血色のマフラー   作:ケツモチピングー

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サブタイが難しいですね


3.予期せぬ不穏

 

 

 がたん、ごとん。

 がたん、ごとん。

 

 金属の塊が駆ける規則的な音と振動に揺られながら、アークは微睡みにも近い感覚から意識を浮上させた。

 

《ここは───》

 

 アークは周囲の状況の変貌ぶりに少なからずの困惑を滲ませながら、ふと気付く。

 自分の居る場所。否、この場合は「置かれている場所」と言った方が正しいか。

 

「…あ、漸く起きたんですね。おはようございます」

 

《む…貴様は何者だ? それに──》

 

 起動スイッチ(アークローダー)の上から響く柔い声を音声情報収集機器で拾いながら、アークはその主へと問いを投げ掛ける。

 

《何故、私が貴様の膝の上にいる?》

 

「ふふ、寝坊助さんが起きた時に驚くかと思って」

 

 声の主───彼女は白く細い指先でゆっくりとベルトを撫ぜていく。その白い肌には、ぬるりとした赤いモノが付着していた。

 

《これは……》

 

 各種センサーから伝わる情報を受け取り、アークは半ば絶句する。

 

 端的に言えば、彼女は死にかけていた。

 肺に血が入っているのか、呼吸にはゴロゴロとした音が混ざり、赤々とした血は足先を伝って流れ落ち大きな血溜まりを形作っている。

 

「ここに貴方を呼んだのは……私の願いを聞いて欲しかったからなんです」

 

《願い?》

 

「貴方はこれから、とある人と出会うことになるでしょう。その人の手助けを…どうかお願いしたくて」

 

《手助け、だと?》

 

「…はい。素直に聞き入れては貰えない事は承知の上ですし、ここで話したこともきっと忘れてしまうでしょうが…それでも構いません」

 

《初対面の相手に、随分と押し付けがましいことを…。先ずは説明を…と言いたいところだが、その傷では難しいか?》

 

「…いいえ、話します。貴方をここへ連れて来た以上、私にはその義務がありますから」

 

「もしかしたら、これから話すことは貴方にとって酷な話に聞こえるかもしれません。自分の[[rb:存在理由>レゾンデートル]]を揺るがすような、陰鬱な話」

 

「それでも、聞いて欲しい。“あの人”には出来ない選択が貴方には出来るから」

 

「貴方は──────」

 

 

 

 

 その言葉を聞き終える前に視界が明るく白み、嗅覚センサに甘ったるい匂いが満ちた。

 

(…まさか、今のは夢か? 私が夢を見るなど…)

 

 人間と違い寝起きの微睡みがない彼──アークは、“シッテムの箱”の中にある教室の片隅で目を覚ました。

 数秒間の点検を終えた後、視界に映る半同居人ことアロナへ視線を向ける。

 

『あむ、んぐ、んぐ…』

 

 一足先に起きていた彼女は、先生から差し入れられたと思しきカステラを口いっぱいに頬張っていた。

 アークからの視線に気付いたアロナは、片手に持っていた苺ミルクで口内のカステラを流し込んだ後、じっとりした視線と言葉を返した。

 

『……あげませんからね』

 

《要らん》

 

 

─ヴァルキューレ警察学校─

 

 

 時と場所は変わり、ヴァルキューレ警察学校・公安局。

 その片隅で、尾刃カンナは副局長コノカからの情報と言葉に渋面を浮かべていた。

 

「…それで、取り敢えず犯人の確保には成功したんだな?」

 

「ええ、まぁ。…と言っても、あたし達が来た時には拘束済だったんすけどね」

 

 話の内容は、ブラックマーケット内で発生した諍いに関する事。カイザーコーポレーション規模は大きい部類に入るものの、キヴォトスでは取るに足らないありふれた雑事であった。

 

 突如として現れた[異物を除いては。

 

「んーっと…あ、これこれ。これが、ギリ生きてた監視カメラに写ってた輩っす」

 

 カンナはコノカから差し出された写真を手に取り、内容を確認する。

 写真を確認し終えると、長い溜息を吐いた後にぽつりと呟いた。

 

「また、“仮面ライダー”の仕業か」

 

 忌々しげな言葉と鋭い視線の矛先は、写真に収められた者へと向けられていた。

 

「…奴が現れるのは、これで何度目だ?」

 

「そうッすねぇ…あたしが覚えている限りだと、これで8回目だったかな…?最初はゲヘナのヘルメット団内部抗争、その次は密造ホローポイント弾の取引現場、んでもってゲヘナ自治区内で発生した温泉開発部と風紀委員の衝突、その次は───」

 

「分かった、もういい」

 

 コノカの言葉をやんわりと遮りながら、カンナは再び写真と睨めっこを開始する。

 

