ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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もう一つのティーパーティー ~3~

 石畳の道端に立ったまま、黒夜は一度周囲を見回した。

 夕暮れの光はすでに薄れ始め、街灯がぽつぽつと灯り始めている。人通りもまばらになり、先ほどまでのざわめきが嘘のように引いていた。

 このまま立ち話を続けるには、あまりにも落ち着かない。

 

 目の前には、世界を滅ぼした三人。

 そして、今は何事もなかったかのように微笑んでいる。

 その状況が、現実として成立していること自体に、未だどこか実感が伴っていない。

 

 だがだからこそ黒夜は意を決して口を開いた。

 

「……ここで立ち話もなんですし、私の家が近いので、皆さんも一緒にどうですか?」

 

 黒夜は静かに語り掛ける、自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

 ほんの一拍、間を置き三人の反応を確かめながら慎重に付け加えた。

 

「時間を気にせず、朝まででも平気ですし……」

 

 言い終えた瞬間。

 

 三人の反応が、ぴたりと止まった。

 まるで時間が切り取られたかのように。

 

 ミカテラーが瞬きをする。

 ナギサテラーの口元がわずかに開く。

 セイア*テラーの瞳が大きく開かれる。

 

 そして次の瞬間。

 三人の頬に、ゆっくりと赤みが差していく。

 黒夜は、その変化を見て、わずかに首を傾げた。

 

(……ん?)

 

 意図した反応ではない。

 むしろ、想定外だった。

 

 ナギサ*テラーが、視線を逸らしながら口を開く。

 

『えっ……?あっ……』

 

 言葉がうまく繋がらない。

 指先が、制服の裾を軽く握る。

 

『は、はい……よろしくお願いしますぅ……』

 

 最後の方は、ほとんど消え入りそうな声だった。

 

 ミカ*テラーがその横で、ぱっと顔を上げる。

 

『え?いいの?』

 

 黒夜に急接近しながら畳みかける。

 

『黒夜の家で朝までだよ!?』

 

 その言葉に、黒夜は一瞬だけ瞬きをした。

 

 だが、すぐに頷く。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 その返答を聞いたミカ*テラーは、さらに身を乗り出す。

 

『本当にいいんだね!?黒夜が言ったんだからね!!?』

 

 妙に念を押すような言い方だった。

 黒夜は少し戸惑いながらも、静かに答える。

 

「……はい、構いませんが」

 

 そのやり取りの隣で。

 

 セイア*テラーが、ゆっくりと額に手を当てた。

 

『……黒夜』

 

 低く、しかしどこか熱を帯びた声。

 

『君はもう少し、自分の発言の重さを自覚するべきだと思うよ……もしかしたら、取り返しがつかないかもしれないよ?』

 

 視線が、黒夜に真っ直ぐに向けられる、そしてその目は妙に据わっていた。

 だが同時に、頬はしっかりと赤い。

 そのアンバランスさに、黒夜はさらに混乱する。

 

(……怒っている、わけではない?)

 

 むしろどこか――

 

 期待しているような。

 そんな雰囲気すら感じる。

 

(どういうことだ……?)

 

 結論が出ないまま、三人を連れて歩き出す。

 道中も、三人はどこか落ち着きがなかった。

 普段の彼女たちであれば、もっと自然に会話が流れるはずなのに。

 今日は妙に言葉が少ない。

 視線も、合いそうで合わない。

 時折、ちらりとこちらを見ては、すぐに逸らす。

 

 その繰り返し。

 

 黒夜の中で、違和感が膨らんでいく。

 やがて、自宅に到着する。

 扉を開け、三人を中へ招き入れる。

 

「どうぞ、こちらです」

 

 普段通りの動作。

 だが、後ろからついてくる気配が、どこかぎこちない。

 靴を脱ぐ音が、小さく重なる。

 三人はまるで“借りてきた猫”のように静かだった。

 先ほどまでの余裕や余韻はどこへやら、椅子にちょこんと座る姿は妙に大人しい。

 手を膝の上に揃え、背筋だけは妙に正しい。

 

 だが、その視線は落ち着かない。

 時折、互いをちらりと見ては、何かを確認するように黒夜を見る。

 黒夜は、その様子を見ながら、ゆっくりと首を傾げた。

 

(……おかしい)

 

 明らかに様子が変だ。

 だが、その理由が分からない。

 

(家に誘ってから……か?)

 

 思考を辿る。

 あの一言を境に、三人の態度は変わった。

 だが、怒っているわけではない。

 むしろ、逆だ。どこか浮ついているように見えるが…勘違いかもしれない。

 

(……私が気付かずに失礼を働いた?)

 

 その可能性を考え、無意識に自分の身なりを確認する。

 

 服装も乱れていない。

 手元も汚れていない。

 匂い――

 

 そこで、思考が止まる。

 

(……まさか)

 

 今日一日の動きを思い返す。

 移動。交渉。緊張。

 普段よりも、確かに汗をかいている。

 

(……汗臭いのか!?)

