ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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勇者と魔王 ~9~

 部屋の中には、まだ“さっきまで消えかけていた”名残が残っていた。

 完全に元に戻ったわけではない。空気のどこかが薄く、音の反響も僅かに遅れて届く。現実に引き戻されたはずの空間は、しかし完全には安定していなかった。

 その中心にいる四人も、同じだった。

 

 黒夜は立ったまま、三人の様子を見ていた。

 目の前には、確かに存在しているはずの彼女たちがいる。だが、その距離はどこか微妙に遠い。手を伸ばせば届くはずなのに、ほんの少しだけ躊躇が生まれる。

 

 ――さっきまで、消えようとしていた。

 

 その事実が、重く残っていた。

 ミカ*テラーは床に座り込んだまま、膝を抱えていた。泣き止んではいるが、呼吸はまだ不安定で、時折小さく肩が震えている。視線は下に落ちたまま、黒夜と目を合わせようとしない。

 ナギサ*テラーは背筋を伸ばして立っているものの、どこか力が入っていない。普段なら自然に浮かぶ気品や余裕は影を潜め、言葉を選びすぎているようなぎこちなさがあった。

 セイア*テラーはいつものように落ち着いている――ように見えるが、視線の動きがわずかに多い。黒夜の表情、ミカ*テラーの様子、ナギサ*テラーの呼吸、その全てを確認するように観察している。

 

 誰も、最初の言葉を選べずにいた。

 

 その沈黙は、気まずさではない。

 ただ、関係が一度壊れかけた後の、“どう戻ればいいか分からない”戸惑いの沈黙だった。

 

 黒夜が、ゆっくりと息を吐く。

 

「……その、ですね…」

 

 言葉を探す。だが、適切なものが見つからない。

 

 謝罪は、もう伝えた。

 気持ちも、伝えた。

 

 それでもなお、この距離は埋まらない。

 

 ミカ*テラーが、小さく口を開いた。

 

『……黒夜』

 

 かすれた声だった。

 

『……怒って、ない?』

 

 視線は上げないまま、ただ問いだけを投げる。

 

 黒夜は一瞬だけ言葉を止める。

 その“間”に、ミカ*テラーの肩がびくりと揺れた。

 

「怒ってなんかないですよ」

 

 即答だった。

 だが、その直後に少しだけ言葉を足す。

 

「……少し、驚きはしましたけどね」

 

 正直な部分を、隠さずに。

 ミカ*テラーの指先が、きゅっと布を握る。

 

『……そっか…よかった』

 

 ほんの少しだけ、呼吸が落ち着く。

 ナギサ*テラーが、静かに一歩前に出る。

 

「黒夜さん……」

 

 言いかけて、止まる。

 続く言葉を慎重に選んでいるのが分かる。

 

「先ほどは……その……」

 

 珍しく言い淀む。普段の彼女ならあり得ない姿だった。

 黒夜はそれを見て、小さく首を振る。

 

「謝らないでください」

 

 ナギサ*テラーの言葉を遮るように言う。

 

「……今回の件は、誰か一人の問題ではありません」

 

 視線を三人に向ける。

 

「私も含めて、全員が間違えただけです」

 

 その言葉に、セイア*テラーの眉がわずかに動いた。

 

『……珍しいね』

 

 静かに口を開く。

 

『君が“相手も悪い”と明言するのは』

 

 黒夜は苦笑する。

 

「色んな事がありましたからね、私も考えが変わったのかもしれません」

 

 そして少しだけ視線を落とす。

 

「それに……私は、貴方たちを理解する前に目を背けてしまいましたから」

 

 その言葉に、三人の空気が僅かに揺れる。

 

 責めていない。

 だが、軽くもしていない。

 

 そのバランスが、ようやく場に落ち着きをもたらす。

 

 セイア*テラーがゆっくりと頷く。

 

『……なるほど』

 

『なら、ようやく“対等”になれたわけだ』

 

 その言葉に、ナギサ*テラーがわずかに目を見開く。

 

『これまでは君が私たちを受け入れる側だった』

 

『だが今は違う』

 

 セイア*テラーの視線が真っ直ぐ黒夜を捉える。

 

『お互いに“選び直した”関係だ』

 

 黒夜はその言葉を静かに受け止める。

 だが、嫌ではない。

 

 むしろ――

 

「……そうですね」

 

 小さく頷く。

 その時、ミカ*テラーがようやく顔を上げた。

 目はまだ赤いが、先ほどのような崩壊寸前の状態ではない。

 

