アラームの電子音が、静かな室内に無遠慮に響き渡った。
一定のリズムで繰り返されるその音は、眠りの底に沈みかけていた意識を、ゆっくりと、しかし確実に引き上げていく。ソファーの上で横になっていた黒夜は、しばらくその音を無視するように目を閉じたまま動かなかったが、やがて諦めたように片手を伸ばし、枕元の端末に触れる。
音が止み静寂が戻る。
だが、完全に覚醒したわけではない。身体はまだ重く、頭もどこか鈍い。黒夜はゆっくりと上体を起こし、大きく息を吐いた。そのまま背を丸めた姿勢で、ぼんやりとしたまま数秒ほど動かない。
やがて、欠伸が一つ、無防備に零れる。
「……ふぁ……」
そのまま立ち上がる。足取りはまだ少し重いが、習慣に従うように洗面所へと向かう。
扉を開け、蛇口をひねると冷たい水が勢いよく流れ出す。両手で水をすくい、顔に叩きつけるように何度も浴びせる。
バシャ、バシャ、と水音が響く。
冷たさが皮膚を刺し、意識が一気に引き締まる。数回繰り返したあと、顔を上げる、滴る水が顎から落ち、洗面台に小さな水滴を散らす。タオルで顔を拭いながら、ゆっくりと息を整える。
ようやく頭がはっきりしてくる。
その状態で、昨日の出来事が自然と浮かび上がる。
思い返せば思い返すほど、現実感の薄い出来事だった。
(……夢ではない、か)
自分の頬を軽く指で押してみる。確かな感触。現実だ。
そう確認したところで、背後に気配が生まれる。
振り返らずとも分かる、複数の気配。
視線を鏡越しに向けると、そこには三つの影があった。
眠そうな目をしたナギサ*テラーたちが、扉のところから顔を覗かせている。
髪は少し乱れ、どこか気だるげな様子。だが、その姿は妙に人間味があった。
(……顔を洗いに来たのか)
黒夜は無言で一歩下がり、スペースを空ける。
それだけで意図は伝わったらしく、三人は順番に洗面台へと向かう。蛇口の音が再び響き、水が流れる。彼女たちは無言のまま顔を洗い始める。
黒夜はその光景に少し既視感を覚えていた。
(私が看病されていたあの時も朝はこんな感じだったな…なら次は朝食の準備でもするか)
そう判断し、先にリビングへと戻る。
朝の空気はまだ静かで、窓から差し込む光は柔らかい。
キッチンに立ち、冷蔵庫を開ける。食材を取り出し、慣れた手つきで準備を始める。
フライパンに火を入れる。
油が温まる音。
ベーコンを並べると、じゅわ、と軽やかな音が立つ。脂が弾け、香ばしい匂いがゆっくりと広がっていく。卵を割り入れ、白身が広がるのを見ながら火加減を調整する。
人数分を手際よく並べていく。
その頃には、リビングの空気は完全に朝食の匂いで満たされていた。
背後から足音がする。
振り返ると、顔を洗い終えた三人が戻ってきていた。先ほどまでの眠気は少し抜け、いつもの調子に近い雰囲気に戻っている。
『いい匂い~♪』
ミカ*テラーが鼻をひくつかせる。
『お腹空いてきました……』
ナギサ*テラーが静かに呟く。
『朝からこの匂いは犯罪的だね』
セイア*テラーが小さく笑う。
黒夜はそれに軽く頷く。
「皆さんの分も出来てますよ」
皿を並べ、全員分の朝食を用意する。四人で席に着き、簡単な挨拶を交わして食事を始める。
平和な時間だった。
食器の触れ合う音と、時折交わされる短い言葉だけが空間を満たす。
黒夜はいつもの習慣で、リモコンに手を伸ばす。テレビをつけると、朝のニュース番組が流れ始める。何気なく視線を向けながら、食事を続ける。
だが、その平穏は長く続かなかった。
画面が突然切り替わる。
「番組の途中ですが臨時ニュースが入りました!」
アナウンサーの声が、わずかに緊張を帯びている。
「昨日の夕暮れ時に、トリニティ自治区にて正体不明の大規模エネルギーの反応があったと、連邦生徒会から正式に発表がありました!」
黒夜の手が、ぴたりと止まる。
箸を持ったまま、画面を見つめる。
「連邦生徒会は今後、この件について近日中に三大校を交えた話し合いが持たれるそうです!」
映像が続くが、もう内容は頭に入ってこない。
朝食の場に、不自然な沈黙が落ちる。
黒夜は、ゆっくりと三人の方へ視線を向ける。
その動きは、どこか慎重だった。
