バレンタインデーを数日後に控えたある日の放課後。
私は、信頼する友人である二人を招集して、作戦会議を開いていた。
議題は単純。「どうすればお兄さまを落とせるか」である。
これまでのアプローチ――水着での誘惑、一日限定の恋人ごっこ、ハロウィンでのボディタッチ――は、すべてお兄さまの鉄壁の鈍感スキルの前に弾き返されてきた。
「妹として可愛い」という強固な結界を破るには、小手先のテクニックでは通用しない。
私は、一つの結論に達していた。
「……もう、当たって砕けろしかないと思うの」
私が拳を握りしめて宣言すると、カフェテリアの向かいに座っていた二人は、顔を見合わせて微妙な表情を浮かべた。
「ライスさんって……こう言ってはなんですけど、結構雑ですよね」
「同意します。戦略性が欠如していると判断」
「うぅ……二人ともひどいなぁ」
マックイーンさんとブルボンさんは、これまでにも色々なアイデアを出してくれていた。
『吊り橋効果を狙ったお化け屋敷デート』とか、『手料理で胃袋を掴む作戦(これは普段からやってる)』とか、『嫉妬心を煽るための架空のラブレター作戦』とか。
でも、どれも私向きではなかったし、何よりお兄さまには「あはは、ライスはモテるなぁ」で流されてしまう未来しか見えなかった。
意識させるなら。
もう、正面突破しかない。
妹という立場を自ら捨てて、一人の女として「好きだ」と突きつける。
成功すればよし。失敗したら……成功するまで告白し続ければいいだけの話だ。
私の決意を聞いたマックイーンさんは、優雅に紅茶を飲みながら、しかし鋭い指摘を飛ばしてきた。
「お気持ちはわかりますわ。ですが、本人の気持ち以外にも、問題が大きそうですけれど?」
「? 何が?」
「本当にわかっていませんの? ……世間体とか、倫理観とか、そういう社会的な障壁ですわよ」
マックイーンさんが呆れたように言う。
そう、一般的に見れば、トレーナーと担当ウマ娘、しかも義理とはいえ兄妹が結ばれることは、ハードルが高い。
お兄さまは真面目だから、きっとそこを一番気にするだろうと、彼女は心配してくれているのだ。
けれど。
私はにっこりと微笑んで、きっぱりと言い放った。
「それなら、問題ないよ」
「はい?」
私は指を折りながら説明した。
「まず、両親はすでに説得済みだよ。お母さまなんて結婚式場のパンフレット送ってくるくらいノリノリだし、お父さまも『ライスが幸せなら』って認めてくれてるの」
「……は?」
「次に、学園内や世間の目だけど、これも大丈夫。入学当初からずっとベタベタしてるから、周りはもう『あの二人はできてる』って誤解してくれてるの。むしろ『まだ結婚してないの?』って聞かれるレベルだよ」
「……まあそれはそうですが」
「最後に血は繋がってないから法律的にも問題がない。もしスキャンダルになりそうなら、『実は幼い頃からの許嫁で、そのために養子縁組もしていた』っていう設定を流布する準備もできてるよ」
カフェテリアに、重い沈黙が落ちた。
マックイーンさんのティーカップを持つ手が震えている。
ブルボンさんの瞳孔が、処理落ちしたかのように揺れている。
「……根回しだけが、ガチすぎて怖いですわ」
「分析不能。ライスさんの執念深さを再評価します」
二人がドン引きしていた。
失礼しちゃうな。これは執念じゃないよ。愛だよ、愛。
お兄さまが気にするであろう「外堀」は、この十年間で私がコツコツと、徹底的に埋めてきたのだ。
あとは、本丸であるお兄さまの首を縦に振らせるだけ。
そして迎えた、決戦のバレンタインデー。
夕方、私はお兄さまの部屋を訪れた。
手作りチョコの交換会。ここまではいつもの幸せな兄妹の時間だ。
お兄さまは無防備に笑って、私の作ったチョコを褒めてくれている。
今だ。
私は深呼吸をして、心のスイッチを切り替えた。
「お兄さま、愛しています。……ライスと、付き合ってください」
放たれた言葉は、部屋の空気を一変させた。
お兄さまが固まる。
驚愕、困惑、動揺。あらゆる感情がその瞳の中を駆け巡るのを、私は逃さず観察していた。
お兄さまは、私が血の繋がりがないことを知っていると告げると、さらに驚いた顔をした。
そして、私の本気を感じ取って、背もたれに沈み込んだ。
ここからが勝負だ。
私は、お兄さまの反応を冷徹なまでに分析した。
お兄さまは、「嫌だ」とは言わなかった。
「気持ち悪い」とも、「女として見られない」とも言わなかった。
彼が口にしたのは、「兄妹だぞ」「世間体が」「親が」という、外部環境への懸念ばかり。
――勝った。
私は心の中でガッツポーズをした。
お兄さまを見ていればわかる。
あれは、私を拒絶している顔じゃない。
理性が、本能にブレーキをかけているだけの顔だ。
「妹」というレッテルを剥がして、「一人の女性」として私を見た時、お兄さまの中に嫌悪感はなかった。むしろ、私の求愛に心が揺れ動いているのが手に取るようにわかった。
つまり、お兄さまは、異性としてライスを受け入れることに、生理的な問題は感じていないのだ。
ただ、社会的な責任や、私の将来に悪影響への恐怖が邪魔をしているだけ。
なら、話は早い。
その恐怖を取り除いてあげればいい。
「大丈夫だよ」「怖くないよ」「みんな祝福してくれるよ」と、優しく導いてあげればいいのだ。
「……少しだけ、考えさせてもらえないか?」
お兄さまが絞り出したその言葉は、事実上の降伏宣言に近い保留だった。
完全に脈なしなら、その場で叱るか、笑って流すはずだから。
「いいよ、じゃあホワイトデーまで待ってあげる」
私は余裕を持って微笑んだ。
一ヶ月。
それは、お兄さまが覚悟を決めるための時間であり、私が最後の一押しをするための時間だ。
帰り道、私はスキップしたい気分を抑えて夜道を歩いていた。
外堀は、もう完全に埋まっている。
あとは、お兄さま自身が降参するだけ。
ホワイトデーまでの一ヶ月、私はお兄さまに徹底的にアピールするつもりだ。
妹としての甘えではなく、恋人としての安らぎを。
少女としての可愛さではなく、女性としての魅力を。
既成事実を積み重ね、周りからも「もう付き合っちゃいなよ」という空気を醸成し、お兄さまが「うん」と言うしかない状況を作り上げる。
マックイーンさんは「怖い」と言ったけれど、恋する乙女はこれくらい計算高くてちょうどいいのだ。
だってお兄さまは、世界一優しくて、世界一鈍感な人なんだから。私がリードしてあげなくちゃ、一生平行線のまま。
「待っていてね、お兄さま」
夜空に浮かぶ月に、私は小さくウインクした。
三月十四日。
あの日が、私たちが「兄妹」を卒業する記念日になる。
その確信に、私の胸は甘く、熱く高鳴っていた。
恋人関係になった後の続きみたい?
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みたい
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どちらかというとみたい
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どちらともいえない
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どちらかというとみたくない
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みたくない