オルクセン自動車史〜世界は如何にして白エルフの作った自動車に憧れたのか〜   作:味家

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エンジンと圧縮比

ペルシェは自身の事務所に帰ったのは夜遅くの事であった。

事務所には灯りが点いている、助手席に乗っている人参がたんまり入った籠を抱えて事務所に入る。

 

「お帰りなさい、ジルベルトさん。」

事務所にはカレン・ラーべが一人で図面に向かっていた。

彼女が向き合っていたのはパワートレイン、特にエンジンの設計図であった、ペルシェはラーべにパワートレイン部門の設計を任せている。

「ただいま、カレン… 大変そうだね」ペルシェは近くの机に人参の入った籠をドサっと置いた。

 

ペルシェが乗っていた試験車はトラクターの披露前に作った試作の一号車であった。

堅牢な作りに愛嬌のある流線型で丸みを帯びたデザイン、そしてトーションバーサスペンションとペリメーターボディという先進的な構造をした試験車である。

ペルシェ達はこの時試験車を3台作っており、一つは水冷4気筒エンジン、二つ目は星型5気筒エンジン、最後に水平対向4気筒空冷エンジンである。

この三つの中で選ばれたのは水平対向エンジンの試験車であった。幾らオルクセンであっても当時は冷却水の性能が低く、冬が厳しいオルクセンでは凍結してしまう可能性があった事、飛行機に使われていた星型エンジンは整備性に難がありそれをクリアした空冷水平対向エンジンが選ばれるのは無理もない事であった。しきしかし、ボディは予定よりも大きく鈍重。しかもオークが4人乗るとなると…

「お…おい!これ、止まらねぇか!?」

「ノーパワー!!ノーパワー!!」

「GP2engine、GP2!Ahh!!」

……とまあ、上り坂では止まりかけてしまい、目標の100km/hには届かなかったのだ…。

自動車に限らず、エンジンやその他内燃機関という物はトルクと馬力に分けられる。

トルクはその一回の仕事でどれだけ力が出せるか、馬力はその仕事をどれだけ早く出来るかである。

やはりオークの重さというのを舐めていた、自動車に必要な要素は走る、曲がる、止まる。ボディは堅牢、シャーシは頑丈、ブレーキもよく効く、しかしエンジンがダメ。

1.2リッター25馬力ではオークにとって力不足だったという事だ。

「飛行機のエンジン位精密だってこの時点でも言われてますけどね……お、甘くて美味しい。」ラーべは籠に入っていた人参を何気無しに取って齧る。

「うむ、確かに精密っちゃあ精密だけど…抜いている所は抜いているよね。」ペルシェも人参を手に取った。

「勿論、部品点数も少なめにして誰でも整備が簡単に出来る様に…熱対策の為のクリアランスもしっかり取って頑丈で長く使えるエンジンに…ですよね。」

「その通り。」

ペルシェはこの国の全種族が整備出来る様に、そして長く使え頑丈なエンジンに出来る様にと回転数を抑えた空冷エンジンを国民車の心臓部に入れると決めていた。

「排気量を上げて、圧縮比もあげるか…この設計だったらどれくらいだったっけ。」

「5.8対1ですね…」

ガソリンを使うエンジンに必要な3つの要素というのが『良い混合気』『良い圧縮』『良い点火』である。

混合気を正しい割合で燃焼室とシリンダーへ送り、ピストンで抜けずに混合気を圧縮させ、正しいタイミングで良い火花をスパークプラグから出す。

その中で圧縮比というのはシリンダーと燃焼室に入った混合気をどこまで圧縮出来るかの比である。

スパークプラグから火花を出す直前で混合気を圧縮し切った体積を1としてどれだけ強く圧縮したかを表す数値である。

ペルシェが指揮をしてラーべが造ったエンジンは圧縮比が5.8:1。なお、当時の航空エンジンの圧縮比は4:1〜7:1程度、エンジン停止が死に直結し、低い圧縮比を過給機でカバーする航空機とは使用目的と運用思想が違うがかなり圧縮比が高いとわかるだろう。

