環姉妹の真ん中っ子   作:匿名

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ペンネン・ノルデ

 

 レースのマントを留めている、桜のかたちをしたソウルジェムは、ずっと淀んでいた。けれど濁りきらなかった。魔女と化した妹の姿を直視しても、ゆめの目はかろうじて光を失わなかった。

 環いろはの名前を教えてくれたとき、彼女は初めてはにかんでみせた。とっても安心したふうに。姉も大事、妹も大事。ふーん、そういう人。だったら、ずっとねむの手を離さないのも、出会ったとき、わたくしを見て泣きそうな顔をしたのも。

 これから環ういを殺そうっていうわたくしに、助けようとしてくれてありがとうなんて言えちゃうのも、この人の大事の中に、わたくしが入ってるからなのかな。

 ぱちぱち、パズルのピースが嵌っていく。

 ──環ういはねむと同じ、わたくしの親友だった子なんだろう。

 文学的素養が無いとか、共感性に欠けているとか、ねむにさんざん言われてるわたくしだけど、さすがにここまで情報が揃ったら何が起きたのかくらい推測できる。

 自分を助けてくれた魔法少女と少しでもお話したくて、フェントホープに残っただけなのに、嫌な確信を得てしまった。

 

 

 

 聖堂の扉が閉まり、すぐにアリナがこっちを見た。壁にかけられたランプの明かりが、青白い肌をぬらりと照らす。また芸術がどうたらで人の反応を観察しようとしている。そういうところ、すっごくいや。むすっとした顔をしちゃったのが自分でもわかった。

 

「ゆめに手を出すのはいったん無しにして」

「自分からウィッチになるって言い出したのに?」

「ワルプルギス戦において重要な戦力になるかもしれない。当てが外れたとしても、情報はまだ、絞り出せるよ」

「へぇ──」相槌を打つ声の芯が冷たくなる。「アレ、本気で信じるんだ? それとも、身内びいき?」

 

 声とは反対に、アリナは笑っている。最悪。

 ゆめをフェントホープの部屋に寝かせたあと、わたくしたちはみふゆと別れて、三人で話をした。ねむはゆめがイブの姉であること、イブの元になった少女が“環うい”という名前で、自分の魔法によって世界から忘れ去られているのだと白状した。

 まぁ、ここまで情報を落とされたら、普通に気づくよね。

 それにプラスして、ゆめがあの態度なんだから。

 

「……ちゃんと理由はあるよ。アリナは覚えてる? みふゆとゆめの会話」

 

 二人で()()()()()廊下を進みながら、わたくしは手のひらに金色のペンダントを浮かばせた。見た目は羽根たちに配布してるやつと同じだ。だけど、限られた機能しか使えない下っ端と違って、マギウスの持つペンダントは全ての権限が解放されている。

 わたくしたちはこれを使って、みふゆのペンダントからゆめとの会話を盗み聞きしていた。

 そもそも、みふゆがゆめを警戒するように仕向けたのはわたくしだ。ねむからゆめの妹がエンブリオ・イブだって聞いたとき、わたくしは命の恩人に嫌われちゃうかもって、怖くなった。ねむは、話も聞かずに責める人じゃないって言ってたけど、そんなの全部覚えてるねむだけかもしれないでしょ。わたくしは環ゆめの人となりを事前に知っておく必要があったのだ。

 だから、ねむの部屋から出たあと、環ゆめを託されたみふゆに言った。ゆめが解放を止めそうな感じがないか確認してって。ねむの魔法の代償を知ったら、どういう反応をするのかわからないから……そう仄めかしたら、みふゆはあっさり頷いた。

 みふゆには七海やちよっていう、ベテランさんで、魔法少女の真実も知ってるのに解放を肯定しない──そういう性格なんだって、へんなの──仲間がいたから、解放を蹴る魔法少女もいるかもねって、怪しむことなく納得してくれた。

 ただ、魔法の代償については、ねむに自分で話すから触れないでって言われてたみたいで、純粋にゆめの性格が、一般人の犠牲を前提としたマギウスの翼を肯定できるか探るやり方になったみたいだけど。

 彼女は想像以上の成果を出した。

 

『ゆめさん、ですね。素敵な名前です。……こんなことを早々にお聞きするのも心苦しいのですが……ゆめさんは、ソウルジェムの秘密についてどれくらい知っていますか?』

 

 ペンダントがみふゆの声で喋りだす。

 数秒の沈黙を挟んで、今度はゆめの声が答えた。

 

『ソウルジェムが、魔法少女の魂そのものであること。だから、魔法少女はソウルジェムを砕けば死ぬ。ソウルジェムから100メートル離れると肉体とのリンクが切れる。代わりに魔力さえあれば、頭蓋を粉砕されても、心臓が破れても蘇生可能。けれど魔力を使い切り、ソウルジェムが完全に穢れたとき、そこから魔女が生まれる』

 

