ライスシャワーはお義兄さまと結婚したい   作:雅媛

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7-1 夏の合間に Side:Trainer

 夏合宿といえども、四六時中トレーニングをしているわけではない。

 むしろ、トレーニングをしていない時間の方が圧倒的に長いのだ。

 理由は単純。トレーニングメニューが、常軌を逸してハードだからだ。

 

 砂浜ダッシュ、坂道インターバル、水中トレーニング。

 午前中の数時間で、普通のウマ娘ならば精魂尽き果ててしまうほどの運動量をこなす。そのため、午後は完全休養に充てることが多い。

 大抵のウマ娘は部屋で泥のように眠るか、マッサージを受けて疲労回復に努めるのだが――私の担当ウマ娘、ライスシャワーは違った。

 

「お兄さま! 遊びに行こう?」

 

 昼食を食べて一時間もすれば、彼女はケロリとして私の部屋にやってくる。

 恐るべきスタミナだ。

 ステイヤーとしての資質か、あるいは「お兄さまと遊びたい」という執念か。どちらにせよ、彼女の元気な姿を見るのは喜ばしいことだ。

 私は喜んでパソコンを閉じ、彼女のエスコート役を買って出ることにしている。

 

 今日のライスは、いつにも増して破壊力が高かった。

 

「どうかな……お兄さま。似合う?」

 

 待ち合わせ場所に現れたライスは、純白のワンピースに身を包んでいた。

 清楚な白が、彼女の少し焼けた肌と艶やかな黒髪を際立たせている。

 頭には、大きなつばの麦わら帽子。風に飛ばされないように押さえる仕草は、どこかの国の避暑地にたたずむ深窓の令嬢そのものだ。

 先日、合宿所近くのブティックで「これだ!」と直感して私が買い与えたものだが、想像をはるかに超える似合いっぷりである。

 

「似合うなんてもんじゃない。天使かと思った」

「えへへ……」

「いや、天使というより女神か? とにかく可愛い。世界一可愛い。この姿を写真に収めてルーブル美術館に寄贈するべきだ」

「もう、お兄さまったら! 大げさだよぉ」

 

 ライスは顔を真っ赤にしてモジモジしているが、私は本気だ。

 あまりの可愛さに、周囲の景色がキラキラと輝いて見えるフィルターがかかっている気がする。

 私たちは並んで、リゾート地として賑わう街へと繰り出した。

 

 

 

 海沿いの遊歩道は、夏真っ盛りということもあり、多くの観光客で賑わっていた。

 そして、場所柄なのか、季節のせいなのか。

 視界に入るのは、幸せそうなカップルばかりだった。

 

 手を繋いで歩く男女。

 一つのアイスを分け合う二人。

 海をバックに自撮りをする恋人たち。

 

 ……眩しい。

 物理的な日差しの強さとは別に、精神的なダメージが私の心を蝕む。

 思えば、私の人生において「恋人」という存在がいたためしがない。

 前世の記憶を辿っても、仕事や趣味に没頭し、気づけばトラックに轢かれて転生していた。

 今世でも、物心ついた時からライス中心の生活を送り、青春時代はトレーナー試験の勉強に捧げた。

 つまり、恋人がいない歴=年齢どころか、前世と今世を足せば年齢の三倍近い期間、私は独り身なのだ。もはや魔法使いを通り越して賢者になれるレベルである。

 

 ふと、隣を歩くライスを見る。

 白のワンピースが風に揺れ、絵画のように美しい。

 傍から見れば、私たちもカップルに見えるのだろうか?

 

 いや、無理があるか。

 どう見ても、歳の離れた「仲の良い兄妹」だ。

 私が彼女に向ける視線は保護者のそれだし、彼女の無邪気な笑顔は妹そのものだ。

 カップル特有の、あの甘酸っぱいような、互いを異性として意識し合うような独特の雰囲気が、私たちには欠けている。

 

 そう考えると、なんだか急に寂しさがこみ上げてきた。

 ライスはいつか素敵な男性を見つけて、私の元を巣立っていく。

 その時、私は一人でこの海を見ることになるのだろうか。

 

「……はぁ。恋人がほしいなぁ」

 

 心の声が、つい口をついて出てしまった。

 あまりに不用意な独り言だった。

 隣を歩いていたライスの足が、ピタリと止まる。

 

「……えっ?」

 

 ライスが目を見開いて私を見上げている。

 しまった、聞かれたか。年頃の娘の前で「彼女ほしい」なんて嘆く父親のようなムーブをしてしまった。

 

「あ、いや、忘れてくれ。周りがカップルだらけで、つい当てられちゃっただけだ。私みたいな仕事人間には、縁のない話だよ」

 

 私が苦笑いで誤魔化そうとすると、ライスは真剣な表情で、私の一歩前に踏み出した。

 

