ライスシャワーはお義兄さまと結婚したい   作:雅媛

8 / 23
4-2 お兄さま独占 Side:RiceShower

 お兄さまから「ゴールデンウィークは実家に戻ろう」と誘われた時、私は内心で小さくガッツポーズをした。

 トレセン学園に入学してから、まだ一ヶ月。ホームシックにかかる人もちょくちょくいるが、私には毎日お兄さまがいるからそんな感情は抱かなかった。

 けれど、実家への帰省は別の意味で重要だった。

 

 そこは、私の「ホームグラウンド」だからだ。

 実家とは、私とお兄さま、そして私たちを愛する両親だけの、絶対不可侵の聖域(サンクチュアリ)なのだ。

 

「うん! 行こう、お兄さま!」

 

 私は満面の笑みで頷いた。

 

 

 

 実家での日々は、控えめに言っても「お兄さまパラダイス」だった。

 夢のような時間とは、まさにこのことだ。

 

 まず、一日のすべてをお兄さまと共有できる。

 学校のような授業もない。トレーニングのメニューもない。

 ただ、リビングのソファでだらだらと過ごすお兄さまの隣を陣取り、肩を寄せ合うだけで時間が過ぎていく。

 テレビを見ているお兄さまを、私は見る。

 お兄さまが笑うと、私も嬉しくなる。

 時々、感極まって「えいっ」と抱き着いても、お兄さまは「よしよし」と頭を撫でてくれるだけで、決して拒絶しない。

 ああ、これだ。私が求めていたのは、この圧倒的な安心感と肯定感だ。

 

 夜になれば、至福の兄妹交流の時間が待っている。

 お兄さまの手によるブラッシングとマッサージだ。

 お兄さまは「妹成分の補給だ」なんて言っていたけれど、補給されているのは私の方だ。

 大きな手で髪を梳かれ、耳の付け根を優しく揉まれると、背筋がぞくぞくして、魂がとろけてしまいそうになる。

 尻尾の先まで丁寧にケアしてもらっている間、私はお兄さまの真剣な眼差しを鏡越しに見つめながら、勝利の味を噛みしめていた。

 これは妹だけの特権なのだから。

 

 けれど、私はただ甘えているだけではない。

 この帰省中に、既成事実を一歩でも二歩でも進める必要があった。

 

 お風呂の時間。

 お兄さまが浴室に入ったのを見計らい、私もまた、浴室へと突入しようとしていた。

 昔は一緒に入っていたのだ。背中の流しっこくらい、兄妹なら自然なスキンシップとして許されるはず。そこからハプニングが起きれば儲けもの。

 

 しかし。

 

「……ライス、ストップ」

 

 背後から、低い声がかかった。

 振り返ると、そこには新聞を持ったお父さまがいた。

 

「お、お父さま?」

「それはまだ早い」

「で、でも、背中を流すだけだよ?」

「ダメだ。お父さんが許さん!」

 

 お父さまは私を抱き留め、リビングへと連れ戻された。お父さんが私を止めたのは初めてで、好機とは思っても、どうしても逆らう気持ちが起きなかった。

 ……そう、実はこの実家において、私の野望はすでに両親公認の事実となっていた。

 

 私が「お兄さまと結婚できないなら一生独身でいる」と泣きながら訴えたあの日から、両親の態度は明確だった。

 お母さまは「あらいいじゃない! 血も繋がっていないし、あの子なら安心よ。孫の顔が楽しみだわ!」と、超ノリノリのイケイケだ。最近は結婚式場と新婚旅行のパンフレットまで集め始めている。

 お父さまは、最初は複雑そうにしていたけれど、最終的には「ライスが本当にアイツを思ってくれているのはわかる」と、渋々ながらも協力体制をとってくれた。

 

 ただし、お父さまからは厳命されている。

『本人にちゃんと告白して、了承をもらうまでは一線を超えないこと』

『順序を守って、清く正しい交際から始めること』

 

