ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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勇者と魔王 ~10~

 エリドゥの外縁に足を踏み入れた瞬間、黒夜は“空気の違い”を肌で理解した。

 ミレニアムの他の区域にあった整然さは、ここにはない。代わりに漂っているのは、焼け焦げた金属の匂いと、つい先ほどまで確かに“何かが暴れていた”という生々しい余韻だった。

 

 視界に広がるのは、破壊の痕跡。

 床は抉れ、壁は裂け、無数の弾痕と爆裂の跡が重なり合うように刻まれている。転がるのは、機能を停止したロボットやドローンの残骸。だがそれらは単なる瓦礫ではない。関節だけを正確に撃ち抜かれたもの、外装ごと内部から破壊されたもの、あるいは原型すら留めないほど粉砕されたもの。その一つ一つが、戦闘の激しさと、そこにいた者の“力量”を物語っていた。

 

 黒夜は足を止める。

 

 ほんの一瞬だけ、呼吸が浅くなる。

 

(……間違いない)

 

 ここはもう、“戦場の後”ではない。

 ――“戦いの流れの中”だ。

 

 すでに始まっているどころではない。むしろ終盤に差し掛かっている可能性すらある。

 その認識が、じわりと背筋を冷やした。

 

『うわ~……なにこれ』

 

 場の空気をまるで読まない声が、横から差し込まれる。

 ミカ*テラーだった。

 

『誰がやったのこれ?』

 

 純粋な興味と、ほんの少しの楽しさすら滲む声音。だがそれが、この場の異様さを逆に際立たせる。

 ナギサ*テラーは静かに周囲を見渡しながら、僅かに眉を寄せた。

 

『……派手、という言葉では足りませんね』

 

 その視線は冷静だが、評価は厳しい。

 

『明確に“殲滅”を意図した戦い方ですね』

 

 セイア*テラーは足元の残骸を軽く蹴り、転がした機体の断面を覗き込む。

 

『破壊方法が統一されていない』

 

 淡々と分析する。

 

『射撃、爆破、これは殴打かな?……すべて混在しているが、いずれも無駄がない』

 

 視線が遠くへと伸びる。

 

『つまり、複数人。しかも全員が高水準』

 

 結論は短い。

 

『……相当だね』

 

 黒夜は小さく頷いた。

 

「恐らく……先生たちでしょうね」

 

 その一言に、場の空気がわずかに締まる。

 ナギサ*テラーが続ける。

 

『少なくとも、この痕跡を辿れば――』

 

『追いつける可能性は高いでしょう』

 

 それで十分だった。

 

「行きましょう」

 

 短く言い、すぐに歩き出す。

 その足取りに、ためらいはない。

 

 遅れている。

 だが、まだ間に合うと信じている。

 それだけで、前に進む理由には十分だった。

 

 四人は、破壊の軌跡を辿るように進む。

 崩れた通路を越え、焦げた床を踏みしめ、歪んだ壁の間をすり抜ける。進むにつれて戦闘の密度は増していく。破壊の痕跡はより新しく、より激しくなり、残骸の数も比例して増えていく。

 まるで中心へと導かれているようだった。

 

(……近い)

 

 黒夜は確信する。

 あと少しで追いつく。

 その時だった。

 

 ――カサリ。

 

 微かな音が、空気の奥で揺れた。

 黒夜の足が止まる。

 同時に、三人の視線も鋭く動く。

 次の瞬間、影が“増えた”。

 瓦礫の隙間、天井の陰、壁面の裂け目。そこから這い出るように、異質な存在が姿を現す。

 

「……これは」

 

 黒夜の声が低くなる。

 現れたのは、先ほどまでの残骸とは明らかに系統の異なる機体だった。

 

 丸みを帯びた装甲。

 無機質なのに妙に滑らかなフォルム。

 そして――四つ足。

 

 蜘蛛を思わせるそれが、音もなく地面を這う。

 一体ではない…気配が、増える。

 二体、三体――そして、さらに。

 

『うわ、キモ!』

 

 ミカ*テラーが即座に顔をしかめる。

 率直すぎる評価だったが、誰も否定しなかった。

 ナギサ*テラーは一歩引く。

 

