ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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もう一つのティーパーティー ~5~

 連邦生徒会が指定した会場へと続く大通りは、いつもよりもどこか張り詰めた空気に包まれていた。表面上は普段通りに整えられた街並み、往来する生徒たちの姿もある。

 しかし、その視線はどこか落ち着かず、耳に入る会話の端々には「三大校会議」といった単語が混じっていた。

 その事件の中心にいる張本人たちは――そのような空気とは無縁のように歩いている。

 

『ん~……部屋は豪華だったけど、一週間も缶詰めになるのはやっぱり退屈だったね~』

 

 ミカ*テラーが両腕を上げ、大きく背筋を伸ばす。関節が軽く鳴る音が、妙に場違いに響いた。彼女の動きは伸びやかで、まるで散歩の途中のような気軽さがある。

 

『しょうがないさ、事が事だからね……これくらいの我慢は許容範囲内さ。それに、久々の余暇として見ればそう悪いものでもなかったと思うよ』

 

 隣を歩くセイア*テラーは、歩幅も呼吸も一定のまま、どこか楽しげに目を細めている。言葉の端に、わずかな余裕が滲んでいた。

 

『そうですね。毎夜の黒夜さんとのテレビ電話も大変有意義でした。この世界の事を詳しく聞けましたし、黒夜さんの左目の経緯も聞けたので……総合的にはプラスだったと思いますよ』

 

 ナギサ*テラーは静かに頷きながら言葉を重ねる。その声音は柔らかいが、内容はあくまで“情報収集の成果報告”のようでもあった。

 三人の足取りは揃っている。だが、歩調が合っているというよりは、それぞれが同じ方向へ進んでいるだけのような、不思議な一体感だった。

 

『はぁ~……連邦生徒会の連中も、いつもは後手後手の癖に事を大きくする事だけは早いんだから困っちゃうよね~』

 

 ミカ*テラーが肩を竦めながらなかなかに厳しい事を言うと、セイア*テラーが楽し気に口元を歪めて同意する。

 

『ぷっくくく……ミカにしてはなかなか鋭い事を言うじゃないか。見直したよ』

 

『私たちが世界を終わらせた時も、最後まで防戦一方でしたからね。正直、張り合いが無さ過ぎて肩透かしでしたよね』

 

 ナギサ*テラーの言葉は穏やかだったが、その内容はあまりにもあっけからんとしていたが、語っている事実は重かった。

 

『うわ~……ナギちゃんひっど!まぁ概ね同意なんだけどね~☆』

 

『あははは』

 

『ククク』

 

『フフフフ』

 

 三人の笑い声は、よく通る。澄んでいて、どこか上品で優雅だった、だからこそ、その内容との乖離が際立っていた。

 通りすがりの生徒がちらりと視線を向ける。見えるのは、ただ優雅に談笑しながら歩く三人の少女の姿。だが、その背に潜むものに気付く者はいない。

 

 やがて、会場前の広場が見えてくる。

 そこにはすでに待っている影があった。

 黒夜は三人の姿を見つけた瞬間、わずかに肩の力を抜いた。その後すぐに姿勢を正し、深く頭を下げる。

 

「……お待ちしておりました」

 

 その声音には、安堵と緊張が同時に混ざっていた。

 ナギサたち――“こちら側”のティーパーティーは、その様子を横目で見ながら、露骨に表情を曇らせる。眉間に寄るわずかな皺、視線の冷たさ。隠そうとしても隠しきれていない。

 

『お出迎えありがとうございます、黒夜さん!……と、ティーパーティーの皆さん』

 

 ナギサ*テラーが微笑みながら言葉を返す。その一言の中に、ほんのわずかな温度差が含まれているのは明らかだった。

 

「私たちはオマケ扱いかい?」

 

 セイアが静かに口を開く。声音は穏やかだが、空気は一段冷える。

 

「ホテルや連絡用の携帯などを用意してあげたのだから、多少の感謝くらいはしても罰は当たらないと思うけどね」

 

 その言葉に、セイア*テラーがわずかに目を細める。

 

『あぁもちろん感謝しているとも。だから我々も約束を違えずにここに居るじゃないか。それが感謝の証明にならないかな?

