ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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いつも温かい感想を書いてくださりありがとうございます。
返信などは出来ませんが、毎回楽しく読ませていただいております。
完結後も引き続き読んでくださる皆様に感謝の念に堪えません。
自分でもこんなに長く続くとは思っていませんでした。
ここまで書けたのもひとえに読者の皆様のおかげです。
それでは、今回も楽しんでいただけたら幸いです。


守れなかった者と、守ろうと足掻く者 ~1~

 ミレニアムでの一連の事件が終わり、キヴォトスは普段の日常を取り戻していた。

 だが、その“日常”の中で一人、黒夜だけはどこか別の場所に意識を置いているようだった。

 

 ――鈍った。

 

 ふとした瞬間に浮かぶその言葉は、時間が経つごとに輪郭を持ち始めていた。

 ゲヘナにいた頃は、平穏などむしろ珍しいもので、気を抜けば即座に戦闘に巻き込まれる環境に身を置いていた。

 常に緊張が張り付き、感覚は研ぎ澄まされ、判断は一瞬で下される。それが当たり前だった。

 

 対してトリニティに来てからの日々は、驚くほど穏やかだった。

 もちろん全く戦闘がないわけではないが、その頻度は明らかに少ない。平和な時間が長く続くほど、身体のどこかが“緩んでいく”感覚があった。

 

 黒夜はその違和感を、最初は単なるブランクだと考えていた。だが、ミレニアムで、いざ実戦に身を置いた時、それは単純な“鈍り”では片付けられないものだと理解させられた。

 

 ――間に合っていない。

 

 反応は遅れていない。判断も誤ってはいない。それでもなお、“届かない”瞬間がある。

 ほんの一歩、ほんのわずかの差。だがその差は、守るべきものの前では致命的になり得る。

 

 以前の自分なら、多少の無理を押してでも踏み込んでいたはずだ。多少身体が削れようと、代償を払ってでも“守る”という選択を迷わず取っていた。

 だが――それはもう選ばないと決めている。

 

 あの時、理解してしまったからだ。犠牲の上に成り立つ守りは、残された側を確実に悲しませる。

 自分が消えることで守れるものがあったとしても、その選択は“正しい”とは言えない。

 

 だからこそ、今の自分の戦い方には限界がある。

 

 守れている。だが、それは“間に合っているだけ”だ。

 

「……」

 

 黒夜は小さく息を吐き、視線を落とした。考えれば考えるほど、答えは遠ざかっていく。

 戦闘の基礎そのものは変わっていない。だが、“守り”に関しては明らかに噛み合っていなかった。

 

 本来であれば、この手の問題は師に仰ぐのが最も確実だ。黒夜にとって戦闘の師といえば、ゲヘナで世話になった人物が思い浮かぶ。

 だが、その人物――空崎ヒナ は最近多忙を極めており、気軽に声をかけられる状況ではなかった。

 

 無理を言えば時間を作ってくれるだろう。だが、それをしてまで頼るべきかと言われれば、黒夜は迷う。

 自分の問題は、自分で解決すべきだという思いもあった。

 

 結果として、答えは出ないまま時間だけが過ぎていった。

 

 そんな折、黒夜はシャーレでの当番に入っていた。簡単な書類整理や資料の仕分けといった雑務をこなしながらも、意識の大半は別のところに向いている。

 ペンを動かす手は止まらないが、その思考は戦闘の記憶を何度もなぞっていた。

 

「……黒夜」

 

 ふいに声をかけられ、黒夜は顔を上げた。視線の先には先生の姿がある。穏やかな表情でこちらを見ていた。

 

「何か考え事でもしてる?」

 

「……いえ」

 

 一瞬だけ否定しかけて、黒夜は言葉を止めた。誤魔化す意味はないと判断し、軽く息を吐く。

 

「少し、戦い方について悩んでいまして」

 

 簡潔に事情を説明する。鈍りという感覚、守りの限界、そしてヒナを頼れない現状。

 すべてを話し終えると、先生は「なるほどね」と小さく頷いた。

 

「自分で気付けてるなら、かなりいい状態だと思うよ」

 

「……そうでしょうか?」

 

「うん。問題は、その先をどうするかだね」

 

 その言葉に、黒夜はわずかに苦笑する。

 

「そこが一番難しいところです」

 

 すると、そこで静かに別の声が割り込んできた。

 

「ん」

 

 振り返ると、そこには同じく当番に入っていた 砂狼シロコ の姿があった。無表情のままこちらを見ている。

 

