ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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同じ道は、簡単に辿れる ~1~

 黒夜がアビドスで過ごしていたその頃、本人の知らぬところで、一つの会議が開かれていた。

 

 場所はD.U.地区の一角にある高層ビル。その上層階に設けられた会議室は、外の喧騒とは切り離されたように静まり返っている。

 防音処理の施された空間には、空調の低い駆動音だけが淡く響き、中央に据えられた長机を囲む九つの席には、それぞれの学園を代表する者たちが既に揃っていた。

 

 トリニティからは 桐藤ナギサ、聖園ミカ、百合園セイア。

 ゲヘナからは 羽川マコト、空崎ヒナ、鬼方カヨコ。

 ミレニアムからは調月リオと明星ヒマリ。

 そして最後に、アリウスから秤アツコ。

 

 錚々たる面々が揃うこの場において、しかし空気は張り詰めているというよりも――どこか“嫌な予感を共有している”ような、妙な静けさに包まれていた。

 やがて、最初に口を開いたのはナギサだった。

 

「今回はお忙しい中、この話し合いにご参加いただきありがとうございます」

 

 形式に則った丁寧な挨拶。しかしその視線はすでに本題へと向いている。

 

「早速本題に入らせていただきますが――黒夜さんの所属に関する件です」

 

 そこで一度言葉を区切る。

 

「黒夜さんはこれまで、私たちトリニティ総合学園とゲヘナ学園の二校に、特例という形で所属していました」

 

 その説明に、ゲヘナ側の面々がわずかに視線を動かす。特例という言葉の裏にある“厄介さ”は、全員が理解している。

 

「しかし先日――」

 

 ナギサの声が僅かに低くなる。

 

「いつの間にか、ミレニアムサイエンススクールが追加されていることに気が付きました」

 

 そこで初めて、明確な視線が向けられる。

 

 リオとヒマリへ。

 

 それに呼応するように、他の全員の視線も集中する。責めるわけでもなく、だが逃がさないような圧を伴って。

 

「この件について、詳しくお話をお聞かせ願えますか?」

 

 静かな問いかけ。

 それに対して、リオは一切の動揺を見せずに口を開いた。

 

「その件については、私が許可を出したことよ」

 

 即答だった。

 言い訳も前置きもない。

 その潔さに、ナギサの眉がわずかに動く。

 

「なぜ、ですか?」

 

 続けて問いが重なる。

 

「そもそも、どのような手段で所属の追加をしたのですか?」

 

 そこに割り込むように、ヒマリが口を開いた。

 

「それは私がハッキングで簡単に出来ました」

 

 あまりにもあっさりとした答え。

 

 場の空気が一瞬だけ止まる。

 

「……簡単に、ですか」

 

 ナギサの声には呆れが滲む。

 

「ええ、連邦生徒会とはいえセキュリティは甘々でしたので…」

 

 ヒマリは涼しい顔で頷いた。

 

「なぜか、ですって?」

 

「理由なんていくらでも用意できるけれど――」

 

 そこで視線をぐるりと巡らせる。

 

「貴方たちが聞きたいのは、そんな建前では無いわよね?」

 

 その言葉に、誰も反論しない。

 全員が黙って、ただ見ている。

 ならば、とでも言うように、リオが静かに口を開いた。

 

「理由はすごく単純よ」

 

「黒夜のことを、手放したくなくなっただけ」

 

 それはあまりにも率直で、そしてあまりにも身勝手な理由だった。

 

 だが――

 

 否定する声は、すぐには上がらなかった。

 

 続けてヒマリが肩を竦める。

 

「私が協力したのも同じ理由ですね」

 

 軽く笑いながら言う。

 

「彼は放っておくと、私たちのことも忘れて羽ばたいていってしまいそうでしたから」

 

 その言葉には、どこか楽しげな響きすらあった。

 

「どうしても繋がりが欲しかったんです」

 

 静かな言い切り。

 

 そして――

 

 その直後、会議室に、同時にため息が落ちた。

 

 ナギサが額に手を当てる。

 

「……つまりまた黒夜さんがやらかした、ということですか……」

 

「どうやらそのようだな……」

 

 マコトも同じように椅子へと深く腰掛ける。

 

「まあ予想はしていたが」

 

