死霊術師でも英雄になれますか?   作:パリスタパリス

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第十二話『士気高揚』

 レイア=ブラッケンベリーに宣戦布告をされた翌日。

 彼女の対抗戦参加の旨は、朝一番に掲示板へと貼り出されたらしい。

 

 その衝撃的な報せは瞬く間に学園中へと広がっていき、生徒たちは各々が異なる反応を見せた。

 ただただ驚く者、不平不満を漏らす者、その裏にある学園の意図を思案する者――彼らに概ね共通している感情は困惑だろう。

 特待生という肩書きが持つ意味は、どうやら俺の想定以上に大きいらしい。対抗戦を取り巻いていた明るい空気は、今や目に見えて沈んでいた。

 

 そんな、どこか危うい静けさの漂う昼休み。

 中庭のベンチに腰かけた俺の頭を占めているのは、たった一つの悩み(・・)だった。

 

「――どうしたもんかな」

「? 何かあったの?」

 

 ふと漏れた独り言に、前方から反応が返ってきた。

 

 天を仰いでいた視線を下げると、見慣れた金髪がふわりと風に揺れている。

 凛とした佇まいは相変わらずだが、こちらを覗き込む瞳にはどこか親しみやすい柔らかさがあった。

 

「……シャル。良い服だな」

「普通の制服だけど……?」

「そうか」

 

 彼女はスカートの裾を指で摘み、小さく首を傾げる。

 その無防備な仕草に思わず目を引かれながらも、俺は再び背もたれに体を預けた。

 

「……なにか、悩みごと?」

「ああ」

 

 短く肯定する。彼女相手に、誤魔化す理由もないだろう。

 

「ブラッケンベリーの件は聞いたか?」

「……ええ。"特待生"が対抗戦に参加するなんて前代未聞――とまではいかなくても、ここ数十年は無かったことだもの。校内はその話題で持ち切りよ」

 

 よどみのない返答だった。

 当然ながら、この監督生殿にも情報は行き渡っているらしい。

 

「悩みってそれのこと? 特待生を相手にする自信がないなんて、あなたらしくも――」

「違う。むしろ、()だ」

 

 的外れな推測を、最後まで聞くことなく否定する。

 風が吹き、木立を揺らした。

 

「……あれとは、一対一でやり合いたい」

「――」

 

 シャルが目を見開く。

 俺にとって、その反応は織り込み済みだ。そして、次にどんな感想を抱くのかも。

 

「分かってる。これはただの我儘だ。俺が嫌われ者の死霊術師であることを差し引いても、対抗戦を私物化するような真似は――」

 

 言葉の途中で、彼女は大きく息を吐いた。 

 

「はあ……オズって、あれよね。物事を客観視できているようでいて、自分のことに関しては案外抜けてるわよね」

 

 更には、呆れた顔でこちらを見やる。

 

 ……なぜ、そんな顔をされねばならないのか。

 俺は俺なりに、周囲と調和するべく気を揉んでいたつもりなのだが。

 

「――今朝のことなんだけどね」

 

 そう前置きして、シャルはゆっくりと語り始めた。

 

「レイアさんの対抗戦参加が掲示板に張り出された時……みんな、とっても驚いていたわ。動揺していたと言ってもいい。"特待生"が隔絶した力を持っているのは有名だもの。普通なら、その時点で戦意喪失してしまっても可笑しくなかった」

 

 それはまあ、そうかもしれない。

 実力の伯仲した二勢力が競うからこそ、対抗戦のような行事は盛り上がるのだ。相手側に圧倒的な存在がいて、勝ち目が全く見えないのなら、やる気を失ってしまう生徒も出るだろう。

 

「けれど、そうはならなかった。なぜだか分かる?」

「……? いや、分からん」

「あなたなら、あるいは特待生にも(まさ)るんじゃないか――そんな期待が、みんなの間にあったからよ」

 

 視線が、真っ直ぐこちらに向けられる。

 

「確かに、あなたは他の生徒たちから親しまれているとは言い難いわ」

「……」

 

 大真面目(シリアス)な表情で急に刺してくるのはやめて欲しかった。

 反論の余地がない事実とはいえ、もう少し言い方があるだろうと思う。

 

「けれど、あなたはある意味で、私たち陣営の精神的な支柱になってる。士気高揚、とまではいかずとも、陣営が瓦解していないのはあなたのおかげ――それもまた、事実なのよ」

 

 精神的支柱。

 俺には全く似つかわしくない響きだった。それに相応しいのは、どちらかと言わずとも、誰がどう見ても彼女のような人気者の方である。

 

