死霊術師でも英雄になれますか? 作:久川 晶 (旧:パリスタパリス)
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それは眼で追うことがやっとの、達人同士の決闘だった。
刃が交わるたびに金属音が鳴り響き、踏み込む足が砂埃を巻き上げる。
シグルド卿の動きには一切の無駄がない。とうに一線を退いた筈の老騎士は、今なお鮮麗な技巧をもって白刃を振るう。対するサンドリオンもまた、迫り来る剣筋を見極めて受け流し、隙とも呼べない僅かな綻びを突いては反撃へと転じている。
十二年前の戦争で最上位に位置していた二人の決闘は、目撃するだけで千金の価値があるだろう。
しかし、この場にいる観客は俺とカレンだけ。エマさんの行方も分からない非常時だというのに、それを
「父上が勝つ」
隣で、カレンがぼそりと呟いた。
声に迷いはなく、父の勝利を微塵も疑っていないらしい。
その確信がどこから来るのか、俺には分からなかった。しかし、剣技において俺よりも圧倒的に秀でた少女が言い切ったのだ。その意味が、軽い筈も無い。
間もなく、彼女がそう断言するだけの理由を俺は思い知ることになる。
「――ハァッ!」
「……!」
鋭い気合いとともに、卿の剣がサンドリオンを襲った。
受け止めた刃が耳障りな音を立て、サンドリオンの身体が大きくよろめく。幾度も繰り返されていた攻防の均衡が、たったの一撃で明確に崩れた。
そして――立て直す暇さえ与えず、シグルド卿は踏み込んだ。
月光を受けて白刃が閃き、サンドリオンの剣を弾き飛ばす。続く一閃がその腕を深々と切り裂き、鮮血が夜の中庭に散った。
「ぬ、ぐぅ……!」
剣を失ったサンドリオンは、苦悶に顔を歪めながら片膝をついた。
対するシグルド卿は追撃することなく、切っ先を下げて彼を見据える。勝敗は、もはや誰の目にも明らかだった。
「もう、剣は握れまい――諦めろ。貴様は、そもそも詰んでいたのだ」
深々と切り裂かれたサンドリオンの腕に目を落とし、シグルド卿は告げる。
勝敗は決した。
それでもサンドリオンの目から闘志は消えておらず、血に濡れた腕を押さえながら眼前の老騎士を見上げている。
「オズリックが大人しく捕まっていたのは、貴様たちがエマ殿の身柄を押さえていたからに過ぎない。部下の大半を失った今、その状態を維持するのは至難」
対するシグルド卿には、勝者としての驕りも喜びも感じられなかった。
血に濡れた剣を下げたまま、ただ淡々と諭すように言葉を続ける。
「あの少年は善良だ。自ら反乱軍の旗印になど成らんよ」
「……ふ、ははは――」
敗者の口から漏れたのは、嘲るような乾いた笑い。
「無知な者は幸福だな。故に罪深い」
「……無知、だと?」
片膝を付いたまま嘲笑する眼前の男に、シグルド卿は眉をひそめる。
サンドリオンはその反応を見て、口元に薄い笑みを浮かべた。
「ああ、人の心の脆さを知らぬ。どれだけ強く善良であろうと、堕ちる時は一瞬だ」
もはや剣を振るうことさえ叶わない身でありながら、その声は不気味なほどに平静を保っている。
シグルド卿は無言で彼の姿を見下ろしていたが、やがて静かに剣を構え直した。
「他に言い残すことはあるか」
「……ふ。遺言など、老い先短い貴様に遺しても仕方があるまい――やれ」
一閃。
鮮血と共に、サンドリオンの身体から力が抜け落ちる。
シグルド卿はしばらく動かず、息絶えた男を見つめていた。
老騎士の胸中を推し量ることなど俺には出来ないが、少なくとも悪者を斃した満足感など覚えていないことは確かだった。
やがて、隣にいたカレンが卿のもとへ駆け寄る。続けて俺も後を追った。
「父上っ!」
「……お前たち、見ていたのか」
振り返ったシグルド卿の顔には、隠しきれない疲労が滲んでいる。
「見事な戦いでした! 特に最後の一撃など……!」
「後にせい。今はエマ殿を救い出し、一刻も早く帰ることが先決だ」
言っていることは至極まともだが、この父親にしては娘につれない態度だった。
確かに、掃討済みとはいえ敵地の只中。悠長に話し込んだところで、特に得るものもないだろうが――
「――もっとも、娘に褒められて悪い気はせん。感想なら、後でたっぷりと聞かせて貰おう」
訂正。
やはり、いつも通りの娘に甘い父親だった。
