ライスシャワーはお義兄さまと結婚したい   作:雅媛

16 / 23
8-2 ハロウィンの告白 Side:RiceShower

 ハロウィン。

 それは、バレンタインやクリスマスという二大巨頭に比べれば、まだ恋愛イベントとしての知名度は低い。

 けれど、トレセン学園においては、この日は「魔の日」であり「勝負の日」でもある。

 仮装という非日常感が少女たちの気を大きくさせるのか、それともごちゃついた祭りの熱気がそうさせるのか。

 とにかく、校舎のあちこちで愛の告白イベントが多発する、危険な夜なのだ。

 

 そして、その嵐は私たちの目の前にも迫っていた。

 

「……ライスさん。私は、サブトレさんに告白します」

 

 放課後の部室で、ミホノブルボンさんは淡々と、しかしこれ以上ないほど明瞭に宣言した。

 彼女はすでに、白いシーツを被った幽霊の仮装をしている。その格好でなければ、まるで出走前の選手宣誓のように凛々しく見えただろう。

 

 私の心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。

 来るべき時が来た、と思った。

 日本ダービーの観戦以来、私たちは互いを最強のライバルとして認め合っている。それはレースだけでなく、お兄さまを巡る恋においても同じだ。

 ブルボンさんは、逃げない。正面から正々堂々と勝負を挑む人だ。

 

「……そう」

 

 私は一度だけ目を伏せてから、彼女を見つめ返した。

 

「頑張ってとは、言えないけど」

 

 嘘はつきたくなかった。

 お兄さまは私のものだ。誰にも渡したくない。

 けれど、ただ嫉妬で彼女の足を引っ張ったり、邪魔をしたりするほど、私とブルボンさんの絆は軽くなくなっていた。

 私たちは友達で、仲間で、そしてライバルだ。

 もし彼女が勝利したとしても、その時は唇を噛みしめながらも、彼女の勇気を称えたい。そんな複雑な感情が、私の中で渦を巻いていた。

 

 ブルボンさんは静かに頷いた。

 

「了解。貴女の敵対的感情は正常です。……行ってきます」

 

 彼女はそう言い残し、トレーナー室へ向かって歩き出した。

 その背中を見送りながら、私は立ちすくんでいた。

 どうしよう。もし、お兄さまがOKしたら。

 ブルボンさんは綺麗だし、スタイルもいいし、何よりお兄さまのことを深く理解している。

 お兄さまが彼女の手を取る未来が、容易に想像できてしまう。

 

「ということで、ライスさん。出歯亀にいきますよ」

「えっ?」

 

 突然、背後から優雅な声がかかった。

 振り返ると、黒いドレスに身を包んだ魔女の仮装をしたメジロマックイーンさんが立っていた。

 

「マ、マックイーンさん!? そんな堂々と!?」

「ブルボンさんが宣言したんですもの。結果を見届けるのは、ライバルとしての当然の権利ですわ!」

 

 マックイーンさんは扇子で口元を隠しながら、瞳をキラリと光らせた。

 この人、基本的にはお上品で完璧なお嬢様なのだが、時々こうしてブレーキが壊れたように暴走することがある。特にスイーツと野球とお兄さまに関することになると、その行動力は凄まじい。

 

「さあ、行きますわよ! 遅れたら決定的瞬間を見逃してしまいますわ!」

「ちょ、ちょっと待ってよマックイーンさん!」

 

 私は半ば強引に腕を引かれ、ブルボンさんの後を追うことになった。

 正直、見るのは怖い。

 でも、それ以上に、結果を知らないまま待っていることなんてできなかった。

 

 

 

 トレーナー室の近く、廊下の角からこっそりと様子を窺う。

 そこには、お菓子を配りながら生徒たちを捌いているお兄さまの姿があった。

 相変わらずの人気ぶりだ。

 そして、人波が割れたその時、ブルボンさんがお兄さまの前に立った。

 

 距離が遠くて会話は聞こえない。

 けれど、ブルボンさんがお兄さまを見上げて何かを言い、お兄さまが驚いたような顔をしたのはわかった。

 告白したんだ。

 

 私の心臓が早鐘を打つ。

 お兄さまはどうする? 受け入れるの?