「オズを、レイアさんにぶつける作戦――次の会議で、私からみんなに提案してみる。受け入れる人は多いと思うわ。丁度、あなたは身軽に動ける"遊撃班"という配置にいるし……どの道、誰かが彼女を相手しなきゃいけないわけだから」

 

 そして、彼女は俺にとって都合の良すぎる申し出をした。

 

「勿論、レイアさんも戦場に独りでいてくれるとは限らない。けれど、ボーンズ君とホワイトウッド君に協力して貰えれば、限りなく一対一に近い状況も作れるはずよ」

「……なんだか、二人を脇役扱いするようで気が引けるな」

「杞憂ね。彼らはそれで気分を害する人じゃないわ」

 

 取ってつけたような遠慮の言葉を、彼女は即答で切り捨てた。

 

「むしろ、ホワイトウッド君からすれば脇役扱いも大歓迎じゃないかしら。彼はもともと、ボーンズ君に巻き込まれる形で今の立場になったわけだし」

 

 確かに、エーミールはわざわざ特待生と戦いたがる人間ではまずないだろう。クラムの方とて、功名心はあれど純粋な力比べ自体にはそこまで興味が無さそうに見える。

 

 彼らと殆ど付き合いなど無かっただろうに……成程、この少女は他人をよく見ている。

 それは間違いなく、彼女の才能と呼ぶべき美徳だった。

 

「――ああ、そうかもな」

 

 短く肯定する。

 昂揚する気分につられるように、気付けば腰を上げていた。口元が緩んでしまうのを何とか治しつつ、俺は彼女に向き直る。

 

「ありがとう、シャル。君に話せて良かったよ。人への提言とか、折衝とか……俺はどうにも、そういうのが苦手でな」

「知ってるわ」

「……」

 

 そこは形だけでも否定して欲しいところだったが。

 急に立ち上がった俺の顔を見上げながら、彼女は何食わぬ顔で言葉を続ける。

 

「お気になさらず、他生徒の悩みを解決するのは監督生の務めですもの。それが死霊術師であっても、監督生の補佐役であっても例外じゃないのよ?」

 

 僅かな逡巡の後、紺碧の瞳が熱を帯びた。

 

「それに……あなたの凄さは、私が一番(・・)よく分かってる。生意気な特待生の鼻を明かしてくれるって、信じてるから」

 

――ここでふと、俺は違和感に気付いた。

 

 視界の端に、ほんのわずかな乱れ。

 気に留めるほどでもないが、放置する理由もないか。

 

「シャル」

 

 名を呼びながら、彼女の方に一歩踏み込む。

 

「へ……!? いや、その、そんな、急に……」

 

 間合いが急に詰まると、彼女の肩がびくりと跳ねた。

 かと思えば、しどろもどろになって視線を泳がせ始める。

 

 ……先ほどまでの凛とした雰囲気はどこへやら。

 あまり無闇に動かれては、少しばかりやりづらい(・・・・・)

 

「動くな」

「うっ……!?」

 

 よって、短く制する。

 

 そのまま手を伸ばし、陽光を受けて輝く金の髪に触れた。

 柔らかく、指先でほどけるような質感。

 

 そして――指先に絡むそれ(・・)を払った。

 

「取れたぞ」

「……へ?」

 

 返ってくるのは、間の抜けた声。

 

「埃だ。綺麗な長髪だが、手入れをするのも大変そうだな」

 

 そう言って、俺は指先に残った細かい糸を弾く。

 

 数秒の沈黙。

 中庭を風が抜ける音だけが、やけに大きく聞こえた。

 

「……オズ。あなたって本当に……あれよね」

「何?」

「本当に……あれだわ」

 

 言葉にならないまま、彼女は髪の両房を抱え込むように胸元へ引き寄せる。

 わずかに身を縮めるその仕草は、先程までの落ち着いた態度とは別人のようだ。

 

 耳の先が、うっすらと赤い。

 ……何かまずいことをしただろうか。

 

 結局、どこか釈然としない沈黙だけがその場に残ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……あー。えっと、だね」

 

 俺の話を聞き終えたエーミールが、恐る恐る口を開いた。

 

「僕は正直、何が起きているのかあまり呑み込めてない……というか、怒涛の展開に付いていけてないんだけど……」

 

 眉間を押さえ、言葉を選ぶように続ける。

 

「オズ――つまり君は、特待生に喧嘩を売ったのかい?」

 

