死霊術師でも英雄になれますか?   作:パリスタパリス

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第十三話『死霊術師と対抗戦・壱』

 対抗戦当日。

 

 戦場となるヴェルデ山に(そび)える二つの要塞には、各陣営の生徒たちが朝のうちから集結していた。

 

 俺が今いるのは、我々外部入学組――即ち"東軍"の拠点である東側の要塞だ。

 あと十分足らずで開戦の狼煙が上がり、対となる西側の要塞で準備を進めている筈の内部進学組(西軍)との戦いが幕を開ける。

 

 石造りの城内には、やはりと言うべきか張り詰めた気配が満ちていた。

 この要塞と"王冠"を守護する防衛班も、中央鞍部へと攻勢に出る攻撃班も、緊張した面持ちで来るべき瞬間を待っている。

 

 そして、別ルートから敵陣に奇襲を仕掛ける手筈の俺たち遊撃班はと言うと――

 

「いよいよだね。流石に緊張するなあ……」

「おいおい。随分と繊細じゃないか、エーミール? 少しはオズの朴念仁っぷりを見習うべきだな」

「……誰が朴念仁だ」

 

 三者三様、としか言いようが無かった。

 小さく息を吐くエーミールをクラムが笑い、巻き込まれた俺は呆れ半分に言葉を返す。

 

 クラムはこちらに視線を向けると、悪びれもせず肩をすくめた。

 

「褒めてるのさ。特待生に喧嘩を売っておいて――買っておいて、だったか? まあいい、それでここまで平然としていられる奴なんてそうはいないからな」

「まあ……確かにそうかもね。僕が君なら、今ごろストレスで胃痛がしてるよ。いや、僕ならそもそも特待生に喧嘩を売ったりできないけど」

 

 エーミールも苦笑混じりに同意する。

 俺とブラッケンベリーの一件はどうやら、この二人の中でかなり無茶な行動として認識されているらしい。

 

「というかさ……実際のところ、どうなんだい? 本当に全く怖くないの?」

怖い(・・)? 何を怖がる必要がある」

 

 意図の掴めない質問に、俺は逆に聞き返した。

 

「本気の強者とやり合えるんだ、むしろ喜ぶべきだろう。負ければ課題が見えるし、勝てば自信になる。どう転んでも無駄がない」

「……ああ。そういう奴だったよね、君は」

 

 エーミールが呆れたように肩を落とす。

 

 ……遥か格上かもしれない相手を怒らせたのだから、もっと怯えていて然るべき、とでも言いたいのだろうか。

 俺が戦いを前に怖気付くような人間なら、最初から(・・・・)別の生き方を選んでいる。

 

「――みんな、聞いて!」

 

 その時、城内に凛とした声が響いた。

 視線を向ければ、即席の指揮台代わりに置かれた木箱の上にシャルが立っている。緊張感に満ちていた周囲の視線が、一瞬で彼女に収束する。

 

 どうやら開戦を前に、我らが"女王"からの号令があるらしい。

 

「もうじき、対抗戦が始まるわ」

 

 よく通る声だった。

 決して怒鳴っているわけではないのに、大広間の隅々まではっきり届く。

 

「正直に言えば――二週間前にレイアさんの参戦が発表された時、私も凄く驚いた。みんなもそうだったと思う」

 

 過去の情景を思い返すように、彼女は続ける。

 

「けれど、誰一人として膝を折るような人はいなかった。防衛班も、攻撃班も、そして遊撃班も。この二週間、みんなが必死に足掻いてきたことを私は知ってる!」

 

 真っ直ぐに前を見据え、力強く言い切った。

 

「出来ることは、全部やったわ。だったら後は――勝つだけよ!」

 

――その瞬間。

 

 遠方で炸裂音が轟き、窓の外に赤い信号弾が打ち上がる。

 尾を引きながら空へ昇るそれは、学園が対抗戦の開幕を告げる狼煙だった。

 

 シャルは腰の剣を抜き放ち、そのまま天高く掲げた。

 

「――絶対に勝つわよ、東軍!」

『おおおおおおっ!!』

 

