環姉妹の真ん中っ子   作:匿名

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罪告鳥(3)

 

 灯花がホワイトボードの文字を消していく。そして新しく

 

 

 ③ 「自動浄化システム」をつくる

 

 

 と、書き綴った。

 その下に、『回収』、『変換』、『具現』と並べていくのを見て、僕は彼女が何を思いついたのか察し、感服して溜息をつく。なるほど、その手があったか。

 

『キュゥべえから、機能を奪う……? 奪った機能で、お姉ちゃんたちが救えるの?』

『うん、救えるよ。能力を指定するという点では養殖案と似てるけど、魔女化回避の方法としては全然違うからね。それじゃ、説明していくよ!

 この自動浄化システムを成立させるために、わたくしたちがキュゥべえから奪う能力は三つ。

 一つ目、穢れとかの感情エネルギーを回収する力。

 二つ目、人間の魂を魔力に変換する力。

 三つ目、魂をソウルジェムとして具現する力。

 まずは“回収”の力をういが願う。これは養殖案でも出てきた力だね。でも、自動浄化システムのための回収はキュゥべえの力を奪ったものだから、穢れに特化してるんじゃなく、他のエネルギーを集めることもできるよ。

 この回収の力をういが使って、わたくしとねむ、そして自分の穢れを集めたら、魔力を少しだけ混ぜてわたくしに渡すの。

 次は“変換”。変換の力を願ったわたくしが、ういから渡された穢れを魔法少女が使える自由な魔力に変換するの。そこにういと同じく、自分の魔力を少し混ぜてねむに渡す。

 最後は“具現”。これはねむが願って。貰った魔力に自分の魔力を加えたら、具現の力でエネルギーを“自動浄化システム”として実体化させる。

 わたくしたち三人の魔力から生まれたシステムは、キュゥべえと同じ機能を持っているの。だから自動的に穢れを集めて変換、エネルギーを宇宙に送り出してくれるんだよ。

 これなら、魔法少女に穢れは溜まらない。キュゥべえが問題視してるエントロピーについても解決できる。だからキュゥべえがわたくしたちの邪魔をすることもないし、仮にしてきたとしてもシステムは確立してしまえば、あとからいくらでも改良できる! ね? 最高の方法でしょ?』

『な、なるほど……? 難しいけど、なんとなく想像はできるよ。わたしは、回収の力をキュゥべえから奪うんだよね?』

『エネルギー変換の魔力を扱うのに一番向いているのは灯花だろうからね……』

『反対に、具現の力はねむが一番使いこなせると思うよ。……ただ、わたくしの予想で最も負担がかかるのが、穢れに触れる“回収”担当。最初の壁さえ乗り越えてくれれば、システムはうまく軌道に乗ると思うけど……』

 

 灯花が悔しそうに顔を歪ませる。

 本当なら変わってやりたい。だけど、変換についてはエネルギーに詳しい灯花のほうがうまく調整できるだろうし、その灯花の論理を理解して、魔法を使ったシステムに落とし込めるのはういより僕のほうが得手とする。必然余った回収は、ういが願うしかない。

 

『……灯花ちゃんとねむちゃんは、本当にいいの?』

 

 不意に、ういが言った。

 

『病気、ほとんど治って……キュゥべえも、もう魔法がなくっても大丈夫って言ってた。契約しなくても、健康になれるって。

 あのね、多分ね。お姉ちゃんとゆめちゃんは、わたしたちが魔法少女になることを、喜ばないと思うの。ゆめちゃんはたぶん、すっごく怒る』

『まぁ、怒るだろうね。あの人は』

『本気で怒ったとこ見たことないのに、なんか想像できるよねー……今から憂鬱になってきた……』

『うん。わたしたちに危険な目にあってほしくないから、絶対に怒るし、お姉ちゃんはすっごく悲しい顔をする。

 ……お姉ちゃんたちを救いたいのは、わたしのわがまま。せっかく二人とも病気が治っていってるのに、魔法少女の運命に巻き込むのは、どうなんだろうって。わたしがお姉ちゃんたちを人間にしてって願いを叶えたら、全部丸く──』

『収まるわけないでしょ』

 

 灯花がういの手を、両手で強く握った。

 

『灯花ちゃん……』

『一緒に病気と戦ってきた親友が犠牲になるのを見過ごすなんて、わたくしたちがするわけないでしょ。それに、うい一人のわがままなんかじゃない。いろはお姉さまとゆめお姉さまを救うことは、わたくしたちみんなの願いだよ。……そうだよね? ねむ』

『ああ』

 

 二人の手の上に、僕のそれも乗せる。

 生きている。病魔は消え去り、満ち満ちた生命力のぬくもりが全身を巡っている。いろはお姉さんがういに捧げた未来の温度。ゆめお姉さんが僕と灯花に捧げた時間の熱。あまりにあたたかく、あまりに儚い体温。

 

『お姉さんたちの命数を絞りあげておいて、用が済んだらはいさよなら、なんてひどい真似を僕たちにさせるつもり?』

『ち、ちがうよ……! わたしは、ただ……』

『むふっ。冗談だよ、うい。僕と灯花を気遣ってくれたんだろう? 僕たち二人は、お姉さんたちと本当の姉妹じゃないから。突き放しではない。僕たちも、お姉さんたちも、お互いを同じくらい想い合っている。それでも、魔法少女になったのはいろはお姉さんとゆめお姉さんで……血の繋がっていない、無関係の僕たちを付き合わせてもいいものかと、君は悩んでいる』

『……うん』

『ねぇ、うい。無関係の僕たちに、それでも命を懸け続けたのは、お姉さんたちのほうだよ』

『……っうん』

 

 ういが涙ぐむ。悲しみと喜びが織り交ざる涙が、白い頬をすべり落ちていく。

 

『ういは拗ねてしまうかもしれないけれど、いろはお姉さんも、ゆめお姉さんも、僕は本当の姉のように想っている。……親友と、大切な人たちを助けるのに、理由なんて必要?』

『ねむちゃん……』

『ねむの言葉に全部乗っかるのは癪だけど、わたくしもおんなじ気持ちだよ。無関係なんかじゃない。あんなになってまでわたくしたちを助けてくれた人たちを、都合よく、今さら他人扱いなんてするわけないでしょ?』

 

 灯花がいたずらっぽく笑う。

 

『お姉さまたちを驚かせちゃお? もう戦わなくていいんだって。自動浄化システムさえあれば、わたくしたちだって危険な目に遭わないんだから、いろはお姉さまもにっこりだし、ゆめお姉さまも許してくれる! なんなら、他の魔法少女だって救えちゃうんだからね。全部終わったら三人でたっくさんいいこいいこしてもらおうよ!』

『……そうだね。もの凄く叱られてしまうだろうけれど……僕たちの成した魔法少女システムへの革命を知れば、きっと二人とも、最後には褒めてくれる。それが報酬だと思えば、魂を差し出す契約を交わすのだって躊躇いなく踏みきれる』

 

 うい、と呼びかける。

 

『全ては、君が結んでくれたんだよ。君がいなければ、癇癪持ちの灯花は会う人全てを小馬鹿にして周囲から嫌厭されていただろうし、僕だって意固地になって誰の言葉にも耳を貸さず、空想の世界に閉じこもって孤独を誤魔化していた。そんな状態で灯花の知性を自分と対等のものだと認めたとしても、僕たちは互いを話の通じる相手としか見ず、今みたいに格別の友情で結ばれることはなかったと思う。

