死霊術師でも英雄になれますか?   作:パリスタパリス

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第十四話『死霊術師と対抗戦・弐』

 

――同時刻。

 

 東軍(自軍)要塞、その玉座の間。

 陣営会議にて王冠を被る"王"の役を任され、開戦後も休む暇なく他生徒へ指示を飛ばしていたシャルロット=シュトラールのもとへ、一人の少女が駆け込んでいた。

 

「……ノエル、本当なの?」

「ん。中央鞍部の攻防は、もう殆ど負け戦だね」

 

 報告役の少女――ノエル=スタークは、黒髪のツインテールを揺らしながら肩を竦めた。

 

 ノエルは、小柄で人懐っこい印象を受ける女子生徒だ。

 シャルロットとは友人同士の関係であり、真面目で責任感の強いシャルロットに対し、ノエルは良くも悪くも自由奔放。

 全く正反対の気質ながら、それでも不思議と馬が合う。そういう二人だった。

 

「なんか、中央に来てる相手の数がめちゃ多くてさ。本来、防衛や警戒に割くべき奴らまで来てるっぽい……たぶん、特待生以外の全員が中央にいるまであるね」

「……正気の作戦とは思えないわ。これも、レイアさんの自信の表れなのかしら」

 

 報告を受けたシャルロットは小さく眉を寄せる。

 はっきり言って、対抗戦の定石とはかけ離れた作戦だが――たった一人で城を守り切れる天才(・・)が存在するのなら、むしろ合理的かもしれなかった。

 

「今はロビン君が粘ってくれてるけどさー、正直かなり厳しい感じ。元々数で負けてるうえに、向こうのフェルちゃんが想像以上に厄介なんよね」

 

 ロビン=ジョンソン。

 フェルトゥナ=クリケット。

 

 中央の戦線で両陣営の支柱を担っている二人は、特待生や悪名高い"死霊術師"には及ばずとも校内に広く実力を知られている。特にフェルトゥナは、普段の眠たげな雰囲気からは想像もつかない魔道の才媛として有名だった。

 

「そんなわけで、奴さんたちがこの城に雪崩れ込んで来るのは時間の問題かも――どないする? シャルちゃん」

 

 ノエルの問いに、シャルロットは僅かに思案する。

 

「……攻撃班で、まだ動けそうな生徒はどのくらい?」

「んー、あたしが別れた時には半分くらい残ってたかな。これから森を使った遊撃(ゲリラ)戦に切り替えるって話をしてたし、今もそんなに減ってないはずだけど」

 

 遊撃(ゲリラ)戦。

 確かに、寡兵の側が取る作戦としては妥当だろう。真正面からぶつかり合って押し潰されるよりも余程賢明だ。

 

 しかし、敵本隊がこの城へ辿り着くことに変わりはない。

 散り散りに戦力を消耗させるよりは、むしろ――

 

「――動ける人たちを、この城に退却させましょう。防衛班に合流させ、総力戦で迎え撃つわ」

 

 短く思案した後、シャルロットはそう結論を下した。

 中途半端に各個撃破されるより、防衛戦力は一箇所へ集約すべきだろう。

 

「……ま、それしかないよねー。それでも人数差は埋まんないけど……勝てっかな?」

「あら。有名な黄昏門(たそがれもん)の戦いにて、英雄アレスはたった七人で魔女の軍勢を退けたのよ? この程度、大した差では決してないわ」

「うへー……」

 

 露骨に顔を引き攣らせたノエルへ、シャルロットはどこか余裕めいた微笑を返した。

 

「冗談よ。私たちは、無理して勝ちに行かなくてもいいの」

「……へ?」

 

 きょとんとした顔に向けて、彼女は静かに断言する。

 

「だって――こちらには、遊撃班がいるんだから。彼らがレイアさんを倒すまで持ちこたえれば、私たちの勝利よ」

 

 その声に迷いは無かった。

 ノエルはぱちぱちと瞬きを繰り返し、やがて愉快そうに口元を吊り上げた。

 

