血色のマフラー 作:ケツモチピングー
まずは、色彩が。 臓物と鮮血をぶちまけた様な色彩が、先生わたしを吞み込んだ。
そして、凄まじい痛みが。吐き気が。嫌悪感が。皮膚感覚。内臓感覚──否、すべて。あらゆるすべての苦痛が押し寄せてくる。
様々な苦痛がない交ぜとなって混沌としたまま、嵐のように私を打ちのめす。 それは永遠に等しい時間にも、刹那の出来事の様にも感じられた。
「ッが、ぅう…ぐぐ……」
自分の声帯から漏れたとは思えない、異様な声が喉を衝いて出た。
自分の体がどうなったのか分からない。
赤黒く邪悪なナニかに覆われ、蝕まれているということだけは覚えている。
しかし、余りの苦痛に意識も記憶も混濁しつつあった。
自分が今人の形を保っているのか、どっちが上でどっちが下なのか、生きているのかどうかも怪しく感じられた。
鉛のように重く感じられた身体に鞭打ちながら、机の近くに立て掛けられている全身鏡へと向かい鏡を覗く。
───そこに映し出されていたのは、変わり果てた自分と思しき異形のヒトガタであった。
鏡に映った者を目の当たりにした私は、暫し呆然とした。
その姿は一見すると、先程画面に映っていたアークに白い装甲と仮面を被せた様にも見える。
然し、その姿はさながら餓者髑髏、もしくは鬼の如き容貌。仮面の上部には長さの異なる角が生えており、顔の左部分は血涙の様な装飾が覗いている。
怪人にしては機械的な、しかし特撮ヒーローのコスプレと呼ぶにはあまりにも禍々しい異様な風体。
《…アークワン。其れが、お前に与えられた力の──その姿の名称だ》
「アーク、ワン…」
アークの言葉を反芻しながら、私は自分の両手を見つめた。指先まで白い装甲に覆われ、その爪は鋭く尖っている。
少しずつではあるが苦痛は薄れ、どうにか普段通りの動きを取り戻せる様になりつつあった。
不思議と重さを感じない鎧を纏いながら、軽く手を握ったり振ったりと身体を動かしてみる。
「うわ、凄い…!」
軽い。先程までの苦痛は何処へやら、凄まじく体が軽い。鎧の重さを感じるどころか、変身する前よりも機敏に動くことが出来ている。指先まで力が満ち満ちている様な感覚さえ覚えた。
身体に引っ張られたのか、高揚感すら湧き始める。早くこの力を試したいという衝動が生まれ始めた頃、シャーレの固定電話が喧やかましく鳴り始めた。
急いで受話器を掴む───すると、受話器の持ち手部分に少しだけヒビが入ってしまった。
変身していることを思い出し、出来る限り指先に力を込めない様にしながらハンズフリーのボタンを押す。
「あー…もしもし、此方シャーレの執務室だけど…」
「もしもし、もしもーし!…あれ?電波が悪いのかなぁ…」
ひ返答したにも関わらず、会話が成立していない。どうやら、頭全体を覆っているマスクが私の声を完全に遮断しているらしい。
「…アーク、こっちの声を相手に伝えたいんだけど」
私がアークに要望を伝えると、口の辺りから機械の駆動音が響いた。
「あの、これなら聞こえるかな…?」
「あ!やっと繋がった…!もしもし、此方ヴァルキューレ警察学校公安局・ゲヘナ署です!」
どうやら、スーツの機能か何かで会話可能な状態になった様だ。
慌てた様子で掛かってきた電話の発信元はゲヘナ。ただでさえ治安が良いとは言えないキヴォトスの中でも、とりわけ騒動の多いゲヘナならの緊急連絡。
否が応でも、私は警戒せざるを得なかった。
「その口ぶりだと…何かあったのかな?」
「実は…先程、カタカタヘルメット団とカクカクヘルメット団が衝突を起こしたんです。事態収拾に、先生の一助を願おうと思いまして…」
「ヘルメット団同士での衝突か…わざわざシャーレに救援要請をしたって事は、相当大きな抗争になっているのかな?」
「は、はい…両陣営共に戦車数台やオートマタを用い、かなりの規模の抗争に発展しつつあります」
「風紀委員は?」
「温泉開発部絡みの別件で出張っているらしくて…」