 ういが僕たちの心を溶かして、沢山のあたたかいものと結びつけてくれたんだ。君が、冷たかった僕の世界に、親友とお姉さんたちを連れてきてくれた。……だから、うい。君がそうしてくれたように、僕も言おう。君は一人じゃない。君一人が、全部抱え込むなんてしなくていい。僕たちを頼って。君がくれた世界を、守らせてほしい』

『……いいお話みたいに言ってるけど、誰が癇癪持ちでけんえんされてるって? まさか、わたくしのことじゃないよねー?』

『僕は事実を述べたまでだよ』

『ど、こ、が!!』

『ふふっ……! もう、喧嘩しちゃ、だめだよぉ……』

 

 顔をまっかにして、ういが笑う。涙が溢れて、おとがいをぽたぽたと雫が落ちる。

 不意に、ういが僕と灯花に抱きついた。

 

『ありがとう、二人とも。大好き』

 

 僕と灯花は顔を見合わせて笑った。本当に、ういには敵わない。剣呑な空気は霧散して、穏やかな時間が流れる。それは、お姉さんたちが未だに死地にいるとは思えないほど、平らかな静寂だった。

 

『……僕たちで、運命を変えよう』

 

 ういは言った。

 

『うん。……三人で、お姉ちゃんとゆめちゃんを、絶対に救おう!』

 

 

 

 ◇

 

 

 

 病院の屋上で、僕たちは手を繋いで並んだ。失敗するかもしれないという恐怖は、この手のぬくもりが魔除けのように退けてくれる。必ず成功させる。握る力を込め、僕たちは黄昏を背後にするキュゥべえを睨んだ。

 

『願い事は決まったのかい?』

 

 ああ、決まったとも。

 だが、その前に確かめないといけないことがある。僕は右隣に顔を向け、灯花とともに、ういを見つめる。

 ういがうなずき、キュゥべえを見上げた。

 

『……その前に、教えて。──ゆめちゃんは、何を願ったの?』

 

 ずっと気になっていたことだった。

 僕がゆめお姉さんの願いについてを俎上に載せると、ういははっとして、灯花は眉根を寄せた。

 キュゥべえは説明を省略するために──とは言うけれど、僕たちを契約させるためでもあるだろう──いろはお姉さんが契約したときの様子をテレパシーで送りつけてきたけれど、ゆめお姉さんに関しては不自然なほど触れなかった。せいぜいが、僕と灯花に治癒魔法を使い続けたと言ったくらい。

 果たして彼女は何を願ったのか。

 ういが病の快癒をいろはお姉さんに告げた日。ゆめお姉さんは怒っていたし、泣いていた。来る前に大喧嘩をしたらしい姉妹の、妹のほうの手には、指輪がまだ嵌められていなかったのを、僕は覚えている。

 ゆめお姉さんはいろはお姉さんのあとに願った。

 何を?

 あんなに怒るほど動揺を見せたのに、いろはお姉さんを魔法少女から解放する願い事はしなかったのか?

 あの人が?

 ういの質問に、キュゥべえは淡々と答えた。

 

『魔法少女の願いは固有魔法に直結している。彼女たちの切り札とも言える魔法の情報を勝手に喋ってしまうのはフェアではないよね。環いろはの願いについては、妹の君が直接関わっていたから明かしたけれど、ゆめについて僕から君たちに語れることは何もないよ』

『固有魔法って……?』

『魔法少女が持つ、独自の魔法だよ。さっきも言った通り、固有魔法は願いに直結している。おいそれと明かせるものじゃない』

『……ということは、ゆめちゃんのお願いにわたしたちは関係ないんだね』

『そうだね』

『じゃあ、いろはお姉さまは?』

 

 灯花が即座に聞いた。

 

『言っただろう? 特定の誰かを贔屓することは、なるべくしたくないんだ。確かに僕は君たちの願いをなんでも一つだけ叶えてあげられるけれど、個人の味方になれるわけじゃない。僕の仕事はあくまで魔女から得られるエネルギーを回収することだからね』

 

 ここまでキュゥべえが言い渋るのは、どういう意味があってのことなんだろう。

 わからない、あまりにも情報が足りない。良くない予感だけが肌を撫でる。

 最後の手段に出るしかない。

 

『……キュゥべえ、取引をしよう』

『取引?』

『僕たちが願いを叶える代わりに、質問に三つ、答えてほしい』

『……! 嫌、なんて言えないよねー? だって、キュゥべえは願いを叶えて()()()立場じゃなくて、叶えて()()()立場だもん』

 

 キュゥべえが愛嬌たっぷりに尾を回した。彼の目的を知っている側からすると、凄まじく腹が立つ。

 いろはお姉さんとゆめお姉さんを破滅の運命に追いやった死神。

 しかしそれでも、彼がいなければ僕たちは生きられないのだ。

 

『わかった。取引に応じるよ。直接的な問いには答えられないけれど、勝手に推測する分は君たちの自由だ。それで、質問は?』

『言い出した僕が先陣を切ろうか。……』

 

 まず、いろはお姉さんが先に祈ったことは確定。

 僕たち関連でもないことも確定。

 そして、いろはお姉さんを魔法少女の運命から救うものではないことも確定と言っていいだろう。もしそんな願いを叶えているのなら、いろはお姉さんが戦っているわけがない。……いや。

 契約解除したのちに、もう一度願った線は、あるのか?

 気になるけれどとりあえず、他に確定させなくてはならないのは……

 

『ゆめお姉さんはソウルジェムの秘密……ソウルジェムが魔法少女の魂であることと、魔法少女が魔女になることを知っている?』

『──』

『キュゥべえ』

『……環ゆめから、ソウルジェムや魔女化について、詳しく聞かれたことはないよ。彼女が他の魔法少女の魔女化を目撃したこともね』

『……そう。君の発言を聞いて、僕たちはゆめお姉さんが何も知らないと判断するわけだけれど、訂正箇所はある? どんな些細なことでも言ってほしい』

『僕だっていつでも一人の魔法少女に張りついているわけじゃない。僕の見ていないところで他の魔法少女から真実を聞いた可能性があることは否めないよ。とはいえ、現時点で彼女が持つ情報では、魔女化を知りようがない』

『……わかった。ありがとう』

 

 ゆめお姉さんは、魔女化を知らない……本当に?

 いろはお姉さんもゆめお姉さんも、キュゥべえの誘いに飛びつくような性格はしていない。どちらも臆病なところがあり、言い換えればそれは慎重さでもある。

 前者は切羽詰まっていたから、キュゥべえの話を深堀する時間がなかったのだろう。事実、あと一歩遅れていればういは心停止していたのだから。その後も昼間は学校へ、放課後はお見舞いへ、夜は魔女退治へ、なんて生活を送っていれば、魔法少女についての疑問が湧いても、キュゥべえに質問する余裕などあるわけがない。

 だけどゆめお姉さんは違う。契約前にキュゥべえに質問する時間はあったはずだ。そうなったとき、彼女はソウルジェムの胡乱さや、ぼかされた魔女の正体、穢れを溜め込むとどうなるかを曖昧にしない。何せいろはお姉さんの命が懸かっている。迂闊で妙に抜けたところがある人だけれど、そういった部分は絶対に詰めてくる。

 それに、なんだろう。何か引っかかる。キュゥべえの言葉にではない──僕は、何かを忘れている……?