 それと……感情をそう簡単に顔に出すものじゃないよ。こちらのティーパーティーは礼節の基本も忘れてしまったのかな?』

 

 言葉は丁寧だが、どこか試すような響きで紡がれた言葉は場の空気を完全に張り詰めた。

 ナギサの口元がわずかに引き結ばれる。

 

「あなた達に尽くす礼が無いという事を思い出してくれると嬉しいんですけどね……

 あぁ、すいません。テラー化して壊す事しか出来ないあなた達には難しい頼みでしたね」

 

 非常に晴れやかな笑顔だったが、その笑顔の中身に温かみなど皆無だった。

 セイア*テラーの視線がわずかに鋭くなる。

 

『……なるほど…それは挑発と受け取っていいのかな?』

 

「挑発ではありませんよ事実を述べただけです」

 

 言葉が重なり空気がきしむ。

 一歩でも踏み違えれば、そのまま崩壊しかねない均衡。

 黒夜はその中央で、思わず息を詰めた。

 

(……また、始まった……)

 

 視線だけで火花を散らす二組の“同一人物”。

 一週間前と何も変わっていない。

 いや、むしろ互いの“嫌悪”だけが、より鮮明になっているようにすら感じる。

 

「……同族嫌悪って奴?」

 

『多分そうじゃないかな?二人とも頭固いからね~☆』

 

「確かにそうだね~☆」

 

 一方でミカ達のやり取りは妙に平和だった。

 意外にもミカとミカ*テラーの仲は黒夜の事が絡まない限りはフラットな関係に落ち着いていた。

 

「ミカ様たちはそんな冷静に分析してないで、言い争いの仲裁を手伝ってくれませんか?」

 

 黒夜が小声で訴えるがミカは面倒くさそうに肩を竦めながら。

 

「え~……だってさ、あの二人止めるの面倒くさいじゃん」

 

『そーそー黒夜はあの言い争いが終わるまで私たちとお喋りでもしてようよ~☆』

 

 ミカ*テラーも同調するように笑う。

 その横で、黒夜が小さく息を吐いた。

 

「……放置すれば長引くだけですよ。お願いですから手伝ってください」

 

 そうして結局、動いたのは黒夜だった。

 一歩踏み出し、二人の間に入る。

 

「ナギサ様、セイア様……」

 

 声を落とし、しかしはっきりと。

 

「本日は連邦生徒会を交えた三大校合同会議があります。ここで余り時間を浪費するのは得策ではないかと思いますが」

 

 その言葉に、わずかに沈黙が落ちる。

 ナギサがゆっくりと視線を外す。

 セイアも、ほんの一瞬だけ目を閉じる。

 完全に納得したわけではない。

 だが、引く理由にはなった。

 

『……まぁいい』

 

 セイア*テラーが肩を竦める。

 

『今日は本題がありますからね』

 

 ナギサ*テラーもそれ以上は言葉を重ねない。

 空気はまだ重いままだが、少なくとも“爆発”は回避された。

 黒夜は小さく息を吐く。

 

「……ありがとうございます」

 

 そのまま一行は、会場の入口へと向かう。

 重厚な扉が、目の前に立ちはだかる。

 その向こうには、連邦生徒会、そして三大校の代表たち。

 そしてこの異常な状況に対する、初めての“正式な場”。

 

 

 

 

「それでは私はここでテラーの皆様と待機しているのでナギサ様達は頑張ってください」

 

 黒夜の言葉を背に受け、ナギサたちは控室を後にした。扉が閉まると同時に、わずかに残っていた私的な空気が剥がれ落ち、代わりに張り詰めた静けさが肌に貼り付くようにまとわりつく。