俺は二人に向き直り、改めてその顔を見つめる。
今日、この二人にはとてつもない恩が出来たことは疑いようも無い。
「シグルドさん、カレンも――助けてくれて、本当にありがとうございました。この御恩は、一生忘れません」
そう言って、深々と頭を下げる。
そんな俺の様子を見て、眼前の父娘は呆れたように息を吐いた。
「そう畏まるな。引退したとはいえ、士道に人生を捧げた身の上。子供が攫われたなら助けるのは当然のことだ」
「私はまだ士道を宣誓してはいないが……友達だろう。あまり水臭いことを言うな」
顔を上げると、カレンは少しだけ頬を膨らませていた。
親しき仲にも礼儀あり。それが俺の信条なのだが、他人行儀な礼を言われるのはどうやらお気に召さないらしい。
……彼女の言葉は、素直に嬉しく思う。
けれど。俺の心には一つ、引っ掛かっていることがある。
この少女の友情に報いたいのなら、俺には
「なあ、カレン」
呼びかけると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
どんな反応をされるにせよ、黙ったままではいられまい。例え、それを口にすることで、今までと同じ関係ではいられなくなったとしても。
「俺の母親は"厄災の魔女"らしい」
「――」
少女が目を見開いた。
隣では、シグルド卿が黙ったままこちらを見つめている。
二人の反応を窺いながら、俺は慎重に言葉を紡いだ。
「正直、俺自身も半信半疑ではあったんだが……状況的にも、たぶん本当だと思う」
この期に及んで、ピーターやサンドリオンらの狂言という可能性はないだろう。
何より、これまでの半生を振り返れば振り返るほどに得心がいってしまう自分がいた。
「だから、俺と友達でいることは――」
「言うな」
言葉を遮られると同時、掌に暖かな体温。
視線を落とすと、カレンが俺の手を強く握っていた。驚きと共に顔を向ければ、彼女は真っ直ぐに俺を見据えている。その瞳には、迷いも怯えもない。
「君の母親がどんな人間であろうと、私と君には何の関係もない。まったく……こんな当たり前のことを、いちいち言わせるな」
そう言い切った少女は、尚も俺の手を握ったまま離そうとしなかった。
「……シグルドさんは、それでいいんですか」
「何故、私に聞く。君たちが友であり続けるかどうかは、君たちが勝手に決めることだ。父親ごときに口を挟む権利はない」
シグルド卿は肩を竦めて続ける。
「だが、一つだけ言うことがあるとしたら――」
そう前置きすると、彼は地面に膝を付いて俺に視線を合わせた。
さらに、大きな拳で俺の胸を小突く。
「胸を張れ、オズリック。君がどういう人間なのかは、
返事をしようとしたが、うまく声が出なかった。
胸の奥に込み上げるものを持て余し、握られた少女の手に意識を向ける。
この温度を、俺は生涯忘れることは無いだろう。
柄にもなく、そんなことを思った――
――ざしゅり。
その時、聞こえたのは。
腐肉を串で突き刺したような、或いは熟した果実を踏み潰したような、ひどく生々しい音だった。
「……え?」
最初に目に入ったのは、俺と向かい合っていたシグルド卿の口元から垂れる赤。
僅かに視線を落とす。
その胸元から、一本の刃が生えている。
目の前の光景を、俺は一瞬、理解できなかった。
「――感動的だな。寒気がするほどに」
老騎士の身体がぐらりと傾き、固い地面の上に崩れ落ちる。
その背後には、いつの間にか一人の老人が立っていた。
それは、シグルド卿によって確実に息の根を止められたはずの男――サンドリオンだった。
「ち、ちうえ……?」
隣から、少女の震えた声が響く。
父を呼ぶその声には、目の前の光景を受け入れられない困惑が滲んでいた。
「ありえない……なんで……?」
そうだ、そんなはずはない。
俺たちは確かに、サンドリオンが死ぬところを見届けたのだ。
あまりにも理不尽な事態を前に、理解がまったく追いつかない。頭の中では、答えの出ない疑問ばかりが膨れ上がっていった。
「疑問は尤も。この男の刃は、確かに私に致命傷を与えていた」
サンドリオンは、まるで他人事のように語る。
「当然の帰結として、あのまま死んでいたことだろう――私が普通の人間ならば、な」
「ぐっ……! サンドリオン……!」
