死霊術師でも英雄になれますか?   作:パリスタパリス

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第十六話『死霊術師と対抗戦・肆』

 戦況は――控えめに言っても、一方的だった。

 

 花弁を撒き散らす怪鳥は、羽虫でも払うかのように叩き落とされ。

 蔓草で編まれた大蛇は、巨大な指骨に引き千切られ。

 

「ッ……!」

 

 茨の鞭は腕骨に弾かれ。

 殺到する茨の槍も、分厚い骨格を穿つには至らない。

 

「ぅぐ……」

 

 少女の喉から、掠れた焦燥が漏れる。

 その様子を油断なく見据えながら、俺はモーゼを伴い少しづつ距離を詰めた。

 

 この巨骸は下半身を持たないが、地中に展開した"霊園"そのものを動かすことで、緩慢ながら移動することが出来る。

 最高速度は一般的な大人の強歩くらいだが、全く動けないよりはずっとマシだろう。

 

 後退するブラッケンベリーの立てる空間は、確実に削られていく。

 

「オォン……!」

「う、ぁ」

 

 上機嫌そうに喉を鳴らすモーゼを見上げ、少女は怯んだような声を漏らした。

 

 なんとも失礼な奴である。

 初めて造り出した"改造不死者(ヘテロシス・アンデッド)"への贔屓目もあるかもしれないが、モーゼはこう見えて愛嬌の塊だというのに。

 

 人を見た目で判断するべきではない。それは不死者に対しても同様だ。

 ……いや、というかこいつは決して見た目も捨てたものではなく、よく見れば中々に均整の取れた顔立ちをしていて――

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

――などと益体も無く考えていると、遂にブラッケンベリーの背が壁に触れた。

 

 肩を上下させながら、彼女は壁際で息を乱す。

 紫紺の瞳に浮かんでいるのは、もはや隠し切れないほど明確な焦りだった。

 

「なんか……あれだな」

 

 まるで大型魔獣に追い詰められた小動物のような姿を前に、俺は若干のいたたまれなさを覚える。

 

「さっきはああ言ったが……限界なら降参してもいいぞ」

「……は?」

 

 少女の瞳が、ぎろりとこちらを睨み付けた。

 

「なに、もう勝ったつもり?」

「客観的に見て、どうやら大勢は決したようだ」

 

 無論、この天才を相手に油断などするつもりはないが――今の焦燥や狼狽が演技なのだとしたら、彼女は魔道士ではなく役者を目指すべきである。

 

「これ以上は、弱いものいじめみたいで後味が悪い――」

「――弱い、もの?」

 

 ぴたり、と。

 少女の動きが止まった。

 

「……どうした?」

「はっ」

 

 その口から漏れるのは、乾いた笑い声。

 

「ははっ、あはは……!」

 

 肩を震わせながら、ブラッケンベリーが笑う。

 その笑みは、先ほどまでの軽薄な嘲笑とは違い――彼女の何か(・・)が壊れたかのような、そんな笑い方だった。

 

「ッ――あああああ!!」

 

 絶叫が、玉座の間に響き渡る。

 それは間違いなく、眼前の少女が発した激情だった。

 

「……お前、図に乗るのも大概にしろよ」

 

 少女は俯いたまま、怒りに震える声を漏らす。

 紫紺の瞳が、ぎらりとこちらを射抜いた。

 

 瞳に宿るのは、鮮烈なる憤怒の炎――だけ、ではない。

 それ以上の焦燥や必死さ。自分の人生において、この主張(・・・・)だけは何としても貫き通さねばならないと確信しているかのような妄執の炎。

 

「あたしは、弱くない――選ばれた強者……それが、あたし……」

 

 掠れた声は、自分自身に言い聞かせているかのように聞こえた。

 

「ぜったいっ……! 絶対、負けちゃいけないのっ……!」

 

 悲鳴にも似た叫び。

 恐らく、彼女には彼女なりの、負けられない理由があるのだろう。

 

――が。

 

「いいや、君は負ける」

 

 そんなものは、俺の知ったことでは無い。

 