『な、何ですかあれは……』

 

 普段の冷静さがわずかに崩れる。視線には明確な嫌悪が宿っていた。

 セイア*テラーは逆に一歩前へ出る。

 周囲の出現パターンを観察しながら、静かに呟く。

 

『……なるほど』

 

『これは面倒だ』

 

 短く結論を出す。

 

『どこからかわからないが…無尽蔵に湧いているみたいだ』

 

 ミカ*テラーが肩をすくめる。

 

『あー……一番ダルいパターンじゃんそれ』

 

 気だるげだが、既に臨戦態勢に入っている。

 ナギサ*テラーは明確に焦りを見せた。

 

『ミカさん!あの気持ち悪いロボットを早く薙ぎ払ってください!!』

 

『えぇ!?無限湧きっぽいから無理だって!』

 

『ミカ!!早く!!流星群!!』

 

 その単語に、空気が一瞬だけ止まる。

 ミカ*テラーが目を丸くする。

 

『いやそれやってもいいけど…』

 

『この要塞都市ごと吹っ飛ぶけどいいの?』

 

 ナギサ*テラーは一切迷わなかった。

 

『構いません!』

 

「いいわけ無いでしょう!!黒ナギサ様!落ち着いてください!!」

 

 黒夜が即座に割り込む。

 さすがにそれは論外だ。

 ミカ*テラーは苦笑する。

 

『ほら怒られたじゃん』

 

 だがその軽口の裏で、状況は確実に悪化している。

 蜘蛛型ロボットは、増え続けていた。

 じわじわと包囲が形成される。

 逃げ道を塞ぐように。

 

 セイア*テラーがふと顔を上げる。

 

『……あそこだ』

 

 指差す。視線の先――エリドゥの中心。

 他の建造物とは明らかに異なる存在感を放つ巨大なビル。

 まるで都市そのものの核のように、静かに聳え立っている。

 

『このロボットたちは、どうやらあそこを目指しているようだ』

 

 黒夜も視線を向ける。

 そして、足元の痕跡を見る。

 

「……間違いありません」

 

 弾痕、破壊跡、その流れ。

 

「私たちが追ってきた戦闘の軌跡も、あそこに続いています」

 

 答えは一つだった。

 ナギサ*テラーの顔が引きつる。

 

『え……嘘でしょう……?』

 

 ミカ*テラーはため息混じりに笑う。

 

『うわ~……やっぱそうなるよね~』

 

 セイア*テラーは静かに頷く。

 

『目的地確定だね』

 

 黒夜は、ゆっくりと盾を構えた。

 

 左腕に収まる純白の盾。

 

 右手に握る漆黒の銃。

 

 視線は、ただ前へ。

 

「……行きますか」

 

 短く、断言する。

 その声に、迷いは一切なかった。

 目の前にあるのは、無数の敵と、たった一つの進路。

 

 ならば――

 

 選ぶ必要すらない。

 黒夜は一歩踏み出す。

 その瞬間、蜘蛛型ロボットが一斉に動いた。

 無数の脚が床を叩き、異様な音が空間を満たす。

 

 だが、黒夜は止まらない。

 むしろ、速度を上げる。

 正面から突っ込む。

 

『ははっ』

 

 ミカ*テラーが笑う。

 

『初めての共同作業みたいで楽しいね!』

 

 そのまま追随する。

 

 ナギサ*テラーも覚悟を決める。

 

『いやですが……仕方ありません』

 

 セイア*テラーは小さく息を吐く。

 

『はぁ、そんな暢気な物じゃないだろう…』

 

 だが、その目はどこか楽しげだった。

 四人は同時に駆け出す。

 押し寄せる敵の群れへ。

 

 止まることなく。

 

 迷うことなく。

 

 ただ前へと進んで行く、日常を取り戻すために。

 

 

 

 

 エリドゥ中枢、制御区画。

 

 張り詰めた空気の中で、機械の駆動音だけが無機質に響いていた。

 中央に立つアリスの姿は、先ほどまでの彼女とは明らかに違っていた。視線は定まらず、感情の揺らぎもない。ただ“処理を遂行する装置”のように、静かに、そして確実に何かを進めている。

