稲荷様は平穏に暮らしたい2199 作:名無しのペロリスト
ほぼ稲荷様視点で進みます。
なので、人間ドラマやスペースオペラを期待している読者様には、大変申し訳ありません。
そういうものだと思って、お楽しみいただければ幸いです。
私は戦国時代に狐っ娘として転生して途方に暮れたが、生き延びるために神様のフリをした。
その後は何やかんやあって日本の最高統治者になり、かれこれ六百年ほど生きている。
できれば神皇などという身の丈に合わない身分ではなく、普通の女の子に戻りたいのだ。
しかし残念ながら、民意は退位を断固拒否している。
結果、東京の稲荷大社に広がる森の奥に引き篭もり、俗世と殆ど関わることなく平穏に暮らすことになった。
表向きは、念願は叶っている。
だがこれは半隠居であり、国家の一大事が起きるたびに引っ張り出されるのだ。
また、日本の顔として外交活動や、稲荷大社の専用スタジオで配信をしたりと、忙しいのか暇なのか良くわからない日常を過ごすことになる。
だが私も、孫も同然の日本国民が困っていたら放ってはおけない。
重い腰を上げるのもやぶさかでなかった。
それでもできれば、責任重大な立場とは無縁な生活を送りたいのが本音である。
なお、この世界では前世よりも文明が遥かに進んでいた。
私が散々やらかしまくったからだが、おかげで西暦二千年頃には月面にコロニーが出来たり、火星の有人探査が行われる。
宇宙開発が活発化していたので、このまま進めば、近いうちに太陽系で人類の手が入っていない惑星はなくなるかも知れない。
そんなある日、火星で漂着した宇宙船らしきモノが発見された。
調査はこれから行うようだが、もしコレが事実なら、地球以外にも知的生命体が存在する証拠になる。
まさに歴史的な大ニュースなのだが、不安もあった。
こういう時は、困った時のお母さんだ。
つまり天照大御神様にお伺いを立てて、詳しいお話を聞かせてもらう。
しかし地球の神様は外宇宙とは、管轄が違うらしい。
あまり詳しいことはわからないようだが、それでも十分だ。
交信を終えたあと、私は大いに頭を抱えることになる。
そして、ちょうど良い機会だと判断し、そのことを稲荷大社の特設スタジオでぶっちゃけることに決めたのだった。
次の日、早朝の稲荷大社をぐるっと一周するジョギングを終えたあとに、すっかりルーチンワークになった生放送を行うために、特設スタジオに入っていく。
最近はラジオだけでなく、テレビやネットの同時放送も積極的に行っている。
まあ基本的にはお便りのお返事をしたり、思ったことをそのまま喋るだけだし、何とも面白みに欠ける。
こんな狐っ娘に、果たして需要なんてあるのかと疑問だ。
しかし神皇という立場は、大人気アイドルや国家元首よりも影響力がある。
さらに、自分は一応神様だ。
まあ場末の酒場のような、正真正銘の神とはかけ離れた存在なのだが、それはそれとしてだ。
準備が整ったようで、プロデューサーが番組開始のカウントダウンを行う。
カメラが回り始めたら定例通りの挨拶を済ませて、さっさと本題に入らせてもらった。
「先日、火星に漂着したと思われる戦闘艦が見つかりました」
まだ一般には公表されていない機密情報だ。
しかし、私の判断で全国放送で発表させてもらう。
襲名制で選ばれたお世話係の桜さんに資料映像を映してもらい、その辺りについて詳しく説明していく。
「現在は調査中で、詳しいことはわかっていません。
それでも、地球外知的生命体が存在することは確定しました。
そして正体不明な彼らと接触する可能性が、非常に高いこともです」
私が不安に感じたのは宇宙人と接触して、何が起きるかだ。
なのでその辺りについて天照大御神様に尋ねてみたのだが、正直あまりよろしくない情報を教えてもらった。
「私は天照大御神様にお伺いを立てて、地球外知的生命体について調べてみました。
残念ながら管轄が違うため、くわしくはわかりませんでしたが──」
困った時の神頼みとも言うが、実際には神様である私が一番縋りたい。
特に今回判明した情報は、大いに頭を悩ませる原因だ。
表情には出さないが、放送中に泣きたくなってくる。
「簡潔にまとめますと、地球外には複数の異星文明が存在します。
彼らは好戦的で、地球人類を遥かに超えた技術力を有しているようです」
漂着した戦闘艦が、何処の国かはわからなかった。
それでも異星文明の一つなのは確かだし、兵器らしきモノがついていたので何に使うかは明白だ。
私は残酷な現実を伝えたあとに、一度呼吸を整えて続きを話していく。
「このまま何も手を打たなければ、地球は異星文明に滅ぼされるか、支配されることになるでしょう」
天照大御神様は私なら大丈夫だと太鼓判を押すばかりで、具体的なアドバイスはしてくれなかった。
何でも、自分が考えて動いたほうが物事が上手くいくらしい。
基本的に考えが足りず、行き当たりばったりで行動している私としては、凄く疑わしい。
奇跡的に今まで失敗していないだけで、毎度のように薄氷を踏むような危うさだ。
