死霊術師でも英雄になれますか?   作:パリスタパリス

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第一話『死霊術師と英雄学園』

 "英雄学園"と呼ばれる場所がある。

 

 正式名称は"グラン=マグノリア士官学校"。

 歴史ある王立士官学校であり、数多の英雄たちを輩出してきた実績を持つ名門校だ。国内最高の教育機関との呼び声も高い。

 

 そこに集う生徒たちは、なんとも煌びやかな面々が揃っている。

 外見だけの話ではなく、血筋や実績――即ち"名前"が。

 

 貴族の子息、上級士官の息子、名門魔道士一族の末裔。

 例え傍流や庶民の出であったとしても、若くして既に頭角を現した有名人が揃っている。

 

 いずれも、将来この国を背負う存在。

 英雄の卵と呼ぶに、何の不足もない若人たち。

 彼らが机を並べて授業を受け、切磋琢磨し、青春を共にする黄金の学び舎。

 

 そして俺もまた、偉大な英雄となるために学園の門戸を叩いた者の一人である――

 

 

 

 

 

 

 

 実技試験。

 自由形式で魔力を用いたパフォーマンスを披露し、出力や精度、そして術式の完成度を総合的に判定する定期試験の一種である。

 

 それが行われている学園の演習場では、多彩な魔法が乱舞していた。

 ある区画では掲げられた的に向かって火球が放たれ、別の区画では魔法で作られた小規模な台風(ハリケーン)が唸りを上げている。

 順番待ちの生徒からは、感嘆や冷やかし、時には歓声が入り混じった声が絶え間なく響いていた。

 

「――汝、死を忘れる勿れ」

 

 そんな演習場の一角で、妙に物騒なフレーズの詠唱を唱える生徒がいた。俺である。

 

 詠唱を終えると、翳した手が黒い燐光を帯びた。

 それは幾度となく見て来た、この魔法(・・・・)が発動する際の様相だった。

 

 自然科学の通説によれば、黒い光というのは存在しないらしい。

 ならば、俺はこれを闇と呼ぶべきなのだろうが、呼称など別にどうでも良かった。わざわざこんな色の魔力を扱おうとする人間など、どうせ俺以外にいないからだ。

 

 ざわり、と空気が震える。

 

 俺の前方――演習場の地面が、水面のようにゆらりと揺れた。

 硬いはずの石畳が、まるで液体に変じたかのように波打ち、揺らぎは次第に大きなうねりへと変わっていく。

 やがて、その中心から白いものが浮かび上がった。

 

 骸骨の腕だ。

 骨ばった指が、地面を掴むようにして姿を現す。

 

「……ひッ」

 

 誰かが、恐怖に喉を鳴らす音がした。

 演習場の空気が目に見えて張り詰めるが、俺は構わず魔法を進める。

 

 次に現れたのは肩、背骨、そして頭蓋骨。

 骸骨は水辺から縁に上がるかのように這い上がり、やがて最後に骨の脚が地面を踏みしめる。

 ふらつくこともなく、人間丸々一体分の"動く骸骨(スケルトン)"が演習場の中心に直立した。

 

「――」

 

 沈黙が落ちる。

 周辺で見物、或いは順番待ちをしていた生徒たちは露骨に委縮し、普段はお調子者として知られる連中ですら、冗談の一つも挟めずに神妙な顔で視線を伏せている。

 

 まるで葬式のような空気だが、死者を呼び戻す死霊魔法はむしろ葬式とは真逆の行為だ。故に、皆も葬式とは真逆の浮かれ切った態度でいるべきだと思う。

 まあ冗談だけど。

 

「……死霊魔法、か」

 

 そんな現実逃避をしていると、試験官の先生が頭痛に耐えるように口を開いた。

 

 その眉間には皺が寄り、視線は骸骨から俺へ、そしてもう一度骸骨へと戻る。

 評価者として冷静にあらねばならないという倫理観、そして真っ当な人間が持っていて然るべき嫌悪感が胸中でせめぎ合っているのが俺にも分かった。

 

