叩きながら叫ぶ。

 ムツキは悪びれもなく笑っている。

 

「ほら〜!あの後さ!」

 

「風紀委員とか、アビドスとカイザーの戦いとかで色々あったじゃん?」

 

 ポテトを口に放り込みながら言う。

 

「それでバタバタしてるうちに忘れちゃってたんだよね〜」

 

 にこっと笑う。

 

「だから許してアルちゃーん」

 

「許すか!!」

 

 アルのツッコミが飛ぶ。

 その横でハルカが慌てていた。

 

「あ、あわわ……!」

 

「アル様、落ち着いてください……!」

 

 カヨコも肩をすくめる。

 

「ごめん社長、私も色々あって忘れてた」

 

 ムツキがくすくす笑う。

 ハルカが慌ててアルをなだめる。

 カヨコは静かにバーガーを食べている。

 

 いつもの光景だった。

 しかし黒夜は、その会話をほとんど聞いていなかった。

 思考が深く沈んでいたからだ。

 

(アビドス……)

 

(どこで……)

 

 そして――

 

 ふと、ある記憶の断片が浮かび上がる。

 

(……そうだ)

 

 胸の奥がざわりと揺れた。

 

(アビドスの生徒を救うために……)

 

 思い出す。

 

(先生から……トリニティに救援要請があった)

 

 その瞬間、思考が一気に加速した。

 

 そうだ。

 あの時だ。

 

 アビドス高校が危機に瀕していた時。

 カイザーとの戦いが始まる前。

 

 先生がトリニティへ助けを求めた。

 その話を――

 

(……だが)

 

 黒夜は眉をひそめる。

 

(当時、先生から直接聞いた記憶はない)

 

 それははっきりしていた。

 

 あの頃の自分は、先生のことを警戒していた。

 もし直接会って話をしていれば、絶対に忘れるはずがない。

 

 だが記憶は確かにある。

 

 では――

 

(誰から聞いた……?)

 

 思考の歯車がゆっくり回る。

 

(あの時……ティーパーティーに直接伝えられる立場の人物)

 

 脳裏にいくつかの顔が浮かぶ。

 

(ミネ団長……)

 

 首を振る。

 

(違う)

 

(サクラコ様……でも無い…)

 

 思い出せない。

 

 だが確実に自分はその場にいた。

 

 ティーパーティーの部屋。

 ナギサが座っていた。

 誰かが、そこに来て――

 

 その瞬間だった。

 記憶の霧が一気に晴れる。

 はっきりとした光景が浮かび上がる。

 

 ナギサに向かって、少し困ったような笑顔で話していた少女。

 

 そしてその言葉。

 

『アビドスの生徒を救うために、トリニティに力を貸して欲しいらしくて……』

 

 柔らかい声。

 遠慮がちな話し方。

 

 その人物は――

 

 黒夜の瞳がわずかに見開かれる。

 

(ヒフミさん……)

 

 静かに、その名前が浮かんだ。

 そして次の瞬間。

 頭の中で、いくつものピースが音を立てて繋がっていく。

 

 覆面水着団の正体がアビドス高校。

 

 そして――

 

 そのアビドスと関わりのあるトリニティの生徒。

 

(……)

 

 胸の奥が冷える。

 

(もし……)

 

 思考は、自然と一つの仮説へ向かってしまう。

 

(もし……覆面水着団の正体がアビドスであるならば)

 

(アビドスと関係のあるトリニティ生が銀行強盗に関わっていても、おかしくはない)

 

 その一番の容疑者候補が

 

(阿慈谷ヒフミさん……)

 

 ナギサの友人。

 

 ティーパーティーに出入りできる数少ない人物。

 

 だが――

 

 黒夜はすぐに頭を振る。

 

(いやそんなはずはない)

 

 ヒフミの顔を思い浮かべる。

 

 いつも少し慌てていて。

 少し頼りなくて。

 それでも誰にでも優しい少女。

 

 誰が見ても善人だ。

 

 銀行強盗を首謀するような人間には到底思えない。

 

 だが

 

(もし……)

 

 思考がまた別の方向へ進む。

 

(もし、それが演技だったら?)