 

『じゃあ、次はわたくしの質問。

 ゆめお姉さまの願いや魔法は、他の魔法少女の願いや魔法を拒絶するもの? たとえばわたくしが、ゆめお姉さまやいろはお姉さまを人間に戻してってキュゥべえに願ったら、ゆめお姉さまの願いに弾かれて叶わなかった、なんてことにはならない?』

『そういう要素は全くないよ。仮にその例え話のように君が祈ったとしても、灯花の束ねた因果があればつつがなく叶うだろう』

『じゃあ問題ないね。……うい。不安要素は一応なくなったよ。ういは自由な質問をして!』

 

 ……本当に、見落としはないのだろうか。

 僕は躊躇いを飲み干せなかった。だけど灯花の言う通り、僕たちの願いの壁となる要素は、ゆめお姉さんの祈りにはない。……大丈夫なはずなのに。

 冷静に考える。自動浄化システムが成立すれば、ゆめお姉さんがどのような願いを叶え、どのような魔法を持っていようが、灯花の質問にあの返しがされた以上、あの人は問答無用で救われる。彼女の願いの内容に、もう拘ることはない。

 ういが、ぎゅっと手を握りしめる。

 

『ありがとう、ねむちゃん、灯花ちゃん。……キュゥべえ。最後は、わたしの質問。

 ──ゆめちゃんの願いや、魔法は、お姉ちゃん……魔法少女を、人間に戻せるもの?』

『彼女の願いは魔法少女の祈りを肯定するものであり、当然、その魔法は魔法少女を人間に戻すものではない。そもそも、他人の契約を勝手に取り消しにするような破格の魔法を代償無しで手に入れられるほどの因果を、環ゆめは持たないよ』

『……因果? 代償?』

『魔法少女の素質は因果の大きさで決まる。わかりやすく言うと、背負った運命の重さ──一国の女王や救世主、もしくはそういったものに至る人物など、世界への影響力が強い少女ほど、魔法少女の素質は高まる。

 実は、この因果の量によって、願いが叶えられる範囲も決まるんだ。

 無理に望みを叶えると大きな代償を支払う可能性がある。願いがねじ曲がったかたちで叶う可能性もね』

 

 ういの指が跳ねる。彼女の不安を握り込むように、手に力を入れる。

 

『……わたくしたちの因果って、キュゥべえから見たらどのくらいあるのー?』

 

 ゆめお姉さんの願いを探るものではないからか、キュゥべえは特に抵抗することなく答えた。

 

『里見灯花、柊ねむ。君たちは世界的に見てもトップクラスの因果を束ねている。大抵の望みは叶えられるだろう。その二人に比べれば劣るけれど、環ういもなかなか才能があるほうだと思うよ』

『お姉ちゃんと、ゆめちゃんは……』

『君たち姉妹の中ではいろはが最も素質が低い。反対に、ゆめは最も素質が高かった。とはいえそのゆめも、灯花とねむには及ばないけれどね……』

『……ゆめお姉さんが……』

 

 そういう人、だっただろうか。

 ……さっきから、僕はキュゥべえの言うことにケチをつけたがっている。彼の語ることと、僕の認知になんらかの差異があると思えてならないからだ。だというのに、この強烈な違和感の所以がわからない……。

 

『うい』

『……大丈夫だよ、灯花ちゃん。確かに、わたしは二人やゆめちゃんには敵わないけど……普通の魔法少女よりは、才能があるんだよね?』

『そうだね。それは間違いない』

『灯花ちゃん、ねむちゃん。わたしは、自分を信じる。わたしは……お姉ちゃんたちさえ救えれば、それでいいの。だから……そのためなら、どんな代償を支払ったってかまわない。この気持ちは、絶対に変わらない……!

 キュゥべえ、わたしたちの願いを聞いて!』

 

 繋がれた手は、希望のように熱かった。

 これ以上キュゥべえと問答を続けても成果を得られないことはわかっていた。僕は些か残る躊躇いを今度こそ飲んだ。自動浄化システムさえ完成すれば、僕たちの未来に影はない。

 そう。影はない、はず。だというのに……胸騒ぎが治まらない。

 全て、緊張によるものなのだろうか。一歩間違えれば、業を背負うだけの賭けをしている。だから……怖いのかな。

 

『──環うい。里見灯花。柊ねむ。君たちは、その魂を対価に、いったい何を願うんだい?』

 

 この期に及んで思い浮かんだのは、ゆめお姉さんの顔だった。

 万華鏡のようにくるくる変わる表情。僕のことをいつだって見失わない。僕を知ろうとしてくれる。僕が紡いだ物語を忘れない人。

 自分でも呆れかえる。家族に、母親に、あんなにも焦がれていたのに、思い出すのが彼女なんて……。

 思い切って、息を吸った。

 

『──僕たちが欲するのは、約束を果たすための力』

『お姉さまたちの閉ざされた未来を切り拓くための力!』

『わたしたちはね、キュゥべえ──“あなたの持つ機能が欲しい”!』

 

 キュゥべえが目を剥いた気がした。

 

『わたしには“回収”の力を』

『わたくしには“変換”の力を』

『僕には“具現”の力を────』

 

『──あなたから奪わせて。キュゥべえ!』

 

『まさか、君たちは……』

 

 胸が熱い。

 目も眩むほどの光が、屋上の景色を消し去る。その光は自分の胸から抜き出されたものだった。橙色の光を、咄嗟に両手で掴む。それは確かな熱を持っていたのに、皮膚を焦がすことなく手のひらにおさまった。

 かたく、丸い感触。発熱した電化製品に触れたような生ぬるい温度。湧き出す力をどう扱うか、聞いてもいないのにわかっていた。

 ソウルジェムが再び形を失う。

 全身を光がつつむ。ノースリーブのドレスを身にまとう。身長が少し増したのは、ルームシューズから厚底のブーツに切り替わったからか。剥き出しの二の腕に感じる肌寒さを誤魔化すように、重たい質感の黒いマントが被せられる。

 最後に、角帽を戴いた。垂れ下がるタッセル部分にソウルジェムがぶら下がっているのがわかる。鏡も見ていないのに自分の魔法少女姿も、扱う武器も頭に入っているのは不思議な感覚だ。

 そして、さすが魔法少女の身体能力というべきか。異常なまでに体が軽い。病院生活で筋力も体力も落ちきった僕には、重力の呪縛から解放されたようにすら感じた。

 うい、灯花も魔法少女として変身を終えていた。灯花が得物だろう、フリルとリボンに飾られた日傘を手元に生成する。僕も同じく、自分の武器となる本を顕現した。

 

『うい、変換の準備はできたよ! 慎重に魔力を使って!』

『うん……! 二人の穢れ、集めるね!』

 

 ういの背中から繋がるように、ツバメを思わす凧が現れる。首元に飾ったソウルジェムの前にういが手を翳し、そこに桃色の光が溢れ、僕と灯花のソウルジェムからほんの僅かに発生していた濁りを吸い取った。

 同時にういのソウルジェムからも濁りが抜かれていく。球体となって渦巻く光と穢れの渦を、小さなツバメの式神に乗せて、ういは灯花に向けた。

 

『灯花ちゃん!』

『まっかせて!』

 

 灯花が傘の先で穢れを受け取る。穢れはまたたく間に透き通った魔力に成り変わる。灯花がそこに、自分の魔力を少し注いだ。

 傘が僕に向けられる。灯花が強い信頼を込めた目で僕を見つめる。

 

『ねむ!』

『大丈夫。準備は整った──自動浄化システムを、組み上げよう』

 

