ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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この話で語られるテラーのモチーフ元は少しクロスオーバー要素を含みます。



同じ道は、簡単に辿れる ~2~

 沈黙は、少しだけ長く続いた。

 それは誰かが言葉を失ったからというより、全員が同じ場所へ視線を向けながら、それぞれ別のものを見ていたからだった。

 目の前にいるテラー達が語ったのは、あくまで“別の世界”の話だ。今ここにいる自分達が、同じ結末を辿ったわけではない。

 そう理屈では分かっている。だが、彼女達の口から語られたものは、単なる可能性や空想として切り捨てるには、あまりにも生々しかった。

 

 自分が、自分ではない何かに成り果てる。

 そしてその果てで、世界を滅ぼす側に立っていた。

 それは、聞かされた側にとっても、聞いていた側にとっても、簡単に飲み込める話ではなかった。

 

 そんな中で、ミカ*テラーが明るい笑顔のまま首を傾げた。

 

『誰の話から聞きたい?』

 

 その声はいつも通り軽かった。まるで昼食のメニューでも選ばせるような声音だったが、これから語られるものの重さを理解していないわけではない。

 むしろ理解しているからこそ、あえて軽く振る舞っているようにも見えた。

 マコトは椅子の背に預けていた身体を起こし、ゆっくりと息を吐いた。

 

「私が言い出したことだ。私から聞かせてくれ」

 

 その言葉に、真っ先に反応したのはナギサ*テラーだった。彼女は一歩前に出ると、静かにマコトへ視線を向ける。

 

『なら、私が話した方がいいでしょう』

 

 その口調は穏やかだったが、どこか遠いものを見ているような響きがあった。

 

 マコトは腕を組み直し、敢えて不敵な笑みを作る。

 

「いいだろう。聞かせてみろ。私のテラーとやらが、どれほどのものだったのかをな」

 

 強がりだった。

 

 少なくとも、この場にいる何人かにはそう見えた。ヒナは静かにマコトを見る。カヨコもまた、横目で彼女の表情を確認していた。

 普段なら騒がしく、尊大で、場をかき乱す側の彼女が、今は無理やりいつもの自分を保とうとしている。そのことが分かる程度には、ゲヘナの二人はマコトを見てきている。

 

 ナギサ*テラーは、その強がりを指摘したりはしなかった。

 

『マコト議長のテラーは……何と言えばいいでしょうか』

 

 ゆっくりと、言葉を探すように視線を伏せる。

 

『常に、何かに飢えていましたね』

 

 その一言で、会議室の空気が少しだけ重くなる。

 マコトの眉が、僅かに動いた。

 

『よく叫んでいましたよ。“黒夜が居なくなった穴を満たすには、キヴォトス全部を貪り尽くしてもまだ足りない!!”と』

 

 その言葉が落ちた瞬間、誰もが何も言えなくなった。

 マコト本人ですら、返す言葉をすぐには見つけられなかった。

 ナギサ*テラーは続ける。

 

『貴方は、まっすぐでした』

 

 それは褒め言葉のようでいて、恐ろしい評価でもあった。

 

『欲しいものに向かって、まっすぐ突っ込んでくる。地位、名声、富、権力、支配、考え得る限りのすべてを貪欲に求めていました。まるで、手に入れられるものを全部手に入れれば、いつか満たされると信じているかのように』

 

 マコトは黙って聞いている。

 普段なら「当然だ、私は偉大だからな!」とでも返していただろう。だが今は、そういう言葉が喉を通らなかった。

 

『それはそれは楽しそうでしたよ』

 

 ナギサ*テラーは小さく笑う。

 だが、その笑みは冷たくも温かくもない。ただ過去を思い出しているだけの表情だった。

 

『世界が壊れていく中でも、貴方は笑っていました。何かを壊し、奪い、積み上げて、その頂点に立つたびに笑っていた。けれど――』

 

 そこで声が少しだけ落ちる。

 

『それでも、黒夜さんを失った穴を埋めることは、終ぞ叶いませんでしたが…』

 

 その言葉は、静かにマコトへ届いた。

 マコトは目を細める。口元にはまだ笑みを残していたが、その笑みはもう先ほどのような余裕を持っていない。

 

「……随分と、みっともない話だな」

 

『そうですね』

 

 ナギサ*テラーは否定しない。

 

『ですが、理解できない話ではありませんでした』

 

 その一言に、ナギサがわずかに顔を上げる。

 自分と同じ顔をした存在が、マコトのテラーを語る。その様子には、敵を語るような棘がない。

 むしろ、かつては本当に殺し合っていたはずなのに、どこか哀れみのようなものさえ滲んでいた。

 