 鬨の声が要塞を震わせる。

 

 防衛班は持ち場へ散開。攻撃班は正門へ雪崩れ込み、中央鞍部へ向けて進軍を開始する。

 そして俺たち遊撃班もまた、喧騒の中を踏み出し――

 

「オズ」

 

 しかし、不意に呼び止められる。

 

 振り返ると、少し離れた場所に立つシャルと目が合った。

 彼女は何か言いたげに口を開き――だが結局、言葉にはしなかった。

 

「っ」

 

 代わりに、小さく息を吐いてから、こちらへと親指を立てる。

 

 ……随分とまあ、男前な激励だった。

 しかし、周囲はこの喧騒だ。変に言葉を交わすより、よほど合理的かもしれない。

 

 俺は彼女に親指を立て返そうとして――途中で何となく気が変わり、女王陛下に対するような敬礼へと切り替える。

 シャルは一瞬きょとんとした後、揶揄われたと思ったのかむっと眉を寄せる。その反応が妙に可笑しくて、俺は思わず口元を緩めた。

 

「……何をいちゃついてるんだ?」

「いちゃついてない」

 

 横から愉快そうな視線を向けてくるクラムに、俺は即座に言い返す。

 彼らはどうして、単なる友人同士の小粋なやり取りを茶化してくるのか。エーミールまで苦笑している辺り、どうやら俺に分が悪いらしかった。

 

――よし、行くか。

 

 軽く息を吐き、気持ちを切り替える。

 改めて、要塞の出口へと視線を向けた。

 

 かくして――対抗戦の幕は開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 三十分後。

 進軍は、拍子抜けするほど順調だった。

 

 俺たち"遊撃班"の三人は、西軍要塞へ続く山道を滞りなく進み続けている。

 木々の隙間を縫うように走る獣道は多少険しいが、少なくとも敵襲の類は一切無い。

 

「……順調すぎないかい?」

 

 周囲へ警戒の視線を巡らせていたエーミールが、小さく呟いた。

 

 そして、俺も同感だった。

 確かにここは、本隊同士が激突している中央鞍部から離れている。しかしそれでも、敵要塞へ通じる経路である以上、見張りくらいは配置されていて然るべきなのだ。

 

 実際、こちらの陣営では攻撃班と防衛班が細かく役割を分担し、伏兵、警戒、索敵などの人員配置まで事前に詰めていた。

 俺はその光景を見て来たし、味方陣営が当然にしていることを相手陣営が怠っているとも思えないからこそ、この無防備さは不気味に思えた。

 

「上空から見ても、周囲に敵の姿はない……どういう作戦だ……?」

 

 俺は眉を寄せて呟く。

 死の眺望(ネクロスコープ)にて地上数十メートルを旋回する大鴉(オオガラス)の視界を以てしても、敵影らしきものは全く映らない。

 

 そんな奇妙な状況に、先頭を歩いていたクラムが低く唸った。

 

「作戦か……あるいは、あちらの指揮系統が機能不全になっているのかもしれんな」

「機能不全?」

「組織ってのは複雑なもんなのさ」

 

 彼は足場の悪い岩場を軽々と跨ぎながら話を続ける。大した運動能力だった。

 

「理想を言えば、全員が役割を理解し、連携しながら動くのが一番いい。指揮系統も明確で、各々が自分の仕事を果たす。騎士団では、そうあるべきだと教えられる」

 

 そこで言葉を切り、小さく肩を竦めた。

 

「だが、現実はそう単純じゃない。上長よりも人望のある者、あるいは同階級よりも飛び抜けて優秀な者――そういった強力な個人(・・・・・)の存在は、組織の在り方を簡単に歪める。そいつに協調性が無いなら猶更、基本的な上意下達すら覚束なくなることも多い」

 

 恐らく、実際にそうした事例を幾つも見聞きしてきたのだろう。言葉の端々に騎士家系らしい実感が滲んでいた。

 

「……協調性のない強力な個人、ね」

 

