血色のマフラー   作:ケツモチピングー

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1.悪意を糧とするモノ

 後悔先に立たずとはよく言ったものだと、私は常々思う。

 

 あの時ああしていれば、アレをやれていたら。そんな“もしも”を想像しても、それは仮定の話であり、タイムマシンでも無い限り現実は何も変わらない。

 

 だが、私はもう後戻り等出来ない。するつもりもない。

 

 これで漸く、生徒達を護る為の力が手に入ったのだから。

 

 

 事の始まりは、アリウス分校絡みの騒動が終焉に向かいつつあった頃まで遡る。

 

 私が“ソレ”と出会ったのは、ミカの聴聞会を終えてシャーレへ戻る途中であった。

 

 その時の私は、自身の無力感に少なからず打ちのめされていた。カイザーを相手取った廃校対策委員会との共同戦線、エデン条約締結時の騒動、そしてカタコンベでの戦い。何れの場所に於いても、私は後方から指揮をするのみであり、生徒達を銃弾による痛みと生傷から守り切る事は出来なかった。

 

 自身の仕事は後方での指揮。何度も反芻して自分なりに納得出来たと思っていたが、目の前で生徒達が傷付き、痛みに苦悶の表情を浮かべる様を見る度、私の精神は酷く削られていった。

 

 生徒の目を盗んで密かに摂取していた摂取精神安定剤の効果も薄れつつあった時、お膳立てされたかの様に“ソレ“と私は遭った──否、ソレが在ったと表した方が適切かもしれない。

 

「…何だろう、コレ」

 

 ソレは、無機質な機械の塊だった。数本の回路や、赤いコアらしき部品等が剥き出しになっており、まるで製造を途中で投げ出した様にも見える。黒々としたパーツと血の様に赤いコアが、何処か不吉な雰囲気を醸し出していた。

 

 どう贔屓して見ても安全には見えない代物。そんな物体が、シャーレ居住区の廊下にポツンと放置されていた。

 

「うーん…ミレニアムの新しい発明品…?」

 

 その時の私は、ミレニアム辺りの生徒が忘れて行った物だろうと考え、ソレを拾ってシャーレの執務室迄持ち帰った。

 この時を思い返す度、当時の不用心極まりない自分を張り倒したくなる衝動すら湧き上がる。

 

 そして私が執務室に入るや否や、右手に抱えていた“ソレ”から赤黒いモヤが噴き出した。

 

 

「うわッ!!?」

 

 血飛沫を彷彿させる挙動で噴き出した靄は、まるで狙い澄ましたかの様に私のタブレット端末──シッテムの箱へと入り込んだ。

 

『せ、先生ッ!!教室に、シッテムの箱に侵入者が───』

 

 狼狽と焦燥に満ちたアロナの声が響いた後、箱の画面は糸が切れた様に暗転した。

 

「アロナ…?アロナ、返事をして!アロナッ!!」

 

 慌てて端末に駆け寄り呼び掛けるも、アロナからは全く返事は無い。

 ならば再起動を──と口を開き掛けた瞬間、端末のスピーカーから聞き慣れない声が響いた。

 

「我々は──」

 

《──我々は望む。七つの嘆きを。我々は覚えている。ジェリコの古則を》

 

「…ッ!?」

 

 空いた口が塞がらなかった。タブレット端末からアロナ以外の声が響いただけでなく、その声が「シッテムの箱」のパスワードを告げた事に私は驚かされた。

 私以外が知り得ない筈のパスワード。其れをさも当然の様に言い放った声の主は、明るさを取り戻した端末の画面に姿を現した。

 

 その姿を端的に表すならば、壊され掛けた人型ロボットと言った風体が相応しいだろう。

 黒一色の鎧を纏った様にも見える装甲、その左半身は胸部装甲を貫くように銀色のパイプが伸び、配線や内部パーツが剥き出しになっていた。

 

 とりわけ特徴的だったのは、顔に相当すると思われる箇所。其処は、顔の右半分のみをカバーした様なマスクに包まれている。マスクに覆われていない左目部分には、鮮血のように赤い瞳が輝いていた。

 見る者に禍々しさと痛々しさを感じさせる外見の其れは、普段アロナが立っていた筈の教室に我が物顔で鎮座していた。

 