 どこか諦めたような声。

 そのやり取りを聞いていたミカが、くすりと小さく笑う。

 

「やっぱり黒夜だね〜。気づいたら増えてる感じがさ」

 

 楽しそうに言うその様子に、ヒナが一瞥を向ける。

 

「……笑い事ではないわよ」

 

 カヨコは腕を組んだまま、ゆっくりと口を開く。

 

「まあでも……あいつならやりかねない、ってのは分かるよ」

 

 苦笑混じりの声。

 その言葉に、セイアが静かに頷く。

 

「人を惹きつける性質は、確かにあるだろうな…」

 

 淡々とした分析。

 

 そんな中、椅子に体を預けていたアツコが、ふいに不貞腐れたように口を開いた。

 

「いいよね……大きい学校は」

 

 ぽつりと零す。

 

「そういうことが出来て」

 

 視線はどこか遠くを見ている。

 

「私は黒夜との繋がりが欲しくても、理由も手段も用意できないのに…」

 

 その言葉に、ナギサがわずかに眉を上げる。

 

「そう言いますが、アツコさんはそもそも黒夜さんの所属に対してあまり気にしていないでしょう?」

 

 指摘は鋭い。

 一瞬の沈黙。

 

 そして――

 

「あっ、バレた?」

 

 あっけらかんとした返答。

 場の空気がわずかに緩む。

 だがアツコはそのまま続けた。

 

「そもそもさ――」

 

 指先で机を軽く叩く。

 

「私は黒夜の左目を奪っちゃったからね」

 

 その言葉に、リオとヒマリの視線が動く。

 

「私の一生かけても償わないといけない」

 

「そういう意味では一番深い繋がりだよね」

 

 微かに笑う。

 その笑みは、どこか歪んでいた。

 

「……お前もいい性格してるな」

 

 マコトが呆れたように呟く。

 アツコは肩をすくめるだけで、否定はしなかった。

 会議室の空気が、再び静まる。

 誰もがそれぞれの立場で、同じ人物のことを考えている。

 

 そしてその結論は――

 

 すでに出ていた。

 

「……仕方ありませんね」

 

 ナギサが小さく息を吐く。

 

「正式な手続きを踏んでいない点については問題ですが」

 

「現状を覆す方が混乱を招くでしょう」

 

 視線を全体に向ける。

 

「ミレニアム所属の件については、非常に業腹ですが…黙認する形とします」

 

 それは妥協だった。

 だが同時に、全員が納得してしまう答えでもあった。

 

「まあ、そうするしかないか…」

 

 マコトが軽く笑う。

 

「どうせあいつは、どこに行っても人の懐に入り込むんだからな。今のうちから慣れておく方が無難か」

 

 ヒナは何も言わない。

 ただ静かに目を閉じる。

 

 カヨコは小さく息を吐いた。

 

「ほんと、面倒で世話の掛かる後輩だよ」

 

 だがその声に、嫌悪はなかった。

 

 こうして――

 

 会議室に張り詰めていた空気は、黒夜の所属問題がなし崩し的に認められたことで、少しずつ緩んでいった。

 

 もちろん完全に和やかになったわけではない。トリニティ、ゲヘナ、ミレニアム、アリウスという本来なら一つの卓を囲むだけでも胃痛の種になりそうな面々が揃っているのだから、何気ない視線の動き一つにも警戒は残る。

 それでも、先ほどまでのように書類一枚を巡って責任の所在を探るような張り詰め方は消えていた。

 

 ナギサは疲れたように紅茶へ手を伸ばし、ミカは退屈そうに椅子の背もたれへ体を預ける。セイアは静かに目を伏せ、何かを考え込んでいるようだった。

 ゲヘナ側ではマコトが椅子に深く腰掛け、面白くなさそうに腕を組み、ヒナは相変わらず表情を崩さずに場を見ている。カヨコは少しだけ肩の力を抜いたように見えたが、完全に警戒を解いたわけではない。

 

 リオとヒマリは、ある意味ではこの場で最も堂々としていた。やったことがやったことだけに、本来ならもう少し反省の色を見せてもよさそうなものだが、二人とも“必要な処理は済みました”と言わんばかりの顔で席についている。

 アツコはそんな様子を眺めながら、時折、誰にも気づかれない程度に楽しそうに笑っていた。

 

