死霊術師でも英雄になれますか?   作:パリスタパリス

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第十話『死霊術師と特待生・参』

「……まさか、こうなるとは」

 

 人気のない廊下を歩きながら、俺は小さく呟いた。

 

 窓の外では、夕焼けが中庭を赤く染めている。

 黄昏の静寂とは裏腹に、俺の耳にはまだ先ほどの会議のざわめきが残っていた。

 

 遊撃班に抜擢されたこと、それ自体は悪くない。

 

 むしろ、防衛班や攻撃班に混じって大人数と連携を取るよりも俺向きと言える。

 死霊術にはそのどちらかに回っても腐らない汎用性があるが、集団の足並みを揃えるに当たって嫌われ者の死霊術師の存在は不協和音になり得るからだ。

 

 ゆえに問題は、それに抜擢されるまでの過程にあった。

 

「――あいつ、クラム=ボーンズとかいったか」

 

 呟きながら、俺と組みたいとか抜かした男の顔を思い返す。

 

「解せないな。一体、どういう魂胆なのやら」

「魂胆って……」

 

 隣を歩くシャルが、呆れた顔でこちらを見た。

 

「オズは人を疑い過ぎだと思うわ。私もボーンズ君とはあまり親しいわけじゃないけど、素行や態度に問題があるタイプじゃないもの。多分、本心からオズと組んでみたいと思ったのよ」

「……」

 

 正直、どちらにせよ不気味である。

 訝し気な表情で黙り込む俺に、シャルは息を吐いて言葉を重ねた。

 

「それにね――ボーンズ君の提案自体には私も賛成。少なくともあの教室で実力者を募るなら、オズを抜くなんてありえないわ」

「それはまあそうだろうが……」

「そこは嘘でも謙遜した方がいいわよ」

 

 細められた視線を受け、俺は軽く肩をすくめる。

 

「……謙遜? ああ、そういえば女王様の御前だったな。これはとんだ失礼をば――」

「ちょ、ちょっと……! あなたまでやめて頂戴、もう……!」

 

 俺のわざとらしい言葉遣いに、シャルは露骨に狼狽して頬を赤く染めた。

 

――一見すると意味不明なこのやり取りには、一応の前提がある。

 

 俺がクラム=ボーンズによって遊撃班に推薦された後。

 幾つかの主要な役割を決める議題において、彼女は最も近くで王冠を守る役――即ち、王冠を頭に乗せる"王"の役を押し付けられたのだ。

 "王"は各陣営の指導者(リーダー)的な役回りであり、その選定は多少揉めるものと思っていたのだが、やけにあっさり決定したのが印象的だった。

 

『王様役はシャルちゃんでいいんじゃない? 似合いそうだし』

『さんせー。異論ある奴いる? ……うん、いないね』

 

 掻い摘んで言えば、殆どそれだけの会話で決まりだ。

 当の本人はというと、最初こそ少しは食い下がろうとしていたが、周囲の空気に押し切られる形で最終的には受け入れるしかなかったらしい。

 もっとも、現在進行形で陣営会議の進行役を務めていた彼女以上の適任者など早々いない。生徒たちからすれば既定路線のようなものだった。

 

『女王様、お手をどうぞ』

『護衛は私どもにお任せあれ』

『ひひ、お任せあれー』

 

 そんな類の軽口が次々と飛び交う中、シャルは苦笑しながらも無下にはできなかったらしい。終始、困り顔で応じていた。

 ここで拒絶や無視といった角が立つような態度を取らず、かといって乗り過ぎないほどよさ(・・・・)こそが彼女を人気者たらしめているのかもしれない。天地がひっくり返っても有り得ない仮定の話だが、もしも俺が彼女の立場なら煩わしい弄りなどガン無視している。

 

「……会議では色々と誤算もあったけれど。とにかく、王様役と遊撃班だけでも決まって良かったわ」

 

 シャルはこめかみを軽く押さえながらも、思考を切り替えるように言った。

 