「ここ、ほんのすこーし引っかかってね。ソウルジェムと肉体のリンクがどれくらいで切れるかなんて、普通の魔法少女じゃ辿り着けないよ。七年魔法少女をやって来て、ソウルジェムの真実を知って、キュゥべえを問い詰めたはずのみふゆは知らなかった。わたくしとねむも、思いついて実験しなければわからなかった。

 このとき、ゆめはさらっと──まるでソウルジェムの秘密を知ってる者なら、誰でも知ってる前提で言ってるけど、実はソウルジェムと肉体のリンクの話は、魔女化よりも知る人が少ないんだよ」

「あのハクビシン……キュゥべえに聞いたんじゃないの」

「ねむの話、忘れちゃった? そのキュゥべえが、環ゆめは魔女化を知るはずがないって言ってたんだって。でも……」

 

 わたくしは次の音声を再生した。

 

『魔女化のことは、最初から知ってたんです──ねむには内緒にしていてください』

『魔法少女に、なりたいわけじゃなかった。でも、絶対に叶えなきゃいけない願い事があって契約しました。

 ……やるべきことが全部終わったら、魔女になる前に、ソウルジェムを砕くつもりだったんです。わたしは、わたし一人で全てを終わらせるつもりだった』

 

 音声を止める。

 

「蓋を開けてみたらこれ。彼女は、最初からソウルジェムの秘密を知っていた。つまり……」

「環ゆめはキュゥべえにソウルジェムの真実を知っていることをコンシールしてた?」

「……そういう挙動だよね。だから、魔法少女システムを疑うようなことを彼には聞けないし、迂闊に試せないと思う」

 

 ゆめのこの台詞を、みふゆは嘘じゃないって報告した。

 みふゆは魔力の揺らぎで、ある程度の嘘がわかるし、西の代表をしてただけあって、観察眼はそこそこある。そのみふゆが言うのだから信じていい。

 

「あの人はインキュベーターさえも感知できないところで魔法少女の真実を知り、その上で契約をした」

「……灯花はそれが未来のメモリーを持つマジックガールがいる証拠って考えてるワケ?」

「今挙げた違和感の回答に、ゆめの発言を採用するならね。ただ……その言葉を信じるにしても、わたくしは、未来を伝えた第三者はいないと考えてる」

()()()()?」

 

 用無しになったペンダントを握りしめ、変身を解除するときみたいに消してしまう。

 

「脳に記憶を直接送り込まれたんじゃないかな」

 

 アリナはちょっとだけ目を開いた。でもすぐになるほどって顔をした。ゆめの目がどうたら言ってたし、芸術家なりの独特な感性で、何かを直感していたのかも。わたくしはあの目、夜明けのピンク色の空みたいで嫌いじゃないけどね。

 

「環いろはは一番下の妹を治すために魔法少女になった。ゆめが契約したのはそのあと。この二つは確定。

 もしも未来の記憶を持つ第三者……ここではAにしよっか。Aが、環いろはの契約前にゆめと接触した場合、ゆめが先に契約してなきゃおかしい気がするんだよね。わたくしだったら余計なことをしないように、武器でもなんでも突きつけて、即座にキュゥべえに願わせる。別のことを願われたら困るもん。

 じゃあ、Aの接触が環いろはの契約後だった場合。ねぇ、アリナ。日夜戦いに明け暮れる魔法少女が、迫ってくる車の気配がわからない、なんてことある?」

「……」

「というか、ゆめの素質があったら、姉伝いでAよりもキュゥべえが先に接触してるはずだよ。姉というサンプルもいる。魔法少女がどういうものか、Aの助けなんてなくても、残酷に、悲惨に教えてくれる。あの因果持ちで見逃すわけないよ。

 そしたら、『姉が事故で死ぬ』っていうAの発言の不自然さもわかるよね。仮に環いろはがうっかりさんで、事故に巻き込まれたのだとしても……彼女は回復の祈りで契約した、癒やしの力に特化しているだろう魔法少女だよ? 環いろはは死ぬはずがないの」

 

 「Aの話は信用できない」わたくしははっきりと言った。

 

「だというのに、Aから教えてもらったらしき情報を、自分の目で見たかのようにゆめは話す。

 そして、知りすぎているの。魔女化のこともそうだけど、ソウルジェムと肉体のリンクの話や、わたくしたちでさえ知らなかった魔女の持つ性質の話。……従順な魔女のつくり方。

 そんなの、契約前にAが話すメリット無いよね。魔女化とか特に。話したら絶対にすんなり契約してくれないもん」

 

 アリナは興味の無さそうに鼻を鳴らすけれど、話を止めようとはしない。やっぱり本当は気になるんだ。つまらないなら帰る足が早くなるか、その話はやめろって言うもん。

 からかってやろうかと思ったけど、話が逸れちゃうから、わたくしは観察された仕返しをするのをぐっと我慢する。

 