 それは確認というより、どこか現実逃避に近い響きだった。

 

「いや、売ったというか、買ったというか……判断が難しいな。どっちだと思う?」

「別にどっちでもいいけど……」

 

 我ながら締まりのない俺の態度に、エーミールは力なく肩を落とす。

 そのやり取りをすぐ隣で聞いていたクラムもまた、流石に呆れたような雰囲気で息を吐いた。

 

「……やれやれ。特待生の対抗戦参加が決まったって報せだけでも、俺たちはかなり驚いたわけだが……まさか、更なる爆弾が控えていたとはな」

 

 落ち着いた口調だったが、その声には若干の動揺が見て取れた。

 

「レイア=ブラッケンベリー。どうやら、噂通りの生徒らしい」

「噂?」

「ああ。才色兼備で唯我独尊、美人だがお近づきには絶対になりたくない、性格以外は完璧……彼女の校内評は、概ねそんなところだ」

 

 クラムの口から簡潔にまとめられた話は半ば悪口、半ば称賛といったところか。

 

 彼女の実力と態度を省みるに、俺もその評には納得せざるを得ない。

 短所も長所も突き抜けており、少なくとも大多数にとって扱いづらい人種であることに間違いは無さそうだった。

 

「魔道の素質は一流――どころか、特待生だけあって常軌を逸した才媛らしい。聞いた話じゃ、生意気な態度に腹を立てた上級生数人をまとめて一蹴しただの、植物魔法で演習場に巨大な樹海を生やしただの……」

「はは、それは流石に与太話じゃないかな」

「いや、後半は本当だ。俺も現場に居合わせた」

「え」

 

 あれだけの騒ぎだ。噂になるのは無理もないか。

 前半については初耳だが、なんとなく事実なのではないかと思う。

 

「とにかく、ブラッケンベリーは俺が倒す。二人に頼みたいのはそのサポートだ。具体的には、俺が一対一で彼女と戦えるように露払いをして貰いたい」

「俺は別に構わんが……」

「僕も異論があるわけじゃないけど――オズ、君は本気で彼女に勝つ気かい? 一対一で?」

「? ああ」

 

 質問の意図が分からず、素直に頷く。

 何故、そんな当たり前のことを確認するのか。

 

「勝利を目指すのが対抗戦だろう? 相手に特待生がいようが、その前提には何も変わりがないはずだ」

 

 言葉にしてみても、彼の態度は疑問である。

 結局のところ、やるべきこと自体は何も変わっていないのだ。

 

 二人は一瞬、言葉を失った。

 エーミールは何か言い返そうとして口を開きかけ――結局、何も言えずに閉じる。

 

「――ま、言われてみれば確かにそうだな」

 

 やがて、沈黙を破ったのはクラムだった。

 どこか愉快そうに口元を歪め、俺の方に向き直る。

 

「勝算があるんだろう?」

「当然だ」

「これからすべきことは?」

「演習場で特訓……の、前に図書室で座学だな。一つでも手札を増やしておきたい」

 

 対抗戦は来月だ。

 それまでに出来る限りの準備をしておくべきだろう。特待生を相手に戦術を試せるのは、次の機会がいつになるか分からないのだから。

 

「俺も行こう。何か手伝えることがあるかもしれん……お前はどうする、エーミール?」

 

 クラムの問いに、エーミールは半ば諦めたように息を吐いた。

 

「……僕も行くよ。一人だけ何もしないっていうのも、なんだしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 図書棟。

 適当な席を見つけて腰を下ろすと、クラムがふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、オズは普段どうやって死霊術なんて学んでいるんだ? とうに失伝してしまったと聞いているが」

「教本がある。エルネスタ教授から頂いたものだ」

 

 言いつつ、鞄から一冊の古びた本を取り出す。

 革の感触に混じって、指先にざらついた手触り。装丁がくすみ、角の擦り切れた、骨董品めいた知の集積。

 

「……随分と古いな。読めるのか?」

「読めないということはないが……まあ、見せた方が早いか」

 

 適当なページを開いてみせると、覗き込んだクラムが眉を寄せた。

 

「これは……中々厄介だな。頁を捲るだけで眩暈がしてきそうだ」

 

 然もあろう。

 この本は旧帝国語で書かれ、語彙も文法も現行の体系から逸脱している。暗号めいた省略も多く、前提を共有していることを当然とした書き方だ。

 

「……この通り、読解にはまだまだ時間が掛かるだろう。正直、行き詰まってしまっているのも否定できない」

 

