環姉妹の真ん中っ子   作:匿名

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憎悪(2)

 

 ホテルフェントホープの南西には、演習塔と呼ばれる建物がひっそりと建っている。本館と渡り廊下で繋がった三階建ての塔で、一階は受付及びフリースペース、二階は訓練室、三階は実戦用訓練室と分けられている。

 天音さんたちが連れてきてくれたのは、二階の訓練室だ。一階で受付を終えて鍵を受け取り、ぐるりと壁面をなぞる螺旋階段を上ると、広い円状の空間に出る。二階フロアの壁は、アーチ型の大きな窓と、四角い木製の扉が交互に嵌め込まれており、埃一つなさそうな床に、窓枠の模様が黒ぐろとした影になって落ちている。

 受付で貰った『03』とタグがつけられたアンティーク調のルームキーを、月夜さんが階段から出てすぐ、左回りに行ったところにある三つ目の扉の鍵穴に差し込んだ。扉のすぐ右上にタグと同じ『03』のプレートがある扉だ。月夜さんが鍵を回すと、プレートの上で首を擡げるランプが、まばたきをしてから点灯した。よく見ると、左隣の『02』、その奥の『01』ともにランプがついているが、右隣以降は光がない。恐らく使用中かそうでないかの目印だろう。

 訓練室は部屋に備え付けられた端末に保存されているフィールドから、好きなものを選び、部屋に投影することができる。

 扉を開いた先は、縦長のテーブルと椅子が何脚か置かれた休憩室だった。一軒家のリビングのように広々としていて、奥にはベランダがある。フロアの窓を見る限り、扉の後ろにそんなに奥行きがあるとは思えなかったのに。

 部屋の隅には折り畳まれた寝台、仕切りらしきキャスターつきのカーテンが並んでいる。窓辺近くにはソファや小ぢんまりとしたテーブルもあった。

 月咲さんに、長いテーブルのどこでも使っていいから手荷物を置くように指示され、わたしは一番端の席にバッグを置いた。そうして、休憩室の使い方──この部屋にはいくつか扉があり、それぞれが給湯室やシャワールーム、トイレなどに繋がっている──をあらかた教えてもらったあと、魔法少女に変身するように言われた。

 

「まずは、ウチらと戦ってみよっか。グリーフシードはこっちで用意してるから、魔力の消費は気にしなくていいよ。ドッペルだってあるしね」

 

 みふゆさんが端末を操作すると、真上から日の光が射した。見上げると紙を火で炙ったように、天井に穴が空き、青空が広がっていく。ふっと空気が拡散した。

 

「手荷物のことならご心配なく。保存されておりますので」

 

 持ち込んだ荷物ごと消えていく家具を尻目に、月夜さんが余裕たっぷりに笑みを刷く。

 頭から太陽の熱を浴びている。冷たい風が通り、かたい床に弾かれていたヒールが、土の中にずんと食い飲む。さわさわと、平原に敷かれた青い絨毯が騒いでいる。

 投影されたのは、ホテルフェントホープの外──万年桜のウワサ結界を思わせる広大な野原だった。

 すでにお互いの武器は教えあっている。天音さんたちは笛、わたしは糸。音が逃げ、糸を張る場所をみずから作り出さなければならない開けたフィールドは、お互いにとって不利な分、模擬戦に夢中になって攻撃が行き過ぎても怪我をさせにくい。

 ただ、恐らく、相当やりにくい戦いになるだろうなとは思った。

 実際、五戦目までは負け通しだった。

 

 

 

 真昼の空におどろおどろしい旋律が吸い込まれる。澄んだ音色とは裏腹に、サイレンのような抑揚がついた曲が不安感を煽る。押し寄せてくる音の波を、糸で逸らし、回避して捌いていると、視界の橋から新たな音色を響かせる影が身軽に飛び込んできた。

 月咲さんが音をまとった笛を振り下ろしてくる。鮮やかな赤紫色の袖から覗く細腕が、わたしの手を打つ前に止まった。月咲さんの顔が歪む。たっぷりとした袖が不自然な起伏を見せている。わたしの張った糸に腕を絡め取られている。

 一秒にも満たないが、確かな隙。でもわたしは攻撃をせず、大きく後退した。

 自由に動ける奏者が、月咲さんの背後で演奏を続けているから。

 

「きゃっ」

 

 人質として月咲さんをそのまま空中に吊るしてしまう。開けた平原に糸を張る場所はない。なので、魔法陣の壁や天井を細かく作って、そこから糸を伸ばしている。張っているのは光の反射でしか見えないほど細い糸だ。魔法陣にはダミーだってある。なのに──

 先ほどから鳴り響いていた笛の音域が変わった。

 甲高く、迫力のある音が、大蛇がのた打つように空気を震わせた。頭の真ん中で痛みが弾けた。めまいがして、ぐらりと頭が傾ぐ。

 振動が迫る。まずいと思ったけれど体がうまく動かず、咄嗟にわたしは命綱用の糸を引っ張った。自分の胴に這わせていた魔力を実体化させて、魔法陣のほうに巻き取り、強制的な回避行動を行う。

 すぐ左隣で、最低音の魔力が炸裂した。

 また後退。次の回避方向を悟られないように、自分に絡める魔力の糸を張り替える。これは直前まで実体化させないようにしているのだけれど、繋がっている魔法陣は変えられないので、命綱を使ったらいちいち張り替えなければならない。現に今、わたしが使った魔法陣は、音符の光に攻撃されて砕けた。攻撃したのは月咲さんだ。先の月夜さんの演奏は、月咲さんを拘束する糸の発生場所を的確に破壊したのだった。

 ソウルジェムの内側で魔力が渦巻く。脂汗がひたいを湿らせる。

 でも、やっとだ。

 

「あう……!」

「月夜ちゃん!」

 

 月夜さんが笛を取り落とし、頭を押さえた。右手の中指にリボンで繋がった篠笛がぷらんと宙で振り子となる。月咲さんが姉の様子を見に振り返った。わたしは足を踏み込んで、腕をしならせた。張り巡らせた糸全てを断っても構わない、それくらいの攻撃だ。

 糸の鞭が月咲さんの手首を強かに打つ。

 

「しまっ……」

 

 痛みに顔を歪めながらも笛を落とさない。そういったところが月咲さんは強い。月夜さんの、戦闘中、乱れない演奏を続ける凄まじい精神力と集中力も怖いけれど、臨機応変に短い旋律を創り出し、笛にまとわせて振るう、前衛としての月咲さんの素早い動きと判断力は厄介極まりなかった。

 笛ごと月咲さんの腕を絡め取り、思い切り空中で振り回す。笛の音の代わりに少女の悲鳴が空を裂いた。「月咲ちゃんっ!」密かに立て直し、演奏を再開しようとしていた月夜さんが叫ぶ。

 二人が組み合わさると手がつけられないけれど、彼女たちには致命的な弱点があった。どちらかが体勢を崩されたら、相方をフォローしようと動くところだ。

 そして、二人は前衛と後衛を入れ替われない。月夜さんに妹ほどの判断力は無いし、月咲さんに姉ほどの一途な集中力は無い。

 月咲さんを月夜さんに叩きつける。それと同時に魔力・精神、どちらともの糸が切れて、わたしもひっくり返った。

 四回負けて、ようやく双子をいなせた。

 草原の上で寝返りをうち、ぼうっと対戦相手を見る。二人は即座に立ち上がれたのに対して、わたしは転がったまま、胸を膨らませたりへこませたりするのが精一杯。五戦目も実質負けだ。

