死霊術師でも英雄になれますか?   作:パリスタパリス

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第十一話『死霊術師と特待生・肆』

「――では、諸君」

 

 正午の光が差し込む会議室に、老齢の声が静かに響いた。

 

 声の主は、白金の髪を端正に撫でつけた上品な壮年。

 この"英雄学園"における()校長・ギルバート=シュナイダーである。

 

「本日の議題は一通り確認した。ここからは、枠にとらわれず意見を聞こう」

 

 そう告げて、彼は手元の書類を閉じる。

 朝早くから半日がかりで行われた教員会議もひと段落し、室内はわずかに弛緩した空気に包まれていた。

 

「学内外は問わない。現状において懸念すべき事項、あるいは共有すべき事情があれば、遠慮なく発言して欲しい」

 

 教授たちの間に短い静寂が降りた。

 無論、懸念がないわけではない。各々が思考を纏め、言葉を選び、あるいは他者の出方を窺っているだけだ。

 会議室には十数名の教員がおり、また発言することを許されているが、その殆どはひとまずの沈黙を選択しているようだった。

 

「私から一つ、よろしいでしょうか」

 

 そんな中、一人の教師が手を挙げる。

 

 エルネスタ=フローレンス。

 厳格ながらも情に篤く、生徒・教員の双方から信頼を得ている女性教授だった。

 

「結論から申し上げますが――近頃、一部の生徒の振る舞いが目に余ります」

「ふむ、具体的には?」

「一年の特待生です。規律の軽視、教育への不従順……今年は四人もの特待生が入学しましたが、大なり小なり全員にその傾向が見られます」

 

 はっきりとした物言いに、教員たちの空気が再び引き締まる。

 学園でも指折りの古株でもある彼女の言葉を、軽んじられる者などそういない。

 

「彼らが天賦とも言える才覚を有していることに疑う余地はありません。故にこそ、その影響力は良くも悪くも強い……現に、彼らの特権的な扱いに不公平さを感じて鬱屈とする生徒や、特待生に追随して規則違反に手を染める生徒も出てきている。個人の問題と切り捨てるのは簡単ですが、構造的な問題が無いとは到底言えません」

 

 静かに断じる。

 

 思い当たる節があるのだろう。

 何人かの教員は無言で頷き、あるいは視線を伏せた。

 

「……確かにな」

 

 低く応じたのは、頬に大きな古傷が刻まれたグレゴリー=ヴァレンシュタイン教授。

 

「昨年度まで、特待生は各学年につき一人以下だった。ゆえに個別対応が可能であり、統制も機能していた」

「ええ。しかし、本年度は四人……学園が彼らを適切に教導できているとも、制御できているとも言い難いのが現状です」

 

 彼の言葉を受け、彼女は続ける。

 

「今一度、特待生制度の在り方を再検討すべきかと――」

「――興味深い提案ですがね、エルネスタ教授」

 

 言葉尻を掬い上げるように、その声は差し込まれた。

 

 会議室の視線が、一斉に声の主へと集まる。

 ()は背もたれに軽く身を預けたまま、切れ長の双眸でエルネスタを見据えていた。

 

 若い。

 この場に集う面々の中では、明らかに異質と言っていいほどの年齢差。

 他の教師よりも生徒に年齢が近いであろうこの男はルキウス=ブルータス教授。歴代最年少で"英雄学園"の教授職に就いた異才である。

 

「しかし、それは我々の一存で決めて良いことでは無いでしょう。特待生を選任しているのは理事会であり、制度の改正にも彼らの許可が必要だ」

「当然、心得ています。新制度の大枠が出来たら、彼らにも話を通すつもりです」

「時間の無駄ですよ。連中が首を縦に振ることはないのですから」

 

 間を置かずに、ルキウスは断定した。

 

「そもそも、特待生制度の目的は稀有な才能の囲い込みにあります。彼らを政府の目の届く場所に留めておくこと――それさえ達せられていれば十分だ。極論、学園に在籍しているという事実だけで、理事会の目的は既に果たされている」

 

 指先で机を軽く叩きながら、淡々と続ける。

 