「後は防衛班と攻撃班の割り振りに細かい配置の調整くらいだし、思ったよりも早く予行演習(リハーサル)に入れそう。オズは――」

「俺たちと一緒に連携の組み立て、だろう?」

 

――背後から、こちらの会話を先回りするような声が飛んできた。

 

 思わず振り向く。

 そこにいたのは、ついさっき教室で見たばかりの無骨な顔。

 

 クラム=ボーンズ。

 彼が肩で風を切るような立ち姿で太い腕を組み、こちらを真っ直ぐに見据えていた。

 

「さっきぶりだな、スタンリー。組めて嬉しいよ」

 

 堂々とした、よく通る声だった。

 言い終えるのと同時に、躊躇いなくこちらへと歩み寄ってくる。

 

「シュトラールさんも、こんにちは。会議では進行役を買って出てくれて助かった。君は王様役に相応しいと俺も思う」

「いいえ、お礼を言うのはこちらの方よ。ボーンズ君が立候補してくれなかったら会議が無駄に長引くどころか、最悪ぐだぐだになって後日に縺れ込んでいたかもしれないもの」

「俺は俺のやりたいようにやっただけさ」

 

 ボーンズはそのまま手を伸ばし、遠慮なく俺の肩に腕を回した。

 制服の生地越しに、鍛え上げられた筋肉の感触が伝わる。

 

「早速だが、スタンリーを借りてもいいか? 今後の連携について話したい」

 

 ……文化の違い、というやつだろうか。

 俺は遠慮の欠片もない距離感に困惑せざるを得なかった。

 

「あー、ボーンズ。話の腰を折って申し訳ないんだが、あまり気安く触れてくれるな」

「嫌か?」

「はっきり言って激烈に嫌だ」

 

 即答したが、ボーンズは気分を害した様子もない。

 むしろ面白がるように目を細めてみせ、まるで堪えていないらしい。

 

「ボーンズ、俺はな――」

「クラムでいいぞ。俺もシュトラールさんに倣ってオズと呼ぼう。よろしくな、オズ」

「……」

 

 その時、横で小さく笑い声がこぼれた。

 視線だけを横に滑らせると、シャルが口元を押さえながら肩を揺らしている。

 

「……シャル、何がおかしい」

「く、ふふ……ごめんなさい、振り回されているあなたが珍しくて……」

 

 じとりと睨むが、彼女は愉快げな気配を隠そうともしない。

 

 正直、心外である。

 俺はいつも振り回されている側だと自認していたのだが、彼女の言葉だと俺が普段は人を――というか彼女を振り回す側であるかのように聞こえてしまう。

 

「えっと、オズに用事があるのよね? 勿論いいわよ。後はもう、寮に戻るだけだったもの」

 

 シャルはクラムに向き直り、柔らかな口調で続ける。

 ……まあ、俺としても早い内から連携の段取りを決めておくこと自体に異論は無い。むしろ、こういう話は早いに越したことはないだろう。

 

「遊撃班は少数だけど、対抗戦の趨勢はあなた達に掛かっていると言っても過言じゃないわ。よろしくね、二人とも」

 

 短く返事をし、シャルと分かれる。

 そのままクラムに連れられるようにして、俺は再び夕暮れの廊下を歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……それで、どこに向かってるんだ?」

「実験棟だ。もう一人、拾っていきたい奴がいる」

 

 クラムの後に続いて校舎の外に出ると、演習場の方から金属の打ち合う音と短い雄叫びが風に乗って届いてくる。いかにも英雄学園の放課後といった風情だが、俺たちが向かう先はその喧騒からやや外れた方角らしい。

 

 実験棟。

 工作室や調合室、温室などが集約された施設である。

 武術や魔道といった、当学園における"王道"的な戦闘技能者とは少し毛色の違う人間――所謂、生産系の素養を持った連中が出入りすることの多い場所だ。

 