「完膚なきまでに、俺が負かす。降参なら認めるが、君の勝利だけはあり得ない。そんな結末は――ない」

「っ……!」

 

 俺は粛々と、前へ進むだけだ。

 

「あと三歩で、君はモーゼの射程に入る。それまでに決めろ。降参するか――」

 

 一歩、踏み込む。

 

「続けるか――」

 

 さらに、もう一歩。

 

 ……あと一歩だ。

 あと一歩踏み込むまでに反応がなければ、巨拳が彼女に降りかかる。

 

 俺が最後の一歩を踏み出そうとした、その瞬間。

 

「――こんなもの、使いたくなかったのに」

 

 ぽつり、と。

 少女が小さく呟いた。

 

 同時に、その白い指先が紫色の何か(・・)を摘み。

 躊躇うように一瞬だけ目を伏せた後、一息にそれを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「うぐッ……!」

 

 苦しそうな呻き声と共に、ブラッケンベリーの背中が裂けた。

 鮮血が噴き出し、無数の花弁が背肉を突き破るように咲き誇る。

 

「……!? おい、何を――」

 

 衝撃的な光景に、俺は思わず声をかける。

 しかし少女は目もくれず、熱に浮かされたような吐息を漏らすのみ。

 

「ああ……あ――」

 

 その背に生えたのは、翼だった。

 幾重もの花弁を重ねて形成された、一対の巨大な花翼。

 

 恐らく、彼女はそれを急激に体内から生長させたのだ。

 翼からは夥しい血が滴り落ち、地面に斑点を落としていた。

 

 あまりにも、痛ましい光景。だというのに――

 

「――あはっ♪ いー気分」

 

 当のブラッケンベリーは、恍惚とした笑みを浮かべていた。

 紫紺の瞳はだらしなく潤み、紅潮した頬には苦痛の色すら見当たらない。

 

 彼女の異常な様子の原因は、間違いなく先ほど飲み込んだ何か(・・)だろう。

 

「何を飲んだ?」

「ン――あへん、かな」

「……は?」

 

 一瞬、聞き間違えたかとすら思った。

 あへん――阿片、と言ったのか?

 

「くす、冗談だってー……♪」

 

 花翼を揺らしながら、ブラッケンベリーがけらけらと笑う。

 

「ケシの実と、ちょっと成分が近いだけー。神経を直接シゲキしてー、めっちゃ魔法に集中できるようになる薬草……つーか毒草? あたしが自分の魔法で栽培したんだから、ルール違反じゃないよね」

「……その翼は?」

「カワイイっしょ?」

 

 ……所感ではなく、どういう原理で生えたのか聞きたかったのだが。

 どうにも、今の彼女とは会話が噛み合う気がしない。

 

「副作用はないのか?」

「……人よりも自分の心配したら?」

 

 返って来たのは、少し不機嫌そうな笑み。

 俺は数秒、彼女を見つめ――やがて小さく息を吐いた。

 

「そうか。続けるんだな」

 

 言いつつ、思考を切り替える。

 

 最初こそ面食らったが、冷静に考えれば珍しい話でもない。

 古来より戦場では、兵士の恐怖を鈍らせ、士気を高揚させるために麻薬の類が用いられてきたという。それと似たようなものだろう。

 

 学校行事といえど、勝負は勝負。

 何が何でも勝ちに行くという姿勢には、むしろ好感すら持て――

 

「――いや、ないわ。そこまでするか、特待生」

 

 正気の沙汰とも思えない。

 俺ですらドン引きする程度には、滅茶苦茶すぎる少女だった。

 

「うんうん。負け惜しみなら、今の内に言っといてね」

 

 ブラッケンベリーが、ふらついた足取りで嗤う。

 血塗れの翼が、ゆっくりと広がっていった。

 

「しばらくは――言えなくなっちゃうかもしれないからさ?」

「ッ!」

 

 花翼が羽撃き、少女の身体が高い天井付近まで一気に舞い上がる。

 上方に視線を向けると、一斉に急降下してくる花弁の怪鳥たちの姿。

 

 速い。矢弾の如き速度だった。

 

「モーゼ!」

「ンォオッ!」

 