「……今のニュースの“大規模エネルギー”って」
言葉を選ぶように、間を置く。
「もしかして……皆さんの事じゃないですよね……?」
三人は、同時に黒夜から目を逸らす。
『『『………』』』
そして黒夜の質問に対して完全な沈黙で返した。
黒夜の表情がわずかに強張る。
「何か言ってください!」
『た、多分違うんじゃないかな~?』
ミカ*テラーが目を逸らしたまま答える。
『黒夜さん、私たちを見てください。そんな大規模エネルギーを持ってるように見えますか?』
ナギサ*テラーが穏やかに言うが、黒夜は一瞬だけ考えて。
そして、素直に返す。
「でもやろうと思えば世界を滅ぼせるんですよね?」
『ちょっと何を言っているのかわかりません』
即答だった。
黒夜が呆れたように問い詰める。
「この前、自分で言ってたじゃないですか!」
そのやり取りの横で、セイア*テラーが自分は関係ないですと言った顔でベーコンエッグを食べながら口を開く。
『まぁまぁ黒夜、落ち着きたまえ』
軽く息を吐く。
『多分、私とナギサはセーフだ。恐らく原因はミカだろう』
さらりと言う。
『だからミカを連れて行けば万事解決さ』
『セイアちゃん!?』
ミカ*テラーが勢いよく振り向く。
『なに気軽に私を売ってるの!?』
『しょうがないだろう?』
セイア*テラーが肩をすくめる。
『私とナギサは人間だが、君はゴ――』
『それ以上言ったら本気でパンチするからね』
低い声で遮る。
セイア*テラーは軽く咳払いをして視線を逸らした。
黒夜は、その一連のやり取りを見ながら、確信に近いものを抱く。
(……間違いない)
この三人が原因だ。
そう理解した瞬間、頭の中で別の問題が浮かび上がる。
連邦生徒会と三大校を交えた話し合い。
「……どう説明すればいいんだ……?」
思わず声が漏れる。
「別世界のナギサ様たちが私に会いに来て、しかも元の世界を滅ぼしていますなんて……」
『こうして羅列されると私たちも随分ファンタジーな存在だね』
『ですね~』
『だね~☆』
三人ののんきな声が返って来るが、そんな三人の反応に黒夜は額に手を当てる。
「まったりしてる所申し訳ありませんが、全部貴方たちの事ですからね?」
その瞬間。
携帯が震えた。
画面を見るとそこには桐藤ナギサと表示されていた。
一瞬、躊躇がよぎる。
だが、無視するわけにもいかない。
「……ふー」
小さく息を吐き、通話ボタンを押す。
「はい――」
「黒夜さん!?」
通話の向こうから、切羽詰まった声が飛び込んでくる。
「朝のニュースは見ましたか!?」
間髪入れずに続く。
「このエネルギー反応は、もしかするとテラー化した私たちがこの世界に降り立った可能性があります!」
「そちらは変わりないですか!?大丈夫ですか!?」
黒夜は一瞬、言葉を失う。
目の前には、その“原因”が三人並んでいる。
どう答えるべきか迷っていると。
視界の端でセイア*テラーが親指を立てていた。
“言っちゃえば?”
そう言いたげな仕草。
(……どうせ隠せないか)
黒夜は目を閉じ、一度だけ呼吸を整える。
「私は大丈夫ですよ。ナギサ様、安心してください」
「ですが……その……」
言葉を選ぶ。
「非常に申し上げにくいのですが…テラー化したナギサ様たちなんですが……」
視線を三人へ向ける。
「今、私の目の前に居ます」
「え?」
黒夜は気にせず続ける。
「昨日の夜にお会いしまして、そのまま私の家に泊まりまして……今、一緒に朝食を食べていますね……」
「は?」
「と、とりあえず、この世界を滅ぼすつもりも、ナギサ様たちに危害を加えるつもりも無いという事は話し合いましたので……大丈夫かと……」
「……」
沈黙が、やけに長く感じられる。
そして叫び声が響く。
「今すぐ三人を連れてきてください!!」
「……わかりました」
即答だった。
通話を切るとそこにまた静寂が戻る。
黒夜は小さく溜息を吐きながら三人の方を向いて。
「……と、言う事ですので、学園まで同行してください」
少しだけ疲れたように言うと。
『まぁ、しょうがないか』
『仕方ないですね』
『そうだね~』
あっさりと了承する。
その様子に、黒夜は内心で苦笑するしかなかった。
(……本当に、大丈夫ですよね……?)