 入口から廊下を進む。

 壁際には資材の入った箱や器具が無造作に置かれており、人の気配はあるが騒がしくはない。皆、それぞれの作業に没頭しているのだろう。

 授業ですら殆ど足を踏み入れたことは無かったが、雰囲気としては悪くなかった。 

 

「ここだな」

 

 クラムは一室の前で足を止め、一息に扉を押し開けた。

 

 扉に掛けられたプレートには、簡素に"調合室"と記されている。

 その名の通り、薬品の調合を行うための設備が整えられた部屋のようだ。雑多な薬品と乾いた植物が混じり合った匂いが、入口まで漂っていた。

 

「いるか、エーミール」

 

 扉をくぐるなり、クラムが声を投げる。

 室内にはいくつかの調合台が並び――その一つに、細身の男子生徒が張り付いていた。

 

 意識を集中しているのだろう。何やら手元で作業を続けながら、こちらには一瞥もくれない。

 クラムは構わず彼に歩み寄ると、その背後で足を止める。

 

「上なる物は下なる物が如し。総ては一にして、一もまた総てなり――錬金(アルス・マグナ)

 

 未だクラムの存在に気付いていないらしい男子生徒の口から紡がれたのは、詠唱だった。

 直ちに魔法が発動し、調合台に置かれていた幾つかの素材――黄色いベリーのような果実、乾燥した薬草の束、細かく砕かれた根の粉末が微光を帯びる。

 

「……!」

 

 一瞬、息を呑む。

 それらはふわりと浮かび上がり、互いに引き寄せられるようにして混ざり合い――数秒を経て、黄金色の液体へと姿を変えた。

 液体が独りでに調合台のフラスコへと収まったことで、魔法の全工程が終了したらしい。余韻だけを残し、やがて魔力の微光が収束する。

 

――錬金術。

 

 薬草等の素材から特性を抽出し、様々な薬品として精製する。

 この大陸でも広く用いられ、また多大な需要を誇る魔法系統の一つだった。

 

「やってるな。出来はどうだ、エーミール」

 

 クラムは、何事も無かったかのようにその男子生徒へと話しかける。

 彼は振り向かないままフラスコを持ち上げ、照明に透かすように掲げた。

 

「……かなり良いよ。疲労回復効果は四割増しってところかな」

「要因は?」

「ホリカーベリーの品質が良かったみたいだ。イーヴィスさんもなかなか良い仕事をするね」

 

 彼は薬品の色合いをひとしきり確かめてから、ようやく一息ついたらしい。

 フラスコを調合台に置き、ゆっくりとこちらに振り向く。

 

「さて……さっきぶりだね、クラム――と」

 

 思わず言葉を区切り、こちらへと視線が走る。

 ここで、初めて俺の存在に気付いたらしい。

 

「……これはまた、珍客だ」

「ああ。今日はスペシャルゲストを連れて来た。かの悪名高い――失礼、有名な死霊術師殿だ」

 

 本当に失礼だった。

 まあ、校内に悪名が轟いているのは事実ではあるが。

 

「……あまり驚かないんだな?」

 

 妙に落ち着いた様子の青年に、俺は素朴な疑問を投げかける。

 彼視点では、振り返った先に死霊術師が立っていたという――少なくとも、一般的な生徒からすれば――恐ろしい状況である筈なのだが、彼の反応はあまりにも淡泊過ぎた。

 

「まあ、僕もあの教室にいたからね。クラムが君を遊撃班に誘うのも見ていたし……いや、マジで連れて来たんだっていう種類の驚きはあるけれど」

 

 彼はじっとりとした視線で俺の隣を睨むが、対するクラムはどこ吹く風で気にも留めない。

 ……教室での流れを見ていた者からすれば、クラムが俺を連れていること自体は不自然じゃない、か。

 

 そして、俺はここにきてようやく思い至った。

 目の前の彼は、あの教室でクラムに半ば強引に立候補させられていた男子生徒だと。

 