 筆者はおそらく、完全な第三者が読むことを想定していない。

 自分と仲間内だけで知識を共有・蓄積できれば、それで充分。そういう意図が文章の至る所から漂っていた。

 教授曰く考古博物館の蔵書から譲り受けたものらしいが、実用よりもそういった場所に飾られている方が相応しく思えてならない。

 

 クラムがどこか納得した様子で頷く。

 

「そういえば――『死霊術師はいつも図書室で禍々しい装丁の本を捲っている』なんて噂も聞いたな。その裏でこんな苦労があるとは知らなんだが」

「……それは、流石に初耳だ」

 

 ただ勉学に勤しんでいただけで不気味に思われるのは流石に心外である。

 字面だけを見れば反論しがたい事実なのも性質が悪かった。

 

「僕にも少し見せてくれるかい」

 

 その時、エーミールが遠慮がちに手を差し出した。

 いつも通りの控えめな仕草だが、その目だけはわずかに興味を帯びている。

 

 頷き、本を渡す。彼は躊躇いなく表紙を開いた。

 

「ふむ……帝国語だね。まあ、死霊術のルーツを考えれば当然か」

「分かるのか?」

「錬金術も死霊術同様、歴史の古い学問だからね。時として帝国時代の文献を参照しなければならないことがある。その一環で齧っただけさ」

 

 エーミールはそのまま指先で文字を追い、頁をめくっていく。

 

「とはいえ、流石にここまで読み辛くはないかな。はっきり言って、この本は当時ですら奇書の類だっただろう。初めて触れた帝国語の書籍がコレだと、行き詰まるのも当然だ」

「ほう? お前なら読み進められるとでも言いたげじゃないか、エーミール」

その通りだよ(・・・・・・)。語学はもともと得意だし」

 

 試すようなクラムの言葉を、彼は淡々と肯定した。

 あまりにも、あっさりとした口調。しかし、それが俺にとって非常に重要な情報であることは言うまでもなかった。

 

「……本当か、エーミール」

「うん。ざっと見た感じ、有用そうな術式が載っているのはこの辺りかな」

 

 彼の紙面を押さえる指が、ある一点で止まる。

 そこは俺が何度も読み返しても、なお要領が掴めない箇所だった。

 

――読めるのか。

 

 俺は元々語学や考古学に堪能というわけではなく、それらの才能があるわけでもない。身近に俺よりも帝国語に詳しい人間がいることなど、考えてみれば当然だった。

 そして――他者を頼ることは、別に卑怯でも何でもないのだ。嫌われ者の死霊術師として生活している内に、自分一人で解決しようとしてしまう悪癖が染みついていたらしい。

 

 視野が狭かったな、と内省する。

 灯台下暗しというか、思いも寄らないほど簡単なところに、答えというのはあるものだ。

 

『英雄を目指すなら、もっと人と関わるべきです』

 

 いつか、エルネスタ教授に言われた言葉を思い出す。

 ただ群れるためではなく、自分自身が個として成長するために、他者の存在が必要になる場合もあるらしい。

 

「えーと……『この術法は、生ける屍に更なる発展性を与えるものなり』――」

 

 エーミールは訳した内容を訥々と読み上げ始める。

 こうして、俺たちは対抗戦準備を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この娘は、紛うこと無き天才です」

 

 ()に雇われた家庭教師が、熱を帯びた声でそう言った。

 それは、レイア=ブラッケンベリーが八歳の頃。熟した果実が収穫を待つ、ある秋の日のことだった。

 

 彼女の生家は、王国東部のハニーフィールズに領地を持つ貴族――だった(・・・)

 それは過去形であり、現在は違う。ブラッケンベリー家は、レイアが物心つく前に没落している。

 

――かつて、この国は"魔女戦争"と呼ばれる内戦の渦中にあった。

 

 この国に住む者ならば誰もが知る、"英雄"アレスによる"厄災の魔女"征伐戦争である。

 

 その戦火はハニーフィールズにまで及び、魔女の配下たる魔獣たちが領地へと雪崩れ込み――領地防衛の任を負ったブラッケンベリー家は、これに失敗。

 本来守るべき境界線を破られた責任を問われ、爵位を剥奪されるに至ったのだった。

 

 よって今は貴族でなく、単なる農園の経営者一族だ。

 温暖な気候と肥沃な土壌に恵まれたこの地では、四季を通して多様な作物が実る。農園経営は軌道に乗り、屋敷と複数の使用人を抱える程度の財を成した。

 