「一応、排気量拡大出来る様に余裕は持たせてるんだろ?そうさね…1.5はやりすぎだと思うし1.3リッターの排気量でどこまで行けるか試してみてよ。高い圧縮比だとノッキング(異常燃焼)が心配だけど、そこは一旦気にしなくていいや。」ペルシェは手に持った人参をペンの様に回しながら指示を出した。

 

 

翌日、指示を聞いたラーべは技術と現場担当のデロイトにその事を言うと、

「おお!それからまた上げろと!確かにそれだと少ない排気量でパワーが出ますが…いいや、我らはドワーフ技術の種族!先ずはやらなければ!」

と同じ技術者のドワーフとバフバフと雄叫びを挙げていた。

結果、なんと案外あっさり実用ベースで圧縮比7.5:1という当時では高圧縮のエンジンを誕生させる事が出来た。

排気量も1.3リッターに拡大されて出力は50馬力を発揮、トルクも9.0kgmと大きくアップした。

出力が大きく上がった事でオークが4人乗っても問題なくアウトバーンを100km/hで走れるエンジンに仕上がった。

ペルシェとラーべの2人はヴィッセル社が持っている技術とドワーフのプライドを少し見くびっていたと言っていた。やはり技術のドワーフ、要求された物は必ず果たすという物なのだろう。

後、懸念されていた圧縮比が高くなる事でシリンダー内で勝手に混合気が火花を介さずに発火してしまうノッキング、所謂異常燃焼だがこれに関してはオルクセンは航空機用のガソリンをそのまま自動車用に卸していた為、とくに異常燃焼に関しては問題なかったのである。

しかもオルクセンは航空機燃料を作る際にこの異常燃焼対策を研究しており、ノッキングを起こしにくい物質『イソオクタン』の割合を示す『オクタン価』というのを定義したのもオルクセンであった。

しかし、オルクセンの石油事情は南センチュリースターからの輸入に頼っていた。

とある『怪商』白エルフの支援を受けた調査隊がベレリアント半島沖で荒海油田を発見し、自国生産が出来る様になるのは二次大戦中の事であった。

 

 

「人参、食べないんですか?」

ペルシェが一通りエンジンの改良の指示を言った後、ラーべがまだペルシェが人参に手を付けてない事に気づいた。

「んあ、ああ……」

言われたままペルシェは人参の先端を齧り、ゆっくりと咀嚼する。

「………うん、やっぱりマヨネーズが欲しい。」

苦い顔をするペルシェ。生の人参は苦手らしい。

「マヨネーズ取ってきますね、後コーヒーでも入れてきましょう。」

「いや、あたしが取ってくるよ。それに、カレン。」

立ちあがろうとするラーべをペルシェが止める。

「今、ここにはあたし達2人しか居ない。帰る時も誰かに尾行されても無かったし…前にも言っただろ、あたし達はほぼ同期だ、あたしの助手で部下を演じる必要はないって。」

「………」

コーヒーを用意するペルシェの言葉にラーべはふうっと息を吐き、椅子に座った。

「そうだった…ごめん、ジル。ちょっと仕事で張り詰めてた様だ。」

「ふふっ…別にヴィッセル社の人や軍の人にもその面で当たれば良いのにね。」

「ジルが恐れ無さすぎるんだ。それに、『自由なエルフに振り回される助手』っていうポジションも、案外悪くないよ。」

「おうもっとフリーダムにやってやろうか」

「それはちょっとなぁ…」苦笑しながらラーべはペルシェからコーヒーの入ったカップを取る。

親しい間柄ながらも緊張が入った空気から一変し、ゆったりとした雰囲気が流れた。

 