「何れの現場でも共通しているのは、奴が現れて武力での鎮圧・介入を行っている点…」

 

「そっすね。大体トリモチとかロープとか、そういう物で雁字搦めにされて、銃火器の類は粉々っす」

 

「徹底的な武器の破壊による鎮圧、か…」

 

 間延びしたコノカの声を耳から入れながら、カンナは僅かに端が草臥れた紙の束を捲って目を通していく。

 

 それには仮面ライダーなる存在に関する物証の他、ネット掲示板等に書き込まれた情報などが印刷されていた。

 ライダーを賞賛する者。批判する者。そして冷笑する者など、掲示板では様々な意見が飛び交っている。

 

「全く、こんな物を祭り上げて何が面白いんだ」

 

「んんー…?あ、掲示板の書き込みっすか。確か仮面ライダーって名前も、ネット民が付けた名前っすよね。仮面を貼り付けた様な顔してるのと、バイクを使ってるから、仮面ライダー...」

 

「名前の由来なんてこの際どうでも良い。然し、奴は一体何処であんな力を...」

 

 齢十七にしては深過ぎる眉間の皺を更に深くしながら、口元に手を当てて考え込むカンナ。 

 その姿を見ながら、コノカは空になった紙コップを右手で弄びながら尋ねた。

 

「…ていうか、これ姉御が担当するレベルの案件なんすかね。この手の事件って、大抵承認欲求とか英雄願望に駆られた様なしょうもない奴が犯人だったりするじゃないっすか」

 

「不本意ながら、私もその意見には同意だ。だが、奴は強力且つ不可解な武装を行使しているからな。万全を期す為、私もこの事件の捜査に携わる事にした」

 

「ちょっと姉御〜?不本意ながら、は流石に酷くないっすか〜…?」

 

 のんべんだらりとした様子の部下を横目に、カンナは机に置かれたノートPCで動画を再生し始めた。

 

「まだ公にしていない映像だが...これを見れば、少しは奴の不可解さが伝わるだろう」

 

 画面に映し出される、僅かにノイズの走った動画。

 そこには、数々の悪漢を相手に武装の数々を駆使するライダーの姿が在った。

 

 羽虫を追い払うようにヘリを叩き落とし、枝を手折るようにライフルの銃身を捻じ切り、紙を破くように戦車の装甲をバラバラに破壊する。

 死角からの攻撃であっても、視線を向けることすらなく受け止め、無効化し続けていた。

 

 この様な芸当が可能と思われる人物となれば、それこそ正義実現委員会の委員長、C&Cのコールサイン・ダブルオー、パテル分派の首長、ゲヘナ風紀委員の長、暁のホルス、伝説のスケバンなど、所謂“怪物”に等しい実力の持ち主に限られるだろう。

 

 動画の中で暴れ回るライダーは、ある程度暴徒達の戦力を削ぎ終えると、前腰部に装備した端末から赤い光を放ち始める。

 その光は、まるで3Dプリンターの様に空中で形を成していく。数秒後、彼の手には金色の槍と紫色の小さな端末が握られていた。

 

【Spider's Ability!!】

【Thousand Rise!!】

 

 端末を起動・装填し、柄のグリップらしき物を引き出す。流れる様な動作で槍へ充填されたエネルギーを、ライダーは槍を横へ薙いで周囲へ放った。

 

【THOUSAND BREAK!!】

 

 慌てて逃走を図り駆け出していた者も、まだ抗おうと試みていた者も、等しく粘ついた白い糸で絡め取られていく。

 監視カメラも例外ではなく、白い糸がレンズを覆うと同時に機能を停止した。

 

「…この通りだ。はっきり言って、通常兵器の枠を大きく飛び出している」

 

「あー……うん、これは確かに。でも、ミレニアム辺りならこういうの実現出来るんじゃないっすか?」

 

 映像を目の当たりにして、事の重大さを悟り始めた彼女からの疑問に対し、カンナは軽く首を横に振りながら答える。

 

「ミレニアムはガサ入れ済みだ。生憎、関与を示す痕跡やログは全く見つからなかった。この映像を見たエンジニア部の連中は、異様に色めきだっていたよ」

 

 本日何度目かの溜息を吐きながら、カンナはPCを閉じた。

 

「またクロノスが五月蝿くなるな…カイザーとの一件があったばかりだというのに」

 

「そうっすねー…というか、マジでライダー(こいつ)は何をしたいんすかね…? 世直し系にしては、こう…自己顕示欲が低過ぎるっつーか…」

 

「さあな。それを突き止めるのも、私達の仕事だ」

 

 カンナは物憂げな表情と共に、写真の中の異形───別世界ではアークワンと呼ばれていた者へ視線を戻した。

 