 あからさまな揶揄に、思わず呟く。

 それが誰のことを指しているかなど、わざわざ言及するまでもなかった。

 

「勿論、単なる罠という線も捨てきれんがな。少なくとも――こちらに人員が割かれていないということは、別の場所に集中しているということだ。両陣営の本隊が激突する中央鞍部とかな」

 

 冷静な声で告げられた言葉に、俺は眉を寄せる。

 ……その場合、こちらの攻撃班は数的不利を強いられている可能性が高い、か。

 

「本隊に鴉を向かわせるか? 状況が掴めるかもしれない」

「いや、鴉は引き続き周囲の警戒に使ってくれ。俺たち遊撃班の役目は、一刻も早く敵要塞へ辿り着き、王冠を奪うことだ。本隊の状況を知ったところで、してやれることは何もない」

「……まあ、それもそうか」

 

 俺の提案に、クラムは首を横に振る。

 確かに、こちらが取るべき行動は最初から決まっているのだ。ならば、中途半端に気を散らす必要はないか。

 

「急ごう。中央が負ければ、僕たちの要塞が落とされるのは時間の問題だ」

 

 場を纏めるようなエーミールの言葉に、俺たちは静かに頷いた。

 そのまま早足で山道を進み続け――やがて、木々の切れ間から西軍要塞の全景を視界に捉える。

 

 そして。

 俺たち三人は、ほとんど同時に足を止めた。

 

 疲れからではない。視界へ飛び込んできた、その光景の異様さゆえに。

 

「――なんだ、アレは」

 

 クラムの口から、呆然とした声が漏れる。

 

 無理もない。

 本来そこにある筈だった石造りの要塞は、もはや原形を留めていなかった。

 堅牢な城壁、敵襲を監視するための見張り塔、重厚な鉄門が嵌め込まれた正門――城を構成するそれら全てに、異常な量の植物(・・)が絡み付いていたのだから。

 

 黒ずんだ蔓が幾重にも石壁を這い回り、太い茨が大蛇のように塔へ巻き付き、石畳の隙間からは毒々しい色の花々が狂ったように咲き乱れている。

 窓枠までも茨で塞がれ、偵察用の大鴉を城内に侵入させることも出来ない。

 

 それはもはや石造建築ですらなく、まるで――

 

茨の城(・・・)、か。随分とまあ、メルヘンチックなものをこさえたな」

 

 半ば呆れながら、俺は脳裏に浮かんだ少女の顔を思い返す。

 俺たちが落とすべき要塞は、巨大な植物に侵食された異形の魔城へと変貌していた。

 

 

 

 

 

 

「うおおおおッ!!」

 

 裂帛(れっぱく)の気合と共に、クラムが大剣を振り抜いた。

 鉄塊じみた剛剣は、要塞の正門へと絡み付いていた茨の束を真正面から叩き斬る。

 

――が。

 

「……っ、駄目か」

 

 切断された茨は、瞬く間に生長して修復されてしまう。

 

「厄介だな。これでは門が開けられん」

「ブラッケンベリーさんの魔法、だよね。推理するまでもなく」

 

 剣を肩に担ぎ直し、クラムが唸る。

 それを横目に、エーミールが静かに呟いた。

 

「それも、拠点防衛用の大規模魔法。普通なら(・・・・)、複数人の術者で術式を分担してようやく扱える代物だ」

 

 顎を擦り、彼は感嘆するように続ける。

 

「植物魔法が面白いのは、植物が本来持つ光合成機能を転用して魔力を自己補完させられるところだ。少なくとも日中は、茨の再生回数に限度は無いと見るべきだろうね」

「詳しいな」

「錬金術は薬草学と関係が深い。植物魔法とは近縁分野なんだ。その関連で、イーヴィスさんともそれなりに仲良くさせて貰ってるしね」

 

 イーヴィスさん……聞き覚えがあるような、無いような名前だった。

 そんな微妙な反応を返した俺を見て、エーミールは露骨に呆れた顔をした。

 

「ミリア=イーヴィス。僕らの同級生で、もう一人の植物使いだよ。同級生の名前くらい――って、そうだった。そういえば、彼女からオズに伝言を頼まれていたんだ。すっかり忘れてた」