「その話、少し興味ある…この前の戦闘で見ていて少し思った事だけど――」

 

 短く区切ってから、続ける。

 

「黒夜って盾の扱いに慣れてないよね?」

 

 その指摘に、黒夜は一瞬だけ言葉を失った。核心を突かれたというよりは、“そこを見ていたのか”という驚きに近い。

 

「……自覚はあります」

 

「なら」

 

 シロコはわずかに首を傾ける。

 

「来る?」

 

「……どちらに?」

 

「ウチに」

 

 その単語に、黒夜の思考が一瞬止まった。

 

「そこで錆落としすればいい」

 

 淡々とした口調で続ける。

 

「黒夜の師匠になってくれそうな人も居るよ?」

 

 あまりにも簡潔で、説明はほとんどない。それでも、不思議と不安は感じなかった。少なくとも、悪意があるようには見えない。

 一人で悩み続けるよりは、何か行動した方がいい。その判断に時間はかからなかった。

 

「……わかりました。ご一緒させていただきます」

 

「ん」

 

 それだけで話はまとまる。

 こうして黒夜は、特に深く考えることもなくシロコの後を追うことになった。

 

 だが――その選択が、思っていた以上に“別の領域”へ踏み込むものだとは、この時点ではまだ理解していなかった。

 

 

 シャーレを出てしばらく二人で歩いていると、景色がゆっくりと変わり始めた。最初は気のせいかと思ったが、明らかに違う。建物の数が減り、舗装された道は徐々に砂に侵食されていく。やがてそれすら途切れ、視界の先には見渡す限りの砂と空が広がっていた。

 

 D.U.地区の整然とした都市景観とは対照的な光景。黒夜は足を止めることなく進みながらも、内心で小さく首を傾げる。

 

 ――妙だな。

 

 錆落としの話だったはずだ。だが、この環境はあまりにも極端すぎる。

 

「ところで少し聞きたい事があるのですが…」

 

 黒夜は前を歩くシロコに声をかけた。

 

「シロコさんは、どちらの学園の方なのですか?」

 

「ん、アビドス高等学校」

 

 その答えを聞いた瞬間、黒夜の思考がわずかに止まる。

 聞いたことがないわけではない。だが、その名前は決して良い意味で記憶されているものではなかった。規模の小ささ、財政難、そして何より独特の立ち位置。

 黒夜の中で嫌な予感が、ゆっくりと形を持ち始める。

 

「なるほど、続けて質問です……」

 

 黒夜は慎重に言葉を選びながら続けた。

 

「指導してくださる方というのは?」

 

 シロコは振り返らず、短く答える。

 

「ホシノ先輩」

 

 ――その名前を聞いた瞬間。

 

 黒夜の思考は、完全に別の方向へと引きずり込まれた。

 

 小鳥遊ホシノ

 

 ゲヘナ学園内部で共有されている要注意人物リスト。その中でも最上位に位置付けられている存在。

 明確な敵対行動の記録は少ない。だが、それでも“警戒を解くな”とされている理由がある。

 

 ――測れない。

 

 それが、彼女に対する評価だった。

 

(……まずいな)

 

 黒夜は内心で冷静に状況を整理する。自分は今、どこへ向かっているのか。錆落としどころか、明らかに“龍の巣穴”に足を踏み入れている。

 

(いや、落ち着け)

 

 シロコの様子に敵意はない。少なくとも罠に嵌められている気配は感じない。

 

(だからといって、安全とは限らない)

 

 思考を巡らせている間にも、足は止まらない。そして、考えをまとめきる前に目的地は目の前に現れた。

 古びた校舎。風に晒された壁。人の気配はあるが、どこか静まり返っている。

 

「ん、ここ」

 

 シロコが足を止める。

 

 ――アビドス高等学校。

 

 嫌な予感は、完全に確信へと変わっていた。

 校舎の中は、驚くほど静かだった。人の気配がないわけではない。だが、どこか間延びした空気が漂っている。緊張感が薄い。それでいて、不思議と油断できない。

 

「ん、いつも通りなら多分屋上に居る」

 

 シロコはそれだけ言って階段へ向かう。黒夜は一瞬だけ躊躇したが、すぐにその後を追った。

 屋上の扉を開けた瞬間、強い日差しと乾いた風が吹き抜ける。砂を含んだ空気が、わずかに視界を揺らした。

 その中央に一人、横になっている人影があった。

 

「うへ〜……動いてないのに暑いよ〜……」

 

 間延びした声が、空に溶けるように響く。

 黒夜は思わず目を細めた。

 

 ――この人物が?