『……ねぇ黒夜』

 

「なんですか?」

 

『今度はさ』

 

 少しだけ言葉を詰まらせる。

 

『……ちゃんと、言ってよね』

 

 黒夜の目が細くなる。

 

『ダメな時はダメって』

 

 その言葉に、ナギサ*テラーとセイア*テラーも視線を向ける。

 

『じゃないと、また間違えちゃうかもしれないからさ』

 

 それは、今までのミカ*テラーではなかった。

 “依存”でもない。

 これからも一緒に生きていく為の条件だった。

 黒夜は一瞬だけ考える。

 そして、はっきりと答える。

 

「……分かりました」

 

「その代わり、私にも一つお願いがあります」

 

 三人の視線が集まる。

 

「私が迷った時は、助けてください」

 

 その言葉に、ナギサ*テラーが少し驚いた顔をする。

 

「私は……今回の件で、自分だけでは限界があると理解しました」

 

 少しだけ自嘲気味に笑う。

 

「ですので、次は一人で抱え込まないようにします」

 

 その言葉に、空気が少し変わる。

 ナギサ*テラーがゆっくりと頷く。

 

「……ええ、わかりました」

 

 今度は迷わず答える。

 

「私たちも、同じです」

 

 セイア*テラーも小さく笑う。

 

『ようやく健全な関係になったね』

 

 ミカ*テラーは鼻をすすりながら、

 

『……うん』

 

 とだけ答えた。

 

 その短い言葉で、ようやく空気が“戻る”。

 完全ではない。だが、確かに繋ぎ直された。

 黒夜は一度、大きく息を吐く。

 そして、顔を上げる。

 

「……早速なんですけど」

 

 三人の視線が集まる。

 

「三人に助けて欲しい事がありまして」

 

 その一言で、空気が引き締まる。

 さっきまでの余韻が、一段階だけ後ろに下がる。

 

「アリスさんを、助けに行きたいのです」

 

 迷いはなかった。

 言い切る。

 ナギサ*テラーがすぐに反応する。

 

「ですが、場所が分かっていません」

 

 黒夜が即答する。

 

「それでも助けたい」

 

 その言葉に、セイア*テラーが口元を緩める。

 

『……いいね』

 

『ようやく“動く覚悟”が見えた』

 

 ミカ*テラーも立ち上がる。

 

『行くならさ、早く行こうよ』

 

 その言葉に、焦りはない。

 だが、止まる気もない。

 

 黒夜は頷く。

 

「まずはミレニアムに戻ります」

 

「先生がいるはずです」

 

 その判断に、三人も異論はない。

 すぐに行動に移る。

 ミレニアムの街は、相変わらず整然としていた。

 高層ビルの間を抜け、無機質な通路を進みながら、黒夜は周囲の空気に違和感を覚える。

 

 ――静かすぎる。

 

 人の気配はある。

 だが、どこか緊張が残っている。

 

 まるで何かが既に“終わった後”のような空気。

 その予感は、すぐに現実になる。

 

 ゲーム開発部の前に着いた時――

 

 そこには誰も居なかった。

 

 椅子が乱れ、機材が半端な状態で放置されている。急いで出て行った痕跡が、はっきりと残っていた。

 

「……間に合いませんでしたか…」

 

 黒夜の口から、自然と零れる。

 ナギサ*テラーが静かに部屋を見渡す。

 

「既に……動いていますね」

 

 セイア*テラーが続ける。

 

『先生たちは、アリスを追って出たみたいだね』

 

 ミカ*テラーが小さく舌打ちする。

 

『……出遅れたね』

 

 その一言が、重く落ちる。

 黒夜は立ち尽くす。

 完全に置いていかれた。

 

 拳を握る。

 

 部室の中は、静まり返っていた。

 

 先ほどまでここに人がいたはずなのに、その気配だけが残っている。椅子の位置、開きっぱなしの端末、散らばった資料。すべてが「ついさっきまで」の時間を示しているのに、そこに“今”が存在していない。

 

 黒夜は、その中心に立ったまま動けずにいた。

 

 ほんの少し遅れただけだった。

 たったそれだけの差で、すべてを見失った。

 

(……またか)

 

 胸の奥で、何かが軋む。

 

 守れなかった。

 間に合わなかった。

 

 その感覚が、過去と重なって蘇る。

 

 違うと分かっている。

 今回はまだ終わっていない。

 

 それでも――

 

 “追いつけないかもしれない”という感覚だけが、じわじわと広がっていく。

 