「……伝言? イーヴィスさんとやらが、俺にか?」

 

 誰だか曖昧な相手からの伝言と言われても、正直困惑しかないのだが。

 しかし、エーミールは構わず言葉を続けた。

 

「――『その節はありがとうございました』『そして、ごめんなさい』ってさ」

「? はあ」

「その感じだと、心当たりは無さそうだね」

 

 苦笑混じりに肩を竦められる。

 

「ま、いいや。確かに伝えたよ……まったく、これくらい自分で言えばいいのに……」

 

 そう言って、彼はどこか面倒臭そうに視線を逸らした。

 記憶を探っても、そのミリア=イーヴィスなる人物に礼を言われる理由など――

 

「……なあ。そんなことより、今はこの茨をどうするか考えるべきだと思うんだが」

 

 その時、クラムが痺れを切らしたように言った。

 

 ……確かにその通りだった。

 こうしている間にも、本隊は中央で劣勢を強いられているかもしれないのだ。悠長に無駄話をしている場合ではない。

 

「ああ、悪いね。ふと思い出しちゃって……茨については、僕に考えがある」

 

 エーミールは軽く肩を竦めると、そのまま一歩前へ出た。

 茨に覆われた城門を見上げ、淡々と続ける。

 

「単純な話だよ。再生回数(・・)に制限が無いなら、付け入るべきは再生速度(・・)だ……広範囲を一気に破壊して、茨が再生している隙に通り抜けてしまえばいい――少し離れててくれ」

 

 言いながら、彼は鞄に手を入れる。

 

「? 何をする気だ?」

「知っての通り、錬金術は様々な薬品を調合する魔法だ。治療薬、解毒薬、強壮薬……概ね、医療現場で使われる」

「会話しろよ」

 

 思わず突っ込むと、エーミールは肩を竦めて苦笑した。

 

「まあまあ、最後まで聞いてくれ。薬というのは、人を治すものだけじゃないだろう? 毒薬もあれば――」

 

 その手に取り出されたのは、治療薬の入った小瓶ではない。

 それよりも遥かに頑丈そうで、しかしどこか不穏な雰囲気を纏う茶色い円筒だった。

 

「――爆薬、なんてものもある。こいつは、それを珪藻土に染み込ませたものだ。二人とも、耳を塞いだ方が良いよ」

 

 次いで、それを茨の絡み付いた鉄門へと慎重そうに転がす。

 俺とクラムは顔を見合わせ、半信半疑のまま言われた通りに耳を塞いだ瞬間――

 

――爆音が、炸裂した。

 

 耳を塞いでなお鼓膜が痺れる。

 爆炎と衝撃波が正門へと叩き付けられるのが辛うじて見えた。

 

 やがて、煙が晴れる。そこにあったのは、無惨にも抉り飛ばされた正門だった。

 分厚く絡み合っていた蔓は千切れ、鉄門は吹き飛び、周辺の外壁までもが一部粉砕されている。

 

「さあ、中に入ろう。茨が再生する前に」

 

 

 

 

 

 

 城内は、異様なまでに静まり返っていた。

 守るべき正門で爆音が轟き、敵の侵入を許したというのに――駆け付けてくる足音一つ、聞こえてはこない。

 

「……やっぱり、誰もいないみたいだな」

 

 まあ、大方の予想通りではある。

 これほど大規模な防衛魔法だ。敵の侵入を阻む代わりに、味方の出入りすら著しく制限してしまうだろう。

 そして何より、ブラッケンベリーは敵に利用されかねない抜け道や勝手口を、仲間のためにわざわざ用意するような性格にも見えなかった。

 

 城内にいる人間は、ブラッケンベリーただ一人。

 それは殆ど確定したと言っていいのではないかと思う。

 

「……それにしても。凄い威力の爆薬だったな、エーミール。お前はあんなものまで作れたのか」

 

 クラムが、先ほど吹き飛ばした正門の方角を振り返りながら唸る。

 未だ通路には焦げ臭さが残り、砕けた石片や千切れた蔓が散乱していた。

 

