ライスシャワーはお義兄さまと結婚したい   作:雅媛

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2-2 私の方がお兄さまのことを先に好きだったのに Side:RiceShower

 お兄さまがトレセン学園のトレーナー見習いとして家を出てから、私はある「ルール」を自分に課した。

 それは、自分磨きの期間として、二年間はお兄さまと直接会わない、というものだ。

 

 私の完璧な人生設計において、この二年間は空白ではない。サナギが蝶へと羽化するための、神聖な準備期間なのだ。

 ウマ娘の成長期は人間よりも劇的だ。特に十代前半の体の変化は著しい。

 この期間に、お兄さまの近くにいて「いつもの妹」として成長を見守られるよりも、あえて距離を置き、再会した時に「あれ? ライス、こんなに大人っぽくなって……」とドギマギさせる方が、異性として意識させるには効果的だと判断したのだ。

 毎日顔を合わせていたら、変化に気づきにくい。

 けれど、二年ぶりの再会ならば、その落差(ギャップ)は恋の導火線に火をつける最強の武器になるはず。

 

 もちろん、寂しくないと言えば嘘になる。

 枕を涙で濡らした夜もあった。

 それでも私は耐えた。すべては、将来お兄さまのお嫁さんになるため。

 ただの「守られる妹」から、「隣に立つパートナー」へ。

 そう決意を語る私に、お母さまは「あらあら、まあまあ」と生暖かい視線を送っていたけれど、今の私にはその余裕すらも応援に思えた。

 

 そして、お兄さまが正式にトレーナー資格を取得し、私がトレセン学園中等部への入学を決めた春。

 約束の二年が過ぎた。

 

 鏡の前で、私は自分の姿を入念にチェックする。

 ……残念ながら、お母さまの遺伝子はちゃんと仕事をしてしまったらしい。

 身長は145センチで止まってしまったし、体つきも「ボンッキュッボンッ」というよりは「スッ、トン、スッ」といった風情だ。

 けれど、肌の手入れは欠かさなかったし、髪も毎日丁寧にブラッシングして天使の輪ができるほど艶やかだ。小柄だけれど、華奢で儚げな文学少女風の美少女にはなれたはず。そう信じたい。いや、信じる。

 

 私はドレッサーの引き出しから、大切な宝物を取り出した。

 かつてお兄さまがプレゼントしてくれた、青い薔薇の髪飾り。

 これを着けることが、作戦開始の合図だ。

 

「よし、行こう。ライス」

 

 私は鏡の中の自分に気合を入れ、新しい制服に袖を通した。

 待っていてね、お兄さま。

 最高に可愛くなったライスが、今、会いに行きます。

 

 

 

 中央トレセン学園の敷地は広大だった。

 春の風に乗って漂う芝の匂い。遠くから聞こえる蹄鉄の音。

 ここが、私とお兄さまがこれから愛と栄光の物語を紡ぐ場所。

 

 私は地図を片手に、お兄さまがいるはずのトレーナー室を目指した。

 心臓が早鐘を打っている。

 ドアを開けた瞬間、お兄さまはどんな顔をするだろう。

 驚いて目を丸くするかな。それとも、可愛くなった私に見惚れて言葉を失うかな。

 想像するだけで頬が緩んでしまう。

 

 目的の部屋の前に立ち、私は深呼吸を一つ。

 そして、最高の笑顔を作ってドアを勢いよく開け放った。

 

「お兄さま!!ライスシャワーが会いにきたよ!!」

 

 高らかに宣言し、私は室内へと踏み込んだ。

 感動の再会。涙の抱擁。愛の告白。

 そのすべての準備は整っていた。

 

 ――しかし。

 

「あら、いらっしゃいませ」

「……? こんにちは。来客、です」

 

 そこには、私の知らない世界が広がっていた。

 

 室内には、優雅に紅茶の香りが漂っている。

 そして、ソファには二人のウマ娘が我が物顔でくつろいでいた。

 