『黒夜さんを失った穴を、何かで埋めようとしたのでしょう。何かを得るたびに、少しは楽になると思った。けれど、何を手に入れても、その穴は塞がらない』

 

 ナギサ*テラーは、マコトを見つめる。

 

『だから次を求める。もっと大きなものを。もっと強いものを。もっと価値のあるものを。そうして貪り続けて――最後には、世界そのものを求めた』

 

「……」

 

 マコトは何も答えなかった。

 だが、その沈黙の中で、彼女は理解していた。

 別世界とはいえ、自分がそうなった理由を。

 

 月城黒夜。

 

 自分に真正面から敬意を向けてきた、奇妙な男。打算や嘲笑ではなく、疑いなく、真っ直ぐに自分を見ていた存在。

 気安く言葉を交わし、それでいて自分を軽んじることはない。そんな関係は、マコトにとって決して多くはない。

 もし、それが突然失われたら。

 もし、その喪失を受け入れられなかったら。

 自分は何を求めるのか。

 

(黒夜が死んでしまい、あの真っ直ぐで純粋な尊敬と、気安い関係を取り戻したくて……向こうの私は壊れたのだろうな)

 

 そう思った瞬間、胸の奥がわずかに冷える。

 マコトは目を伏せない。だが、笑うこともできなかった。

 ヒナは黙っていた。

 カヨコもまた、何も言わない。

 

 ゲヘナの三人の間に流れる沈黙は、普段とはまるで違う種類のものだった。

 そんな空気を破るように、セイア*テラーが一歩前に出る。

 

『次は私が話そうか』

 

『ちょっとセイアちゃん、勝手に決めないでよ。次は私がヒナちゃんの話をする流れじゃない?』

 

 背後でミカ*テラーが不満そうに頬を膨らませる。

 だが、セイア*テラーはそれを完全に無視した。

 

『私とよく戦っていたのは、先ほども言ったが君だ』

 

 そう言って、彼女はカヨコへ視線を向ける。

 

 カヨコはゆっくりと息を吐いた。

 先ほど、自分もテラー化していたと聞かされた時から、胸の奥に重いものが沈んでいる。だが、逃げるつもりはなかった。

 

「私がどうなったのか想像できないけど……覚悟は出来た」

 

 カヨコはまっすぐセイア*テラーを見る。

 

「聞かせて」

 

 その声は静かだった。

 セイア*テラーは満足そうに目を細める。

 

『鬼方カヨコ、君のテラーは随分わかりやすかったな』

 

「……わかりやすい?」

 

『ああ』

 

 セイア*テラーは淡々と続ける。

 

『この世のすべてに絶望していたよ』

 

 その言葉に、カヨコの肩がわずかに動いた。

 

『黒夜を守れず、気が付いた時にはすべてが手遅れだった。それでも君は、自分の心を殺して生きようとした。便利屋だったかな? その仲間達を守るためにね』

 

 便利屋。

 

 その言葉を聞いた瞬間、カヨコの表情がわずかに変わる。

 

 アル、ムツキ、ハルカ。

 

 彼女の中に、仲間達の顔が浮かぶ。

 

『君は本当に必死だったよ。壊れた心を無理やり縫い合わせて、残ったものだけでも守ろうとしていた。だが――』

 

 セイア*テラーの声は、ひどく静かだった。

 

『その仲間達すら守れず、自分だけが生き残ってしまった』

 

 会議室の空気がさらに沈む。

 誰も茶化せない。

 誰も割って入れない。

 

『あの時に一緒に死んでいれば、君は苦しまずに済んだというのに……皮肉なものだね』

 

「……」

 

 カヨコは何も言えなかった。

 

『涙を流しながら、よく私に食らいついてきたよ』

 

 セイア*テラーは、まるで遠い記憶を指でなぞるように言葉を続ける。

 

『黒夜を奪ったトリニティ。その中でも、君の仲間達を意図せずとはいえ奪ってしまった私を、君はずっと狙い続けていた』

 

 その言葉に、セイアが目を伏せた。

 今の彼女ではない。けれど、自分のテラーがしたこととして語られるその内容は、聞いていて平然としていられるものではない。

 カヨコの視線は、セイア*テラーから離れない。

 

『私の行く先々で先回りをして、幾度も幾度も私の前に立ち塞がった。罠を張り、情報を読み、私の先読みに食らいついてきた。あの頃の私は理解できなかったよ。なぜそこまでするのか。なぜそこまで諦めないのか』

 

 セイア*テラーは、ほんの少しだけ笑う。

 