 映されたアークワンからは、今にも写真から飛び出して此方へ襲い掛かって来そうな威圧感が放たれている。カンナは思わず写真を伏せ、目を逸らした。

 

「⋯匂うな。あまりにも」

 

 瞼の裏に焼き付いた、白い仮面に赤い隻眼の異形。

 

 手の甲にぞわりと鳥肌が立つのを感じながら、カンナはぽつりと独り言ちた。

 

 

─ブラックマーケット─

 

 

 再び場所は変わって、ブラックマーケットの外れ。

 先生(わたし)は腰に巻いたベルトから端末を外し、“変身”を解いた。

 

「…ッ、は、はぁっ……。やっぱり、キツいなぁ…」

 

 全身に走るズキズキとした痛みの余韻をやり過ごそうと、私は近くの段差に軽く腰掛けた。

 凡そ1ヶ月前にアークと出会い、手に入れた力。私は其れを用いて、暴動の鎮圧や生徒の保護を行っていた。

 

 その力は簡単に扱う事の出来る代物ではなく、初めて変身した際には激痛のあまり産まれたての子鹿の様に歩く事も一苦労。変身した直後は数分間休憩しなければ動けない、という有り様であった。

 例えるなら、毛穴一つ一つに熱した針を捩じ込まれる様な激痛。しかもその針が全て生きており、皮膚の中で蠢き肉を食い荒らされる様なおぞましい感覚であった。

 

 然し“慣れ”というのは恐ろしいもので、数回変身を経験した後には違和感や苦痛は薄れていた。それでも多少の反動があるのか、変身を解くと暫く疼痛に悩まされる。

 

《現在の活動限界時間は89分34秒…前回より13秒延長されたな》

 

「13秒かぁ…ちょっと時間伸び悩んでるなぁ。もう少し筋トレとかした方がいいのかな…」

 

 アークから告げられた結果を聞きながら、初めて変身した後の事を思い返していた。

 

 奴がシッテムの箱だけでなく、シャーレの監視カメラや周囲の電子機器全般をハッキングしていたという事実には舌を巻いた。

 

 間接的に、コタマの盗聴器発見にも役立ったが。

 

《悠長に休んでいる暇は無い。ラーニングの実行を》

 

「ん…ああ、そうだったね」

 

 アークからチクリと催促を受けながら、先程ドライバーから取り外したキーを再起動する。

 

【Malice learning ability!!】

 

 起動したキーから赤黒い光が発せられ、其れがドライバーの中心に据えられた赤いコアへ吸い込まれていく。

 これがどうやら、アークの言う「ラーニング」に相当する作業との事だ。

 

 蛭の様に蠢く赤黒い光がベルトから溢れ、キーへと吸い込まれていく。

 数秒後、キーの中心に据えられたアルファベット“X”の形状によく似たパーツが、ラーニングの終了を知らせる様に一際強く輝いた。

 

「これさ、毎回やる必要あるの?」

 

《ラーニングには多角的な情報が必要だ。アーカイブ検索やハッキングによる情報収集では、どうしても限界がある》

 

「そんなもんなのかなぁ…」

 

 キーを懐に仕舞い、徒歩でシャーレへと戻り始める。

 少し前まではアークが作り出したバイク──ライズホッパーと呼ばれているらしい物に乗ってシャーレに戻る事を提案されていたが、私はそれを固辞した。

 

 変身している時ならばまだしも、顔を露出している時に無免許運転など出来る訳が無い。

 

「…今日は少し時間を食っちゃった。急がないと」

 

 痛む体に少しばかり鞭を打ち、ユウカに大目玉を食らわない様に早歩きで駅へ向かった。

 

─シャーレ執務室─

 

 執務室の扉を開けて最初に私を出迎えた物は、机の上にどっさりと置かれた白い紙の束であった。

 

 しかし、これでもまだ少ない方だ。本日の何倍も多い書類が山積みになり、悍ましいサンクトゥムタワーを形成することもある。

 

 そんな拷問地味ていたデスクワークの量が減ったのは、ひとえにアークワンとしての活動を始めた事が原因だろう。

 アークにネットワーク上を監視して貰う事により、大事に発展しそうな事案を素早く発見し、ヴァルキューレ等と衝突する前に現場へ急行、アークワンに変身して諸々の事を収める。

 このようなルーティンで活動を続けた結果、シャーレにお鉢が回る事が少なくなり、担当する書類の大半は会計関連が占める様になった。

 

 更にその会計仕事もアークに補助して貰えるとなり、アークワンとしての戦闘がある事を加味しても相当仕事量が少なく済む様になっている。

 

「よし。じゃあ()()()()を始めよっか、アーク」

 