 ブルボンさんの可愛らしい仮装姿を見て、頬を染めているようにも見える。

 

 お兄さまがしゃがみ込み、ブルボンさんと目線の高さを合わせた。

 そして、何かを言葉をかけ――最後に、優しく、けれど少し寂しそうに微笑んだ。

 

 ブルボンさんが小さく頷き、お辞儀をして去っていく。

 その肩が、ほんのわずかに震えているように見えた。

 

「……断られたようですわね」

 

 マックイーンさんが、小さく息を吐きながら呟いた。

 

「うん……そうだね」

 

 私も、安堵のため息が漏れそうになるのを必死に堪えた。

 お兄さまは、ブルボンさんを選ばなかった。

 理由はわからない。年齢差を気にしたのか、トレーナーという立場を守ったのか、あるいは――他に好きな人がいるのか。

 スタイル抜群で、あんなに一途なブルボンさんですらダメだったのだ。お兄さまの心の壁は、想像以上に厚くて高いのかもしれない。

 

 私たちは廊下の陰に戻り、壁にもたれかかった。

 

「……手ごわいですわね、サブトレーナーさんは」

「うん」

「でも、これでわかりましたわ。あの方は、半端な覚悟では落とせません」

 

 マックイーンさんが扇子をパチリと閉じた。

 その瞳には、新たな決意の炎が灯っていた。

 

「私は、クリスマスに告白することにしますわ」

「マックイーンさん!?」

「聖夜の奇跡。ロマンチックなシチュエーションで、攻め落とします。全力を持ってすれば、きっと不可能はありませんわ」

「そ、そんな……!」

 

 ブルボンさんが散った直後に、もう次の刺客が名乗りを上げている。

 これが恋の戦場か。休む暇なんてないんだ。

 

「ライスさんは、どうされるんですか?」

 

 マックイーンさんが、探るような視線を向けてきた。

 

「うーん……」

 

 私は言葉に詰まった。

 二人の直球勝負を見ていると、私だけが「妹」という安全地帯に隠れているのが、なんだか卑怯な気がしてきた。

 お兄さまに「好き」と伝えること。

 それは、今の関係を壊してしまうかもしれない、とても怖いことだ。

 でも、動かなければ何も変わらない。お兄さまはいつまで経っても私のことを「可愛い妹」としてしか見てくれない。

 

 どうするべきか。

 私はまだ、ブルボンさんのような勇気も、マックイーンさんのような勢いも持ち合わせていない。

 ただ一つ確かなのは、このままではいけないということだけだ。

 

「……私は、まだ考え中」

「そうですか。でも、うかうかしていると、クリスマスには私が隣に立っているかもしれませんわよ?」

「むぅ……負けないもん」

 

 マックイーンさんはふふっと笑い、「では、お先に失礼しますわ」と優雅に去っていった。

 残された私は、廊下の窓から見える月を見上げた。

 

 お兄さま。

 ブルボンさんの告白を断った時、貴方は何を考えていたの?

 その心の真ん中には、誰がいるの?

 ……もし、それが私だったらいいのに。

 

 私は吸血鬼のマントを翻し、お兄さまの元へと走り出した。

 今はまだ、告白はできないけれど。

 「トリック・オア・トリート!」と言って抱き着くことくらいは、妹の特権として許されるはずだから。

 今の私にできる精一杯の愛情表現で、お兄さまの心を繋ぎ止めておこう。

 いつか、本当の気持ちを伝えるその日まで。




18時にもう一話更新

評価お気に入り・感想お待ちしております

雑談等はディスコード鯖
https://discord.gg/92whXVTDUF

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。