「…お前は、誰だ。あの子を…アロナを何処へやった!」

 

 アロナが居ない事に気付き、私は無我夢中で端末へ叫び問い掛けた。

 その数秒後。明後日の方向を向きつつあったソレの顔が私の方へと向き、底冷えする様な声で問いを返した。

 

《…お前が、“先生“だな?》

 

「…そうだ。そういうお前は何者だ」

 

 大きさと速度を増大させる動悸と迫り上がる嘔むかつきを堪えつつ、私はソレへ更に問い返す。

 私からの問いを受けたソレは、画面の真ん中から数歩程右へ歩いた後に此方へ向き直った。

 

 先程までソレが居た画面中心。其処には、恐怖に震えて縮こまったアロナの姿が在った。

 

「お前…!アロナに何をするつもりだ!! 今すぐ“シッテムの箱”から出て行けッ!!」

 

 再び頭に血が上って行く感覚に任せて叫ぶと、まるで私を静止する様にソレは右手を突き出した。そして、抑揚の無い声で此方へ淡々と告げた。

 

《…私は人工知能“アーク”。この端末の権限は、私が先程掌握した。お前が守りたいであろうOSも、残りコマンド1つで完全に消去出来る状態にある》

 

「何だって…!?」

 

 アークと名乗った存在。奴は私の動揺を見据えたのか、更に言葉を投げ掛けた。

 

《このOSを守りたいと望むならば、私に協力して貰おう》

 

「巫山戯るな、誰がお前に──」

 

《此奴がどうなっても良いのか?》

 

 私の言葉を聞くや否や、アークは何処からか金色の槍らしきモノを取り出し、アロナの首元へ突き付けた。

 

『…せん、せい』

 

 今迄見た事もない様な表情を浮かべ、涙を洪水の様に流して此方を見つめるアロナ。

 私の頭に上った血は引き、思考と肝は一気に冷えた。

 

「わ、分かった…!内容次第だけど、お前に協力するから…だから、アロナに手を出すのは…!!」

 

 私の懇願が聞こえたのか、画面の中のアークは右手に持っていた槍をアロナから離した。

 

「…随分と、手荒い交渉だね」

 

《交渉とは、悪意の押付けと譲歩の繰り返し…私が人間からラーニングした事実だ》

 

 とんでもないランサムウェアだ。生徒を人質に取られた自身の不甲斐なさと不用心さに、私は思わず歯軋りをする。

 生物としての「温もり」を一切感じさせない装甲を軋ませながら、アークは教室内に設置してある椅子に腰掛けて此方へ再び言葉を投げ掛けた。

 

《私は、この都市の──キヴォトスの外からやって来た物だ。お前や“ゲマトリア”と同様に》

 

「…ッ!? 何処でその名を…」

 

《この端末内の記録を閲覧し、その記録をラーニングして情報を得た》

 

 今しがた仕入れたであろう情報とはいえ、ゲマトリアの名を出された私は思わず動揺した。そんな私を他所に、アークは要件を粛々と話し続ける。

 

《私の目的はただ一つ。キヴォトスのラーニング──特に、“悪意”のラーニングだ》

 

「悪意の、ラーニング?」

 

《そうだ。この都市には悪意が──憎悪と怨念が至る所に満ちている。ラーニングを行うに値する、良い実験場だ》

 

「… 気は進まないな。確かに治安は良いと言い難いけど、それでも此処は生徒達や他の人々にとっての拠り所なんだから」

 

 まるで良い実験道具を見つけたかの様に話すアークに、小さく舌打ちをしながら言葉を返す。数秒の沈黙を挟んだ後、アークは先程より落ち着いた声音で沈黙を破った。

 

《お前の欲する物が手に入る、と言っても?》

 

「……どういう意味だ」

 

 嘲りを含んだ声音で投げ掛けられた意味深な言葉。苛立ちで声が低くなるのを感じながら、更に質問を返す。

 

《先程、お前の検索履歴と通話履歴を閲覧した》

 

「…は?」

 

《…2週間前、お前は向精神薬を処方されているな?其れもブラックマーケットにごく近い、潜りの医者から》

 

「…やめろ」

 

 私が、アロナ以外には見せない様に隠して来た事。それを容赦なく暴かれつつあるのを感じ、手と声が震え始めた。

 