「君のことは聞いている。此度の実技試験は、これで合格だ」

 

 試験官は咳払いを一つして、呆気なく試験の合格を告げた。

 周囲の生徒たちが微かにざわつき、俺も思わず口を挟む。

 

「……えっと、本当にこれだけでいいんですか? まだ喚んだだけですが」

「あ、ああ、もう大丈夫。見事な魔法を拝見させて貰った」

 

 骸骨は依然として、直立不動のまま命令を待っている。

 それを横目に、試験官はどこか歯切れの悪い返答をした。いいからさっさと掃けてくれと言わんばかりの態度である。

 

「一応、踊らせたりもできますけど。ほら」

「うわ」

「うわって何すか」

 

 流石にあんまりな反応だった。

 じとりとした視線を向けると、試験官は誤魔化すように咳払いをする。

 

「ごほん……とにかく、充分だ。術式解除。早く」

 

 言葉こそ事務的だが、その声には有無を言わせない圧があった。

 

 ……まあ、合格だというならそれでいいか。

 後に控えている生徒も多いのだし、あまり俺一人に時間を使えないのかもしれない。

 

「分かりました」

 

 短く返事をして、肩の力を抜く。

 俺が指を振ると、骸骨は糸を切られた操り人形のように崩れ落ち、やがて霧散するように消失した。

 

 あまりにも呆気なく試験を終えた俺は、試験官へと適当に会釈してその場を後にする。

 そして演習場の端、邪魔にならなさそうな場所を見つけて腰を下ろした。

 

 すると、周囲にいたはずの生徒たちが露骨に距離を取る。

 すぐ傍を通る生徒ですら無意識に進路をずらし、結果として俺の周りだけが不自然なほど綺麗な空白となった。

 

 ひそひそとした声が、風に乗って断片的に耳へ届く。

 

「死霊術師――」

「あいつが噂の」

「なにかしでかしそうな顔してるわ……」

 

 顔は関係ねえだろ。

 内心でそう突っ込みつつ視線を向けると、彼らは怯えるように目を逸らした。

 ……ここで直接突っかかってきてくれるようなら、まだコミュニケーションの取りようもあるというのに。

 

 極まった腫れ物はいじめられっ子にすらなれないらしい。

 別にいじめられたいわけではないが、喧嘩や確執から生まれる友情もあると思わないか。

 

「次――」

 

 教官に名を呼ばれた女子生徒が前に出て、ようやく俺から注目が外れた。

 

 彼女は小さく息を整え、周囲に聞こえない程度の声量で詠唱を始める。

 それに呼応するように足元から淡い光がにじみ出て、地面をゆっくりと覆っていった。

 

 やがて、光に包まれた地面から細い茎が伸びる。

 葉が開き、蕾がほころび――色とりどりの花々が咲き誇った。

 

「おお、これは……!」

「……わ、綺麗」

「ふむ、芽吹きの魔法か。魔力制御も繊細だ。大きな加点だな」

 

 生徒たちは感嘆の声を上げる。

 歓声と拍手があちこちから湧き起こり、演習場の空気が華やいだ。

 

 同じ場所で同じ試験を受けたというのに、俺の時とはえらい違いである。

 一方は草花を育む魔法に歓声と拍手が降り注ぎ、自然と人の輪の中心に立ち。

 もう一方は生ける屍(アンデッド)を喚び出す魔法に悲鳴が上がり、視線は逸らされ距離を取られる。

 

 別に、過剰にちやほやされたいわけでもないが――ここまで綺麗な対比構造を目の当たりにしてしまうと、心から口にしたくなる言葉がある。

 

 ……うん、どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端はというと、新入生の入学に際して行う"啓示の儀"。

 グラン=マグノリア士官学校の由緒正しい儀式であり――詳細は割愛するが、要は新入生一人一人にどういった適性や才能があるかを判定するものだ。

 

 そして、啓示によって示された俺の適性。それこそが全ての元凶だった。

 

――死霊魔法。

 