 ……しかしながら、レイアの父はそれに甘んじるような男ではなかった。

 

 父の名はゴードン=ブラッケンベリー。

 有する農園を次々と拡張させ、資産を積み上げ続ける野心家だ。地方の有力者に留まることを良しとせず、絢爛たる貴族の社交界へ返り咲く機会を狙っていた。

 

 レイアに魔法教育を施すことにしたのもその一環だ。

 王国社交界では、金持ちなだけ(・・)の人間は成金だと軽んじられる。武術か魔道を修めることは貴族の嗜みと言って良い。

 

 それゆえに、ゴードンは有名な魔道士を娘の家庭教師として招き入れたのである。

 

「魔力量も多いですが、それだけではありません。術式の習得が異様に早く、独自に組み替える発想力もある――端的に言って、センスが良い(・・・・・・)。魔力制御は少しばかり雑ですが、矯正可能な範疇でしょう」

「それは何より……で、上級魔法はいつ扱える?」

 

 ゴードンの関心は一貫していた。

 基礎や過程ではなく、分かりやすく名誉に直結する成果を重んじる男だった。

 

 その態度に教師は少し眉をひそめたが、言葉を選びながら丁寧に説明する。

 

「……魔力には"指向性"というものがございます。適性を見極めぬまま深い領域へ踏み込むのは推奨されません。"啓示の儀"が許される15歳までお待ちいただくのが妥当かと」

「啓示の儀?」

「"英雄学園"のような一部の名門校によってのみ執り行われる儀式で、人の天命――魔力的素質を明らかにするものです。幼少期は基礎的な魔力操作と理論の習熟を優先し、専門的な魔法は啓示の後に取り組む……それが一般的な魔法教育の手順となります」

 

 つまり、すぐには上級魔法を習得できないということだ。

 その事実にゴードンは渋い表情を見せたが、最後には納得したようだった。

 

 二人は机上に紙を広げ、言葉を交わす。それは、レイアの時間割り(スケジュール)表だった。

 項目が書き加えられ、時間が割り振られ、余白はみるみるうちに埋め尽くされていく。

 

 やがて。

 隙間なく詰められた、密度の高い予定が出来上がった。

 

「少しばかり過密だが……お前はブラッケンベリーの希望だ。やれるな、レイア?」

 

 そう言って、(ゴードン)は先ほどから一度も言葉を発していない(レイア)に向き直る。

 穏やかな声だが、その言葉に選択肢は含まれていない。

 

「――はい、お父様」

 

 当時八歳のレイアは、その日はじめて口を開いた。

 

 本音を言えば、やりたくはなかった。

 机に向かうより、裏山で草花や動物とじゃれている方がずっといい。娯楽小説を読むのも好きだ。マセた友達に見せて貰った恋愛小説の続きが気になる。

 

 しかし、厳格なお父様(・・・)に面と向かって嫌だとは言えない。

 魔女戦争で母を失った自分にとって、唯一の肉親。彼の目が和らぐのは、自分が従順にしている時だけだ。

 

 このようにして、レイアの魔法が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

――半年後。

 

 レイアはいつも通り、教師と向かい合って魔法の講義を受けていた。

 

「……筆記、実技ともに文句がありません。見事です、レイア様」

「っ! あ、ありがと」

 

 思わず声が弾む。

 すぐに取り繕おうとするが、喜びは隠しきれない。

 

「ただ――」

 

 教師は一歩近づき、手元の用紙に描かれた法陣を指で示した。

 

「術式を意図的に組み替えていますね。そうしようと思った理由は何ですか?」

「元のヤツだと、魔法のキレが何か悪い気がしてー。だから魔力の流れを辿って、なんか無駄じゃねってところを短縮したの」

「ふむ?」

 

 教師は軽く相槌を打ち――

 

「……!!」

 

 次の瞬間、息を呑んだ。

 視線が法陣に釘付けになる。

 

「え、なに……? なんかマズった……?」

「いえ――不味いことをしたのは、どうやら私の方です」

 

 ゆっくりと顔を上げ、教師は首を振る。

 

「この本は初版に誤りがありまして、第二版以降で修正が入っているのです。どうやら私は、誤って初版をレイア様にお渡ししてしまっていたようだ」

 

 それは、静かな告白だった。

 

「貴女はそれを――教本の著者ですら一度は見落とした箇所を、感覚だけで修正してみせた。魔法を学んで半年とは、到底信じられません」

 

 低く漏れた感嘆には、隠しきれない驚きが滲んでいた。

 やがて、教師はやわらかな笑みを浮かべる。

 