「……そっか、信じてるんだ」

「当然でしょう? あの三人は学年有数の実力者だもの」

「三人、つーかさ」

 

 ノエルがにやにやと笑いながら、ぐいっと顔を寄せて来る。

 

「ぶっちゃけスタンリーっしょ? シャルちゃんが信じてるの」

「っ……そ、そんなことないわよ」

 

 一瞬、返答に詰まった。

 

 図星を突かれたせいか、シャルロットは自覚する間もなく視線を逸らす。

 耳の辺りが、じわりと熱い。

 

「ま、ま、まあ、その……友人として! 彼には、特に期待していることは事実として否めないこともないけれど――」

「ええてええて、そういうの」

 

 必死に取り繕おうとするほど、かえって分かりやすい。

 ノエルは堪え切れないといった様子で、ますます面白そうにツインテールを揺らした。

 

「好きなん? あいつのこと」

「な……急に何を言い出すの!?」

 

 思わず声を上擦らせるシャルロットに、ノエルは容赦なく追撃を加える。

 

「や、だってさ。最近よく一緒にいるしー……この前、陰でスタンリーの悪口言ってた奴らにめっちゃキレてたじゃん?」

「そ、それは……! 監督生として人の陰口を見過ごせなかっただけで……!」

「だからって普通ビンタまでするー? あん時は流石にびくったなー」

 

 う、とシャルロットは言葉に詰まった。

 実際、あの時の自分が冷静ではない自覚はあったからだ。

 

「シャルちゃんさ。スタンリーとつるみ始めてから、ちょっとだけ変わったよね。なんというか……前よりも、分かりやすく怒ったり笑ったりするようになった?」

「――」

 

 友人からの屈託ない評価に、シャルロットは僅かに目を伏せる。

 

「……変、かな?」

 

 ぽつりと漏れた声は、先ほどまでより少しだけ弱かった。

 その様子にノエルは一瞬だけ目を見開いた後、ふっと笑みを緩める。

 

「んにゃ、いんじゃね? あたしは好きだよ、どっちのシャルちゃんも」

「ノエル――」

 

 何気ない言葉に、胸の奥が温かくなる。

 

 軽薄そうに見えて、こういう時に真っ直ぐ言葉をくれる。

 ノエル=スタークという少女はそういう人間で、シャルロット=シュトラールにとって掛け替えのない友人だった。

 

――しかし、それはそれとして。

 

「というか、さっさと行きなさいよ」

 

 すぱん、と現実へ引き戻すように言い放つ。

 ノエルの友情はありがたいが、それとこれとは別問題である。

 

 前線では、今この瞬間も攻撃班の生徒たちが数的不利の中で耐え凌いでいるのだ。

 伝令役であるノエルには無駄話などしていないで、一刻も早く先ほどの指示を伝達して貰わねばならない。

 

「急につれないじゃん……はあ。仰せのままに、女王様」

 

 わざとらしく肩を落としながらも、ノエルはどこか楽しげに敬礼してみせた。

 そのまま軽やかに踵を返し、シャルロットへ背を向ける。

 

「――」

 

 ノエルの口から小さく詠唱が紡がれると、その身体に変化が訪れた。

 

 華奢な手足がしなやかな四肢へ変わり、黒髪は艶やかな黒毛へと変質していく。

 やがてそこに立っていたのは、人間ではなく――黒く大柄な山猫だった。

 

 変身魔法。

 用途に応じて様々な姿に変身することが可能な、ノエルが最も得意とする魔法系統である。この移動・索敵に適した魔法を扱えるが故に、彼女は伝令役を任されているのだ。

 

 山猫となったノエルは低く喉を鳴らすと、石造りの廊下へ風のように駆け出した。

 

――ありがとう、ノエル。

 

 背後で小さく零れた友人の声を、獣の鋭敏な聴覚は確かに拾っていた。

 

『……』

 