 そんな空気の中、不意にマコトが口を開いた。

 

「そういえば、あいつらは今どこに居るんだ?」

 

 唐突な問いだった。

 ナギサが紅茶のカップを置き、わずかに眉を上げる。

 

「あいつら、と言いますと?」

 

「黒いティーパーティー」

 

 その一言で、緩みかけていた空気がまた少しだけ固まった。

 

 黒いティーパーティー。

 

 つまり――テラー化したナギサ、ミカ、セイアの三人。

 

 その名を出されただけで、場にいるほとんどの者が多少なりとも表情を変えた。

 あの存在は、今でこそ黒夜の近くで比較的大人しくしているが、本質的には“世界を滅ぼした側”に近い。警戒しない方が難しい。

 

 ナギサがゆっくりと言葉を選ぼうとする。

 

「あぁ……彼女達でしたら――」

 

 その言葉は最後まで続かなかった。

 

『ここに居ますよ』

 

『呼ばれたから来ちゃった☆』

 

『どうしたんだい? 羽沼マコト…私たちを見るなりそんな苦い顔をしなくてもいいじゃないか。傷ついてしまうぞ?』

 

 声がした。

 

 それも、会議室の扉が開いたわけでもなく、窓が開いたわけでもない。ただ当たり前のように、気づけばそこにいた。

 

 ナギサ*テラー、ミカ*テラー、セイア*テラー。

 

 三人は会議室の隅、まるで最初からそこにいたかのように自然な佇まいで立っていた。

 

 誰かが息を呑む音がした。

 

 ヒナの手がわずかに動き、カヨコの目が細くなる。リオは一瞬で状況を観察する側に回り、ヒマリは興味深そうに目を輝かせた。アツコは静かに三人を見つめている。ミカとセイアは目を伏せたまま小さく息を吐いた。

 

 マコトは露骨に顔をしかめる。

 

「ハッ! そんなやわな奴じゃないだろう?」

 

 そう返しながらも、その声に完全な余裕はない。

 

「それに、突然現れたり消えたり……そういう力があることも隠さなくなってきたな」

 

 ミカ*テラーがぱちぱちと軽く手を叩く。

 

『わーお、ゲヘナの癖に頭いいね!』

 

「おい」

 

 マコトの視線が鋭くなるが、ミカ*テラーは気にした様子もない。

 

 ナギサ*テラーが微笑む。

 

『私たちも少しずつ、貴方たちとこの世界を信用していると捉えてください』

 

 その口調は柔らかいが、言葉の中身は重い。

 

 “信用しているから見せた”。

 

 つまり、今までは隠していたということでもある。

 セイア*テラーは、まるで古い知人に語りかけるようにマコトを見つめた。

 

『流石だね。以前の世界で、私たちと互角に戦ってこれただけはある。世界が変わっても、本質は変わらないのだろうね』

 

 その言葉に、マコトの眉が動いた。

 

「……お前たちと互角?」

 

 腕を組んだまま、マコトはゆっくりと聞き返す。

 

「それはゲヘナが、という意味か?」

 

『いいや』

 

 セイア*テラーは即座に否定した。

 

『言葉通り、君がという意味さ』

 

 会議室の空気が、一段冷えた。

 マコトは数秒だけ黙った後、鼻で笑う。

 

「冗談だろ? 今のお前たちと私が互角に戦える気がしないがな」

 

 その返しは、マコトらしいものだった。強がりでもあり、同時に状況を正確に把握している言葉でもある。

 今ここにいるテラー三人の気配は、冗談で済むようなものではない。戦えばどうなるかなど、考えるまでもない。

 

 だが、セイア*テラーは薄く笑った。

 

『そりゃそうだろうね』

 

 何でもないことのように続ける。

 

『だって君も、テラー化していたしね』

 

「は?」

 

 その短い声は、マコトのものだった。

 同時に、会議室中の視線がセイア*テラーへ集まる。

 

『セイアちゃん、言っちゃっていいの?』

 

 ミカ*テラーが首を傾げる。

 

『情報の開示も信頼の証明という奴だよ』

 

 セイア*テラーは涼しい顔で答えた。

 

『ふーん、じゃあまぁいっか☆』

 

 ミカ*テラーはそう言うと、今度はヒナへ視線を向けた。

 その笑顔は明るい。あまりにも明るく、だからこそ言葉の中身が際立った。

 