次も成功するとは限らないため、不安は尽きない。
しかし自分で答えを出すようにと、偉い神様に言われたのだ。これはもう仕方ないと諦めるしかない。
たとえ駄目で元々でも、やるだけやってみるだけだ。
「これから二百年以内に、異星文明と接触すると教えてもらいました。
少なくとも今日明日ではないので、まだ時間は残されています」
未来は常に揺れ動いていて定まらないようだ。
それでも、今から大体二百年以内には接触するらしい。
地球がどうなるかも予測不可能だけど、私なら大丈夫というお母さんの期待が重い。
残念ながらバトンを渡す相手が居ないので、自分がやるしかなかった。
「ゆえに未知の技術を解析し、最悪に備えます。
母なる地球を守るために、どうか皆さんの力を貸してください」
ここまで一気に喋った私は大きく息を吐いたあとに、深々と頭を下げる。
取りあえず情報は全て伝えたので、番組スタッフにカメラを切るように指示を出した。
放送を終えたのを確認した私は、肩の力を抜いて大きく息を吐く。
次に軽く腕を伸ばして、体のこりをほぐしていった。
「お疲れ様でした。稲荷神様」
桜さんがお茶を入れてくれたので、お礼を言って飲ませてもらう。
そして何気ない呟きを口に出す。
「私は異星文明と接触するまで、生きているでしょう。
なので、今さえ良ければで逃げられません」
現時点では死ぬ予定はないし、二百年どころか千年先も生きていそうだ。
なので常に最悪に備えなければ、平穏な暮らしを維持するのも難しい。
だが、自分はあまり賢くない。
結局行き当たりばったりの方針しか出せないので、この選択も本当に正しいのかは不明である。
そんな私に、お世話係の桜さんが悲しそうな表情を浮かべて声をかける。
「私は異星文明を見ることはなさそうです。恐らく、先に旅立つことになるでしょう。
とても残念です」
「それは、……何というか、ええと」
忠誠心が高すぎるのも困りものだ。
何と答えて良いかわからず、お茶を飲み終わったあと、椅子から立ち上がって歩き出す。
とにかく今は、異星文明の技術を解析し、備えることが重要だ。
別に星間戦争では無双できないとは言わないけど、四方八方から攻められたら手が足りない。
地球の防衛は自分だけでは不可能なので、やはり相応の戦力が必要になる。
交渉で戦いを回避できれば良いが、好戦的な異星文明が多いようなので薄そうだ。
幸い、こっちの地球は狐色に染まっている。
人類の危機が迫っているのに、足の引っ張り合いや権力や利権争いを夢中になる輩は殆どいない。
ゼロにはならないのが、やはり人間は愚かとしか言いようがない。
それでも前世と比べれば断然マシだし、何だか知らんがとにかくヨシとしておくのだった。
日本の最高統治者が、軍拡を声高に叫ぶのはどうかと思う。
しかし、マジで地球が駄目になるかならないかなので、やってみる価値は十分にある。
それに漂着した戦闘艦をさらに詳しく調べると、地球文明では到底太刀打ちできないような超兵器が多数積まれていることが判明した。
より危機感を持つことができた。
もし火星で独立運動が起きて地球と戦争状態になれば、こうもトントン拍子には進まなかっただろう。
だが火星で暮らしている人々の大半は、日本と親日国の人たちだ。
こんがり狐色に染まっていて地球との仲も良好なため、情報のやり取りも頻繁に行われていた。
そして何より、トップに立っているのは私である。
おかげで機密情報を独断で全世界に公表できたのだが、この判断が正しいか間違っているかは、まだわからない。
だがもし失敗したら、責任を取って退位すれば済むことだ。
惜しまれつつ引退がベストだが、ある意味では気楽ではあった。
肩書は神皇で一番偉いけど、実際には半隠居状態だ。
大雑把な指示を出したあとは、各役員の人たちに丸投げである。
我ながらこれは酷いと思うが、何百年経っても全然成長しない。
自分が日本の最高統治者なのは、やはり間違っている。
なので、さっさと退位させてもらいたい。
失敗すれば民意でボロカスに叩かれて辞めることになるけど、この決断で人類の命運が左右されるのは確定で、失敗して良いはずがない。
やらかして追放されるとか最悪である。
場合によっては、懲役や死刑判決も覚悟しないといけないからとても怖い。
とにかくそういう理由で、いつか訪れる異星文明との対話に向けて、地球人類は一丸となって準備を進めていく。
私はいつも通り、稲荷大社の奥に引き籠もる。
縁側でお茶を飲みながら、庭を元気良く走り回る狼たちを眺めていた。
大雑把な指示を出したあとは、特にやることはない。
素人の自分がウロチョロしても、専門家の人たちの邪魔になってしまう。なので、これで良いのだ。
やがて火星で戦闘艦が見つかってから、数年が経過した。
ある日、日本国の首相が、わざわざ家に訪ねてくる。
いつもは電話やメールでのやり取りか、お世話係に伝言を頼むのに珍しい。
だが私も、長年の経験から、こういう時は大抵面倒なお願いをされることを知っている。
