メジロマックイーンさんがお兄さまに告白する。
その事実を本人から聞いた時、私は笑顔でお兄さまを送り出した。
それは、ある種の「けじめ」だ。
お兄さまを取られたくない。誰にも渡したくない。その気持ちに嘘はないし、嫉妬で胸が張り裂けそうだった。
けれど、マックイーンさんは正々堂々と宣言し、今日という舞台を用意した。
ならば、それを邪魔するのはライバルとして、そして友人として最低の礼儀違反だろうと思ったのだ。
だから私は、「行ってらっしゃい、お兄さま。楽しんできてね」と、良い妹の仮面を被って彼を送り出した。
……うん。
そこまでは、私の理性と道徳心が頑張った。
でも、気にならないわけがないじゃない!
「それはそうと、気になるよね」
「肯定。気になります」
「だよね!」
私が拳を握りしめると、隣にいたミホノブルボンさんが無表情ながらも力強く頷いた。
私たちの利害は一致した。
「ミッション、『出歯亀』。スタートです」
「えっ、出歯亀って言うのやめない? ……まあ、そうなんだけど」
私たちは示し合わせたように頷き合い、クリスマスの寒空の下へと繰り出した。
マックイーンさんのパーティーが行われるホテルは知っている。
そして、彼女が告白するなら、賑やかな会場の中ではなく、人目を避けた静かな場所――おそらくテラス席を選ぶだろうということも、容易に予想できた。
作戦決行時刻までは、まだ少し時間がある。
私たちは、同じホテルで開催されている一般向けのクリスマス・ディナーバイキングに潜入していた。
腹が減っては戦はできぬ。それに、どうせ待つなら美味しいものを食べて待ちたい。
「ライスさん、あちらのローストビーフが推奨レベルAです」
「本当だ! あ、ブルボンさん、あっちのブッシュドノエルもおいしそうだよ!」
「視認しました。糖分補給の優先順位を引き上げます」
煌びやかな会場の片隅で、中等部のウマ娘二人が皿を山盛りにしている姿は、少し浮いていたかもしれない。
けれど、そんなことは気にならなかった。
ここには美味しい料理と、スイーツと、そして気心の知れた友人がいる。
「ん~っ! このケーキ、とろける~!」
「……美味。回路にエネルギーが充填されていく感覚です」
二人で並んでテーブルにつき、幸せそうに頬を緩める。
かつては敵対心剥き出しだった私たちが、こうしてクリスマスの夜に肩を並べてケーキを食べているなんて、なんだか不思議な気分だ。
こんな風に「あれが美味しい」「こっちは微妙だ」なんて他愛のない話をしながら過ごす時間は、とても心地よかった。
私たちはただの親友として、もっと純粋にこの夜を楽しんでいた。
ふと、ブルボンさんがフォークを止め、私を見た。
「……ライスさん。怖くありませんか?」
「え?」
「もし、サブトレさんが告白を受け入れたら。……その可能性はゼロではありません」
ドキリとした。
甘いケーキの味が、一瞬わからなくなる。
「……怖いよ。すごく怖い」
私は正直に答えた。
「でも、もしそうなったら……その時は、思いっきり泣いて、それから二人におめでとうって言うよ。お兄さまが選んだ人なら、マックイーンさんなら、きっとお兄さまを幸せにしてくれるから」
「……」
「でもね、今はまだ諦めない。お兄さまが『ごめん』って言う方を信じてる」
ブルボンさんはじっと私を見つめ、それから自分の皿に残っていたイチゴをパクりと食べた。
「了解。貴女のメンタルは強固です。……私も、観測者として最後まで見届けます」
時計を見る。
そろそろ、パーティーも佳境に入る頃だ。
「行こう、ブルボンさん」
「アイ・アイ・マム」
私たちは席を立ち、テラスが見える植え込みの陰へと移動した。
ホテルの庭園は、イルミネーションで美しく飾られていた。
その光が届かない木陰に身を潜め、私たちは頭上のテラスを見上げた。
冷たい風が頬を刺すが、寒さは感じなかった。緊張で全身が熱いくらいだ。