「……場所が分からない以上、動きようがありませんね」

 

 ナギサ*テラーの冷静な声が、静寂を切る。

 だがその言葉には、僅かな焦りが混じっていた。

 

『闇雲に動けば、逆に遠回りになる可能性もあります』

 

 正しい判断だった。

 だからこそ、重い。

 

 ミカ*テラーが苛立ったように頭を掻く。

 

『じゃあどうすんの?このまま何もしないで待つの?』

 

 言葉は荒いが、その奥にあるのは焦燥だった。

 

『そんなの無理でしょ』

 

 その通りだった。

 何もしないという選択肢は、黒夜の中には存在しない。

 セイア*テラーが静かに腕を組む。

 

『状況整理をしよう』

 

 いつも通りの落ち着いた声。だが、ほんの僅かに早い。

 

『リオはアリスを連れて行った。そして先生たちはそれを追った』

 

 視線が黒夜に向く。

 

『つまり、すでに“戦い”は始まっている』

 

 その言葉が、はっきりと現実を形にする。

 黒夜は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……なら尚更、ここで立ち止まるわけにはいきません」

 

 声に、先ほどまでの迷いはない。

 

 だが――

 

「問題は、その“行き先”ですね」

 

 言葉にした瞬間、再び詰まる。

 ただそれが分からない、どこに行けばいいのか。

 どこへ向かえば、間に合うのか。

 その答えが、どこにもない。

 

 完全な行き詰まりだった。

 

 ミカ*テラーが一歩前に出る。

 

『……黒夜』

 

 呼びかける声は、少しだけ弱い。

 

『どうする?』

 

 その問いは、信頼だった。

 だが同時に――

 委ねる言葉でもあった。

 黒夜は、その問いを受け止める。

 だが、すぐには答えられない。

 

(どうする……)

 

 思考を巡らせる。

 可能性を探る。

 

 だが――

 

 情報が足りない。

 圧倒的に足りない。

 どれだけ考えても、前に進むための“手掛かり”が存在しない。

 

 拳を握る。

 

(このままじゃ……)

 

 また同じだ。

 何もできずに終わる。

 それだけは、絶対に認められない。

 

「……」

 

 言葉が出ない。

 判断ができない。

 そのわずかな“停止”が、空気をさらに重くする。

 ナギサ*テラーが、そっと口を開く。

 その声は、優しかった。

 

『黒夜さん一度、落ち着いて――』

 

 言いかけた、その瞬間だった。

 

「やっと来ましたか、遅いですよ黒夜さん」

 

 声が、割り込む。

 静まり返っていた部室に、不釣り合いなほど軽やかな声。

 だがその一言で、空気が一変する。

 黒夜の視線が、入口へ向く。

 

 そこにいたのは――

 

「ヒマリさん……!」

 

 白い車椅子に腰掛けた少女。

 いつも通りの微笑を浮かべながら、まるで“最初からそこにいた”かのように自然に存在していた。

 ミカ*テラーが即座に反応する。

 

『……いつからいたの?』

 

 警戒を含んだ視線。

 ヒマリは肩をすくめる。

 

「さて、どこからでしょうね?」

 

 その言い方が、すべてを物語っていた。

 

 ――最初から見ていた。

 

 黒夜は一歩前に出る。

 

「ヒマリさん……どうして?」

 

 問いかけようとするが、ヒマリは軽く手を上げて制する。

 

「説明は後です」

 

 その声音が、僅かに変わる。

 

「今は時間がありません」

 

 その一言で、場の優先順位が切り替わる。

 黒夜の表情も引き締まる。

 

「……分かりました」

 

 ヒマリは満足そうに頷く。

 

「貴方が来るのは分かっていました」

 

 さらりと言う。

 

「ですから、誰よりも先に情報を押さえています」

 

 その言葉に、全員の視線が集中する。

 ナギサ*テラーがヒマリに問いかける。

 

「……つまり、どこに行けば良いか分かるということですか?」

 

 ヒマリはにっこりと笑う。

 

「ええ、もちろんです」

 

 その一言で、停滞していた流れが、動き出す。

 黒夜の胸の奥で、何かが再び灯る。

 

「どこですか?」

 

 迷いなく問う。

 ヒマリは一瞬だけ黒夜を見つめる。

 その視線は、観察するようでいて――どこか試すようでもあった。

 

「要塞都市エリドゥです」

 

 その名前が、静かに落ちる。

 聞いたことがない場所だった。

 セイア*テラーがすぐに反応する。

 

『……要塞都市か、名前からして面倒そうだね』

 