 頭の中でまだ笛の音が響いている。しばらくは耳鳴りと一緒に演奏がやまないだろう。

 息を吸って、吐く。体が泥になったように重たく、このまま眠ってしまいたかった。

 

 息を整え、月夜さんに助け起こしてもらい、なんとか立ち上がったら、風景が変わった。

 平原から休憩室へ。空調が効いているのか、部屋は涼やかな空気が流れており、汗ばんだ肌に気持ちいい。

 タブレットを縦長のテーブルの上に置いたみふゆさんが、わたしたちを見渡した。

 

「三人とも、お疲れ様でした。それでは、お昼休みにしましょう。ワタシは皆さんの昼食を取ってきますね。実は、食堂のほうからサンドイッチをいただいてきたんです」

 

 部屋のものは好きに使って構いませんので、ゆめさんも楽にしてくださいね、と言われ、軽く頭を下げる。

 

「あ……ありがとうございます」

「ウチ、手伝います!」

「それでは、私がゆめちゃんとお留守番をしているのでございます」

「ふふ、ありがとうございます。お願いしますね、二人とも」

 

 みふゆさんが給湯室に向かう。白羽根のローブを脱いで椅子の背にかけ、みふゆさんのあとを追って、月咲さんも扉の奥に消えていった。

 見送る間もなく、月夜さんがこちらを振り返る。

 

「私たちもローブを脱いで、変身も解きましょう」

「はい」

 

 ローブの留め具を外し、変身を解く。魔法少女のときの服のせいだけれど、フードつきマントの上にフードつきマントを着るのって変な感じがする。わたしのマントはレースだから、一応外からは黒羽根のマントが豪華になったふうにしか見えないだろうけれど、もしも姉ちゃんがこのローブを着るのだったら色々大変だと思う。

 

「ゆめちゃんはソファのほうにお座りください。顔色がよくないのでございます。休憩は挟みましたが、やっぱり二人相手に連戦はきつかったでございましょう? 無理をさせてしまいました……」

「い、いいえ。ペース配分はちょうどよかったです。わたしが自分の体力を見誤ってて、むしろ、ごめんなさい。魔女に対するのと、どうにも勝手が違って……そこで戸惑ってただけなんです」

「そうですか……? でも、無理は禁物でございます。ローブは私がハンガーにかけておきますので、そこでお休みしていてくださいませ」

「あ、待っ……」

 

 月夜さんがわたしの腕の中からローブを持っていこうとするのを止めようとして、立ちくらみに襲われた。慌てて机に手をつく。

 目眩はすぐにおさまったけれど、今の動作は余計に彼女を頑なにさせたようで、背中を押されるかたちでソファまで歩かされてしまった。返って手間をかけさせて、申し訳ない気持ちになる。

 

「すみません……」

「お気になさらず。……ところで、戦ったあとは、お風呂に入りたくなりませんか? 変身を解けば、血や汚れ、汗が消え、体は綺麗になるとはいえ、やっぱり私は、あたたかな水を浴びてさっぱりしたくなるのでございます」

 

 月夜さんは黒羽根のローブをハンガーにかけたあと、妹が置いていった白羽根のローブも丁寧にしわを伸ばしていく。彼女の横顔は柔らかい。

 

「わかります。なんだか、変身を解いただけだと、汚れた感じが消えないような気がします。入ると、すっきりしますよね」

「そう、そうなのでございます! 不思議でございますよね。言ってしまえば、お湯を浴びるだけの作業ですのに、それだけで実際の汚れだけでなく、心の淀みも洗い流されたようで……私はときどき、思うのでございます。お風呂に入ったらソウルジェムの穢れも取れたらいいのに、と」

 

 冗談めかした言い方に笑った。

 

「確かに。キュゥべえは商売上がったり、ですけど」

「今までさんざん、私たちを搾取してきたのでございますから、少しくらい割を食ってもいいでしょう? キュゥべえは魔女退治をしていればいいのでございます。これもまた、魔法少女システムへの革命の一つにございますよ」

 

 搾取……。

 

「それにしても、ゆめちゃんが優しそうな方でよかったのでございます」

「え?」

「変身姿を見て確信いたしました。昨夜、イブの使い魔を引き連れながら、みふゆさんと一緒にねむさんの部屋のほうへ向かわれた白い服の魔法少女は、ゆめちゃんでございましょう?」

「あ……もしかしてあのとき、みふゆさんと話してた……」

 

 ねむの部屋に行く前に双子の魔法少女を見かけたのを思い出す。赤みがかった黒髪に、瓜二つの面立ち。わたしも覚えている。

 月夜さんは全てのローブをハンガーにかけ終えると、「はい」と微笑んだ。

 

「失礼を承知で白状するのでございますが、あのとき、少しだけ気難しそうな人だと思ったのでございます。灯花さんから連絡が来たときには、月咲ちゃんと一緒に、果たしてどのような方なのかと心配していたのですけど……素直で一生懸命な性格をしていらして、安心したのでございますよ」

 

 ──きっと月咲ちゃんもです

 スカートを押さえながら、月夜さんはそっと対面のソファに腰かけた。

 

「お昼の準備できたよ!」

 

 ガチャッと、給湯室の扉が開き、月咲さんが元気いっぱいに現れた。

 

「あ、そっちに座ってるんだ。月夜ちゃん、ウチのローブかけてくれたの? ありがとう!」

「どういたしまして、でございます」

「ゆめさんも顔色が戻ってきていますね。よかったです」

 

 急須とポット、人数分の湯呑みが乗ったお盆を手にやってきた月咲さんが、慣れた手つきでテーブルに茶器を置いていく。同様にみふゆさんがおしぼりや紙ナプキンと、紙皿に人数分取り分けたサンドイッチを配っていき、月咲さんが急須からお茶を注いだあと、月夜さんの隣に座るのを見届けてからわたしの隣に腰かけた。

 

「はい、どうぞ! 熱いから気をつけてね」

 

 服の袖を引っ張って、手のひらで覆ってから湯呑みを受け取る。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして。みふゆさんもどうぞ!」

「ふふ、ありがとうございます。月咲さん」

 

 不意に胸が苦しくなる。姉ちゃんにもこんなふうにマグカップを渡されたことがあった。蜂蜜を一匙入れた、深夜にこっそり飲むホットミルクの味が舌に蘇る。

 今、どうしているんだろう。メッセージは送らなかった。無駄だと思ったからじゃなくて、叱られたくなかったから。でも、叱ってほしい気持ちもある。

 姉ちゃん……。

 

「それじゃ、食べよっか。これといって時間は決めてないから、焦らずゆっくり食べてね」

「まずは体力の回復を優先いたしましょう。ところで、みふゆさん。お時間のほうは大丈夫でございますか?」

「まる一日大丈夫ですよ。模擬戦の振り返りをしますよね? ワタシも参加します。この中では魔法少女としても最年長ですので、何かお役に立てるはずです」

「助かります! ゆめちゃん、知ってる? みふゆさんは魔法少女歴七年の大ベテランなんだ。神浜の西部──新西区と、参京区、あと水名区や栄区の魔法少女をまとめてた、西の代表の片割れなんだよ!」

 

 代表の、片割れ。……片割れ?