 傘が開き、灯花から魔力が渡される。エネルギーを乗せるツバメの翼には、灯花の魔力が炎のように猛っている。受け取ったそれに、僕はみずからの魔力を焚べる。回り続けるそのエネルギーから、自動浄化システムを組み立てる。

 夢想する。魔法少女が魔女にならない未来を。

 想像する。キュゥべえの目的を果たす理を。

 具現する。……お姉さんたちが救われる世界を。

 

『行って……!』

 

 開いた本からページが溢れ出す。

 確かな手応えがあった。本を閉じ、灯花と顔を合わせる。彼女の顔は溢れんばかりの喜びで彩られていた。僕もきっと、普段ならからかわれるくらい破顔している。

 

『成功だ!』

『キュゥべえは……』

 

 灯花の視線の先を辿ると、屋上の入口付近に彼はいた。近づくと、キュゥべえは完全にその機能を失っていることがわかった。体は子猫のように小さくなり、空中に浮かんでいた金のリングは空しく地に落ちている。何より、印象的な赤い目が照明を落としたかのように色を失い、がらんどうだ。

 

『完全に沈黙しているね……』

『キュゥべえの目的と魔法少女の増え方を考えると複数体いそうだし、この個体に拘る必要はないよ。むしろ、ちょっと警戒すべきかもね』

 

 灯花が傘の先で、空っぽのキュゥべえをつっつく。

 

『最終位置を見るに、僕たちの目的を察して逃げ出そうとしたのかもしれないね。キュゥべえからすると自動浄化システムは従来のエネルギー回収効率を下げる、厄介なセーフティネットなんだろう……』

『浄化範囲はこの感じだと北養区限定だね。キュゥべえにちょっかい出される前に何か対処をしなくちゃ。はぁ……お姉さまたちが住む宝崎どころか、神浜市もカバーできないなんて……』

『まぁでも、システム拡張は元から予定していたことだし、これから改良を頑張ろう』

『当分は魔力を溜め込むしかないにゃあ……範囲が広がればエネルギー回収は加速度的に早まっていくだろけど、ああー! やっぱり宝崎に届かないのがもやもやしちゃう! もうちょっとだけ待ってね、うい。灯花ちゃんの手にかかれば、すぐに……』

『……うい?』

 

 はたと、僕らは会話を止めた。喜びを分かち合う相手が少ないことに気がついて。

 振り返る。ういはじっとうつむいて立ちすくんでいる。聖歌隊を思わす、黒い衣装が風に揺れた。世界の終わりのような夕焼けがういを背後から照らし、彼女の姿を焼き尽くす。

 ぐらりと、ういの体が傾いだ。

 

『ういっ!!』

 

 ういが、倒れた。いろはお姉さんの祈りで病気は治ったはずだ。違う、そうじゃない。そうじゃないだろう。ここでういに最悪のことが起こるなら、それは──回収の力がなんらかの悪影響を及ぼしたからに決まっている!

 伏したういに触れようとした僕と灯花の指先が、ばちんと弾かれる。激痛が指を襲った。僕たちは体ごと吹き飛ばされた。無様に転がされた視界で、僕はそれを見た。

 

『ああああアアアああァあぁぁああ──────ッ!!』

 

 絶叫し、正気を失ったように胸を反って苦しむうい。際限なく屋上に押し寄せる穢れと、それを吸い続ける、ういのソウルジェムを。

 折れ曲がった指を治す時間も惜しかった。僕は立ち上がって、穢れの霧の中を駆けた。そこは地獄の渦で、冷たい絶望が吹き荒んでいた。おぞましいほどにへばりつく負の感情だが、その淀みが僕の魂を汚すことはなく、むしろソウルジェムは光り輝く。

 

『うい! うい!! 聞こえてる!? 僕の声がわかる!?』

 

 ういが叫び続ける。

 

『ねむっ!! わたくしが変換する! ねむは自動浄化システムを強化して……!』

『っ言われずとも!』

 

 いつの間にか隣に来ていた灯花が、ういのソウルジェムに向けて無理矢理に手を伸ばした。

 

『うい……! 戻ってきて……!! おねがいっ!!』

 

 灯花の魔力が輝き、穢れが束の間消え去る。僕は必死に魔力を具現して、自動浄化システムを補強していく。凄まじい勢いで消費しているはずの魔力だが、穢れが失われていくから、尽きることを覚えない。魂が摩耗していくような疲労感が、体を潰そうとするのをこらえる。

 

『アアアアァアアァァァアッ────!!』

 

 僅かなりとも灯花により消化されていったはずの穢れが、どっと量を増した。

 どす黒く染まった視界の中で、ういの額から何かが伸びたのを見た。それは虫の触覚だった。

 は、と声が漏れる。理解が追いつかない。

 残酷な変化はまだ続く。ういの髪が伸び、手足が伸び、その背から巨大な翅が生えた。白くて、ふわふわな、蚕蛾の翅だ。

 親友の肌が、柔らかな白い毛で覆われていく。その指が黒い鉤爪に変形する。何度も握った手。ともにお姉さんたちを救おうと重ねた手のひらを思い出す。

 彼女は、魔女になっているんだ。

 自動浄化システムがあるから、ソウルジェムはまだ無事だけれど、体が穢れに耐え切れていない。

 体が、魔女に…………

 

『ういぃーーーーーーッ!!!』

 

 灯花が叫ぶ。穢れの回収速度が早すぎる。灯花が変換するといっても無理がある。このままじゃ、自動浄化システムも破綻してしまう……!

 そのときだった。唐突に、穢れの回収が止まった。屋上に集っていた穢れが霧散する。だけど依然としてういのソウルジェムは黒く染まったままだ。僕たちはまだグリーフシードなんて持っていない……! 仮に持っていたとしても一個や二個でういのソウルジェムを綺麗にできるわけがない、あの量の穢れを吸ったんだから……!

 

『っういが魔女になんて、わたくしはそんなの認めない!!』

『灯花!』

 

 灯花がういのソウルジェムに向けて手を伸ばす。穢れを変換しようとしたのだろう、だがその拍子に放出された負の感情エネルギーに、灯花の指は関節可動域を無視して反り返る。僕は灯花の体を支えながら、必死に変換された魔力をエネルギーとして具現する。

 灯花の爪が剥げる。皮膚がめくれる。

 

『くっ……ううぅううううぅ──ああああああーーーーッ!』

 

 灯花が、ぐんと両手を引き上げた。

 ぐにゃぐにゃになったその手に大切に囲われていたのは、変換されたういのソウルジェムだ。

 

『ね、む……これ……お、ねが、い……』

 

 ソウルジェムを手渡すなり、灯花は力無く倒れた。

 手の中のソウルジェムを見下ろし、僕の喉はきゅっと絞まった。ソウルジェムに溜まった穢れは灯花がなんとかしたのだろう、だけど無理矢理に変換し、体から引き剥がしたせいか、端からぽろぽろと崩れてしまっている。

 

『だめ……! 何か維持できる入れ物がないと!』

 

 揺らぐ視界で、僕は必死に入れ物を探した。魂も感情もない体。だけど病院の屋上に、魔法少女の魂を入られるような入れ物が、都合よくあるわけ……いや……!

