ライスシャワーはお義兄さまと結婚したい   作:雅媛

19 / 23
9-2 聖夜の告白 Side:RiceShower

 メジロマックイーンさんがお兄さまに告白する。

 その事実を本人から聞いた時、私は笑顔でお兄さまを送り出した。

 

 それは、ある種の「けじめ」だ。

 お兄さまを取られたくない。誰にも渡したくない。その気持ちに嘘はないし、嫉妬で胸が張り裂けそうだった。

 けれど、マックイーンさんは正々堂々と宣言し、今日という舞台を用意した。

 ならば、それを邪魔するのはライバルとして、そして友人として最低の礼儀違反だろうと思ったのだ。

 だから私は、「行ってらっしゃい、お兄さま。楽しんできてね」と、良い妹の仮面を被って彼を送り出した。

 

 ……うん。

 そこまでは、私の理性と道徳心が頑張った。

 でも、気にならないわけがないじゃない!

 

「それはそうと、気になるよね」

「肯定。気になります」

「だよね!」

 

 私が拳を握りしめると、隣にいたミホノブルボンさんが無表情ながらも力強く頷いた。

 私たちの利害は一致した。

 

「ミッション、『出歯亀』。スタートです」

「えっ、出歯亀って言うのやめない? ……まあ、そうなんだけど」

 

 私たちは示し合わせたように頷き合い、クリスマスの寒空の下へと繰り出した。

 

 

 

 マックイーンさんのパーティーが行われるホテルは知っている。

 そして、彼女が告白するなら、賑やかな会場の中ではなく、人目を避けた静かな場所――おそらくテラス席を選ぶだろうということも、容易に予想できた。

 

 作戦決行時刻までは、まだ少し時間がある。

 私たちは、同じホテルで開催されている一般向けのクリスマス・ディナーバイキングに潜入していた。

 腹が減っては戦はできぬ。それに、どうせ待つなら美味しいものを食べて待ちたい。

 

「ライスさん、あちらのローストビーフが推奨レベルAです」

「本当だ! あ、ブルボンさん、あっちのブッシュドノエルもおいしそうだよ!」

「視認しました。糖分補給の優先順位を引き上げます」

 

 煌びやかな会場の片隅で、中等部のウマ娘二人が皿を山盛りにしている姿は、少し浮いていたかもしれない。

 けれど、そんなことは気にならなかった。

 ここには美味しい料理と、スイーツと、そして気心の知れた友人がいる。

 

「ん~っ! このケーキ、とろける~!」

「……美味。回路にエネルギーが充填されていく感覚です」

 

 二人で並んでテーブルにつき、幸せそうに頬を緩める。

 かつては敵対心剥き出しだった私たちが、こうしてクリスマスの夜に肩を並べてケーキを食べているなんて、なんだか不思議な気分だ。

 こんな風に「あれが美味しい」「こっちは微妙だ」なんて他愛のない話をしながら過ごす時間は、とても心地よかった。

 私たちはただの親友として、もっと純粋にこの夜を楽しんでいた。

 

 ふと、ブルボンさんがフォークを止め、私を見た。

 

「……ライスさん。怖くありませんか?」

「え?」

「もし、サブトレさんが告白を受け入れたら。……その可能性はゼロではありません」

 

 ドキリとした。

 甘いケーキの味が、一瞬わからなくなる。

 

「……怖いよ。すごく怖い」

 

 私は正直に答えた。

 

「でも、もしそうなったら……その時は、思いっきり泣いて、それから二人におめでとうって言うよ。お兄さまが選んだ人なら、マックイーンさんなら、きっとお兄さまを幸せにしてくれるから」

「……」

「でもね、今はまだ諦めない。お兄さまが『ごめん』って言う方を信じてる」

 

 ブルボンさんはじっと私を見つめ、それから自分の皿に残っていたイチゴをパクりと食べた。

 

「了解。貴女のメンタルは強固です。……私も、観測者として最後まで見届けます」

 

 時計を見る。

 そろそろ、パーティーも佳境に入る頃だ。

 

「行こう、ブルボンさん」

「アイ・アイ・マム」

 

 私たちは席を立ち、テラスが見える植え込みの陰へと移動した。

 

 

 

 ホテルの庭園は、イルミネーションで美しく飾られていた。

 その光が届かない木陰に身を潜め、私たちは頭上のテラスを見上げた。

 冷たい風が頬を刺すが、寒さは感じなかった。緊張で全身が熱いくらいだ。

 

 やがて、テラスの扉が開き、二人の人影が現れた。

 お兄さまと、マックイーンさんだ。

 