 いただきますをして、おしぼりで手を拭きながら首を傾げる。

 一人で治めていたのではなかったの? わたしは、てっきり、代表が代替わりしたものだと──だって彼女、一人で西をまとめていて……

 

「みふゆさんには、いつも助けられているのでございます。半年前に魔女が激減し、鏡の魔女の騒動が起きたあのときも……」

「可愛い後輩を助けるのも、先輩の役目ですからね。そういえば」

 

 みふゆさんが、こちらを見た。

 

「ゆめさんは鏡の魔女のことは知っていま……すね? その顔は」

「……魔法少女のコピーをつくりだす魔女、でしたよね」

「し、しかめっ面でございます……」

「すごい顔してる……」

「説明はいらないみたいですね……その、遭遇したことがあるんですか? コピーをつくられた、とか……」

 

 手に持っていたたまごサンドの、たまごが溢れた。紙皿の上でよかった。こぼれても大丈夫だから。

 

「鏡屋敷……ミラーズに行ったこと、ないです。コピーもつくられてません。噂は聞いたことがあって、把握してるだけです」

 

 ……鏡の魔女は、【記憶】の中で、二番目に対処に苦労した魔女だった。一番は言わずもがな、救済の魔女である。

 あいつは単純な戦闘力よりも、結界や能力の複雑怪奇さが厄介だった。その結界さえも、無限の奥行きとまやかしの通路を伸ばしており、素直に攻略しようとしてとんでもない目に遭った。

 泣く泣く逃げ帰ったあと、グリーフシードを万全に蓄えた状態で挑み、問答無用で結界ごと魔女を押し潰した。

 圧倒的物量で結界を抜き続ける。壁や床が砕けて道が続いたらそこが次の階層だ。そうやって通路をみっちり武器で埋め尽くし、絶え間なく撃ち続けたのだ。なので魔女の姿は見ていない。見たくもない。

 使い魔が魔法少女の姿を取るのだ。その主が、わたしの記憶を読み取って、姉ちゃんや妹たちの姿を真似たら……考えるだけでたえられない。

 たまごサンドに齧りつく。無理やり咀嚼するものに、パンだけでなくさまざまな感情を巻き込んで、嚥下した。所詮は終わった世界の終わった話だ。

 

「その、実は……三階の実戦用訓練室では、鏡の魔女の使い魔を使って、対魔法少女戦に慣れてもらうこともしているのでございます」

「は……」冷たい声が漏れた。「正気ですか……? あんなの使うなんて」

「やっぱり行ったことあるよね? ミラーズ」

「……ないです」

「その顔は嘘!」

 

 ぴっと月咲さんが指を差してくる。月夜さんがまあまあ、と妹が伸ばした腕を咎めるように、やんわり下ろさせた。

 

「鏡の魔女を使うことは、マギウスが考えたのでございます。ウワサを守る際に、他の魔法少女と争うことになるかもしれないから、今の内に慣れておくべきだと」

「なんだってそんな……あんなのさっさと倒したほうがいいのに……」

「気持ちはわかりますが、コピーと戦うことによって、羽根の子たちが魔法少女との戦闘に慣れていっているのも事実なんですよね。ワタシも正直、あまり良い気はしませんが。あとやっぱりミラーズに入ったことありますね?」

 

 首を横に振った。今のわたしは、あの魔女の結界に入ったことはない。コピーを取られたことがないから、頷いたらそれこそ嘘になる。

 

「ごめんなさい、文句ばかり言って。みふゆさんや、天音さんたちが決めたことじゃないのに」

「あくまで入ったことはない前提で話すのでございますね……」

「んー……ゆめちゃんは、コピーを取られるのは絶対に嫌? 午後は三階のミラーズを使って、ウチらと共闘するときどんな動きになるのか確認しようと思ってたんだけど……」

「いえ、」

 

 本音を言うと嫌だ。でも、急にわたしの面倒を見ることになった二人を、これ以上困らせることはしたくない。

 

「郷に入っては郷に従え、です。それに、わたし、姉がいるんですけど、姉以外と一緒に戦ったことも……なくて。なのでその、戦い方は見てほしいです。ソロでの戦いも、人との合わせ方も、きっと未熟ですから」

 

 それに、鏡の魔女は固有魔法までもコピーするわけじゃないし。

 

「ウチらに気を遣って無理してない? 大丈夫?」

「全然です。お心遣い、ありがとうございます」

「なら、いいのでございますが……少し、お聞きしてもよろしいですか? その、ゆめちゃんのお姉様のことについて」

 

 月夜さんが真剣な顔をして見つめてくる。空気が張り詰めた──けれど、その口元にたまごが少しだけついていて、いまいち格好がついていない。

 月夜さんはみふゆさんと同じく、育ちのよさが何気ない所作から滲み出ている人だ。いつも姿勢がよくて、動きにがさごそとした音が立たない。着物がよく似合いそうな人だと思う。

 でも今、サンドイッチを食べているときはわざとらしい乱暴な仕草が目立った。横目でチラチラと月咲さんを見ては、彼女の豪快な食べ方を真似するように一生懸命に大きく口を開けて食べている。そして、やってやったのでございます! みたいな顔をする。月咲さんも月咲さんで、お姉さんが見ているときは食べ方を教えるように、サンドイッチを口に運ぶ動作が心なしかゆっくりになる。まるで箱入りのお嬢様に悪い食べ方を教えているようだった。

 双子だけれど、育った家庭が違うのだろうか。複雑な事情がありそう。月夜さんはそういえば、ここでは天音姓を名乗っていると言っていた。

 

「姉ちゃん……姉の、ことですか?」

「はい。その……込み入った事情があるのは、灯花さんからお聞きしました。マギウスの意向で、ご家族……お姉様から引き離されていることも……妹さんが、魔女化されていることも」

 

 ねむの言葉が蘇る。彼女の言った通りだとすれば、ワルプルギスの夜の到来をわたしが予言していることも、たぶん天音さんたちとみふゆさんは知っている。

 様子を見る限り、警戒よりも同情心が上回っているようだ。天音さんたちは傍からみても仲がいい。わたしたち姉妹の境遇を自分のものとして考えてしまったのかも。彼女たちの人のよさは接すれば接するほど、嫌になるくらい見えてくる。

 

「ごめんね……ウチらが軽々しく触れちゃいけない部分だと思うんだけど」

「気にしないでください。自分で選んだことですから。えっと、姉のこと、ですよね……」

「はい。……ゆめちゃんが黒羽根でいる間は、基本的に私たちと行動をともにすることになると思うのでございます」

「ウワサを守るときも、魔女を捕獲するときもね。今回戦った感じだと……組むとしたら、前衛のウチ、中衛のゆめちゃん、後衛の月夜ちゃんになると思う。んだけど……」

 

 言い淀む月咲さんの言葉を、みふゆさんが引き継いだ。

 

「三人とも、武器がかなり珍しいですからね……。月咲さんと月夜さんは篠笛、ゆめさんは糸。決して弱くはありませんが、どちらも扱いと性能にかなりの癖がありますから、悩みますよね……」

 

 ですが、とみふゆさんは朗らかに笑った。

 