「そうですね」

 

 ヒマリが頷く。

 

「ミレニアムの中でも、最も隔離された施設の一つです」

 

 ナギサ*テラーが息を呑む。

 

『そんな場所に……』

 

「そして恐らく――」

 

「そこで“処理”するつもりでしょう」

 

 その言葉が、重く響く。

 ミカ*テラーの表情が変わる。

 

『処理……?』

 

 ヒマリは視線を逸らさない。

 

「言葉の通りです」

 

 黒夜の拳が、強く握られる。

 遅れた時間。

 見失った場所。

 だが今、ようやく繋がった、道が見えた。

 

 なら――

 

「行きましょう」

 

 ヒマリはその様子を見て、静かに笑う。

 

「ええ、そう言うと思っていました」

 

 その笑みは、どこか安心したようにも見えた。

 黒夜は振り返る。

 

「皆さん、準備をお願いします」

 

 三人もすぐに頷く。

 もう迷いはない。

 

 間に合うかどうかは分からない。

 それでも動くしかない。

 

 黒夜はすぐに行動に移ろうとした。

 

「ヒマリさん、ルートは――」

 

 だが、その言葉をヒマリが遮る。

 

「その前に、一つだけ」

 

 声音が変わる。

 先ほどまでの軽さが消え、わずかに重さが乗る。

 黒夜の動きが止まる。

 

「……なんでしょうか?」

 

 ヒマリはすぐには答えない。

 代わりに、ほんの少しだけ視線を外す。

 窓の外。ミレニアムの整然とした街並み。

 その景色を見ながら、ゆっくりと口を開く。

 

「……リオのやろうとしている事は正確には間違っていません」

 

 その言葉に、場の空気がわずかに揺れる。

 ミカ*テラーが眉をひそめる。

 

『……えぇ?』

 

 ナギサ*テラーも黙ったまま、視線をヒマリに向ける。

 

 ヒマリは構わず続ける。

 

「彼女の判断は合理的です」

 

「危険な存在を排除し、多数を守る」

 

「それだけを見れば、正しい選択です」

 

 淡々とした説明。

 だがその奥には、明確な“理解”があった。

 黒夜は静かに聞いている。

 否定も肯定もしない。

 ヒマリは一度、黒夜を見る。

 

「黒夜さんなら分かるでしょう?」

 

 その問いは、試すものではない。

 確認だった。

 黒夜は短く答える。

 

「……そうですね」

 

 その一言に、ヒマリは小さく頷く。

 

「ええ、そうでしょうね」

 

 そして、続ける。

 

「ですが――」

 

 わずかに声が落ちる。

 

「私は、あのやり方が嫌いです」

 

 その一言には、明確な感情が乗っていた。

 理屈ではない。

 

 “拒絶”だった。

 

「確かに正しい」

 

「ですが、その正しさは……あまりにも一方的過ぎる」

 

 視線が、今度はまっすぐ黒夜に向く。

 

「一人で決めて」

 

「一人で背負って」

 

「一人で終わらせる」

 

 言葉を重ねるたびに、僅かに苛立ちが混じる。

 

「……なぜ、頼らないのでしょうね」

 

 ぽつりと零れる。

 それは、誰に向けた問いでもない。

 

 だが――

 

 確実に、リオへ向けられたものだった。

 セイア*テラーが静かに口を開く。

 

『……理解はしているが、納得はしていないというわけか』

 

「ええ」

 

 ヒマリは即答する。

 

「彼女の考えは理解できます」

 

「ですが、その在り方には共感できません」

 

 そして、ほんの一瞬だけ間を置く。

 その間に、視線が黒夜へと戻る。

 

「……黒夜さんも、同じですよ」

 

 その言葉に、黒夜の瞳がわずかに揺れる。

 

「……私も」

 

「ええ」

 

 ヒマリは当然のように頷く。

 

「貴方もまた、全部を自分で抱えようとする人です」

 

 黒夜は反射的に否定しかける。

 

「それは――」

 

「違う、と言い切れますか?」

 

 先に遮られる。

 黒夜は言葉を止める。

 思い当たる節があるからだ。

 ヒマリは続ける。

 

「守るために、自分を削る」

 

「誰かのために、自分を後回しにする」

 

「結果として、すべてを一人で背負う」

 

 静かに並べられる事実。

 それは否定できないものだった。

 

「……似ていますよ、黒夜さんとリオは」

 

 その一言が、重く落ちる。

 ミカ*テラーが小さく舌打ちする。

 