「余計な改正をして特待生の不興を買い、この学園からも出奔されて足取りが追えなくなる。そんな事態を招くことこそ、国家にとっての損失です。そうならないで済むのなら、校内の治安が多少悪化し、生徒数人の未来が歪むことなど些事でしかない」

「……傲慢ですね。あなた方(・・・・)にはそれだけの価値があると?」

 

 エルネスタの刺すような視線に、ルキウスは肩をすくめて笑った。

 

「くく、その言い方はやめて下さい。僕がここの特待生だった(・・・・・・)のは四年以上も前のことですよ。今は、貴女と同じく教師の立場ですし……今のは僕自身の考えではなく、理事会の考えを代弁したに過ぎません」

「何を根拠に――」

「話が脱線しているぞ、両教授」

 

 二人の会話に、ヴァレンシュタインが割り込んだ。

 

「言い争っていても埒は明かん。この場にいらっしゃらない校長閣下に代わり、ギルバートの判断を仰ぐべきだ」

「……グレゴリー。公的な場では副校長と呼べと、いつも言っているだろう」

 

 ギルバート副校長に視線を送ったヴァレンシュタインは、彼の小言に鼻を鳴らす。

 英雄学園の校長は、その多忙さと奔放さゆえに会議へ顔を出すこと自体が稀だ。日常の取りまとめと裁定は副校長であるギルバートに一任されている。

 

 彼は小さく咳払いを一つ落とし、エルネスタへと向き直った。

 

「特待生たちの素行については報告を受けている。私もこのままで良いとは考えていない」

 

 老齢の、落ち着いた声で続ける。

 

「しかし、ルキウス教授の言い分にも理があるのは確かだ。学園の現状については、次の会議までに私から理事会へ共有しておこう。その上で、ルキウス教授の予想(・・)通りの答えが返って来たなら、その時に改めて次の手を講じればよい」

 

 結論としては穏当だった。

 どちらかを退けるでもなく、現状で落とし所を据える判断だ。

 

「両名、それで構わんな」

 

 静かな確認。

 ヴァレンシュタインの視線が、言い争っていた二人へと向けられる。

 

「ええ。それで問題ありません」

「……失礼を致しました、副校長」

 

 ルキウスはあくまで不遜なままに、エルネスタは熱くなってしまったことを恥じ入るように、それぞれ言葉を収めた。

 

――コン、コン

 

 その時、控えめなノックの音が会議室に響いた。

 議論の余韻を引きずったまま、室内の視線が一斉に扉へと向く。

 

「失礼いたします」

 

 入室してきたのは、事務方の職員だった。

 無駄のない所作で一礼し、ギルバートのもとへと歩み寄る。

 

「副校長殿に、急ぎの書簡が届いております」

 

 ギルバートは渡された手紙の封蝋を切り、その書面に目を落とす。

 読み進めるにつれ、その表情にわずかな陰が差した。

 

 やがて。

 

「……諸君、当の理事会から通達だ。例によって冗長、かつ面倒な修飾が多い文面だが、掻い摘んで言えば――」

 

 低い声で口を開き、教員一人一人に視線を巡らせる。

 机に紙面を置く音が、やけに大きく響いた。

 

「――『本年度の対抗戦において、特待生を最低一名以上参加させろ』……とのことだ」

 

 僅かな沈黙。

 

 教授たちの視線が交錯する。

 ある者は露骨に眉を顰め、ある者は無言のまま思考を巡らせ、そして。

 

「……なるほど、そう来ましたか」

 

 ルキウスは腕を組み、口元を歪めた。

 

「目的は中央政府の示威行為でしょうね。理事の多くは政府関係者ですから」

「ああ、昨今は失策続きで民衆の支持を失いかけているからな。大方、自ら選抜した特待生の力を示すことで威信を取り戻す肚だろう」

「……嘆かわしいことです。政治的な意向で歴史ある行事を歪めようとは」

 

 彼の言葉にヴァレンシュタインが応じ、続いてエルネスタが溜め息を吐く。

 

「それで――どうするつもりだ、ギルバート?」

「……応じるほかあるまい。何かと不安定な情勢のもと、政府は敵と味方を見極めようとしている。下手に突っぱねれば、余計な疑念を持たれるかもしれん」

 