「僕はエーミール=ホワイトウッド。君とは、クラムの我儘に付き合わされた――いや、付き合わされる者同士だね。よろしく頼むよ」

 

 軽く肩をすくめ、気の抜けた調子で彼は名乗る。

 

 何らおかしなことはない、極めて自然な自己紹介。

 即ち――死霊術師()に対するものとしては、不自然すぎる自己紹介だった。

 

「……クラムもそうだが、お前らは随分と気安いな」

 

 思えば、最初から違和感はあったのだ。

 この二人はあまりにも――死霊術師()に対して、普通に接しすぎている。

 

 死霊魔法。

 それが一般的にどういうものとして語られているかなど、わざわざ説明するまでもない。少なくとも、真っ当な人間が簡単に受け入れられるものではないだろう。

 

 地下迷宮という命懸けの状況で信頼関係を築いたシャルと、彼らは違う。

 

「何だ、他の奴らみたいに怖がって欲しかったのか?」

「判断基準が気になるだけだ。お前らにとって、俺が危険でない保障がどこにある?」

 

 死を冒涜し、命を弄ぶ危険な魔道士。

 俺がそうでないという最低限の信用すら、この二人は持ち得ない筈だった。

 

 この真っ当な疑念は――しかし、クラムにとって想定の内だったらしい。

 彼は腕を組み、いかにも自信ありげに口を開いた。

 

「ボーンズ家の跡継ぎとして、人を見る目は確かなのさ。オズ、お前は寡黙だが魔道士としての気高さがある。本当に信頼できる男というのは、お前のような奴のことを――」

「なんかクラムが適当なこと言ってるけど、実際は君が監督生の補佐役になったからって掌を返してるだけだよ」

「……人聞きの悪い言い方をするなよ、エーミール」

 

 横合いから淡々とした声を差し込まれ、クラムは露骨に顔をしかめた。

 

「ま、白状するとその通りだ。入学から数か月も経っていないが、監督生として奔走してくれてるシュトラールさんのことは既に信用している。そして彼女は、自身の補佐役に任命するほどの信頼をお前に置いているらしい」

 

 彼は肩をすくめながらも、あっさりと認める。

 

「だから、早めに唾を付けておこうと思ってな――折角、英雄の卵が集うグラン=マグノリアにいるんだ。見込みのある奴と友情を育んでおかないのは勿体ないってもんさ」

 

 取り繕う様子はなく、清々しいほどの開き直り。

 もっとも、人を見る目だの気高さだのといった曖昧な評価などより信用できる理屈ではあった。

 

「……やれやれ。流石、実力者との縁を渡り歩いて成り上がったとされるボーンズ家の後継殿は違うよね。一人で錬金術だけを学んでいたい僕にはちょっと真似できないな」

「お前はそれでいいんだよ。人には役割ってもんがある」

 

 エーミールが視線を横に流すと、その先にいるクラムは不敵に笑う。

 その目には、狡猾にも鷹揚にも見える光が宿っている。案外、大物かもしれない。

 

 そして、俺は小さく息を吐く。

 ……理由に納得した以上、少なくとも今のところは友好的と言える相手に対して刺々しく接する意味もないか。

 

「自己紹介が遅れたな。オズリック=スタンリーだ、よろしく」

「うん、知ってる」

「同級生でお前の名を知らん奴はそうおらんだろうよ……」

 

 二つの方向から呆れたような声が返って来る。

 形式通りに名乗り返しただけで、なぜそんな反応をされねばならないのか。どうやら俺の悪名は、自己紹介を省略できる程に行き渡っているらしい。

 

 ぱん、とクラムが場を仕切り直すように手を打った。

 

「――ともあれ、俺たち"遊撃班"はこの三人で相手陣営(東軍)の城を奇襲するわけだ。よろしく頼むぞ、二人とも」

「ああ……確か、連携の組み立てをするって話だったな。これから行くのは演習場か?」

「いいや」

 

