ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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守れなかった者と、守ろうと足掻く者 ~4~

 翌朝のアビドスは、相変わらず乾いた空気に包まれていた。日差しは強いが、どこか静かで、いつも通りの何も起きていない日常がそこにある――はずだった。

 早起きして校舎の屋上で軽く身体を動かしていた黒夜は、ふと遠くの砂煙に気付く。風に流されているだけにしては不自然な動き。一定方向に集まり、こちらへと近づいてくる。

 

 視線を細める。

 

 複数。数はそこそこ多い。

 

 足音が、わずかに遅れて届く。

 

「……こっちに向かって来てますね」

 

 小さく呟いたその直後、校舎の下から声が上がった。

 

「ちょっと!またあいつら来てるわよ!」

 

 セリカの苛立った声が響いてくる。

 

「数が多いですね……!」

 

 アヤネが状況を確認しながら声を上げる。

 

「でも大丈夫です!いつも通りなら――」

 

 ノノミ の言葉は途中で止まった。

 黒夜が、既に動いていたからだ。

 屋上の縁から一気に階段へと駆け込み、そのまま校舎を飛び出す。砂を蹴り上げながら一直線に敵集団へ向かっていく。

 

「ちょっ、黒夜!?」

 

 セリカの声が背後で弾ける。

 

「……行くよ!」

 

 シロコがそれに続くように動き出し、他の面々も慌てて後を追う。

 校庭の外縁で、不良たちが広がり始めていた。統率は甘いが、数で押すつもりなのは明らかだ。各々が好き勝手に武器を構え、距離を詰めてくる。

 黒夜はその動きを一瞬で把握し、迷いなく一人を選んだ。

 集団の中心付近。動きに無駄がなく、周囲に指示を飛ばしているリーダー格の少女。

 

 ――アイツか。

 

 黒夜は進路を一直線に固定する。

 足を止めない。速度も落とさない。

 正面から撃たれる前に撃つ。

 

 右手がホルスターから銃を抜く。構えるというより、流れの中で引き金を引く。

 

 乾いた音。

 

 弾は当っていない。だが、狙われた側は確実に動きを止める。

 

「チッ、なんだこいつ!」

 

 標的がこちらを向いた瞬間、黒夜はすでに懐に入り込んでいた。

 距離が消える。

 間合いに入ると同時に、身体が自然に動く。腕を払う。重心を崩す。武器の軌道をずらす。

 そのまま押し込まず、すぐに離脱。

 

 再び動く。

 

 周囲の視線が一斉にこちらへ向く。

 

 ――来る。

 

 黒夜はわずかに口角を上げた。

 狙い通りだった。

 銃声が集中する。だが、黒夜は止まらない。撃たれる前に動き、照準を外し続ける。足を止めない限り、致命的な弾は来ない。

 その間にも、アビドス側への射線は確実に減っていた。

 

「なんなのあれ……!」

 

 後方でセリカが思わず声を上げる。

 

「動きっぱなしで全部引き付けてる……!?」

 

 アヤネが目を見開く。

 

「いえ、それだけではありません……今、意図的に自分を狙わせています」

 

「狙わせてる……?」

 

 ノノミが首を傾げる。

 

「はい。自分にヘイトを集中させて、味方への攻撃を減らしている……」

 

 シロコは静かに頷いた。

 

「……黒夜、大丈夫なの?」

 

 戦い方が違う。

 昨日までの受け身の戦いではない。

 自分から前線をかき乱し、敵の意識そのものを奪っている。

 

 黒夜は走り続ける。

 

 止まらない。

 

 撃つ。動く。崩す。離れる。

 

 すべてが繋がっている。

 頭で考えているわけではない。身体に叩き込まれた動きが、そのまま流れている。

 

 ――止まれば終わる。

 

 だから止まらない。

 撃たれ続ける状況すら、前提として組み込む。

 ヒナに叩き込まれた戦闘の基礎。

 

 動き続けろ。

 

 相手に照準を合わせさせるな。

 自分のペースに引き込め。

 その“攻め”の教えを、今は“守り”に使っている。

 黒夜の周囲で弾が弾ける。

 

 砂が舞う。

 

 だが、一発も当たらない。

 その間に、アビドスの面々が反撃に移る。

 

 ノノミの援護射撃。

 

 アヤネの支援。

 

 シロコの的確な突破。

 

 セリカの精密な射撃。

 

 アビドスのみんなの援護もあり、徐々に前線が崩れていく。

 

 だがその時――

 

 黒夜の足が、ほんの一瞬だけ止まった。

 

 疲労ではない。

 僅かな判断の遅れ。

 眼帯をしている左側の死角からの一発。

 

 ――マズイ!!