「だけどね、このお話。Aなんて人物はいないって考えたら、結構筋が通るんだよ。たとえば、未来の環ゆめや、彼女と親しい人が、記憶を過去のゆめに送ってって願うとかしたらね。過去の世界でもう一度だけ、願いを叶えられるチャンスができる。しかも送ってきたのは自分か知人だから、記憶を信じさせるのはかんたんだよ。

 未来視、または未来を演算する固有魔法持ちかとも思ったけど……あのエンブリオ・イブを前に妹を諦めなかった人が、環いろはの解放を差し置いて、未来を知りたいなんて願うのかと思うとちょっと疑問なんだよねー。だったら、A=環ゆめか、親しい誰かだったという仮説のほうがまだ通るよ。

 まぁ、聖堂での様子を見る限り、環いろはの命より他のことを優先して願いを使ってるのは事実なんだけど」

 

 願いの内容は、わからない。

 ワルプルギスの夜を倒したいって言ってたときの顔は、嘘っぽくなかった。でも、願い事を言ったときの顔は居心地が悪そうで、視線が逸れていて、白いほっぺに抜ける冷や汗の筋が、床から反射する光で照っていた。何度も横髪を撫でていた右手が、ぎゅっと胸を掴んでた。

 『ワルプルギスの夜を倒す力がほしい』というのはたぶん嘘。だけど、環いろはの命を切り捨ててでも叶えなければならなかった、よっぽどの何かがある。わたくしはそう考える。

 溜息をつく。願い事に関しては、ひとまず置いておく。どうせすぐにわかるから。

 

「わたくしは環ゆめがどういう人間なのか知らない。だから彼女を信用できないし、彼女の性格をシミュレーションすることもできない。

 でも、わかることはある。…………あの人の急所は、姉妹とねむ。それと……わたくし。環ゆめは、妹を魔女化させようとする里見灯花(わたくし)を、ひとつも責めなかった。……怒らなかった」

 

 ねむの言ってた通り、ゆめはわたくしの話をちゃんと聞いてくれた。返答はアレだったけど、解放がいかに重要なのか、環ういがいかに手遅れなのかも、理解していた。まぁそこで諦めるんじゃなく、妹も助ける、解放も果たす、だから計画を半年待ってくれと言われたときはあまりの諦めの悪さに呆れたし、馬鹿だとも思ったけれど。

 今にして思えば、ゆめにとってキツいことばかり言っちゃってたかもしれない。

 なのにゆめは、悲しそうな顔はしても、ちっともわたくしを責めなかった。

 ──妹を殺す人間に対する、その異常なまでの甘さが、わたくしが彼女との記憶を失ったという推測を確信に変える、最後のひと押しになった。

 環ゆめの好悪はわかりやすい。エンブリオ・イブに切なそうな目を向ける。姉の名前を心の底から大切そうに口にする。ねむを庇う素振りを見せる。わたくしに対してずっと優しい。

 反面、初対面で攻撃をしかけてきたアリナに対しては警戒心剥き出しで、腰が引けている。毛を逆立てたねこちゃんみたい。冷静に振る舞ってるつもりかもしれないけど、近づかれたときなんか、今にもふしゃあって言いそうだった。

 嫌いな人には素直にいやな顔をする人なんだと思う。なのに、わたくしにそんな顔しなかった……。

 

「認めてあげる」

 

 その一言を向けたのはアリナじゃなくて、この場にはいない環ゆめにだ。

 

「わたくしの記憶はおかしいって」

 

 口に出して、思ったより、ショックは少なかった。ああ、そうなの。そういうこと。そんなふうに納得がいって、力が抜ける感じ。認めるとあっけなかった。

 

「自動浄化システムを確立するためには、『回収』、『変換』、『具現』の魔法が必要不可欠だった。それも、キュゥべえから奪ったものじゃなきゃだめ。魔法少女システムに横槍を入れるなら、同じくらい強い力じゃなきゃいけないの。因果に介入するレベルの……そんな、わたくしたちが求めていた力が、あの病院に偶然放り出されてたなんて、よく考えなくてもおかしい」

「おまけに灯花のねむのディジーズは治ってたんだヨネ?」

「そう! 病気が治ってないなら、わたくしたちは健康な体を手に入れるために魔法少女になるしかなかった。魔女化が回避できないとしてもそっちのほうが長生きできるから。だけど、実際は、わたくしたちは完治一歩手前で、魔法少女の契約をしなくてもよかったの。

 ねむの話を聞くまで、魔法少女になった理由は、宇宙の全てを知るためなのと、病気を治してくれた魔法少女を救いたいからって思ってた。でも……助けてくれたとはいえ知らない人のためにわたくしが魔法少女になるかというと……リスクが大きすぎて、たとえねむの仲良しさんでもしないと思う。宇宙の全てを知るって言っても、成功するかもわからない自動浄化システムにオールインするほどのことか、今ではわかんなくなっちゃった。