『だが今なら分かる』

 

 声が低くなる。

 

『君の絶望の深さを考えれば、あのしつこさも当然と言えるだろうね』

 

 カヨコは、ゆっくりと目を閉じた。

 想像したくない。

 それでも想像できてしまう。

 

 黒夜を守れなかった。

 その時点で、心は大きく壊れるだろう。

 だがそれだけでは終わらない。

 

 便利屋68の仲間達まで失う。

 しかも、自分だけが生き残ってしまう。

 そうなった時、自分は何を選ぶのか。

 答えは、考えるまでもなかった。

 

(黒夜だけでも十分なのに、便利屋のみんなも守れなかったなんて……)

 

 カヨコは唇をわずかに噛む。

 

(もし今の私が同じ状況になったら、必ず同じ道を辿ることになる)

 

 否定できない。

 自分なら違う、とは言えない。

 むしろ、その道筋があまりにも自然に見えてしまう。

 

(その果てで……一人で絶望することになるのだろう)

 

 胸の奥に、冷たいものが落ちる。

 けれど、それを悟られないようにカヨコは目を開ける。

 

「……そっか」

 

 短く、それだけ答えた。

 セイア*テラーは、それ以上は何も言わなかった。

 ただ静かにカヨコを見つめていた。

 

 会議室には、再び重い沈黙が満ちていた。

 マコトは自分のテラーの話を聞き終えた後のまま、何かを考え込んでいる。

 カヨコは表情こそ崩していないが、その内側で何かが沈んでいるのは明らかだった。

 そして――まだ、ヒナの話が残っている。

 

 ミカ*テラーは待ちきれないというように、明るい笑みを浮かべながらヒナを見つめていた。

 

『じゃあ次は、私の番だね☆』

 

 重い沈黙の中で、ミカ*テラーだけが場違いなほど明るい笑顔を浮かべていた。

 

 マコトのテラー。カヨコのテラー。すでに語られた二人の話だけで、会議室の空気は十分すぎるほど冷えていた。

 別世界の話だと分かっていても、それが“あり得たかもしれない自分”だと知らされれば、簡単に割り切れるはずがない。

 

 マコトは腕を組んだまま黙り込み、カヨコは表情こそ崩していないものの、先ほどから指先で机を叩いては止めていた。

 ナギサも、セイアも、ミカも、その場にいる誰もが次に語られるであろう話の重さを理解していた。

 

 その中心に座っていたヒナは、静かにミカ*テラーを見つめていた。

 

 動揺は見えない。

 

 だが、それは動揺していないという意味ではない。ただ、表に出さないことに慣れすぎているだけだ。

 

 そんなヒナに向かって、ミカ*テラーは楽しそうに口を開いた。

 

『ヒナちゃんのテラーはね~』

 

 あまりにも軽く、だからこそ場の誰もが次の言葉を待ってしまう。

 ミカ*テラーはにこりと笑って、何でもないことのように告げた。

 

『まさにメンヘラって感じ?』

 

「え?」

 

 さすがのヒナも、その一言には反応が遅れた。

 会議室の空気が、別の意味で一瞬だけ止まる。

 マコトは目を見開き、カヨコはわずかに眉を寄せ、トリニティ側の三人も思わず言葉を失った。

 リオとヒマリは同時に視線を向け、アツコだけが少しだけ面白そうに瞬きをする。

 

 ヒナはゆっくりと口を開いた。

 

「……私のテラーは、メンヘラ……?」

 

 声は低かった。

 怒っているというより、理解が追いついていない声音だった。

 

『うん。だってずっとさ、“黒夜に頼られない私の存在価値は一体何!?”とか、“風紀を守る私が正義。黒夜は風紀を守るために働いていた私を頼りにしてくれた。それを奪った奴は悪党。私の敵よ。それが貴女よ!!”とか叫んでくるんだよ?』

 

 ミカ*テラーは身振りを交えながら、妙に楽しそうに続ける。

 

『あと“私は黒夜に頼られた……守られているだけの貴女とは違う……違うのよ!!”とかね。もう本当にヒステリックに向かってくるの。あれはなかなか凄かったな~』

 

 明るい声で語られる内容は、あまりにも痛々しかった。

 ヒナは黙って聞いていた。自分がそうなるのか、という衝撃よりも、その叫びの一つ一つが、どこか理解できてしまうことが厄介だった。

 

 黒夜に頼られること。

 

 それは確かに、ヒナにとって特別だった。

 

 誰もが自分を“風紀委員長”として見る中で、黒夜はその肩書きを知った上で、それでも真正面から頼み込み弟子となり。自分の力を必要とし、その判断を信じ、自分に背を預けた。