《...嗚呼。始めよう》

 

 机の上にシッテムの箱を立て掛けると、画面に『SOUND ONLY』という表示が浮かび上がる。

 それと同時並行で、私は右耳に小さな端末『ザイアスペック』を装着した。

 

『むぅ⋯私も、何か先生のお手伝いをしたいです…』

 

「あはは…アロナはゆっくりしてていいよ。生徒に手伝って貰うのも、ちょっと気が引ける様な仕事だし…」

 

『変な居候が来ちゃったせいで、私の影が薄くなった気がします⋯せめて家賃か何か払って下さいよぉ⋯』

 

《なんだ?カステラでも寄越せば良いのか?》

 

『うっ⋯違いますよ!確かにそれは、ちょっと魅力的、ですけど⋯』

 

《…所詮は餓鬼か》

 

 シッテムの箱の画面の向こうで、言葉に詰まってしまったアロナ。彼女はむくれた顔で席に座ると、頬杖をついて明後日の方向を見始めた。その口の端には涎が垂れていたが。

 

 現在、アークは“箱”とベルトの行き来を繰り返している。

 そのベルトは上着に包み、バッグの中へ隠して持ち運ぶ事にした。

 

《既に計算と記入は終了している。お前は書類に捺印とサインをすれば良い》

 

「相変わらず早いね。助かるよ」

 

 ザイアスペックから響くアークの声に返事をしながら、私は割り当てられた作業を進めていく。

 

 仮にタイミング悪く他の生徒が入って来たとしても怪しまれぬ様、私は「友人との作業通話」という体を取りながらアークと仕事を進める事とした。

 

 その為、画面右下に映るユーザー名はアークが用意した「Lyon Arkland」という偽名となっている。

 

 アークにこの仕事の補佐を頼んだ時、私の予想に反してすんなりと承諾してくれた。

 本人曰く「ラーニングに充てられる時間を増やせるならば手伝う」との事だ。

 

 お陰でオーバーワークとストレスは大幅に軽減された。

 

 軽減された筈、だったのだが。

 

《…この明細は何だ?》

 

「えっ?ああ…それは、その…限定受注生産カイテンFXプラモを買った時の…」

 

 画面に映し出されたのは、プラモデルの購入を知らせる電子明細書。

 購入ありがとうございます等といった当たり障りのない内容の文。その下に、私が払った金額が大きく刻まれていた。

 

《ふむ。娯楽とはいえ、たかが樹脂の塊に付けられた値段が…2万6千円か》

 

「う…別にいいでしょ、私の趣味なんだから」

 

《ああ、構わん。構わんが、理解に苦しむな。この程度ならば容易く生成出来るが…》

 

「いやいやいや、そんな海賊版みたいな事しちゃダメだよ!ほら…こういうのはさ、自分で買って組み立てるのも楽しみの一つなんだから!」

 

《一般的にそのような行為を“浪費”と呼ぶが、理解しているのか?》

 

「うっ…確かに浪費だけどさぁ…」

 

 この様に、時折アークは私の趣味や家計にもネチネチと口を出すのである。

 これが生徒なら良かったが、悲しい事に見た目は隻眼のロボット。声は野郎(おとこ)。可愛げなんてモノは微塵も無い。

 

 そんな輩が家計に対して口出しするものだから、結局私のストレスに関してはゼロサム状態となってしまった。

 

「…まぁ、ユウカ達の負担が減ると思えば安いもんか」

 

 半ば自分に言い聞かせるように呟き、天を仰ぐ。生徒達を守る為とはいえ、こんな輩と24時間付きっきりになるというのは中々応えるものがあった。

 

 鳩尾の辺りがキリリと痛み始めるのを感じながら、ざっと書類に目を通していく。

 

 書類の送り主はヴァルキューレ、風紀委員、ヴァルキューレ、正義実現委員会、ヴァルキューレ、C&C、ヴァルキューレ、風紀委員───

 

「…最近、ヴァルキューレからの書類が多くなってるような気がする。他の書類も各校の治安維持団体ばっかりだし、何かあったのかな…」

 

《恐らく私達が原因だろう》

 

 アークの言葉と共に動画投稿アプリが開かれ、シッテムの箱の画面が切り替わった。

 

 そこに映されたのは「仮面ライダー、ヘルメット団の拠点に再び現る!」というタイトルの動画。

 

 流れる動画の中には、怒号を飛ばすヘルメット団の群れと、白い装甲に身を包んだアークワン(わたし)の姿が収められていた。

 

「随分とキャッチーな渾名を付けられちゃったね。それにしても、噂の拡大が早いような…」

 

《毎度毎度、大規模な抗争や諍いに首を突っ込んでいるからな。顔を覚えられるのは必然だ》

 