 

「コード名〈アトラ・ハシースの箱舟〉――起動プロセスを開始します」

 

 その声は冷たかった。

 

 抑揚がないわけではない。だがそこには“意志”がない。

 ただ、決められた手順をなぞるように、淡々と発せられる音。

 次の瞬間、エリドゥ全域のシステムが軋みを上げるように変質し始めた。

 表示されていた監視画面が一斉にノイズを走らせ、次々と異なる情報を映し出す。各地のセンサーが異常値を叩き出し、警告音が重なり合う。

 

「……コード書き換え……? いえ、違う……これは――」

 

 リオの声が震える。

 理解できている。だが、理解したくない。

 それでも画面に映る情報は容赦なく現実を突きつける。

 

「エリドゥ各地で……追従者の出現……?」

 

 次々と表示される新規反応。

 点が増える。増え続ける。

 そして止まらない。

 

「……そんなはずが…私の計算は……」

 

 あり得ない。

 そんなはずはない。

 だが、目の前で起きている。

 

 先生が一歩踏み出す。

 

「リオ……一体何が起きているの? アリスは……!」

 

 問いかける声は強い。だが、その奥には確かな不安があった。

 リオは答えられない。

 答えようとして、言葉が途切れる。

 

「私は……」

 

 口を開く。

 だが、その言葉は自分に向けたものだった。

 

「キヴォトスに終焉がもたらされる可能性を考慮して……」

 

 ゆっくりと一つ一つ確認するように。

 

「この要塞都市エリドゥを建設した」

 

 それは確かに正しかったはずだ。

 最悪を想定し、その対策を用意する。

 合理的で、理にかなっている。

 

 ――はずだった。

 

「けれど……」

 

 視線が画面へと戻る。

 暴走するシステム。増え続ける敵性反応。

 そして、その中心にいるアリス。

 

「むしろ、そのせいで……」

 

 声が揺れる。

 

「この都市が……終焉の発端に……?」

 

 その結論に辿り着いた瞬間、思考が一瞬だけ止まる。

 

「私は――間違っていた……?」

 

 それは、彼女にとって最も認め難い結論だった。

 だが、アリスはその間にも止まらない。

 

「箱舟制作に必要なリソース確保――23%……46%……」

 

 無慈悲な進行報告。

 数字が増えていく。

 それは単なる進捗ではない。

 

 ――世界の終わりへのカウントだった。

 

 リオの意識が現実に引き戻される。

 

「……っ!」

 

 慌てて先生へと振り向く。

 

「このままでは……!」

 

 言葉が速くなる。

 

「エリドゥの全リソースが奪われるわ……!」

 

 そして、それは意味する。

 

「そうなればキヴォトスが……終わってしまうわ」

 

 その結論は、あまりにも明確だった。

 先生の表情が変わる。

 だが、リオはそれ以上言わせない。

 

「先生、聞いて」

 

 声を強める。

 

「皆を連れて逃げてちょうだい」

 

「……え?」

 

「ここから急いで離れて」

 

 はっきりと言い切る。

 

「今すぐに」

 

 だが先生は動かない。

 

「リオ……何を言って――」

 

「私が止めるわ」

 

 その一言で、空気が変わる。

 迷いはなかった。

 

「このシステムを……止める」

 

 視線はアリスへ。

 

「原因は私よ」

 

 静かに、しかし確実に断言する。

 

「私がこの都市を作らなければ、こんな事にはならなかった」

 

 その理屈は、彼女の中で完結している。

 

「だから…私が終わらせる」

 

 先生が言葉を失う。

 

「……リオ」

 

「私一人の命で、この終焉を防げるなら――」

 

 わずかに息を吸う。

 

「そうするべきでしょう?」

 

 それは問いではない。

 結論だった。

 

「それが、最も合理的だから」

 

 迷いのない理屈。

 それは正しい。

 

 だが――

 

「……早く!」

 

 声が強くなる。

 

「これは極めて論理的な選択よ!」

 

 その瞬間だった。

 

 ――轟音。

 

 外縁部から、巨大な爆発音が響く。

 建造物全体がわずかに揺れる。

 全員の視線が、反射的に窓へと向いた。

 