 不服そうに、副校長は言った。

 

「やれやれ」

 

 ルキウスは肩を竦め、小さく息を吐く。

 

「今年の対抗戦は、つまらない展開になりそうですな――特待生を相手にできる一般生徒など、早々いるはずもないでしょうから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「汝、死を忘れる勿れ」

 

 俺が詠唱を終えると、地面が僅かに波打った。

 土から浮き上がるように骸骨(スケルトン)が現れ、空洞の眼窩に光を宿す。その視線の先には、枝葉を軋ませながら迫る魔獣――樹人(トレント)がいた。

 

 葉が擦れる音と共に、振り下ろされる樹人(トレント)()

 骸骨(スケルトン)の構えた大盾がそれを受け止め、鈍い音と共に骨の腕が軋む。

 

「――うおおッ!!」

 

 次の瞬間、樹人(トレント)の横合いから暴風のような一撃が叩き込まれた。

 

 クラムだ。

 彼の握りしめた大剣が唸りを上げ、樹人(トレント)胴体()を割り砕く。硬い木片が四方に弾け、魔獣は踏み止まることすら出来ず、そのまま横薙ぎに弾き飛ばされた。

 巨体は地面を削りながら転がり、やがてあっけなく事切れる。

 

「……!」

 

 その人間離れした怪力に、俺は思わず目を見開く。

 外見の印象からして力の強そうな男だとは思っていたが――あの質量を正面から弾き飛ばすとは、俺の想定を軽く上回っていた。

 

 ……だが、しかし。

 

「クラム、ブンブンと剣を振り回し過ぎだよ。オズの骸骨まで巻き込んでる」

 

 戦闘が終わったことを確認すると、後衛に位置する俺の更に後ろからエーミールが呆れた声を飛ばした。

 確かに彼の言う通り、クラムの剣戟は魔獣を食い止めていた骸骨(スケルトン)にも掠めており、その肩から先が吹き飛んでいる。

 

「おっと……悪いな、オズ」

 

――無理して連携などせずとも、俺一人で倒せない敵では当然ない。

 

 しかしそれでは、対抗戦に向けて連携を試すという趣旨に反する。

 今は俺が骸骨(スケルトン)による陽動に専念し、クラムが横合いから攻撃を加えるという作戦を試していたので、使役するのは骸骨(スケルトン)を二、三体で充分。

 

 楽ではあるのだが、何というか――

 

「……」

「? どうした」

 

 もの足りない(・・・・・・)

 そんな愚痴を、彼らに零しても仕方がないか。

 

「いや、なんでもない。少しぼーっとしていただけだ」

「……そうか、良かったよ。てっきり、骸骨を巻き込んだことを怒っているのかと」

「掠めるくらいなら問題ないさ。すぐに治せるしな」

 

 砕けた骨を再構築しながら、淡々と続ける。

 肉壁――勿論、骸骨(スケルトン)に肉は無いが――として運用している以上、損耗するのは織り込み済みだった。

 

「ただし、この事故が今後も続くとまずいかもな。異物を巻き込めばクラムの剣圧も減衰するだろうし、武器を取り落とすかもしれない。そうなれば、敵の目前で致命的な隙を晒すことになる」

 

 言いながら、いつかの地下迷宮でもシャルと共に似たような戦法で魔獣と戦ったのを思い出す。

 見たところ、クラムの膂力はシャルのそれよりも遥かに上だ。しかし、立ち回りの柔軟さや剣術の鋭さは比較にならない。

 

 シャルの柔剣に対し、クラムの剛剣といったところか。

 どちらが上とかいう話でもあるまいが、死霊術との連携という面でいえばシャルとの方が圧倒的にやりやすかったと言わざるを得ない。

 

「そうだな、連携時にはもっと短い得物に持ち替えるか……俺の"天命"を活かすなら、大型武器の方がいいんだが……」

「天命?」

 

 顎に手を当てて唸るクラムに、思わず聞き返す。

 

 そういえば、この二人(クラムとエーミール)も学園の生徒である以上は"啓示の儀"を受けている筈だ。

 シャルのような例外は稀であり、何らかの天命(才能)を持っていて然るべきだった。

 