 

 身体が反応するより先に、銃口が向く。

 経験上間に合わないと察したその瞬間、横から衝撃が割り込んだ。

 弾道が逸れる。

 

「っと」

 

 気の抜けた声とともに、黒夜の視界に割り込んできたのは 小鳥遊ホシノ だった。

 盾で弾を受け流し、そのまま軽く前に出る。

 

「退場するには…まだちょっと早いかな〜」

 

 そう言いながらも、動きは無駄がない。

 

「……助かりました」

 

 黒夜はすぐに体勢を立て直す。

 

「いいよいいよ〜」

 

 ホシノは肩をすくめる。

 

「ちゃんと私に付いてきてね」

 

 一瞬だけ、視線が合う。

 そのまま二人同時に動いた。

 

 黒夜が前に出る。

 ホシノが横に回る。

 

 黒夜が引き付ける。

 ホシノが撃ち抜く。

 

 無駄な言葉はない。

 だが、流れは噛み合っていた。

 主導権は完全にこちらにある。

 数分も経たずに、不良たちは完全に瓦解した。

 

「くっそ~!! なんなんだよこいつら……!」

 

 捨て台詞を吐きながら、砂煙の向こうへと退いていく。

 やがて、気配が完全に消えた。

 静寂と日常が戻ってくる。

 黒夜はその場で一度だけ深く息を吐いた。

 

 (まだまだ粗いな)

 

 動きも、判断も。

 

 だが――

 

 確かな手ごたえを感じていた。

 少し離れた場所で、ホシノがそんな黒夜の様子を眺めていた。

 

「……なるほどね」

 

 小さく呟く。

 

「それが、君の守り方なんだね…」

 

 その声は誰にも届かないほど小さかったが、どこか納得したような響きを帯びていた。

 

 砂煙がゆっくりと収まり、乾いた風だけが戦場の名残を撫でていく。つい先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返り、残されたのは足跡と、ところどころに散らばる空薬莢だけだった。

 黒夜はその場で一度深く息を吐く。まだ呼吸は荒い。動き続けていたせいで、全身に軽い疲労が残っている。だが、不思議と身体は軽かった。

 掴みかけた感覚を忘れない様に集中していると、背後から、ぱたぱたと足音が近づいてきた。

 

「すごかったです、今の!」

 

 真っ先に飛び込んできたのはノノミだった。目を輝かせながら、黒夜の周りをぐるりと見回す。

 

「さっきまでと全然違ってて……動きっぱなしで全部引き付けて、あのまま崩しちゃうなんて……」

 

「……見ていて、少し肝が冷えました」

 

 少し遅れてアヤネが歩み寄る。いつもの落ち着いた口調だが、わずかに言葉を選んでいるようにも見える。

 

「色々な意味で……凄いですね」

 

 その表現に、黒夜は小さく苦笑した。

 

「ありがとうございます。まだ試行段階ですが」

 

 言葉を返したところで、横から短い声が入る。

 

「……今の方が黒夜っぽい」

 

 シロコだった。

 余計な言葉はない。ただ事実を述べるように、静かにそう言う。

 黒夜は一瞬だけ視線を向け、わずかに頷いた。

 

「そう言っていただけると、助かります」

 

「でも……」

 

 ノノミが少しだけ表情を曇らせる。

 

「ちょっと無茶しすぎです。ああいう戦い方って……その、危ないですよ?」

 

 言い方は柔らかいが、その奥にははっきりとした心配があった。

 黒夜は肩を軽く竦める。

 

「まあ、覚悟の上です」

 

 さらりとした返答。

 

「それに……」

 

 そこで一度言葉を区切り、少しだけ表情を緩める。

 

「この間、ミレニアムで遊んだゲームで“回避タンク”という役割がありまして」

 

 ノノミとアヤネがきょとんとする。

 

「それを見ていて、似たようなことが出来ないかと思いまして。今回、少し試してみました」

 

「ゲームの戦法を現実でやろうとするとか……相当なバカかあんたくらいよ」

 