「音と糸。工夫が必要ですが、相性自体は悪くないはずです。

 月夜さんと月咲さんが聞きたいのは、ゆめさんのお姉様の武器と、どういう戦い方をしてきたか、ですよね?」

「はい」

「そうなのでございます。……ゆめちゃん。この質問に答えるのは、必須ではございません。結局のところ、一緒に戦ってみなければ、私たちなりの連携の取り方はわからないのでございますから」

「ゆめちゃんに無理させてまで聞くほど、重要度の高いことでもないしね。ウチらは、参考になればなーって感じだから。しんどいなら言ってね」

「ううん、本当に平気です」一つ誤解があったので、ついでに訂正も入れておく。「なし崩しじゃないんです。マギウスは逃げる選択肢をくれました。でも、それを断って、羽根になるって決めたのはわたしなんです。このくらい、しんどいなんて言ってられません。

 えっと、わたしたちの戦い方、ですよね。姉の武器は、クロスボウでした。矢は魔力でできていて、連射性に優れますが、威力を重視すると一発一発に溜めが必要になる感じです。

 二人で魔法少女相手に戦ったことがないので、魔女結界での話になりますが、お互いをサポートしつつ、基本的に、わたしが前衛、姉が後衛を担当していました」

 

 近接武器の存在については伏せておく。使うことはまず無いし。

 姉ちゃんとマギウスの翼が敵対することも……今のところ、そんなになさそうだし、もしもそうなったとしても、“環いろは”の名前を聞けばねむや灯花がいいようにしてくれると思う。

 姉ちゃんは魔女を育て、一般人に危害を加えるウワサを広げ、守護するマギウスの翼の活動を絶対に認めない。ただ、あの人がマギウスの翼を知るには、まず神浜に来る必要がある。

 ういが消えた今、彼女がここに来る理由は無い。宝崎が魔女不足に陥ることもない。神浜の隣町は、神浜に向かおうとする魔女の通り道であり、宝崎市には魔法少女がほとんどいないのだから。

 それに、ワルプルギス戦に備えて、家にはわたしが掻き集めたグリーフシードが二十個余り置いてある。姉ちゃんがそれを見つけてくれたらいい。無理して一人で魔女を狩らなくてもよくなる。

 

「飛び道具、という点では私たちと同じでございますね」

「そうです。基本的にわたしは使い魔を切り払って道をつくるのと、魔女の動きを阻害したり、拘束したりしていました。こう……糸を振るって打つ感じで。魔力の込め方次第で、強度は変えられます。狙撃による援護と、トドメは姉に任せきりでした」

「あ、そっか。ゆめちゃんって本来は糸を鞭みたいに使って、敵を動けなくしたり、刻んだりするんだ。模擬戦の最初もそうだったもんね」

「はい。でも、天音さんたちの武器は音。糸が振動に触れた瞬間に、繋がっているこっちにダメージが来てしまって……だから基本的に糸を張りつつ、徒手空拳で対応という戦い方になったんです」

「私たちとしても、やりにくい相手でございました。五戦目の最後のように、ゆめちゃんが張った糸に触れたまま攻撃してしまうと、放った音が返ってきてしまうのでございます」

「糸電話みたい感じでねー……攻撃も変な方向に逸れちゃうし。ウチら、敵対しちゃうと、お互いに相性がよくないみたい」

「わたしも、本当にやりにくかったです。音の強弱や高低によって、手元に繋げる糸を常に切り替えなければならないし、耳を澄ましたら澄ましたで、頭に届く旋律こそが攻撃に転じることもあったから」

 

 最後のひとくちを口に入れて噛み熟す。パンをお茶で無理やり流し込みながら、皿に残ったサンドイッチを眺めた。

 

「……ゆめさん、もしかしてカツサンド苦手ですか?」

 

 どうやって持ち帰ろうか考えていたところでみふゆさんに言われて、わかりやすく肩が跳ねてしまった。

 こういう部分が、我ながら、本当に。

 

「そんなことはありません。……ありません」

「交換します? 中身は、レタスとトマトとチーズです。食べられますか?」

「う……」

 

 迷った末に、わたしはそっと紙皿を差し出した。

 

「ごめんなさい……お肉、苦手で……食べたら、戻しそうになるので……お願いします…………」

「そんなこの世の終わりのような顔をしなくても大丈夫ですよ!? ワタシ、カツサンド好きなので!」

 

 わたしたちのやり取りに、月夜さんと月咲さんが笑っていた。

 

「それにしても、お肉が苦手なんて珍しいね」

「お肉全部が駄目っていうわけじゃなくって、えっと……あっ、クルミと鶏肉の炒めものは食べられます。好き」

「鶏肉は食べられるの?」

「食べ……食べられ……ま…………」

「基準が謎でございます」

 

 いたたまれなくなって、みふゆさんに交換してもらったサンドイッチを手早く食べる。

 

「おいひいれふ」

「ん、ふふっ……よかったです」

「とりあえず、ゆめちゃんには悪いけど午後は鏡の魔女の使い魔と戦ってみてもらえるかな?」

「ん……全然大丈夫ですけど、魔女じゃないんですか?」

「あっちはコピーされるのは面倒だけど、魔女ほど強くないし、使い魔がたくさん湧くのもないから。初めて一緒に戦うなら、まずは鏡の魔女の使い魔で慣れたほうがいいんじゃないかなって。

 まぁ、敵味方混乱するかもしれないから……やっぱり魔女と戦う? 一応、魔女とも対戦できるよ。グリーフシードは落ちないけど」

「いえ、使い魔のほうでお願いします」

 

 鏡の魔女を倒すときが来るなら、遅かれ早かれコピーは取られる。ならもう、早い内に嫌なことは終えてしまったほうがいい。

 

「オッケー! ウチ、ちょっと三階の予約取ってくるね。がら空きだと思うから」

 

 月咲さんは、月夜さんの口元のたまごをそっと紙ナプキンで拭ってやってから、早足で休憩室を出ていった。

 月夜さんが顔を赤らめる。みふゆさんが微笑ましそうにしながら、“がら空き”の言葉に首を傾げるわたしの内心を読み取ったように言った。

 

「三階では鏡の魔女の使い魔とは別に、魔女と戦うこともできます。ですが、訓練用の魔女はグリーフシードを落とすほど穢れを溜めていないものが選ばれるのです。報酬がないのに戦おうとする人はいません。白羽根辺りがドッペルの扱いに慣れるために使うくらいで……」

「じゃあ、わたしも同じように、いつかは使う感じですか?」

「そうでございますね……白羽根になるなら、ドッペルは使いこなせたほうが──」

「さぁ、わかりませんよ?」

 

 みふゆさんがいたずらっぽく言う。

 

「人には、向き不向きがありますからね」

 

 

 

 

 

 三階フロアは二階と同様に、ずらりと円状の壁に窓が並んでいるのは同じだったけれど、部屋は無く、代わりに道が左右に伸びていた。円筒型の塔の外観から考えるとありえないことだ。やっぱり、訓練室と同様、魔法で空間を拡張しているのだろう。

 フロアの左には『魔女展覧会』というプレートが掲げられたトンネルが、ずうっと伸びている。右には『ミラーズ(模造)』と書かれたプレートの下に両開きの扉があった。ガラスの扉で、向こう側に薄暗い通路が続いている。

 

「アリナ・グレイ……って聞いたことない? マギウスとしてじゃなくて」

「聞いたこと……あるような……ないような」

 