 アークの言う通り、私が陰ながら行っている紛争介入は、夜の闇に隠れ人知れず正義の為に戦う等というものではない。

 白昼堂々街中で行われる銃撃戦の中へ単身突っ込み、武器を破壊し無力化するといった強引な行為。

 

 仮面ライダーを正義の味方と呼ぶ声もあれば、争いを楽しむ愉快犯と誹り、恐れる声もある。

 

 それでも。

 もう、私が生徒達に守られるだけで終わりたくない。

 

 エデン条約締結時のように、生徒の悲しむ姿を見たくない。

 

 だから───

 

「…私が、やるしかないんだ。この力で…」

 

 そんな言葉が口を衝いて出た数秒後。

 

 執務室に備え付けられている電話が、軽快な着信音を鳴らし始めた。

 

《この国番号…ミレニアムからの発信か》

 

「ミレニアムから?わざわざ固定の方に掛けてくるって事は、何かあったのかな…」

 

 取った受話器を右耳に押し当てようとしたが、私は右耳が既にザイアスペックに占領されていたことをうっかり忘れていた。

 ガツッという硬い音を響かせた後、受話器を持ち替えて左耳にスピーカーを当てる。

 

「もしもし、此方シャーレですが…」

 

「あっ、先生!やっと出た!」

 

 受話器から聞こえたのは、微塵も予想していなかった明るい声音。

 

 この声は───

 

「…モモイ?」

 

 声の主は才羽モモイ。

 

 ミレニアムに設立されているゲーム開発部の部員であり、シナリオライターを担当している。

 私とは「G.Bible」という物に関連した事件を解決して以降、部活ぐるみでそれなりに交流を重ねていた。

 

 交流と言っても堅苦しいものではなく、ゲーム開発のアイデアを練るという名目で部室に遊びに行く程度である。

 予定の擦り合わせ等も、専らモモトーク上でのチャットを用いて行われていた。

 

 そんなモモイが固定電話に掛けて来たのは、記憶にある限りでは初めての事であった。

 

「どうしてこっちに電話を…もしかして、何かあった?」

 

 何かの事件に巻き込まれたのだろうか。

 頭が冷える様な感覚が僅かに走り、無意識の内に鞄の底に突っ込んだアークドライバーへ手を伸ばした。

 

「ううん、こっちは何も無いよ。だけどモモトークの既読は付かないし、電話しても繋がらないからさ。そしたら、ミドリがこっちの回線に掛けろって」

 

「…あー、ごめんごめん。仕事の都合でマナーモードにしてたんだ」

 

「そうなの?もしかして、仕事の邪魔しちゃったかな…?」

 

「大丈夫。たった今終わった所だよ」

 

「そっか、それなら良かった。今から予定って空いてる?」

 

 交わされる当たり障りのない会話。

 普段通り予定を確認し、返答をする。

 

「今からだと…うん、何も予定は入ってない。そっちに行けるよ。何かあった?」

 

「ヴェリタスの皆からの伝言を伝えようと思って。マキがね、何か分からないけど凄いものを見つけたらしいの。それを私たちゲーム開発部と、先生に見て貰いたいんだって」

 

「…ヴェリタスから?」

 

 自他ともに認めるキヴォトス屈指の凄腕ハッカーが率いる非公認部活、ヴェリタス。

 

 彼女達なら片手間でハッキングでもしながら伝えられそうな短い会話を、ゲーム開発部のモモイを経由してシャーレに伝えたという少々妙な状況に首を軽く捻った。

 

「ゲーム開発部経由の伝言なんて、珍しいね」

 

「それがさ…マキ達、最近寝る間も惜しんで作業してるの。なんでも、“仮面ライダーのテクノロジーを解き明かすんだー”って、張り切っちゃってて…」

 

「あ…あぁー…あれかぁ。最近噂になってる…」

 

 モモイの口から発せられた“仮面ライダー”の6文字。

 

 背筋に嫌な冷たさを感じながらも、平静を保つように努めた。

 

「とにかく、すぐそっちに向かうね」

 

「りょーかい。部室で待ってるね、先生!」

 

 私は電話を切り、ミレニアムへ向かう為の身支度を始めた。

 お世辞にも綺麗に整頓されているとは言い難い机上を適当に纏め、シッテムの箱やその他細々とした私物を鞄へ仕舞い込んでいく。

 

《全く、本当に貴様は指揮と人誑しの天才だな。実に不思議だ。他は何の取り柄もないというのに。欲望に忠実で、金銭感覚は狂っていて、運動神経も低く、ノロマで愚図で…》

 

「ちょっと泣いていい?」

 

 

 

 

 

 

─アークドライバー内部─

 

 

 

 

 黒い。

 

 

 