やがて、テラスの扉が開き、二人の人影が現れた。
お兄さまと、マックイーンさんだ。
「……綺麗」
思わずため息が漏れた。
深緑のドレスに身を包んだマックイーンさんは、夜景を背負って輝く宝石のようだった。
そして、その隣に立つお兄さまも、スーツ姿が凛々しくて、大人の男性の色気が漂っている。
まるで映画のワンシーン。あるいは、完成された一枚の絵画。
私が入り込む余地なんて、どこにもないように見えた。
二人が言葉を交わしている。
距離があるため、はっきりとは聞こえない。
けれど、マックイーンさんがお兄さまを見つめる瞳の熱量と、その真剣な表情だけで、何が起きているかは痛いほど伝わってきた。
告白。
『愛しています』と、彼女は言ったのだろう。
私の心臓が早鐘を打つ。
ブルボンさんが、私の手をぎゅっと握ってくれた。その手が少し震えているのがわかる。
お兄さまが、口を開いた。
一拍の沈黙。
そして――お兄さまは、静かに頭を下げた。
「……!」
断った。
お兄さまは、マックイーンさんの手を取らなかった。
安堵で膝から力が抜けそうになる。よかった。お兄さまはまだ、誰のものでもない。
マックイーンさんが何かを言い、お兄さまが答える。
二人の間に流れる空気は、気まずいものではなく、どこか穏やかで、しかし決定的な断絶を含んでいるように見えた。
これで終わりだ。
そう思った、その時だった。
風向きが変わったのか、お兄さまの声がふいに風に乗って、私たちの耳元まで届いた。
『だって、ライスがお嫁に行っちゃったら俺一人きりだし』
――え?
私の思考が停止した。
今、なんて?
『そうなったらあの時答えていればとか思っちゃうと思うなーって』
お兄さまの声は、どこまでも明るく、そして残酷なほどに純粋だった。
……嘘でしょ?
お兄さま、本気でそう思ってるの?
私が、お兄さま以外の誰かとお嫁に行く未来があるって、微塵も疑わずに信じているの?
私は固まった。
安堵なんて吹き飛んだ。代わりに押し寄せてきたのは、絶望的なまでの徒労感と、悲しみだった。
だって、それはつまり。
お兄さまの中には、「ライスとの結婚」という選択肢が、最初から存在していないということだから。
選択肢にないからこそ、あんなに軽く、あんなに無邪気に「お嫁に行ったら寂しい」なんて言えるのだ。
隣で、ブルボンさんが私を見た。
その無機質な瞳に浮かんでいるのは、明確な感情。
――『憐れみ』だった。
「……ライスさん。貴女の道のりは、私の予測計算をはるかに超えて困難です」
「い、言わないで……!」
ブルボンさんが私の肩に手を置く。その優しさが逆に痛い。
そして、テラスの上。
マックイーンさんが、ふとこちらに視線を向けた気がした。
目が合ったわけではない。けれど、彼女の呆れたような、そして深く同情するような気配が、ビシビシと伝わってきた。
『お可哀想に、ライスさん』
『あの鈍感さは、もはや罪ですわね』
そんな幻聴まで聞こえてきそうだ。
――やめて!
そんな目でライスを見ないで!!
私は顔を覆ってしゃがみ込みたくなった。
お兄さまを巡る恋のバトル。
最大の敵は、マックイーンさんでもブルボンさんでもなかった。
「妹はいつか他所に嫁ぐもの」と信じて疑わない、お兄さま自身の強固すぎる固定観念だったのだ。
「……帰ろう、ブルボンさん」
「了解。撤退を推奨します。これ以上の観測は、ライスさんの精神衛生上よろしくありません」
私たちはとぼとぼと、クリスマスの街を歩き出した。
イルミネーションが滲んで見えるのは、きっと寒さのせいだけじゃない。
でも。
私は涙を拭って、夜空を見上げた。
「……負けないもん」
今はまだ、お兄さまの想像力の中に私はいないかもしれない。
でも、絶対にわからせてやる。
私がどれだけお兄さまを愛しているか。
いつか「お嫁さん」になるのは、他の誰でもない、このライスシャワーなんだってことを!