 

 頭の中で組み上げていた警戒対象のイメージが、音を立てて崩れていく。

 要注意人物。最上位警戒対象。測定不能。そのすべてが、目の前の光景と一致しない。

 

「ホシノ先輩」

 

 シロコが短く呼ぶ。

 呼ばれて、ゆっくりと顔がこちらに向いた。気だるそうに半分だけ開かれた瞼。焦点の合っていないような視線。

 

 だが――その一瞬だけ。

 

 その視線が、黒夜を正確に捉えた。

 

「……うへぇ〜」

 

 ゆるい声。だが、その奥にある何かは今の黒夜には測れなかった。

 

「ん~?シロコちゃんの彼氏?おじさんに態々あいさつに来てくれたのかな?」

 

 黒夜は無言でその視線を受け止める。警戒は解かない。だが、敵意を見せる理由もない。

 ホシノはゆっくりと体を起こし、黒夜を頭から足元まで一度眺めた。その仕草はあくまで気だるい。だが、見られている側は妙に落ち着かない。

 

「ん、違う」

 

 軽い調子で言葉が落ちる。

 

「へぇ~そうなんだ……じゃあ君は何をそんなに緊張しているのかな?」

 

 黒夜の呼吸が、わずかに止まった。

 

 ――やはり、ただ者ではない。

 

 一目見ただけで、自分が警戒していた事を言い当てている。見た目や態度とは裏腹に、その観察眼は正確だった。

 黒夜は言葉を返さなかった。返せなかったという方が正しい。

 ただ一つ、理解していた。

 

 ――ここに来たのは、間違いではなかったのかもしれない。

 

 そう思わせるだけの何かが、その一言にはあった。

 

 屋上に満ちていた乾いた空気は、ほんのわずかにだけ張り詰めていた。だるそうに寝転がっていたはずの人物が、一瞬だけ見せた視線の鋭さ――それを見逃すほど、黒夜は鈍ってはいない。

 

 そのまま黙って引き下がるという選択肢もあった。だが、ここまで来て何もせず帰るのは、あまりにも無意味だ。

 わざわざシロコに連れて来られた理由も、そして目の前にいる人物の“違和感”も、すべてを無視していいとは思えなかった。

 

 黒夜は一歩、踏み出す。

 

「突然訪問してしまって申し訳ありません。ホシノさんに一つ頼みたい事がありまして」

 

 丁寧な口調を崩さずに言葉を投げると、ホシノは面倒そうに片目だけを開けた。

 

「私に~?」

 

 間延びした声。まるで興味などないと言わんばかりの反応だった。

 だが、その軽さに惑わされるわけにはいかない。

 

「私に盾を使った戦闘の訓練をしてください!」

 

 はっきりと、迷いなく言い切る。

 一瞬だけ、空気が止まったように感じた。

 だが次の瞬間、ホシノは大きくため息を吐く。

 

「やだな〜めんどくさいし〜」

 

 即答だった。あまりにもあっさりとした拒否に、黒夜はわずかに言葉を失う。

 その隣で、シロコが助け舟を出した。

 

「ホシノ先輩、私からもお願い。黒夜は真面目だし……先生にも信頼されてる」

 

 淡々とした言い方だったが、その中には確かな推薦の意志が込められている。

 ホシノはうーん、と気の抜けた声を漏らしながら、ようやく意識を起こした。

 

「う~んでもな~……」

 

 まだ渋っている。視線は黒夜から外れ、どこか遠くを見ているようだった。

 

 ――ここで引くわけにはいかない。

 

「お願いします!」

 

 黒夜はもう一度頼み込む。

 

「今はまだ守れてはいますが、このままではいずれ取り返しのつかない事になる予感がするのです」

 

 その言葉に、ホシノの動きが止まる。

 だらけた空気が、一瞬だけ消えた。

 

「………」

 

 何も言わない。ただ、黒夜を見る。

 その視線には、先ほどとは明らかに違う“重さ”があった。

 

「ホシノ先輩…」

 

 シロコが小さく呼びかける。

 しばしの沈黙の後――

 

「あーもうわかったよ~!」

 

 投げやりなようでいて、どこか決定的な声音だった。

 

「ありがとうございます」

 

 黒夜は即座に頭を下げる。

 

「ただし!」

 

 ホシノが指を一本立てる。

 

「今から私と戦ってもらうよ。それで私から見て見込み無しって判断したらこの話は無しだからね!」

 

