死霊術師でも英雄になれますか?   作:パリスタパリス

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第八話『死霊術師と特待生・壱』

 トーナメントは昼過ぎに終わり、俺たちは食堂に足を運んでいた。

 

 グラン=マグノリアは全寮制ゆえ、休日にも生徒たちは校内の食堂へ集まってくる。お昼時ともなれば賑わうものだ。

 席ごとに聞こえてくるのは、授業の愚痴や課題の話、午後からの遊びの計画。ひそひそと恋の噂話に花を咲かせているグループもあった。

 

「……悔しい。まさかあの武器、槍に見せかけて実は三節棍だったなんて……」

 

 そんな中、俺の向かいの席についたシャルがシチューにスプーンを付けながら愚痴をこぼした。

 皿から立ちのぼる湯気をぼんやり眺めながら、先ほどの試合を思い返しているらしい。

 

「充分残った方だろう」

 

 俺はパンをちぎって続ける。

 

「一回戦は勝ったんだ。トーナメントには上級生も参加してたわけだし、それ以上を望むのは贅沢だろう」

「その上級生を決闘で負かした人に言われても、嫌味にしか聞こえないわ」

「比べるな。俺は特別」

「……オズって、案外自信家よね」

 

 呆れたようなシャルの視線を受けながら、俺はパンを口に運んだ。

 

 まあ、あまり卑下することもあるまい。

 死霊魔法がこと戦闘において強力な部類なのは事実である。

 

 問題があるとすれば、戦闘で比較的強力というだけでは解決できない難題が世の中には多すぎるということだった。

 他の追随を許さないくらいに突き抜けて強ければ、また話も変わってくるのだろうが。

 

「そういえば、ゼイン先輩とは何を話していたの? どうやら彼とのお喋りに夢中で、私の試合をあまり見て下さらなかったようですけど」

「……なんだ、拗ねてるのか?」

「別に。私の応援よりもそっちの方が大事なんだ、と思っただけよ」

 

 世間一般では、それを拗ねているという。

 わざとらしく澄ました顔でスプーンを口に運ぶ面倒な少女に、俺は肩を竦めた。

 

「……まあ、大した話はしてない。俺にまつわる噂とか、ゼイン先輩の近況とか、あとは太ももがどうとか――」

「太もも……?」

「いや、なんでも」

 

 何食わぬ顔でパンを口に放り込み、失言を誤魔化す。

 シャルはじっとこちらを見ていたが、やがて小さく息をついた。

 

「噂、ね――正直、甘く見ていたわ。思っていたよりも、もの凄いことになってたのね」

「というと?」

「さっきあなたと離れた途端、みんなに詰め寄られて質問責めにされたのよ」

 

 シチューを軽く混ぜながら、彼女はどこか疲れたような声音で続ける。

 

「あなたと一緒にいることについて、すっごく心配されたわ。私があなたに何か弱みを握られてるんじゃないかとか……そ、そそ、それを盾に、夜な夜な……」

「またそれか……」

 

 話しながら顔を真っ赤するシャルを見て、俺はうんざりと天井を仰いだ。

 

 なぜ、この学園の生徒はそういった方向の噂話が好きなのか――いや、この学園に限った話でも無いか。他人の事情に尾ひれを付けて拡散し、面白おかしく消費したがる人間というのは何処にでもいる。

 

 人が何を楽しむかにまでいちいち口を出したりはしないが、せめて俺を巻き込まないで欲しいところだった。

 

「――こほん。一応、捻くれ者だけど噂ほど悪い人じゃないからとは言っておいたわ」

「その枕詞は必要か?」

「くす、あんまり褒めちぎると信憑性を損なうと思って」

 

 口に手を当てて笑う彼女をじとりと見る。

 

 しばらくの間、食器の触れ合う控えめな音が響く。

 口数は多くなかったが、不思議と居心地は悪くない。学生食堂の喧騒の中、この周囲にはどこか穏やかな空気が流れていた。

 

「……それにしても、かなり盛況していたな」

 