そう思いながらも。
動き出すしかなかった。
トリニティ総合学園へと続く道を歩きながら、黒夜は一つの問題に気付いた。
歩調は自然なまま、視線だけがわずかに揺れる。
(……このままでは、まずいな)
隣を歩く三人――ナギサ*テラー、ミカ*テラー、セイア*テラー。
その姿は、全体的な色合いこそ黒く変質しているものの、造形そのものは“本人たち”とほとんど変わらない。むしろ、見慣れている者ほど一瞬で気付くほどに酷似している。
つまり。
普通に学園内へ連れて行けば、確実に目立つ。
そして目立ってしまえば誤解が生まれる。
「ティーパーティーの人達、急にイメチェンしたのか?」
「羽の色、黒くない?」
「いやあれ……何かおかしくない?」
そんなざわめきが、あっという間に広がる光景が頭に浮かぶ。
最悪の場合、“もう一つティーパーティーがいる”という異常事態が公になる。
(それだけは避けないと…)
黒夜は足を止めることなく、周囲を確認する。
人通りが少ない道を選び、視線を逸らすようにして路地へと進む。
「少し、こちらへ」
短く声をかけて呼び寄せる。
三人は特に疑問も持たず、素直についてくる。
細い路地裏。建物に挟まれ、外からの視線はほぼ遮られている。
黒夜はそこで足を止めた。
「ここなら……」
小さく呟く。
その瞬間。
『黒夜さん!?』
ナギサ*テラーの声が、わずかに上ずる。
『こんな急に路地裏に連れ込んで……もしかしてこんな所でですか!?
せめて初めてはベッドでお願いしたいのですが、黒夜さんがどうしてもと言うなら……』
『キャー黒夜に襲われちゃうー♡』
ミカ*テラーが楽しげに身をよじる。
『ふふふ……やっぱり我慢できなくなったのかい?』
セイア*テラーが、どこか満足げに目を細める。
『いいよ黒夜、その欲望を受け止めようじゃないか』
黒夜は一瞬、言葉を失った。
そしてすぐに、深く息を吐く。
「……皆さん、何を言っているんですか?」
淡々と返す。
「ふざけてないで、皆さんをどうやって他の生徒にバレずに会議室にお連れするか、一緒に考えてください」
その言葉に。
三人の動きが止まる。
『ふ、ふざけているわけでは……』
ナギサ*テラーが視線を逸らす。
『ソウダトオモッタヨ……』
ミカ*テラーが小さく呟く。
『そうだよな……君はいつだってそういう奴だ……』
セイア*テラーが遠い目をする。
黒夜は、その反応の意味を理解できないまま、話を続ける。
「今はともかく、後でいくらでも要望はお聞きしますから」
その一言で三人の顔が、ぴたりと上がる。
『ん?』
『後で聞いてくれるの?』
『言質取ったからね』
三者三様に、妙に食いつきが良い。
黒夜は首を傾げながらも頷く。
「ん?はい……」
その瞬間、三人の空気がわずかに変わり、皆の顔にやる気が戻る。
セイア*テラーが一歩前に出る。
『他の生徒に見つからずに会議室まで行けばいいのだろう?それなら、私にいい考えがあるよ』
黒夜はわずかに安堵する。
「流石です、セイア*テラー様」
その言葉に満足げに頷き、セイア*テラーがおもむろにそして自信満々に取り出した。
『ほら、これを使えばいいのさ』
そう宣言されて掲げられたのは――
ダンボールだった。
黒夜の思考が、数秒停止する。
(……ダンボール?)
