私が前世の記憶を持ったまま、この世界に生を受けたこと。
そして、ここが前世とよく似ていながら決定的に異なる「ウマ娘」という種族が存在する世界であること。
それらを漠然と、しかし確かな事実として受け入れ始めたのは、幼稚園に上がる頃だっただろうか。
だが、そんな世界の
あの日、運命の歯車がカチリと音を立てて噛み合うあの日までは。
義理の妹ができたのは、私が八歳の頃だった。
父の再婚相手は、亡くなった実母がかつて勤めていた会社のお偉いさん――キャリアウーマンとして名を馳せるウマ娘だった。
聞けば相手方も夫と死別しており、激務の中でまだ乳飲み子である娘の世話をするパートナーを必要としていたらしい。一方の父も、母を失ってからの生活は決して楽ではなかった。経済的な安定と、家庭的な温もり。互いの欠けたピースを埋め合わせるような、ある種合理的な再婚だったのかもしれない。
父が半分以上自分のために決めたこの縁談に、文句を言うつもりはなかった。
幸いなことに、新しい母となった人は、外での厳しい仕事ぶりとは裏腹に、家庭内では驚くほど穏やかで、不器用ながらも優しい人だった。血の繋がらない私に対しても、実の息子のように――いや、時にはそれ以上に甘く接してくれたおかげで、新しい環境に馴染むのにそう時間はかからなかった。
問題は、義妹の方だった。
いや、これを「問題」と称するのは、世界の言語に対する冒涜かもしれない。
結論から言おう。
義妹は、私の語彙力を瞬時に消滅させるほど、暴力的に可愛かったのだ。
初めて対面した時の衝撃は、今でも昨日のことのように思い出せる。
ベビーベッドの中で安らかな寝息を立てる、小さな小さな命。
人間とは異なる位置についた、柔らかい毛並みに覆われた三角形の耳。産着のお尻部分からちょこんと覗く、頼りなげで愛らしい尻尾。
ピクリ、と耳が動くたびに、私の心臓は早鐘を打った。
前世の記憶を持つがゆえに、精神年齢が実年齢とかけ離れていた私は、同級生たちの幼い言動に馴染めず、常にどこか冷めた目で世界を見ていた。だが、この小さな生き物を前にした瞬間、私の中の何かが劇的に変質したのだ。
守らなければならない。
この無垢で、あどけなくて、壊れそうな存在を、私が守り抜かねばならない。
当時まだ一歳にも満たなかった義妹の世話は、主に専業主夫だった父が担っていたが、学校から帰った私はランドセルを放り出すなり、すべての時間を彼女に捧げた。
友人と遊ぶ? ゲームをする? そんな時間は一秒たりとも惜しかった。
ミルクの温度を確かめ、オムツ替えを手伝い、ぐずれば抱っこをしてあやし続けた。小学生男子がやるにはあまりに献身的すぎる育児参加だったが、父も義母も「頼れるお兄ちゃんだ」と手放しで喜んでいたので、私は遠慮なくその特権を享受した。
義妹への愛は、日を追うごとに深まっていった。
ある晴れた日の午後、つかまり立ちを始めた彼女が、私を見上げて初めて言葉を発した瞬間のことだ。
「にぃ、に……」
たどたどしく、しかしはっきりと紡がれたその音は、私にとって天使の福音に等しかった。
脳内でファンファーレが鳴り響き、視界が涙で滲む。
ちなみに、彼女の二番目の発言は「パパ」であり、肝心の「ママ」という言葉が出てきたのは、さらに数ヶ月後、仕事から帰宅した義母が涙目で懇願した末のことだった。義母がリビングの隅で「私、ママなのに……」と体育座りでへこんでいた光景は、我が家の語り草となっている。
そんな風にして、義妹はすくすくと育っていった。
黒く艶やかな髪、控えめだが芯の強さを感じさせる瞳。私の後ろをついて回るその姿は、庇護欲をこれでもかと掻き立てる。
私は完全に、救いようのないシスコンになっていた。いや、それでいい。彼女が笑顔でいてくれるなら、私は何にでもなろう。
だが、幸福な日々の中で、私は一つの「絶望」と向き合わねばならなかった。
それは、義妹の名前だ。
ライスシャワー。
その名を聞いた時、私の背筋を冷たいものが走り抜けた。
前世の記憶にある、競馬の歴史。
淀のターフに愛され、そして淀のターフに散った、孤高のステイヤー。
漆黒の追跡者と呼ばれ、最後には悲運の事故によってその生涯を閉じた名馬と同じ名前。
この世界には、「名前の力」とでも言うべき運命が存在している。
歴史に名を残した競走馬と同じ名を持つウマ娘は、その馬の魂を受け継ぎ、似たような運命を辿ることが多いといわれている。
輝かしい栄光だけならいい。だが、あの悲劇的な最期までなぞるというのなら、それはあまりにも残酷すぎる。
成長したライスシャワーが、もしトゥインクル・シリーズを目指すと言い出したら?