 先に沈黙を破ったのは俺の方だった。

 シャルはスプーンを止め、首をかしげる。

 

「トーナメントのこと?」

「ああ。同好会のようなものという話だったから、数人程度で細々とやっているものかと思っていた」

 

 だが、実際は違った。

 観客もそこそこ集まり、試合ごとに歓声まで上がっていた。

 

「普段はそんなものなんだけどね。春の"対抗戦"が近いから、みんな張り切っているのよ、きっと」

「……対抗戦?」

 

 聞きなれない単語に、思わず聞き返す。

 

 その瞬間、彼女の手がぴたりと止まった。

 スプーンが皿の縁に触れて、かすかな金属音が鳴る。

 

 それからゆっくりと、信じられないものを見るような目でこちらを向いた。

 

「呆れた。あなた、学園の行事について何も知らないのね。入学からこれまで何して生きてきたのよ」

「何してって……授業に出て、図書室で勉強して、演習場で実践して、寮に戻る――その繰り返しだけど」

「……」

「憐憫の目を向けてくるな。勉学は学生の本分だろうが」

 

 憐れみの色を帯びた視線に抗議する。

 彼女はしばらく黙り込んだ後、気を取り直すように小さく咳払いをした。

 

「――対抗戦は、この学園でも指折りの一大行事よ」

 

 人差し指を立て、教師めいた仕草で続ける。

 

「日程は来月の頭。参加するのは、私たち新入生。高等部からの"外部入学組"と、中等部からの"内部進学組"――二つの陣営に分かれて"模擬戦争"を行うの」

「模擬戦争?」

 

 ええ、と彼女は首肯する。

 

「ヴェルデ山脈を丸ごと(・・・)舞台とし、互いに両陣営の"王冠"を奪い合う。前線でぶつかる人、後方で支援する人、索敵や伝令にまわる人……生徒たちはそれぞれ役割分担をして、自陣営の勝利を目指すの」

 

 ヴェルデ山脈――市街区の北東に位置する山林だ。

 稜線はなだらかで、山としては面積も最高峰も大したことは無いが、一競技に使用する場所としては破格なまでに広い。

 

 脳裏に想像するのは、木々の合間を駆けて作戦行動する生徒たちの姿。

 グラン=マグノリアの生徒数は一学年につき60人程度だった筈なので、概ね30人ずつの生徒が一つの戦場でぶつかり合うことになる。故に"模擬戦争"、か。

 

「……なるほど、単なる演習や競技とは一線を画するらしい」

一部例外(・・・・)はあるけど、基本的には全員参加だからね。あなたも無関係ではいられないわよ、オズ」

 

 俺は顎に手を当てて小さく頷く。

 

「楽しみだな」

 

 ぼそりと呟くと、シャルは俺の顔をじっと見た。

 

「……意外だわ。校内のイベントごとを、あなたがそんな風に言うなんて。どうせ『そんなのは時間と労力の無駄だろう』とか言いながら、みんなが盛り上がっているのを脇目にひとり黴臭い本を捲ろうとしてるものとばかり」

「俺のことを若干舐めはじめてるよな、君」

 

 ご丁寧に似てない声真似まで披露してくる彼女を半目で睨む。

 

「……言っておくが、俺にも学園行事を楽しむ程度の感性はある。これまでそういうのに消極的だったのは、死霊術師が煙たがられているというのも理由の一つだが……一番は、一人で参加してもつまらないだろうと思ったからだ」

 

 パンの欠片を指先で転がしながら、ぽつりと続ける。

 

「ただまあ、今は君がいるしな」

 

 一拍の沈黙。

 相変わらずな食堂の喧騒の中で、俺たちの席だけ妙に静まり返った気がした。

 

「――そ」

 

 シャルが小さく声を漏らす。

 

「そうねっ、今は、私がいるものねっ……!」

 

 やけに明るい声だった。

 必要以上に元気な調子で言いながら、彼女は慌てた様子でシチューを一口すくう。

 

 頬もほんのりと赤らめており、スプーンを口に運ぶまでの動きはどこかぎこちなかった。

 俺はその百面相を眺めながら、何気なくパンを口に放り込む。何か妙なことでも言っただろうか。

 