 巨骸の腕骨が唸りを上げる。

 薙ぎ払われた一撃は暴風となり、怪鳥をまとめて吹き飛ばした――が。

 

 同時に、傍らの石床が爆ぜた。

 

「――!」

 

 地中から飛び出したのは、先ほどまでより一回り長大な蔓草の大蛇。

 その巨体がうねり、モーゼの腕骨へ絡み付く。

 

「ンォッ!?」

 

 巨骸が僅かに体勢を崩した。

 

 ……このまま締め上げるつもりか。

 しかし、それは――あまりにも、モーゼの怪力を舐めすぎている。

 

「ンゴォォォッ!!」

 

 骨を軋ませながら、モーゼが巨腕を振るう。

 絡み付いていた大蛇が無理やり引き千切られ、千切れた蔓草が広間に飛び散った。

 

「……フゥ」

 

 ここで、俺は短く息を吐く。

 

 ブラッケンベリーの魔法は、確かに強化されている。

 速度、規模、精度、そして出力――その全てが、先ほどまでより高い水準にあるだろう。

 

 しかし、攻め方自体はむしろ単調になっているようだ。

 冷静に見れば十分に対処可能。依然として、純粋な膂力ではモーゼが圧倒している。

 

 問題は、魔法の強化幅よりも飛行能力か。

 モーゼは地中の"霊園"ごと移動する性質上、前後左右には動けても、跳躍などで上方向に射程を伸ばすことが出来ない。

 先ほどのように普通の骸骨を投擲するにしても、空中を飛び回る相手に命中させるのは至難。ただでさえ、モーゼは精密性に難があるのだ。

 

 ……とはいえ、あちらもモーゼを相手に攻めあぐねているようだが――

 

「――!?」

 

 不意に、視界が揺らいだ。

 平衡感覚が乱れ、手足の末端に痺れが走る。

 

 その時になって、ようやく気付いた。

 空間に漂う、甘ったるい花弁の香気。それが、いつの間にか異様な濃度へ達していたことに。

 

「……これは」

「あはっ、効いてきた?」

 

 麻痺毒、か。

 恐らく、先ほどから花弁に混ぜて少しずつ散布されていたのだろう。

 

 空中を旋回しながら、ブラッケンベリーが愉快そうに笑う。

 よくよく見ると血に濡れた花翼が、細やかな花粉をぱらぱらと撒き散らしていた。

 

「こんな芸当まで出来るのか……」

 

 思わず、呆れ混じりの声が漏れる。

 

 一体、幾つの術式を並列で走らせているのやら。

 薬物による補助(ドーピング)を加味しても、常軌を逸した魔法能力である。もしも彼女が、彼女自身の性能を適切に(・・・)引き出せていたのなら、俺は既に負けていたかもしれない。

 未だ吸い込んだ時間は短いが、持久戦の択は無くなったと言っていいだろう。長引けば、毒が回るばかりだ。

 

 ……これが、特待生。

 同年代の天井と言って差支えが無い連中の一角か。学園の外、一流と呼ばれる魔道士たちの中には、これ以上の実力者も沢山いるのだろう。

 俺はまだまだ未熟で、上を見ればキリがない。それが実感できただけでも、今日のところは収穫だった。

 

 ……潮時だな。

 名残惜しくも、この試合(ゲーム)は次の一撃で決着らしい。

 

「"死の慟哭(スクリーム)"――先ほど、骸骨(スケルトン)を爆発させた魔法についてだが」

 

 痺れる指先を握り込みながら、俺はゆっくりと口を開く。

 

「あれを、君は"不死者(アンデッド)を爆発させる魔法"だと認識していると思う」

「……は? 急に何の話?」

「まあ聞け。今、俺が時間を稼ぐ意味もないだろう?」

 

 訝しげに眉を寄せる少女へ、淡々と言葉を続ける。

 

 毒が回っている以上、時間はあちらの味方だ。

 彼女がこの会話に付き合ったところで、俺に利することはない。

 

「話を戻すが……あれは本来、不死者に内在する魔力を熱量へ変換する魔法だ。骸骨(スケルトン)程度の卑小な器で使えば、急激な熱の増加に耐え切れず爆散する」

 