 アリナだって目をつけたものにはわけわかんないくらいこだわるのに、イブはあっさり手放してたよね」

「アー……そういう気分だったカラ……魔法少女がボーンする瞬間も見たかったし、アリナ的にも魔女化は……」

「アリナが魔女化をいやがるなんてありえないこと言わないでよ」

「……アナタ、アリナのことどう思ってるワケ」

「ヒステリックで頭のおかしな芸術家。今でもときどきなんで手を組んでるんだろって思う危険人物。天才性は認めてるよ」

「癇癪持ちの甘ったれたガキに言われたくないんですケド。アリナ的にも子どもと手を組むとかありえないカラ。……ま、確かにウィッチになる程度、アリナがウォーリーするとは思えない。ドッペルもあくまで偶然できたバイプロダクトで、魔女に匹敵するユニークなマテリアルをアナタたちが提供できないのにアリナが協力するとか……」

 

 言っている内にアリナもやっと、自分の心変わりを疑問に思ったのだろう。

 

「……シット。アリナにも影響してたワケ?」

「くふふっ、わかるよ? 不快だよねー。わたくしの中の、奥深くの心。誰にも触らせたくないところが好き勝手いじくられてるなんて、許せないし、不気味だし、すっごくムカつく。ねむがやったって知らなかったら、気持ち悪くてどうにかなりそうだったよ」

 

 わたくしたちが聖堂に行く前。アリナにゆめの──“キュゥべえの中に魔法少女がいる”という発言を持ち出されて、珍しくねむの顔が、はっきりと緊張した。

 そのあと溜息と一緒に体から緊張を抜いて、妹が魔女化したことに環姉妹が気づかないように存在を隠したんだって言って、いつもみたいに澄ました表情で三つ編みを揺らした。

 環ういとわたくしのことは、無難な関係だったって言った。

 わたくしにはそれが嘘だとわかった。きっと環ういは、『回収』の役割を託しても大丈夫ってわたくしが思える関係だったはずだ。同時に彼女の姉二人とも親交があった。それが一番、辻褄が合う。

 

「回収の力が暴走したんだろうね。わたくしがなんとか穢れの溜まった環ういのソウルジェムを変換して、ねむが空っぽのキュゥべえに繋いだ。その結果、環ういはこの世界から存在が消えてしまう。

 残されたのは、穢れを回収し続けるドッペル・ウィッチを顕現した環ういの体……にわたくしたちが変換と具現の力を注ぎ続け、自動浄化システムの要として成立してしまった、魂の無い半魔女。エンブリオ・イブ」

 

 ねむはアリナの言葉を聞いたとき、わたくしにエンブリオ・イブの秘密を伏せ続けるのを諦めたんだろうなって思う。

 嘘は気づかれても気づかれなくてもよかった。

 環ういを隠した術者であり、具現の力を持つねむが、わたくしの記憶を元に戻す程度できないわけがない。

 なのに、ゆめの失言から、小さなキュゥべえのことを明かさないといけなくなっても、彼女はわたくしから環ういを遠ざける嘘をついた。それは、わたくしがイブの魔女化を躊躇わないようにするため。環ういを確実に魔女にするというねむの意思表示だった。

 あのときわたくしは聞かれた気がした。

 君はどうするの? と。

 言っても聞かない頑固な目をしてた。ねむのくせに、ホント生意気。記憶が無いんだから答えなんて決まってるのにね。

 わたくしは、契約時にそういう事故が起きたことを認められても、環姉妹の存在を友人として受け入れない。大脳皮質に姉妹の姿は無いし情動回路も刺激されない。あるならそれは、命の恩人としての思い入れだ。

 

「……そういえば、環ゆめはシスターのことを覚えてるんだっけ。そもそもシスターを捜すために神浜に来たって言ってたヨネ……。なんでアイツ、ねむのマジック無しにメモリーが回復してるワケ?」

「わからない。未来の記憶を持っているんだとしたら、それが影響して環ういの因果と繋がったのかな。それとも、八雲みたまと同系統の魔法少女なのかもしれない。戦いではなく、魔力操作や因果を探ることに特化してるタイプとか。はたまた、もっと直接的──因果に関係する魔法を持っているのかもね。色々予想は立てられるけど、情報が足りないから、断言はできない」

 

 わたくしは足を止めた。赤みがかった光沢のある木の扉がわたくしたちの目の前にあった。出口だ。

 聖堂の扉の外は道がバラバラ。ねむたちが聖堂から出ても、同じ道を進むことはない。フェントホープという館の主はねむだから、やろうと思えば道を繋げることも、わたくしたちの会話の盗聴もできるだろうけれど、彼女は今“ゆめお姉さん”に夢中で、こちらのことはほったらかしにしているだろう。

 当然、羽根たちに会うこともない。わたくしは隣に顔を向けた。ちょうど、アリナもこっちを見ていて、目が合った。

 もう少し、二人で話したいことがある。

 