「……君は何をそこまで――」

「――シャルちゃん、ここにいたッ……!」

 

 俺が言いかけた時、横合いから鋭い声が飛び込んできた。

 

 そちらを向くと、一人の女子生徒がこちらへ駆け寄ってきている。

 肩で大きく息をしており、どうやら短くない距離を一気に走ってきたらしい。かなり切羽詰まった調子だった。

 

「マリン、どうしたの?」

 

 シャルがテーブルに手をかけながら問い返す。

 マリンと呼ばれた少女は、息を切らしながらも叫ぶように言った。

 

「演習場が大変なことに……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これは……」

 

 第三演習場――一年生が主に使用する演習場に足を踏み入れた瞬間、俺は言葉を失った。

 

 本来ならば整地された砂地が広がり、魔法の術式や体術の実践のために障害物が取り除かれているはずの場所はしかし、異様な光景に覆われていた。

 

「樹海、か?」

 

 遠目には、ただ深緑の塊が広がっているようにしか見えなかった。だが、いざ近づいてみれば――やはり、そうとしか言いようがない。

 

 演習場に、樹海が生えていた。

 それも単なる樹海ではなく、決して穏やかとは言えない様相の魔境が。

 

 茨の森、とでもいうべきか。

 歪にねじ曲がった木々の幹の隙間から、無数の茨が噴き出すように伸びている。

 それらは蛇のようにうねりながら互いに絡み合い、まるで巨大な鳥の巣でも編み上げるかのように森全体を覆っていた。

 

 茨の表面を覆う棘は、一本一本が刃物のように鋭い。

 樹上では枝葉が幾重にも重なり合い、昼間だというのに木々の間は薄闇に沈んでいる。

 

「……なに、これ」

 

 隣で、シャルが呆然とした声をこぼした。

 全く以て信じがたいことだが――植物にとって生育環境が良い、とはお世辞にも言い難い演習場の中心に、まるで砂漠のオアシスの如く茨の森が広がっていた。

 

「シュトラールさん、来てくれたんだ……!」

「一体なにがあったの?」

 

 遠巻きに樹海を眺めていたらしい生徒たちが、シャルの姿に気付くなり一斉に駆け寄ってきた。

 不安と安堵が入り混じった声が飛び、その流れの中で何人かが俺の姿を見てぎょっとした顔をするという逐一言及するまでもない見慣れた反応がありながらも、今はそれどころではないらしい。

 

 生徒たちはすぐに意識をシャルへ戻し、口々に状況を説明し始めた。

 

「それが、全く分からないのよ。ついさっきまで、こんなものは無かったのに」

「僕の認識も似たようなものだ。いつも通り魔法の練習をしていたら、急に地面が盛り上がって……」

「危なかったわ。退避するのが少しでも遅れたら、大怪我をするところだった」

 

 語られるのは、どれも似たような証言の数々。

 結局、誰も何も分からないということしか分からなかった。

 

 まあ、分からないものは仕方がない。

 俺は軽く息を吐き、改めて樹海に向き直る。

 

 そのまま前方に右手を翳し、黒い燐光を宿した。

 

「オズ? 何を……」

「何にせよ、調べないことには始まらんだろう――汝、死を忘れる勿れ」

 

 地面から、スケルトンが這い出る。

 周囲の生徒たちから小さな悲鳴が上がるが、意にも介さず追加の詠唱を重ねた。

 

「汝が瞳を分かち、定命なる此岸を看取らん」

 

 瞬間、骸骨の眼窩に淡い光が灯った。

 それと同時に、脳内に視界情報が流れ込む。

 

「……おお、結構きついな」

 

 慣れていないせいか、頭の奥が鈍く痛んだ。

 同時に複数の視界を処理するというのは、想像以上に神経を使うものらしい。俺は目を閉じ、骸骨の視界に専念した。

 