「ああ、言っていなかったか」

 

 クラムは特に気にした様子もなく、あっさりと口にした。

 

「常人離れした"怪力"……正確にはもう少し複雑なんだが、ざっくり言えばそれが俺の天命だ。お前らの"死霊術"や"錬金術"と比べたら、どうにも地味なもんだがな」

「――なるほど」

 

 俺はちらりと、彼に砕かれた樹人(トレント)の残骸へと視線を向ける。

 幹はひしゃげて、もはや原形を留めていない。確かに恐るべき膂力だった。

 

 クラムは"怪力"と一口に言うが、天命とはあくまでも魔力的(・・・)な資質であり、単なる体質が啓示の儀で示されることは無い。

 故に、厳密には魔力による"肉体強化術"の天命といったところだろうか。体内魔力の扱いに習熟した者であれば、その運用によって自身の肉体を強化・防護するのは珍しい技術ではない。彼はきっと、その効果と効率が通常よりも遥かに高いのだ。

 

 本人が卑下するほど、悪い天命では決してない。

 むしろ、剣術や魔力運用における技術向上の恩恵が大きい、優れた天命と言えた。

 

「……別にいいけど。人の天命を勝手に教えるのはマナー違反だよ、クラム」

 

 エーミールが肩をすくめながら口を挟む。

 

「死霊術はともかく、錬金術なんて別に派手なもんじゃないしね」

「何を言う」

 

 間を置かず、クラムが切り返した。

 

「現代医療に必要不可欠な治療系魔法、錬金術はその中でも花形だろうに。事前に薬を作っておけば、魔力の消費も無いんだろう?」

「裏を返せば、薬が無ければ何もできない。薬の調合には知識も材料も設備もいるし、肝心の戦闘中にできることは限られる」

 

 ちらりと俺を見ながら、エーミールは一本の小瓶を取り出す。

 

「やっぱりさ、身ひとつで強力な魔法を扱える他の魔道士に憧れはあるよ」

 

 栓を抜いた瞬間、中身が淡い霧となって広がり、俺たちを包み込んだ。

 傷口がじわりと熱を帯び、鈍い痛みが薄れていく。貼り付いていた疲労が流れ落ちるような感覚に、思わず息が漏れる。

 

「隣の芝が青く見えているだけだろう」

「はは、そうかもね」

 

 俺の言葉を軽く受け流し、エーミールは前方の草むらへと踏み込んだ。

 そのまま、自分の背丈ほどもある草を慣れた手つきでかき分けていく。

 

「――さあ、着いたよ。あれが目当ての薬草だ」

 

 指で示された先には、ぽっかりと開けた空間が広がっていた。

 

 木々の隙間から差し込む光が、地面一帯をやわらかく照らしている。

 その下で揺れているのは、青みを帯びた草花の群生。エーミールはその中へ迷いなく踏み入り、一株ずつ丁寧に摘み取っていった。

 

「やれやれ。朝から山に登り始めて三時間、長かったな」

「これでも早い方だよ。僕一人で依頼を受ける時は、かなり遠回りして魔獣の出ないルートを使っているからね」

 

 言いつつも、彼は摘み取った薬草を手際よく束ねていく。

 

「……よし、こんなもんかな」

「? まだまだあるようだが、それだけで良いのか」

 

 問いながら、俺は足元へ視線を落とす。

 見渡す限りの薬草畑。彼は、未だその一割にすら手を付けていない。

 

 ここまで来る手間を考えれば、採れるだけ採っていった方が合理的に思えるが。

 

「うん。依頼された分と、自分で使う分はもう採ったからね。必要以上に採り過ぎると、付近の植生や生態系が乱れてしまう。そうなれば、同業者も将来の自分も困る」

「……なるほどな」

 

 得心がいく。全体の利、というやつか。

 それを疎かにする人間は、結局のところ自分の利も守れないものなのだろう。

 

「それじゃあ、帰ろうか」

 

 エーミールが薬草の詰まった鞄を軽く叩き、静かに腰を上げる。

 

 視線を巡らせると、少し離れた木立の間にクラムの姿があった。

 周囲の見張りをしていたらしい。往路と同じようにエーミールが先導し、俺たちは自然と帰路に就く――元々は、その予定だったが。

 