苦悶の声に顔を向けると、シグルド卿が剣を杖代わりにして、どうにか立ち上がるところだった。
生きている。
その事実に俺は安堵しかけたが、胸元から流れ続ける血が目に入り、たちまち血の気が引いた。
「よもや貴様……"吸血症候"に手を出したか……!」
吸血症候。
確か、どこかで聞いたことが――
「いかにも。吸血症候……"厄災の魔女"と並び立つ厄災の一角だ。かつて、我らの軍勢には吸血鬼の一団もいてな、株を分けて貰ったのだよ」
その言葉で、俺は思い出す。
脳裏に浮かんだのは、かつてカレンとともに目を通した厄災事典の記述だった。
――"狂女が遺した災いの種"吸血症候。
かつて"吸血公女"と呼ばれた死霊術師エリザベートが世界に放った疫病。
感染者は邪悪な吸血鬼となって――吸血衝動と引き換えに、不死身の再生能力を得る。
「……ああ、心配するなよ、倅殿」
「は……?」
脈絡のない言葉に、間の抜けた声が漏れる。
いったい何の話をしているのか、まるで分からない。
「吸血鬼になったからといって、私が"厄災の魔女"に比肩するわけではない、ということだ。この厄災認定は人を吸血鬼に変える因子を指したものであり、吸血鬼単体を指すものではないからな――個人にして"厄災"たる傑物、君の母親の偉大さは損なわれん」
……誰もそんな心配はしていない。
ふざけた態度の老人を睨み付けると、彼は軽く息を吐いて俺から視線を外した。
「調子に乗って喋り過ぎたな――終わりにしようか、
サンドリオンがシグルド卿に向き直る。
既に肉体の再生を終えたサンドリオンに対し、卿の胸元からは血が流れ続け、止まる気配すらなかった。
卿は胸を押さえながら、傍らのカレンへと視線を向ける。
「カレン」
娘の姿を、まるで目に焼き付けておこうとするかのように。
「――愛している。何があろうと、永遠に」
そして、サンドリオンに向かって駆け出した。
「……まって――」
あまりにも、か細い声。
カレンのそれが届いたのかどうか、俺には分からなかった。
卿は振り返らない。
残された力のすべてを振り絞るように、ただ敵へと向かっていく。その背中を見つめながら、俺もまた動けずにいた。
ほどなく、二つの影が交錯する。
「――やめろおおおおおおおおッ!!」
喉が張り裂けるほど、カレンは叫んだ。
同時に、サンドリオンの刃がぎらりと瞬く。
俺よりも武に精通しているカレンが、一体なにを予感してしまったのか――その答えを、俺はすぐに思い知ることとなった。
一閃。
夥しい鮮血が、爆ぜるように宙を舞う。
「ぅ、あ、ぁああ……」
その声を聞いても、俺は何もできなかった。目の前で起きたことを理解しているはずなのに、現実感がまるでなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
恩義あるシグルド=シュワルツシルト卿は、もう二度と口を開くことはない。
「……さて、倅殿」
サンドリオンがこちらを向いた。
その声に、俺はようやく我に返る。
……悲しんでいる暇は、ない。
目の前には、シグルド卿を殺した老人がいる。
卿を喪ってなお、その脅威は未だ取り払われてはいない――
「――エマは地下牢にいる。さっさと連れて帰りたまえ」
しかし。
老人の口から飛び出したのは、予想だにしない言葉だった。
「……は?」
あまりに唐突な申し出に、間の抜けた声が漏れた。
誰がどう考えても、この男は信じがたいことを言っている。
その筈なのに、彼は俺の反応が理解できないとでも言いたげに首を傾げた。
「何を驚くことがある」
まるで世間話でもするような口ぶりで、彼は続ける。
「手下どもがシグルドに斬り殺されてしまった以上、一人で人質を維持することなど出来ん。私は君を操る手段を失い、
淡々と続ける老人に、俺は言葉を失っていた。
「まったく、とんだ無駄骨だった――」
「――ふざけるな……!」
怒りに震える声が、その言葉を遮る。
カレンが激情に紅玉の瞳を燃やし、サンドリオンを睨み付けていた。
「父上を殺しておいて、無駄骨……? おまえ、おまえはっ……!」
「……シグルドの娘か」
サンドリオンはそんな少女を前にしても、明らかに興味がなさそうな顔をしていた。
彼女の言葉など耳に入っていないかのように、老人は小さく息を吐く。
