ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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勇者と魔王 ~4~

 ある日、黒夜はある人物に呼び出され会議室に向かって歩いていた。

 無機質な壁面に投影されたホログラムの光だけが、わずかに揺れている。

 ミレニアムらしい技術の塊のような空間の中で、ただ一つだけ人の気配が浮いていた。

 

 黒夜は一歩、室内へと踏み入れる。

 視線の先。机の向こう側に座る少女――調月リオは、こちらを見ていなかった。

 指先で端末を操作しながら、淡々と何かを処理している。

 その沈黙を、黒夜は崩さない…やがて一段落着いたのかリオが反応する。

 

「……来たのね」

 

 ようやく、リオが顔を上げる。

 その視線は冷静で、まるで対象を“観測”しているようだった。

 

「お待たせしました」

 

 黒夜は軽く一礼する。

 リオはその所作を眺めていた。

 

「礼儀は完璧ね」

 

 と、小さく呟いた。

 

 褒めているのか、分析しているのか分からない声音だった。

 

「でも、貴方の在り様は非効率ね…」

 

 唐突だった。

 だが、黒夜は動じない。

 

「非効率、ですか?」

 

「ええ」

 

 リオは椅子に深く座り直す。

 

「貴方は守ることに偏りすぎているわ」

 

 視線が、真っ直ぐに黒夜を射抜く。

 

「攻撃を放棄する戦術は、結果的に被害を増やす事になるわ」

 

「賢い貴方はそれを十分に理解している筈でしょう?」

 

 問いというより、確認だった。

 問われた黒夜はほんの一拍だけ間を置き――

 

「はい、理解はしています」

 

 静かに肯定する。

 その言葉に、リオの目がわずかに細くなる。

 

「……そう」

 

「攻撃の必要性もそれによって誰かが傷つく事の必要性も、それが時と場合によっては最適解になる事も理解しています…」

 

 リオの指先が止まる。

 その言葉は、明確にリオと同類の人間の発言だった。

 リオはすぐに疑問を切り込む。

 

「ならなぜその合理的な選択を選ばないのかしら?」

 

 間髪入れずの問い。

 黒夜は答える。

 

「私自身が選びたくないからです」

 

 即答だった。

 

 リオの眉が、わずかに動く。

 

「………」

 

 ほんの数秒、その沈黙の中でリオは黒夜を観察していた。

 呼吸、視線、姿勢。

 微細な揺らぎすら拾い上げるように。

 

 やがて。

 

「選ばないのではなく選べないだけでしょう?」

 

 ゆっくりと、言葉を置く。

 その声音は冷静だが、わずかに“断定”を含んでいた。

 黒夜は、視線を逸らさない。

 

 そして――

 

「選べないのではなく、選ばないのですよ」

 

 その一言で、空気がほんのわずかに張り詰める。

 リオは瞬きを一つ。

 

「……意志の問題だと?」

 

「はい」

 

 黒夜は頷く。

 

「理解しているからこそ、選ばない」

 

 その言葉に、リオは小さく息を吐いた。

 

「…理想論ね」

 

「そうかもしれません。ですが、可能性を捨てる理由にはなりません」

 

 その言葉に、リオの指先が再び動く。

 机を、軽く叩く。

 

「……では」

 

 少しだけ、声の温度が変わる。

 

「例え話をしましょうか」

 

 黒夜は黙って聞く。

 リオは視線を外し、天井を見上げる。

 

「ある人物がいたとする」

 

 淡々とした語り口。

 

「勇者と呼ばれ、世界を救った存在」

 

「だけどある日、その人物が“後に世界を滅ぼす存在”だと判明したとしたら?」

 

「貴方はどうする?」

 

 問いはシンプルだった。

 だが、その奥にあるものは重い。

 黒夜は少しだけ目を伏せ思考している。

 そして答えが出たのか顔を上げる。

 

「……そうですね。その“世界を滅ぼす存在”に、話を聞きますかね?」

 

 リオの眉が動く。

 

「排除しないの?」

 

「はい、しないでしょうね」

 

「別の可能性があるかもしれませんから…」

 

 一歩、言葉を進める。

 

「例えば“世界を滅ぼした存在”が、こちらに力を貸してくれるかもしれません」

 

 その言葉に、リオの目が一瞬だけ鋭くなる。

 テラー達の存在、当然そこに結びつく。

 

「……不確定要素に依存するのね」

 

 低く、吐き捨てるように。

 

「あくまで可能性ですよ」

 

 黒夜は静かに返す。

 

「どんなに低くても犠牲を出さない可能性を切り捨てるべきではありません」

 

 その言葉に、リオはわずかに首を振る。

 そして、はっきりと言い切る。

 

「甘いわね」

 

 その一言は、迷いがなかった。

 

「そんな曖昧なものに賭けるより」

 

「確実に問題を排除した方が合理的でしょう?」

 

 視線が、鋭くなる。

 空気が、冷える。

 だが、黒夜は決して揺れない。

 

「確かに合理的ですが…」

 

 ほんのわずかに、声音が柔らかくなる。

 

「それで救えなくなるものがあるのなら…私は、その選択を選ぶことは無いでしょう」

 

 リオは、沈黙した。

 だが、その沈黙は長く感じられる。

 やがてリオは小さく呟く。

 

「……やはり」

 

「貴方はまだ、覚悟が出来ていないのね…」

 

 その言葉に、黒夜は何も返さない。

 ただ、否定もしない。

 リオはその沈黙をどう解釈したのか――わずかに視線を逸らす。

 

「いずれ貴方にもわかる時が来るわ」

 

 静かに言う。

 

「選ばなければならない時が訪れる事を…」

 

 その声には、確信があった。

 黒夜は、ただ一言だけ返す。

 

「その時が来ても」

 