 俺の確認に、しかし彼は首を横に振る。

 

「今日はもう遅い。そういった具体的な活動は後日にしよう」

「……なら、一体どうして僕たちを集めたんだい?」

 

 エーミールも怪訝そうに眉をひそめる。

 その反応を待っていたかのように、クラムはにやりと笑みを浮かべた。

 

「記念すべきチームの結成日にすることなど、一つしかないだろう?」

 

 

 

 

 

 一時間後。

 俺たちは場所を移し、学園の外――市街区の一角にある酒場へと足を運んでいた。

 

 店内は天井から吊り下げられたランプに照らされ、橙色の光に満ちている。

 調理場から漂う香ばしい匂い。忙しなく働いている給仕の女性をなんとなく目で追いながら、俺は焼き目の付いた鶏肉にフォークを刺した。

 

 "琥珀の三日月亭"、という店らしい。

 親睦会をするのに食堂では雰囲気が出ないという話になり、学園からほど近いこの店で食事をすることになったのだった。

 

「――"赤鬼(レッドオーガ)"の変異種って……そんなのが、あの地下迷宮に……?」

 

 向かいの席で魚料理をつまんでいたエーミールの手が僅かに止まる。

 

 今の話題は、俺がシャルの補佐役に選ばれた経緯について。

 地下迷宮で起きた事件の一部始終を――勿論、シャルの天命といったプライバシーの部分は伏せているが――話しているところだった。

 

「……なんというか、よく生きて帰れたね。僕なら百回は死んでるよ」

「甘いなエーミール……俺は多分十回くらいで済むぞ」

 

 なんの張り合いだよ。

 俺は内心で呆れながら、これでもかと香草の利いた肉を咀嚼する。名門校の食堂とは全く趣が異なる粗い味付けに、妙な至福感を覚えた。

 

「――しかし、正直なところ実感が湧かないな。俺なんか"竜穴の乱れ"とやらが生じていたことにも気が付かず、何も起きないまま全てが終わっていた。運が良かったのか」

「いいや、運なら僕の方がいいね。なんせ僕は順番が後ろの方で、迷宮に入る前に試験が中止になったんだ。戦わずして勝利って奴さ」

 

 思案するクラムに、エーミールが何故か得意げに言った。

 

 そういえば、実戦試験の順番およびペア分けは名前(アルファベット)順だったか。

 クラム(Bones)(Stanley)シャル(Strahl)のペアよりも早く地下迷宮に入った一方で、エーミール(Whitewood)は入口前の広場で随分と待たされていたらしい。

 

 そして――不測の事態に巻き込まれないことが最大の幸運なのかと問われると、俺は考えを異にする。

 

「別に、俺は自分が不幸だったとは思ってないがな。死線を越えた経験は簡単には得難いものだし、死霊術の次なる課題も見えた」

「戦闘民族みたいな価値観してるね」

「噂とは違う方向に危ない奴だな」

 

 俺の言葉に、二人は揃って呆れた表情を返して来た。

 

 ……なぜ、そこまで露骨に引かれなければならないのか。

 合理的に評価すれば、俺があの事件で得たものは非常に多いのだが。

 

「――失礼します。空のお皿をお下げしてもよろしいでしょうか?」

 

 その時、柔らかな声とともに、若い給仕の女性がテーブルの傍らに立った。

 簡素なエプロンを身に着けた彼女は、空いた皿に視線を走らせながら軽く首を傾げている。

 

「ああ、どうも……お前ら、何か追加で頼むか? ここの麦酒(エール)は絶品だぞ」

「今日は飲まない。明日の授業に差し支えたら困る」

「同じく」

「……合格だ。今のはお前らを試したんだよ」

 

 ほんとかよ。

 どう見ても飲む気満々だった(クラム)に白い目を向ける。

 この国には――他の幾つかの国々と違って――未成年の飲酒を制限する法律など無いが、大前提として状況に応じた自制が必要なのは言うまでもないだろう。

 まあ、そもそも俺があまり酒を嗜む方じゃないというのもあるが。口にするのは、せいぜい祭りや祝い事の席くらいのものだった。

 