 

『……っ』

 

 あった。一つだけ。

 僕は、よろめく足取りで、それの前まで歩いた。

 小さなキュゥべえを見下ろす。灰色のうつろな目が、僕を見上げもしない。

 

『空の、器……』

 

 もう猶予は残されていなかった。

 僕は、変質した肉体から外れたういの魂を、そっとキュゥべえに繋いだ。ういの魂を保護するように具現の魔力で覆って……何も気づかないように。ういの魂がその絶望を見つめないように、深く、深く眠らせる。何重にも保護した上で、キュゥべえの体と繋ぐリンクを具現させる。

 キュゥべえがまばたきをする。その目は、濃い桃色。ういと同じような目の色。いろはお姉さんと、ゆめお姉さんと同じ。

 小さなキュゥべえを抱きあげる。こんなつもりじゃなかった。こんなことになるなんて思わなかった。成功だけがあるはずだった。実際うまくいっていた。灯花の理論は正しく、魔法少女を救うシステムは問題なく成立したのだ。

 それなのに、なぜ?

 どうして?

 わからない。

 今からでもやり直せる?

 どうやって……。

 ──『三人で、お姉ちゃんとゆめちゃんを、絶対に救おう!』

 どうやって。

 

 拍手の音が響いた。

 

『──────コングラッチュレーション〜!』

 

 振り返る。そこに鎮座していたものに、僕はいっそ笑いたくなった。

 巨大な蚕蛾がいた。人間だった面影なんてどこにもない。目蓋を縫いつけられ、金と宝石で飾り立てられた蚕蛾の魔女。

 これがういの魔女としての姿なら、病院から出られず、人の手を加えなければ生きていけなかった彼女に対しての痛烈な皮肉だ。

 それでもういは飛び立てるはずだったのだ。いろはお姉さんの願いによって。自由に。どこまでも。

 

『……うい』

 

 キュゥべえを抱きしめる。

 

『すまない』

 

 腕の中のキュゥべえは、無垢そうに首を傾げるだけ。

 頽れていた灯花が起き上がる。彼女の手指は綺麗に癒えていた。僕は長く息を吐き、茫然とういを見上げる灯花に手を差し伸べた。

 

『ねむ……』

『……今後のことを、考えないと』

『今後のことって……?』

 

 疑問符のついた語尾に、全てを放棄してうなだれたくなる。そうだ。こんなの、もう、どうやって戻したらいいのか。“回収”と同じ種類の力を持つ魔法少女を複数人捜して来る? 個体の時間を逆行させる固有魔法持ちを捜す? この量の穢れを削り落とすのにどれだけの魔力が必要なのか。

 さらに、魂を隔離したというのに、未だにういの体は穢れを集めていた。最悪なのが僕と灯花が魔力を注ぎ続けた結果、この魔女は自動浄化システムの中心、要とも言える部分になってしまっている。

 回収の力を持つ魔法少女を使ったとしても、ういの力と綱引きになるだろうし、なんならこの引力に敵う因果の持ち主というステータスも必要だ。ある程度穢れを削ぎ落とせたとして、その分自動浄化システムは弱体化する。逆行の力を持つ魔法少女も同様。

 我ながら、考えるべき今後のことって、なんだろうね。

 ういの魂を隔離したことにより、決定的な死はとりあえず免れたけれど、それはただの時間稼ぎでしかない。

 いずれ彼女の肉体は魔女として完全に孵化し、キュゥべえの中にあるソウルジェムも、肉体に引きずられるように崩壊するだろう。

 何せ精神が引きちぎれている。

 魔女化した部分と、ソウルジェムにある部分とで。

 

『……アリナ。あなたがこの結界を張ってくれたの?』

 

 結界……? 灯花が言及して、やっと僕は周囲に結界が張られていることに気がついた。集まってくる穢れからこの屋上を隔離していたのは、透き通った緑色の、この被膜らしい。

 魔女と成り果てたういの体を足蹴に、見知った少女がいた。

 軍服を思わす衣装を着た、いろはお姉さんよりも少し歳上くらいの魔法少女だ。アリナ・グレイ。みずからの芸術観を詰めるために飛び降り自殺を敢行した稀代の天才アーティスト。

 当時、地面に叩きつけられた彼女を発見したのは、僕と灯花だ。その頃僕たちは外の世界に飢えていて、無事回復して意識を取り戻したアリナからも院外の話を聞きに行っていた。頭の螺子がどうにも外れている人間だから、ういには黙って彼女の病室を訪ねていたけれど……天才性は確かだった。

 あの高さから落ちた割には、妙に原型を留めているとは思ったのだ。まさか、魔法少女だったなんて。

 彼女は蚕蛾の頭から降りると、いやに機嫌良さげに近づいてくる。

 

『なに、灯花。フォーゴットしたワケ? ……()()()()()()目的を』

『は……?』

 

 眉根が寄る。アリナと、灯花の目的? そんなの、僕は聞かされていない……。

 僕が状況を理解していないのがわかったのだろう。しかめ面をして、アリナは僕に視線を向けた。

 

『……ねむまで変な反応しないでヨネ』

『僕、まで……?』

『いちいちエクスプラネーションしてやらないとわからないワケ? ハァ……ジーニアスが聞いて呆れるヨネ。魔法を使った衝撃で、メモリーも吹っ飛ばしたの?』

 

 アリナは心底呆れた表情ながら、英語混じりの独特の口調で、流暢に説いた。

 

『ルーフトップでエネルギーを集める半端な魔女をゲットしようとしたアリナを止めたのは、アナタたちだヨネ? コイツさえいれば──』顎でういを指し示す。『──魔女になるフェイトを変えられるって言ってさァ』

『……は?』

『コイツが穢れを集めて、灯花が魔力に変換。ねむがエネルギーに具現して、自動浄化システムをつくる……このときシステムが破綻しないように被膜を張れってアリナに言ったの、忘れたワケ?』

『…………』

 

 あまりのことに、もはや言葉も出なかった。

 

『灯花はキュゥべえと取り引きをして宇宙の全てを知りたい。

 ねむはこの世界を隔離して自分のストーリーを刻む原稿にしたい。

 アリナは魔女という魅力的なマテリアルをこの手でベストアートにしたい。

 この半魔女をパーフェクトに魔女として孵化させることで、アリナの目的は叶う。

 そのときの相転移エネルギーを使って、システムを世界中に広げれば灯花とねむのドリームも叶う。……ああ、二人のボディを癒やしたマジックガールの魔女化の阻止もあったっけ?』

 

 何を。何を言っているんだ、この女は。

 

『全ては一致したワケ。……さ、思い出した?』

 

 意味がわからない。わけがわからない……! 僕は、僕たちはそんな身勝手な目的で、システムを創りあげたわけじゃない……!