「やれやれ。なんだ、その眼は。彼も私の部下を無惨に切り殺しただろうに」
「っ……!」
その時、カレンが地を蹴った。
抜き放たれた剣が一直線にサンドリオンの首筋へと迫る、が。
「――!? げッ、は……!」
刃が届く寸前。
老人は僅かに上体を傾けて斬撃をかわすと、足刀でカレンの胴を打ち据える。
まともに蹴撃を受けた彼女は後方へ弾き飛ばされ、小さな身体が地面に転がった。
「カレン!」
俺は慌ててカレンのもとへ駆け寄り、苦しげに息を詰まらせる彼女を庇うように身を寄せる。
サンドリオンは追撃することもなく、ただ冷ややかな眼差しを少女に向けていた。
「馬鹿な娘だ。お前まで死ねば、シュワルツシルトの血が絶える。父親の死を嘆く暇があるのなら、己の立場くらい理解したまえ」
「何をっ……!」
「お前が死ぬ時は、少なくとも今では無いのだよ」
少女の瞳は、目の前の老人を射殺さんばかりに燃え盛る。
その視線を受けてなお、サンドリオンは涼しい顔を崩さなかった。
「貴族社会は複雑怪奇。何が引き金となり、どこに飛び火するか分かったものではない。名家の断絶ともなれば、勢力図がどう塗り替わるか読めん。今のところは、我々としても余計な混乱を招くことを歓迎しない」
父親を殺されたカレンの怒りなど意にも介さず、老人は最後に薄く口元を歪めた。
「もっとも、父の後を追うなら止めんがね」
老人は少女の反応を待つこともなく、話は済んだとばかりに踵を返す。
「待てっ……!」
叫んだところで返事はなく。
夜の闇の向こうから、最後の言葉だけが届いた。
「さらばだ、倅殿。いつかまた会うこともあろう」
サンドリオンの言った通り、エマさんは砦の地下牢で見つかった。
衰弱はしていたものの命に別状はなく、俺は彼女を担いで何とか村まで連れ帰った。
やはり、あの砦はモーラトリアからそう離れた場所にあったわけではないらしい。
行きは眠らされていたため道順など分からなかったが、カレンが先導――というか、生気を失った様子で歩く彼女の後ろをただ着いて行くばかりだったのだが――してくれたお陰で三、四時間ほどで帰り着くことができた。
今、エマさんは自宅で療養している。
事件の一部始終を話した際には少なからず混乱していたものの、どこか腑に落ちたような様子も見せていた。俺が自分の
あの様子では、まだ何かを知っているのだろう。
体調が回復すれば、改めて詳しい話を聞かねばなるまい。
エマさんと厄災の魔女――俺の二人の母親を巡る事情について。そして、サンドリオンを始めとする魔女の残党勢力についても。
もっとも、今はエマさんよりもカレンのことが心配だった。
村に帰ってきてからというもの、彼女は家から一歩も出てきていない。
心配になって何度か様子を見に行ったものの、返ってきたのは『しばらく一人にしてほしい』という言葉だけで、それきり口を閉ざしてしまっている。
あれだけ仲の良かった父親を亡くしたのだ。
それも、目の前で命を奪われるという最悪な形で。すぐに気持ちを切り替えられるはずもなく、今は誰とも顔を合わせたくないのだろう。無理からぬことだった。
――例の事件から、数日後。
病床に就いているエマさんに代わって家事をこなしていると、家の扉をノックする音がした。
洗いかけの食器を水切り籠に置き、手を拭いてから玄関へ向かう。こんな時間に誰だろうと思いながら扉を開けた。
「……カレン」
そこに立っていたのは、ここ数日ずっと顔を見せなかった少女。
思わず名前を呼んだものの、その先の言葉が出てこなかった。
心配していたのは本当だし、何度も様子を見に行こうと思った。しかし、
だからこそ、こうして向こうから訪ねてきてくれたことに安堵したはずなのに――いざ顔を合わせてみると、そんな感情はすぐに引っ込んでしまった。
少女の中で、決定的な何かが変わってしまったのだと悟ったからだ。
かつて紅玉のように澄んでいた瞳は血走り、その下には濃い隈が刻まれている。
頬は心なしか痩せこけ、肌にも以前のような張りがない。数日まともに眠れていないのだろう。身なりこそ普段と変わらないように整えていたが、取り繕いきれない憔悴がその顔にはありありと浮かんでいた。
「オズリック。付いてきて欲しい」
何処へ行くのか、何をするつもりなのか、説明はない。
