バレンタインの夜、最愛の妹から突きつけられた「愛しています」という言葉。
一ヶ月。ホワイトデーまでの猶予期間。
その間に、私は答えを出さなければならない。
社会的な責任、親族関係、そういったものを考えれば断るしかないだろう。
それを確認するために、私は関係各所への相談することにした。
本来なら、自分の恋愛事情を言いふらすのは気が引ける。だが、相手は担当ウマ娘であり、戸籍上の妹だ。生半可な覚悟で進めていい話ではない。
ライス本人が「みんなに言ってくれた方が嬉しい」と言っていた。ならある程度は甘えさせてもらおう。
まずは、最大の難関と思われる実家――両親への報告だ。
◇
週末、私は実家に電話をかけた。
緊張で受話器を持つ手が汗ばむ。
もし父さんが激怒したら。もし母さんが泣き崩れたら。
最悪の場合、勘当される覚悟もしていた。
「――ということで、ライスから告白されたんだけど」
単刀直入に伝えた。
長い沈黙が流れると予想していた。怒号が飛んでくると身構えていた。
しかし。
『あらいやだ。やっと? ずいぶんと待たせたわねぇ』
電話口から聞こえてきたのは、母さんの明るく弾んだ声だった。
「……はい?」
『ライスの様子を見ていれば、バレンタインで決めるつもりなのは分かっていたけれど。貴方、本当に鈍感なんだから』
母さんは呆れたように、けれど楽しげに笑った。
『で、どうするの? もちろん受けるんでしょう?』
「いや、兄妹という立場もあるし、世間体も……」
『そんなのどうでもいいじゃない。血は繋がっていないんだし』
母さんの声が、一段階低く、力強いものに変わった。
『ひとまず、卒業後に結婚するってことで、今は「許嫁(いいなずけ)」ということでいいわね』
「い、いいなずけ!?」
『そうよ。それなら学園側にも説明がつくし、親公認なら誰も文句は言わないわ』
反対するどころか、猛烈なプッシュである。
外堀を埋めていたのはライスだけではなかった。この母にしてこの娘あり、か。
「でも、母さん……娘を、自分好みに育ててきたような人間に預けていいんですか?」
私は自虐的に聞いた。
幼い頃からライスを世話して、自分好みのレディに育て上げ、そのまま妻にする。字面だけ見れば光源氏もびっくりの所業だ。
『あら。私は貴方のことも信じているわよ? それに、「自分好みに育てる」って、素敵な響きじゃない。最高傑作を自分のものにするなんて、職人冥利に尽きるでしょう?』
強すぎる。
母さんのメンタルは鋼鉄製か何かなのだろうか。
『ちょっと待って、お父さんに代わるわね』
ガサゴソと音がして、父さんが出た。
常識人のさすがに父さんは渋い顔をするのでは……。
『……俺からは、何も言うことはない』
「父さん……」
『お前がライスちゃんを好きで、ライスちゃんがお前を好きなら、それが一番だ』
父さんの声は少し震えていたが、それは怒りではなく、娘を嫁に出す父親特有の寂しさだった。
一番反対を懸念していた両親は、驚くほどあっさりと、そして力強く私たちの背中を押してくれた。
拍子抜けすると同時に、胸の奥が熱くなる。
これでもう、家庭内の障害は消滅した。
次は、職場だ。
家庭がOKでも、トレセン学園という教育機関における風紀の問題がある。
トレーナーと担当ウマ娘の恋愛は、基本的には推奨されない。ましてや、未成年の生徒だ。
私は、信頼できる師匠であり、学園の事情にも精通している奈瀬トレーナーに相談のアポイントを取った。
放課後の指導官室。
私は真剣な面持ちで切り出した。
「奈瀬さん。折り入って相談があります。……実は、担当ウマ娘であるライスシャワーに告白されまして」
私の告白に、奈瀬トレーナーはきょとんとした顔をした。
そして、手元の資料から顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。
「え? 何を今さら。君と義妹君って、元々『許嫁』だって聞いていたけど?」
――はい?
「……あの、それっていつからですか?」
「いつって……君を「見習い」として受け入れる時よ。理事長からそう説明を受けたわ」
奈瀬トレーナーは淡々と続けた。
「『彼の母親から強い推薦があった。彼と担当希望のライスシャワーは義兄妹だが血縁はなく、幼い頃からの許嫁である。将来を誓い合った仲なので、二人三脚での指導を許可してほしい』とね」
私は開いた口が塞がらなかった。
母さん……!?
もしかして、私がトレーナーを目指すと決めたあの時から、いやもっと前から、ライスと私をくっつけるための根回しを完了していたのか!?