 四足で疾走しながら、ノエルは微かな笑みを零す。

 入学以来――正確には、入学に伴う"啓示の儀"以来だが――シャルロットは、ずっとどこか思い詰めた様子だった。

 笑っていても無理をしているようで、常に諦観のような何かを背負っているようでもあった。

 

 それが変わったのは、間違いなくあの男子生徒と友人になってからだ。

 彼女が何を悩んでいたのか。そして、何を乗り越えたのかは、ノエルには知る由も無かったが。

 

『キミとは、全然話したこともないけどさ――シャルちゃん泣かせんなよ、スタンリー』

 

 獣の口は、人語を話すように作られてはいない。

 彼女の想いは、小さな唸り声となって石造りの要塞へ溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

「――私に勝つ、ね」

 

 レイア=ブラッケンベリーは、己が座る玉座の肘掛けに頬杖をついたまま鼻で笑った。

 

「身の程知らずもここまで来ると……なんかもう、怒る気にもなんねーわ」

 

 呆れ混じりに吐き捨てながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 

 王冠がかすかに揺れ、艶やかな黒髪がさらりと背中を滑り落ちた。

 玉座から降りた少女は、一歩、また一歩と俺の方へ歩み寄って来る。

 

「私さ。まずはあんたをズタボロにして、謝罪させるつもりだった。地面に頭を擦り付けさせて、これまでの無礼を全部謝らせて――そのまま、今後の服従を誓わせるつもりだった」

「……」

 

 相変わらず物騒なことを言う少女だが……女の子なのだからお淑やかにすべきだ、などと言うつもりは無い。

 むしろ俺からすれば、こういう態度の方が戦いやすいので好都合だった。

 

「でも、もういいや」

 

 ふと。

 その口元が、三日月のように吊り上がる。

 

「決めたから。これからあんたを――嬲り尽くしてぶち壊すってねッ!!」

 

 瞬間、石床が脈動して無数の蔓草が噴き出した。

 それらは蛇のようにうねりながら絡み合い、幾重にも束ねられていく。

 

 やがて形成されたのは――全長十メートルを優に超える、長大な茨の大蛇だった。

 

「シュウゥゥ……」

 

 棘の巨躯が鎌首をもたげる。

 その口腔は、やがて花弁のように開かれ――

 

「シャアッ!!」

 

 暴風のような勢いで、真っ直ぐこちらへ喰らい掛かってきた。

 

 成程。

 彼女も、大言壮語をしていたわけではないらしい。植物で作られたにしては、並の魔獣を遥かに越える威圧感を放っている。

 

――が。

 

「やれ」

「グオオオオオオオオッ!!」

 

 俺は傍らの赤鬼(レッドオーガ)に、至極簡潔な命令を下した。

 命令を受けた巨体が咆哮し、石の床を砕かんばかりに踏み込む。丸太のような両腕を真正面から大蛇へ叩き付け、鷲掴みにすると――

 

――そのまま、力任せに引き裂いた。

 

 策も技術も存在しない。

 純粋な怪力にモノを言わせた蹂躙だった。

 

「わお」

 

 茨と花弁を盛大に撒き散らしながら、大蛇の残骸が崩れ落ちる。

 その光景を前に、ブラッケンベリーは愉快そうに目を細めた。

 

「強いじゃん、その子」

「ああ。仕留める(・・・・)のにも苦労した」

 

 彼女は俺の言葉を一瞬だけ反芻し、やがて意味を理解したのか露骨に顔を歪める。

 

「……キモ。ほんと、悪趣味な魔法だよね」

 

 直球だった。

 ……死者を使役する、死霊魔法。それに対する印象や評判が最悪なことなど、最初から分かり切っている。しかしながら、女子に真正面から罵倒されるとつい傷ついてしまうのは年頃の男子として致し方ないことではあった。

 

「――じゃ、こういうのはどう?」

 

 次に彼女が指を鳴らすと、鳥――あるいは蝙蝠のような有翼の魔獣が飛び出して来る。

 丸みを帯びた果実のような胴体ながら、羽根の代わりに幾枚もの葉を羽ばたかせて飛行する異形。

 