 先ほど彼女に食らわせた骸骨の自爆。

 あれは、急激な熱量変換によって結果的に崩壊したに過ぎない。

 

「だから――モーゼほどの強力な器で使った場合、起きる現象は爆発じゃない」

 

 ゴキ、ゴキと。

 巨骸の顎が軋みを上げる。

 

 モーゼが、ゆっくりと口腔を開いた。

 

「器の強度に比例する莫大な熱量。それが圧縮され、口から一気に排出される」

 

 その喉奥に、赤黒い光が灯る。

 凝縮された灼熱が、巨骸の内部で渦を巻いていく。

 

「――しっかり防げよ。これからお前に、それをぶつける」

 

 中空の少女を見上げ、俺は静かに告げた。

 

「防ぐ……?」

 

 それに対し、彼女は不敵な笑みを浮かべる。

 血に濡れた花翼を広げ、紫紺の瞳でこちらを睥睨した。

 

「舐めんなよ――受けて立つに、決まってんでしょ」

 

 その右手へ、莫大な魔力が収束していく。

 

 ……受けて立つ、か。

 ならば、彼女が次に使用する魔法など考えるまでもない。

 

 凶つ黒蓮(ブラック・ロータス)

 先ほど一撃で赤鬼(レッドオーガ)の半身を吹き飛ばした、ブラッケンベリーの最大火力。

 

 しかも、今度は詠唱すら省いているらしい。

 薬物によって極限まで研ぎ澄まされた集中力が、無詠唱での大魔法行使をも強引に成立させているのだろう。その魔力の高まりは、一発目の時と殆ど遜色がない。

 

 対するモーゼの口腔では、赤黒い灼光が臨界を迎えていた。

 

「――死の慟哭(スクリーム)

 

 巨骸の口腔から、灼熱の奔流が解き放たれた。

 空気をも焼き尽くす熱線が、真っ直ぐに天へと駆け上がる。

 

凶つ黒蓮(ブラック・ロータス)

 

 ほぼ同時。

 ブラッケンベリーの掌から、無数の花弁が濁流となって放たれた。

 

 灼熱と漆黒。

 二つの力が真正面から激突し――轟音が、世界を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぁ」

 

 掠れた声。

 薄く開いた紫紺の瞳が、ぼんやりと天井を映す。

 

「起きたか」

 

 俺が声を掛けると、ブラッケンベリーの視線がゆっくりこちらへ向いた。

 

 そして、その目はすぐに俺の手元――きらりと光る"王冠"に吸い寄せられる。

 言わずもがな、先ほどまで彼女が頭に乗せていたものだ。この対抗戦における勝利条件そのものである。

 

「俺たち(・・)の勝ちだ」

 

 言いつつ、王冠を軽く持ち上げて見せる。

 

 これは単なる煌びやかな装飾品ではない。

 中央の宝石へ数秒間魔力を流し込むことで学園へと信号を送る、極めて単純な魔道具でもある。その発信を受けて、運営側が勝敗を判定する仕組みだ。

 

 少女が気を失っていた数十分の間に、俺はとうにその手続きを済ませていた。

 つまるところ、勝敗は既に確定済みだ。

 

 クラムとエーミールは決着直後に玉座の間へと駆け込んできたが、今は一足先に自陣へと戻っている。

 最低限の応急処置だけ施してもらった後、俺の方から席を外してくれるよう頼んだのだ。

 

 理由は単純。

 この少女と、二人きりで話をするためである。

 

「……最悪」

 

 力なく零れたその一言に、思わず口元が緩んだ。

 

「期待通りの反応だな」

「うっさい……」

 

 先ほどまでの尊大な態度はどこへやら。

 ブラッケンベリーは露骨に肩を落とし、そのまま項垂れた。

 

「そっか。あたし――あんなものまで使って、負けちゃったんだ」

 

 自嘲するように呟くと、彼女はごろんと石床へ寝転がる。

 

 戦いの最中とは打って変わって、年相応の拗ねた子供のような仕草。

 傷んだスカートの裾が乱れ、細長い脚が太ももまで覗いた。

 

