死霊術師でも英雄になれますか?   作:パリスタパリス

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第九話『死霊術師と特待生・弐』

 ソーラの日(日曜日)の翌日は、言うまでもなくルーナの日(月曜日)である。

 世間一般的には嫌われがちな休日明けの一日を、俺はあまり憂鬱に感じたことはない。

 

 しかしながら、こと今日に限っては話が別だった。

 理由は単純。休日に色々と有り過ぎたせいで、一週間の疲れが殆ど抜けていなかったからだ。

 

 今朝は制服に袖を通すことすら億劫で、授業に出ても板書を写す筆記具(ディップペン)の動きは鈍く、結局一度も挙手すらしていない。

 普段の俺ならもう少しやる気を見せるところだが、授業に出席するという最低限の義務以上の行為をするには、体力以上に気力の消耗が激しかった。

 

 ……とはいえ、春の陽気にうたた寝してしまい、隣の席で授業を受けていたシャルに小突かれたのは流石に不覚だったと言うほかないが。

 いつも通りに凛とした態度で授業に臨み、教師の問いかけがあるたび殆ど全ての授業で真っ先に手を挙げて見せる優等生ぶりを発揮していた彼女には、華奢な身体のどこにそんな体力があるのかと真剣に問いたいところである。

 

「――生徒の鑑だな」

 

 そんなこんなで終業の鐘が鳴り、言い知れぬ解放感に満ちた夕暮れの放課後。

 

 図書室の一席に腰掛け、俺は息を吐いた。

 グラン=マグノリアが誇る図書棟は国内有数の蔵書量と言われており、面積だけでもそれなりのもの。

 構造としては中央が吹き抜けになった四階建てであり、広大さゆえに他席との距離も遠く、また声も響きにくい。利用者には静粛が求められているものの、あまり騒がない分には多少の私語は見逃される傾向があった。

 

「? なによ。褒めても何も出ないわよ」

「俺の話だ。疲れていても、こうして自己研鑽を怠らない」

 

 旧帝国語翻訳の参考書を片手に死霊術の教本を開きながら、対面に座るシャルに軽口を叩く。

 ページをめくる音が止み、彼女は呆れた顔でこちらを見た。

 

「あのね、オズ。それを言う資格があるのは、少なくとも授業中の居眠りをしない人だけだと思うわ」

「……不可抗力だ。とりわけ睡眠欲というのは、人類が持つ三大欲求の一つであって」

「開き直らないで下さるかしら」

 

 ぴしゃりと言い切られ、俺は肩をすくめる。

 シャルは小さくため息をつくと、椅子の背に身体を預けた。

 

「……まあ。休日に連れ回しちゃった手前、私も強くは言えないけどね。レイアさんがあんな騒動を起こすなんて、それこそ全く予想していなかったし」

 

 レイア=ブラッケンベリー。

 演習場に樹海を生やす奇行に走り、挙句の果てには茨の攻撃を仕掛けて来た女子生徒。

 あの一件は肉体的にも精神的にも俺を消耗させるに充分な出来事であり、今日一日に渡って俺を苛んだ倦怠感の八割は彼女に原因があると言える。

 

「特待生、とか言われてたか。この学園にもそんなのがいるんだな」

 

 何気なく口にしながら、先日エルネスタ教授が仰っていたことを思い返す。

 

――監督生補佐となったあなたにとって、今後最も手を焼くであろう生徒の一人です。

 

 あの人にそこまで言わしめる"特待生"とは一体何者の集まりなのか、立場上気にしなくて良いはずも無い。

 

「当然いるわよ。一般的な特待生とは、少し意味合いが違うけれどね」

 

 シャルは読んでいたページを指先で押さえ、説明を始めた。

 

「この学園の特待生って言うのはね、理事会に直接選ばれた人間――即ち、学園側からスカウトされた生徒を指すの」

「スカウト?」

 

 聞き返すと、シャルは指を一本立てて続ける。

 

「そう。私たち一般生徒は、自分で入学試験を受けて、それに合格して、学費まで払ってようやく入学できる……当然よね。でも、彼らは立場が逆。その才能を見込まれて、学園の方から『ぜひ来てほしい』って声をかけられて入学した人たちなの。試験も学費も当然免除よ」

「……それはまた、羨ましい話だな」

 

 思わず本音が漏れた。

 国内有数の名門として知られるグラン=マグノリアの入学試験は相応に難関である。

 俺とてあの試験には相当手を焼かされたし、学費の支払いには母の遺産(・・・・)から少なくない額を切り崩す必要があった。

 