 廊下は広く、磨き上げられた床が光を反射しているが、その整然とした景色すら、どこか遠く感じられた。

 足音が規則正しく響く、三人分のそれが重なり、妙に大きく聞こえるのは、周囲が静まり返っているからだけではない。

 これから向かう先に待っているものを、三人とも理解しているからだった。

 会議室の前に到着すると、ナギサは立ち止まる。扉の前でほんの一瞬だけ目を閉じ、息を整える。その仕草は小さく、傍から見ればただの呼吸に過ぎない。だが、その一瞬の中で彼女は思考を切り替えていた。感情を沈め、役割を引き受ける。

 

 セイアは何も言わず、ただその様子を横目で確認する。ミカもそんなナギサの様子を心配そうに見つめていた。

 

「……行きますよ」

 

 短い言葉。だが、それで十分だった。

 

 扉が開く。

 

 室内にはすでに各学園の代表が揃っていた。広い会議室の中央に円卓が据えられ、その周囲に配置された席には、それぞれの学園名が刻まれた名札が置かれている。人数は決して多くない。むしろ少ないと言っていい。だが、その少なさが、この場の重さを際立たせていた。ここにいるのは、それぞれの学園の“意思決定”そのものだ。

 

 ナギサの視線は自然とゲヘナの席へ向かう。

 そこにいるのは、マコトとイロハ。

 

 マコトはナギサたちの入室に気づくと、ゆっくりと口元を歪めるように笑い、軽く帽子を持ち上げた。その仕草には余裕がある。

 場の緊張など意に介していないような、あるいはそれを楽しんでいるように見える。

 イロハは対照的に、軽く手を上げて控えめに挨拶を送る。その動きは柔らかく、余計な敵意を感じさせない。

 ナギサはそんな二人にわずかに顎を引き、目礼で応じる。ミカは軽く手を振り返し、セイアは一瞬だけ視線を交わしてから静かに逸らした。

 

(……予想通りの布陣)

 

 心の中でそう整理しながら、ナギサは自分たちの席へ向かう。

 椅子を引き、座る。その動作一つ一つが妙に意識される。背筋を伸ばし、手を組む。呼吸を一定に保つ。

 そのまま待機する間、ナギサの視界にもう一つの存在が入る。

 

 ミレニアムの席。

 

 調月リオはホログラム越しにその場に存在していた。淡く揺らめく輪郭の中に、整った姿勢と冷静な視線が浮かんでいる。

 その瞳は、まるでこの場の全てを数値として捉えているかのように静かだ。

 

 そして明星ヒマリ。

 

 白いハイテク車椅子に腰掛けるその姿は、外見だけを見ればか細く、どこか儚げにも見える。

 だが、その周囲にある“気配”は、明らかに異質だった。視線が合った瞬間、ナギサはほんの僅かに呼吸を止める。

 

(……噂では知っていましたが、この人が“全知”の…)

 

 噂は聞いている。だが、実際に相対した時の感覚は、それ以上だった。

 何も言っていない。何もしていない。それでも、見透かされているような圧がある。情報を“見る”のではなく、“解体する”ような視線。

 ヒマリはただ静かにこちらを観察している。その沈黙が、逆に言葉よりも多くを語っていた。

 やがて、会議室の扉が再び開く。

 

 七神リンが入室した。

 その瞬間、場の空気が切り替わる。散漫だった視線が一斉に中央へと収束し、空気が整えられる。

 

「それでは、この会議をすることになった経緯について、ミレニアムから説明があります。それでは、リオさんお願いします」

 

 視線がリオへ集まる。

 ホログラムの中の彼女がわずかに頷き、口を開く。

 

「私が恐らく今回の事件の最初の観測者だと思うのだけれど」

 

 淡々とした口調で感情の揺れは見られない。

 