 だというのに。

 

『……そう。そうだよ、ねむ!』

 

 灯花が満面の笑みを浮かべ、僕を見た。

 

『と……灯花……?』

『わたくしたち成功したんだよ!』

『せい、こう……? 何を、言って』

『アリナもありがとう! あの勢いで穢れを回収されるとさすがのわたくしたちでも変換と具現が追いつかないからね。病院を隔離してくれて助かったよー!』

 

 違う。違う、違う、違う、違う。

 僕たちは失敗した。変換も具現も意味を成さなかった。アリナは間に合わなかった。

 なのに、灯花は、平然と成功だと笑う。

 目の前の親友が、急に得体の知れないものに思えて、僕はあとずさった。

 

『ねむ?』

 

 灯花が無邪気に首を傾げる。アリナが怪訝そうな顔をする。

 もつれそうになる舌を必死に動かし、僕は訴えた。

 

『半魔女なんかじゃないよ、灯花。これは、ういだよ? 僕たちはお姉さんたちを救うために魔法少女になって、それで……』

 

 ──失敗したんだ。どうしようもないほどに。

 なんとか、そう告げた。

 僕はてっきり、自分の理論の元、ういがほぼ魔女化した現実にたえられなかった灯花が、アリナの狂言に飛びつくという逃避行動を起こしたのだと思っていた。彼女の心は察するに余りあるが、僕一人でこの状況をなんとかできるとも思えなくて、現実を叩きつけた──つもりだった。

 灯花が眉を跳ね上げる。苛立った表情で、彼女は告げた。

 

『……何を言ってるの? これのどこが失敗なの? というか、ういって何?』

『灯花こそどうしたの。ういだよ……? 環うい。僕たちの、大切な──』

『もぉー! へんなこと言わないでよ! ねむが仕上げたんだから()()()()()()()()()自動浄化システムが問題なく稼働してることはわかるよね? 失敗なんてどこにもないよ! なんならてきとーな魔法少女でも拾って、ソウルジェム内の魔力を穢れに変えて魔女になるか試してみる?』

『灯花!』

 

 うんざりとした顔をして、灯花が髪を指でいじる。

 

『……どうしちゃったの、ねむ。せっかく、わたくしたちの夢が叶うのに』

『夢って……』

『今まで奪われてきたわたくしたちの反逆でしょ? この計画は。ずっとずっと抑えてきた怒りを、解放するときが来たんだよ』

『怒り?』

『そう! わたくしはずーっと奪われてきた! 誰も本当なんてくれなかった! 狭い世界に閉じ込められて! わたくしがママ様とご飯を食べられないのも、パパ様と出かけられないのも、そういう“本当”を知ったら、二度と病院なんかに戻りたくなくなるからでしょ!?

 インターネットはいろんなことを教えてくれるよ。行ってみたい景色も、食べてみたいご飯も、試してみたい遊びも。でもわたくしは行けないの。できないの。この世界から逃げられないように、誰も本当を教えてくれない。誰も与えてくれない……! なのに、外のみんなは、当たり前に元気で。当たり前に本当を知って。本当に触れて……わたくしたちは偽物の世界で、今日を生きるのが精一杯で、明日なんて信じられなかったのに!!』

『灯、花……』

『その本当を、手に入れたくても手に入れられない人間がいるのに、外のみんなはかんたんに消費して捨てるの。腹が立つでしょ? それでいて、中のみんなは、偽物しかくれないのに、わたくしに与えろって言う! わたくしに何があるっていうの? 偽物しか知らないよ。何も無いのに。それなのに、わたくしが苦労して見つけた、わたくしだけの星空を……わたくしだけの宇宙までも、奪おうとするんだから……なんにも努力してないくせに……!』

 

 いつか、院内学級で課題を言い渡されたときに、灯花は同じ鬱屈を泣き叫んだ。

 同じ目線を持つ僕も、大好きなういも、あれだけ懐いていたいろはお姉さんすらも拒絶するほどに、自分の知る宇宙を独占したがった。ゆめお姉さんが灯花の叫びに、静かに、いつまでも耳を傾けていたのを覚えている。

 あのときは、いろはお姉さんが灯花に与えて、共有する喜びを教えていくことで、灯花は自分の宇宙を少しずつみんなに分け与えていくことを許した。いろはお姉さんという、本物を運んでくれる人を認めたことで、かたまっていた心が解かれたのだろう。

 ……ういだけじゃない。まさか、灯花は、いろはお姉さんまで忘れたのか?

 

『ねむだってそうでしょ!?』

 

 目に涙を湛えて、灯花が僕を睨みつける。

 

『わたくし、ねむのお母様もお父様も弟も、だいっきらいだった! 来るたび来るたび自分のことばっかり! 病気で苦しんで、ねむは歩けない日だってあるのに、自分はずっと動いてて大変だけど楽しいとか、まーくんがリレーで一位を取ったとか好き放題自慢話して帰っていくの! ねむの話なんてかけらも聞かない。ねむが物語を書いてることすら覚えてないんじゃないの? 自分たちは体育会系だからとか言い訳でしかないでしょ? ねむはあなたたちの話を聞くだけの、都合のいい置き物じゃないのに!』

 

 息を呑む。お母さんたちが来たとき、いつも不機嫌そうにしていたとは思っていたけれど……そこまでの感情を抑えていたなんて、想像もしていなかった。

 涙を拭いながら、灯花は言った。

 

『……わたくしたちに、なんの見返りもなく与えてくれたのは、知らない魔法少女だけ』

 

 ゆめお姉さんのことも、彼女は。

 

『だから、宇宙を知るついでだけど……わたくしは魔法少女にだけは与えてあげる。わたくし自身も、魔女になるのはいやだしね。

 ねぇ、ねむは違うの?』

 

 ようやく、理解がいった。

 キュゥべえを抱く手に力がこもる。こうなったのは──ういの存在が世界から消えたのは、僕の魔法のせいだ。

 灯花が変換したういの魂を、僕は厳重に保護した上でキュゥべえに隔離した。そのときに、ういの魂とキュゥべえの肉体の間にリンクを具現したのだ。魔法少女の魂と肉体の繋がりを再現して……それが、仇となった。

 ういの魂は穢れによる負荷がかかっていた上、ソウルジェム内の精神と、肉体とともに魔女化した精神とを引きちぎられて、非常に不安定だった。それを安定させるために、僕は無意識にストーリーを創り上げた。

 もう一秒でも経てば体に引きずられて魔女化しそうな魂を、魔法少女のまま維持するには、精神及び人格の隔離が必須だ。

 だから、精神を眠らせる。ういという人格を隠す必要がある。それでいて、ソウルジェムを保護するには──どうすればいいか。

 キュゥべえという肉体だけでなく、存在をもリンクさせてしまえばいい。

 キュゥべえに紐づけられた魂に感情はない。人格はない。宇宙の延命に必須の感情エネルギーを人類に見出した彼らに、情動の神経回路なんてものがあるわけない。

 だから、キュゥべえ内部のソウルジェムは魔女化しない。

 そして、同時に、人間社会に情報を刻まないキュゥべえと存在を結んでしまえば……ういという少女がいた形跡が、世界から消える。

 この世界に生まれ落ちた人類としての環ういが、消える。

 この手の中にいるのは、もはや何者でもない。環ういのソウルジェムを持つ、キュゥべえの抜け殻。

 

 蚕蛾を見た。

 その魔女は、穏やかに寝息を立てていた。

 どうしてだろう。

 似るわけがない怪物の寝顔が、ういのものと重なる。

 微睡むういにいろはお姉さんが眉を垂れて微笑む。

 ゆめお姉さんが頬を指でくすぐるだけのいたずらをして、してやったりと笑うのだ。

 僕はその光景が好きだった。

 そのうち灯花がお姉さんたちに構われにいって、ゆめお姉さんが僕を手招きして。

 ういが目蓋を薄く開いて、僕たちを見ると、心の底から幸福そうに唇を緩める。

 ──アメジストの思い出が、手からこぼれ落ちる。

 あんなにも、大事に、抱きしめていたはずなのに。

 

 ──『三人で、お姉ちゃんとゆめちゃんを、絶対に救おう!』

 

魔法少女(お姉ちゃんたち)を、救って』

 

 蚕蛾(うい)が、そう言った気がした。

 

 空を見上げる。

 まっかな太陽が落ちていく。

 

『そうだね』

 

 まだ救えるものは遺されている。

 