「彼らの入学は理事会の意向そのもの。つまり、教授どころか校長先生ですら彼らを退学にする権限はないってこと。レイアさんのあの態度にも、少しは納得がいくでしょう?」

 

――理由なんか関係ないっしょ? どーせ、あたしを退学になんかできないんだし。

 

 そういえば、会話の流れでそんなことも言っていたか。

 あの少女の生意気な振る舞いはやはり、自分の立場を理解した上でのものだったらしい。

 

「特待生には、どんな基準で選ばれるんだ?」

「さあ、公表されていないわ。才能や実力も当然見るでしょうけど、それだけじゃないみたい。毎年必ずいるわけでもないし……普通なら(・・・・)学年に一人いれば多い方と言えるわね」

「……普通なら?」

「ええ」

 

 シャルは小さく頷き、続ける。

 

「その特待生が、今年の一年生には四人(・・)もいるわ。51年前と同率で、過去最多らしいわよ」

「――」

 

 思わず言葉を失った。

 

 ゆっくりと息を吐き、背もたれに体を預けながら天井を仰ぐ。

 図書棟の高窓から差し込む夕陽が、淡く光を滲ませているのが見えた。

 

「……つまるところ」

 

 なんともなしに、ただ思ったことを呟く。

 

「今年は51年ぶりの、最も教師や監督生に負担がかかる年ってわけか」

「……補佐役なんて、やっていられなくなった?」

 

 視線を戻すと、対面のシャルがこちらを窺うように見上げていた。

 

 青い瞳の奥がわずかに揺れている。

 どこか、俺に対する遠慮と後ろめたさを感じる声色。

 

「いいや。受けた仕事はやりきる主義だ」

 

 彼女の不安を、短い言葉で否定する。

 想定よりも骨が折れそうなのは確かだが、投げ出すにはまだ早すぎるだろう。あまり人を見縊らないで欲しいところだった。

 

「……ふふ。案外、真面目なのね」

「別に意外でもないだろう」

 

 俺が誠実さを欠いたことなどない。

 言外にそう伝えると、シャルは「そうかもね」と微笑んだ。

 

 それからしばらく、会話は途切れた。

 広い図書棟の一角。高い天井に吸い込まれていくような静寂の中で、紙をめくる乾いた音と共に、時間だけが静かに流れていく。

 

「――十五分前よ。そろそろ行きましょうか」

 

 不意にシャルが本を閉じた。

 ぱたり、と小気味のいい音が静寂に小さく波紋を広げる。

 

「……もうそんな時間か」

 

 ふと呟き、視線を壁の時計へと向けた。

 

「特待生だの対抗戦だの……やれやれ、大忙しだな」

 

 目下の大事は、四人もいるらしい特待生だけではない。

 来月に控えた対抗戦――外部からの入学組と、中等部からの進学組を東西の陣営に分けて行われる模擬戦争もまた、無視できない一大行事である。

 

 対抗戦当日までの間には、何度かの"陣営会議"が開かれる。

 その名の通り、陣営ごとに集まって作戦内容や役割分担を決めたりする会議だ。

 

 俺がシャルと連れ立って図書室に来ていたのは、友人同士で仲良く読書やお勉強をするためではない。今日の夕方に実施される我々"外部入学組"陣営――即ち"東軍"の会議まで時間を潰すためでもあったのである。

 

「場所は講義棟の空き教室だったか?」

 

 記憶を辿りながら、何気なく問いかける。

 ちゃんと覚えてて感心ね、と彼女は満足げに頷いた。

 

「行くか」

「ええ」

 

 短く言葉を交わし、並んで歩き出す。

 夕暮れの廊下へ足を踏み出し、ふと湧いた疑問を口にした。

 

「そういえば……特待生は、対抗戦にどちら側の陣営で参加するんだ?」

 

 同年代でも群を抜いた資質を持つ――少なくとも、学園がそう判断した四人の天才。

 彼らがどのように振り分けられるのかは、対抗戦の行方を見据える上で無視できない要素だ。

 別に絶対勝たなければならない行事でもないが、やるからには勝つつもりで臨む。そのための情報収集を怠る理由はない。

 

「参加しないわよ」

 

 しかし、シャルはあっさりと即答した。

 

「例年、対抗戦に特待生は出てこないの。たった一人が出場するだけでも、両陣営合わせて60人以上が参加する模擬戦争のパワーバランスを著しく損ねると考えられているのよ」

「――そうか」

 