「レイア様の資質は私の想像を遥かに越えられているようですね。御父上は貴族の地位にご執心のようですが……貴女がついていれば安泰でしょう。将来が楽しみです」

「――っ!」

 

 胸の奥が、じんわりと熱を帯びた。

 

 難しい話は分からない。

 けれど、今までとは違う褒められ方をしたことは、はっきりと分かった。

 

 授業が終わるや否や、レイアは屋敷の中を駆け出した。

 磨き上げられた廊下に足音を響かせながら、あてもなく父の姿を探す。

 

 今のことを話せば、きっと褒めてくれるだろう。

 そんな期待だけを胸に、角を曲がり、階段を駆け上がる。

 

 やがて、その背中を見つけた。

 

「お父さ――ま……?」

 

 思わず声が弱まる。

 

 振り返った父の顔は、どこかくたびれていた。

 疲れているのかもしれない。しかし少女は、それでも伝えたいと思った。

 

「あたし――」

「はあ……」

 

 絞り出した声を遮ったのは、父の溜め息だった。

 

「レイア、あたし(・・・)と言うのはやめなさい。(わたし)、あるいは(わたくし)だ。我々はいつか貴族に返り咲くのだ。いつまでも市井の小娘のような振る舞いでは困るな」

 

 続くのは、低い叱責の声。

 

「ごめんなさい、お父様。けれど、その……話したいことが……」

「また今度にしろ……少し、お前を甘やかし過ぎていたようだ」

 

――落胆されてしまった。

 

 頬の熱が、一気に引いていくのを感じる。

 

「……はい、お父様」

 

 失敗した、と少女は思った。

 次こそは間違わないようにしなくては、とも思った。

 

 しかし――悪いことは、重なるものである。

 それは偶然の悪戯かもしれないし、精神的な動揺が尾を引いていたのかもしれないし、あるいは過密な時間割りによる疲労が判断を鈍らせたのかもしれない。

 

 何れにせよ、彼女は続けて失敗をした(・・・・・)

 

 日課である魔法の練習。

 それに使用人が巻き込まれ、大怪我をしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢さま、魔法の練習をなさるのは素晴らしいことです。しかし、安全には配慮せねばなりません。今後、魔法を扱うのは屋内などの広い場所に限定すべきかと」

「うぐ……ぐす……ごめん、なさぃ……」

 

 涙を目に溜めるレイアを諭しているのは、屋敷の使用人たちを統率する家政婦長だった。

 その右腕には、包帯が幾重にも巻かれている。

 

「大丈夫ですよ、レイアお嬢さま。幸いにも、後遺症は残らないそうですから」

 

 家政婦長は屈み、視線の高さを合わせる。

 そのまま、指先で少女の涙をそっと拭った。

 

「失敗もせずに大人になる者などおりません。同じ過ちを繰り返さないことが大切なのです」

 

 やわらかな声。

 叱責する調子は微塵もなく、震える少女を支えるための言葉だった。

 

 強張っていた呼吸が緩み、レイアは多少の落ち着きを取り戻す。

 改めて謝罪の言葉を口にしようと息を吸い込み――

 

「――事故があったようだな」

 

 その時、低い声が響く。

 反射的に振り向けば、入口に父が立っていた。

 

「……ぁ……」

 

 少女の口から掠れる声が漏れた。

 

――お父様に、幻滅される。

 

 その思考が脳内を埋め尽くし、レイアは何も言えずに立ち尽くす。

 父は固まっているレイアを一瞥し、すぐに家政婦長へと視線を移した。

 

「大事ないか?」

「ええ。旦那様に治療師の先生を雇って頂いたお陰で、一か月もあれば完治するそうです」

「そうか」

 

 淡泊で事務的な応答だった。

 

 その態度を受け、家政婦長は一度だけレイアに視線を落とす。

 優しげな瞳に憐憫の色を滲ませ、改めて少女の父に向き直った。

 

「それと……レイア様には、休養が必要と存じます。毎日のように朝早くから夜遅くまで訓練詰めで、あれでは心身ともに参ってしまいますわ。せめて、ソーラの日くらいはゆっくりと――」

「却下だ。怪我をさせてしまったのは申し訳ないが、雇用主の教育に口を挟むのは控えて貰おう」

 

 しかし、彼は間を置かずに切り捨てた。

 

「ゴードン様、しかし」

「口答えをする気かね? 見てられぬというなら、君に(いとま)を出しても構わんよ」

 