『僕たちで、魔法少女を救おう』

 

 お姉さんたちを救おう。それが、君の遺言なのだとしたら──僕は罪を重ねよう。

 僕の言葉に、灯花が涙目から打って変わって、ぱあっと喜色を浮かべた。

 

『よかった! いつものねむに戻ったね!』

『見応えのあるデュオローグをサンキュー。で、クエッションなんだケド』

『……どうしたのかな』

 

 アリナが問いかける。

 

『このウィッチは、なんて呼べばいいワケ?』

 

 僕は言った。

 

『エンブリオ・イブ。──魔法少女の、希望のはじまり』

 

 揺り籠で微睡む魔女。君の頬を、今度は僕がくすぐるだろう。

 

 

 

 灯花が日傘を生成し、石突を僕の胸に向けた。

 咄嗟に身を翻す。回避が間に合わなければ、キュゥべえは串刺しになっていた。

 

『っ、灯花、何を……』

『わたくしたちの目的の障害は排除しないと、でしょー? 抜け殻とはいえ、キュゥべえはキュゥべえだもん。ちゃーんと潰しておかないとっ!』

『モキュ!』

『あっ……』

 

 小さなキュゥべえがひと鳴きして、僕の腕の中から飛び出す。追いかける間もなく、あの子は屋上から出ていった。

 まさか灯花がここまでキュゥべえを嫌悪するなんて。あの子のことは、僕がどうにか保護しようと考えていたのに。

 灯花とアリナが今後の計画を語らい、楽しげに会話しているのを眺める。

 イブを孵化させるためには、膨大な穢れと、感情エネルギーが必要だ。

 アリナがキュゥべえを排除し、自動浄化システムを安定化させる被膜を神浜に張っていくのを見ながら……僕は自分の武器となった本を取り出した。

 

『……灯花。僕はウワサを使うよ』

『ウワサ? 二人でつくってたやつ? あれがなんの役に──……』

 

 灯花は笑みを深めた。

 

『なるほどねー? いいと思うよ、わたくしは。今までみーんな魔法少女に守られてきたんだもん。ふつーの人間も、ちょっとくらいは解放に手を貸すべきだよねー。くふふっ。

 それに、物語を世界に刻む練習にもなるんじゃない? いいことづくめだよ』

『……そうだね』

『となると、わたくしは何をしようかにゃー? あっ、キーホルダーをくれた魔法少女も捜さないと……』

『そのことだけど……彼女は僕に任せてくれないかな?』

『なんで?』

『……あの人とは、仲が良かったんだ。彼女の性格からして、魔女を育てることも、一般人を巻き込むことも同意しないと思う。仮に同意したとしても……ひどく思い詰めてしまうから。彼女には魔女化のことも、何も知らせずに、計画を進めたい』

『えー、わたくしも会いたいのに! というか、仲が良かったならなんで紹介してくれないの?』

『……癇癪持ちで、会う人間全て小馬鹿にするような君に会わせられるわけないだろう』

『にゃっ……癇癪持ちなのはねむのほうでしょ? いっつも自分の意見が通らないと泣くんだから。泣き虫! 頑固!』

『もうそれは卒業したよ……』

『頑固は卒業してないから!』

『ノイジーなんですケド! 結局どうするワケ? そのマジックガールとやら』

『彼女は呼ばない』

 

 灯花にきつく言い含める。

 僕たちはもう、あの人たちを頼れない。……会わせる顔なんてない。

 

『……全部終わったらいいでしょー?』

 

 僕は、一般人から感情エネルギーを搾取するためのウワサを選び、具現することに集中するふりをして、目蓋をおろした。

 まっかに焼ける視界に、涙の味を覚える。

 

『……全部が終わったら、ね』

 

 僕はういを置いていけない。僕たちはずっと一緒だ。

 でも、記憶の無い灯花を心中(そこ)に巻き込もうとは思えなかった。僕は、ういとお姉さんたちと過ごした思い出を失い、心の成長を取り上げられた彼女に、親友を殺す手助けをさせるのだから。

 この記憶は僕が一人で持っていこう。

 僕がいなくても、灯花にはお姉さんたちがいる。キーホルダーのことを覚えているのなら、きっと縁は結ばれる。

 目を開く。

 生まれたのは、桜の苗木。感情エネルギーを収集するのになんの役にも立たない、優しいだけのウワサだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 目蓋を持ち上げ、ソファから体を起こしたわたしに、ねむが告げた。

 

「……灯花から、環ういと僕を捜す魔法少女のことを聞いたとき、ありえないと思った」

「……」

「ういは世界から消えたはずだから。残っているのは、ゆめお姉さんがくれたキーホルダーと……この写真だけ」

 

 ねむがウワサを創る本から取り出しのは、わたしにとっても懐かしい写真だった。

 中央に一人分の空白を置いて、ねむと灯花がベッドに座って笑っている。二人の後ろで、ねむの肩をわたしが寄せ、灯花の肩を姉ちゃんが寄せて、笑顔で撮った写真。

 ねむと灯花の間に、本当はういがいた。

 

「ゆめお姉さんは、どうしてういを覚えていたの?」

「……」

「あなたは何を祈ったの?」

「……」

 

 ねむが写真を大切そうに、本に挟む。

 

「なぜ、キュゥべえの中に魔法少女が──ういがいたことが、わかったの?」

 

 ──わたしはキュゥべえに願った。『叶った願い事はそのままに、魔法少女を人間に戻す力が欲しい』って。

 結果、わたしは魔法少女に固有魔法を残した状態で人間に戻すことができるようになった。けれどその力は、記憶の中でういにキュゥべえが答えたように、『人間に戻す』力じゃない。

 わたしの魔法の本質は、『不都合』の回収。怪我や病、ソウルジェムの穢れなど、人がいやだなと思うものを引き取る魔法。わたしはこの力で、魔法少女の因果を──魔女になる結末だけを巻き取り、ソウルジェムに受け入れることができる。

 因果に携わる力を持っているから、キュゥべえの中のソウルジェムに気づけた。

 ただ、この魔法で魔法少女を人に戻せば戻すだけ、わたしは因果を蓄えていく。最悪の魔女としての階段を駆け上がっていく。ねむの記憶の中でキュゥべえがういをはぐらかしたのは、わたしの魔法が奪われないようにするためだろう。彼にはわたしを育てている節があった。

 それがわたしの祈り。わたしの希望。

 

「ねむ。ういに、会わせて」

 

 ねむは憐れむようにわたしを見つめた。

 

「……希望を持つのはやめておいたほうがいい。裏切られたときがつらくなる」

「……そう、かもしれない。でも、わたしは、ういの姿を実際に見てない。今、あの子がどうなってるのかも知らない。知らないままで、妹を諦めるなんてできない」

「僕の記憶、見たでしょう? イブは成長を続けている。あなたが体感した穢れなんて比較にならないほど、感情エネルギーを溜め込んだ。

 僕たちにできることなど、もうどれほども残されていない。……それともお姉さんには、何か当てがあるの?」

 

 あの量の穢れをどうにかすることは、わたしでも難しい。ねむの推測通り、『回収』の魔法を使ったとしても、自動浄化システムの強大な力と綱引きになる。

 そもそもわたしの魔法は、魔法少女を人間に戻すとき、その魔法少女が抱える穢れを吸収する必要があるのだ。どうあってもこちらのソウルジェムが耐えきれない。

 ……()()()()()()()、ういの力に負ける。

 うつむいたわたしの耳に、優しい声が囁く。

 