 思ったよりも簡単な結論に、わずかに拍子抜けする。

 

 脳裏をよぎるのは、あの樹海。

 そして精緻に制御された茨を振るうレイア=ブラッケンベリーの姿。

 

 彼女も、恐らくは彼女と同等程度の力を持つであろう他三人の特待生も、対抗戦には出てこないらしい。

 それは対抗戦の勝利だけを考えるなら歓迎すべき事態の筈で――しかし、どこか物足りなさを感じずにはいられなかった。

 

「……」

 

 胸の奥に残った、どこかもやもやとした感情。

 それを持て余したまま、シャルと共に図書棟を後にした。

 

 

 

 

 

 

 十五分後。

 講義棟の一角にある空き教室には、三十人の生徒が集合していた。

 

 いちいち覚えてはいないが、いずれも俺と同じく外部入学組――味方陣営(東軍)の生徒たちで間違いないだろう。

 相手陣営(西軍)のスパイが紛れていないとは言い切れないが、全同級生の顔と名前を憶えていそうなシャルがそれを見逃すとも思えない。彼女でなくても、違和感くらいは感じて然るべきだ。

 

 教室全体の空気は、授業合間の休み時間に近いか。

 小さな輪を作って談笑する者たちもいれば、窓際に寄って外を眺めている者、机に腰掛けて足をぶらつかせている者もいる。

 

「――皆、こっちに注目してね。記念すべき初回の陣営会議を始めるわ」

 

 やがて、教室の前方に立ったシャルが軽く手を叩いた。

 

 よく通る声が、静まり返った教室に響く。

 優等生たる彼女は、こういう場でも当然のように進行役を買って出るらしい。窓際の席で片肘を付きながら、俺は小さく息を吐いた。

 

「"対抗戦"については大まかに聞いていると思うけど、まずは前提の確認から」

 

 シャルは黒板に向き直り、チョークを取る。

 さらさらと線が引かれ、簡易的な地図が描かれていく。

 

「舞台はヴェルデ山。二つの峰を持つ山で、その形状から双子の山(ツインピークス)と呼ばれたりもするわね」

 

 無駄のない手つきで地図上に小さな円を二つ描き加え、話を続ける。

 

「二つの峰にはそれぞれ同じ規格の要塞が築かれていて、ここが各陣営の拠点になるってわけ。有名な"双子の王子"が王位を賭けて戦った場所よ」

 

 双子の王子――無双の武を誇る兄と、凡庸ながら人を惹きつける弟。時の王(双子の父)は二人に同数の兵と同形の要塞を与え、合戦で勝利した方に王位を約束したという故事だ。

 

 確か、勝利したのは弟の方だったか。

 対抗戦で使われる要塞は、その戦のために建築された一種の歴史建造物を流用したものであるらしい。

 

「ルールは単純。各陣営の要塞に置かれた"王冠"を先に奪い取った方が勝ち。私たちは自陣営の王冠を守りながら、敵陣営の王冠を狙うことになるわ。全員で攻めに出ることも不可能ではないけれど――」

 

 黒板に描いた二つの円(各陣営の要塞)を軽く叩く。

 乾いた音が、静まり始めた教室に小さく響いた。

 

「"王冠"は自陣営の要塞から動かせないの。要塞の守りが疎かだと、移動・隠密系の技能や魔法で潜り込まれて、呆気なく王冠を取られてしまう可能性が高い」

 

 教室のあちこちで小さく唸る声がした。

 まだそこまで難しい話はしていないが、少しでも作戦や戦術に関する話題になると脳が拒否反応を示してしまう生徒はそれなりに多い。

 

「だから、戦力は攻防力を均等に分けるのが定石ね。各陣営の人数が30人ずつだから、目安としては――拠点に残る防衛班が15人、正面から中央鞍部に進軍する攻撃班が12人、それとは別行動で"王冠"を狙う遊撃班が3人……ざっくりだけど、概ねそんなところかしら」

 

 防衛班、攻撃班、遊撃班。

 シャルは再びチョークを走らせ、それらを意味する記号を黒板に追加していく。

 

「防衛班には武闘派よりも支援や工作が得意な人を置くわ。攻撃班はその逆ね。正面から積極的に戦える人が向いてる」

 

 彼女が黒板に描いた記号に指を添えながら言うと、にわかに教室がざわめき始める。

 攻めなければ勝てない、いや守りを固めないと一瞬で終わる、怪我をしたくないから防衛に回りたい。

 そんな議論が遠慮なく飛び交い、収拾が付かなくなりかけた時――こほん、とシャルが小さな咳払いをした。

 