 わたしがこっそり心の中で、緑の悪魔と呼んでいる人だ。思い出すだけでお腹の底が冷えるし、焼けつくような怒りも覚える。それでいて、【記憶】の蓋が、がたがたと鳴る。

 

「あの方は、世界的に有名な芸術家なのでございます。灯花さんやねむさんとは、また違った分野の天才であり……それゆえかわかりませんが、常人には理解し難い感性の持ち主でして」

「魔女展覧会とかもあの人の命名なんだよ。気持ちのいいものじゃないけど。……マギウスの翼の人たちが、魔女をそんなふうに見てるわけじゃないから、それだけは知っててほしいなって」

「ですよね。なんだか、違和感のある名前だなって思ってたんです。天音さんたちや、みふゆさんがつけそうにないし、ねむの感性とも違うから」

 

 当然、灯花の感性とも。

 そんな話をしながら、月咲さんが扉を押し開く。『ミラーズ(模造)』の文字の下をくぐり抜けると、明かりを最小限に留めた、フェントホープよりもっと古そうな洋館の廊下が現れた。

 チョコレート色のつややかな木製の床に、赤いカーペットが敷かれている。天井から降る仄かな明かりが足元を照らしてして、聖堂に行くときの道をふと思い出した。違うのは、階段ではないこと、道の左右に鏡が飾られていることだ。鏡のデザインは統一されていない。

 鏡のあるところを通るたびに、わたしたちの姿が横目に映って、ちょっとどきどきする。通り過ぎる一瞬、わたしの鏡像だけ立ち止まって、こっちを見てにやにや笑っていたらどうしよう。わたしは隣を歩くみふゆさんにさりげなく体を寄せた。

 通路の奥には姿見よりも大きな鏡があった。幅の広い、楕円型の鏡だ。ひと目見て、通路にあった鏡とは質の違うものだとわかった。

 

「ちなみに、そのアリナがミラーズの一角を結界内の鏡ごともぎ取ってきたんです。……では、鏡に触れてください。大丈夫。帰り道は、ワタシが覚えていますので」

 

 みふゆさんに背中を押され、月夜さんと月咲さんの前に出る。鏡には、表情こそ安心させるように柔らかいけれど、真剣な目をしたみふゆさん。そして、やや青い顔をしたわたしが映っている。

 羽根のローブは脱いでいる。コピーされて、マギウスの翼だとバレないようにするためだ。この模造のミラーズは本体と繋がっており、こちらでコピーされた魔法少女が、南凪区の鏡屋敷に現れることがあるらしい。

 よく見ると鏡が揺らぐ瞬間があり、そのときだけ、結界の内部や使い魔の姿が見える。夢で何度も見た景色。破壊し尽くした場所が何食わぬ顔で復活しているみたいで、ちょっと辟易とする。

 指の腹で鏡面をなぞる。

 鏡から光が放たれた。

 

 青く澄んだ空間が広がる。無数の鏡が掲げられたガラスの世界がどこまでも続いている。足を踏み出すと、鏡面の床とヒールの針が搗ち合って、甲高い音が立った。気をつけないと不協和音を奏でるだろう。

 魔女結界でなければ、探検してみたいくらい綺麗なのに。敵の陣地というだけで美しい世界も、怪物の体内のようにおぞましく思えてくる。

 視線を感じる。奥のほうで使い魔がこちらを観察しているのがわかる。

 

「……様子見していますね」

「ひとまず、進んでみましょう。はぐれて偽者と入れ替えられてもいけませんし、かたまって動くのでございますよ」

「糸でお互いの手を繋ぎますか? 透過するようにすれば、戦闘中、邪魔にならないと思います」

「そんなこともできるの?」

 

 月咲さんの言葉に頷く。

 

「そういえば、ゆめさんが緊急回避用に自分に繋いでいる糸は、普段は見えませんし、魔力もほとんど感じられませんでした。いったいどこで繋いでいるのかと思っていましたが……最初からでしたか」

「戦っている私たちは、可視化されるまで微塵も感じ取れなかったのでございます。……ゆめちゃん、魔力に余裕があれば、お願いしてもいいですか?」

「まかせてください。えっと、左手首に繋ぐので、大丈夫ですか?」

 

 了承されたので、光の糸を魔力で紡ぎ、煩わしくないように繋いでいく。透過するので感覚もないだろうけれど、あまり存在を主張しすぎると気が散るだろうから。

 淡い桜色の糸が、四人に繋がれた。月咲さんが不思議そうに右手で糸に触れ、通り抜けて驚いている。

 

「糸の長さに制限はありません。距離を取れば適度に伸び、近づけばほどほどに縮みます」

「助かります。月夜さんと月咲さんが四つ子になってしまったら、付き合いのあるワタシでも少し混乱するので……」

「ですね……二人とも凄くよく似ているのに、二人をコピーした使い魔まで現れると思うと……」

 

 ほっと安心したみふゆさんとわたしとは違い、天音姉妹は似ているという言葉に、心底嬉しそうに顔を綻ばせた。

 結界内を進んでいくと使い魔が立ち塞がる。

 わたしに向かってくる使い魔はキャンバス型やカメラレンズ、ゼリー人間など異形が多かったけれど、天音さんたちやみふゆさんに向かってくるものは、魔法少女の複製がほとんどだった。

 みふゆさんの言った通り、共闘する分には、天音さんたちとわたしの相性は悪くなかった。

 わたしが使い魔に糸を繋ぎ、月夜さんが笛の音を伝わせればだいたいの敵は一掃できてしまう。取りこぼした敵を月咲さんが倒しつつ、天音さんたちが反響を使って結界の進路を見つけ出す。糸による索敵と、拘束した使い魔を肉盾として使えるわたしが先行する。そんなかたちで、連携は呆気なくうまくいった。

 

「これは危険でございますね……」

 

 不意に月夜さんが言った。

 

「すみません、戦いにくかったですか……?」

「あ、違う違う。月夜ちゃんが言ってるのは、そういうことじゃなくて……むしろ逆。戦いやすすぎて、慣れちゃまずいかもって話」

「みふゆさんと一緒に戦うときも思うのでございますが、こう、痒いところに手が届くと言いますか。助けてほしいタイミングで助けが来たり、畳みかけたいところで支援があったりで、戦闘のリズムが取りやすいのでございます」

「うんうん、本当にサポート上手。ウチが攻撃を外しても、糸で補正してくれるし、安心して戦えちゃうんだよね。だからゆめちゃんがいるのに慣れちゃうと、いざ二人だけで戦うことになったら攻撃の精度が落ちてガタガタになりそうだから、気をつけないと」

「そんなふうに思っていたんですか……?」

 

 思わず、といった様子で呟いたみふゆさんに、わたしは大きく頷いた。

 

「みふゆさんはいないのにいるって感じでした」

「いないのにいる」

「存在を忘れてしまうくらい動きやすいのに、危ないときや、ここに一撃入れられたらと思った場所に、的確に攻撃を入れてくれるから、安心感が凄いです」

「あ、ありがとうございます……。なんだか照れますね」

「月夜さんも月咲さんも、わたしの隙を塞いでくれるから、凄く戦いやすいです。ありがとうございます」

「こちらこそ、でございますよ」

「えへへっ、どういたしまして! この調子なら、魔女退治も問題なさそうだね」

「では、一度引き返すのでございます。何かやり残したことはございませんか?」

 