 遠方。

 

 煙が上がる。

 何かが――戦っている。

 

「なんで……あんな所で……」

 

 リオの声に、明確な焦りが混じる。

 

「危険だわ……!」

 

 すぐに端末へと手を伸ばす。

 監視カメラを起動。

 該当区域の映像を引き出す。

 

 ノイズが走る。

 

 そして――映る。

 

 そこにいたのは。

 

「……黒夜?」

 

 思わず、声が漏れる。

 信じられないものを見るように。

 画面の中では、歯を食いしばりながら黒夜が盾を構え、無数の追従者と交戦していた。

 その背後には、テラーたちの姿もある。

 先生も映像を確認する。

 

「黒夜!?」

 

 ミドリが声を上げる。

 

「黒夜さん!」

 

 ユズも思わず身を乗り出す。

 そしてモモイが、場違いなほど軽く言う。

 

「え?黒夜も来たの?」

 

 その一言で、ほんの一瞬だけ空気が緩む。

 だが、リオはすぐに通信を繋げる。

 

「黒夜!」

 

 回線が開く。

 爆音と銃声が混じる中、応答が返る。

 

「ゲホッ……ゲホッ……え? ああ、リオさん!」

 

 苦しそうだが、声ははっきりしている。

 

「なぜ来たの!?」

 

 焦りが隠せない。

 だが黒夜は即答する。

 

「それはもちろん――」

 

 一瞬の間もなく。

 

「リオさんとアリスさんを助けるためですよ!」

 

「なっ――」

 

 言葉を失う。

 

「バカなことを……!」

 

 思わず強い口調になる。

 

「危険よ!今すぐ撤退しなさい!」

 

 だが黒夜は、あっさりと返す。

 

「丁重にお断りします!」

 

 その声には、迷いがなかった。

 次の瞬間、衝撃音。

 

「っ……危なっ……!」

 

 銃声と爆発が混ざる。

 だが、それでも会話は続く。

 

「それよりリオさん!」

 

 黒夜が言う。

 

「このロボットたちはリオさんが制御しているんじゃないんですか?」

 

 一瞬、リオが詰まる。

 

「……いいえ、違うわ」

 

 否定する。

 

「今は詳しく説明できないけれど…」

 

 その声には焦りが滲む。

 

「私が間違えたから、この状況になったのよ……!」

 

「だから私が止める!」

 

 そのまま続ける。

 

「私一人の犠牲で!」

 

 その言葉に、通信の向こうが一瞬だけ静まる。

 

 そして。

 

「……じゃあ、このロボットたちは敵なんですね?」

 

 確認だけが返ってくる。

 そして一人で納得した様に。

 

「大体わかりました」

 

「黒夜!?何を――」

 

 その問いを、黒夜の言葉が遮る。

 

「私たちで時間を稼ぎます!」

 

 その一言で、すべてが変わる。

 

「リオさん」

 

 呼びかける声が、静かになる。

 

「貴方の知識と技術で、アリスさんを助けてあげてください」

 

 その言葉に、リオの思考が止まる。

 

「私は――」

 

 続く言葉。

 

「貴方のことを信じていますから」

 

 それは、あまりにも単純な言葉だった。

 

 だが――

 

 リオが最も聞きたかった言葉でもあった。

 

「だから」

 

 静かに、しかし確実に。

 

「犠牲になるなんて、言わないでください」

 

 その瞬間また爆発が起きた。

 そして通信が、途切れる。

 

「黒夜!?黒夜!!」

 

 リオが必死に通信機に叫ぶが応答はない。

 ただ、ノイズだけが返る。

 しばらくそのまま、固まる。

 

 思考が追いつかない。

 

 理解が追いつかない。

 

 黒夜の残した言葉だけが残る。

 

 “信じています”

 

 その一言が、頭の中で反響する。

 先生が静かに口を開く。

 

「……黒夜に、託されちゃったね」

 

 その言葉が、現実を形にする。

 リオは何も言えなかった。

 

 ただ、通信機を握りしめたまま――

 

 初めて、自分の選択が揺らぎ始めていることを理解していた。

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