 呆れたように言うのはセリカだった。腕を組み、半ば信じられないものを見るような目を向けている。

 

「……でも」

 

 小さく視線を逸らしながら、ぽつりと続ける。

 

「助かったわ。ありがと」

 

 それは、いつもの彼女からすれば十分すぎるほど素直な言葉だった。

 黒夜はわずかに目を細める。

 

「いえ、こちらこそ助かりました」

 

 そのやり取りを少し離れた場所から見ていた影が、ゆっくりと近づいてくる。

 足音は軽い。だが、確かな存在感を伴っていた。

 

「……あの戦い方、黒夜君が考えたんでしょ?」

 

 ホシノが、黒夜の正面に立つ。少しだけ目を細め、その動きを確かめるように見る。

 

「……いいんじゃない?」

 

 短い言葉の中には確かな評価が含まれていた。

 

「今度はちゃんと守れてたよ」

 

 続く言葉に、黒夜の肩がほんのわずかに揺れる。

 

 そして――

 

「まあ、途中危なかったけどね〜」

 

 軽く釘を刺すように付け加える。

 黒夜は小さく息を吐いた。

 

「あはは…左側に死角がある事を失念していましたよ………すいませんでした」

 

 思い付きで試して意外に上手くいってしまい、その結果一番大事な左目の事を忘れていた事を笑って誤魔化していた。

 だがホシノに一瞬だけ鋭い目を向けられ即座に謝罪していた。

 

「まだまだ不完全ですが……自分の中で、答えは出た気がします」

 

「間に合わないなら、間に合うように動き続ける」

 

 そのまま続ける。

 

「自分が狙われている間は、味方は狙われませんから」

 

「それなら、間に合うはずです」

 

 言い切るその声には、先ほどまでにはなかった確信が宿っていた。

 ホシノはそれを聞きながら、ふっと小さく笑う。

 

「いいね〜」

 

 そのまま軽く肩を竦める。

 

「まあ、あの人ほど無茶しなきゃ大丈夫でしょ」

 

 何気ない一言。

 だが、その奥にあるものを黒夜はなんとなく感じ取る。

 

「それに黒夜君には、一杯味方も居るだろうしね〜」

 

 その言葉に、黒夜は小さく頷いた。

 その時、ポケットの中で振動が走る。

 黒夜はスマホを取り出し、画面を確認した。

 

「……すみません」

 

 少し困ったように笑う。

 

「急いで戻らないといけなくなってしまいました」

 

 通話越しに聞こえてくるのは、どこか圧のある声の連続。要約すれば――そろそろ戻ってこい、ということだった。

 

「ならここまでだね〜」

 

 ホシノがあっさりと頷く。

 

「また暇ができたら来なよ〜。おじさんたちはいつでもここに居るからさ、気軽に遊びにおいで〜」

 

「ありがとうございます」

 

 黒夜は一礼する。

 

「次にお邪魔する際には、何か手土産でも持参します」

 

「手土産とかいいからさ、定期的に顔出してよ~」

 

「シロコちゃんたちも喜ぶし、おじさんも教え甲斐のある子だから楽しいしさ~」

 

「そう言ってもらえるとありがたいですね」

 

 軽く手を振るホシノの横で、シロコたちにも順番に視線を向ける。

 

「短い間でしたが、お世話になりました」

 

「こちらこそです!また来てくださいね!」

 

 ノノミが元気よく手を振る。

 

「お待ちしております」

 

 アヤネが丁寧に頭を下げる。

 

「……次はもう少しまともにやりなさいよ」

 

 セリカはそっぽを向きながらも、声だけはしっかりと届く。

 

「……また来てね」

 

 最後にシロコが短く言った。

 

 黒夜はそれぞれに軽く頷き、踵を返す。

 砂の上を歩き、やがてその背中が小さくなっていく。

 黒夜は歩きながら、静かに考えていた。

 答えはまだ完全ではない。

 

 だが――

 

 手がかりは掴んだ。

 どうすればいいのか、その方向だけは見えた気がする。

 足取りは、少しだけ軽い。

 その背中を、真剣な表情で見つめていたホシノは小さく息を吐く。

 

「私のようにならない様に頑張ってね…黒夜君…」

 

 誰にも聞かれないほどの小さな声で、ぽつりと呟く。

 

 風が吹き抜ける。

 

 その言葉は、砂と一緒に空の向こうへと消えていった。

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