『私とずっと殺し合っていたのは、君のテラーだったよ。ヒナちゃん?』

 

「……嘘でしょ?」

 

 ヒナの声は低かった。

 信じていない、というより、信じたくない声だった。

 

 ミカ*テラーは笑ったまま、否定しない。

 

『嘘じゃないよ。強かったなぁ、あっちのヒナちゃん。何度潰しても向かってくるし、こっちが楽しくなっちゃうくらいにはしつこかったよ』

 

 その言い方にミカが眉をひそめる。

 

「楽しく、って……」

 

『だってそうだったんだもん。世界が壊れていく中で、私を殺そうとしてくれる相手がいたんだよ? 退屈しなかったよ』

 

 ミカ*テラーの声は軽い。

 だが、そこに含まれる過去は重すぎた。

 

 ナギサ*テラーは、どこか理解したような顔でマコトを見つめる。

 

『そういう流れですか……』

 

『私と戦っていたのは、テラー化したマコト議長でしたね』

 

 マコトは言葉を失った。

 

 普段であればすぐに大げさな言葉で返すところだが、その口はすぐには開かない。自分の別世界の姿。しかも、目の前の怪物じみた存在と互角に争っていたという情報。

 それはあまりにも突拍子がなく、しかし彼女たちが嘘をついているようには見えなかった。

 

「私も……お前たちのようになったのか……」

 

 ようやく漏れた声は、いつもの尊大さを少しだけ失っていた。

 

 最後に、セイア*テラーがカヨコへ向き直る。

 カヨコはそれまで黙っていたが、その視線を受けた瞬間、わずかに体が震えた。

 

『私の先読みに付いてきたのは、君だけだった』

 

 セイア*テラーは静かに告げる。

 

『鬼方カヨコ』

 

 カヨコは短く息を吐く。

 

「……私もその……テラー化をしたの?」

 

『そうだね』

 

 あまりにも簡潔な肯定だった。

 

「そう……なんだ……」

 

 カヨコはそれ以上何も言わなかった。

 だが、その指先がわずかに動いたのを、ヒナだけが見ていた。

 

 世界が違う。

 

 それは分かっている。

 目の前の彼女たちは、この世界の彼女たちではない。別の可能性。別の結末。そう割り切ることはできる。

 

 だが、それでも。

 

 自分も、あのようになる可能性があった。

 目の前のテラーたちと同じ場所に立ち、同じように壊れ、同じように誰かと争い、その果てに世界を終わらせたかもしれない。

 その事実は、理屈では切り離せない重さを持っていた。

 

 しばらく、誰も言葉を発しなかった。

 

 トリニティの三人も、ミレニアムの二人も、アツコも、それぞれに何かを考えている。

 とくにナギサは、ナギサ*テラーを見つめながら、自分と同じ顔をした存在が語る“別世界の真実”をどう受け止めるべきか測りかねているようだった。

 

 そんな沈黙を破ったのは、意外にもマコトだった。

 

「……テラー化してしまった私たちは、一体どういう感じだったんだ?」

 

 その問いに、全員の視線が向く。

 マコトは腕を組み直し、わざとらしく椅子に背を預ける。

 

「別に深刻な意味じゃない。少し気になってな、雑談の延長だ」

 

 口調はいつも通りに戻そうとしている。

 だが、それが完全に成功しているとは言い難かった。

 

 セイア*テラーは面白そうに微笑む。

 

『おや? 興味があるのかい?』

 

「少しと言っただろう」

 

『そういう事なら、語ってあげようか』

 

 ナギサ*テラーも穏やかに頷く。

 

『私たちの居た世界で、貴方たちがどう生きたのか』

 

 ミカ*テラーは楽しげに笑う。

 

『ふふ、面白い話になるかもね☆』

 

 その軽さに反して、会議室の空気は再び重く沈み始めていた。

 

 マコト、ヒナ、カヨコ。

 

 三人は、それぞれ違う表情でテラーたちを見つめている。

 

 自分ではない自分。

 

 あり得たかもしれない未来。

 そして――世界を終わらせた、もう一つの戦い。

 テラーたちは、静かに語り始める。

 前の世界で、ゲヘナの三人が何になり、何を選び、そして何故戦ったのかを。

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