 そんな信頼を向けられることが、どれほど救いになっていたのか。

 考えないようにしていた部分を、目の前で語られる内容が乱暴に引きずり出してくる。

 

 ミカ*テラーは、ふっと笑みを緩めた。

 

『ごめんごめん。説明しやすかったからメンヘラって言ったけど、あの感情の根底にあったのは、もの凄く深い憎しみだったと思うな』

 

 その一言で、軽かった空気がまた重くなる。

 

『ヒナちゃんは、黒夜に頼られるのが凄く嬉しかったんだろうね』

 

 ミカ*テラーの声が、少しだけ柔らかくなった。

 

『それをいきなり奪われたら、誰だって八つ当たりしたくなるよね』

 

 ヒナは何も言わない。

 言い返す言葉は、見つからなかった。

 

『風紀委員長という肩書もそうだし、黒夜を奪ったトリニティへの復讐心もあったんだろうね』

 

 ミカ*テラーの視線が、一瞬だけトリニティの三人へ流れる。

 ナギサは静かに目を伏せた。自分ではない。だが、別世界のトリニティが黒夜の死に関わっていたという事実は、何度聞いても胸に重く残る。

 

『そんな状態のヒナちゃんの目の前で、私が暴れ回っていたら――』

 

 ミカ*テラーは笑う。

 それは懐かしむような、狂気じみたような、不思議な笑みだった。

 

『そりゃ殺しに来るよね~☆』

 

 明るい声音。

 だが、その奥にあるのは、殺し合いを経験した者だけが持つ妙な親しみだった。

 

『あぁ、今思い出しても楽しかったな~』

 

 その言葉に、場の温度がまた下がる。

 

『お互いに足を止めて近距離で銃を撃ち続けて、弾が無くなったら殴り合って、本気でお互いを憎み合い、命を奪い合っていた瞬間は、何ものにも代えがたいよね☆』

 

 ミカがわずかに顔を強張らせた。

 今のミカには、その言葉を笑って受け流すことはできなかった。自分と同じ顔をした存在が、心の底から殺し合いを“楽しかった”と語っている。その事実が、どうしようもなく不気味だった。

 

 ヒナはしばらく沈黙していたが、やがて静かに口を開いた。

 

「向こうの私は随分……我を出すようになったのね」

 

 それは、責める言葉ではなかった。

 むしろ、自分自身を客観的に見たような声だった。

 

 ミカ*テラーは首を傾げる。

 

『う~ん、言われてみれば確かにそうだったのかもね』

 

 少し考えるような仕草をしてから、にこっと笑う。

 

『こっちのヒナちゃんも、あまり溜め込んだらダメだよ☆』

 

「そうね」

 

 ヒナは淡々と答える。

 

「貴方の話を聞いたから、適度に発散するようにするわ」

 

 その言葉に、マコトが横目でヒナを見る。

 

「……お前の発散は、余波でゲヘナが半壊しそうだがな」

 

「そんな事しないわよ」

 

 即答するヒナに、カヨコが小さく息を吐いた。

 

「まあ、でも……溜め込まない方がいいっていうのは、間違ってないかもね」

 

 カヨコの声は静かだった。

 それはヒナだけに向けられた言葉ではない。自分自身にも、マコトにも向けられているようだった。

 ゲヘナの三人は、それぞれのテラーの話を聞き終えた。

 

 決して埋められない穴を埋める為に世界を貪欲に貪り続けたマコト。

 

 絶望の中で執念だけを残したカヨコ。

 

 頼られた記憶に縋り、奪った者を憎しみ続けたヒナ。

 

 それは、それぞれの弱さや執着が極限まで煮詰まった姿だった。だが、不思議なことに、話を聞き終えた三人は、完全に拒絶することができなかった。

 そんなものになるわけがない、と言い切れるほど遠くはない。

 けれど、今の自分達そのものでもない。

 会議室の中に、奇妙な納得と重さが同時に満ちていく。

 

 その時、マコトがふと顔を上げた。

 

「ちょっと待て」

 

 声に、先ほどとは違う鋭さがあった。

 

「その後の私たちのテラーはどうなったんだ?」

 

 その問いに、全員の視線が集まる。

 マコトは眉を寄せたまま続ける。

 

「お前達みたいに、後からこっちに来てしまうなんて事態になったら笑えないぞ」

 

 確かに、それは重大な問題だった。

 