「一般的に、錬金術はあまり戦闘向きではないと言われているが――認識を改める必要があるかもしれん」

「いや、今回はたまたま上手くいっただけだよ。威力は確かに強いけど、抱えている問題も多い」

 

 感嘆するクラムの言葉に、しかし当のエーミールはあっさりと首を振る。

 

「まず、爆薬の作成にはそれなりの費用が掛かる。誤爆の危険もあるし、保管や運搬だって面倒だ。他の魔法みたいに、咄嗟の魔力制御で威力を調整したりも出来ない」

 

 肩を竦め、指折り数えるように続けた。

 

「結局、まともな戦闘手段として運用するには課題が多すぎるんだよ。歴史上、錬金術の戦闘利用が主流とならなかったのがその証拠さ」

「……いいや」

 

 だが、クラムは低く異を唱えた。

 腕を組み、武人のような鋭い眼差しでエーミールを見据える。

 

「魔力による制御が利かないということは、魔力の素養がない人間にも扱えるということだ。裏を返せば大きな利点になる――未来の戦場では、騎士や魔道士よりも、そういった"道具"こそが主戦力になっているかもしれんぞ」

「まさか」

 

 エーミールは鼻で笑うが、俺はクラムの言葉に妙な説得力を感じていた。

 彼は冗談や軽口を言うことも多いが、騎士家系としての戦術眼には信頼できるものがあると――

 

「――話はここまでだな」

「ああ」

 

 その時だった。

 

 静まり返っていた筈の城内。

 蔓で覆われた通路の先から、意外な"敵"たちが姿を現す。

 

 緑色の胴体。根のように広がる下半身。

 身体の左右から伸びた太い蔓が、生き物の触手のようにうねっている。

 

 植物型の魔獣。当然ながら、野生ではない。

 

「……十中八九、ブラッケンベリーさんのお手製(・・・)だね。こんなものまで作れるのか」

「なんでもありかよ、あのいばら姫は……」

 

 クラムは吐き捨てるように呟き、大剣を構える。

 

「……」

 

 その一方で、俺は何も言わずに敵を見据えていた。

 

 死霊魔法の不死者(アンデッド)や土魔法の泥人形(ゴーレム)に代表されるように、自立した兵力を生み出す魔法自体は珍しくとも唯一ではない。

 しかしながら――要塞を覆い尽くす拠点防衛魔法(茨の城)、かつて演習場で見せた苛烈な攻撃魔法(茨の槍)、そして目の前に立ち塞がる植物型の魔獣たち。

 

 レイア=ブラッケンベリー。

 彼女は単に莫大な魔力量を誇るだけではない。複数分野を高水準で成立させる多芸さをも併せ持っている。

 それを目の当たりにしたからこそ、俺は――身体の芯から熱いものがこみ上げるのを、止めることが出来なかった。

 

「二人とも、この場は任せていいか」

 

 俺がそう告げると、二人はこちらに視線を向けた。

 

「時間が無い。俺は、一人でブラッケンベリーを倒しに行く」

 

 クラムは一瞬、怪訝そうに眉を顰める。

 しかし俺の表情を見ると、堪え切れないように口元を吊り上げた。

 

「――分かった。ここは任せろ」

「え? 僕は普通に三人で倒して進むべきだと――」

「エーミール。野暮ってもんだ」

 

 困惑するエーミールの言葉を遮り、クラムは俺の方に向き直る。

 

「そうしたいんだろ?」

「悪い」

「気にするな。折角の対抗戦、楽しまないと損だぜ」

「……ああ、そういうこと。まったく、難儀な気質だね」

 

 エーミールも俺の意図を察したらしい。

 半ば呆れたように額へ手を当てるが、その声に反対の色は無かった。

 

「クラム、エーミール――あの日から二週間。"練習"に付き合ってくれて、助かった」

 