 ……ちなみに、シャルは完全に下戸らしい。

 学園では祝日になると食堂に葡萄酒(ワイン)林檎酒(シードル)が並んだりするのだが、彼女はほんの数滴を口に含んだだけで真っ赤になっていた。まあ、余談である。

 

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

 給仕の女性は柔らかく微笑み、重なった皿を手際よくまとめ上げる。

 軽く一礼してテーブルを離れる彼女の茶髪を目で追いながら、クラムが呟くように言った。

 

「……いいだろう? この店の看板娘は美人で愛想もいいと、学園の男どもの間で密かに話題になっているんだ」

「クラム。そういうのに縁がない僕らと違って、オズにはシュトラールさんがいるんだからさ」

「ああ、そうだった……いや、待て。なぜ俺がモテないと――」

 

 そのまま、二人はやいのやいのと言い合いを始める。

 いつの間にかエーミールまで俺を綽名で呼んでいることはどうでもいいが、彼の言葉には俺にとって聞き逃せない部分があった。

 

「……俺とシャルはただの友達だが」

「えっ」

 

 短い、間の抜けた声。

 ぴたりと会話が止まり、クラムとエーミールが同時に俺を見る。

 

 ……なぜ、そのような反応になるのか。

 俺は僅かに眉を顰めながら、二人の視線を見返した。

 

「いやいやいやいや。まあ確かに、君の方は表情が読み辛いところがあるけど、彼女の方はあんなに分かりやすく――」

「気のせいだろう。仲の良い男女を見て直ぐ色恋に結び付けるのは、若い奴らの悪癖だ」

「同い年だろ」

 

 エーミールの眼は呆れの色を隠そうともしない。

 その視線はどこか遠く、もはや説明を諦めたようにも見える。

 

「……クラム、どう思う?」

「当人同士の問題だろう、俺は行く末を見届けさせてもらう。おもしろそう……もとい、第三者が変に口を出すのは適切じゃないからな」

「いい趣味してるね……まあ、実際その通りではあるんだけどさ……」

 

 二人は他人事のように――まあ、実際に他人事なのだろうが――肩をすくめ、それきり沈黙した。俺はその反応にどこか釈然としないものを感じたが、これ以上話題を引き延ばす気にもなれなかった。

 

 やがてクラムが椅子の背にもたれ直し、軽く息を吐く。

 

「さて、そろそろ帰るか。早速、明日の放課後にでも演習場で連携の合わせをするってのもいいんだが……折角だし、一緒に生協の依頼を受けてみるのはどうだ?」

「それは良い。オズ、明後日の休校日は空いているかい?」

 

 休校日……ああ、そういえばそんなのもあったか。

 教授たちによる会議が一日がかりで行われ、学園の方針や各種決定が下される日だ。その都合で、ソーラの日(日曜日)でもないのに全ての授業が休みになるらしい。

 

 シャルからは何の予定も聞いていないし、生協の依頼を受けるくらいは構わないだろう。

 

「問題ない。休日は基本的に空いている」

「なんかごめんよ」

 

 

 

 

 

 

――二日後。

 

「おはようございま……あら、クラム君にエーミール君。そちらの子は新しいお友達?」

「そんなところです。良い案件は入ってますか?」

「いつも通りよ。良くも悪くもね……さ、あちらの掲示板から、好きな依頼をお選びください」

 

 休校日当日。

 普段よりも少し遅くに目を覚まし、最低限の身支度だけ整えた俺は、なぜか寮まで押しかけてきたクラムに連れられてエーミールを回収し――三人揃って、生協の"依頼仲介窓口"へと足を運んでいた。

 

 グラン=マグノリアの学園生活において、学生寮と食堂の利用料は年度初めに収める学費に含まれている。

 つまり、入学時に纏まった金さえ用意できれば在学中の衣食住に困るということは早々ないのだが――とはいえ、それだけで日々のすべてを賄えるわけでもない。

 