 雀ほどの小さな体躯だが、その数は一体や二体では済まない。十や二十でも利かないだろう。

 まるで洞窟から蝙蝠の群れが溢れ出すかのような勢いで、無数の魔獣が俺に殺到した。

 

「グオオオオッ!!」

 

 俺が何も言わずとも、赤鬼(レッドオーガ)が迎え撃つ。

 

 豪腕が唸りを上げ、飛来した数体をまとめて叩き潰した。

 花弁と樹液を撒き散らしながら、魔獣が床へ落下する。

 

 一体一体の強度は高くないらしい、が。

 

「ちッ……!」

 

 如何せん、数が多い。

 鬼が一体を叩き潰している間にも、別の個体が横合いから俺本体へ襲い掛かってくる。

 

 気付けば、完全に包囲されてしまったようだ。

 

 前方、側面、そして上空。

 不快な羽音――否、()音を鳴らしながら飛び回る魔獣たちが、逃げ場を塞ぐように俺たちの周囲を旋回する。

 

「猪口才な」

 

 俺は巨体を背にしながら、飛来する魔獣の攻撃を躱すことに手一杯となってしまった。

 必然的に、そんな俺を守りながら戦う赤鬼(レッドオーガ)の行動も制限されてしまう。

 

 ……この鬼が俺に使役されていない単独の状態なら、多少の攻撃を無視してでも強引にブラッケンベリーへ肉薄できただろう。

 しかし、今は違う。

 このまま防戦一方になるくらいなら、俺自身の守りを顧みずに突撃させる択も視野に入れねばなるまいが――

 

「……ん?」

 

 その時。

 包囲の一角だけが、不自然なほど薄いことに気付く。

 

 ……あまりにも、露骨な誘導。

 罠だ。考えるまでもない、が。

 

「いいさ、乗ってやる」

 

 鬼だけを突っ込ませて博打に出るよりは、まだ多少マシな選択だった。

 俺はその穴に向かって疾走し、魔獣の包囲を抜け出すと――

 

「――はい、終わりー」

 

 愉快そうな声が、すぐ目の前から響いた。

 そこに立っていたレイア=ブラッケンベリーは、既に茨の鞭を大きく振りかぶっている。

 

 紫紺の瞳が、獲物を追い詰めた捕食者のように嗤っていた。

 

――魔道士としての性能を比較したとき、俺と彼女の最も大きな違いとは何か。

 

 それは、本体が直接(・・)戦闘へ参加できるか否かの一点だろう。

 

 死霊術師を使役系魔法の専門職(スペシャリスト)とするなら、植物使いは使役と直接戦闘を両立する総合職(ジェネラリスト)だ。

 万能型の魔法適性に彼女自身の才覚が噛み合った結果として、ブラッケンベリーはまさしく多芸多才――器用万能の術者へと昇華している。

 

 互いの使役する魔獣同士をぶつけ合うだけなら、流石に俺へ分があるだろう。

 しかし術者同士が向かい合った状態において、その優位は容易く覆る。

 

 端的に言って、死霊術師は本体性能が貧弱なのだ――

 

「ああ、君がな(・・・)

 

――と、彼女は考えていることだろう。

 

 死霊術師とは、後衛で死体を操るものだ。

 その固定観念(・・・・)こそが、万能の少女を絡め捕る。策に、嵌らせる。

 

「――」

 

 唸りを上げて迫る茨の鞭。

 俺はそれを寸前で身を沈め、紙一重で躱した。

 

 空を裂いた茨の鞭が、頭上すれすれを通過する。

 

 そして。

 俺は更に、彼女の懐へ踏み込んだ(・・・・)

 

「……えっ?」

 

 勝利を確信していた表情が、一転して困惑へ変わる。

 その隙を逃さず、俺は無防備な胴体へと蹴撃を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――オズは、身体を動かすのが苦手なの?』

 