「アリナ、わたくしは本当のことが知りたいの。ワルプルギスの夜のことも、並行世界(未来)の神浜の結末も、絞り出せるだけ絞り出しておきたい。環ゆめが、“マギウスの翼”を知らなかった理由もね」

 

 アリナに向けて、わたくしは自分が一番かわいいって思う笑顔をした。

 パパ様なら一瞬でなんでも言うことを聞いてくれる体勢になる笑顔を、アリナは嫌そうに見てきた。可笑しくてつい声を立ててしまった。

 

「くふふっ。お願い、アリナ。ねむから貰った、ウワサを一つ創ってもらえる権利、わたくしにちょーだい?」

「イヤ。直接頼めば?」

「それが難しいんだよねー。わたくしが創りたい……というより、完成させたいのは『記憶ミュージアムのウワサ』。前に話したよね?」

「みふゆが反対してたやつ?」

「うん」

 

 記憶ミュージアムのウワサの概要はすでに説明してある。要は思い出博物館だ。

 感情エネルギーの回収方法としては、誰かのいやな思い出を閲覧させることで負の感情を増幅しようと思ってたけど……それよりも、魔法少女に記憶を見せて、ソウルジェムの真実を教えて、マギウスの翼に入ってもらうほうがずっといいことに気がついたのだ。

 だけど……

 

「なんでだめって言うのかにゃー? ウワサに暗示機能をつけるの。

 みふゆの記憶って、きっといい教材になるのに。まず、ソウルジェムが魂ってことを知って、その次に、仲間が魔女化した。みふゆの精神は限界を迎えて、彼女自身も魔女化しかけ──ドッペルシステムに救われてマギウスの翼に入ることになる。わたくしたちにとって理想的な流れだよ。この流れを再現することができれば、羽根になってくれる魔法少女はもーっと増える」

「メモリーを見たビューアーは影響を受ける……だったヨネ?」

「うん。もちろん、ただの記憶閲覧所としても使えるようにはするけど……こういう根本的な機能の部分はあとから加筆することも難しいの。だから、はじめから暗示機能は組み込んでおきたい。……でも、みふゆがだめって言うし、天音姉妹もみふゆと一緒の意見だし……『記憶ミュージアムのウワサ』は先送りになっちゃった」

 

 天音姉妹はポンコツだから論外だけど、みふゆはいい魔法少女だと思う。わたくしの話をちゃんと聞いてくれるし、羽根もうまくまとめてくれる。頭も悪くない。何より優しい。優しい人は好き。そういう人は救ってあげたいって思う。……でもときどき面倒くさい。

 

「みんな多少の犠牲が出ることは了承してたはずだし、記憶ミュージアムのウワサだって、べつに命を取ろうとしてるわけじゃない。

 魔法少女の人手を、合理的に、みんなが納得できるかたちで増やしていくだけ。

 洗脳じゃないよ。強い意志があれば振り払えるくらいの暗示しかかけない」

「アハッ、洗脳が効かなかったら効かなかったで、ウワサ本体が出てくる。味方にできなければデリートする、灯花らしい()()()()発想だヨネ?」

 

 褒めているようで、アリナはわたくしの言い分を皮肉って、後ろから刺した。うるさいったら。

 

「仕方ないでしょ、人手が足りないんだから。

 ……アリナとねむの個人的な取引に、みふゆたちが口を挟むことはできない。だからね、ねむに頼んでよ。記憶ミュージアムのウワサを完成させてって。

 それで環ゆめの言葉の真実もわかる。そしたらもう、何がホントで何が嘘かなんて悩まなくていい。わたくしはゆめを信じることにしてるけど、疑ってもいる。この状態って結構つらいの。ただでさえ、他に考えなきゃいけないことがあるのに」

「そもそも信じなければいいと思うんですケド。アイツの言ってることってめちゃくちゃだヨネ。リードに繋げないならフリーにさせておく意味は無いし、メモリーの確認ができるまでテキトウなルームにでも閉じ込めておけば?」

「むー……」

 

 アリナの言っていることはもっともだ。手に負えないなら閉じ込めちゃうか、みふゆの魔法でも使って眠らせてしまえばいい。何もできないように。ねむが環ういを魔女化させる罪滅ぼしに、ゆめに与えた手段みたいに。

 

「それとも、できない理由があるワケ?」

「……あるよ」

「ハァ?」

 

 わたくしは出口の前に体をすべりこませた。話を聞いてくれるまで通しません、の姿勢だ。

 アリナが表情を歪めて、いやそうに顎を引いた。

 

「信用できないっていうのはわかるよ。わたくしだって正直……あの人、わたくしにとって、意味のある要素が多すぎて、これって感じの印象は決められないんだけど……何か重大な隠し事がある。しかも、必要だったら下手っぴだけど嘘もついてくる。わたくしの敵にはならなさそうだけど──マギウスの翼の敵にはなるかもしれない。……でも」