 一人は、透き通るような芦毛のロングヘアを持つウマ娘。

 背が高く、スラリとしたモデルのような手足。品の良さが服の上からでも滲み出ているような、完成された美貌の持ち主。手にはティーカップを持ち、まるで王宮のサロンにいるかのように微笑んでいる。

 

 もう一人は、栗毛のロングヘアのウマ娘。

 こちらは対照的に、スポーティでありながらも、出るべきところが出ている暴力的なまでのナイスバディ。無表情だが、その瞳には強い光が宿っている。

 

 ……だれ?

 なぜ、お兄さまの聖域(へや)に、私以外の女がいるの?

 部屋を間違えたのだろうか。一度ドアを閉めて確認しようとした、その時。

 

 二人の美少女の間から、見慣れた、そして愛しい長身の男性が現れた。

 

「やあライス。久しぶり。元気だったかい?」

 

 お兄さまだ。

 間違いなく、私のお兄さまだ。

 相変わらず優しい声。私を見る温かい目。

 でも、その状況が、私の脳内回路を焼き切った。

 

 私のいない二年間。

 お兄さまは、一人で寂しく勉強していると思っていた。私の写真を見ながら、再会の日を待ちわびていると思っていた。

 それなのに。

 こんな、こんな綺麗でスタイルのいい人たちを部屋に連れ込んで、紅茶なんて飲んで優雅に過ごしていたなんて。

 

 私という妹(フィアンセ)がいながら!

 

「……」

「? どうしたんだライス? そんな入り口で固まって」

「……お兄さまの」

「え?」

 

「お兄さまの、浮気者おおおおおっ!!!!」

 

「ふげらっ!!」

 

 私は肩にかけていたスクールバッグを全力で投擲した。

 カバンは美しい放物線を描き、お兄さまの顔面にクリーンヒットする。

 お兄さまが情けない悲鳴を上げて倒れるのを見届けることもなく、私は回れ右をして廊下へと駆け出した。

 

 嫌だ。聞きたくない。見たくない。

 私の場所がなくなっているなんて、信じたくない!

 

「まあまあ、そんなに興奮せずにちょっとお話ししましょう?」

 

 背後から、鈴を転がすような涼やかな声が聞こえた。

 次の瞬間、目の前に灰色の影が滑り込む。

 速い!?

 あの芦毛の人だ。優雅な見た目とは裏腹に、その足運びは洗練された競技者のそれだった。

 

「ひっ……!」

 

 進路を塞がれ、あわてて後ろへ下がろうとした瞬間。

 

「確保、しました」

 

 背後から、鋼鉄のような腕にガシリと抱きすくめられた。

 栗毛の人だ。ものすごい力で、びくともしない。

 私がまだ基礎トレーニングしかしていない新入生だとしても、これほどまでに力の差があるなんて。

 

「は、離して! ライスは帰るの! お兄さまなんて知らない!」

「そうです、貴女がトレーナーさんの妹さん、ですよね? 写真で見るよりずっと可愛らしいですわ」

「肯定。マスターのデスクにある写真と一致。ライスシャワーさん、です」

 

 二人は私の抵抗など意にも介さず、まるで迷子の仔猫をあやすように私を抱え上げ、再びあの忌まわしき部屋へと連れ戻したのだった。

 

 

 

 カバンの直撃を受けて鼻を押さえているお兄さまは、「書類を出してくるから、その間三人で仲良くしていてくれ」と言い残し、逃げるように部屋を出て行った。

 正直、気まずいから逃げたんだと思う。戻ってきたらもう一度投げてやる。

 

 部屋には、私と、芦毛の人――メジロマックイーンさんと、栗毛の人――ミホノブルボンさんが残された。

 お兄さまは、一番はライスだから、と言ってくれた。

 けれど、私の心の中の嵐は収まらない。

 監視を緩めたのが失敗だった。二年という月日は、泥棒猫が入り込むには十分すぎる時間だったのだ。

 