 "死の眺望(ネクロ・スコープ)"。

 新たに習得した、支配下にある不死者(アンデッド)との感覚共有の術式だ。

 背後へ振り向かせると、目を閉じて直立する自分の姿が映る。

 

 ……ふむ、第三者視点で自分を見るのも中々面白い――

 

「――オズッ!?」

「おっと、悪い」

 

 足元がぐらつき、倒れかけた体をシャルに支えられる。

 制服越しに柔らかな感触。金色の髪からふわりと甘い香りが漂ってきて、一瞬だけ意識がそちらに引きずられたのは余談である。

 

 ……つい、スケルトンの視界に合わせて自分の身体を動かし、バランスを崩してしまったようだ。夢の中で転びそうになって、現実の身体まで動いてしまった時の感覚に近い。

 慣れるまでは、意識して気を付ける必要がありそうだ。

 

 気を取り直し、スケルトンを樹海へ近づかせようとした――その時だった。

 

「……待って。何か、様子がおかしいわ」

 

 すぐ隣でシャルが言う。

 少し遅れて、ざわりと樹海に異変が起きているのが俺にも分かった。

 

 絡み合っていた茨や木々が、形を保てなくなったようにほどけていく。

 枝は崩れ、蔓は力を失い、やがて細かな光の粒となって空気に溶けていった。

 

「森が消えてく……?」

 

 誰かが呆然と呟く。

 演習場の半分ほどを占めていた樹海は崩れ落ちるようにその姿を失い、まるで最初から存在していなかったかのように跡形もなく消えていった。

 

 樹海があった場所に残されたのは、広い演習場の砂地と――

 

「……女の子?」

 

――その中心に立つ、たった一人の女子生徒だった。

 

 ここからでは黒髪と学園の制服が目に入る程度で、細かな顔立ちまでは分からない。

 少女はしばらくその場に立っていたが、やがて何事もなかったかのように歩き出した。

 

 向かう先は、こちら側。

 俺たちではなく、俺たちの背後にある演習場の入口に向かっているのだろうと、無根拠ながらもなんとなく思った。

 背中まで伸びた艶のある黒髪が、歩くたびにさらりと揺れる。

 

 彼女が近づくにつれ、自然と全員の視線が集まった。

 

 数人分の視線を浴びながらも、少女はまるで気にした様子もない。むしろ不思議そうに周囲を見回し、小さく首を傾げた。

 

「え、ウケる。なんで皆あたしのこと見てんの?」

 

 快活な声だった。

 まるで今しがたの異常事態など存在しなかったかのような、あっけらかんとした調子。

 

 そして、ようやく容姿がはっきりと分かる。

 

 控えめに言っても、その女子生徒は美形だった。

 少し吊り目気味の大きな瞳に、すっと通った鼻筋。唇の端には常に軽い笑みが浮かんでいて、どこか人を食ったような、いたずらっぽい印象を与える。

 

 制服からして、俺たちと同じく一年生。

 前髪は目の上で軽く揃えられ、耳元には小さなピアスがきらりと光っていた。

 

「……ええと。あなた確か、レイア=ブラッケンベリーさん、よね。特待生の」

 

 シャルが、困惑しながらも彼女に問いかける。

 流石は監督生と言うべきか、彼女の名前も把握しているらしい。

 

 一方の俺は、この学園に"特待生"などという存在がいたことすら初めて知ったが。

 

「何をしていたの……?」

「あは、見て分かんない? 普通(ふつー)魔法(まほー)の練習。もー帰るけど」

 

 軽い口調だった。

 

 鮮やかな紫紺の瞳が、どこか飄々とした空気をまとったままシャルを見返す。その口元に、小さな八重歯がのぞいた。

 

「練習って……」

「ホントは地道な努力なんて柄じゃないんだけどさー、適度に発散しないと溜まっちゃうしー。リフレッシュも兼ねて、みたいな?」

 

 そして、二人の会話はどうにも噛み合っていないように思えた。

 俺は一度小さく息を吐き、核心部分をレイアと呼ばれた女子生徒に問いかける。

 

「……つまり、さっきの樹海は君が生やしたのか?」

 