 ないと首を振ろうとして──振り向きざまに糸の格子を、背後に放った。

 わたしが敵に向き直るのとみふゆさんが構えるのと、高らかに笛の音が響くのはほぼ同時だった。

 音の攻撃を吸った糸が、ぼろぼろになる。振動が伝った壁や床は、無残に砕けている。

 

「弾かれてしまいました」

()()()()()()()の演奏をめちゃくちゃにするなんて、下品な人たち」

「怒らなくて大丈夫よ、()()()()()。……あら、奥にいらっしゃるのは、ひょっとして()()()()ですか?」

()()()もいる……おねえちゃあん」

 

 月夜さんの複製体が甘えたように囁き、月咲さんの複製体に腕を絡ませる。月夜さんは甘えたがりの妹、月咲さんは無表情ながら妹の想いに応えてやる姉、といった感じに……本物の二人とは真逆だった。

 

「ウチらの偽者!」

「あわわっ、なんてはしたない……! 見ないでほしいのでございます、月咲ちゃん!」

「最後の最後で面倒なものが出てきましたね……皆さん、戦闘準備はよろしいですか?」

「大丈夫です」

 

 月咲さんと月夜さんの返事が聞こえた瞬間に、わたしは偽者と自分たちを隔てる格子を取り払った。

 

「わかっているわ、月夜ちゃん。早急に殲滅してしまいましょう」

「うん、月咲お姉ちゃん! あたしたちの蜜月の時間……邪魔するなんて、許さないから」

「それはこっちの台詞だよ! 月夜ちゃん、いこう!」

「うう……あんなふうに妹に甘えるなんて、偽者とはいえ情けないにもほどがあるのでございます。月咲ちゃん、手早く片付けてしまいましょう……!」

 

 みふゆさんが容赦なくチャクラムを放る。床をえぐりながら複数のチャクラムが敵に走るのを、本物の天音姉妹の連奏が追う。対して偽者は、月咲さんが後衛として演奏し、月夜さんが前衛に躍り出て曲を奏で、笛を振るう。

 襲いくる笛の音を、糸を張ることで味方から逸らす。ある程度感覚が掴めたら、偽者の相手はみふゆさんに任せて、わたしは踵を返し、無防備になっている天音姉妹の背後へ向かった。

 糸を寄せる。姉妹とわたしの周囲に、蜘蛛の糸ほど細い光の筋が一瞬で浮かび上がった。糸はチャクラムを弾き飛ばした。

 連奏が乱れる。襲撃者が笑う。

 

「役立たずの糸車かと思ったら、意外と鈍くはないのね。うふふっ、楽しいわぁ。きっともっと、楽しくなる」

「……みふゆさんの偽者」

 

 ふわふわと、優雅にグレーの衣装を靡かせ、バレリーナのようにつま先からなめらかに彼女は着地した。

 

(みふゆさんの援護をお願いします。この偽者はわたしが相手します)

 

 澄んだ音色を調べに乗せながら、二人はテレパシーを返してくれた。器用だ。

 

(お願いするのでございます!)

(向こう、もうすぐ片づくからね! ちょっとは助けられるよ)

 

「ナイショのお話? ワタシには聞かせてくれないの?」

「魔法少女なら勝手に聞けば。無理だろうけど」

「ひどいわ、そんな言い方。ワタシは魔法少女。梓みふゆです。ええと、なんでしたっけ、そう…………環ゆめちゃん。捜していた妹が魔女になっていた、カワイソウな女の子……」

 

 手袋に覆われた黒い指先を唇に添わせ、みふゆさんの偽者は嫣然と嗤った。

 眉を上げる。情報の更新が早い。みふゆさんがそれを知ったのは昨日だ。

 

「悲しいわよね、苦しいわよねぇ。妹を死なせたお姉ちゃん。おめおめと生き残っているのが恥ずかしいでしょう。泣いていいのよ、笑わないわ。ほら、ワタシの腕の中においで? 心が果てるほどに、慰めてあげますから」

 

 強く、鋭く、谺する笛の音。それを乗せる黒ぐろとした一陣の風が、みふゆさんの偽者を斬り上げた。

 偽者は平然と躱したが、その攻撃に込められた怒りは、びりびりと空気を震わせた。

 

「いかに魔法少女の成れの果てといえど、妹を亡くした姉の悲しみをそのように語るのは許さないのでございますッ!!」

 

 息を吐く。情けない。知らず知らずの内に、偽者の揺さぶりに引っかかっていたことを自覚する。

 感情の高ぶりに任せて武器を振るうなと言われたことがある。あなたにそういった戦い方は向いていない、と。

 

「フフ。まぁ、本当に悲しいのは妹さんだと思いますけれど。信じていたのに、愛していたのに、肝心なときにお姉ちゃんは助けてくれなかったんですよ。お姉ちゃんに裏切られた妹さん。カワイソウすぎて、泣けてくるわ」

「ウチだったら悲しいのは、月夜ちゃんのそばにいられなくなるからだよ。ゆめちゃんの妹さんだって、絶対にそう」

「月夜ちゃんも月咲ちゃんも、とおっても、姉妹想いで優しいのね。可愛らしいわ。ああでもワタシ、カワイソウのほうが、ずっと、ずうっと──ぁぐっ!!」

 

 偽者が、大きく仰け反った。よく見ると、首と四肢にマリオネットのように糸がくくりつけられている。わたしは偽者の首を絞め、四肢を広げ、無防備に胴を開かせる。

 常に冷徹であれと叩き込まれた。あの人のように戦うのは難しかった。参考にする人間を変えた。

 灯花とねむ。天才性ではなく、心の動きを必死で真似した。冷静に、進む方向を見つめる。嘆くのはあと。あの子たちもまた、わたしの先生だ。

 糸を手繰る。やっぱり偽者は偽者だ。抵抗が弱い。そもそもみふゆさんはこんな糸に捕らわれないと思うし。

 偽者の右腕が根本からスパンと切れ、油が切れたブリキの人形のように、残った手足がぎこちなく動く。彼女の頭上に魔法陣をいくつか展開して、そこから糸が伸ばしている。糸はわたしの指に繋がっている。

 落ちた右腕がゼリー状に溶ける。赤黒く、どろどろとしたものが、肩から断続的に落ちていく。血の匂いはしない。骨も見えない。

 

「く、苦しいわ。もう少し、喉、緩めて……あ、あ、あ──」

 

 人形を操るように指を動かす。右腕とともに落ちたチャクラムを、残った左手で拾わせる。糸に強引に動かされて、偽者は、チャクラムを勢いよく真上に放り投げた。

 ぎゅるぎゅると刃が回転し、落ちていく。

 白磁の頬を匂い立つような赤色に染めて、溜息とともに彼女は言った。

 

「傷つけるのも傷つくのも。あぁ……なんて、楽しいのぉ……」

 

 チャクラムが細い体を押し潰し、偽者の姿が拉げる。チャクラム自体も砕け散り、鏡面の床に赤黒く飛び散ったゼリーとともに、黒い靄となって消えていった。

 糸を消す。人を操るってこんな感じなのか。普段はもっぱら、使い魔を錘にして振り回し、盾として扱うばかりだから、なんだか頭の別のところを使った気がする。

 振り返ると、天音さんたちが演奏をやめてこちらを見ていた。彼女たちの背後では、笛の音も、刃物を打ち合う音も聞こえない。戦闘は終わったらしい。

 

