ライスシャワーはお義兄さまと結婚したい   作:雅媛

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10-3 そして結末は Side:Trainer

 バレンタインの夜、最愛の妹から突きつけられた「愛しています」という言葉。

 一ヶ月。ホワイトデーまでの猶予期間。

 その間に、私は答えを出さなければならない。

 

 社会的な責任、親族関係、そういったものを考えれば断るしかないだろう。

 それを確認するために、私は関係各所への相談することにした。

 本来なら、自分の恋愛事情を言いふらすのは気が引ける。だが、相手は担当ウマ娘であり、戸籍上の妹だ。生半可な覚悟で進めていい話ではない。

 ライス本人が「みんなに言ってくれた方が嬉しい」と言っていた。ならある程度は甘えさせてもらおう。

 

 まずは、最大の難関と思われる実家――両親への報告だ。

 

          ◇

 

 週末、私は実家に電話をかけた。

 緊張で受話器を持つ手が汗ばむ。

 もし父さんが激怒したら。もし母さんが泣き崩れたら。

 最悪の場合、勘当される覚悟もしていた。

 

「――ということで、ライスから告白されたんだけど」

 

 単刀直入に伝えた。

 長い沈黙が流れると予想していた。怒号が飛んでくると身構えていた。

 しかし。

 

『あらいやだ。やっと? ずいぶんと待たせたわねぇ』

 

 電話口から聞こえてきたのは、母さんの明るく弾んだ声だった。

 

「……はい?」

『ライスの様子を見ていれば、バレンタインで決めるつもりなのは分かっていたけれど。貴方、本当に鈍感なんだから』

 

 母さんは呆れたように、けれど楽しげに笑った。

 

『で、どうするの? もちろん受けるんでしょう?』

「いや、兄妹という立場もあるし、世間体も……」

『そんなのどうでもいいじゃない。血は繋がっていないんだし』

 

 母さんの声が、一段階低く、力強いものに変わった。

 

『ひとまず、卒業後に結婚するってことで、今は「許嫁(いいなずけ)」ということでいいわね』

「い、いいなずけ!?」

『そうよ。それなら学園側にも説明がつくし、親公認なら誰も文句は言わないわ』

 

 反対するどころか、猛烈なプッシュである。

 外堀を埋めていたのはライスだけではなかった。この母にしてこの娘あり、か。

 

「でも、母さん……娘を、自分好みに育ててきたような人間に預けていいんですか?」

 

 私は自虐的に聞いた。

 幼い頃からライスを世話して、自分好みのレディに育て上げ、そのまま妻にする。字面だけ見れば光源氏もびっくりの所業だ。

 

『あら。私は貴方のことも信じているわよ? それに、「自分好みに育てる」って、素敵な響きじゃない。最高傑作を自分のものにするなんて、職人冥利に尽きるでしょう?』

 

 強すぎる。

 母さんのメンタルは鋼鉄製か何かなのだろうか。

 

『ちょっと待って、お父さんに代わるわね』

 

 ガサゴソと音がして、父さんが出た。

 常識人のさすがに父さんは渋い顔をするのでは……。

 

『……俺からは、何も言うことはない』

「父さん……」

『お前がライスちゃんを好きで、ライスちゃんがお前を好きなら、それが一番だ』

 

 父さんの声は少し震えていたが、それは怒りではなく、娘を嫁に出す父親特有の寂しさだった。

 一番反対を懸念していた両親は、驚くほどあっさりと、そして力強く私たちの背中を押してくれた。

 拍子抜けすると同時に、胸の奥が熱くなる。

 これでもう、家庭内の障害は消滅した。

 

 

 

 次は、職場だ。

 家庭がOKでも、トレセン学園という教育機関における風紀の問題がある。

 トレーナーと担当ウマ娘の恋愛は、基本的には推奨されない。ましてや、未成年の生徒だ。

 私は、信頼できる師匠であり、学園の事情にも精通している奈瀬トレーナーに相談のアポイントを取った。

 

 放課後の指導官室。

 私は真剣な面持ちで切り出した。

 

「奈瀬さん。折り入って相談があります。……実は、担当ウマ娘であるライスシャワーに告白されまして」

 

 私の告白に、奈瀬トレーナーはきょとんとした顔をした。

 そして、手元の資料から顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。

 

「え? 何を今さら。君と義妹君って、元々『許嫁』だって聞いていたけど?」

 

 ――はい?

 

「……あの、それっていつからですか?」

「いつって……君を「見習い」として受け入れる時よ。理事長からそう説明を受けたわ」

 

 奈瀬トレーナーは淡々と続けた。

 

「『彼の母親から強い推薦があった。彼と担当希望のライスシャワーは義兄妹だが血縁はなく、幼い頃からの許嫁である。将来を誓い合った仲なので、二人三脚での指導を許可してほしい』とね」

 

 私は開いた口が塞がらなかった。

 母さん……!?

 もしかして、私がトレーナーを目指すと決めたあの時から、いやもっと前から、ライスと私をくっつけるための根回しを完了していたのか!?