 一週間前。

 対抗戦に向けた死霊術の訓練中、見学していたシャルが不意にそんなことを聞いてきた。

 

『……別に苦手ではないが』

 

 眉を顰めながら答える。

 系統立てた武術を学んだ経験こそ無いが、故郷の村では殴り合いの喧嘩も日常茶飯事であったし、最低限の体力や反射神経はあると自負している。

 少なくとも、運動が全く出来ないというわけではない。

 

『それにしては、徹底して接近戦を避けてるわよね』

 

 シャルは形の良い顎に指を添え、じっとこちらを見つめた。

 

『やむを得ず近付くことはあっても、すぐに距離を取って後衛へ戻ろうとする印象があるわ。まるで、前衛は不死者(アンデッド)の役目だって最初から決めてるみたいに』

『まあ、それはそうだな……というか、死霊術師ってのはそういうものじゃないか?』

 

 死霊術の適性は、どちらかと言わずとも後衛だ。

 前線で戦うのは不死者(アンデッド)の役目であり、術者本人は後方から指揮と補助に徹する――それが、死霊術師に対する一般的なイメージである。

 実際の戦術的合理性を顧みても、俺はその戦い方を間違いだとは思わない。

 

『言わずもがな、使役系魔道士の弱点は術者自身だ。それを敵から遠ざけるのは当然だと思うが』

『当然だからこそ、相手からしたら読みやすいのよ。特に対人戦では、堅実で無難な行動が危険を呼び込むことも珍しくないの』

 

 そう言って、彼女は教師めいた仕草で一本指を立てる。

 妙に板についている辺り、普段から他者に教える機会も多いのだろう。

 

『裏を返せば、奇策が好機を呼び込むこともあるってこと。敵からすれば、近付けば逃げていくと分かっている相手よりも、攻撃に転じてくるかもしれない相手の方がよほど厄介なのよ』

『……ふむ』

 

 小さく唸る。

 

 入学以来、死霊術の鍛錬を怠ったことは一度も無いが……それを用いた対人戦の経験が豊富かと言われれば、なんとも肯定し難くはあった。

 むしろ、その点に関しては同級生でも未熟な部類に入るだろう。ゼイン先輩と決闘したくらいか。

 

 一方、シャルは休日開催の武術トーナメントにも頻繁に参加していると聞く。

 少なくとも対人戦の読み合いや心理戦に関しては、俺より余程場数を踏んでいる筈だ。

 

『勿論、率先して前に出ろとは言わないけど……簡単な護身術を齧るだけでも、かなり変わってくると思うわ。オズって魔力量そのものはかなり多いんだから、ちゃんと活用すればもっと動けるはずだもの』

『護身術、か』

 

 確かに、魔力による身体強化そのものは戦士・魔道士の両者に共通する基礎技術だ。

 死霊術ばかりに意識を割いていたせいか、そこを実戦的に鍛えようとしたことは殆ど無かったが。

 

『……図書室で教本でも探してみるか』

『? 私が教えてあげるわよ』

 

 シャルはぱちりと瞬きをした後、当然のように言った。

 

『教本には限界があるし……"英雄学園"で教職を務めるような方々に、あんまり初歩的な訓練を付けて貰うのも忍びないでしょう?』

『確かに……』

 

 教授陣の多くは教職者としてだけではなく、戦士、あるいは魔道士としても超一流だ。

 低次元の質問に時間を使わせるのも気が引ける。拒否されるということは無いだろうが。

 

『……やっぱり、良い奴だよな。君は』

『っ、いや、いいからっ! そういうお世辞は言わなくて!!』

 

 率直な感想を伝えると、彼女は視線を泳がせながら否定する。

 しかし、これは紛うことなく俺の本音だった。

 

『お世辞なわけがあるか。そういう細かいところまで気が回るところ、俺は本当に凄いと思うぞ。君と知り合ってしばらく経つが、欠点を探す方が難しいくらいだ』

『う、あぅぁ……』

 