彼女があの小さな体で、過酷なレースの世界に飛び込むことになったら?
想像するだけで、吐き気がした。
あんなに可愛い、歩く姿さえ愛おしい義妹が、レース中の事故で骨折し、二度と走れなくなったり、最悪の場合、命を落としたりする未来。
現に、トゥインクル・シリーズでは毎年のように事故が起きている。重篤な障害を負い、夢半ばでターフを去るウマ娘は決して少なくない。
私は夜中に何度も飛び起きた。
夢の中で、京都レース場の第三コーナー、あの坂の下で倒れ伏す義妹の姿を見てしまったからだ。
「お兄様、痛いよ、助けて」と泣き叫ぶ彼女の声が、耳にこびりついて離れない。
どうすればいい。
三女神とやらを引っぱり出して殴りつければ、このクソみたいな運命を変えられるのか?
それとも、URA本部に爆破予告でも送りつけて、全レースを中止にさせるか?
いや、そんな短絡的な行動は、結果としてライスの経歴に傷をつけるだけだ。彼女の未来を閉ざすような真似は、兄として絶対にできない。
彼女がウマ娘として生まれた以上、走る本能を抑え込むことは虐待に等しい。
彼女自身が走ることを望むなら、それを止める権利は私にはないのだ。
ならば、どうする。
私は思考の海に沈んだ。
来る日も来る日も考え続け、そして一つの結論に達した。
他人任せにするから、不安なのだ。
どこの馬の骨とも知れぬトレーナーに、私の大切なライスの命綱を握らせるわけにはいかない。
レースの責任を負うのはトレーナーだ。出走ローテーションを決め、体調を管理し、作戦を立案し、そして「走らせない」という決断を下せる唯一の存在。
つまり、私がトレーナーになればいい。
単純明快かつ、唯一絶対の解だった。
私が誰よりも優秀なトレーナーとなり、彼女の担当となればいいのだ。
そうすれば、無理な連戦など絶対にさせない。足元に少しでも不安があれば、迷わず回避させる。
因縁の京都レース場、宝塚記念? そんなものは仮病を使ってでも回避してしまえばいい。
もし、万が一、何らかの不可抗力で彼女が傷つくようなことがあったとしても、トレーナーである私が一番近くで支えられる。
選手生命が絶たれたとしても、その後の人生すべてを私が背負う。
幸い、中央のトレーナーといえばエリート中のエリート、高給取りだ。義妹一人を一生何不自由なく養うことくらい、造作もないことだろう。
その日、私は父と義母に宣言した。
「俺は、将来トレーナーになる。中央トレセン学園のトレーナーに」
当時まだ中学生だった私の言葉を、二人は子供の夢だと笑わなかった。私の目があまりにも本気(マジ)だったからかもしれない。あるいは、私の視線が常にライスの未来だけを見据えていることに気づいていたのかもしれない。
それからの私は、まさに修羅のごとく勉学に励んだ。
トレーナー資格試験は難関だ。だが、東大受験だろうが司法試験だろうが、ライスの命がかかっていると思えば、お遊戯のようなものだ。
運動生理学、スポーツ栄養学、心理学、そして過去数十年のレースデータの解析。
すべては、来るべき日のために。
最愛の義妹が、その小さな足で夢の舞台に立つ時、その目の前に広がる道からすべての小石を取り除くために。
ライス。私のかわいいライスシャワー。
君が「お兄様」と呼んで慕ってくれるこの関係が、いつか壊れる日が来るとしても。
私は君の盾になろう。
青い薔薇の花言葉は「奇跡」そして「夢かなう」。
かつては「不可能」の代名詞だったその花を、君の髪飾りに選んだあの日から、私の覚悟は決まっている。
待っていてくれ。
君が走り出すその瞬間には、必ず私が隣に立ってみせるから。