 それを聞いて、彼女の表情が変わった。

 紫紺の瞳が細まり、口元が楽しげに吊り上がる。

 

「――天才的っしょ?」

 

 不敵な笑みとともに言い放つ。

 これだけの騒動を起こしたにも関わらず、悪びれる様子は一切ない。むしろ誇らしげですらあった。

 

 ……実際、あれだけの樹海を生み出す魔法は誰にでも扱えるものではない。

 もしそれが事実なら、天才的であることを否定もしない。

 

 しかし彼女は、端的に言って変人だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……言いにくいけれど」

 

 シャルがこめかみを押さえて息を吐く。

 頭痛を堪えるような仕草だったが、それでもすぐに顔を上げ、正面から少女を見据えた。

 

「レイアさん。あなたのそれは、明確なルール違反よ」

 

 そのまま、優等生らしい整然とした口調で続ける。

 

「大規模な術式の行使は、演習場の使用許可とは別に申請を出すこと。安全講習を受けた上で、周囲の人払いを行ってから実施すること。学園規定に、それはしっかりと明記されているわ」

「……はー? なにそれ、だっる」

 

 対するレイアは、あからさまに顔をしかめた。

 そのあまりにも軽い態度に対して、シャルの声が一段と低くなる。

 

「当然のことでしょう。あれだけ大規模な術式を無許可で発動させて……もし誰かが巻き込まれていたら、大怪我をしていたかもしれないのよ?」

「あたしそんなの知らなーい。自衛できない雑魚が悪いんじゃない?」

「あなたね……!」

 

 堪えきれず、シャルは声を荒げた。

 そして一歩踏み込み、レイアの肩を掴む。

 

「――ね、あたしさ」

 

 瞬間、レイアの雰囲気が一変した。

 

 肩を掴まれたまま、彼女はゆっくりと視線だけを落とす。

 自分の肩に置かれたシャルの手を、無言で見下ろした。

 

「もー帰るって言ったよね……どけよ、凡人」

 

 低い声。

 さっきまでの軽薄な調子とはまるで違う、冷たく鋭い刃のような声色。

 

 飄々とした表情は消え失せ、紫紺の瞳は無機質な光を帯びていた。

 

「……どかない。今は、才能の有無なんて関係――」

「――あるよ」

 

 シャルの言葉を遮り、表情に歪んだ優越感を滲ませながらレイアは続ける。

 

「凡人はね、天才を縛り付けちゃいけないの。意見なんて聞いてない、反論なんて以てのほか。どんな事情があったとしても、天才(あたし)の都合に凡人どもは従わなきゃいけない」

 

 冷たい瞳が、周囲の生徒たちをぐるりと見回す。

 

「だって、あたしよりも弱いんだから。おわかり?」

 

 普遍的な事実でも告げるような断定口調。

 周囲の空気が、しんと張り詰める。

 

「……そんな道理はないわ」

 

 しばしの沈黙のあと、シャルが静かに言った。

 

「それに――強さの形は一つじゃない。私は、あなたより弱いつもりも無いから」

 

 碧の瞳が、紫紺の瞳を真っ直ぐに見返す。

 レイアはしばらくシャルの顔を眺めていたが――

 

「……しょうもな」

 

 無感動に吐き捨て、嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「覚悟は出来てんだよね。路傍の雑魚メス風情が、このあたしに楯突いたんだからさ」

 

 魔力が空気を震わせた。

 空間が、トリカブトの花弁が如き毒々しい紫色の魔力が空間に溢れていく。

 

「……!」

 

 レイアの足元から鋭利な茨が蛇のようにうねり、瞬く間に地面を広がる。

 それらは絡み合い、重なり合いながら、やがて槍のように持ち上がり――全ての切っ先が、シャルへと向けられた。

 

「おい、このままじゃシュトラールさんが……」

「ちょっと男子、誰か止めてよ」

「無理だって……特待生に敵対するなんて自殺行為だろ……」

 

 周囲の生徒たちが、ざわめきながら後ずさる。

 誰一人として前に出るものはなく、レイアの魔力は尚も膨れ上がり――

 