 不死者(アンデッド)霊体(ゴースト)を使役する失伝魔法(ロストマジック)

 その特徴から、術者は生命の冒涜者として忌み嫌われたという。

 現に死霊魔法の歴史は栄光とは程遠く、名を残している術者は英雄というよりも厄災と呼ぶべき連中ばかりだ。

 

 例えば、万を越える不死者(アンデッド)の軍勢を従えて時の皇帝に反旗を翻したという"冥王"ヴァニタス。王を暗殺してその亡骸を傀儡とし、十年以上も影から国を支配し続けた"屍の戴冠"サリエル。

 以上の二者が特に有名だが、他にも"吸血公女"だの"聖体蒐集家"だのと……悪名轟く術者の名前だけは、枚挙に暇がない。

 

 忌み嫌われ、迫害を受けて失伝するのも然もありなんと言ったところである。

 『あなたには彼らに匹敵する死霊術の適性があります』とか言われても、正直まったく嬉しくない。

 

 一応希少な魔道の資質を買われたのか、あるいは政治的な力学が働いたのか、運よく退学処分は免れているが……人の噂というのは厄介なもの。

 校内に死霊術師がいる――ただそれだけの事象は、面白おかしく尾ひれを付けて学園中へと広がっていった。

 

 結果として、俺は犯罪者予備軍……いや、それどころかテロリスト予備軍のような眼で見られ、腫れ物扱いを受けている始末である。

 

「……しかし、魔法の練習すらこんな時間じゃなければ出来ないとは」

 

 思わず愚痴が零れた。

 

 俺はいま、夜の演習場に立っている。

 昼間は魔法が飛び交い、喧騒に満ちていたこの場所も、今は静まり返った貸し切り状態だ。

 石畳の上には人影ひとつなく、聞こえるのは風が建物の隙間を抜けていく音と、遠くで鳴く夜鳥の声くらい。

 

「静かだな」

 

 もっとも、本来であれば使用禁止時間なのだから、当然といえば当然だが。

 

 昼間の演習場で"死霊魔法"の練習や研究なんぞしていたら、それだけで阿鼻叫喚の大騒ぎになりかねない。

 そのため俺は、学園に事情を説明して特別に許可をもらっているのだ。

 陽が落ちてからの限られた間のみ、夜間の演習場を使用してもよい、という条件付きで。

 

「――さて」

 

 学園に入学してから僅か一か月。

 啓示を受けて"死霊魔法"について学び始めたのも、入学とほぼ同時だった。

 

 ゆえに、俺は術者として未熟も未熟だ。

 扱える死霊魔法は、現時点でたった二つ。実質的には一つしかない。

 

「汝、死を忘れる勿れ」

 

 詠唱、黒い燐光。

 地面から這うように現れるスケルトン。

 

 一つ目の魔法は、魔力によって屍を使役する"死の凱旋(アンデッド・リボーン)"。

 そしてもう一つが、小規模な冥界を構築して内部に屍を収納し、自在に取り出す"影の霊園(プライベート・セメタリー)"。

 後者は前者の補助的な役割を果たし、理論上は前者の発動に後者は必要ないが、実用上ではほぼ必須となる。

 

 ちなみに、死体は学園から数kmほど離れた場所にある古代の墳墓から調達している。

 旧帝国時代に築かれた戦士の埋葬場所だったらしく、死体の質も量も申し分ない。何百年も前の死体ばかりなので、例外なく完全に白骨化している点も都合が良かった。

 別に白骨化していなければ使役できないというわけでもないが、スケルトンとゾンビなら、同じ不死者(アンデッド)でも前者の方がマシである。

 

 ……普通はそんな不自由な二択を迫られない? そうだね。

 

「とりあえず、君を使役するところまでは全く問題ないかな。今日は、君が生前に得意としていた技術を再現してみようか」

 

 生産性のない思考を打ち切り、俺は目の前で命令を待つスケルトンに向き直った。

 