「援護、ありがとうございます。助かりました。……ろくでもない偽者でしたね」

「そ、そうだね。みふゆさんがみふゆさんでよかった……」

「本当でございます……」

 

 二人の背後から、靴音を響かせながら、手首に桜色の糸を結んだ本物のみふゆさんが現れる。

 

「あの、こちらは無事に終わったんですけど……今ワタシの偽者、えげつない死に方しませんでした……?」

「恐ろしいみふゆさんでした」

「エッ」

「許しがたい偽者でございました。口調は寄せていましたが、あんなの別物です」

「そ、そんなに……?」

「なんだろ。悪趣味が出てるときのアリナさんみたいな感じの……」

「皆さん倒してくれてありがとうございます!」

 

 みふゆさんが早口で言って、それから少しして、みんなでちょっと笑う。

 偽者たちの襲撃により邪魔が入ったけれど、わたしたちは帰路の途中だ。ようやくここから出られる。もうミラーズに用は無い。目的としていた天音さんたちとの連携もうまくいったし、あちらも確認したかったであろうわたしの手の内をある程度知れた。ひとまずはこれくらいで、という暗黙の中にある互いの気持ちは、帰還の意志を統一した。

 だが、遠足は帰るまでが遠足であるように、魔女との戦いは結界から出るか、結界が消えるまでが戦いだ。一番警戒すべきは帰り道や倒せたと思った瞬間。空気は和やかながら、誰もが体の内側で緊張を保っていた。

 意外にも、帰り道はわかりやすかった。みふゆさんが魔力でマーキングを残してきてくれたのだ。

 彼女の魔法は『幻惑』だと教えてもらった。魔力反応まで偽装できるのは知らなかった。彼女の脅威度を上方修正する。だって、マーキングしてたなんてまったく気づかなかったから。

 

「ミラーズに入るときはこんなふうに、自分の魔力の痕跡をなぞりながら戻ると出口に着けます。痕跡は次に結界を入ったときにも残せるので、どこまで踏破したかもわかりますからね」

 

 鏡屋敷で迷子になったとき、迎えに来てくれたあの人が迷わなかった理由がようやく氷解した。

 わたしがあそこに入ったのはたった二回。一度目は無様にさ迷って、二度目は強引に押し通った。だからミラーズの進み方なんて知らなかった。

 

「でも、鏡の魔女の使い魔の魔力と、誤認したりしないんですか? 魔法少女の魔力パターンまでコピーしてきますけど……」

 

 こともなげにみふゆさんは答える。

 

「頑張って見分けます」

「そこは個人の頑張りなんだ……」

「ゆめちゃんは魔力操作も、魔力を探知するのも、とても上手なのできっと大丈夫なのでございます」

「心配なら、ウチらがお墨付きしてあげる!」

 

 天音姉妹の励ましは、真に受けることができなかったけれど、お世辞でも嬉しかった。

 

「ふふっ……ありがとうございます。安心できま……────は?」

 

 足が止まる。ようやく出口の鏡が見えた、といったところで、見覚えのある後ろ姿を発見して。

 白いレースのマント。体格は頼りない。桜色の髪が揺れているのが、レース越しにうっすら見える。

 姉よりも淡く、妹よりも濃い、微妙な髪の色。

 それが振り返った。

 

「──あっれー? “()”がいる! それに、ヨルちゃんもサキちゃんも!」

 

 月夜さんが叫んだ。

 

「“ぎゃる”でございます!」

 

 わたしこんな喋り方しない!!

 

「みゃはっ☆ ヨルちゃんどした? サキちゃんの真似〜? 似てなーい! アハハ! てゆーかズサミセンパイ、さっき向こうに行ってなかったっけ?」

「待ってくださいズサミセンパイってワタシのことですか? なんてところで省略するんですか! 別のあだ名を所望します!」

「みふゆさん?」

「んじゃー、アズミセンパイは?」

「まだマシですね……いいでしょう」

「みふゆさん? わたしのコピーで遊んでませんか?」

 

 というか、なんて雑な複製体だろう。ここに来て間もないからか、似ているのは外見だけで、性格や口調はかけらも似ていない。似せようという努力すら感じない。

 前に出て、乱暴に糸を振るう。コピーは「やんっ」なんてふざけた悲鳴をあげながら、大きく飛び上がって、魔法陣の足場をつくり、着地した。

 

「ヒッドーイ、“私”! 生まれたてほやほやの自分を殺そうなんて、冷血! 残酷! 泣いちゃうよう、えーん!」

「使い魔に冷血とか言われたくないんだけど……! というかその話し方やめてよ! わたしそんなこと言わない!」

「えっ、魔法少女に使い魔呼ばわりとかひどくね? あーあ、私、傷ついちゃった。傷ついちゃったから……オ・シ・オ・キ♡」

 

 話し方が気持ち悪すぎて、ゾワッとした。わたしの顔と声でそういうのしないでほしい。

 ぐっと左足が上に引っ張られ、視界が天井を映した。足首に、糸。ここの使い魔が非常に厄介なのは魔法少女の魔力すら、表面的にコピーするところだ。特に自分の複製体だと、魔力が似すぎていて近寄ってくるのに気づきづらい。

 

「ゆめちゃん!」

「の、ノーマルゆめちゃんがぎゃるゆめちゃんに……!」

「おっとおっとズサミセンパイ動かないでもらおうか! じゃないと“私”のソウルジェム、割れちゃうよ〜?」

「呼び方を戻さないでください!」

「みふゆさん?」

 

 逆さまに宙づりにされた状態で、高度が上げられていく。偽者の自分と目が合った。

 

「“私”さァ、ここで双子デビューしない?」

「は?」

「ミラーズでは日夜魔法少女のコピーが受注生産されてるんですけども、“私”は初めてここに来たから、マジで生まれたてほやほや! ヨルちゃんとサキちゃんに一生双子マウント取られるし、ズサミセンパイはカワイソウがどうとか言って追いかけてくるしサイアクなの。

 アンタ、オリジナルなら使い魔より強いっしょ? ねね、私と一緒に他のコ殺しまくってさ、ここの天下取らね? きっとスッキリさっぱりするゼ♡」

「は?」

「ムカつくでしょ? 憎いよね? みゃはっ☆ 私はアンタ、アンタは私! 魔法少女も使い魔も魔女も全員ぶっ殺して、一緒にまっかなワインでカンパイしましょーよ。ダ・ン・ナ♪」

「嫌だけど」

「なら死ね」

 

 表情から甘ったるい媚が抜け落ちる。偽物のわたしが拳にしていた手をぱっと広げると、頭から体が落下していく。

 笛が鳴った。月咲さんの音だ。光る音符が偽者の足場を砕く。偽者が目を見開き、喉元を掻こうとした。その手は届かなかった。

 魔力に気づけないのは使い魔にも言えることで、こうして巧妙に彼女の繰る糸にわたしの糸を混ぜ込んでしまえば、簡単に倒すことができる。

 上に引っ張られた糸が、偽者の手足と首を切り落とす。

 ゼリー状に溶けていく頭部。その目玉が恨めしそうにわたしを睨みつけている。

 

「月咲さん、ありがとう!」

「どういたしまして!」

 

 真下でみふゆさんが手を広げて待っていた。受け身の姿勢をとって、素直に彼女の腕の中に収まる。

 

「無事で何よりです」

「…………わたしで遊んでませんでしたか」

 