 

「だから、私はてっきりそういう前提で君たちを見ていたわ。……マックイーンも頑張っていたのは知っているけど、健気というか、無謀というか……」

 

 奈瀬さんが遠い目をした。

 

「まあ、そういう認識がトレーナー界隈だけでなく、上層部や学園内の一般的な認識になっているわ。だから、学園内で過度にハメを外さなければ、特に問題はないはずよ。……むしろ、『ようやくか』って言われるだけじゃない?」

 

 奈瀬さんは苦笑しながら、コーヒーを啜った。

 

 相談は終了した。

 結論。

 世間的に問題ない、というか、外堀はすでにコンクリートで固められていた。

 周りは誰も反対しない。むしろ「今さら何言ってるの?」という反応だ。

 

 障害は、ない。

 私が勝手に作り上げていた壁は、最初から存在しなかったのだ。

 

 

 

 あとは、私自身がどう考えるか、それだけだ。

 

 私は一人、夜のトレーナー室で考えた。

 「妹」というフィルターを外し、ライスシャワーという一人のウマ娘を、異性として見た場合。

 

 ……

 

 控えめに言って、最高だろう。

 いや、最高という言葉すら陳腐に聞こえる。

 容姿は私の好みど真ん中。性格は献身的で健気で、時に情熱的。

 私のことを誰よりも理解し、誰よりも愛してくれている。

 そして私も、彼女のためなら命を懸けられる。

 

 最高の妹で、最高のパートナーで、最高の女性。

 こんな存在が、私のお嫁さんになってくれる?

 ……多分、前世での私は、世界を二、三回救った英雄だったに違いない。

 そうでなければ、これほどの幸運が許されるはずがない。

 

 ならば、その幸運を甘んじて受け入れよう。

 そして、それ以上の幸福を彼女に返そう。

 私がすべきことは、もう一つしかなかった。

 

 やるべきことを、やるだけだ。

 

 

 

 そして迎えた、三月十四日。ホワイトデー。

 

 私は、ライスをある場所へ呼び出した。

 クリスマスパーティーが行われた、あの高級ホテルの最上階にあるレストランだ。

 夜景が見える個室。

 あの日、マックイーンに告白され、断った場所と同じホテル。

 けれど今日は、断るためではなく、受け入れるためにここに来た。

 

 ドレスアップしたライスが現れる。

 白のワンピースに、青い薔薇のコサージュ。

 緊張しているのか、少し表情が硬い。

 

「お兄さま……」

「座ってくれ、ライス」

 

 コース料理が進む間も、私たちの会話はどこかぎこちなかった。

 ライスは時折、不安そうに私を見る。

 一ヶ月待たせたのだ。怖かっただろう。

 でも、もう大丈夫だ。

 

 デザートが運ばれてきたタイミングで、私は内ポケットから小さな箱を取り出した。

 

 この一ヶ月、仕事の合間を縫って選び抜いた指輪だ。

 デザインはシンプルだが、プラチナの輝きは本物だ。

 値段は、給料三ヶ月分。

 母さんにアドバイスをもらって決めた一品だ。

 

 私は席を立ち、ライスの隣に跪いた。

 箱をパカリと開ける。

 中には、二つの指輪が並んでいた。ペアリングだ。

 

「……っ!」

 

 ライスが息を呑む。

 その瞳が潤み、揺れる。

 

 私は震える手でライスの左手を取り、その薬指に指輪を滑らせた。

 サイズはぴったりだ。寝ている間にこっそり測っておいてよかった。

 

「ライス」

 

 私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて、告げた。

 もう、「お兄ちゃん」としての言葉じゃない。

 一人の男としての、魂の誓いだ。

 

「愛してる」

 

 シンプルな言葉だった。

 でも、これ以上の言葉は見つからなかった。

 

「妹としてじゃない。一人の女性として、君を愛してる。……私と、結婚を前提に付き合ってください」

 

 ライスの目から、大粒の涙が零れ落ちた。

 それは、悲しみの涙ではなく、宝石のような喜びの涙だった。

 

「……うん……っ!」

 

 ライスは何度も何度も頷き、私の首に抱き着いた。

 

「うん! ライスも……ライスも愛してる! 世界で一番、宇宙で一番、お兄さまを愛してる!」

 

 彼女の温もりが、香りが、私の胸を満たしていく。

 ああ、これが「恋人」の重みなのだと、私は初めて知った。

 妹を守るための盾になる覚悟とは違う。

 共に歩み、共に幸せになるための、甘やかで重厚な覚悟。

 

 私は彼女の背中に腕を回し、強く抱きしめ返した。

 

「待たせてごめんな」

「ううん……嬉しい……夢みたい……」

 

 窓の外には、一ヶ月前と同じように美しい夜景が広がっている。

 でも、今日見える景色は、あの時よりもずっと輝いて見えた。

 

 こうして、私たちは「兄妹」という枠組みを卒業し、晴れて「婚約者」となった。

 

 ……まあ、明日学園に行けば、まわりから冷やかしと祝福の嵐を受けることになるかもしれない。

 両親からは、孫の催促が始まるかもしれない。

 けれど、今の私には何の不安もなかった。

 

「帰ろうか、ライス」

「うん、お兄さま……あ、ううん」

 

 ライスは涙を拭って、満面の笑みで私を見上げ、訂正した。

 

「あなた」

 

 ……その呼び方は、まだ少し心臓に悪いかもしれない。

 私の顔が赤くなるのを見て、ライスは悪戯っぽく、そして幸せそうに笑った。




ひとまず一段落。
この先はただいちゃつくだけなので書くかどうか考えています。

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