理解が追いつかない。
その沈黙を破るように、ナギサ*テラーとミカ*テラーが同時に動く。
『黒夜さん、すいません。セイアさんは少し疲れているようなので、無視してください』
『ごめんね~今叩いて治すから待っててね』
『二人ともやめてくれ!』
セイア*テラーが即座に制止する。
『このダンボールを被って潜入すれば、誰にもバレずにいけるだろう?』
妙に真剣な表情だった。
黒夜は顎に手を当てる。
「う、う~ん……行けますかね……?」
真面目に検討しようとするあたりが、黒夜らしいが、そんなやり取りをしていると。
背後から、低い声がかかる。
「……オイ」
四人が同時に振り向く。
そこに立っていたのは、正義実現委員会委員長、剣先ツルギだった。
無駄のない立ち姿。
鋭い視線。
だが、その表情にはわずかな困惑が混じっている。
「ティーパーティーから言われて迎えに来た」
短く告げるその視線が、黒夜の後ろへと移る。
「その後ろに居るのが……例の三人か?」
黒夜はすぐに頷く。
「あっ、ツルギさん!えぇ、そうなんですよ」
少しだけ安堵したように声を上げるていると、ツルギは一歩近づいてくる。
そして三人を、まじまじと確認すると、その目がわずかに見開かれる。
「……」
数秒の沈黙。
「最初にティーパーティーから聞かされた時は、揶揄われているのかと思ったが……
ここまで似ているとはな、信じるしかないな……」
その言葉に、三人が反応する。
『ツルギさんですか……お久しぶりですね』
ナギサ*テラーが静かに微笑む。
『ツルギちゃんじゃん☆おひさ~』
ミカ*テラーが軽く手を振る。
『ツルギか……懐かしいな』
セイア*テラーが目を細める。
三人の反応にツルギの眉が、わずかに寄る。
怪訝な表情だが、それ以上は追及しない。
「……まぁいい」
短く切り捨て踵を返す。
「私に付いてきてくれ」
それだけを告げて、歩き出す。
黒夜は一瞬だけ三人を見る。
三人も特に異論はない様子だった。
「……行きましょう」
そう言って、黒夜はツルギの後を追う。
路地裏を抜け、再び学園へと向かう道へ戻る。
先ほどまでの潜入作戦は、あっさりと不要になった。
(……正直助かったな)
内心でそう思いながらも。
これから向かう先――ティーパーティーの執務室で待つ“本番”を思い、黒夜は静かに気を引き締めた。
学園の敷地内はいつもと変わらない。整えられた庭、行き交う生徒たち、遠くから聞こえる笑い声。
その生徒たちに見つからない様に、ツルギの背を追いながら黒夜は一歩一歩、慎重に足を運んでいた。
原因ははっきりしている。
背後にいる三人
そして、これから向かう先で待っている三人。
同じ顔を持つ六人が、同じ空間に集まる。
その異常性を理解しているからこそ、周囲の何気ない日常が、かえって現実味を失わせていく。
ツルギは無駄な動きを一切せず、最短のルートを選ぶように進んでいく。人の流れを読むように角を曲がり、視線の死角を縫うように歩く。その背中は頼もしかった。
そのおかげで、余計な注目を集めることなく、三人を連れて進むことができた。
やがて、目的の場所ティーパーティーの三人が待っている会議室に辿り着く。
黒夜は、わずかに息を整える。
(……ここからが本番だな)
ツルギが立ち止まり、振り返る。
「私が頼まれたのはここまでだ…」
黒夜は軽く頭を下げる。
「すいません、ツルギさん。助かりました」
「あぁ、気にしなくていい……」
ツルギはそれ以上何も言わず、踵を返す。
「じゃあ私は持ち場に戻る……」
その背中が、すぐに廊下の先へと消えていく。
「ありがとうございました」
黒夜はその場で軽く礼を言い、改めて扉へと向き直る。
一度だけ深呼吸をする。
ノックをすると、すぐに中から声が返る。
「入ってください」
静かな声色だが、その奥にあるものは、決して穏やかではない。
黒夜は扉を開けた。
室内に足を踏み入れる。
そこには三人。
ナギサ、ミカ、セイア。
いつも通りの姿。だが、その視線は明らかに違う。
冷たく鋭い。
感情を抑え込んだような、張り詰めた空気。
対して
ナギサ*テラーたちは、すでに用意されていた椅子に腰を下ろしていた。
余裕のある姿勢で肩の力が抜けたまま、軽く背もたれに身を預けている。
まるでここが自分たちの場所であるかのように。
その対比が、異様だった。