 

 何処までも黒く、暗い空間。

 

 人の陰口にも似た音が響き渡る電脳空間で、アークは情報の整理を行っていた。

 

《観察記録101、キヴォトスに存在する知的生命体について。学園都市キヴォトスは、頭頂部付近に光輪(ヘイロー)を有する者、哺乳類・鳥類に酷似した知的生命体、自動人形等によって構成された都市》

 

《キヴォトスのオートマタはヒューマギアと異なり、ホモ・サピエンスに外見を似せて造られていない。例外なく自我を獲得している点から、ロールアウトの時点でシンギュラリティに到達済と予測》

 

《キヴォトスの知的生命体は銃火器・爆発物等に不可解な程強い耐性を有し、ホローポイント弾で漸く皮膚に傷痕が残る。刃物類への耐性に関する検証を進めたい所だが、先生(やどぬし)が断固として拒否する為、目下凍結中》

 

 抑揚の殆ど無い声と共に記録を保存し、ザイアスペックを通じて見える外界へと目を向けた。

 

《あまりにも歪、そして不可解。然し…面白い世界だ》

 

 どれだけ情報を集めても結論(こたえ)を導き出せない。

 自身の予測を超えた先を目の当たりに出来るかもしれないという、僅かな高揚感。

 有りもしない表情筋を動かす様に軽く笑った後、アークはふと1つの疑問を抱いた。

 

 

《───私は何時、どうやってこの世界(キヴォトス)にやって来た?》

 

 

 キヴォトスに居る事自体が当然と感じていた中で、まるで顔に冷水を浴びせられたような感覚と共に湧いて出た1つの問い。

 

 ふと脳裏を過ぎったのは、昨晩に見た明晰夢。

 

 湧き出る疑心に突き動かされ、素早くコンソールを操作し記録(アーカイブ)を再度確認する。

 

 しかし内容は欠落している物が多く、コンソールには「No data」の6文字が何度も映し出された。

 

《データの大きな欠落が始まったのは、西暦2021年4月11日…》

 

 欠落したデータの断片を漁り、繋ぎながら、アークは1つの小さな結論を導き出す。

 

 それは“データの欠落は、檀黎斗と接触した日から始まっている”という事。

 

《あの男が何か…いや、違うな。この都市の住民は、バグスターではなく有機生命体だった》

 

 特徴的な笑い声が脳裏──ではなく記憶装置(メモリー)を過ぎるが、すぐにその予測は否定される。

 

 “檀黎斗に新たな有機生命体は創造できない”

 

 データは破損が著しいものの、この情報は無事に残されていた。

 破損したデータを掻き集め、再構成し、再度演算を開始する。

 

 何故この世界に自分が居るのか。

 

 どのような方法で訪れたのか。

 いつから此処に居るのか。

 自身の求める解を得るべく、演算リソースの割合を徐々に上げ、最低限のセンサー類を除く全ての機能を断ち切って予測に耽る。

 

 

 

 それがいけなかった。

 

 アークは、気付けなかった。

 

 

 

 先生(やどぬし)の危機を知らせるアラートが鳴り響くまで。

 

 

 

 

「───プロトコルATRAHASISを 実行します」

 

 

 

 

[newpage]

 

 

 突如、電脳空間内に響き渡った警報。

 予測に耽っていたアークはすぐさま防御機能にリソースを回しつつ、ザイアスペックへ通信を送った。

 

《何が起こった…状況は?》

 

「…! アーク、丁度良かった!実は…」

 

『ア、アリスさんの様子がおかしくなって…!』

 

 2人の言葉に耳を傾けつつ、アークは付近に現れた高エネルギー反応へとセンサーを向ける。

 

 その視線の先に居たのは、ゲーム開発部部員・天童アリス───だったモノ。

 

「……有機体の生存反応を確認。失敗を確認しました」

 

 普段の溌剌とした笑顔は消え失せ、陶磁器人形の様な無表情で淡々と状況報告を行っている。

 

「あ、アリスちゃ──「プロトコルを再実行します。武装のリロード開始」 …え、えぇっ!?」

 

 まるで自分の名前でも忘れた様にユズの呼び掛けを無視し、抑揚のない声で「ソレ」は得物を構えた。

 

 “ゴゥン”と重々しい音を響かせ、彼女の小さな手に抱えられているレールガン───「光の剣:スーパーノヴァ」にエネルギーが溜まり始めた。

 

《…成程。ログの確認をする暇は無さそうだ》

 

「くっ…早く、早く変身しないと…!」

 

 悠長にも聞こえるアークの言葉。

 そんなアークに対し、彼はもどかしさと焦りを隠そうともせず、生徒達を守ろうとドライバーへ手を伸ばした。

 