「わかりました」

 

 即答だった。迷いはない。

 

「ほらじゃあ校庭に行こうか」

 

 ホシノはゆっくりと立ち上がり、気だるそうに背伸びをする。その仕草からは緊張感の欠片も感じられない。

 だが――それが逆に、黒夜の警戒心を強く刺激していた。

 校庭は広く、見渡す限り砂が広がっていた。整備されたグラウンドというよりは、自然の延長線上にある空間に近い。

 足場は決して良くない。だが、それがかえって訓練には適しているようにも思えた。

 

 黒夜は盾を構える。

 

 対するホシノは、特に自分のショットガンを構える様子もなく、ただその場に立っていた。

 

「じゃ、行くよ~」

 

 その一言の直後だった。

 

 視界が揺れた。

 

 ――速い。

 

 黒夜の反応は間に合っていた。盾を前に出し、衝撃に備える。だが――

 

「……っ!」

 

 重い。

 

 ただの一撃で、腕にかかる負荷が跳ね上がる。受け止めたはずなのに、衝撃がそのまま身体の奥まで響いてくる。

 

「へぇ、ちゃんと受けれるんだ…」

 

 軽い声が耳元で響いた瞬間、次の攻撃が来る。

 

 防ぐ。だが、重い。

 

 流せない。すべてを真正面から受け止めている。

 

 ――駄目だ。

 

 理解している。だが、身体がそれ以外の選択を取れない。

 攻撃は止まらない。

 一撃、一撃が確実に黒夜の体力を削っていく。

 避ける余裕はない。流す技術もない。結果として――

 

 すべて受ける事しか出来なかった。

 

「……まだ立ってるんだ」

 

 ホシノの声が、どこか感心したように響く。

 だが黒夜にそれを意識する余裕はなかった。

 呼吸が乱れる。腕が重い。足が沈む。

 

 それでも――倒れない。

 

 意地でも倒れるわけにはいかない。

 この戦いは試験だ。ここで崩れれば、その先はない。

 

(まだ……いける……!)

 

 限界は近い。だが、越えていない。

 

 そのまま何度目かの衝撃を受け止めた瞬間――

 

 不意に、攻撃が止まった。

 風だけが、静かに流れる。

 黒夜はその場に立ち尽くしたまま、動けなかった。

 

「はぁ~……」

 

 ため息が一つ。

 

「わかったよ……教えてあげるよ」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、黒夜の意識がわずかに緩む。

 

「…はぁ……どうも……ありがとう……ございます……」

 

 言い終えると同時に、膝が折れた。

 そのまま砂の上に崩れ落ちる。

 

「無理せず倒れ込んじゃっていいよ」

 

「すいません……」

 

 声はかすれていたが、それでも意識は保っている。

 

「シロコちゃーん!この子運ぶから手伝って!」

 

「ん!わかった」

 

 すぐにシロコが駆け寄る。

 支えられながら、黒夜はゆっくりと身体を預けた。

 

「そういえば名前聞いてなかったね」

 

 ホシノがふと思い出したように言う。

 

「…月城……黒夜と申します……」

 

 呼吸を整えながら答える。

 

「黒夜君か……私はシロコちゃんから聞いてると思うけど小鳥遊ホシノだよ~。これからよろしくね黒夜君?」

 

「此方こそ……よろしくお願いします……」

 

 意識が少しずつ戻ってくる。だが、身体はまだ動かない。

 

「そういえば学校はどこなの?」

 

 何気ない質問だった。

 

「…え~っと……少し複雑でして……」

 

 黒夜はわずかに言葉を濁す。

 

「おじさんは細かい事は気にしないよ~」

 

 軽く笑いながら促され、黒夜は観念したように口を開いた。

 

「ゲヘナ学園とトリニティ総合学園とミレニアムサイエンススクール所属です……」

 

「うへぇ!?」

 

 ホシノの声が一段階大きくなる。

 隣でシロコもわずかに目を見開いた。

 

「私も初めて聞いたけど凄い経歴だね黒夜……」

 

「ミレニアムに関してはとある超天才清楚系病弱美少女ハッカーのせいなんですよ……」

 

「その人も凄い癖強そうだねぇ~……」

 

 呆れたような、感心したような声。

 そのやり取りを聞きながら、黒夜はゆっくりと目を閉じた。

 

 ――どうやら、思っていた以上に厄介な場所に来てしまったらしい。

 

 だが同時に、ここなら“変われるかもしれない”という確信も、確かに芽生え始めていた。

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