「行儀が悪いぞ」

「ん……見んなよ、えっち」

「ならさっさと起き上がれ。行儀が悪いのを抜きにしても、硬いし埃っぽいだろう」

 

 呆れながら言うと、彼女は不満そうに頬を膨らませた。

 

「動けないんだからしゃーないじゃん。魔力も空っぽだし、ヒュプノス草の反動だってきついんだもん」

「ヒュプノス草」

 

 ……彼女が戦闘中に服用した毒草のことか。

 

「結構、怪しげな薬に見えたが、身体は大丈夫なのか? 依存性は?」

「ないよ。しばらく身体は怠くなるし、数日は魔法も使えないけど」

 

 なるほど。

 効果の強い薬だとは思っていたが、それなりに重い代償も存在するらしい。

 

「――あーあ。何やってんだろ、あたし」

 

 少女は仰向けになったまま、ぽつりと呟いた。

 

 敗北による喪失感のせいか、それとも薬の反動による倦怠感のせいか。

 以前までの刺々しさも、他者を見下すような高慢さも、己を強者だと言い聞かせるような気負いもない、レイア=ブラッケンベリーという少女の地金を思わせる声だった。

 

「飲むか」

「? ……なに、それ」

 

 傍らに置いていた小瓶を拾い上げて差し出すと、彼女は仰向けのまま、怪訝そうな視線だけをこちらへ向けてくる。

 

「ホリカーベリーから抽出した疲労回復薬だ。効果は市販品の四割増しらしい」

 

 応急処置の際にエーミールが置いていったものだ。

 相変わらず、気が利く奴である。

 

「……貰ってあげる」

 

 起き上がるのも億劫そうにしながら、ブラッケンベリーが瓶を受け取った。

 

 そして、躊躇いもなく口を付ける。

 どうやら相当に喉が渇いていたらしい。こく、こく、と喉を鳴らしながら、予想以上の勢いで最後の一滴まで飲み干した。

 

 やがて空になった瓶を床へ置き、彼女はこちらへ向き直る。

 

「――で?」

 

 唐突な一言だった。

 

「で、とは」

「わざわざあたしが目を覚ますのを待ってたんだからさ、何か話があるんでしょ?」

 

 紫紺の瞳が、真っ直ぐにこちらを見据える。

 思っていたよりも、この辺りの察しは鋭いようだ。話が早いのは何よりだった。

 

「二つほど、君に用件がある」

「なに、説教なら聞かないけど」

 

 全く違う。

 

「まず一つ目だ。君に礼が言いたい」

「……はあ?」

 

 俺の言葉に、少女は露骨に顔をしかめた。

 何を言い出すんだこいつは――と、そんな感情がありありと見て取れたが、俺は構わず話を続ける。

 

「――ありがとう。良い試合(ゲーム)だった。君のお陰でまたひとつ、俺は英雄に近付けた」

 

 それは何の打算も取り繕いもない、率直な言葉だった。

 

 数秒の沈黙。

 ブラッケンベリーは瞬きを一つしたあと、呆れたように天井を仰ぐ。

 

「……英雄て」

 

 そして、呆れたように鼻を鳴らした。

 

「嗤うつもりか?」

「別に――そんなもんになって、何が楽しいのか分かんないだけ」

 

 少女は気怠げに首を振り、昏い瞳で天井を見上げる。

 その姿を見て、ふと一つの疑問が浮かび上がってきた。

 

「――なあ、君の夢はなんだ?」

「……は?」

 

 返って来たのは、予想通りの怪訝そうな表情。

 

「いや、夢とかねーし……何であること前提に聞いてくんの……?」

「君の魔法からは、才能だけじゃない努力の跡が見て取れた。きっと、幼い頃から研鑽を積み上げてきたんだろう」

 

 今日の戦いを思い返しながら、俺は続ける。

 生まれ持った才能だけで全てを解決できるほど、魔道の深淵は浅くない。あれだけの技術を習得するには、それ相応の時間と労力を要した筈なのだ。

 

「何の理由もなく努力を重ねるなんて、俺には出来ない。本当に夢がないなら、君は何のために強くなったんだ?」

「何のためって――」

 