 シャルは言葉にならない声を漏らしながらわたわたと両手を彷徨わせ、何か反論しようとしては失敗する。

 普段の凛とした監督生然とした姿からは想像も付かない百面相だった。

 

『俺は、君と友達になれて良かっ――ぶ』

『と、に、か、く!』

 

 シャルは顔を真っ赤にしながら勢いよく踏み込み、両手で俺の頬を挟み込むようにして言葉を遮った。

 妙に熱い掌の感触と共に、ぐいっと顔を固定される。

 

 ……褒め方が気に喰わなかったのだろうか。

 何にせよ、物理的に黙らせてくるのはやめて欲しいところだった。

 

『今夜、ちゃんと教えるから! ……ぜ、絶対来なさいよ』

 

 消え入りそうな声でそう付け足す彼女へ、俺は一言だけ「了解」と返した。

 

 

 

 

 

――まさか、こんなにも早く役立つとは思ってもいなかったが。

 

「う、ぐ……!」

 

 俺の蹴撃を受けたブラッケンベリーは数歩よろめき、石床を滑るようにして距離を取った。

 

 胴体に叩き込んだつもりだったが、咄嗟に腕を差し込まれたらしい。

 肩で息をしながらも、彼女は未だ二本の足で立っている。

 

 だが。

 

「――」

 

 彼女は息を荒げながら、自らの腕を見下ろした。

 

 受け止めた衝撃を完全には殺し切れなかったのだろう。

 痺れたように震える片腕が、だらりと力なく垂れ下がっている。

 

 紫紺の瞳に浮かぶのは、僅かな困惑……いや、困惑どころか――

 

「……なんて顔をしてるんだ。劣勢になるのは初めてか?」

 

 端的に言って、彼女は戦闘中に呆然としていた(・・・・・・・)

 自分が攻撃を受け、更には優勢を崩されたという現実を上手く呑み込めていないような表情を前に、俺は小さく息を吐く。

 

「もっと気合い入れろ。こんなもんじゃないだろ、特待生」

「っ……」

 

 その言葉で、ようやく意識が戻ったらしい。

 ブラッケンベリーは弾かれたように顔を上げ、羞恥と怒気が入り混じったような表情で俺を睨んだ。

 

「……あんたさ、もう殺すから」

「聞き飽きた――汝、死を忘れる勿れ」

 

 低く紡いだ呪文に応じるように、足元の影がどろりと揺らぐ。

 

 現れたるは、二体の骸骨(スケルトン)

 今回は武器すら持たせておらず、しかしそれで十分だった。

 

「グオオオオッ!!」

 

 周囲を飛び回っていた植物魔獣の群れを粗方薙ぎ払い終えた赤鬼(レッドオーガ)が、骸骨たちを左右の手で一体ずつ掴み上げる。

 

 そして――力任せに、投げつけた。

 

「ちょろいんだよッ!」

 

 骨の塊が砲弾じみた速度でブラッケンベリーに迫るが、彼女は即座に反応した。

 一体目をくるりと舞うように躱し、二体目は茨の鞭で叩き落とす。

 

 ……なるほど、今のを躱すか。

 先程の蹴撃を咄嗟に防いだ件といい、彼女自身の身体能力も決して低くないらしい。

 

 もっとも、それ自体は意外でも何でもなかった。

 魔力量が多いほど肉体強化に充てられる魔力は多く、魔力制御が繊細なほど強化効率は上がる。

 彼女はその両面において同世代の最上位に位置しており、肉弾戦において俺以上の実力を持っていたとしても何ら驚嘆には値しない。

 

 先ほどの奇襲が決まったのは、実力以上に精神的な油断が大きいのだろう。

 

――さて。

 

「……」

 

 鋭く細められた紫紺の瞳が俺を射抜く。

 

 ようやく、その表情から油断と慢心が消えてくれた。

 ここからが正念場であり、そして――俺が待ち望んだ、最も面白い時間である。

 

「もう一度言おう。勝つのは俺だ」

 

 挑発するように口角を吊り上げ、石造りの床を再び蹴った。

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