 

 環ゆめは、わたくしを責めなかったから。

 記憶のない赤の他人として責めてくるんじゃなく、かといって記憶のことを押しつけてくるのでもなく、ただ黙って、今のわたくしの言葉を聞いた。その人柄が、心臓にちくっと刺さってる。

 ……それを言ったってアリナはわかってくれない。こういうときはみふゆみたいな優しさを発揮してほしいのに。わたくしは仕方なく、声を研ぎ澄ました。

 

「ゆめは、わたくしの命を助けた。過去やいきさつがどうであっても、彼女が魔力を削ってわたくしの体を癒やしたことは変わらない。受けた恩は早めに返さなきゃ、あとからどんな弱みになるかわからないし、気持ち悪いでしょ? ただでさえ、環ういの命を使ってるんだから」

 

 だから信じてあげるの、と平坦に話す。

 

「それが、今のわたくしにできる最大の妥協で、恩返し。ワルプルギスの夜が来るのを信じて、半年待ってあげるのがね。わたくしが彼女を信じる一番の理由は、未来の記憶の証拠になる発言の矛盾でも、謎でもない。もちろんゆーじょーや信頼によるものでもない。ただ、借りは返すべきだと思っただけ」

 

 アリナの目に理解の色が宿った。

 

「借りは返すべき、ね……」

「うん。結局のところそれがあるから……あんまり強引な手段を取る気になれない。救われちゃったんだもん。

 ね、アリナ。お願いっ! わたくし、どーしてもゆめの記憶が知りたいの。もし頷いてくれたら、グリーフシード欲しいだけあげるから」

 

 ここまで言ったのに、アリナが出した答えは、否だった。

 

「パス。自力でガンバレ」

 

 棒読みだった。このわからず屋! 叫びそうになるのをこらえる。

 

「……アリナだって気になるんじゃないの? ゆめの記憶。ワルプルギスの夜が見られるんだよ? 魔女の性質を捻じ曲げる話をしてたでしょ? だったら魔女化も間違いなしに見られるよ。何が不満なの?」

「全部なんですケド」

「へんなの。いつもだったら、一番に乗ってくるじゃない。こういうの。──そんなにゆめが嫌い?」

 

 瞬間、緑色の目が据わった。

 のっぺらぼうみたいにアリナの顔から表情が消える。元々低かったテンションが、今ので完全に氷点下になった。

 明らかに図星を突かれた様子だった。しかも、指摘されたくなかった部分を抉ったみたい。考えて出た言葉じゃないけど、聖堂に行く前や、この廊下に出たとき観察された仕返しができたみたいで楽しい。胸がすいて、唇がもにょもにょと動いてしまう。

 

「くふっ、くふふ! わかった、記憶ミュージアムのことは自分でなんとかする。代わりに、なんでゆめが嫌いなのか教えて? じゃないと通してあげなーい」

「……」

「気に入らないのは顔? 体型? せーかく? 顔はみふゆとおんなじ垂れ目だよね。綺麗だけど表情がわかりやすい。身長は低いけど、体型もみふゆと似てるよ? 容姿はじゅーぶんにアリナの好みに当てはまるよねー」

「……アタックされたくなかったらクソ生意気な口を閉じてとっとと消えろ、クソガキ」

 

 アリナは本気だった。緑眼が、洞窟の闇に潜む怪物のように、怪しく光っている。手元に武器のルービックキューブを浮かべて、無数の小さな結界たちを、今にも撃ち出そうとしている。

 わたくしも傘を生成して、肩にかけてくるくる回した。保険として出しただけで、戦闘の心配はしてない。アリナのプライドはエベレスト級だからだ。

 

「いーーーやっ! だって気になるんだもん。アリナだって、わたくしのことをたくさん観察したでしょ? その対価だよ、た・い・か。あれれ? もしかして、天才アーティストのくせにモデル代を出し渋るのー?」

 

 しんと廊下が静まり返った。

 アリナは浮かべたルービックキューブを握りしめた。ばきんっとキューブが砕け散る。そして不愉快そうに横を向いて、片手で顳顬辺りの髪をぐしゃっと掴む。

 舌打ちの音が廊下の隅っこに滲んでる闇に消えていく。

 

「………………ウィンプでウィークウィルドな、羽根と同レベルの弱くてつまらないマジックガール。ジャンクアートにもなれないゴミ。なのに」

 

 いらいらと頭を掻きむしる。壁を見つめる目は血走っていた。

 

「アイツ、あの女、アリナに額縁を嵌めようとした……それができる目をしてた……」

 

 ……聞いててアレだけど、何言ってるのかぜんっぜんわかんないにゃあ。

 