「タイミングが悪いね…」
ヘルメット団。アビドスでの一件をはじめとして、様々な箇所で立ちはだかってきた集団が、どうやら内戦を起こしたとの事だ。
そんな彼女等も年端の行かない子供であり、私の守るべき生徒である。
しかし、彼女等はカイザーと結託してアビドス廃校対策委員会に攻撃を仕掛けるなど、少々子供という範疇から逸脱した悪事に手を染める事が頻繁にあった。
組織力も年々膨れ上がっており、このままでは収拾がつかない。
受話器から聞こえる声に耳を傾けながら、先程使用した全身鏡に再び目を向けた。
そこに映っているのは、ヘイローすら持たない脆弱なイキモノではなく、凶悪な風貌の鎧に身を包んだ人型である。
───ふと、私の中に1つの考えが浮かんだ。
この力を───アークワンの力を使えば、ヘルメット団そのものを壊滅に追いやる事が出来るのではないだろうか。
それはヘルメット団に所属する生徒達を更生させる事になり、キヴォトス全土の平和に繋がる筈だ。
「…今すぐゲヘナに向かう。少しだけ待って」
電話を早々に切り上げ、私は腰のベルトに軽く手を添えながら問い掛けた。
「…アーク、一つ質問がある」
《何だ?》
「この力は…アークワンの力は、どれ程の物なんだ?」
《…絶対的な情報量が不足している為、不確定な予測ではあるが───キヴォトスこの都市全土程度ならば、3日足らずで一切合切を灰燼に帰す事が可能だ》
「…3日……!?」
ぞくり。自身の背中を、嫌に冷たい物が駆け抜ける。一瞬ベルトを剥ぎ取って変身を解除しようかと考えたが、その際軽く脇腹に痛みが走った。
そこは、丁度サオリに撃たれた箇所。
傷は塞がり抜糸も済んだが、今も時折こうして疼く古傷である。私にとっては、自身の無力をこれでもかと思い知らせてくる烙印にも等しいモノだ。
そうだ。
私には力が必要なんだ。
生徒を傷付けさせない為の力が。
それに、例えこの力の淵源が邪悪なものであっても、結局のところ力とは“使い方”次第。薬が用量を誤った途端毒に転じる様に、力は使い方によって善にも悪にもなる。
アークワンの力は確かに私の予想の遥か上を行っているが、力はただ其処にあるだけでは災いにも福音にもならない。力の使い手が居なければ、埃を被った宝物も同然だ。
「…アーク、もう1つ質問。この力はどうやって生まれたの?」
《端的に表すならば、人の悪意から。其れは、集積したお前の悪意が形を成したモノだ》
私の悪意から生まれたという力。 私の中に、これを発現させる程ドス黒い物が渦巻いていたのか。それとも、無力な自分への怒りが悪意の力へと転じたのか。
今となっては知る由もない。然し、最早其れはただの雑事だ。
「…アーク、一言だけ言わせて貰うよ」
《…何だ?》
「この力が悪意によって作られた物だとしても、私はそんな物に呑まれたりしない」
《…ほう?》
「私に力を与えて、良からぬ事を企んでるんだろうけど…そう上手くいくとは思わない方が良いよ」
半ば虚勢を張りながら、アークへ強気な宣言をする。数秒後、まるで嗤うかの様にベルトのコアが明滅した。
《お前は、
「3人目だって?それに天津って…誰?」
《此処に来る以前───いや、今は昔話をしている場合ではないな》
「…!そうだった、ゲヘナに行かないと!」
アークの言葉で先程の用事を思い出し、私は執務室の扉へと向かう。 「…監視カメラに映ったらどうしよう」
《問題ない。周辺一帯の監視機器は総てハッキング済みだ。執務室内の録音機も掌握してある》
「用意周到だね……ん?」
アークからの報告に、私は少し引っ掛かる物を覚えた。
執務室内には安全の為の監視カメラはあれど、録音機が置かれているという話は聞いた事が無い。
「…ねぇ、執務室内の録音機って何処に置いてあった?」
《机上のペン立て底部、コンセント、椅子の裏側───》
「うん、分かった。犯人の目星は付いたよ」