 からから、とスケルトンが骨を鳴らす。

 一部例外を除き、不死者(アンデッド)に凡そ人格と呼べるものは残っていない。術者の命令に従うだけの、いわば人形のような存在だ。

 それでもどこかに心を感じてしまうのは、使役者としての心理的な錯覚だろうか。

 

「……死体に話しかけるなんて寂しい奴だと思うか? 仕方ないだろう、他に話し相手がいないんだから――」

「――きゃあああああああッ!!」

 

 突如として、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。

 

 反射的に振り向く。

 演習場の入り口で、女子生徒が腰を抜かしたまま尻もちをついていた。

 

 その視線の先にあるのは、俺と、俺の隣に直立するスケルトン。

 

――なるほど。

 

 俺は一瞬にして全てを悟り、頭を抱えたくなった。

 

「あっ、明かりがついてたから……覗き見なんてするつもりじゃ……殺さないで」

 

 殺さねえよ。

 仮にも同級生を夜な夜な屍で屠るほど、俺は暇でもなければ狂ってもいない。

 しかし、完全に怯え切っている相手に言葉を尽くしたところで通じるとも思えなかった。

 

 まずは理解よりも安心だ。

 俺たちが"危険な存在ではない"と分かってもらう必要があるだろう。

 

「大丈夫だ、俺たちはこわくない」

「こわい……」

「こわくない。むしろ面白いよ、ほら――」

 

 そう言って、俺はスケルトンに指示を出した。

 

 骨が、からからと軽やかな音を立てて踊り出す。

 実技試験ではほとんど披露できなかった余興――操作精度を示すためのパフォーマンスだ。

 試験官はこれに難色を示したが、あれは単に彼のセンスがズレていただけの可能性もある。

 

「まさに死の舞踏……とかいって、はは」

「いっ……いやあああああああああッ!!!」

「あっ、おい!?」

 

 彼女は叫び声を残し、信じられない速さで駆け去っていった。

 夜の演習場には、再び静寂だけが戻る。

 

 わざとじゃないにしろ、同級生を驚かせてしまったことに多少の逡巡はあったが――

 

「……まあ、いいか」

 

――結局、俺は彼女を放置して練習を再開することにした。

 

 悪評には慣れている。

 それが一つや二つ増えたところで今更どうということはない。

 

 ……この時は、本気でそう思っていた。

 本件があんな面倒事に繋がるとは、全く想像もついていなかったのである。

 

 

 

 

 

 

「おい、死霊術師ってのはどいつだッ!!」

 

 翌日。

 授業が終わり、少し引っ掛かった点を図書室で調べてから寮に戻ろうか――などと我ながら学生の鑑のようなことを考えながら荷物を纏めていた時のこと。

 

 教室の扉が乱暴に開かれ、場違いな大声が響き渡った。

 

「――」

 

 一瞬、教室の空気が凍りつく。

 ほどなくして皆の視線が動き、やがて一点に収束していった。

 

 言うまでもなく、焦点に据えられたのは俺だ。

 

「お前か」

 

 入口からずかずかと歩み寄ってくるのは、体格の良い男子生徒だ。

 ネクタイの色からして上級生。制服の着崩し方も堂々としたもので、周囲に威圧感を振りまいていた。

 

「心当たりがないとは言わせねえぞ。俺の女に何をした?」

 

 どうしよう、本当に心当たりがない。

 つい困惑の表情を浮かべてしまった俺を、先輩の鋭い視線が射抜いた。

 

「とぼけんな。昨夜の演習場の一件だ」

「演習場? ……まさか」

「泣きながら校舎に逃げ込んできたんだぞ。てめェに骸骨を(けしか)けられたってな」

 

 ……あの女子生徒は、予想以上に盛大な勘違いをしていたらしい。

 彼女が逃げ出した際に放置する選択をしたのは俺自身だが、こんな面倒なことになるとは思いも寄らなかった。

 

「マジかよ」

「嗾けたって……」

「遂にやったか」

 

 周囲からひそひそと声が漏れ始める。

 