正直さっさと帰って欲しいけど、追い返すわけにはいかない。
仕方ないので玄関を開けて、世話係と近衛も一緒に家にあがってもらう。
居間に案内して適当な場所に座ってもらい、私も腰を下ろす。
こういう時のお茶やお菓子は、桜さんが用意してくれる。
自分は会話に集中して、とにかく呼吸を整えてどっしり構えた。
「本日は稲荷神様にお願いがございまして」
私は表情だけは微笑みを浮かべたまま、やっぱり来たよと内心で大きく溜息を吐く。
しかし首相は真剣そのものだし、こっちも真面目に話を聞く。
「地球連邦政府の、初代大統領になっていただきたいのです」
いきなり何を言い出すのかと疑問に思い、首を傾げてしまう。
「……はい?」
地球連邦政府は知っている。
未知なる脅威に備えるために国家の垣根を越えて、人類同士手を取り合うために近々発足される大きな組織だ。
それ自体は良いことだし、特に反対意見もなかった。
「私がですか? 一体、どうして?」
だが、私が大統領に推薦されるとは思っていなかった。
なので驚いて固まってしまったけど、それでも何とか首相に尋ねると、すぐに答えが返ってくる。
「どの国が地球連邦大統領を主張しても、人類が真の意味で争いをなくして手を取り合うことはできません。
それでは、いずれ訪れる脅威に備えるのは難しゅうございます」
「それはまあ、そうでしょうね」
髪や肌の色、思想の違いで人類同士で争うことが良くあることだ。
大統領になった人や国が、己や国家の利益を優先して動かないとも限らない。
もしくは周囲の者たちが妨害したり、権力や利権を争う可能性もある。
地球連邦政府を設立しても、決して平坦な道にはならないだろう。
私はなるほどと納得して、静かに頷く。
「理由はわかりました。……納得もできます」
私の肩書は神様だ。
人が大統領をするよりは、反対意見は少ないだろう。
それに周囲が足を引っ張ってきたり、利権に関するイザコザも減りそうだった。
なので納得はできるのだが、自分がやるかどうかは全くの別問題なので、そのことを口に出す。
「ですが、大統領の職務は荷が重すぎます。
たとえ当選しても、周りに迷惑をかけてしまうでしょう」
何しろ昔と比べて体格と同じで、知能も全然成長していないのだ。
そんな自分が大統領をやるなど、無理に決まっている。
しかし首相はにっこりと微笑み、自信満々で答えた。
「ご安心ください。地球連邦大統領の仕事は、副大統領が行います。
稲荷神様は象徴でございますゆえ、緊急時以外は普段通りに過ごしてもらえればと」
「ええと、それはつまり……神皇と同じですか?」
首相が静かに頷いた。
どうやら今やっている神皇の職務と、似たようなものらしい。
普段の業務は地球連邦の副大統領や役人連中が行い、私は重要案件以外は特にやることはない。
それなら確かにできそうだが、難しい顔になる。
「それなら私でも務まりそうですけど、……居る意味あります?」
「はい、稲荷神様が大統領であることが、重要なのでございます」
そうはっきりと告げられると、私それ以上何も言えなくなる。
取りあえず天井を見ながら大きく息を吐き、どうしたものかと考える。
(日本だけでなく地球の命運も背負うとか、絶対に嫌なんだけど)
しかし外宇宙の未知なる脅威に対処する術は、残念ながら今の地球人類は持っていない。
いつ接触するかは二百年以内で、しかも相手のほうが技術力が高いのは確定だ。
(皆不安だろうし、……仕方ないか)
この先、何年以内に大地震が来ると予知されるようなものだ。
危機に備えるためとはいえ、不安を広めたのは自分で責任は取るべきだろう。
日本の最高統治者とやることは同じなら、平時は自分が動くことはほぼない。
普段は大雑把な指示を出すだけなので、そう考えると気楽なものだ。
「わかりました。地球連邦の大統領になります」
私はそう思って、気持ちを固めた。
「ただし立候補はしますが、当選するとは限りませんよ。
それに指示は大雑把にしか出せませんし、緊急時以外は仕事はしませんからね」
「構いません! 稲荷神様! 願いを聞き入れてくださり、ありがとうございました!」
首相が深々と頭を下げたが、神皇として責任を取っただけだ。
これで全てがチャラになるとは思わないけど、大統領になっても普段通りの生活が送れるなら、私にとっては部活の名義貸しのようなものである。
(開会式だけ顔を見せて、あとは基本的な指示を出しておけば良いかな)
それだけで皆のモチベーションが上がったり、地球連邦が一丸となれるなら安いものだ。
また、当選しなければ、それで終わりだ。
一応やるだけやったアピールができるので、責任は取ったと言えるだろう。
(そもそも仕事をしない大統領なんて、誰も投票しないでしょ。
私の落選は最初から決まっている、出来レースってわけね)
つまり首相は、私に責任を取らせるために、このような提案を持ちかけたのだ。
自分の中で答えが出たら、おかげで気楽に地球連邦大統領に立候補できたのだった。