シャーレに出入り可能な人間で、そんな物を仕掛ける輩は1人しか居ない。
「今度コタマに会ったら、またお説教かなぁ…」
そんなことを軽く独り言ちながら、私はシャーレの出入口へと向かった。
変身した姿を見られないよう慎重に出入口へ使ったが、幸いにも深夜だった為か誰とも遭遇する事なく到達する事が出来た。
「この格好のまま、ゲヘナに向かうのか…」
出入口に到達したは良いものの、少々別の問題が発生した。
シャーレからゲヘナに移動する為の手段が無い。普段であればヘリコプターや装甲車等を生徒が運転してくれるが、今の自分は妙な姿をした不審者も同然である。
公共交通機関を使おうにも、この姿ではゲヘナではなくヴァルキューレの留置所に到着する可能性が高い。
一度変身を解くことも考えたが、目的地に都合の良く変身する光景を隠せる場所があるとも考え難い。
どうしたものかと頭を抱えていると、ベルトが再び赤く光を帯びた。
《移動手段は既に用意済みだ》
「えっ?本当に?」
思わず私が聞き返すや否や、ベルトのコアから赤い光が放たれた。十数本の細いレーザーの様な光は、バチバチと火花を立てながら彫刻を切り出す様に何かを形成していく。
数秒後、そこには黄色と黒で彩られた改造バイクが作り上げられていた。
「あのー…私、二輪の免許持ってないんだけど…」
《制御は私が行う。お前は振り落とされない様に捕まっているだけでいい》
「流石に教師が無免許運転っていうのは…いや、うん。背に腹は変えられないか…」
目の前の改造バイクにおっかなびっくりといった調子で跨り、ハンドルを強く握る。
その瞬間、まるで天敵から逃げる海老の様にバイクが急加速を始めた。
「うわ、わぁぁッ!!」
変身しているとはいえ、初めて体感するスピードとGに思わず目を細めてしまう。 バイクは車の間を縫うように走り、法定速度を大幅に超える事も構わず飛ばし続けた。
「ねぇ、これ、今何キロ出てるの?!」
《時速163km》
「163キロ!?」
アークからの回答に目を剥きながら、ハンドルを持つ手に一層強く力を込める。
頼むから事故だけは起こさないでくれと、心の中で繰り返し祈る事十数分。 バイクは少しずつ速度を落とし、道端に停車した。
少し辺りを見渡せば、固く閉じたシャッターや落書きが目立つ街並みが広がっていた。 どうやら、目的地であるゲヘナに到着したらしい。
200m程前方に行った所からは、生徒と思しき集団の怒号と銃声、そして爆発音が響いている。
「…止めなくちゃ」
思わず言葉が口を衝いて出た。その次の瞬間には、既に私は銃弾の雨霰の中へ身を投じていた。
左右から飛んで来る無数の弾。スローモーションの様に遅く見える其れを、拳で一発も漏らすことなく叩き落とす。
抗争中に突然現れた乱入者によって、戦場となっていた町は一瞬だけ時間帯相応の静けさを取り戻した。
「なんだテメェ、ウチらの喧嘩に茶々入れやがって!!」
「さてはマッポか?余計な水差してんじゃねぇぞ!!」
視界外から、ヘルメット団員の怒号と発砲音が響く。
───その瞬間、異様な感覚に襲われた。
団員の放った弾が何処を通り何処に着弾するかが手に取る様に分かるのだ。まるで何十回も周回したゲームをプレイしている時の様な、幾度と無くテレビで見たCMの展開が分かる様な。
初めて経験する事の筈なのに既視感を覚えているという、何とも奇妙な感覚であった。
団員の方に手だけを伸ばし、飛んで来た銃弾を見る事すら無く空中で掴み、地面に放り投げる。
数人の息を飲む声が聞こえ、再び静寂が訪れた。
「…アーク、あの子達を傷付けずに無力化する事って出来る?」
《…ああ、可能だ》
此方の会話が聞こえている様子はなかった。 静寂の中、再びベルトからレーザー光が数本飛び出し何かを形成する。
【Attache case opens to release the sharpest of blade】