 ……今更、悪評が増えることなど気にしていない。

 しかし流石に、これについては公然と反論しなければ立場が危うくなるだろう。

 

「誤解です。俺はただ術の練習をしていただけで」

「問答無用! か弱き婦女を守るため、貴様に決闘を申し込む!」

 

 聞けよ。 

 

 問答の有用さを過小評価しているらしい先輩に辟易する。

 まったく正義感が強いというのも困りもの――いや、違うか。

 

「ふふん」

 

 彼はどこか得意げな表情で、ちらちらと周囲の女子たちに視線を走らせている。

 なるほど、彼は正義感に突き動かされているわけではない。

 

 つまるところ、後輩や女子生徒に格好をつけられるイベントが欲しかっただけだ。

 そこに、たまたま悪役にしやすい"死霊術師"の存在があり、しかも相手は自分より弱そうな一年生。

 条件はこれ以上ないほど揃っていたが故に、これ幸いと正義を気取っていきり立っていると、まあそんなところだろう。

 

 俺の話を聞かないのも納得である。

 彼からすれば誤解などなく、俺が成敗されるに値する悪人であった方が都合がよいのだから。

 注目を集めた手前もあり、何を言っても彼は聞く耳を持たないだろう。

 

「時間は一時間後、場所は競技場だ! 逃げるなよ? 学生間での"決闘"で済ませてやろうというのは俺の温情だ、もし逃げればお前が女子生徒に暴行を加えたと教授がたに告発してやるからな」

 

 先輩はそれだけ言い捨てると、踵を返す。

 無駄に大きな足音が遠ざかっていき、やがてその姿は教室の出口へと消えていく。外で階段を下りる音が響いたところで、ようやく教室の空気が緩んだ。

 

「……決闘だって」

「先輩、張り切ってたな」

「どうする? 見に行く?」

 

 小さく、しかし隠しきれない興奮混じりの声があちこちから聞こえてくる。

 女子はまだ不安そうにしている一方、男子の大半は完全に野次馬モードだ。決闘の勝敗で賭けを始める者までいる始末だった。

 

 わざわざ彼らに話しかけ、弁明する気力は湧いてこない。

 何を言ったところで、噂は勝手に膨らみ、面白おかしく歪められていくだろう。

 

「……はあ」

 

 俺は小さく息を吐き、突き刺さる視線を背中に感じながら鞄を手に取った。

 

 最初に胸に湧き上がってきたのは、この上なく面倒な状況に対する倦怠感。

 そして次に――

 

「上等だ」

 

――理不尽な現状に対する、怒りの感情だった。

 

 いいだろう。

 悪役が欲しいなら、なってやる。

 影を操り、死を冒涜する都合のいい存在として、お前らの陳腐な舞台に立ってやろう。

 

 ただし――拍手喝采の中で英雄が生まれる展開など、微塵も認めるつもりはないがな。

 

 

 

 

 

 

 

「なになに? この人だかり」

「一年の死霊術師と二年生が決闘するらしいぞ」

 

 急に決まった話だというのに、競技場には思いのほか多くの生徒が集まっていた。

 模擬戦や演習、学園行事にも使われるこの施設は、中央に正方形のフィールドがあり、それを取り囲むように高い観戦席が設けられている。

 今は、席の半分ほどが埋まりかけているといったくらいか。

 

 英雄学園では、生徒同士の私闘そのものは珍しくない。

 命のやり取りにまで発展しない限り、公正な決闘であれば校則違反にはならず、その舞台としてこの競技場が使われることもある。

 それでも、単なる生徒同士の決闘にここまでの見物人が集まるのは異例と言っていい。

 

「ふん、来たか」

 

 その中心、硬い石畳のフィールドで、俺と先輩は向かい合っていた。

 

 彼は腕を組み、余裕たっぷりの笑みを浮かべている。

 観戦席をちらりと一瞥し、わざとらしく胸を張った。

 

「逃げずに来たことは褒めてやろう」

 

 自分で脅しておいて、よく言うものだ。

 

