ライスシャワーはお義兄さまと結婚したい   作:雅媛

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3-1 おでかけ Side:Trainer

 さて、二年ぶりに再会した最愛の義妹、ライスシャワーについて語らせてほしい。

 結論から言おう。

 とんでもなく、可愛くなっていた。

 

 いや、誤解なきよう言っておくが、二年前のライスも最高に可愛かった。それは宇宙の真理であり、揺るがない事実だ。しかし、今のライスはそこから一皮も二皮もむけて、さらなる高みへと昇華されていた。

 身長は母さんに似て小柄なままで、ブルボンのようなダイナマイトなスタイルというわけでも、マックイーンのようなスレンダーな長身美女でもない。

 だが、その佇まいには「少女」から「女性」へと移ろいゆく時期特有の、儚くも妖艶な空気が漂い始めている。少し伸びた黒髪は艶めき、伏し目がちだった瞳には芯の強さが宿り、ふとした仕草にドキリとさせられる色香すら感じる。

 

 こんな可愛いウマ娘と将来結婚できる奴は、間違いなく前世で銀河を救った英雄か何かだろう。世界で一番幸せな男になるに違いない。

 だが、その前にそんな幸運な野郎は一発、いや、三、四発は本気で殴らないと私の気が済まない。どこの馬の骨とも知れぬ男に「お義兄さん」などと呼ばせるものか。

 ……まあ、そんな未来の敵(フィアンセ)への殺意は一旦置いておこう。

 

 問題は現在進行形のライスである。

 昨日、マックイーンとブルボンとの遭遇を経てからというもの、彼女は私の膝の上を「定位置」と定めてしまったらしい。

 

 トレーナー室のデスクで仕事をする私の太ももの上に、ちょこんと座り込んでいる。

 こんなに甘えん坊だったのは、それこそ私が「トレーナーを目指す」と宣言して勉強漬けになる前、彼女がまだ幼稚園児や小学校低学年だった頃以来ではないだろうか。

 背中から感じる温もりと、シャンプーの香り。仕事の効率は著しく下がるが、精神的な幸福度はカンストしている。

 

「……お兄さまはライスのものなんだからね!!」

 

 私がキーボードを叩く手を止めると、ライスは私の胸に後頭部をぐりぐりと押し付けながら、頬を膨らませて宣言した。

 昨日の「泥棒猫」発言をまだ引きずっているらしい。

 

「はいはい、わかっているよ。俺がライスのトレーナーで、ライスのお兄さまだ」

「むぅ……言葉のアヤを感じる」

 

 ライスは不満げに唸るが、膝から降りる気配はない。

 ずっとこうしていたいのは山々だが、今日は大事な予定がある。

 

「さて、ライス。そろそろ買い物に行くよ」

「買い物? ……えっ、それって、デート!?」

 

 ライスの頭上の耳がピクリと反応し、パァァァッと背景に花が咲くような笑顔を見せた。

 その反応速度、スプリンターの素質もあるかもしれない。

 

「ああ。これから君が使う蹄鉄と、トレーニング用のシューズを買いに行く。どうせなら足に馴染むものをオーダーメイドで作りたいからね。専門店を予約してあるんだ」

「わぁ……! お兄さまとの初デート、靴屋さん……!」

 

 そもそも一緒に買い物なんて、久しぶりではあるが何十回と行っているから初でもなんでもないし、何か独自のフィルターを通して解釈しているようだが、機嫌が直ったなら何よりだ。

 私は名残惜しさを感じつつもライスを膝から下ろし、上着を羽織って外へと繰り出した。

 

 

 

 春の陽気が心地よい街中を歩く。

 ライスは私の右腕をガシリとホールドし、上機嫌で鼻歌交じりに歩いている。

 周囲の人々が「微笑ましい兄妹だ」という目で見ているのがわかる。あるいは「あんな可愛い子を連れて羨ましい」という視線か。フフン、もっと見るといい。この可愛い生き物は私の自慢の妹だ。

 

 しかし、待ち合わせ場所である駅前の広場に到着した途端、ライスの足がピタリと止まった。

 

「……現在時刻、一三〇〇。サブトレさんおよびライスシャワーさんの到着を確認」

 

 そこには、私服姿のミホノブルボンが直立不動で待機していた。

 スポーティなパーカーにヨガパンツ。機能性を重視した服装だが、その鍛え上げられた脚線美は隠しきれていない。

 

「……ぶー。二人きりじゃないの」

 

 ライスの頬が再び風船のように膨らむ。握りしめられた私の腕に、ギリギリと力が込められた。

 

「すいません、お邪魔します。ですが、私も買うものがありまして」

「……」

 

 ブルボンがペコリと頭を下げる。

 今日の買い物には、彼女も同行することになっていたのだ。

 というのも、彼女の担当である黒沼トレーナーから「俺はそういう店に行くと店員と喧嘩しちまう。お前、ついでにあいつの靴も見繕ってやってくれ」と頼まれたからだ。あの人は職人気質すぎて、スポーツショップの店員とは相性が悪いらしい。

 

「ライス、機嫌を直してくれ。ブルボンは同級生だし、これから併走もよくお願いすることになると思うから、少しは仲良くしてくれると嬉しいんだが」

「……ぶー」

 

 私のお願いにも、ライスの唇は尖ったままだ。

 彼女にとっては「お兄さまとの甘いデート」という想像が前提としてあり、ブルボンはそこに割り込んできた異物と考えているのだろう。

 