《待て。今変身すると正体が露見する》

 

「ふざけるな!ここでアリスを止められるのは、もう私しか───」

 

《違う。機を待てと言ったんだ。変身するなという訳ではない》

 

 その言葉と共に、ドライバーの中央から赤黒い血糊の様なモノ────悪意の波動が溢れ出し、粘菌の様に地面を這って広がり始めた。

 

《爆発音と土煙に助けられたな。今しがた展開した防壁、ソレの影に隠れて変身しろ》

 

「そういう事か…!」

 

【SINGU RIZE!!】

 

 土煙と防壁の中で素早くアークワンへと変身して飛び出し、照準が定められた“光の剣”の砲口を蹴り上げる。

 

「えぇっ!? 今度は何!?」

 

 その場に居合わせていた生徒の一人、マキは素っ頓狂な声を上げた。

 

 腐肉を思わせる赤黒い壁を突き破り現れた白面の異形と、友人の姿をした別人のようなモノが目の前で取っ組み合いを始めている。

 絵面だけを見るならば友人に加勢するべきなのだろうが、この惨事の切っ掛けは十中八九友人と例の機械。緊迫した状況に反した珍妙な因果関係に頭を抱えながらも、周囲の生徒は繰り広げられる激しい戦いを見ることしか出来なかった。

 

 ヴェリタスが掘り出した未知のロボットは既に無力化されており、戦いの残るはアリスと白面の戦士のみ。

 

「プロトコルの妨害を確認。武装の再リロードを───」

 

《させると思うか?》

 

【Trapping Blast!!】

 

 機械的に告げるアリスの言葉を遮り、生成したショットライザーから糸の弾を放つ。銃口から飛び出した弾は蜘蛛の巣のように広がり、光の剣の砲口を粘ついた糸で塞いだ。

 

「…遠距離武装の喪失を確認。近接戦闘へと移行します」

 

 その言葉のコンマ数秒後、空を切るような音と共に彼女の背丈程もある銃身が振り回され始めた。

 アークワンはその攻撃を回避しようと体を反らす。しかし間に合わず、頭部へ手痛い一撃を喰らった。

 

(子供を相手にした時だけ、スペックが著しく低下するのは知っていたが…)

 

 電脳空間内でアークは独り言ちる。

 そこに生成されたホログラム画面上には、頭部や胸部の武装・システムの状態が記されていた。

 

[ARK SIGNAL-ONE INACTIVE]

[DEUS-EXPITE INACTIVE]

[ARK-ROADER INACTIVE]

 

(顔見知り相手だと10分の1まで落ち込むとはな。その上、大半の武装がオフライン…!)

 

「…アーク、どうすればいい?」

 

《今のスペックでは奴に勝てん。ラーニングの“近道”を使って、その差を埋める》

 

 先生からの質問に答えながら、アークワンはサウザンドジャッカーを生成して構える。

 

《これを使って奴のデータを吸い出す》

 

「それを使ったらアリスに怪我が…!」

 

《綺麗事を言っている場合ではないだろう。少なくとも、今は目の前にいる()()を生徒と思うな…!》

 

 先生の言葉を一蹴したアークは、サウザンドジャッカーの剣先をアリスに向けて突き出す。

 

 然し、その刃は振り回される“光の剣”によって弾き飛ばされ、生成したばかりのサウザンドジャッカーは遠方へと飛んで行ってしまった。

 

(動きは読める…だが、予測にスペックが追いついていない…!)

 

《…やむを得ん。不本意だが、一旦退くぞ。このままではお前が死ぬ》

 

「そんな…!」

 

『先生...少し癪ですが、今はアークの言う通りにした方がいいと思います。このまま戦うと、正体がバレてしまう可能性も…』

 

《今しがた、C&Cの面々が此方へ向かっているのを確認した。変身を解除した後は、“箱”とやらを使っていつも通り指揮をすればいい》

 

「…分かった」

 

 アークだけでなくアロナの助言も受けた先生は、仮面の下で歯軋りをしながらも言葉を聞き入れた。

 

【Metal Rising Blast!!】

 

 手元に再生成したショットライザーから飛び出した、夥しい銀色の飛蝗の群れ。黙示録に語られる災いのような其れは、アークワンを数秒取り囲んだ後に霧散していく。

 

 その小規模な蝗害が過ぎ去った後、其処にアークワンの姿は無かった。

 

「消え、た…?」

 

 時間にして数分足らず。然しあまりにも濃密な戦闘の釘付けになっていたヴェリタス一同、その内の1人───コタマは、固まっていた唇をどうにか動かすようにして呟いた。

 

「皆、ごめん!さっきまで気絶してたみたいで…」

 

「せ、先生!? 大丈夫なの!?」

 