「ライスが、なるよ?」

「え?」

「ライスが、お兄さまの恋人になってあげる!」

 

 その瞳は、真っ直ぐで、強くて、そして痛いほどに優しかった。

 私は胸がキュンとなるのを感じた。

 ああ、なんていい子なんだろう。

 寂しがる兄を見かねて、自分が相手をしてあげようと言ってくれているのだ。

 幼い頃、「お兄ちゃんと結婚する!」と言っていたあの頃の純真さを、彼女はまだ失っていない。

 

「ははは、それは嬉しいな。世界一可愛い彼女だ」

「むぅ……お兄さま、本気にしてないでしょ」

「本気にしているさ。こんな素敵なレディに求婚されたら、男冥利に尽きるよ」

 

 私はライスの麦わら帽子をポンポンと軽く叩いた。

 妹を恋人に仕立て上げて寂しさを埋めるというのは、兄としていささか情けない気もするが、今日のところはこの甘い提案に乗っからせてもらおう。

 せっかくの休日だ。寂しいなんて言っていないで、楽しまなければ損だ。

 

「よし。では、今日一日限定で、私は君の彼氏だ」

「……うん!」

「恋人役として、君を最高にエスコートいたしましょう、マイ・プリンセス」

 

 私が恭しく手を差し出すと、ライスはパァァッと花が咲くような笑顔を見せ、その小さな手を私の掌に乗せた。

 

「よろしくお願いします、お兄さま……ううん、ダーリン?」

「ぶっ! ではまいりましょう。マイ・プリンセス」

 

 危ない。あまりの可愛さに心臓が止まるかと思った。

 ともあれ、私たちは「一日限定の恋人ごっこ」をスタートさせた。

 

 

 

 海に突き出したテラス席がある、お洒落なカフェレストランに入った。

 普段なら、定食屋やファミレスを選ぶところだが、今日は「デート」だ。奮発して一番景色の良い席を確保する。

 

「ご注文はお決まりですか?」

「この『カップル限定・愛のメロンソーダ』を一つ」

「お兄さま!?」

「ん? 恋人ごっこなんだから、形から入らないと」

 

 運ばれてきたのは、巨大なグラスに注がれた鮮やかな緑色のメロンソーダ。

 そして、その上にはハート型に曲げられた二本のストローが刺さっていた。

 昭和のアイドル雑誌でしか見たことのないような、コテコテの演出だ。

 

「さあ、ライス。一緒に飲もう」

「……恥ずかしいよぅ」

「周りを見てみろ。みんなやってるぞ」

「むぅ……」

 

 ライスは顔を赤らめながらも、グラスの方へ身を乗り出した。

 私も反対側から顔を近づける。

 距離が近い。

 ライスの長いまつ毛が震えているのが見える。

 ふわっと、甘い香りが鼻をくすぐる。

 これが……カップルの距離感……!

 

 ズズッ、と二人同時にストローを吸う。

 炭酸の刺激と、シロップの甘さが口いっぱいに広がる。

 視線を上げると、至近距離でライスと目が合った。

 

「……おいしい?」

「……うん、おいしい」

 

 ライスがはにかむように微笑んだ。

 その瞬間、心臓がドキンと大きな音を立てた。

 なんだろう、この感覚は。

 ただのメロンソーダなのに、最高級のワインよりも酔いが回りそうだ。

 妹相手にドキドキするなんて不謹慎だが、このシチュエーションは卑怯すぎる。

 

「お兄さま、顔赤いよ?」

「き、気のせいだ。日焼けしたかな」

「ふふ。……ねえ、お兄さま」

 

 ライスがストローから口を離し、じっと私を見つめた。

 

「ライス、早く大人になるからね」

「ん? ああ、そうだな」

「そしたら、ごっこじゃなくて……本当にしてくれる?」

 

 波の音が、ザザァンと響いた。

 

 本当にしてくれる?

 それは、本当のデートに連れて行ってくれるか、という意味だろうか。

 それとも、一人前のレディとして扱ってくれるか、という意味だろうか。

 

 私はグラスの結露を指でなぞりながら、優しく答えた。

 

「ああ。ライスが立派な大人になったら、こんなごっこ遊びじゃなくて、もっと素敵なエスコートをしてあげるよ」

「約束だよ?」

「約束だ」

 

 ライスは満足そうに頷き、再びストローを口に含んだ。

 

 こうして、私たちの一日限りの恋人ごっこは、甘いメロンソーダの味と共に過ぎていった。

 帰り道、つないだ手は、行きよりも少しだけ強く握られていた気がする。

 私が感じた寂しさは、もうどこかへ消え去っていた。

 隣にこんなに可愛い「恋人(仮)」がいるのだから、これ以上の贅沢を望んだらバチが当たるというものだ。




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