 あの日。

 レイア=ブラッケンベリーから宣戦布告を受けた翌日、俺が彼女を倒すことを目標に定めた日から、二人は毎日"練習"に付き合ってくれていた。

 あの日々がなければ、俺は今よりもずっと少ない手札で特待生に挑まざるを得なかっただろう。

 

 二人は一瞬だけ顔を見合わせ、やがてクラムが鼻を鳴らす。

 

「礼を言うにはまだ早いぞ」

「そうそう。そういう台詞は祝勝会(・・・)で聞くからさ」

 

 言うなり、エーミールは懐から小さな筒を取り出した。

 

「――ほら、こっちだ!」

 

 投げ放たれたそれが、通路の先で炸裂する。

 

 轟音。

 だが、先ほどのような爆炎も衝撃波も無い。鼓膜を打つ破裂音だけが城内へ反響し、魔獣が一斉に反応した。

 

「おらァッ!」

 

 その隙に、クラムが真正面から飛び込んだ。

 

 振り抜かれた大剣が蔓の群れを切り払い、千切れた植物片が散る。

 魔獣たちの注意は、完全に二人へ向いた。

 

「行け、オズ!」

「ああ!」

 

 俺は強く床を蹴る。

 蠢く蔓の合間を縫い、その脇を一気に駆け抜けた。

 

 目指す先は、ただ一つ。

 レイア=ブラッケンベリーが待つであろう、玉座の間だけだった。

 

 

 

 

 

 

 玉座の間に、彼女はいた。

 

 白磁の肌とは対照を成す、漆黒の長髪に王冠を戴き。

 鮮やかな紫紺の瞳を細め、悠然とこちらを睥睨し。

 まるで当然の権利かの如く玉座に腰掛け、長い脚を組み、頬杖を付きながら。

 

「遅かったね」

 

 その声には、要塞の最深部まで侵入されてしまった焦りなど欠片も無かった。

 

「誰かさんが植えたらしい雑草が邪魔でな」

「あはっ」

 

 それどころか、俺の皮肉に肩を揺らして笑ってみせる。

 

「あれに手こずるような雑魚は、あたしに挑む資格もねーってことだよ」

「かもな――汝、死を忘れる勿れ」

 

 適当に短く返しながら、俺は静かに魔力を巡らせた。

 

 低く紡がれた死霊術の簡易詠唱。

 だが、今回はそれで終わらない。

 

「儚き栄華を謳い、死出の旅より舞い戻らん」

 

 更に魔力を深く込め、もう一節を付け加える。

 新技ではない。死の凱旋(アンデッド・リボーン)にて強力な個体を呼ぶためのものだ。

 

 強力な個体とは、即ち。

 

「――グオオオオオオオッ!!」

 

 咆哮が、玉座の間を震わせた。

 

 重厚な威圧感を伴って現れたのは、巨大な赤鬼。

 かつて、地下迷宮で死闘を繰り広げた暴力の化身にして――今は、俺が従える戦利品(・・・)

 

 岩塊のような筋肉、赤黒い硬質の皮膚、暴力的な巨体、その全てが健在だった。

 死体に対して健在(・・)というのも、奇妙な話ではあるのだが。

 

「……ふーん」

 

 玉座に座ったまま、レイアが僅かに目を見開く。

 

「そんなの隠し持ってたんだ」

「隠してない。使う機会が無かっただけだ」

「あは、分かるよ」

 

 何が可笑しいのか、彼女は愉快そうに笑った。

 

「だって――雑魚ばっかだもんね、この学園」

「……雑魚、か」

 

 小さく呟く。

 大して知りもしないものを、そんな一言でよく切り捨ててしまえるものだ。

 

 彼女はどうやら、本当に――

 

「可哀想なくらい、愚かだな」

「……あ?」

 

 少女の瞳が、すっと細められる。

 紫紺の双眸に、明確な苛立ちが宿った。

 

「やろうか、特待生」

 

 分かっている。

 彼女が持つ莫大な魔力も、異常な技量も、圧倒的な才能も。

 間違いなく、今まで相対した誰より強いことも。

 

 だが、しかし。

 

「勝つのは俺だ」

 

 お前は俺の糧となれ。

 

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