 だが、トレーナーとしての視点で言わせてもらえば、この関係性は非常に重要なのだ。

 ウマ娘にとって、誰かと競り合いながら走る「併走」トレーニングの効果は極めて高い。特に、相手が格上や同格の優秀なウマ娘であればあるほど、その効果は跳ね上がる。

 前世の知識を持つ私からすれば、ミホノブルボンやメジロマックイーンといった歴史的名馬の魂を持つウマ娘たちは、まさに最高のライバルだ。

 もちろん、同様に相手を強化してしまうリスクはある。だが、そこで恐れて格下の相手とばかり走っていては、ライスシャワーという傑物は覚醒しない。

 彼女たちに食らいつき、追い越し、最強のステイヤーへと至る道。それこそが私の描くライスの未来図だ。

 

「さ、行こうか。あそこの店長は腕がいいんだ」

 

 私は二人の背中を押して、専門店へと入った。

 

 店内には、プロ仕様のランニングシューズや蹄鉄が所狭しと並んでいる。

 店長に挨拶をし、まずは足の計測から始める。

 

「へえ……二人とも、いい足をしてるね」

 

 店長が感心したように声を上げた。

 まずはブルボン。彼女の足は、まさにバネの塊だ。坂路で鍛え上げられた筋肉は美しくもしなやかで、爆発的な推進力を生み出すエンジンそのもの。

 対するライス。彼女の足は一見すると細く華奢に見えるが、その関節の柔軟性と、地面を捉える足裏の感覚は天才的だ。無駄な力を使わず、無限に走り続けられるような機能美がある。

 

「ライスさんの足、綺麗です」

「えっ……」

 

 計測を終えたブルボンが、隣に座るライスの足をじっと見て呟いた。

 そこにお世辞や嫌味の色はない。ただ純粋な事実としての称賛だった。

 

「私の足は、パーツとしては頑丈ですが、ライスさんのような『しなやかさ』が不足しています。サブトレさんが、貴女を評価する理由が理解できました」

「……お兄さまが?」

「肯定。サブトレさんはよく言っていました。ライスの走りは青い炎のようだと。静かだけれど、誰よりも熱く燃えていると」

「っ……!」

 

 ライスがバッと私の方を見る。

 私は咳払いをして視線を逸らした。あの時はお酒が入っていて、黒沼トレーナー相手に熱く語りすぎてしまったかもしれない。恥ずかしいところを聞かれていたものだ。

 

「だ、だから言っただろう。ライスは誰よりも強いウマ娘になるって」

「お兄さま……」

 

 ライスの表情が、ぽっと赤らむ。

 ブルボンは無表情のまま、「事実を述べただけです」と小首をかしげた。

 

「それに、私一人では限界があります」

 

 ブルボンは、選んだ新しいシューズの紐を結びながら言った。

 

「マスターのメニューはハードです。マックイーンさんも強いですが、タイプが違います。私がさらに強くなるためには、ライスさん、貴女のようなライバルが必要です」

「……ライバル」

「肯定。貴女が強くなれば、私も強くなれます。そうすれば、マスターも喜びます」

 

 ブルボンの瞳には、一点の曇りもなかった。

 彼女は本気で強さを求めている。そして、そのためにライスを必要としている。

 その真っ直ぐな想いは、頑なだったライスの心にも届いたようだった。

 

 ライスは少しだけ俯いて、それから小さく深呼吸をして顔を上げた。

 その瞳には、先ほどまでの嫉妬とは違う、競技者としての火が灯っていた。

 

「……わかった。ライスも、負けないよ」

「了解。受けて立ちます」

 

 バチバチ、と火花が散ったような気がした。

 だが、それはドロドロとしたものではなく、互いを高め合う好敵手としての健全な火花だ。

 ……まあ、その火花の奥に「お兄さまは渡さない」という別の執念も見え隠れしている気がするが、それは見なかったことにしよう。

 

 買い物を終えて店を出ると、日は少し傾き始めていた。

 新しい靴の入った袋を大事そうに抱える二人を見て、私は提案した。

 

「さて、いい買い物ができたし、少し休憩しようか。あそこのカフェ、クレープが美味しいらしいよ」

「クレープ!?」

「糖分補給。推奨します」

 

 二人の声が重なった。

 顔を見合わせ、ライスがぷっと吹き出し、つられてブルボンの口元もわずかに緩む。

 

「……仕方ないから、今日は三人でのデートにしてあげる」

 

 ライスは再び私の右腕に抱き着きながら、上目遣いで言った。

 その反対側では、ブルボンが「では、私は左舷を確保します」と私の左腕を掴む。

 

「おいおい、歩きにくいんだが……」

「ダメ。お兄さまは逃がさないの」

「肯定。サブトレさんの護衛任務を遂行します」

 

 左右から挟み込まれる柔らかい感触と、すれ違う人々の突き刺さるような視線。

 私は小さく溜息をつきつつも、これからの学園生活が騒がしくも楽しいものになることを確信していた。

 最強のステイヤーと、最強の逃げウマ娘。

 この二人が切磋琢磨し、やがて伝説となる未来。

 その中心にいられるのなら、両腕の痺れくらいは安い代償だろう。

 

「よし、行こう。全部乗せクレープをご馳走するよ」

 

 私の言葉に、二人のウマ娘は今日一番の笑顔で応えた。




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