 視線はリオを捕らえて逸らさない。

 

「私は、同じ答えを選び続けます」

 

 そう答え会議室から出ていく黒夜に、リオは何も言わなかった。

 

 ただ――

 

 その出ていく背中をほんのわずかに、興味を持った目で見つめていた。

 

 扉が閉まる音は、やけに軽かった。

 先ほどまでそこに立っていた存在の気配が、すっと消えていく。

 残されたのは、再び静まり返った会議室と、規則的に点滅するホログラムの光だけだった。

 

 リオはしばらく、その扉を見ていた。

 何も言わない、ただ、ほんの僅かに視線を落とす。

 

「……もういいわ」

 

 静かに言う。

 その声は、先ほどの会話とは違い、余分な緊張が抜けていた。

 

「もう隠れている必要はないわ」

 

 その言葉に反応するように、部屋の奥壁面の影がわずかに揺れる。

 音もなく、一人の少女が姿を現した。

 

 飛鳥馬トキ。

 

 手慣れた動きで前へと歩み出ると、リオの斜め後ろに控える。

 

「途中で黒夜さんに気取られてしまい、申し訳ございません」

 

 簡潔な謝罪。

 だが、その声音に揺らぎはない。

 リオは振り返らない。

 

「途中からじゃないわ、黒夜は最初から気付いていたわ」

 

 淡々と告げる。

 

「貴方が悪いわけじゃない、黒夜が異常なのよ謝る事じゃないわ」

 

「以後、精進いたします」

 

 トキは即座に応じる。

 そのやり取りは短いが、無駄がない。

 先ほどとは違う、少しだけ柔らかい空気。

 リオはゆっくりと椅子に深く身を預ける。

 視線は天井へ。だが、その瞳は何かを見ているわけではなかった。

 

「……どう思ったかしら?」

 

 唐突な問い。

 トキは一拍置く。

 

「月城黒夜について、でしょうか?」

 

「ええ」

 

 トキはわずかに視線を下げ、言葉を選ぶ。

 

「興味深い人物かと」

 

 端的な評価。

 リオは小さく鼻を鳴らす。

 

「随分曖昧ね」

 

「現時点では、それ以上の断定は困難です」

 

 トキの返答は変わらない。

 だが、その奥には思考が見える。

 リオはそれ以上追及しない。

 代わりに、自ら口を開く。

 

「……理解している」

 

 ぽつりと呟く。

 

「犠牲の必要性も、私の考えも…」

 

 机の上に置いた指先が、わずかに動く。

 

「それでいて、選ばないと言い切る」

 

 一瞬だけ、目を細める。

 

「矛盾しているようで、矛盾していない」

 

 トキは黙って聞いている。

 

「だからこそまだ“選べていない”だけ」

 

 その結論は、迷いなく出されたものだった。

 

「……いずれ覚悟を迫られる…」

 

 視線が、先ほど黒夜が立っていた場所へ向く。

 

「どちらかを切り捨てなければならない瞬間が来る」

 

 その声は静かだが、確信に満ちている。

 

「その時になって初めて…彼は選ぶのよ」

 

 わずかに口元が動く。

 

「そして、理解する」

 

 ――自分と同じ場所に立つということを。

 トキは、その横顔を見ていた。

 完璧に整った理論。

 一切の無駄がない思考。

 

(……)

 

 だが、ほんの僅かに、視線を伏せる。

 

「リオ様の仰る通りかと」

 

 口では肯定する。

 それが彼女の役割でもある。

 

「彼はリオ様の合理性を理解しています。であれば、いずれ同じ結論に至る可能性は高いでしょう」

 

 リオは何も言わない。

 ただ、その言葉を当然のものとして受け取る。

 トキは続ける。

 

「現時点では“選ばない”という意思を示していますが」

 

「それは判断の先送りに過ぎないとも解釈できます」

 

「……そうね」

 

 リオは短く答える。

 それで十分だった。

 だが、トキの中にわずかな違和感が残る。

 思考の奥で、静かに浮かぶ。

 

(似ている…リオ様と黒夜さんは、確かに似ている)

 

 合理性を理解している。

 状況を俯瞰できる。

 感情に流されない。

 

(ですが……最後の選択だけが、違う気がする)

 

 リオは“切る側”だ。

 必要とあらば、迷わず他者を切り捨てる。

 それが例え自分であろうと最適解であるならば躊躇なくやるだろうと言い切れる。

 

(対して、黒夜さんは)

 

 一瞬、先ほどの会話が脳裏に蘇る。

 ――「選べないのではなく、選ばないのです」

 

(あの人は)

 

 わずかに、胸の奥が引っかかる。

 

(最初から自分を犠牲にする事を前提にしている気がする…)

 

 だが、その違いはまだ言語化できない。

 あまりにも微細で、あまりにも決定的な違い。

 トキはそれを口にしない…ただ、胸の奥に留める。

 リオは気付かない気付く必要もない。

 今の彼女にとって、その差は“誤差”でしかないのだから。

 

「……いずれにせよ興味深いわ」

 

 リオが静かに言う。

 その一言に、全てが集約されていた。

 

「理解しているのに、選ばない人間」

 

「どこまで持つのか」

 

 ほんのわずかに、口元が緩む。

 

「見てみたいものね」

 

 トキは、何も言わなかった。

 ただ一つだけ。

 心の奥で、小さく思う。

 

(……恐らくその結末は…)

 

 僅かに視線を下げる。

 言葉にはしない。ただ、静かに飲み込む。

 夕焼けは、すでにほとんど沈みかけていた。

 部屋の中の光が、少しずつ人工の白へと切り替わっていく。

 その中で二人の思考は、同じ一点を見つめながら。

 ほんのわずかに、違う方向を向いていた。

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