「――そこまでだ」

 

 二人の横合いから俺の声が響く。

 それと同時に、レイアの背後に現れた(・・・・・・・・・・)三体のスケルトンが、本物の槍を彼女の背中に突き付けた。

 

 余計に話が拗れると思い、口を挟まずにいたが――ここまで来たら、流石に介入せざるを得ないだろう。

 

「……えっ」

「……は?」

 

 腰に下げた剣に手をかけていたシャルと、完全に自分が攻撃する側だと思っていたらしいレイアが、同時に目を瞬かせる。

 他の生徒たちも同様であり、ざわめきが一段と大きくなった。

 

 遠隔召喚。

 死体を保管する"影の霊園(プライベート・セメタリー)"は、地中や壁中のような"完全な闇"へと魔力を浸透させることで開く条件が整う。

 地面に広く薄く魔力を放射すれば、今のように離れた場所へと不死者(アンデッド)を呼び出すことも可能だ。射程距離は十数メートルといったところだが、奇襲するには有用な小技だろう。

 

 一つの術式に対する一つの工夫。

 魔道というのは、それだけでも中々味わい深いものである。

 

「……なにこの魔法。おもしろ」

 

 レイアが、肩越しにちらりと背後を見て言った。

 

「死霊魔法だ。見るのは初めてか?」

「当たり前じゃん。そっか、あんたが噂の」

 

 俺は彼女を真っ直ぐ見据えたまま、短く命令する。

 

「茨を消せ」

「……なんであたしがお前の言うこと聞かなきゃいけないわけ?」

 

 この状況にも関わらず、レイアはなおも挑発的に笑った。

 彼女は先ほど自分が口にした(・・・・・・・・・・)ことを、もう忘れてしまったらしい。

 

「――君の理論では」

 

 一拍、間を置いた。

 

「弱い方が無条件に従う義務を負うらしいな。文明的な思想じゃないが、俺は嫌いじゃない」

「……うん。それが?」

 

 察しが悪い。

 俺は淡々と言葉を続ける。

 

それが理由だ(・・・・・・)。俺に従え、問題児」

 

 彼女の表情が凍った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ、あはは」

 

 レイアの肩が小さく震えた。

 

 最初は押し殺したような笑いだったが、すぐに堪えきれなくなったらしい。

 腹の底から楽しそうに笑い出す。

 

「死霊術師。あんた()、けっこー面白いじゃん」

 

 紫紺の瞳が細められる。

 その視線には、先ほどまでシャルや他生徒に向けていた侮蔑とは違う色が宿っていた。

 

 純粋な興味と、それから――獲物を見つけた猛獣のような、愉悦。

 

「その面白さに免じて――」

 

 彼女が片手を軽く振る。

 地面を這っていた茨が、ざわりと蠢いた。

 

「――半殺しにしてあげる!」

 

 瞬間、茨がうなりを上げた。

 鞭のような神速で振るわれ、背後にいたスケルトンをまとめて弾き飛ばす。

 

 骨が砕け、乾いた音を立てて地面に散った。

 

 そして――

 

「ッ! オズ……!」

 

 シャルが小さく悲鳴を上げる。

 視線の先では無数の茨が槍衾のように持ち上がり、全ての穂先が俺へと向けられていた。

 

 ……さて。

 あれを防ぐには、スケルトンの盾では少し心もとないか。

 

「汝、死を忘れる勿れ」

 

 俺は両手を合わせ、足元の影へと意識を落とす。

 

 丁度いい機会だ。

 新顔(ニューフェイス)のお披露目と――

 

「――やめなさいッ!」

 

 その時、厳格な声が演習場に鋭く響いた。

 今にも茨を射出せんと構えていたレイアも、影に意識を沈めかけていた俺も、同時に視線をそちらへ向ける。

 

「模擬戦の許可は出していません。決闘をするなら、然るべき手続きを取りなさい」

 

 演習場の入口に立っているのは、良く見知った人間だった。

 