「だが……評価に値するのはそれだけだ、死霊術師。貴様は昨夜、女子生徒にアンデッドを嗾けた。邪悪な卑劣漢であることは誰の眼にも明らかだ」

 

 断定する口調。

 分かってはいたが、反論の余地を与える気は最初からないらしい。

 

「そんな人間が"英雄学園"と呼ばれるグラン=マグノリアに相応しいはずがない。腑抜けた教師陣に代わり、この俺が貴様に裁きを――」

「――御託が必要ですか」

 

 長々とした演説を遮る。

 聞くに堪えないし、時間の無駄だ。

 

「さっさと始めましょうよ、先輩」

「……ほう」

 

 彼は一瞬だけ目を細め、次いで薄く笑った。

 苛立ちと優越感がないまぜになった、いかにも気取った笑みだ。

 

「いいだろう。ここにコインがある。こいつを投げて、地面に落ちた瞬間――それを決闘開始の合図としよう」

 

 観客席のざわめきが、すっと静まる。

 数十人の視線が、一斉に先輩の指先へと吸い寄せられた。

 

「開演だ」

 

 短く、芝居がかった一言。

 先輩は親指でコインを弾き、天へと放り投げる。

 

 銀色の金属片は、ゆらりと放物線を描き――

 

――きぃん、と。

 

 澄んだ、高い金属音が響き渡った。

 

「汝、死を忘れる勿れ」

 

 先手必勝。

 

 短い詠唱とともに魔力を放つ。

 黒い燐光が奔り、地面に影が滲んだ。

 

 死の凱旋(アンデッド・リボーン)

 石畳の隙間から骨の指が突き出る。からからと乾いた音を立てながら、もはや慣れ親しんだスケルトンが這い出してきた――その数、五体。

 

 骸骨たちはそれぞれ、錆びた剣や槍、盾を手にしている。

 影の霊園(プライベート・セメタリー)は基本的に死体以外の物品を収納できないが、死者と共に埋葬された副葬品は"死体の一部"と見なされ、その制限の例外となる。

 

 早い話が、武装したまま呼び出せるということだ。

 

「行け」

 

 短く命じると、骸骨たちは一斉に地を蹴った。

 乾いた足音を響かせながら、一直線に先輩へと迫る。

 

「へえ、結構な数じゃねぇか。だがな――」

 

 彼は一歩も退かず、余裕の笑みを浮かべた。

 金属が擦れ合うような低い音とともに、中空で灰色の魔力が脈動する。

 

「……!」

 

 思わず目を見開く。

 魔力は次第に輪郭を得て、刃の形を成していった。

 

 剣、斧、槍。

 先輩の魔力によって生み出された武器たちが、次々と彼の周囲に浮かび上がる。

 

「うらあッ!!」

 

 先輩はそのうちの一本を手に取ると、踏み込みざまに振り抜いた。

 唸りを上げた刃が先頭のスケルトンの首を正確に捉え、衝撃で骨が砕け散る。頭部は宙を舞い、乾いた音を立てて地面に落ちた。

 

「……鋼鉄魔法ですか」

「ああ。鍛え抜かれた鋼鉄にとって、鈍ら持ちの骸骨なんざ敵じゃねえのさ」

 

 鋼鉄の武器を背に従え、先輩は得意げな笑みを浮かべる。

 

 剣や斧は、ひとりでに宙を舞い、群がる骸骨たちを迎撃した。

 意思を持つかのように旋回し、叩きつけ、或いは先輩の腕に収まり振るわれる。

 

「こちとら日頃の実習で魔獣の相手くらい慣れてんだよ、一年坊主が!」

 

 まあ……豪語するだけのことはある、か。

 先輩は見事な殺陣を披露し、あっという間に五体のスケルトンを処理してみせた。

 

『オオッ……!』

 

 観戦席から大きな歓声が上がる。

 英雄学園が好む"正統派な強さ"に、惜しみない喝采が送られる。

 

 その熱を一身に浴びて、先輩は大きく息を吐いた。

 肩で呼吸をしながらも、口元には隠しきれない満足の歪みが浮かんでいる。

 