「……続けるわ。遊撃班は、状況に応じて柔軟に動ける手札の多い精鋭が適任。人数は少ないけれど、とっても重要な役回りよ。ただ戦えるだけじゃなくて――」

 

 そこで、僅かに言葉を切る。

 

「――多勢に無勢でも後れを取らない、選りすぐりの"実力者"。そういう人じゃないと務まらないわね」

 

 その一言で、教室が再びざわついた。

 

「入学したばっかで実力者と言われてもな……」

「特待生以外でそんな奴いるかあ?」

「……でも、強い人って言ったら――」

 

 何人かが言いかけて、しかし結局は口を閉じる。

 名前を挙げるには決定的な根拠が足りないが、まったく思い当たらないわけでもない。そんな微妙な雰囲気が、教室のあちこちに生まれていた。

 

 周囲を飛び交っていた視線は、やがて数人の"候補"たちに収束していく。

 遠慮がちに寄越される視線を受け流しながら、俺はわずかに目を細めた。どうやら、その"候補"の中には俺も含まれているらしい。

 

 前に立っていたシャルが、再び場をまとめ直そうと口を開きかけ――

 

「――立候補する」

 

 低い声が、教室のざわめきを断ち切った。

 ぴたりと周囲の会話が止まり、教室中の視線が声の主に集中する。

 

 それは、他の生徒より一回り大きい、筋肉質な男子生徒。

 刈り込まれた短髪に無骨な顔立ちをした彼は、注がれる視線を意に介した様子もなく立ち上がった。

 

「ありがとう。えっと……クラム=ボーンズ君、よね?」

 

 シャルが確認するように名を呼ぶ。

 

「ボーンズって、確か……」

「騎士の名家だよな」

 

 背後で、囁くような声が交わされる。

 このグラン=マグノリア(英雄学園)には名家の血筋など珍しくないが、やはり騎士や魔道士といった戦闘技術に直結する家柄の出は一目置かれる傾向にある。

 

 当の本人は周囲のざわめきを意に介さず、視線を正面に据えたまま再び口を開いた。

 

「ああ。他にやりたい奴がいないなら、俺がやる」

 

 短く、無駄のない返答。

 クラムと呼ばれた生徒は、それから後方の席へ視線を向ける。

 

「お前も来い、エーミール」

 

 彼の視線の先。

 唐突に名前を呼ばれた細身の男子が、露骨に顔をしかめる。

 

「ええ……嫌だよ、面倒臭い。クラム一人でやりなよ」

「話を聞いてなかったのか? 遊撃班は定員三名だ」

 

 エーミールと呼ばれた生徒は、机に肘をついたまま気だるげに肩をすくめた。

 

「だからって――」

「お前にはベルディア草の貸しが残っていたな」

「うぐ」

 

 短い呻き声がエーミールの口から洩れた。

 事情は推し量れないが、どうやらその"貸し"とやらが彼にとっての図星らしい。二人にしか分からないやり取りに、教室の空気は完全に置いていかれていた。

 

「……はあ、分かったよ――ええと、僕も立候補します。他にやりたい人が何人もいるようなら言ってください、譲るので」

 

 エーミールはそう付け足すと、大きくため息をつく。

 

「……クラム=ボーンズ君に、エーミール=ホワイトウッド君ね。遊撃班は三人だからもう一枠あるけど、他にやりたい人はいる?」

 

 シャルが場を立て直すように言い、教室を再び見渡した。

 

 しかし、他に手は上がらない。

 彼女は小さく息を吐き、言葉を続けた。

 

「……その、私が"実力者"とか言っちゃったものだから気負いもあるかもしれないけれど。もっと気楽に考えても――」

「いいや」

 

 その言葉を遮る形で、クラムの声が差し込まれる。

 

「いるだろう、少なくともこの場に一人。ここにいる生徒の殆どに実力を認知されている男が」

 

 へえ、そんな奴がいるのか。

 俺は他人事のように流しかけて――

 

「上級生すら負かして見せるほどの、抜きん出た力を持った異端児が」

 

 言葉の最中に、ふと気付く。

 彼の視線が、ただ一点を射抜くように据えられていることに。そして教室中の視線が、その一点へと収束していることに。

 

 その一点というのが、紛れもなく俺自身であることに。

 

「――死霊術師。俺は、お前と組んでみたい」

 

 今日一番のざわめきが、教室中を覆い尽くした。

 

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