けれど、俺には聞き返すことができなかった。できるはずもなかった。
俺はただ頷き、玄関脇に掛けていた上着を手に取った。
辿り着いたのは、最早恒例と言ってもいい見晴らし台。
これまで何度か訪れた場所だが、今日に限っては雰囲気が全く違って見える。
それは、空一面を灰色の雲が覆っていたから……という理由だけでは無いだろう。いつもなら心地よく感じられる風も、今日は冷たく感じられた。
「――サンドリオンについてだが」
曇天を見上げていたカレンが、ぽつりと口を開いた。
俺は隣に立ったまま、彼女の横顔に目を向ける。
ここへ来るまで、彼女はほとんど何も話さなかった。父親の死についても、ここ数日どう過ごしていたのかについても、一切触れようとはしなかった。
「魔女の残党勢力は今なお大陸各地に身を潜めている。君を浚ったのは、その一派閥に過ぎないようだ。ゆえに、奴も他の一派に合流した可能性が高い」
その情報は、ピーターの話とも符合する。恐らくは正しいのだろう。
曇天を映す彼女の瞳には、昏い炎が燃えているように感じられた。
「……全て、誅殺すべきだ」
強く、迷いのない声だった。
「悲惨な戦争を引き起こし、敗れた後もなお大陸各地に巣食う害虫ども。厄災の残り滓を、私は必ず根絶やしにする。そして――サンドリオンを追い詰め、裁きの鉄槌を下す。父を殺したことを、そして私を殺さなかったことを、地獄で後悔させてやる……!」
言葉を重ねるにつれ、少女の声には熱がこもっていった。
父親を殺されたのだから、その怒りは正当なものだ。そう思う一方で、俺は言い知れぬ不安を覚えずにはいられなかった。
その言葉が、横顔が、余りにも強すぎ、揺るぎなさすぎたが故に。
「君も協力して欲しい。これからも、私の隣にいてくれるか?」
紅玉の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめた。
父親を失い、復讐を誓った彼女が、今なお俺との繋がりを求めている。魔女の息子などと一緒にいられるかと突き放されても、何らおかしくはないというのに。
拒めるはずがない。
というか、元より俺は彼女に何を求められても拒むつもりはなかった。
シグルド卿の死に対し、俺には少なくない負い目がある。
あの人が命を落とすことになったのは、間違いなく俺が発端だ。
最後に剣を振るったのはサンドリオンだとしても、最初から俺と関わっていなければ、命を落とすことはなかったのだ。
カレンが――俺が不幸にしてしまった女の子が少しでも楽になるのなら、何だってしてやりたかった。
「勿論だ。シグルド卿の報復をしたいのは俺も同じだし――友達、だからな」
「……ありがとう」
カレンは小さく呟くと、俺の胸に身を寄せた。
唐突な行動に一瞬だけ面食らったものの、突き放す理由もない。
「やはり、君は君だ。"魔女の息子"なんかじゃない。私の、ただ一人の友達……」
胸の中の少女は、ひどく冷たかった。
以前と変わらない小柄な身体が、今はいっそう小さく、か細く感じられる。
そのまま腕から零れ落ちてしまいそうで、俺は彼女を抱き直すべく力を込めた――
「――でも、
「……え?」
囁かれた声。
その意味が理解できずに、俺は腕の力を失った。
「"厄災の魔女"と旧知の仲であり、我が子を預ける程度には親密で、その悪事に加担していたであろう
思わず、少女の顔を覗き込む。
瞳は濁った炎を宿したように据わり、こちらを見ているはずなのに、俺の姿など映していないようにさえ思えた。
「カ、レン……?」
「拷問すれば、仲間の情報を吐くかもしれないが……やはり、一刻も早く死ぬべきだろう。直接であれ間接であれ、どうせ今までたくさん殺して来たんだ。のうのうと生きていて良いはずがない」
カレンが、英雄を志す少女として、厄災の息子である俺に刃を向けるなら。或いは、父を殺された娘として、元凶である俺に報復するなら、それはそれで良かった。
俺は彼女に恨まれて当然だと考えていたし、その怒りを受け入れることが俺にとっての救いになるとすら思っていた。
――だが、予想もしていなかったのだ。
「エマ=スタンリー」
頼むから、もうやめてくれ。
「――手始めに、私は彼女を誅殺しようと思う」
俺に、どうしろというのだ。
過去編は次回で終了です。