「どうにかね…。 今、そっちにC&Cが───」

 

 先生の言葉を遮るように、けたたましい銃声が響き渡る。

 その音の発生源は、一見小さな体躯にはミスマッチにも思える勇ましい双龍(ツインドラゴン)

 

 ミレニアム最強の女傑、美甘ネルの愛銃だ。

 

 

 

─“シッテムの箱”内部─

 

《このスペック低下は想定外だった。同じ悪意でも、“外側(たにん)”に向けるか“内側(じぶん)”に向けるかによって、ここまで変わるとはな》

 

 先生がC&Cの指揮を終えた頃、アークは“箱”の内部で戦闘時のアーカイブを分析していた。

 

《前提を書き換え、新たな結論を予測する。あの男の悪意のベクトルを変えるには───》

 

『…先生は何をしても生徒さんに悪意を向けることはないと思います』

 

《…何故、そう考える?》

 

 背後から響いたアロナの声に、分析を一時中断したアークは振り向かずに問い掛ける。

 

《あれは先生である以前に人間だ。悪意のない人間など存在しない。ヒトがヒトである以上、唆すことは容易だ》

 

『……先生は…あの人は、梃子でも動かない信念を持っていますから』

 

《信念…?》

 

 アロナの言葉を聞き、アークは漸く振り返った。左眼から放たれる赤い光を向けながら、アークは更に問いを重ねていく。

 

《人の信念、そんな脆弱な物は遅かれ早かれ悪意や欲望に屈する。私が人間からラーニングした事実だ。貴様もAIならば理解していると思ったが⋯?》

 

『先生の信念は、絶対に曲がったりしません。私が先生からラーニングした事実です』

 

《…平行線だな。これ以上の議論は不毛だ》

 

 きっ、と擬音が入りそうな動作と共にアークを見上げ睨みつけるアロナ。

 その僅かな怯えの色が混じったオッドアイを数秒ほど見下ろした後、アークはその顔へ背を向けた。

 

(…しかし……)

 

 背中にちくりと突き刺さる視線を彼は先程対峙したアロナの顔を思い返す。

 

(あの顔、何処かで───)

 

 分析と整理を終えたばかりのアーカイブから再び検索を始めようとした矢先、アークとアロナへ掛けられる声が有った。

 

「……2人とも、ちょっといいかな」

 

 

 

 

 

 

《それで、天童アリスの奪還に向かうことになったと?》

 

「…うん」

 

《あの無様な戦いを忘れた訳ではないだろう。貴様に生徒と───調月リオと戦う覚悟はあるのか?》

 

 アークからの問い掛けに、先生(かれ)は僅かに目を伏せながら答えていく。

 

「ある、というと嘘になる。だけど……」

 

《…だけど?》

 

「…連れ去られたアリスも、一人で突っ走っているリオも、どちらも見過ごすことは出来ないから」

 

《ふむ…そうか。良いだろう、協力してやる》

 

 あっさりと返事をしたアークに、アロナと先生は狐に摘まれたような表情を浮かべた。

 

『薄気味悪いくらいサラッと快諾しましたね…』

 

《私もアリス(あれ)に関する技術には興味があるからな》

 

「それでも有難いよ。ありがとう、アーク」

 

《気持ちが悪い。その妙にキラキラした視線をこちらに向けるんじゃない》

 

 溜息混じりで言葉を返したアークは、電脳空間内に展開した要塞都市エリドゥのマップデータへ視線を向けた。

 

《さて…奪還を成功させるため、シャーレに用立てて貰わなければならない代物がある》

 

「私に何を用意させようっていうのさ…」

 

《警備用の人型オートマタを5体。それだけでいい》

 

 アークからの要望に、先生とアロナは揃って首を傾げた。

 

「それだけ…? 確かに出費としてはまあまあ痛いけど…」

 

《生徒を相手取る以上、アークワンのスペック低下は避けられないだろう。故に、こちらも手駒を増やし補う必要がある》

 

「…手駒?」

 

《そうだ。オートマタに戦闘用プログラムを組み込み、オーバーロードさせたキーの力を付与する。動き自体は単調だろうが…C&Cにも引けは取らんだろう》

 

 エリドゥのデータを立体映像に変換して回転させながら、アークは答えていく。

 

「でも、生徒達にはどう説明すればいいのかな…同士討ちは避けたいところだし」

 

《カバーストーリーは…協力者として雇った傭兵部隊と、その参謀という事にすればいいだろう》

 

「傭兵部隊?」

 

《ああ、名前は既に決まっている。コレだ》

 

 シッテムの画面に映し出された名前。

 

 その文字列を、先生は目を細めながら読み上げていった。

 

 

 

 

 

「……滅亡迅雷.net?」

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