「………」
『………』
互いに言葉はない。
ただ、視線だけが交差する。
同じ顔同士が、同じ空間で向き合う。
その光景は、どこか現実離れしていた。
黒夜は、その脇で立ち尽くすしかなかった。
居心地の悪さが、じわじわと広がる。
やがて沈黙を破ったのは、ナギサだった。
「あなた達が来たせいで」
静かに、しかし明確に言葉を置く。
「今、キヴォトス中が混乱の渦に陥ってしまいました」
その視線は逸れない。
「あのエネルギー反応は?兵器?どこが?何のために?――その様な憶測が飛び交う状態なんですよ?」
責めるというより、突きつけるような口調。
対するセイア*テラーは、わずかに首を傾ける。
『つまり、何が言いたいんだい?』
あまりにもあっさりとした返し。
ナギサの眉が、わずかに動く。
「っ……!」
一瞬、言葉が詰まる。
だがすぐに立て直す。
「あなた達には説明責任があるんですよ!」
その言葉に、ミカ*テラーが肩をすくめる。
『え~!メンドクサイな~!』
軽い調子の初便がナギサ達の神経を苛立たせる。
そしてそんな事はお構いなしと言った様子でナギサ*テラーも続く。
『ただ来ただけの私たちが、従う義理は無いと思いますが?』
その言い方は穏やかだが、内容は完全な拒絶だった。
ミカが即座に反応する。
「あっちの黒いナギちゃんは頭が悪いんだね☆」
笑顔だが、言葉は鋭い。
セイアがそれを引き継ぐ。
「義理ではなく、責任を果たせと言っているんだがね……言葉が通じてないのかな?」
両者とも笑っている。
だが、その空気は完全に一触即発だった。
一歩間違えれば、そのまま衝突しかねない緊張感が場を支配する。
黒夜は、喉の奥が乾くのを感じた。
(……このままじゃ、非常にまずい)
一歩前に出て視線をナギサ*テラーたちへ向ける。
「……私からもお願いします。世間に説明をしていただけませんか?」
そしてゆっくりと頭を下げる。
その動きに、三人が、同時に黒夜を見る。
ほんの数秒。
そして。
『いいよ!』
ミカ*テラーがあっさりと答える。
『黒夜がそうまで言うなら従おうじゃないか』
セイア*テラーが続く。
『いいですよ』
ナギサ*テラーが静かに頷く。
あまりにも簡単だった。
その変化に、ナギサたちの表情がわずかに歪む。
だが、口は開かない。
場を乱さないために、飲み込んでいるのが分かる。
その時ミカ*テラーが、ふと顔を上げた。
『そうだ!』
何かを思いついたように。
『ただお願い聞くのじゃフェアじゃないから、ご褒美が欲しいな~☆』
その一言に、空気がまた変わる。
黒夜が少し考え、口を開く。
「私に出来る事なら……」
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで。
『じゃあ今度デートしよ!』
ミカ*テラーが即答する。
一拍置いた次の瞬間。
「ダメです!」
「無理!」
「今すぐ元の世界に帰ってくれないか?」
三方向から、即座に拒絶が飛ぶ。
温度差が激しすぎる。
『いいじゃん、減る物じゃないじゃん!ケチ!』
ミカ*テラーが頬を膨らませる。
『君たちはずっと黒夜と居たんだから、しばらく私たちに貸してくれてもいいんじゃないかい?』
セイア*テラーが淡々と続ける。
『そうですよ、決して傷付けたりしませんからいいでしょう?』
ナギサ*テラーが柔らかく追撃する。
「それが問題なんです!」
ナギサが即座に返す。
「君たちに任せるという選択肢は存在しない」
セイアが冷静に言い切る。
「一秒でも無理」
ミカが腕を組んで断言する。
そこからは収拾がつかなかった。
言葉が重なり、否定が飛び交い、理屈と感情が入り混じる。
議論というより、奪い合いに近い。
黒夜は何度か口を挟もうとした。
だが、その声は届かない。
完全に、六人の世界が出来上がっている。
しばらくその場に立っていたが、やがて小さく息を吐く。
(……これは、無理だな)
静かに扉へ向かう。
誰にも気付かれないように。
そっと外へ出る。
扉を閉める。
中から、まだ声が漏れてくる。
黒夜は廊下に立ち、しばらく天井を見上げた。
そして、小さく呟く。
「……終わるまで待つか」
静かな諦めだった。
それでも、どこか慣れたような感覚もあった。
こうして、黒夜のテラー達を送り届けるというミッションは一応の成功(?)を果たしたのだった。