「――なあ、二人とも。帰り道は俺が先導していいか?」

 

 声を掛けると、二人が同時に振り向いた。

 

「? ああ、別に構わないが……」

「どうしてだい?」

「試したいことがある」

 

 それだけ告げて、俺は一歩前に出る。

 死霊術の使い方に関する"構想"を実践するには丁度良い機会だった。

 

「上手くいけば、帰りは魔獣と遭遇せずに最短距離を歩けるはずだ――汝が瞳を分かち、定命なる此岸を看取らん」

 

 "死の眺望(ネクロスコープ)"。

 自身の使役する不死者(アンデッド)と視界を共有する術式だが、俺が今回"眼"とするのは愚鈍な骸骨(スケルトン)ではない。

 

 足元の影が揺れ――滲み出るように現れたのは黒い翼(・・・)

 これ(・・)は魔獣ですらない一般動物であり、死骸の獲得にも苦労はしない。さりとて、使いようによっては非常に有用であると言えた。

 

大鴉(オオガラス)だ。ここまでの道中に見付けてな」

 

 死体が羽ばたき、共有した視界が跳ねた。

 遥かな大空から、俺たちのいる山林の状況を俯瞰する。

 

「なるほど。空からの索敵が出来るわけか」

「飛行能力だけじゃない。カラスは優れた視力と色覚を持ち、様々な事物から人間には見えない痕跡を見出す」

 

 この術式の素晴らしい点は、死体が有している感覚器官をそのまま利用できることだ。

 鳥類が持つ視野と解像度、そして色覚すらも、俺は人の身で処理することが出来る。

 

 感嘆するように、クラムが小さく息を吐いた。

 

「……戦闘、陽動、そして偵察――万能だな。ウチの騎士団長が欲しがるだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま、帰り道に大きなトラブルはなかった。

 長時間の視覚共有により少し気分が悪くなったが、それだけだ。学園へ戻った俺たちは依頼窓口で簡潔に報告を済ませ、採取した薬草を提出する。確認は手早く終わり、報酬が手渡された。

 

 金額はきっちり三等分。

 俺は大した貢献もしていないので、一度は受け取りを断ったのだが……『ここを適当にするのが一番良くないんだから』と半ば強引に手渡され、結局は受け取るしか無かった。

 

 俺たち三人の連携については課題も多いが、対抗戦まで一週間以上もある。

 あまり焦っても仕方がないし、各々の予定もあるということで今日のところは解散の運びとなった。

 ゆえに、少し遅い昼食でも摂るかと食堂に一人で向かっていると――

 

「――やほ、元気してた?」

 

 不意に、軽やかな声が掛けられた。

 

 視線を上げると、立っていたのは黒の長髪をさらりと揺らす少女。

 紫紺の瞳は深く澄み、整いすぎた顔立ちはどこか人形めいていながら、しかし口元に浮かぶ笑みだけが妙に生々しい。

 

「……お前はいつかの」

 

 レイア=ブラッケンベリー。

 数日前に演習場で騒ぎを起こした問題児であり、同時に学園が才能を認めた特待生でもあるらしい女子生徒。

 

「何か用か」

 

 自然と声が低くなる。

 

 彼女とは、気さくに挨拶するような仲では決してない。

 むしろ、互いに喧嘩を先延ばしにしているだけの、一触即発と言っても過言ではない関係だ。

 

 ブラッケンベリーは僅かに首を傾げ、やがて口角を吊り上げる。その仕草だけを切り取れば、無邪気な少女のようにも見えた。

 

「んー……そうだね。強いて言うなら――」

 

 ゆっくりと、笑みが深まる。

 

「宣戦布告、かな? 来月の対抗戦、あたしの参加が決まったから」

 

――思いがけない内容に、思わず絶句する。

 

 今の俺にとって(・・・・・・・)、彼女の発言が持つ意味は余りにも大きかった。

 

他の三人(・・・・)は出ないっぽいしー、あたしもあんまヤる気なかったんだけどー、先公がどーしてもって言うからさ。あんたの敵側としてなら参加してやってもいーかなーって……ほら、思い上がった雑魚を分からせるのも天才の務めだし?」