「そういえばさ、カレンがオルクセンで会いたい奴って誰なの?」

ペルシェの問いにラーべが反応する。

「うん…まあ同じ白エルフなんだけど、まあ仕事やらなんやらで忙しいしそれにまだ生きてるって事はわかってるけどね。」

「そうか…会えると良いなぁ、ホントに。」

「それ本当に思ってる?」

「思ってるよ…あの時、あたしとカレンが初めて会った時の事を思えばね」

「……ジルって私が過去何やってたかなんて本当聞かないよね。」

「軍属でしょ、旧エルフィンドの」

「そこから詳しい事については」

「聞く必要無い…聞いた所で、あたしにカレンの心を晴らせるなんて思わないよ。」

「ふぅん……」

束の間の静寂にコーヒーを飲む音が響く。

「あたしとカレンが会って…50年位か、あの戦争が終わった直後だからなぁ。」

「それくらいか…長い様で、短い。」

「それくらい、世の中が目まぐるしいって事だね。」

ペルシェは飲み切ったコーヒーカップを机に置く。

「でもさカレン…まさか50年もあたしの側に居てくれるとは思わなかったよ、あの時は『あたしの事は止まり木で良い』なんて言ったのが少し恥ずかしいくらいだ。」

「確かに、そんな事いってたなぁ。」ラーべはニヤッと笑う。

「でも私は、そんな止まり木に巣を作ってしまった奴なんですけどね。」

「ふふっ、それはそうだね。…でも本当にありがたいよ。ここまで来れたのも、カレンと一緒に入れたからなんだろうね、合う直前までは1人でも行けるなんて思ってたけど…あたしも少し、寂しがりやだった様だ。」

 

 

国民車の大体の設計が決まり、今度は生産設備の整備に取り掛かる事となった。

そこで北センチュリースターのフィード・モータース社へ生産ラインの視察へと赴く事にした。

本当は現場担当であるデロイトと調整役であるスタンレイが向かう筈であったが…

「まさかお二人も来るとは…」スタンレイは新大陸へ向かう客船のデッキで海を見ながら呟いた。

今回の視察、なんとペルシェとラーべも行く事となった。

本来は二人とも休暇の予定だったが「休んでても呼ばれるし」という理由でそれなら外国に行こうとなったのだ。

「スタンレイ殿、お二人は何方へ」海を見てボーッとしているスタンレイにデロイトが話しかけた。

「どうでしょうか…恐らく、ペルシェさんは客室で本を読んでるか機関室で機関士さんと話しててラーべさんもついて行ってると思いますよ。」

「ふむそうか…私も後で行くか……そういえば、」

デロイトがスタンレイに問いかける。

「あのお二人は、本当に何者なんでしょうな…一次大戦の時にアスカニアにから来たのは聞いていますが」

「ええ、確かにそうです。確か戦争前にはエルフィンド向けのキャメロット滞在証明書があってうちが勝った後ににオルクセンの大使館でうちのパスポートを取ったって話は聞いています、しかもその証明書は『戦争前』の奴」 

「エルフィンドが何もしないからキャメロットが作ったやつか…そこに書いてた名前は?」

「名前…そこが何か?」

「いや、エルフの名前って…言っちゃ悪いが、ややこしいやつばっかりだろ?あの二人は、どちらかと言うとうちの系統の名前で、もしかしたら本当の名前があるのかなと思いましてな…」

確かにそうだとスタンレイは思った、エルフ系の名前は文化圏が違うので我々からすると少々ややこしいやつが多い。

しかもあの二人、アスカニアにいた時の功績や成果の事は分かるがそこに至るまで、特にベレリアント…旧エルフィンドに居た時の事が全くと言って良いほど情報が無く、謎なのだ。

証明書には戦争前からキャメロットにいたと書かれていたしかもそれは限りなく本物だという事がわかっている。しかし、それ以前はオルクセンを持ってしてもわからない。

 

幸い教義は信じておらず、人柄も思想も危険性は無いとして国民車計画の先頭に立ってもらっているが…。

 

 

あの人達、本当に何者なんだろうか?

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