「……綺麗」

 

 思わずため息が漏れた。

 深緑のドレスに身を包んだマックイーンさんは、夜景を背負って輝く宝石のようだった。

 そして、その隣に立つお兄さまも、スーツ姿が凛々しくて、大人の男性の色気が漂っている。

 まるで映画のワンシーン。あるいは、完成された一枚の絵画。

 私が入り込む余地なんて、どこにもないように見えた。

 

 二人が言葉を交わしている。

 距離があるため、はっきりとは聞こえない。

 けれど、マックイーンさんがお兄さまを見つめる瞳の熱量と、その真剣な表情だけで、何が起きているかは痛いほど伝わってきた。

 

 告白。

 『愛しています』と、彼女は言ったのだろう。

 

 私の心臓が早鐘を打つ。

 ブルボンさんが、私の手をぎゅっと握ってくれた。その手が少し震えているのがわかる。

 

 お兄さまが、口を開いた。

 一拍の沈黙。

 そして――お兄さまは、静かに頭を下げた。

 

「……!」

 

 断った。

 お兄さまは、マックイーンさんの手を取らなかった。

 安堵で膝から力が抜けそうになる。よかった。お兄さまはまだ、誰のものでもない。

 

 マックイーンさんが何かを言い、お兄さまが答える。

 二人の間に流れる空気は、気まずいものではなく、どこか穏やかで、しかし決定的な断絶を含んでいるように見えた。

 

 これで終わりだ。

 そう思った、その時だった。

 風向きが変わったのか、お兄さまの声がふいに風に乗って、私たちの耳元まで届いた。

 

『だって、ライスがお嫁に行っちゃったら俺一人きりだし』

 

 ――え?

 

 私の思考が停止した。

 今、なんて?

 

『そうなったらあの時答えていればとか思っちゃうと思うなーって』

 

 お兄さまの声は、どこまでも明るく、そして残酷なほどに純粋だった。

 

 ……嘘でしょ?

 お兄さま、本気でそう思ってるの?

 私が、お兄さま以外の誰かとお嫁に行く未来があるって、微塵も疑わずに信じているの?

 

 私は固まった。

 安堵なんて吹き飛んだ。代わりに押し寄せてきたのは、絶望的なまでの徒労感と、悲しみだった。

 だって、それはつまり。

 お兄さまの中には、「ライスとの結婚」という選択肢が、最初から存在していないということだから。

 選択肢にないからこそ、あんなに軽く、あんなに無邪気に「お嫁に行ったら寂しい」なんて言えるのだ。

 

 隣で、ブルボンさんが私を見た。

 その無機質な瞳に浮かんでいるのは、明確な感情。

 ――『憐れみ』だった。

 

「……ライスさん。貴女の道のりは、私の予測計算をはるかに超えて困難です」

「い、言わないで……!」

 

 ブルボンさんが私の肩に手を置く。その優しさが逆に痛い。

 そして、テラスの上。

 マックイーンさんが、ふとこちらに視線を向けた気がした。

 目が合ったわけではない。けれど、彼女の呆れたような、そして深く同情するような気配が、ビシビシと伝わってきた。

 

 『お可哀想に、ライスさん』

 『あの鈍感さは、もはや罪ですわね』

 

 そんな幻聴まで聞こえてきそうだ。

 

 ――やめて!

 そんな目でライスを見ないで!!

 

 私は顔を覆ってしゃがみ込みたくなった。

 お兄さまを巡る恋のバトル。

 最大の敵は、マックイーンさんでもブルボンさんでもなかった。

 「妹はいつか他所に嫁ぐもの」と信じて疑わない、お兄さま自身の強固すぎる固定観念だったのだ。

 

「……帰ろう、ブルボンさん」

「了解。撤退を推奨します。これ以上の観測は、ライスさんの精神衛生上よろしくありません」

 

 私たちはとぼとぼと、クリスマスの街を歩き出した。

 イルミネーションが滲んで見えるのは、きっと寒さのせいだけじゃない。

 

 でも。

 私は涙を拭って、夜空を見上げた。

 

「……負けないもん」

 

 今はまだ、お兄さまの想像力の中に私はいないかもしれない。

 でも、絶対にわからせてやる。

 私がどれだけお兄さまを愛しているか。

 いつか「お嫁さん」になるのは、他の誰でもない、このライスシャワーなんだってことを!




18時にもう一話更新

評価お気に入り・感想お待ちしております

雑談等はディスコード鯖
https://discord.gg/92whXVTDUF

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。