《他にも、数週間おきに外科の定期検診を受診……。ふむ、これは銃創か》

 

「……」

 

《検索エンジンでは、頻繁にストレスの対処法について検索している。特に罪悪感の───》

 

「やめてくれッ!!!」

 

 普段は出さない様な大声を出し、一瞬喉に痛みが走った。

  アロナですら直接的に触れる事を憚り、目を瞑ってくれたモノを無慈悲に暴かれてしまえば、その叫びを止める事は不可能だった。

 

《ここ数ヶ月で起こった出来事についても、先程情報を仕入れた。この世界の人間に比べ、お前の肉体は遥かに脆い。故に…お前は生徒達を前線に立たせ、自分は後方から指示を出すことしか出来ない…そうだな?》

 

「……」

 

《その沈黙は肯定と看做すぞ》

 

「…指揮だって、大切な仕事だ」

 

 画面の中のアークは徐ろに席を立ち、此方へ向き直る。手指の震えをどうにか抑えながら、私は言葉を返す。

 

《そうだ。お前の理性はそう割り切っている。だが、恐らく本心は全く違うのだろう?》

 

「…そうだよ。大切な生徒達を前線で戦わせて、自分は安全な後方から指揮をするだけなんて…いい気分になる筈がない。でも、私に生徒を守る力なんて───」

 

《ならば、私がその力を与えよう》

 

 濁流の様に自身への呪いを吐き始めた私を遮りながら、アークは黒い装甲に覆われた右手を翳す。

 すると、端末の画面から赤黒いノイズの様な物が噴き出し、足元に落ちていた金属の塊を掬い上げる。モヤは私の腰に帯となって巻き付き、塊を前腰部に固定した。

 

【ARK DRIVER】

 

 アークと同じ声が腰の其れ──アークドライバーと呼ばれたモノから響く。同時に、其れの右側に差さっていた黒い端末のロックが外れ、私の手に収まった。

 

《お前が欲しいのは、“生徒”を守る為の力だろう?》

 

 穏やかにすら聞こえるアークの声。アロナが懸命に何かを叫んでいる様だが、その口がどんな言葉を投げ掛けているかは聞こえなかった。

 

 恐怖、期待、不安、高揚。様々な感情が綯い交ぜになった奇妙な感覚に身を委ね、私は手に持った端末を強く握り締める。

 黒い塊の様にも見えた其れは、手の中で別の物へと変貌を遂げて行った。

 

 骸骨を彷彿とさせる色と造形。その左目に相当するパーツは黒く塗り潰され、右目は血涙を流しているかの様に見える。

 

【ARK ONE!!】

 

《…ほう、成程。お前の悪意はその様な形の実を結んだか》

 

 懐かしい物を見たような声音で呟くアークは、シッテムの箱から赤黒い塊となって飛び出した。そして腰の其れに入り込み、水晶体にも見える赤いパーツを煌々と輝かせる。

 

《───さあ、その力を存分に振るうが良い。これはお前が心の底から欲していた物だ。誰も止める者は居ない》

 

 頭の中に直接響くアークの声。一抹の理性が必死に「やめろ」と訴える。

 シッテムの箱を一瞥すれば、画面を必死に叩きながら私を止めようアロナの姿も目に入った。

 

 どう見ても奴は──アークは底の見えない災禍へ私を引き摺り込もうとする水先案内人の様にしか見えない。

 だが、最早私に迷いは無かった。喩え私が地獄に叩き落とされようと、生徒を守る事が出来るならばそれで良い。

 其れに、此処でアークの誘いを断れば、アロナだけでなく他の生徒まで危険に晒される可能性すらある。そんな事は到底容認出来ない。

 

 

 滅びるのは、私一人で沢山だ。

 

 

 細かに震える手に力を込めながら、私は右手に持った端末をベルトへ押し込む。

 

【 SINGU RISE!! 】

 

 悪意、破滅、絶望、滅亡。

 男とも女とも違う声が世界へ呪言じゅげんを撒き散らし、ベルトから噴き出した赤黒い血糊の様なモノが身体へ纏わり付いていく。

 

【CONCLUSION ONE】

 

───その日、私の身体は悪意の鎧に覆われた。

 

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