 何ともまあ、分かりやすいことだ。

 

「覚悟しろよ、降参なんか認めんからな」

 

 もはや勝敗は決したと言わんばかりの態度。

 観戦席の面々もまた、それを疑っていないようだった。

 

――だが、しかし。

 

 今のところ、それら鋼鉄の武器が俺に直接向かってくることはない。

 おそらく射程距離があるのだろう。生成した武器を自在に操れるのは、彼を中心に半径二メートルほどが限界と見た。

 

「……勝ち誇るには、まだ早いですよ」

「あん?」

 

 先輩が怪訝そうに眉をひそめる。

 その視線を正面から受け止めながら、俺は静かに息を整えた。

 

 彼はスケルトンを処理しただけだ。

 俺を倒したわけでも、戦闘不能にしたわけでもない。

 

 決闘の勝利条件は、相手を無力化すること。

 スケルトンを処理しながら、俺に接近して打ち倒す――それが出来なければ、勝利には決してなり得ない。

 

「ここからだ」

 

 俺はそう言って、再び死者を召喚した。

 

 

 

 

 

 

 

――十分後。

 

 湧き続けるスケルトンを相手取る先輩の動きには、疲労による鈍りが見え始めていた。

 肩で荒く息をつき、血走った目が骸骨の群れ越しにこちらを睨みつけてくる。

 

「は、はぁ……はぁッ……! てめェ……! あと何体だ……!?」

「……何のことです?」

 

 質問の意味が分からず、素直に聞き返す。

 

「とぼけんな! そろそろ骸骨も尽きて来てんだろ!? 決闘が始まってから十分間、減らし続けて来たんだから……よッ!?」

 

 言葉の途中で、ついに彼は隙を晒した。

 

 スケルトンが振るった槍が横薙ぎに走り、脇腹を掠める。

 衝撃に耐えきれず、先輩は膝をついた。

 

「決闘中に喋ると危ないですよ」

「てめえ……!」

 

 余裕綽々の態度で話す俺に、憎悪と恐怖が入り混じった視線が向けられる。

 そしてどうやら――彼は、根本的なところで死霊術師(われわれ)の恐ろしさを誤解しているらしい。

 

「"減らし続けて来た"って……何を根拠にそんなことを言ってるんですか?」

「あ……!? ふざけんな! 何度も何度もぶっ壊してきた――」

「――身体をぶっ壊されて死ぬのは、生きてる奴だけでしょう?」

 

 先輩の表情が凍った。

 

「……は?」

「死者は死なない。死ぬわけがない」

 

 俺は淡々と告げる。

 

「だって、既に死んでいるんですから」

 

 そう言って、俺はこれ見よがしに指を鳴らした。

 すると――

 

「……なぁッ!?」

 

――砕かれたはずの骸骨たちが、時間を逆行するように組み上がっていく。

 

 散らばった骨片が跳ね、引き寄せられ、噛み合う。

 肋骨が胸郭を形作り、背骨が一本の軸となり、最後に頭蓋が――かちり、と定位置に収まる。

 

 からから、からから。

 骸骨たちが骨を鳴らす音が、まるで嘲笑のように響いた。

 

「あ、あ……」

 

 先輩の喉から、意味を成さない声が漏れる。

 

 その顔に浮かぶのは、はっきりとした疲労と恐怖。

 顔面蒼白となり、足元はふらつき、立ち眩みを起こしたように身体が揺れた。

 まあ一応、スケルトンの再生には魔力という明確なリソースを要するのだが……わざわざ言う必要もないか。

 

――頃合いだな。

 

「……骸骨があと何体いるか、でしたっけ」

 

 俺は落ち着いた声で問い返し、静かに両手を合わせる。

 ただそれだけの仕草に対しても、先輩は肩をびくりと跳ねさせた。

 

「いいですよ。そんなに知りたいなら――自分の眼で確かめればいい」

 