 

(あの優しさが全部作られたものだったら?)

 

 背筋に冷たいものが走る。

 

 そして――

 

 最悪の想像が、頭の中に浮かんでしまった。

 

 ナギサとヒフミ。

 二人が向かい合っている。

 ナギサの表情は、信じられないものを見るような顔。

 

 そしてヒフミは――

 

 楽しそうに笑っていた。

 

「あはは……」

 

 軽い笑い声。

 

「えっと」

 

 少し困ったような声。

 

「それなりに楽しかったですよ」

 

 そして笑顔のまま言う。

 

「ナギサ様との、お友達ごっこ」

 

 その瞬間、黒夜は強く頭を振った。

 

(……違う!)

 

(違う!)

 

(そんな事はありえない)

 

 想像を振り払うように息を吐く。

 

(あの純真無垢なヒフミさんが)

 

(そんなことをするはずがない)

 

 考えすぎだ。

 自分が勝手に疑っているだけだ。

 だが、それでも一度生まれた疑問は消えない。

 

 その時だった。

 

「黒夜」

 

 声がかかる。

 黒夜は顔を上げると、そこにはカヨコがこちらを見ていた。

 静かな視線だった。

 

「さっきから難しい顔してるけど」

 

 少し首を傾げる。

 

「大丈夫?」

 

 黒夜は一瞬だけ言葉を失う。

 だがすぐに、いつもの笑顔を作った。

 

「ええ」

 

 落ち着いた声で答える。

 

「大丈夫ですよ」

 

 思考を一度、強引に止める。

 そして姿勢を正した。

 

「皆さん」

 

 四人を見る。

 

「貴重な情報ありがとうございました」

 

「私は少し、やらないといけないことが出来たので」

 

 軽く頭を下げる。

 

「これで失礼しますね」

 

 そう言って立ち上がる。

 懐から封筒を取り出し、テーブルに置いた。

 

「これが依頼達成の報酬です。ここに置いておきますね」

 

 そのまま扉へ向かう。

 アルが慌てて声を上げた。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 立ち上がる。

 

「この時間じゃ電車も動いてないでしょ!?」

 

「泊まっていきなさいよ!」

 

 ムツキも手を振る。

 

「そうそう〜!」

 

「久しぶりなんだしさ!」

 

 ハルカもおろおろする。

 

「そ、その方が……安全だと思います……!」

 

 カヨコも静かに頷く。

 だが黒夜は振り返り、穏やかに答えた。

 

「いえ」

 

 少しだけ笑う。

 

「ここからなら、ゲヘナ側にある私のセーフルームが近いので」

 

「そこで休むことにします」

 

 一礼する。

 

「お気遣いありがとうございます」

 

 そして――

 

 少し急ぐように扉を開けた。

 

「それではおやすみなさい皆さん…」

 

 扉が閉まる。

 足音が廊下へ遠ざかっていく。

 残された四人は、しばらく黙っていた。

 

 ムツキがぽつりと呟く。

 

「……なんかさ急に帰ったね」

 

 アルが腕を組む。

 

「そうね、明らかに様子がおかしかったわ」

 

 ハルカが不安そうに言う。

 

「だ、大丈夫でしょうか……」

 

 カヨコは少し考えてから、静かに言った。

 

「……多分」

 

 窓の外を見る。

 

「何かに気付いたんだろうね」

 

 そして慌てて出て行った黒夜は夜の街を歩きながら、静かに考えていた。

 

(トリニティに戻ったら)

 

 視線を夜空へ向ける。

 

(ヒフミさんと一度、話してみよう)

 

 拳を軽く握る。

 

 疑うためではない。

 確認するためだ。

 自分の考えが、ただの思い過ごしであることを。

 

 そう信じながら。

 

 黒夜は夜の街を歩き続けるのだった。

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