 そこで、不意に彼女の言葉が途切れた。

 まるで遠い何かを見つめるように、紫紺の瞳が僅かに揺れる。

 

「――お父様に、褒めて貰いたかった」

 

 ぽつりと零れた声は、あまりにも無防備な響きだった。

 

「? お父様?」

「……なんでもなーい。別にいいじゃん、そういうの」

 

 ぶっきらぼうにそう言うと、彼女はころりと寝返りを打って背を向ける。

 ……疑問はあるが、当人が聞かれたくないなら追及する必要も無いか。

 

「まあ、でも――当面の目標は、あんたをボコすことかな……負けっぱなしは性に合わないし」

 

 顔を逸らしたまま、ブラッケンベリーがぼそりと呟いた。

 

 中々、嬉しいことを言ってくれる。

 結構な割合で負けかけていたことを棚に上げ、俺は不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「そうか。強いぞ、俺は」

「うっざ。絶対、吠え面かかせてやるから」

 

 そんな俺の態度が気に食わなかったのだろう。

 少女はむっと頬を膨らませ、小さく舌を出した。

 

 戦闘中の威圧感はどこへやら、その子供っぽい仕草に俺は肩をすくめる。

 まったく、この天才は。敗北に打ちひしがれていてもおかしくない状況だというのに、その瞳には既に新たな闘志を燃やしている。

 

 そんな彼女だからこそ、やはり二つ目の用件(・・・・・・)も伝えるべきなのだろう。

 

「まあ、あれだ。俺に勝ちたければ――君はもっと、人と関わるべきだな」

 

 俺は少女に向き直り、先ほどまでより真剣な声で切り出す。

 それはいつかの、エルネスタ教授の受け売りだった。

 

「……なにそれ。嫌われ者の死霊術師に、ンなこと言われたく無いんだけど」

「それを言われると……そうかもしれないが」

 

 胡乱げな目を向けてくる少女の言葉は、概ね正しい。

 校内における俺の評判は、お世辞にも良いとは言えないだろう。

 

 しかし――確信を持って反論できる部分もあった。

 

「少なくとも、君と違って俺は独りじゃなかった。君の視点では知りようも無いだろうが、独りだったら負けていた。間違いなく」

 

 謙遜ではない事実として、俺は告げる。

 今日の勝利は、俺が独りで為し得たものではない。そんなことは、わざわざ口に出すまでもないことだった。

 

「……あんたの言うことが正しいとして」

 

 もしかしたら、思い当たる節でもあったのかもしれない。

 彼女はしばし沈黙し、何かを考えるように視線を泳がせ――やがて、不機嫌そうに口を開いた。

 

「友達作りでもしろっての? こんだけ好き勝手やってきて……今さら、無理に決まってんじゃん」

「確かに、君の評判は芳しくない。今から友達や仲間を作ろうとしても、厳しいものがあるだろう」

 

 少なくとも、簡単な話ではない。

 彼女自身の性格もあるし、周囲が抱いている印象もある。今まで積み重ねてきたものは、そう簡単には変わらない。

 

「……分かってんなら、妙な提案すんなっての」

 

 沈黙が落ちる。

 ブラッケンベリーは天井を見上げたまま、何も言わない。

 

 俺は、言い淀んでいた。

 ……シャルやクラム、あるいはエーミールの時も、俺は受け身だった。ゆえに、こういうこと(・・・・・・)を自分から言う機会というのは殆どなく、端的に言って不得手なのだ。

 

「なあ、ブラッケンベリー」

 

 数秒ほど無駄に逡巡した後、俺はようやく口を開く。

 

「だから、その――嫌われ者同士、まずは俺から始めてみたらどうだ」

「……えっ?」

 

 少女が固まった。

 

 紫紺の瞳がぱちりと瞬く。

 本当に予想外だったのだろう。ぽかんとした表情で、彼女はこちらを見上げていた。

 

「君のリベンジが何時(いつ)になるかは知らないが、たったそれだけの関係なんて御免だな。俺としてはもっと頻繁に交流したいし、君のことをもっと知りたい」

「――はあッ!?」

 