 

 その結論に至った瞬間、黒夜は内心で頭を抱えた。

 

(それで……指摘できずに、気を遣わせているのか……)

 

 三人が口数を減らした理由。

 視線を逸らす理由。

 すべて説明がつく。

 

(失念していた……)

 

 すぐに立ち上がる。

 

「私としたことが、気付くのが遅れて申し訳ありません」

 

 三人が一斉に顔を上げる。

 黒夜は続ける。

 

「少し汗を流してきたいので、少々お時間を頂いても大丈夫ですか?」

 

 その言葉に。

 三人は、同時に俯いた。

 そして、こくん、と小さく頷く。

 その仕草は、どこかぎこちない。

 だが、拒否ではない。

 

 黒夜はそれを確認し、「では……失礼します」と一言残して浴室へ向かった。

 

 扉が閉まり少ししてから浴室からシャワーの音が流れ始める。

 その音が一定のリズムを刻み始めた頃。

 

 リビングに残された三人は、ゆっくりと顔を上げた。

 最初は沈黙が場を支配していたが、最初に口を開いたのはミカ*テラーだった。

 

『ねぇねぇ!』

 

 抑えきれないように身を乗り出す。

 

『これってさ……つまりそういう事だよね!?』

 

 声は小さいが、勢いがある。

 ナギサ*テラーが、頬の熱を隠すように軽く咳払いをする。

 

『はい……』

 

 恥ずかしそうに視線を逸らしながら。

 

『黒夜さんから“誘われた”という……その、類のものですよね……?

 まさか再会してこんなにすぐとは思いませんでした……何が黒夜さんの理性を焼いてしまったのでしょうか……』

 

 言葉を選びながらも、隠しきれない色が滲む。

 考えるふりをしているが、声音はどこか弾んでいる。

 

 セイア*テラーが、腕を組んで天井を仰ぐ。

 

『……黒夜の理性を焼いてしまうほどのセクシーセイアですまない』

 

 ぽつりと呟く。

 ナギサ*テラーとミカ*テラーが即座に振り返る。

 

『セイアさん?突然何を言っているんですか?』

 

『セイアちゃん?うれしすぎて壊れちゃった?』

 

 ミカ*テラーが吹き出しそうになるのを堪える。

 二人のそんな塩対応にもセイア*テラーは平然としていた。

 

『いや、今こそ言うべきだと思ったのだよ』

 

 そのやり取りは、どこか緊張と興奮が混ざった奇妙なものだった。

 三人とも、落ち着いているようで落ち着いていない。

 視線が合えば逸らし、逸らせばまた気になって見る。

 

 そして、浴室から聞こえるシャワーの音に、時折意識が引き寄せられる。

 その音が止まる瞬間を、無意識に待っている。

 期待が、静かに積み重なっていく。

 かつて世界を滅ぼした存在。

 その面影は、今この瞬間にはどこにもない。

 ただ“これから始まる”と信じて疑わない三人が、静かに時を待っているだけだった。

 

 浴室の扉が静かに開いた。

 

 温かい湯気を背に、黒夜が部屋へと戻ってくる。濡れた髪は軽く拭かれ、いつもの整った制服ではなく、少しラフな部屋着に身を包んでいる。その姿はどこか無防備で、普段の“護衛”としての顔とは違った柔らかさを帯びていた。

 

 その変化に、三人の視線は一斉に集まる。

 まるで獲物を見つけた獣のように。

 妙に熱を帯びた、逃がすまいとする視線。

 

 それに対して黒夜は、シャワー後のさっぱりとした感覚に包まれており、その異様さにまったく気付いていなかった。

 そのまま自然な動作で三人の対面に座る。

 

「お待たせしました」

 

 一度軽く息を整え、話を切り出す。

 

「それではさっそく……」

 

 その言葉が落ちた瞬間。

 三人の内側で何かが弾けた。

 

 期待。

 

 予感。

 

 高揚。

 

 すべてが一気に頂点へと達する。

 

――来る。

 

 そう確信した、その次の瞬間。

 

「皆さんとの今後について詳しく話をさせてください」

 

 空気が、止まった。

 三人の表情が、同時に固まる。

 完全に、思考が追いついていない。

 黒夜はそんな三人の様子に気付き、首を傾げる。

 

「それでですね……あれ?皆さんどうしたんですか?」

 

 言葉を続けながらも、違和感を覚えた黒夜の問いかけに対し、三人はゆっくりと顔を上げる。

 だが、その目はどこか焦点が合っていなかった。

 そして、ほとんど同時に、かすれた声が漏れる。

 

『え?今からベッドに行くんじゃないの……?』

 

『私と黒夜さんの蜜月の時間は……?』

 

『こ、こくや……?うそだよな……?』

 

 三者三様の、しかし方向性は完全に一致した言葉。

 黒夜は、その意味を理解できず、ただ素直に反応する。

 

「え?」

 

 その一言。

 

 それだけで、すべてが伝わってしまった。

 三人の中で膨らんでいた、“期待”が崩れ落ちる。

 

 そして三者は理解する、自分たちの完全な勘違いだったということを。

 

 そして同時に。

 

 期待していたものが、最初から存在しなかったという現実を。

 