 様子見は終わりだ。

 言い終えると同時に、俺は全魔力(リソース)を以て、死の凱旋(アンデッド・リボーン)を行使する。

 

「――汝、死を忘れる勿れ。死は、まつろわぬ汝を忘れず」

 

 詠唱に伴い、空気が重くなる。

 競技場全体に墓土の匂いが満ちていき、観戦席からは不安の声が上がった。

 

「死の先に在るは終焉にあらず。それは回帰。それは凱旋。定命の呪いから放たれ、永劫の救いとならん――死の凱旋(アンデッド・リボーン)

 

 完全詠唱はここに完了する。

 石畳の影が不自然に歪み、膨れ上がり、やがて――

 

『い……いやああああああああッ!?』

 

 観戦席から、甲高い悲鳴が上がった。

 

 無理もない。

 彼らの眼下に広がるのは――地面から生える大量の腕、腕、腕。

 ぼこぼこと這い出てくるスケルトン達が、フィールドを覆い尽くしていく光景だった。

 

 その数……まあ、多分100体前後だろうか。

 少々張り切って出し過ぎたな。これでは、密集しすぎて満足に武器を振るえない。

 

「……さて」

「ひィいっ……!」

「覚悟して下さいよ、先輩。降参なんて認めませんからね」

 

 先輩の顔が恐怖に歪むが、可哀想だとは全く思わない。

 

 もともと、彼のほうから吹っかけてきた決闘なのだ。

 しばらく医務室送りになったところで、文句は言えないだろう。

 

 さて、どうしてくれようか――そんなことを考えていた、その時だった。

 

「あ、あがッ……」

「……えっ」

 

 先輩の喉から、空気の抜けたような声が漏れる。

 次の瞬間、彼はそのまま仰向けにひっくり返った。

 

 ばたり、と乾いた音が響き、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。

 

「気絶した……?」

「マジ?」

 

 一拍遅れて、観戦席がざわめいた。

 あまりに呆気ない幕切れに、困惑、失望、そしてどこか気まずそうな空気が、波のように広がっていく。

 

 このようにして――突然始まった決闘は、何とも締まらない結末を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 後日談。

 

 上級生との決闘に勝利した俺は英雄視され、めでたく学園の人気者に――なることなど当然なく。

 決闘の勝敗そのものよりも、皆の記憶に残ったのはその凄惨な内容だった。

 

 死者を冒涜する魔法。

 競技場を埋め尽くす骸骨の群れ。

 100体近いアンデッドに囲まれ、泡を吹いて気絶した上級生。

 

 あれを実際に見て、あるいは人伝に聞いて、「かっこいい」「友達になりたい」などと考える生徒が果たしてどれだけいるだろうか。

 むしろ、そんな人格破綻者はこちらから願い下げである。

 

「ひッ……! あの人……!!」

「え? あッ……」

「おい、あんま見んなって……機嫌損ねたらマジで殺されるぞ……!」

 

 ……ただ廊下を歩いているだけでも、この有り様。

 どうやら、かの決闘が周囲に与えた影響は想像以上に大きいようで、俺はこれまで以上に腫れ物扱いされることになってしまったらしい。

 

 正直、俺に落ち度が全くなかったとは言えない。

 わざわざ完全詠唱まで行使せずとも、もっと穏便に勝つことも出来たはずだ。

 そうすれば、例の先輩だってあのような生き恥を晒さずに済んだ――いや、それはまあどうでもいいが。

 

 いずれにせよ、柄にもなく感情的になってしまったことは事実であり、そこは素直に反省すべきだろう。

 

 もっとも、幾ら反省しようとも覆水は盆に返らない。

 

 決闘は既に終わり、爆増していく悪評は収拾がつかなくなっている。

 逆らえば骨にされるだの、目を合わせたら呪われるだの……もはや訂正する気にもなれないし、何を言っても火に油を注ぐだけ。

 

 かくして俺は、並み居る強豪たちを差し置いて、英雄学園における「最も関わってはいけない一年生」になってしまったのだった――

 

 

 

 

 

 

――いや、もとからか。

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