 これが、お父さまが出した「協力の条件」だった。

 だから、お風呂への突撃は阻止された。

 ちぇっ、と唇を尖らせる私に、お母さまがキッチンからウインクを投げてくる。

『焦らないの、ライス。外堀は埋まっているんだから、あとは攻め落とすだけよ』

 頼もしい味方だ。実家はまさに、私のホームグラウンド。

 

 お風呂作戦は失敗したけれど、その夜の「お布団潜入作戦」は成功させた。

 お兄さまは少し困惑していたけれど、本気で追い出そうとはしなかった。

 同じ布団の中、お兄さまの体温と匂いに包まれて眠る。

 ぎゅって抱き着きついていると。寝ているお兄さまの心臓の音が、少しだけ早くなっているのを、私は聞き逃さなかった。

 意識してくれている。

 妹としてだけじゃなく、女の子として、ドキドキしてくれている。

 その事実だけで、私は幸せな夢を見ることができた。

 

 

 

 そして翌日。

 お兄さまとの、待ちに待った二人きりのデート。

 邪魔者はいない。二人並んで街を歩く。

 お兄さまは私の手を引いて、かわいい服のお店や、おいしいパンケーキのお店に連れて行ってくれた。

 私のために惜しげもなくお財布を開き、「似合うよ」「可愛いよ」と褒めちぎってくれる。

 お兄さまの「妹バカ」なところは昔から変わらないけれど、今はその過保護さが心地いい。愛されている実感が、全身を満たしていく。

 

 ショッピングモールのファンシーショップの前で、お兄さまが足を止めた。

 視線の先には、ショーウィンドウに飾られた大きなぬいぐるみ。

 青い薔薇を持った、黒猫のぬいぐるみだ。

 

「ライス、ちょっと待っていてくれ」

 

 お兄さまはそう言って店に入り、迷わずそのぬいぐるいを購入して戻ってきた。

 結構なお値段がしたはずだ。お母さまのカードではなく、お兄さま自身の初任給で買ってくれたようだ。

 

「はい、これ」

「お兄さま……」

 

 手渡された黒猫は、ふかふかで、どこかお兄さまの優しさに似ていた。

 青い薔薇。私とお揃いの花。

 それを、お兄さまが選んでくれた。

 

「寮の部屋に置いておいてくれ。私がそばにいられない時、こいつが私の代わりにライスを見守ってくれるはずだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸がキュンと締め付けられた。

 お兄さまは、いつも私のことを考えてくれている。

 離れていても、寂しくないように。私が一人で泣かないように。

 このぬいぐるみは、お兄さまの「分身」なのだ。

 

 私は黒猫をぎゅっと抱きしめた。

 

「ありがとう、お兄さま。絶対、絶対に大切にする」

「喜んでくれたならよかった」

「名前、決めたよ」

「お、早いな。なんて名前にするんだ?」

 

 私はぬいぐるみのおでこに自分のそれをコツンと当てて、宣言した。

 

「『お兄さま二号』」

「……そのまんまだな!? いや、光栄だけども!」

 

 お兄さまは笑ってくれたけれど、私は大真面目だ。

 これはただのぬいぐるみじゃない。私とお兄さまを繋ぐ、愛の証。

 寮のベッドに置いて、毎晩おやすみの挨拶をするんだ。

 辛いトレーニングがあった日も、ライバルたちに負けそうで不安になった日も、この「お兄さま二号」がいれば頑張れる。

 

 帰り道、夕焼けの中を手を繋いで歩きながら、私は確信した。

 今回の帰省は、完全勝利だ。

 両親のバックアップを確認し、お兄さまの愛情を再確認し、そして何より、私自身がお兄さまへの想いをより強固なものにできた。

 

「楽しかったね、お兄さま」

「ああ、最高だったよ」

 

 お兄さまの横顔を見上げながら、私は心の中で誓った。

 いつか必ず、この場所に「お嫁さん」として戻ってきます、と。

 その時は、お父さまもきっとお風呂を止めることはしないはずだから。

 

 ずっと大事にしよう。

 ぬいぐるみも、この思い出も、そしてこの恋心も。

 そう思った、完璧で幸福な二人きりのデートであった。




評価お気に入り・感想お待ちしております
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。