ホシノに依存するまで 作:元ポリスメン少佐
ドンっと、自分ごと彼女をベッドの上に押し倒す。
いつも綺麗で、強くて、優しくて、それでもどこか子供らしさを残していた彼女。
その面影は疾うになく、いつも絹のように指通りの良かった髪はいつの間にか枯れ草の如く荒れ果て、いつも宝石のように輝いていた双眼はすっかり泥のように彩度を失っている。あんなに鮮やかだった桃色だって色を混ぜすぎたかのようにくすんで、頬は随分痩けてしまっている。
それでも、焦点は俺の目に合っていて、確かに俺という存在を認識している。そこに確かな親愛を、信頼を、感じるような気がして。
そんな彼女を見ていると、どうしようもなく哀しくなって、だけどどうしようもなく嬉しくなって。脳髄をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたかのような感覚を味わいながら、口に出す。
「……一緒に、死んでくれ」
絞り出した声は、自分でも醜く思うほど震えていた。あまりに薄汚れていて、小汚くて、これまでに知った人間の美しさを微塵も残していない。
だというのに、ありとあらゆる愛に、友愛に、親愛に介在してはいけない、存在してはいけない欲望をぶつけてしまったというのに。瞬き一つも彼女はしていない。
何事もどうでもいいかのように、されど少しそれを望んでいるかのように、あっさりと。
「レミなら、いいですよ」
などと。
俺のことを何も考えずに、身勝手に決定権を委ねてくる彼女は、希望でも見つけたかのように微笑んでいる。
その笑顔すら歪で、倒錯的だ。そんな表情を見ていると、何故だか薄暗い悦びを覚えてしまって、なのに堪えようのないほど怖くなって。
色んな感情が生まれて、綯い交ぜになって、形容できない熱となって身を焦がす。
激情に身を任せたまま、鼓動を止めるように、自分だけのものにするように、置いていかれないように、手を首筋に這わせて───
◆◆◆◆◆◆◆◆
(なんで、こんなところにいるんだろう)
顔に感じる熱された砂の感覚が、自らが倒れていることを教えてくる。
背中には太陽の発する光を感じて、じわじわと体の水分を減らしていく。
そういえば、人間は三日間水を飲まないと死ぬんだったか、と。
ネットの海で見たであろう情報がふと思い浮かぶ。
確か今日で五日目だったろうか。頭の上にある光の輪のおかげか、常人よりは生きながらえたようだ。
(せっかくアビドスにTS転生なんて面白そうなことになったってのに、死にたくないなぁ)
目が覚めると、砂漠にいた。そのまま彷徨い歩いて、割れたカーブミラーに反射する自分を、
砂漠、天使、女子高生、更には時々つまづく薬莢などの金属片。
全てが相反していて、同時に存在できないような要素ばかり。
幸か不幸か、この状況が完璧に当てはまる世界を、物語を、俺は知っていた。
ブルーアーカイブ、俺が途中までプレイしていたゲーム。
全員が銃を携帯しているがそれに合わせて耐久力も上がったことで、治安の割に人がほとんど死なない世界。そんな中で生徒たちが成長し、困難を乗り越える物語、少なくとも俺はそう認識している。
ここがその世界、ひいてはアビドスであることに気づくのに、そう時間はかからなかった。
結局、それを知っていようがなかろうが、砂漠という環境には対抗できなかったわけだが。
(誰か……いないのか?ヘルメット団でも良い、誰でも良いから、誰か……!)
意識が曇天へと沈んでいく最中、誰かの声が聞こえた。
「えっ!? 遭難者!? だ、大丈夫ですかっ!」
◯◯◯◯◯◯◯◯
「うぅ、ん……ここ、は?」
知らない天井が目の前にある。背中に硬い感触がする。
少し消毒液のようなアルコール臭がして、周りはカーテンに覆われていて何も見えない。
(あぁ、助かったのか)
周囲を確認すると、俺はベッドに寝ていたようだ。カーテンの端からは柔らかい日差しが少し見える。
(ここは、保健室?ならアビドス高校か……良かった)
今の俺はどこの学園にも所属しておらず、ただの流浪者と同じ状態だ。
アビドス高校の五人は強硬手段を取ることこそあるが、基本的には善の人間。もしかしたら、これからの何か手助けをしてくれるかもしれない。
(助けてくれたのは誰だろうか。やっぱり先生みたいにシロコか?)
そんな予想を立てていると、控えめにカーテンが開いた。
そこには、心配そうにこちらを覗き込む少女。水色のようでなんとも形容し難い髪色で、色んな意味で大きい体でこちらを見ている。
(……あ、ユメ先輩か!)
確か、二年前のアビドスの人間のはずだ。つまり今は原作のアビドスではないと言うことは確定した。
彼女について知っていることは少ないが……いつか死ぬことだけは、知っている。
「大丈夫!?倒れてたから学校まで連れてきたけど……何かあったの?」
まるで探られているかのような物言いに聞こえるが、目の前の彼女にそんな気は感じない。ただ心配しているだけのように見える。
とはいえ、何かあったのか、と聞かれても……どう答えるべきか。
素直に気づいたら転生してました、だとか言うのはナシだ。信じられても信じられなくても面倒臭い。
……そういえば、シロコだって最初は浮浪児だった。だけれど、最終的にアビドスの生徒になっている。良いお手本があるじゃないか。
「知らぬ間に、砂漠にいた。俺がなんなのかも……分からない。ただただ、歩いて。気づいたら倒れてた」
最大限、同情を引けるように。言葉の間を大事に、顔を下げ、目を合わせないように。声は震わせ、トーンも下げ気味に。
そんな可哀想な記憶喪失のふり、いや自分自身の事が分からないのは事実だが、は効果覿面なようで。目の前の少女は痛ましいものでも見るかのように、その瞳を揺らしていた。
「そうなの……。あの、君が良かったらさ、アビドス高校に来ない?そんなに大きいところじゃ無いけど……それでも、まだ来てくれる子は何人かいるから」
言葉は発せず、ただ頷いた。
彼女も、力強く頷いた。
「大丈夫、大丈夫だからね……」
腕を背中に回されて、抱擁される。アビドスの環境故なのか、それとも優しさ故なのか。彼女はとても暖かかった。
いきなり学校に入れてもらえることになった。
……この人チョロすぎないか? 少し心配になる。
彼女のことはよく知らないが、少なくとも善人なのには変わりないだろう。そんな彼女を騙すことに少しの罪悪感を感じるが、必要な犠牲と割り切ることにする。
アビドスは限界ギリギリの学校というのは知っている。
だとしても、俺はこれから彼女と過ごす生活が楽しいものになることを疑っていない。この一瞬で俺は随分彼女のことを好きになってしまったようだ。
「あ、そうだ。私は梔子ユメ!一応、アビドスの生徒会長なの。これからよろしくね!」
名乗りを返そうにも、記憶喪失の人間が名前を覚えているのはおかしい。だが、便宜上名前は必要だろう。
そう考えて、たっぷり2分ほど。彼女が少し不安そうに表情を変化させた辺りで。
「
短時間にしては、良い名前をつけられたんじゃないだろうかと。
自らのネーミングセンスを褒め称えながら、これからの生活を思い描いたのだった。
読んでくれた方へ、申し訳ないですが死ぬほど遅筆なので次回まで一ヶ月は待ってください。
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