 

 彼女の軽口を処理している余裕はない。

 今、俺の意識を占有しているのは、たった一つの思考だった。

 

――思えば、ずっと燻っていたのだ。

 

 死霊魔法は面白い(・・・・・・・・)

 術式を学び、死体を貯蔵し、昨今は持てる手札も充実してきた。骸骨(スケルトン)を操るだけだった時期とは雲泥の差だ。

 頭を捻って様々な用途を考え、それらの掛け合わせによる戦術(ギミック)を幾つも構想した。鴉を用いた偵察もその内の一つだ。

 

 しかし、もの足りない(・・・・・・)

 

 俺の構想はあれだけじゃない。

 折角考えたのだから、使ってみたい。誰かに見て貰いたい。それは当然の欲求だった。

 俺は"対抗戦"にその舞台となることを期待し――けれど、それは無理(・・)だろうとも感じていた。

 

 はっきり言って、使う必要がない。

 同級生の上澄み(・・・)がシャルやクラムである規模感(スケール)の模擬戦争をする以上は、戦術(ギミック)どころか地下迷宮で手に入れた"新顔"も使うべきではないだろう。

 ただ大量の骸骨(スケルトン)を突撃させる物量作戦ですら勝負がついてしまいかねない。

 

 貯蔵(ストック)した死体をそのまま自身の戦力に加算できる死霊魔法は、こと戦闘において特別(・・)だ。

 対抗戦は俺だけの行事じゃないし、空気を読まずに戦力をフルで運用すれば他生徒の思い出に泥を塗りたくる結果となることが分かりきっている。

 全力を出せないのも、仕方がないと諦めていた。

 

 けれど。

 

「――くす。黙っちゃって、もしかしてビビってる? 言っとくけど、あたしに生意気な口を叩いたツケはきっちり払って貰うから」

 

 他ならぬ英雄学園が、類まれな資質を保証している特待生なら。

 演習場に樹海を生やすほどの圧倒的魔力を有する彼女が、立ちはだかってくれるなら。

 

 あるいは出し切れるのではないか。俺の、全てを。

 

「……なあ、特待生」

「んー? なになにー? まさか、今さら降参とか――」

 

 遮るように、言葉を置く。

 

「――良い試合(ゲーム)をしよう」

 

 一瞬、彼女の表情が凍った。

 

「……はッ。相変わらずだね、あんた」

 

 俺としては心からの言葉だったのだが、彼女はまるで神経を逆なでされたかのように嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「――ね、試合(ゲーム)っていうならさ、ひとつ賭けでもしてみない?」

「賭け?」

 

 そそ、と軽い調子で続ける。

 

「勝者に負け犬はー、絶対服従! 何でも言うことを聞かなきゃいけないし、何をされても文句を言えないの」

 

 舌なめずりすらしそうな粘ついた視線が、じっとこちらを射抜いた。

 

「それこそ、皆の前で靴を舐めさせられても、暇潰しに指の爪を剥がれても――ね」

 

 なるほど、死ぬ気で挑んで来いと。

 彼女が手を抜かなくなるのは、俺からしても好都合だった。

 

「ああ、分かった。約束は守れよ」

「――」

 

 少女の笑みが、またしても歪む。

 何も言わずに彼女は踏み込み、至近距離で俺の襟首を掴んだ。

 

「……澄ました顔で強がってるけど、ホントは怖くて仕方ないんでしょ? ――怖がれよ、おい」

 

 黒髪が揺れ、檸檬のような匂いが鼻を掠める。

 

 空間に溢れ出すのは、殺意を帯びた紫紺の魔力。

 魔法を使うためのものではない。柄の悪い魔道士がたまにする威圧行為だった。

 

「それは無理だな、楽しみで眠れないくらいだ――落胆させてくれるなよ、特待生」

 

 ぶち、と彼女の血管が切れた音すら聞こえた気がした。

 先ほどまでの軽さは消え、少女の顔には剥き出しの感情だけが残っている。

 

「――ギタギタにボコす。お前の人生に、絶対的な敗北を刻んでやるよ」

 

 そんな期待通りの言葉と共に、特待生は宣戦を布告した。

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