「だから、私はてっきりそういう前提で君たちを見ていたわ。……マックイーンも頑張っていたのは知っているけど、健気というか、無謀というか……」
奈瀬さんが遠い目をした。
「まあ、そういう認識がトレーナー界隈だけでなく、上層部や学園内の一般的な認識になっているわ。だから、学園内で過度にハメを外さなければ、特に問題はないはずよ。……むしろ、『ようやくか』って言われるだけじゃない?」
奈瀬さんは苦笑しながら、コーヒーを啜った。
相談は終了した。
結論。
世間的に問題ない、というか、外堀はすでにコンクリートで固められていた。
周りは誰も反対しない。むしろ「今さら何言ってるの?」という反応だ。
障害は、ない。
私が勝手に作り上げていた壁は、最初から存在しなかったのだ。
あとは、私自身がどう考えるか、それだけだ。
私は一人、夜のトレーナー室で考えた。
「妹」というフィルターを外し、ライスシャワーという一人のウマ娘を、異性として見た場合。
……
控えめに言って、最高だろう。
いや、最高という言葉すら陳腐に聞こえる。
容姿は私の好みど真ん中。性格は献身的で健気で、時に情熱的。
私のことを誰よりも理解し、誰よりも愛してくれている。
そして私も、彼女のためなら命を懸けられる。
最高の妹で、最高のパートナーで、最高の女性。
こんな存在が、私のお嫁さんになってくれる?
……多分、前世での私は、世界を二、三回救った英雄だったに違いない。
そうでなければ、これほどの幸運が許されるはずがない。
ならば、その幸運を甘んじて受け入れよう。
そして、それ以上の幸福を彼女に返そう。
私がすべきことは、もう一つしかなかった。
やるべきことを、やるだけだ。
そして迎えた、三月十四日。ホワイトデー。
私は、ライスをある場所へ呼び出した。
クリスマスパーティーが行われた、あの高級ホテルの最上階にあるレストランだ。
夜景が見える個室。
あの日、マックイーンに告白され、断った場所と同じホテル。
けれど今日は、断るためではなく、受け入れるためにここに来た。
ドレスアップしたライスが現れる。
白のワンピースに、青い薔薇のコサージュ。
緊張しているのか、少し表情が硬い。
「お兄さま……」
「座ってくれ、ライス」
コース料理が進む間も、私たちの会話はどこかぎこちなかった。
ライスは時折、不安そうに私を見る。
一ヶ月待たせたのだ。怖かっただろう。
でも、もう大丈夫だ。
デザートが運ばれてきたタイミングで、私は内ポケットから小さな箱を取り出した。
この一ヶ月、仕事の合間を縫って選び抜いた指輪だ。
デザインはシンプルだが、プラチナの輝きは本物だ。
値段は、給料三ヶ月分。
母さんにアドバイスをもらって決めた一品だ。
私は席を立ち、ライスの隣に跪いた。
箱をパカリと開ける。
中には、二つの指輪が並んでいた。ペアリングだ。
「……っ!」
ライスが息を呑む。
その瞳が潤み、揺れる。
私は震える手でライスの左手を取り、その薬指に指輪を滑らせた。
サイズはぴったりだ。寝ている間にこっそり測っておいてよかった。
「ライス」
私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて、告げた。
もう、「お兄ちゃん」としての言葉じゃない。
一人の男としての、魂の誓いだ。
「愛してる」
シンプルな言葉だった。
でも、これ以上の言葉は見つからなかった。
「妹としてじゃない。一人の女性として、君を愛してる。……私と、結婚を前提に付き合ってください」
ライスの目から、大粒の涙が零れ落ちた。
それは、悲しみの涙ではなく、宝石のような喜びの涙だった。
「……うん……っ!」
ライスは何度も何度も頷き、私の首に抱き着いた。
「うん! ライスも……ライスも愛してる! 世界で一番、宇宙で一番、お兄さまを愛してる!」
彼女の温もりが、香りが、私の胸を満たしていく。
ああ、これが「恋人」の重みなのだと、私は初めて知った。
妹を守るための盾になる覚悟とは違う。
共に歩み、共に幸せになるための、甘やかで重厚な覚悟。
私は彼女の背中に腕を回し、強く抱きしめ返した。
「待たせてごめんな」
「ううん……嬉しい……夢みたい……」
窓の外には、一ヶ月前と同じように美しい夜景が広がっている。
でも、今日見える景色は、あの時よりもずっと輝いて見えた。
こうして、私たちは「兄妹」という枠組みを卒業し、晴れて「婚約者」となった。
……まあ、明日学園に行けば、まわりから冷やかしと祝福の嵐を受けることになるかもしれない。
両親からは、孫の催促が始まるかもしれない。
けれど、今の私には何の不安もなかった。
「帰ろうか、ライス」
「うん、お兄さま……あ、ううん」
ライスは涙を拭って、満面の笑みで私を見上げ、訂正した。
「あなた」
……その呼び方は、まだ少し心臓に悪いかもしれない。
私の顔が赤くなるのを見て、ライスは悪戯っぽく、そして幸せそうに笑った。
恋人関係になった後の続きみたい?
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みたい
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どちらかというとみたい
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どちらともいえない
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どちらかというとみたくない
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みたくない