「一週間ほど前に、トリニティ自治区で突如として予測不明な大規模エネルギー反応を観測したわ。

 嘘偽りなく言うけれど、過去に類を見ない程のエネルギーだったわ」

 

 その言葉が落ちると同時に、室内の空気がわずかに重く沈む。

 

「もし兵器として運用したら、キヴォトスの一部が消し飛ばせるほどの物よ」

 

 誰も口を挟まない。否定も、肯定もない。ただ、その事実だけが場に置かれる。

 

「だからこそ聞いておきたいの」

 

 そう言ったリオの視線が、まっすぐナギサ達を捉える。

 

「トリニティは今回の件について、何か心当たりはあるかしら?」

 

 その瞬間、周囲の視線が一斉に集まる。

 ナギサは、指先をわずかに組み替えた。

 

「心当たりですか……あるにはあります」

 

 その一言で、場の空気が緊張感に包まれる。

 

「ただ、誤解をしないで頂きたいのですが」

 

 ナギサは視線を逸らさない。

 

「我々トリニティも事態を正確に把握したのは、この事件が起きた後です。決して意図して起こした訳ではない事を理解していただけると幸いです」

 

 リオがわずかに目を細める。

 

「不可抗力だった……という事かしら?」

 

「そう思って貰って構いません」

 

 ナギサは静かに頷く。

 

「トリニティはこの事件に巻き込まれた、という事です」

 

「そう」

 

 リオはあっさりと受け入れる。

 

「今はそれでもいいわ。じゃあ早速で悪いのだけれど、その“心当たり”を説明してもらえないかしら?」

 

「わかりました」

 

 ナギサは一度、ゆっくりと息を吐く。

 

「ただ先に言っておきますが、今からお話しする事は荒唐無稽な話に聞こえるかもしれません。

 ですが、今から私がお話するのは全て事実です。その事を念頭に置いて聞いてください」

 

 そして語り始めた内容に事情を知らない全員は呆気にとられる。

 

 手鏡の存在。

 

 そこに映し出された、滅んだ世界。

 

 その世界を終わらせたのが、自分たちと同じ姿をした存在であること。

 

 “テラー化”という現象。

 

 そして、その存在がこの世界へと渡ってきたこと。

 

 言葉は整然としている。だが、内容は現実から逸脱していた。

 説明が進むにつれ、周囲の反応は微妙に変化していく。完全に否定しているわけではない。だが、納得している様子もない。理解しようとしながら、どこかで疑っている。

 ナギサはそれを肌で感じ取っていた。

 

(当然ですね…私もこんな話を聞かされたら話半分に聞いていたでしょうし…)

 

 内心そう思いつつも話し終えると、会議室には静寂が落ちた。

 その中で、リンが口を開く。

 

「今の話が本当の事だと証明する事はできるんですか?」

 

 まっすぐな問い。

 ナギサは、わずかに目を伏せる。

 

「あまり使いたくなかったのですが……」

 

 その言葉に、ミカが横でほんの少しだけ視線を動かす。セイアは何も言わない。

 

「証明できます」

 

 ナギサは自身のスマートフォンを取り出す。

 どこかに連絡をして少し経つと会議室の扉が開かれた。

 全員の視線が、そこへ向く。

 そしてゆっくりと、三つの影が現れる。

 

 ナギサ*テラー

 

 ミカ*テラー

 

 セイア*テラー

 

 同じ顔。だが、決定的に違う存在。

 その瞬間、空気が凍りつく。

 誰も、すぐには言葉を発せない。

 

 ナギサは静かに全員に問いかける。

 

「これで、信じてもらえますか?」

 

 その声が、静寂の中に落ちる。

 

『どうですか皆さん、目は覚めましたか?』

 

 ナギサ*テラーが、柔らかく微笑む。

 

『御伽噺の世界から…出てきちゃいました』

 

 その一言で、会議室の空気が根底から塗り替えるのだった。

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