「ホントムカつくヨネ。でも、いくらワーストなゴミでも、アリナは絶対にアイツを描かなきゃいけない。……だからカンニングはなるべく避けたいってコト。アンダスタン?」

「いや、わかんないよ。なんでそんなに嫌ってるのかさっぱりだし、なんでいきなりカンニングなんて単語が出てきたの? 自分の世界だけで完結しないでくれる?」

「対価は払ったカラ。……というか、アリナこそ聞きたいんですケド。なんでアナタは、環ゆめを可哀想なマジックガールって言ったワケ?」

 

 本当はもっと追及したかったけど、その質問こそが意外すぎて、つい答えてしまった。

 

「? 妹が助かるわけないのに必死に頑張ってるからだけど?」

 

 そっぽを向いていたアリナの顔が、訝しそうな目つきをしてこっちに直った。

 

「……環ゆめを信じるって言ってたヨネ?」

「……? うん。ワルプルギスの夜が来るのを信じて、半年待ってあげる。でも、来ようが来まいが、穢れ漬けの環ういが健全な精神状態で元に戻るわけないよね? 体だって、なんとかできる魔法があったとしても、莫大な魔力を必要とする。妹を助ける方法なんて存在しないよ」

 

 アリナが目を細めた。どういう感情で、そんな表情をしたんだろう。へんなの。

 

「ゆめがみふゆにね、最後はソウルジェムを砕くつもりだったって言ってたでしょ? 魔女化しないように。そんなに覚悟を決めて魔法少女になったのに、大切な妹は魔女化する。これからの半年は全て無駄。普通に可哀想じゃない?」

 

 ──それにね、アリナ

 

「もし環ゆめが未来の記憶を持ってるんだとしたら……その世界で環いろはは事故で死んでるし、妹も病死してるんじゃないかな。わたくしとねむも生きてるか怪しいよね。それぐらい、あの頃は容態が悪かったし……ゆめはマギウスの翼を知らなかった。きっとマギウスは結成されなかった」

 

 わたくしが述べた仮説が当たっていたら、という曖昧な話だけど、自分の声ながらやけに真に迫って聞こえた。

 

「魔女の性質とか、作り方とかは、イメージ的にゆめらしくない気がする。わたくしやねむの発想っぽいよね。どちらかが生き残っていたんだとしたら……ねむなら大好きなお姉さんに助かってもらうために、何をしてもおかしくないかも。まぁ、でも、半年後にワルプルギスの夜が来て、神浜の全部をひっくり返しちゃったら──どうしようもないよね」

 

 日傘を消して、アリナに背中を向ける。アリナが記憶ミュージアムのウワサの完成に納得してくれたら話が早かったんだけど、無理ならこれ以上はもういいや。

 イブや小さいキュゥべえの真実を隠そうとして、バレてもなおしらばっくれたねむが、この件で協力を結べると思えない。やっぱりみふゆと天音姉妹を説得するしかない。

 扉に手をかける。

 半年待ってあげると約束したときの、ゆめの明るくなった顔を思い出した。

 

「可哀想な人」

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 いつから“それ”はあったんだっけ。

 お熱で頭がくらくらして、喉の奥がぐるぐる気持ち悪くて、おまけに息も苦しくて、なんでわたくしだけがこんな目に遭ってるんだろうって、ベッドの天井を見ながらいつも思ってた。

 知ってるよ? 外ではわたくしと同じくらいの女の子が、なんの不自由もなくお母さまとご飯を食べたり、お父さまとお出かけしたり、三人で眠ったりしてるんでしょ?

 わたくしよりもずっと頭が悪くて、気に食わないことがあったらすぐに怒って、明日には忘れてるくだらない悩みに泣くような、世界にとって価値のあるものを生み出せない、社会のお荷物な女の子たち。

 そんなのよりわたくしのほうがずっとずっと凄い。

 気難しくって、会わないほうがいいかもってパパ様に言われた天文学者のお爺さまを唸らせたこともある。

 厳しいって有名で、発表のとき怖がられてる物理学者のおじさまのほっぺをまっかにさせて、「この子は凄い!」って言わせたことだってある。

 パパ様は、わたくしの才能は世の中の役に立つよって言ってくれる。ね。わたくし、賢くていい子でしょ? 喚いてわがままで消費ばかりする役立たずたちとは違うでしょ?