『全然違うでしょ!黒夜は他人を犠牲にしたりなんかしない!』

 

 感情的な否定。

 だがヒマリは否定しない。

 

「ええ、違う所もあるかもしれません」

 

 あっさりと認める。

 

「ですが、“根本”は同じです」

 

 黒夜は黙っている。

 ヒマリは続ける。

 

「だからこそ、貴方に頼みたいのです」

 

 声のトーンが、わずかに変わる。

 それは初めての“依頼”の声音だった。

 

「リオを、止めてください」

 

 その言葉に、全員の視線が集まる。

 ヒマリは真っ直ぐ黒夜を見る。

 

「いいえ、違いますね――」

 

 一度、言い直す。

 

「リオを救ってあげてください」

 

 その言葉は、明確だった。

 黒夜は一瞬だけ目を閉じる。

 その意味を、すぐに理解する。

 ただ止めるだけではない。

 否定するだけでもない。

 

 ――“救う”

 

 それは、最も難しい選択だ。

 ヒマリは続ける。

 

「私は、彼女の思考を理解できます」

 

「ですが、寄り添うことはできない」

 

 わずかに視線を落とす。

 

「合理的すぎる人間同士では……結局、平行線にしか辿り着きませんから」

 

 その言葉に、少しだけ苦味が混じる。

 黒夜は静かに聞いている。

 ヒマリは顔を上げる。

 

「ですが貴方はリオとも違う――」

 

「正しさを理解しながら、別の選択を取れる人です」

 

 その評価は、非常に高いものだった。

 

「だからこそ――」

 

 一拍置く。

 

「貴方にしか頼めない」

 

 その言葉に、場の空気が締まる。

 黒夜はゆっくりと目を開く。

 視線が、ヒマリと交差する。

 

 逃げない。

 

 逸らさない。

 

 そのまま、静かに口を開く。

 

「私も…リオさんのやり方は、正しいと思います」

 

「多数を守るために、少数を切り捨てる」

 

「それ自体は、間違いではない」

 

 ナギサ*テラーが静かに目を閉じる。

 ミカ*テラーは不満そうに眉を寄せる。

 だが、黒夜は続ける。

 

「ですが、私はその選択を選びたくありません」

 

 はっきりと、断言する。

 ヒマリの目が、わずかに細くなる。

 

「選ばないのではなく?」

 

 確認するように問う。

 黒夜は首を振る。

 

「選びたくない…」

 

 その言葉は、以前と同じ。

 

 だが――

 

 今は“迷い”がなかった。

 

「アリスさんも――」

 

「リオさんも――」

 

「どちらも救います」

 

 言い切る。

 

 それは理想論ではない。

 

 覚悟だった。

 

 ミカ*テラーが小さく笑う。

 

『……やっと普段通りになってきたね』

 

 ナギサ*テラーも頷く。

 

『ええ、それでこそです』

 

 セイア*テラーは満足そうに目を細める。

 

『ようやく“覚悟”が形になったね』

 

 ヒマリは、しばらく黒夜を見ていた。

 その表情は読めない。

 やがて、小さく息を吐く。

 

「ふふ……本当に、手のかかる後輩ですね」

 

 呆れたような、しかしどこか安心したような声だった。

 

「ですが、だからこそ任せられます」

 

 その言葉で、完全に委ねられる。

 ヒマリは端末を操作する。

 

「エリドゥへの最短ルートを送ります」

 

「先生たちはすでに向かっていますが……まだ間に合う可能性はあります」

 

 データが転送される。

 黒夜はそれを確認する。

 ルートは明確だ。

 もう迷うことはない。

 

「ありがとうございます、ヒマリさん」

 

 ヒマリは軽く手を振る。

 

「礼は必要ありません」

 

 そして、少しだけ真面目な顔になる。

 

「その代わり――」

 

「必ず連れて帰ってきてください」

 

 黒夜は頷く。

 

「はい」

 

 その返事を聞いて、ヒマリは微笑む。

 

「よろしくお願いしますね」

 

 そして背を向ける。

 

「では、行ってください」

 

 黒夜は振り返る。

 

「行きますよ、皆さん」

 

 三人もすぐに応じる。

 

『うん』

 

『ええ』

 

『当然だね』

 

 四人が動き出す。

 止まっていた時間が、再び流れ出す。

 目指す先は一つ。

 

 要塞都市エリドゥ。

 

 救うべきものと、向き合うべき現実。

 そして、乗り越えるべき選択。

 黒夜は、もう迷わなかった。

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