 エルネスタ教授。

 規律そのものを纏ったような立ち姿の女性教師が、一切の迷いがない足取りで俺たちの間に入った。

 

「今すぐ術式を解除しなさい――両方ともです」

 

 ……ここまでだな。

 俺は影から意識を引き上げ、練り上げていた魔力を散らす。

 

 地面に転がっていたスケルトンの残骸が、影に沈むようにして溶けていく。

 

「チッ、いいとこで……」

 

 不満を隠そうともせず、レイアは片手をひらひらと振る。

 鋭利だった茨はみるみる萎れていき、朽ちるようにして霧散していった。

 

「はいはい、解除しましたよーっと」

「レイア、あなたは――」

「どーもさーせんっしたー……これでい? エルちゃん」

 

 その言い草に、思わず目を瞬かせる。

 この厳格な教授をちゃん付けとは、なかなかの命知らずである。

 

「先生と呼びなさいと何度も言っているでしょう。そして、私が求めているのは謝罪ではなく説明です」

「めんどーい……」

 

 しかし、当の教授は思いのほか静かだった。

 当然のことだが、この二人もまた教師と生徒という間柄である。こういったやり取りも慣れているのかもしれない。

 

 レイアは頭をかきながら怠そうに続ける。

 

「てかさ、説明しなかったらどうなんの? 理由なんか関係ないっしょ? どーせ、あたしを退学になんかできない(・・・・・・・・・・・・・・)んだし」

「――レイア」

「……あーあ、なんか醒めちゃった」

 

 さっきまでの戦意はすっかり霧散しているらしい彼女は、くるりと背を向けて演習場の入り口に向かって歩き出した。

 数歩進んだところで、ふと思い出したように振り返る。

 

 紫紺の瞳がこちらを捉えた。

 

「じゃね、死霊術師――また今度(・・・・)、続きやろ?」

 

 それは今日初めて話した時のような、いたずらっぽい笑みの表情。

 そして、レイアは今度こそ立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

「その、エルネスタ教授」

 

 レイアが去り、他の生徒たちも巻き込まれまいと散っていった演習場。

 先ほどまでの騒ぎが嘘のように、周辺はすっかり静まり返っていた。

 

 そんな中で、シャルがおずおずと教授に話しかける。

 

「オズ……スタンリーくんは何も悪く――なくはないですけど、それは私を助けるためで、えっと、そんなに悪くないんです。だから、処罰とかは……」

 

 なんとも煮え切らない弁護だった。

 俺としても必要以上に挑発してしまった節がないこともないが、もう少し言い方があるだろうと思う。

 

「私を呼びに来た生徒の話から、事情は概ね把握しています。余程の無茶苦茶をしない限りは、事態の収拾に努めた監督生補佐を罰することなどしません」

 

 隣でシャルが安堵の息を漏らす。

 それを余所に、教授は視線をこちらへ向ける。

 

「怪我はありませんか、スタンリー?」

「……ええ、おかげさまで」

 

 軽く肩を回してみせながら続ける。

 

「止めてくれてありがとうございます。あのまま続けていたら、少しは怪我をしていたかもしれません。まあ勝てましたけど」

「……まさか、あなたの負けん気の強さを頼もしいと思う日が来るとは思いませんでしたよ」

 

 俺の態度に、教授は呆れ半分の溜め息を吐く。

 その視線は演習場の入口――先ほどレイアが去っていった方に向けられている。

 

「まったく、彼女の困った気質に怒るべきなのか、それとも学園の悪しき制度について嘆くべきなのか……」

 

 独り言のように、エルネスタ教授は呟いた。

 

 ……悪しき制度。

 それは、先ほどレイアが言っていた"自分は退学に出来ない"という言葉と関連性があるのだろうか。

 

「彼女は何者なんですか? なにやら、色々と特別扱いされているようですが」

 

 素朴な質問する。

 教授は一瞬だけ考えるように目を伏せ、それから答えた。

 

「レイア=ブラッケンベリー……学園の理事会が選任した四人の特待生の一角。監督生補佐となったあなたにとって、今後最も手を焼くであろう生徒の一人です」

 

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