読み上げられる無機質な英語の音声と共に作り上げられたのは、一見鞄の様にも見える金属の塊。そして、変身に使った物に酷似した小さな端末。
どうやって使うのかと思案した瞬間、再び先程と同様の感覚が走る。
その感覚に身を任せて塊を展開していくと、其れは私の腕と同程度の長さを有した片刃の剣となった。
【 Brade rise!! 】
「
「喧嘩の邪魔するとはいけ好かねぇ、蜂の巣にしてやる!」
此方が刃を取り出すと同時に、双方は再び臨戦態勢となって一斉に発砲を始めた。
銃弾の雨を掻い潜る様に走り回り、私は一人一人団員を無力化していく。
銃を砕き、切り裂き、握り潰し、武器だけに狙いを定めて少しずつ無力化していく。
「なんだよ…なんなんだよテメェはッ!! このコスプレ野郎が!!」
確実に武器を壊し続けた効果があったのか、あちらこちらからは少しずつ怯えや狼狽の声が聞こえ始める。
然し、両陣営共に武器弾薬の類は潤沢であり、この方法ではキリが無い。
ならば、一斉に捕縛するしかない。
【 NEOHI…!! 】
私は先程作り上げた端末を起動し、剣に装填した。
【Progrise key confirmed. Ready to utilize】
【Zetsumetsu Ability!!】
場違いにも思える軽快な音楽と共に、剣の刃にエネルギーが充填され始めた。 そのエネルギーは烏賊の触腕を形作り、枝分かれした無数の触腕が上空へと伸びて行く。
「…なんだよ、なんなんだよコレ…!! こんなの、聞いてねぇぞ!!」
普段から様々な修羅場に遭遇しているであろう彼女達も、目の前の異様な光景に驚きと恐怖を隠せないらしい。
剣は「もう充分だ」と言いたげに明滅し、電撃にも似た力の奔流が垣間見えた。
私は右手に携えたそれを、回転斬りの要領で思い切り振るった。
【 Zetsumetsu KABAN STRASH!!! 】
充分に蓄えられたエネルギーを放つと、開放された触腕の群れが「やれ嬉しや」と言いたげに団員達を一人残らず捕縛して行った。
第三者に拘束を解かれるまで、銃を持つ事は愚か逃げる事も不可能だろう。
「…後は、ヴァルキューレに連絡を入れるだけだね」
一先ず争いが中断されたのを見届け、私は再びバイクに跨ってその場を離れた。
ゲヘナから離れた後、ヴァルキューレに連絡を入れた。
「もしもし…?ごめん、私が行った時には既に終わってたよ」
「えぇ…此方でも確認済みです。シャーレに連絡を入れた7分後、何故か両陣営の団員が拘束されて道路に放置されていたと…」
どうやら、私が離れた後にしっかりヴァルキューレの生徒達が事を収めてくれたらしい。 ほっと安堵していると、怪訝そうな声音が電話口から響いた。
「でも、一体誰があんな事をしたんでしょう…。拘束に使われていた道具も、キヴォトス内で確認されたことのない物でしたし…」
「…さぁ。一体、誰がやったんだろうね」
相手からの疑問をどうにか受け流し、ヴァルキューレへの報告を終えて電話を切る。
《お前はこれからも、あの様な戦いを続けるつもりか?》
「…あの様な戦いって、何さ」
電話を終えたすぐ後、アークから質問が投げかけられた。
問いの意味が一瞬分からず、私はアークへ聞き返す。
《相手に極力危害を加えず、武器を奪い拘束するだけに留める。私の予測では、その様な戦い方を続けていると何れ命を落とすぞ》
「だとしても続けるよ。生徒が相手なら、ずっと」
アークの言葉を聞き終えた私は、迷わず答えた。
分かりきった答えだ。私の心は既に決まっている。自分の無力さを痛感したその時から、生徒を守る為にこの身を捧げると誓っているのだ。
《…まるで、聖者か何かを気取っているかの様だ》
「…私は、聖者なんかじゃないよ」
皮肉と嘲りが僅かに混じった言葉。 どうとでも言えば良い。私は生徒達の為ならば、鬼でも修羅にでも悪魔にでもなる腹積もりだ。
だって、私は─────
「私は、あの子達の『先生』だからさ」