 素っ頓狂な声とともに、ブラッケンベリーが勢いよく上半身を起こす。

 紫紺の瞳が大きく見開かれ、その顔はみるみる赤く染まっていった。

 

 ……何故そんな反応になるのか分からないが、俺の言葉は紛うこと無い本心である。

 

 あれほどの技能を持つ人間の理論や感性を知ることは、必ず俺の力になるだろう。

 天才からでも、得られるものは沢山あるはずだった。

 

 そして何より――

 

「これが用件の二つ目だ。色々あったが……俺は、君と友人になってみたい」

 

――レイア=ブラッケンベリーという少女の、捻くれながらもどこか愚直な性格が、俺は嫌いじゃないのだ。

 

 俺に右手を差し出された彼女は、目に見えて狼狽していた。

 

 紫紺の瞳が、俺の顔と右手の間を何度も往復する。

 そのまましばらく逡巡したあと、おずおずと右手を持ち上げ――たが、俺の手を握ることはしなかった。

 

 代わりに、おそるおそる白い指先が俺の指に掠めてくる。

 人間を警戒する野良猫のような仕草に、俺は思わず苦笑した。

 

「……なんだそれ」

「う、うっさい! ……べ、別にお友達なんかいらないけど――あんたをボコすのに好都合っていうなら、その……利用したげる……」

 

 あまりにも捻くれた物言いだった。

 俺の言えた義理ではないが、彼女の方も随分と難儀な性格をしているらしい。

 

 そういえば――シャルと友人になったときは、互いの呼び方を変えたのだったか。

 別に姓で呼んではならないということも無いだろうが……友人関係にある中でブラッケンベリー呼びをするのは、少しばかり仰々しいような気もした。

 

「よろしくな、レイア」

「……ん」

 

 相変わらずの、ぶっきらぼうな返事。

 急に変えた呼び方に反応がなかったことから、一応拒絶されてはいないらしかった。

 

「用件は以上だ。さっさと帰ろう」

「いや……あたし、動けないんだけど……」

 

 じとりとした視線が向けられる。

 

 ……ああ、そういえば。

 ヒュプノス草だかの反動で、彼女は今まともに身体を動かせないのだったか。

 

 幾らなんでも、放置して帰るわけにはいくまい。

 

「仕方ないな、ほら」

 

 そう言って、俺は彼女に背を向ける。

 そのまま腰を落とし、しゃがみ込んだ。

 

「……は? いや、ちょ――」

「城内には他に誰もいない。学園の職員が様子を見に来るにしても、早くて数時間後になるぞ。ずっとここで転がっているつもりか?」

 

 反論は、帰って来ない。

 やがて背後から、諦めたような溜息が聞こえ――観念したレイアは、俺の背中に収まることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 華奢な重みを背負ったまま、俺は玉座の間を後にする。

 そのまましばらく歩いていると、背中から規則正しい寝息が聞こえ始めた。

 

「寝たのか」

 

 無理もないだろう。

 魔力の枯渇、身体の負傷、加えてヒュプノス草の反動。先ほどまで平然と話せていた方がおかしいほどに、彼女の身体はボロボロだった。

 

 ……まあ、俺も人のことは言えないか――

 

「――疲れたな」

 

 足を止め、なんとなく背後を振り返る。

 そこにあるのは、夕暮れの空を背に佇む古城の姿。

 

 城壁に絡みついていた茨の魔法は、とっくに解除されていた。

 

「……あ、賭けのこと忘れてた」

 

 脳裏に蘇るのは、戦闘前の彼女の言葉。

 

――『勝者に負け犬はー、絶対服従! 何でも言うことを聞かなきゃいけないし、何をされても文句を言えないの』

 

 他ならぬ彼女自身が、自信満々に宣言していたものである。

 流石にあまり滅茶苦茶な命令をするつもりはないが、勝負は勝負だ。

 

「何をさせてやろうかな……」

 

 ぽつりと呟く。

 

 気位の高い特待生殿のことだ。

 割と何をさせても、面白い反応を返してくれるに違いない。

 

 俺は再び前を向き、学園の方向へと歩き出した。

 

――こうして、春の対抗戦は終わった。

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