 三人は、同時に項垂れた。

 まるで糸が切れた人形のように。

 目から光が消え、肩が落ちる。

 空気が、一気に沈む。

 黒夜はその様子に戸惑いながらも、心配そうに声をかける。

 

「あの~……皆さん大丈夫ですか?」

 

 少し身を乗り出す。

 

「これからの事を話し合っていきたいのですが……」

 

 だが、その言葉は。

 三人には、別の意味で遠く聞こえていた。

 

『話……話ね……ピロートークしよ……?』

 

『お金あげるので……ベッドに行きましょう……黒夜さん……』

 

『何でもするから……朝まで楽しもうじゃないか……』

 

 消え入りそうな声で紡がれた言葉は黒夜の耳には届かなかった。

 それでも、諦めきれない微かな抵抗だったが虚しく空振りに終わってしまった。

 

 ただ、三人の様子が心配でならないという顔をしている。

 その温度差が、さらに三人の精神に追い打ちをかける。

 

 やがて、完全に力が抜けたように、三人はぐったりとしたまま話を聞く体勢に入った。

 黒夜は、そんな三人に対して、真剣な表情で語り始める。

 

 この世界を滅ぼさないでほしい事。

 こちらのナギサたちやマコトたちに危害を加えないでほしい事

 そして、自分にとって大切な人たちを守りたいという想い。

 

 その一つ一つが、丁寧に紡がれていく。

 

 だが――

 

 それを受け取る側は、半ば自暴自棄だった。

 

『うん……うん……そうだね……』

 

『何もしないので慈悲をください……』

 

『黒夜を悲しませる様なことを私たちがするはず無いじゃないかー』

 

 すべてを肯定する。

 反論も、交渉もない。

 ただ、頷く。まるでライン作業の様に。

 その理由は、決して高潔なものではなかったが、結果として、黒夜の望みはそのまま通っていた。

 

 黒夜は、そんな三人の姿を見て、静かに胸を打たれる。

 

(……やはり)

 

 テラー化していても。

 彼女たちは、自分の知っている三人のままだ。

 優しく、理性的で、話が通じる。

 そう結論づける。

 その裏で何が起きているのかなど、考えもしないまま。

 

 気付けば、時間は流れていた。

 外はすっかり夜になり、簡単な夕食を共にし、空気も少しだけ落ち着きを取り戻す。

 順番にシャワーを浴び終え、静かな時間が流れる。

 

「そろそろ、休みましょうか」

 

 黒夜がそう言って立ち上がる。

 寝室へ案内しながら、少し申し訳なさそうに言う。

 

「三人で使うには狭いですが……どうぞ使ってください」

 

「私はソファーで寝るので大丈夫ですよ」

 

 その言葉に、三人の反応は一瞬で変わった。

 ミカ*テラーが勢いよくベッドにダイブする。

 

「黒夜のベッドだー!」

 

 弾むような声。

 

 ナギサ*テラーは少し戸惑いながらも、そっと端に腰を下ろし、ゆっくりと体を預ける。

 セイア*テラーは迷いなく奥のスペースを確保する。

 

 三人とも、どこか楽しげだった。

 その様子を見届けて、黒夜は静かに微笑む。

 

「それでは皆さん、おやすみなさい」

 

『おやすみ~』

 

『おやすみなさい』

 

『お休み、いい夢を……』

 

 それぞれの声が返る。

 扉が閉まる。

 

 静寂。

 

しばらくして、暗闇の中で、ミカ*テラーが小さく声を上げる。

 

『みんな寝た~?』

 

 すぐに返事が返る。

 

『もちろん起きてるさ、君が抜け駆けしないようにね』

 

『あはは、セイアちゃん何言ってるの?私が抜け駆けするわけないじゃんね?』

 

『もしここで返事が無かったら黒夜の所に行っていただろう?』

 

『そういうセイアちゃんも同じこと考えてるんじゃないの?』

 

『当たり前だろう?だから早く寝たまえミカ』

 

『そんな事聞かされて寝れるわけないじゃん!』

 

 小声でのやり取り。

 だが、その内容は静かではない。

 その中で、ふと気付く。

 

『というかさっきからナギサの反応が無いが寝てるのか?』

 

『ん~?……あ』

 

 ミカ*テラーが覗き込む。

 

『……うん、黒夜の枕を抱きしめて幸せそうに眠ってるね……』

 

 しばしの沈黙が流れる。

 

『……ナギサから枕を引っぺがせ』

 

『そうだね……って、ちょっと!?どんな力で抱きしめてるの!?全然動かない!』

 

『よし、私も手伝おうじゃないか!』

 

 二人が同時に引っ張る。

 だが、ナギサ*テラーの腕はびくともしない。

 むしろ、さらに強く抱きしめる。

 幸せそうな寝息だけが、静かに響く。

 その光景に、二人はしばし無言になる。

 やがて、力を抜く。

 

『……今日は諦めるか』

 

『……そうだね』

 

 再び、ベッドに横になる。

 暗闇の中でそれぞれが、それぞれの思いを抱えながら。

 静かに、夜が更けていった。

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