 本や筆記具、魔道具やその他の資材、生活に必要な雑貨、授業合間の軽食。

 そういった品は市街区の専門店であったり、校内に点在する生協運営の店舗で手に入る。しかし当然、それらを買うには金が要る。

 

 世の中というのは、何かと金が入用だ。

 貴族や名家の出であれば、実家から潤沢な仕送りがあるだろう。しかし、家が太くない庶民出身の生徒はそうではない。むしろ、自分という働き手を失った実家の方が困窮している場合も多いのだ。

 そこで、学園はそういった者たちが金を稼ぐ場所として"依頼仲介窓口"を設置しているというわけである。

 

 "英雄学園"の異名を持つこの名門校には、多種多様な適性と資質を持った生徒が集められている。

 それはつまり、依頼を出す側からすれば幅広い内容の案件に対応できる人材の斡旋が期待できるということであり――学園には、民間から数多くの依頼が来ているらしい。

 

 依頼主は問題を解決できる。

 生徒は報酬を得て、実戦と社会両方への学習機会を得る。

 この依頼制度は苦学生にとっての救済であると共に、学園における社会貢献機関なのである。

 

「……しかし、色んな依頼があるんだな」

 

 思わず、そんな言葉が漏れた。

 

 掲示板の前に移動し、足を止める。

 視界いっぱいに広がるのは、木製の板にびっしりと貼り出された依頼書の群れだ。内容も一様でなく、ざっと見ただけでも性質の異なる案件が混在しているのが分かった。

 

「オズはあまり依頼を受けたことがないのかい?」

「ああ、この窓口に来たのも初めてだ。日用品の出費くらいなら、これまで()の遺産で足りたからな」

 

 俺は数多の依頼書に視線を走らせながら、エーミールからの問いかけに答える。

 依頼制度の存在は知っていても、生活に困窮していない以上はわざわざ時間と労力を割いて依頼を受ける必要はなかったし、そもそも入学からしばらくは死霊術の基礎を習得するのに手一杯だったのだ。

 

「へえ、金持ちの生まれだったんだ。羨ましいね……でも、スタンリーという姓の家柄は寡聞にして聞き覚えが無い。地方の強力な戦士か魔道士の血筋なのかな」

「? なぜそう思う。金持ちというだけなら、地主や商人かもしれないだろう」

「髪の色さ」

 

 当然の疑問を返すと、彼はちらりと俺の髪へ視線をくれた。

 

「君の珍しい銀髪は、大陸先住民族の一つである"灰の民"の血を引いている証拠だ。魔力と瞬発力の両面に優れ、戦闘への適性が非常に高い――その一方で交渉力に乏しく、他民族との外交はヘタクソだったらしいけどね」

「ほう、血は争えんな」

「やかましい」

 

 知り合って二日が経ち、当然のように俺を弄るようになった二人に渋い顔で応じる。

 俺が腫れ物のように扱われているのは死霊術師だからであって、人格や対人能力に難があるからではない。多分。

 

 ……しかし――地方の強力な戦士か魔道士の血筋、か。

 惜しいが(・・・・)ハズレだな(・・・・・)

 

「――うん。とりあえず、依頼はこれでいいかな」

 

 そう言って、エーミールは張り紙の中から一枚を引き抜いた。

 軽く目を通した後、備え付けのペンを取り、淀みのない手つきで署名を記す。そのまま窓口へ差し出すと、用件は終わったとばかりにこちらへ向き直った。

 

「僕が普段から受けている薬草採取の依頼にしたよ。場所は対抗戦の舞台になるヴェルデ山。下見にもなるし、丁度いいかと思って」

 

 不意に肩を叩かれる。

 振り向くと、クラムが軽い調子の笑みを浮かべていた。

 

「よし、行くか。期待してるぞ、オズリック」

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