 ナギサ*テラー達は今この世界にいる。ならば、別世界でテラー化したゲヘナの三人も、何らかの形でこちらへ現れる可能性があるのか。

 もしそうなれば、黒夜を取り巻く状況は今よりさらに複雑になる。いや、複雑どころでは済まない。

 

 リオの目が鋭くなる。

 

 ヒマリもまた、興味深そうな表情を消し、真面目な観察者の顔になっていた。

 

 だが、ミカ*テラーは明るく笑った。

 

『あぁ! それなら大丈夫』

 

 あっけらかんと言う。

 

『ちゃんと私たちで“協力して”三人とも葬ったから、そんな事態にはならないよ。安心して☆』

 

 あまりにも軽い。

 だが、その言葉の中身は重すぎた。

 

 “協力して”。

 

 その言い方に、誰もすぐには反応できなかった。

 マコトは口を開きかけたが、すぐに閉じる。ヒナは目を伏せ、カヨコは静かに息を吸った。

 

 ナギサ*テラーが穏やかな声で続ける。

 

『それに、丁重に埋葬しましたしね』

 

『黒夜さんのお墓の、すぐ近くに』

 

 その言葉に、会議室の空気が完全に止まった。

 

 黒夜の墓。

 

 別世界で彼が死んだという事実は、すでに何度も語られている。だが、その墓のそばに、ゲヘナの三人のテラーが葬られているという光景は、聞かされた者達に想像以上の重さを与えた。

 

 セイア*テラーは静かに目を伏せる。

 

『あの時は、どうにも妙な気分だったね』

 

 その声には、わずかに迷いが混じっていた。

 

『確かに敵だった。殺し合った仲でもあった。幾度も邪魔をされ、幾度も命を狙われた。私たちにとって、彼女たちは間違いなく敵だった』

 

 そこで少しだけ言葉を止める。

 

『だが……黒夜を想っていた気持ちは同じだったからかな』

 

 誰も何も言わない。

 

 セイア*テラーは続ける。

 

『せめて最期くらいは、黒夜の近くで眠らせてあげたくなったのだよ』

 

 その一言が、静かに落ちる。

 マコトは目を伏せた。

 

「はぁ……そうか」

 

 短い声だった。

 いつものような大仰な言い回しも、偉そうな態度もない。ただ、事実を受け止めるだけの声。

 ヒナもカヨコも、同じように黙っていた。

 

 別世界の自分達。

 その最期を聞かされて、何を思えばいいのか分からない。

 苦しみながら生き続けるより、果てた先で黒夜の近くに眠れた方が、彼女達にとっては幸せだったのか。

 

 そんな考えが、ふと頭をよぎる。

 だが、それを決めることはできない。

 それは今ここにいる自分達の話ではない。

 彼女達だけが知っていることだ。

 

 マコトはゆっくりと椅子の背にもたれた。

 

「……何とも言えんな」

 

 ぽつりと呟く。

 

 その言葉は、珍しく素直だった。

 

 ヒナは静かに目を開く。

 

「そうね」

 

 短く答える。

 

 カヨコはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……少なくとも…今の私達は、同じ道を辿らないようにしないとね」

 

 その声には、強い決意というほどの熱はなかった。

 ただ、静かに受け止めた者の重さがあった。

 

 テラー達はその言葉を聞いて、それぞれ違う表情を浮かべた。

 ナギサテラーは穏やかに微笑み、ミカテラーは面白そうに目を細め、セイア*テラーはどこか満足そうに頷いた。

 

『そうしてくれると助かります』

 

 ナギサ*テラーが言う。

 

『私たちとしても、また同じような世界の終わりを見たいわけではありませんから』

 

『まぁ、黒夜がいる世界なら滅ぼさないって約束したしね☆』

 

 ミカ*テラーが軽く笑う。

 

『だからこそ、君たちにも気を付けてほしいのさ』

 

 セイア*テラーが静かに続けた。

 

『私たちは、特別な怪物だったわけではない。君たちもまた、同じ場所へ行き得る』

 

 その言葉に、会議室の空気が再び引き締まる。

 

『道は違えど、喪失は人を変える。黒夜を失った私たちはこうなった。そして、君たちの別の可能性もまた、同じように壊れた』

 

 セイア*テラーの視線が、マコト、ヒナ、カヨコを順に捉える。

 

『だから覚えておくといい』

 

『同じ道は、案外簡単に辿れるという事を…』

 

 誰もすぐには答えなかった。

 けれど、その言葉は確かに全員へ届いていた。

 会議室の外では、いつもと変わらない時間が流れている。

 だがこの部屋の中だけは、別世界の終わりと、そこに眠る者達の影が、しばらく消えることなく残り続けていた。

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