「意地悪を言ってごめんね。でも、事実だから。……あなたは無力だ。あなたにういは救えない。できることなんて、一つもないよ」

 

 息がうまく吸えなくなる。

 

「ゆめお姉さん」

 

 ねむが立ち上がるのが、視界の端で見えた。靴底が床を打つ音が近づき、べったりひっついていたツバメの使い魔が、ぴゃっと飛び退いてどこかへ行った。

 ソファが軽く沈み、左隣に人の体温を感じる。

 冷たい手が、横髪を掴んだわたしの右手を拐う。

 

「宥め行動。変わらないね、お姉さんは。緊張しているときや、怖がっているときは、いつも右手で横髪を耳にかけたり、撫でつけたりする。だから嘘がバレるんだよ」

「嘘、ついてない」

「どうだか」

 

 右手の指を一本一本ほどかれ、膝の上に戻される。途端に落ち着かなくなって左手が宙に浮き。先ほど指摘されたばかりの髪には触れづらくて、右腕を強く掴んだ。

 

「僕から提案がある」

 

 重なったねむの手に、力がこもる。

 

「マギウスの翼は発足したばかりでね。人手が足りないのもあるけれど……灯花は、彼女なりに君へ恩を感じて、自分の手元に置きたがっている。でも、全てを知る僕としては、あなたに妹を殺すようなことをさせたくない。

 ──僕は、あなたを眠りにつかせてあげられる。悪い夢を見ないように、ウワサも創ってあげる。……ゆめお姉さん。目が覚めたら、全てが終わっている。イブが完全に魔女化したそのとき、自動浄化システムはこの星を覆うだろう。魔法少女にとっての、楽園の時代が訪れる。

 ……そのときに、灯花を託したい。一人ぼっちになった彼女を、いろはお姉さんとともに、迎えに行ってあげてほしい」

 

 ──それが、あなたに与えられる選択だ

 

 

 

 顔を上げた。

 ねむが驚いたように目を瞠る。

 わたしはねむの手から自分の腕を引き抜き、彼女をそっと抱きしめた。

 

「……っ!? なに、して……」

 

 ねむがわたしの嘘を見抜くように、わたしだって少しはねむの内心が読み取れる。騙されることもあるけれど、今回はちゃんと見抜いた。

 彼女は、本当は、わたしが眠ることなんて望んでいない。

 わたしに共犯者になってほしいんだ。

 ねむが過去を告白したがったのは罪悪感もあるだろうけれど、彼女の甘えにも感じる。本当に、それだけしかわたしに選択肢を与えたくないのなら、ここに連れてきたときに魔法を解いてわたしを目覚めさせる必要はなかった。

 彼女は罪を犯しているという。自分がどれほどのことをしでかしたのかわかっていると主張する。その贖いのためには死ぬことだって辞さないと、包み隠さず、記憶の中で何度も繰り返しわたしに見せてきた。自分の罪悪感が築かれていく様を。

 わたしだったら仮に罪を明かすとしても、親しい人間に、自分が死のうとしていることまでは伝えない。止められるのがわかっているから。

 わたしなんかよりよっぽど人の心に造詣があるねむがそのことに気づかないとは思えない。

 きっと、助けてほしいという気持ちが排せなかったのだ。

 ねむは罪悪感に潰れそうになっているだけで死にたいとは思っていない。灯花が、なんて理由付けをしていたけれど、たった一人全てを知りながら沈黙して死ぬのを嫌がっているのは、暗い場所でずっと誰かの迎えを待ち続けているのは、ねむのほうだ。

 わたしはねむに、許すとも、許さないとも言えない。姉ちゃんみたいな“正しい言葉”も、ういみたいな“救いの言葉”も見つけられない。

 わたしにできるのは諦めずに探すことだけ。ういを救えて、ねむが自分を許すことができる未来を。

 自動浄化システムの力に勝てるほどの因果に、一つだけ心当たりがある。

 ──今から半年後、史上最悪の魔女が生まれ、世界を滅ぼす。

 その魔女の元となる魔法少女が、見滝原に現れるはずなのだ。ワルプルギスの夜を倒すために、全ての力を使い果たし、世界を滅ぼす災厄──キュゥべえ曰く、“救済の魔女”となった魔法少女、『カナメマドカ』が。

 わたしには未来の【記憶】がある。正確には並行世界の記憶というべきか。

 未来のわたしは、キュゥべえに、『自分の死後、記憶を過去の自分に送ってほしい』と願った。姉ちゃんが事故で死に、そのあと立て続けに、ういを、ねむを、灯花を失ったわたしは、みんなが元気に生きている夢が見たかった。

 この願いで、“現在(いま)”が変わるもよし。変わらなくても、どこかの世界線で再会が果たされるなら、わたしは全てを亡くした世界でも、神浜にウワサを刻むために生きていけると、そう思い込もうとして。

 そうして、契約した矢先に、世界は滅んだ。

 

 わたしはもう一度言った。

 

「ういに、会わせて」

 

 初めて固有魔法を使ったときは最悪の副作用だと思ったけれど、案外そうでもないかもしれない。使えば使うほど命は削れるけれど、わたしは魔法少女として強くなっていくのだから。

 『カナメマドカ』の因果を使えば、自動浄化システムの力との綱引きに勝てる可能性が出てくる。

 わたしなら、ういの穢れをどうにかできる可能性がある。

 ういもねむも死なない未来が、まだあるはずだ。

 

「わたしは眠らない」

 

 ねむが肩を揺らす。

 

「ういも、あなたも、諦めない」

 

 ややあって、彼女は溜息をついた。

 

「……いいよ。聖堂に連れて行ってあげる。そこで、心折れてしまえばいい」

「……うん」

 

 薄い背中を何度も撫でた。何度も、撫でてきた。

 

「折れて、しまえばいいんだ……」

 

 ねむが、いつかのわたしのように啜り泣く。八つ当たりじみた言葉には一つも悪い感情が聞こえない。

 そこには涙の熱だけでなく、ほんの僅かに希望の熱が灯っている。わたしが、諦めなかったから。

 どくどくと心臓が鳴る。奥歯を噛みしめる。ういが本当に救えるのかなんてわからない。そんな方法、まるで思い浮かばない。ねむに、期待だけさせてしまっている。

 去っていったはずの使い魔が、遠巻きにわたしたちを見ている。

 丸い窓に映るわたしの顔は、この世の終わりをみたかのように絶望的な表情をしている。

 自分の中にある不安から目を背けるように、わたしもねむの肩口に顔を寄せた。

 





〈ねむがキュゥべえに入れたもの〉
 マギレコ→ソウルジェムから引き剥がした人格・精神
 アニレコ→ソウルジェム
 この小説→人格・精神の一部とソウルジェム



 本人が把握していない&キュゥべえがいないせいで今後言及できる場面が思い浮かばないので補足すると、
 キュゥべえを捜し回ってたくせにいろはが先に契約したのは、それまで主人公にはキュゥべえが見えていなかったから。
 病院組が死ぬか魔法少女になるかしないと因果が足りず魔法少女になれない。
 代わりに病院組が死の運命にあればあるほど魔法少女の素質がアップする。人間版やちよさんみたいな感じ。

 Q.なんでこんな体質なの?
 A.頼れる人間(いろは)がいると甘え、大切な子(うい・灯花・ねむ)が残っていると心が少しでも満たされ、人生を死ぬ気で頑張らなくなるから。
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