 私はソファの端っこに座り、二人を睨みつけた。

 威嚇してやる。ここは私の場所なんだから。

 

「ふーっ! ふーっ!」

「あらあら、仔猫ちゃんみたいで可愛らしいですわね」

「心拍数上昇。興奮状態にあります。糖分を摂取させて鎮静化を図ることを推奨」

 

 マックイーンさんは優雅に微笑みながら、新しい紅茶を私の前に置いた。

 ブルボンさんは無表情のまま、お皿に乗ったクッキーを差し出してくる。

 こ、この人たち、余裕だ。私の敵意なんて、そよ風程度にしか感じていない。

 

「何か誤解しているようですが、私もブルボンさんも、担当のトレーナーさんは別にいますよ」

 

 マックイーンさんが、紅茶を一口飲んでから静かに言った。

 

「……そうなの?」

「ええ。私は奈瀬トレーナー、ブルボンさんは黒沼トレーナーの担当です。この部屋の主は、私たちのサブトレーナーのようなものでしたの」

 

 少しだけ、胸のつかえが取れた気がした。

 なんだ、担当じゃないんだ。お兄さまの「一番」は、まだ誰のものでもないんだ。

 

「まあ、思うところがないわけではないですが」

 

 マックイーンさんが、不穏な言葉を付け足した。

 

「……え?」

「見習いとはいえ、二年間、それはもう献身的にお世話をしていただきましたから。練習で疲れた足をマッサージしてくださったり、落ち込んだ夜には朝まで電話に付き合ってくださったり……」

「マッサージ!?」

「ええ。お上手なんですのよ? 彼の手は魔法のようですわ」

 

 マックイーンさんが頬を染めてうっとりとした表情をする。

 な、な、なにをさせているのこの女狐! お兄さまの手は私のものなのに!

 

「ふしゃー!!」

「マックイーンさん、からかうとかわいそうですよ」

 

 ブルボンさんが淡々と言うと、マックイーンさんは「おや、バレました?」と悪びれもせずにクスクスと笑った。

 

 このアマ、絶対に一発かましてやる。

 名家の令嬢だか何だか知らないけれど、性格が悪すぎる。

 

「私もブルボンさんも随分とお世話になりましたから、今日はお礼に来ているだけです。貴女の思いを邪魔することはたぶんないと思いますよ、たぶん」

「最後の一言が余計なのよ!」

「ふふ。でも、貴女がお兄様のことを大好きなのは伝わってきましたわ。私たちにとっても、彼は恩人であり、大切なお兄様ですもの」

「肯定。サブトレさんは、特別な相手です」

 

 二人の目つきが変わった。

 ただのからかいではない。その瞳の奥には、確かな好意のような熱が揺らめいている気がする。

 担当トレーナーが別にいようと関係ない。

 この二人は、お兄さまという「男性」を、正しく評価し、狙っているに違いない。

 

「ふしゃー!!」

 

 私は最大級の威嚇をした。

 両方とも、油断も隙もない泥棒ウマ娘だ。

 お兄さまが「妹」としか見ていない私と違い、彼女たちはすでにお兄さまと「対等な仕事仲間」としての信頼関係を築いている。

 スタートラインは、私の方がずっと後ろだ。

 

 絶対に許さん。

 私の完璧な計画に、こんな強力なライバルが出現するなんて。

 お兄さまを取られないように、今まで以上に監視とアピールが必要だ。

 

 ガチャリ、とドアが開く音がした。

 お兄さまが戻ってきたのだ。

 

「あー、喧嘩してないよな……?」

「お兄さま!」

 

 私は席を立ち、お兄さまの腕に抱き着いた。

 マックイーンさんとブルボンさんが「あらあら」という顔で見ている。

 負けない。絶対に負けないんだから。




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