 声が一段と低くなる。雇用主による露骨な脅しだった。

 

「……いいえ。出過ぎたことを申しました」

 

 家政婦長はそれ以上、何も言わなかった。

 視線を伏せ、痛む右腕を庇うように軽く引き寄せると、深く一礼する。

 

 去っていく後ろ姿は、怪我のせいか僅かに傾いていた。

 

「――やれやれ。弱者はこれだから始末が悪い」

 

 その背を見送りながら、父は当然のように言う。

 

「……え?」

「レイアよ、よく聞け」

 

 間の抜けた声を漏らす少女に、淡々と言葉を重ねていく。

 

「事故を起こしてしまったこと()、確かにお前が悪い。反省をするのも大事なことだ。しかしながら――我々が、使用人風情の言葉に耳を貸す必要など断じて無いのだ」

 

 それは、冷酷で偏見に満ちた言葉だった。

 

「奴らは弱者ゆえ、現状を変える力などない。現に、少し脅してやるだけで簡単に意見を翻した。そんな者たちの言葉には毛ほどの価値も無い」

 

 感情の起伏はない。

 ただ、事実を述べるかのような断定口調。

 

「お前は奴らとは違う。ブラッケンベリーに隆盛を齎す、選ばれし強者。それがお前だ」

 

 父の言葉は、レイアの胸に強く響いた。

 

「――要らんな? 休養など」

 

 自分が"強者"で在り続ける限り、父は必要としてくれる。

 今はもう、その事実だけで十分だった。

 

「はい、お父様」

 

 そう答えたとき、涙は既に乾いていた。

 レイアはそれから、さらに魔道へとのめり込んでいった。幼心に植え付けられた、歪んだ思想に殉ずるかのように。

 

 

 

 

 

 

 歳月は流れ、レイアは十二歳になった。

 順調に魔道の才能を伸ばし、教師からも「あとは"啓示の儀"を待つのみ」と評される域に達していた。子供に許される鍛錬は、すでにやり尽くしている。

 

 しかし、それとは対照的に――ブラッケンベリー家の農園は、急速にその規模を縮小させていた。

 

 天候不順が続き、収穫量は落ち込み、無理な拡張で抱えた負債は膨らむばかり。

 焦燥に駆られた父は無理を重ね、やがて肺炎を患う。元より高齢だったこともあり、そのまま寝たきりとなってしまった。

 農園の管理は部下に委ねられ、実質的には乗っ取られつつある。

 

――しかしながら。

 

 そんな折にも、吉報はあった。

 レイアは、病床の傍らに置かれた椅子に座って言う。

 

「お父様。私の、グラン=マグノリアへの入学が決まりました。それも、特待生として」

「お、おぉ……よく、やった、娘よ……」

 

 レイアの、グラン=マグノリア士官学校――"英雄学園"中等部への入学許可。

 十五歳からの高等部入学が主流ではあるが、かの学園には資産家の子弟や幼少期から才を示した者などを十二才から迎え入れる中等部が存在するのだ。

 

 しかも、彼女は特待生。学園の歴史でも一握りしか選ばれない枠だった。

 

「英雄学園で、己を磨け……返り咲くのだ……貴族に……」

「はい、お父様」

 

 途切れ途切れの言葉。

 かつての威厳は影を潜め、身体は痩せ細り、声も掠れている。

 

 この身体で、まだそんなことを――と、冷めた理性が呟いた。

 

「貴族の地位に相応しいのは、強者だ。我々親子のような……」

「――」

 

 我々(・・)親子。

 その言葉を耳にしたレイアが、思わず固まった。

 

 ああそうか、と腑に落ちる感覚。

 最近ずっと感じていた違和感(・・・)の正体を、ようやく掴んだ。

 

 掴んで、しまった。

 

「――お父様。あなたの、どこが強者なの?」

「……は?」

「かつて、仰いましたよね。弱者の言葉に価値は無いと」

 

 淡々と、言葉を続ける。

 

「あなたの言葉に、私は心から賛同します。私が――あたし(・・・)が敬意を払うべきは強者だけ」

 

 父は、言葉を失った。

 その首にそっと手を添える。

 

 細く、軽い。

 少し力を込めれば、それだけで折れてしまいそうなほどに。

 

 彼の言うことなど、もはや聞く道理はなかった。

 否。ともすれば、最初から。

 

「ね。だからさ、弁えてよね? 雑魚に舐めた口きかれると――ぶち殺したくなっちゃうから」

 