 なのにどうして、ママ様は来てくれないんだろう。

 どうして、パパ様は一緒に寝てくれないんだろう。

 どうして、わたくしの体はこんなのなんだろう。

 やりたいこといっぱいあるのに。知りたいこといっぱいあるのに。わたくし、なんだってできるのに。

 わたくしには時間がない。先がない。だからママ様は来てくれないし、パパ様はわたくしの本当に欲しいものを与えてくれない。

 大人はみんな目を逸らして曖昧なことしか言わない。かといって院内学級の子たちは、うるさくて、非合理的で、自分たちの体がどれだけ絶望的な状態なのかもわかってない。外の子たちとわたくしたちの間にどれだけの格差があるのかも知らない。

 話ができるのは、わたくしと会話できる知能を持っていて、おんなじ諦めを持っているねむだけ。わたくしの世界はプラスチックでできた安っぽいおもちゃ箱みたいだった。箱の天井には絵本みたいなのっぺりとした星空が描かれていて、線で繋げないトゲトゲの星たちを、雑音の中わたくしはねむと二人で眺めている。

 もうこんなのいや。

 涙が溢れて、余計に息がしづらくなって、死んじゃうんじゃないかと思った。

 病気もそうだけど、胸の中が凄く寒くて、心臓がくり抜かれたみたいだった。こんなにもドキドキ言っているのに。

 寂しいの、パパ様。会いに来てほしいの、ママ様。

 わたくしは重たい体を頑張って起こして、そっとベッドから出た。

 泣いて呼んでも、心の中で叫んでも、二人とも、来てくれないことのほうが多い。我が子の危機を直感して駆けつける親の話はよく語られるけど、里見家にはそれが一切当てはまらない。

 ナースコールを押さなかったのは意趣返しだ。

 めまいがして、わたくしは這いながらデスクのほうまで進んだ。

 なんて惨めなんだろう。

 たった数歩の距離すらまともに進めない。人として生きる権利を奪われたように感じる。

 こんな姿、パパ様にも、看護師さんにも、本当は見られたくなかった。なのに誰かを呼んで、介助してもらわないと生きていけない。悔しい。恥ずかしい。

 神さまも、神さまがつくった世界も、きっとわたくしのことが大嫌いなんだ。

 椅子を支えに立ち上がって、ペンケースを手に取る。開けっ放しだったファスナーからペンや定規が落ちていったけど、かまわなかった。わたくしはペンケースを抱きしめた。

 ああでも、さっきのは嘘かも。ちゃちなおもちゃ箱でも、今は“本当”があるんだから。

 わたくしの心と尊厳を守ってくれる“本物”。

 キーホルダーのちいさなくまさん。わたくしと同じ目の色で、大きなかわいいリボンを首に結んでいて、赤いりんごを両手で持っている。ふわふわの栗色の毛並みが、ずっと触っていたいくらい気持ちよくて、わたくしはこのキーホルダーがもっと大きければいいのにって思ってた。

 このキーホルダーが近くにあると、不思議と体の調子がよくなる。触っていると、ほら、呼吸が落ち着いていく。頭の中でうるさかった耳鳴りも、すうって引いていって、頭痛も消えていく。悪寒がなくなって、体が心臓を取り戻したみたいに、あたたかくなっていく。

 涙も止まって、わたくしはほっとして、緩めた腕の中を見下ろした。

 くまさんのキーホルダーを見つめる。手に持っているりんごの色がなんだか薄くなった気がする。きらきら輝いていた存在感が、わたくしの体内にあった苦しさと引き換えにしたみたいに、薄まって見えた。

 これを持って、病気のつらさがなくなるたびに、くまさんが消えていっている感じがして……それだけがいやだった。

 だって、このキーホルダーがあると、未来を信じられる。わたくしも、明日を信じていいんだって思える。わたくしを……わたくしと、ねむを癒やしてくれるキーホルダーは“本物”だ。

 これは、いつからあったんだっけ。

 誰から、貰ったんだっけ……。

 

 

 

 キュゥべえは言った。

 くまさんは、魔法少女の魔力でできてるって。

 わたくしたちの体は、もうほとんど治ってるって。

 キーホルダーがあれば、時間経過で完治するだろうって言った。

 

 あのとき、わたくしはどうして目の奥が熱くなったんだろう。

 視界がまっかになったんだろう。

 

 霊安室。長い髪の魔法少女。キュゥべえの声。廊下を三人で走った。看護師さんの声。共用の病室。ベッドの上でぐったりとしてる女の子。罪を暴くように、その子の服を。

 

 そして、それで、それから────

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましたら夜明けもまだだった。

 窓の外は暗い。わたくしは生まれてからずっと見てきた病院の天井ではなく、昔から住んでみたかった、パパ様とママ様が帰ってくるお家の天井を、ぼんやりと眺めた。

 今は自分の部屋で寝てるけど、退院したときはパパ様とママ様の間で眠った。

 案外ふつうだなって思ったのに、心が凄くあたたかくなって、溶けちゃいそうだった──……

 ぽろりと一粒、涙が目から落ちていく。

 机の上にある小さなガラスケースには、入院中のわたくしを励ましてくれたくまさんを飾ってる。ねむから託されたものを含めて三つ。消えないように、また魔力を補充しないと。

 眠気がやってきて、目を閉じた。

 

 ──嫌われなくてよかった。わたくしなんて助けなきゃよかったって、言われなくて。

 





 >>どういう感情で、そんな表情をしたんだろう。
 そういえばこいつこういう奴だったな……という感情と表情。
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