ホシノに依存するまで 作:元ポリスメン少佐
「レミ、さっきからずっと上の空ですけど、何かあったんですか?」
「あ、ああ、ごめん」
声をかけられたのに、まだ気持ちが落ち着かない。さっきからずっと思考がふわふわして、何だか心臓が鳴っている。
確かあの後、銃を買ったんだ。店主がイチオシだって言ってたバトルライフル*1。
反動は大きいからフルオートには向かないが、元々乱射するには予算が足りない。ホシノは少し難色を示していたが、「砂塵をものともしないローラー遅延式機構はアビドスに合っている」だとか、「不法者を相手にするならマンストッピングパワーはいくら有っても困らない」だとか店主が説得したみたいだ。
「じゃあ、私は用事があるので。……本当に大丈夫ですか?」
「ここからそんなに遠くないし、大丈夫大丈夫」
そうしてホシノと別れ、スマホが無いせいで道に迷いつつもようやく着いた家。
それに安堵したのも束の間、
「あれ……なんだ、この封筒?」
表札すら掲げていない家の郵便ポストには、真っ黒な手紙が届いていた。
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「お待ちしておりました、御守レミさん」
手紙に書かれていたビルの最上階、そこには居たのは真っ黒なスーツに身を包んだ罅割れた頭の異形。
そんな彼からは、丁寧な態度と言葉では隠しきれない怪しさが醸し出されている。
「まず何の用で呼んだのか、結論から話してもらおうか。まだ俺はそっちを信用できてないから、武装も解除しない。それでいいか?」
スリングに掛けたバトルライフルのグリップと発煙弾のレバーを強く握りながら、いつ攻撃されてもいいように彼と目線を合わせ続ける。
「ええ、構いませんよ。まずは結論からという話でしたね。何、単純な話です。アビドス高校を退学し、私共の企業に所属する。……その条件さえ呑んでいただければ、今アビドスが背負っている借金のうち一億近くをこちらで負担いたしましょう」
家に届いていた手紙には、翌日の昼頃に指定のビルに来るように書かれていた。
正直無視したって何の問題もなかった。この状況で俺に手紙を出すやつなんぞ黒服しかいないだろうし、黒服の場合誘いに乗ることはあまりに危険だからだ。
それでも……来るだけでも数百万報酬を出す、との一文はとてつもない魅力を放っていて。
最低限行くビルの住所だけ先輩経由でホシノに伝えて、俺はそこに向かったんだ。
「まあ、分かってるとは思うが断らせてもらうよ」
「……一応、理由をお聞きしても?」
「そもそも俺はお前が契約を遂行する確信が持てていないし、その企業の内容が分からない以上あまりにリスクが大きい。逆に行く理由があるなら教えて欲しいな」
「契約書は書きますし、そのコピーもそちらにお渡しします。企業の職務内容については……いかんせん保安上の秘密が多いものでして。医療系の仕事が多い、とは伝えておきます」
驚くほどに嘘がない。まあ、広義で言えば嘘に当たるのかもしれないが、直接的には全て真実だ。
伝えるべき点を伝えていないことを除けば、だが。
「全てが胡散臭いな。そういうことで、俺は帰ることにするよ。口座番号はこれに書いてあるから、後で送っといてくれ」
そう吐き捨てて帰ろうとした、その瞬間だった。
「貴方は自分が何者か、知りたくはないのですか?」
「……何の事か、さっぱり分からないな」
「貴方が記憶喪失であるということは知っています。その失った記憶を取り戻したいとは思わないのですか?」
(……どこで聞かれたかな)
黒服は堂々と、まるでその道を歩むのが正しいとでも言うかのように話している。
だが無意味だ。記憶喪失だなんて全て嘘だし、俺のことを監視していることを示しただけだ。
「御守レミ、突如アビドスに現れた神性。それまで存在しなかったにも関わらず、気づけば生徒としてアビドス高校に通っている。更には過去の記憶が無い、と。私共に協力いただけるのならば、貴方の過去について総力を上げて調べましょう」
「…………」
どう答えるべきなのかは分かっている。さっきと同じで、奴の鼻っ面にNoを叩きつければいい。俺の過去が分かったところで、俺にとって有意義なのかも、そもそも俺がその情報を知れる状況でいれるのかも分からない、リスクリターンが見合ってない。
なのに……なのに、何故だか知りたくなってしまう。
なんで砂漠で目覚めたんだろう。
なんでアビドスにいるんだろう。
なんで撃たれても無事なんだろう。
なんでホシノに焦がれるんだろう。
なんで自分はこんなに愚かなんだろう。
なんで、なんで……前世の記憶だと思っていたものに、友人や家族の記憶が無いんだろう。
俺が転生者でないとするのならば、俺は一体何者であれるのだろうか。
何者でもない空虚であるのならば、俺は誰の隣に立てるのだろうか。
知りたい、知りたい、知りたい。
好奇心が、探究心が、根源的な恐怖が、針のように胸に穴を開けている。
「……分かった。その提案、喜んで──」
バンッとドアが蹴破られる音に、その返答は遮られた。
「レミ、何やってるんですかこんなところで!」
「ホ、ホシノ!?何でここに……」
「何でも何も先輩から送られた座標を見たら、前に怪しい提案を持ちかけられたところと同じ場所だったからですよ!」
そこまで来てようやく、(そういえば住所をモモトークで送ってもらったなぁ)と冷静さを取り戻した。
(俺は何を、いやそもそも何で黒服の話に……)
「前、あなたに忠告しましたよね。提案をする分には構わないが、騙そうとすれば容赦しないと」
「騙すなんてとんでもない。私は契約を結ぶだけですよ、双方合意の上で」
「どの口が……!」
俺を庇うように黒服に啖呵を切っているホシノに、デジャブに近い感覚を覚える。
彼女がいれば、もう安心だ。何を考える必要も、知る必要もない。
そう思わせる何かがそこにはあった。
「レミ!特に契約は結んでませんよね!?」
「あ、あぁ。まだ何にも」
「二度とこんなことしないでください!私だっていつでも助けられるわけじゃないんですから!」
黒服が何かホシノに話しかけているのが見える。
見えるのに、何を話しているのか聞こえない。
俺って誰なんだろう。ホシノは何でこんなやつを気にかけてくれるんだろう。
そんなことばかり、頭を反芻していた。
ちなみに、御守レミという存在にモチーフというか、元ネタはありません。
強いて言うなら作者でしょうか。