 入学を目前に控えたその日。

 病床の父をも、娘は弱者と切り捨てた。他ならぬ、父の教えに従って。

 

 

 

 

 

 

――そして、現在。

 

 対抗戦の内部進学組(西軍)。その陣営会議にて。

 レイア=ブラッケンベリーが発した言葉に、教室中が困惑していた。

 

「その、レイアさん……何を言ってるの……?」

「んー? 作戦を提案してあげてるだけだけどー?」

 

 気負いのない口調。

 悪意も緊張もない、単なる世間話のような軽薄な態度。

 

 故にこそ、異様だった。

 

「あたし一人が城に残って、他は突撃――"王"の役はあたしがやる。それ以外はどうでもいいっしょ、負けないし」

 

 ざわめきが広がる。

 周囲の生徒たちは顔を見合わせたり、露骨に眉を顰めたりと様々な反応をした。当然ながら、その中に肯定的なものは皆無だった。

 

 進行役の生徒が、空気を繋ぎ止めるように口を開く。

 

「えっと……と、とりあえず、その案については多数決を……」

「あー、ダメダメ。あたしが決めたんだから、決まりなの。多数決とか意味ないから」

 

 妥当な落とし所を、レイアはあっさりと踏み潰す。

 何の理屈もない横暴な宣言に、教室中の空気が熱を帯びる。

 

「……いい加減にしろよ」

 

 最初に口を出したのは、恰幅の良い男子生徒。

 その内容も、誰もが胸の内で抱いた不満の代弁だった。

 

「これまで一度も会議に顔を出さなかった癖に、全てを引っ繰り返すつもりか? 特待生だからって、そんな勝手が通るわけねえだろ」

「通るんだよねー。あたし、天才だから……つーかさ」

 

 レイアは椅子に深く腰掛けたまま脚を組み、顎を僅かに上げた。

 形の良い双眸が、冷たく細められる。

 

「――雑魚が反論してんじゃねーよ。ぶち殺されたくなきゃ黙ってろ」

「お前……!」

 

 男子生徒が一歩踏み出す。

 その怒りに任せた動きを、レイアは興味なさげに睥睨する。

 

「……他に文句ある奴いる?」

 

 それから、ゆっくりと視線を巡らせる。

 

 椅子が擦れる音が連なり、何人かの生徒が立ち上がった。

 男子生徒に呼応するように、あるいは引けなくなったように。

 

「あは、おっけ。まとめて相手したげる――ただし」

 

 集まりつつある生徒たちを見渡し、歪な笑みを浮かべた。

 

「死んじゃっても、文句言うなよ?」

 

 

 

 

 

「――はあ、おもんな」

 

 数十秒後、レイアは短く吐き捨てた。

 教室の床には、内部進学組の主要メンバーが無様に転がり、あちこちで鈍い呻き声が漏れている。

 

 先ほどはああ言ったが、流石の彼女も校内で殺人するほど滅茶苦茶では無い。彼らに致命的な損傷はなく、対抗戦までには回復するだろう。

 少なくとも、グラン=マグノリアの医務室に掛かれば。

 

 "乱闘"に加わったのは、教室内の三分の一といったところか。

 残りは早々に教室を出たか、あるいは教室の壁際に固まり、息を潜めているようだった。

 戦闘の意思は無いらしく、概ね怯えた眼をしているか、関わりたく無さそうに顔を逸らしているかのどちらかだ。

 ……一人だけ、この騒動にも気付かずに机で居眠りしている豪胆な少女もいたが、レイアは興味なさげに一瞥した。奇人変人は珍しくとも、価値があるかは別問題である。

 

 レイアはなんともなく、足元で呻く男子生徒を爪先で軽く転がした。

 

「"英雄学園"ってさー……名前負けにも程があるでしょ。だって、あんたらみたいな雑魚が入学できちゃってるんだもん。骨がありそうなのは、他の特待生の奴らか――」

 

 もしくは。

 脳裏に浮かぶのは、一人の少年の顔。

 

「……」

 

 自分が凄んでも、脅しても――まるで意に介さない、あの落ち着き払った目。

 この天才に向かって、当然のように"従え"と言い放った不遜な口振り。

 

 気に喰わない。

 何から何まで、癪に障る。

 

 自分の周りに転がっている生徒たちのことなど、とうに彼女の頭から消え去っていた。

 

「潰してやる――」

 

 レイアの口元がいびつに歪む。

 闘争の舞台となる、対抗戦に思いを馳せて。

 

 

 

――そして、対抗戦は当日を迎えた。

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