 体勢が恥ずかしくて足を揺らす。みふゆさんはにっこりと綺麗に笑った。

 

「ズサミはあまりにも“無し”だと思いませんか」

 

 発言者は倒せば消えるのだから、広まりようがないだろうに。

 

 

 

 外に出ても、時間はそう経っていなかった。ミラーズは時間の流れが狂っていて、中にいたのは一時間ほどなのに、外に出たら五時間経っていたとか、逆に十分も経っていなかったとかいうことがままある。

 聞けば、

 

「その辺りはマギウスが相当に調整しましたからね。模造のミラーズの結界の入り口は自前のものではなく、マギウスが作成しているんですよ。そして、入り口まで通路は、ホテルフェントホープと鏡の魔女の領域が半分半分で混ざっているんです」

「外との繋がりを保つことで時間の流れも同じにする……ってねむさんは言ってたけど、詳しいことは、ちょっとウチには難しくてわかんなかったな。とにかく、このミラーズでは外と中の時間差は気にしなくていいのは確か」

 

 ということらしい。ここの通路がやたら不気味なのも、魔女がつくる空間と混ざっているせいかもしれない。

 通路から三階フロアに出ると、外が随分と明るく感じられた。

 アーチ型の窓から射し込む日の光が、誤魔化しようがないほどに赤らんでいた。時刻は十五時過ぎ。研修終了時間は十五時半だ。

 

「もしも南凪区の……本物のミラーズに行かれることがありましたら、時間にはくれぐれもお気をつけくださいませ。ご存知かもしれませんが、模造のミラーズとは違い、あちらはさらに複雑で、使い魔の数も比べ物になりませんので」

 

 月夜さんの言葉に、わかりました、と頷く。

 

「ウチらとゆめちゃんの連携も、思ったより問題なさそうだし……次か、次の次くらいで、一緒に魔女退治に行ってみよっか。そのときは連絡を……って連絡先交換してないね!? い、急ごう!」

「えっ?」

「すっかり忘れていたのでございます! 申し訳ありませんが、ただちに戻りましょう……!」

 

 二人に手を引っ張られて、強制的に走らされる。大急ぎで三階フロアを抜け、階段を下っていく中で、みふゆさんが後ろから説明をくれた。

 

「月夜さんと月咲さんは、どちらも家が厳しいんです」

「ウチ、工匠区出身なんだけど、男は仕事して女は家を守るって古臭い風習が残ってて……ウチの家、竹細工工房でね、お父ちゃんやお弟子さんたちのご飯作らなきゃだし、洗濯物もあるし、買い出しも掃除も……とにかく大変なの!」

「私は母に引き取られ、水名の旧家、明槻家の娘として日々精進しているのでございますが、こちらも水名の女はかくあるべしという風習が残っておりまして……日々お稽古や家事、作法の勉強に追われているのでございます!」

「え、えっと、お二人は別々のところで生まれ育った、ということですか?」

「はい。そして、月咲さんはお父様と大勢のお弟子さんの生活を支えるために、家事を一手に引き受け、月夜さんは明槻家の娘として、分刻みでスケジュールを管理されているんです」

 

 頭から血の気が引いていく感じがした。そんな大変な人たちに、突然予定をねじ込んでしまったのかと思うと。

 

「気にしないでください、ゆめちゃん」

 

 最後の段差を飛び降りる。勢いを殺さず『03』の扉を開き、月夜さんが一瞬だけ振り返って微笑んだ。

 

「今は宿帳があるからね! これに名前を書いておけば、月夜ちゃんと安心してゆっくりできるんだ。……まぁ、家に帰ったときが悲惨なんだけど」

 

 月咲さんが慌ただしくハンガーからローブを剥がしながら苦笑いする。

 

「はい、月夜ちゃん」

「ありがとう、月咲ちゃん。

 月咲ちゃんの言う通り、私も宿帳に救われているのでございます。私たちの予定を埋めているのは、習い事や、家事ですから。明槻家や、天音家から、いなかったことになると……文字通り、私たちは空っぽになれるのです」

「はい、ゆめちゃん」

「あ、ありがとうございます……」

 

 月咲さんからローブを受け取る。彼女たちと同じように、わたしも黒羽根のマントを身に着けた。

 

「まぁ、確かに昨夜、突然連絡が来たのは困りましたし、ゆめちゃんの抱える事情を聞いたときは、それこそ私たちが、担当しないほうがよいのではと思いましたが……」

「灯花さんに頭が上がらないのもあるけど、ウチがね、ここでこの仕事を引き受けなきゃ後悔しそうだから、月夜ちゃんにわがままを言って今日の予定を空けてもらったの。ちょっと怖かったけど、ウチがゆめちゃんの立場だったらって思うと、いても立ってもいられなかったんだ」

 

 月咲さんは帰り支度の手は止めないまま続ける。

 

「だからホント、気にしないでね! 灯花さんからちゃんと報酬は貰ってるし、ねむさんのことも。あの人がああなのは、いつものことだし。そりゃ、月夜ちゃんのことを言われたらムカつくけど……でも、ねむさんの態度までゆめちゃんが背負うことじゃないから。それは言っておくね!」

「月咲さん……」

 

 胸が苦しくなる。言葉が見つからない。

 二人ともいい人だ。いい人すぎて、彼女たちをどう思えばいいのかわからなくなる。

 

「ゆめちゃんは、ここに来たばかりなのでございますから。まずは自分の心を落ち着けるべきでございます」

「よしっ、帰る準備できた! 月夜ちゃんは?」

「問題ありません。ゆめちゃん、連絡先を交換しておきましょう。何かあれば、遠慮なく相談してくださいませ」

「いい機会なのでワタシの連絡先も伝えておきます。……時間が迫っていますね。よければ、ゆめさんはワタシがお送りしますから、お二人はここで解散にしますか?」

「いいんですか! みふゆさん!」

「はい。ゆめさんはどうですか?」

「ここの施設のことはだいたいわかったので、大丈夫です。ペンダントでマップも見れますし」

「ありがとうございます……! 今日の、四時半からのお稽古は休むわけにはいきませんでしたので、助かるのでございます!」

「ウチもスーパーのタイムセールに間に合いたかったから、助かります!」

「あの、月咲さん! 月夜さん!」

 

 荷物を手に、部屋を出ようとした二人に、わたしは頭を下げた。

 

「今日はありがとうございました!」

 

 目を見開いた二人が、すぐに破顔した。今の笑い方は、よく似ている。

 

「どういたしまして。じゃあ、またね!」

「こちらこそ、ありがとうございました。ゆっくりお休みするのでございますよ」

 

 姉妹がぱたぱたと忙しなく休憩室を出ていった。

 残されたみふゆさんと顔を見合わせる。ワタシたちはゆっくり出ましょうか、と彼女は微笑んだ。

 この人と二人きりになるのは、ねむの部屋まで案内されたとき以来だ。昨日ぶりなのに、なぜかずっと昔のことのように思える。

 給湯室、シャワー室、化粧室、休憩室。全て見回って忘れ物が無いかを確認する。訓練室は部屋を借りている人間が外に出ると自動的にロックがかかるけれど、使用中を示すランプは灯ったままだ。けれど、全員が部屋から出て、鍵を閉めてしまうと、使用中を示すランプの光は消えてしまう。

 

「中のフィールドは、フェントホープのウワサが清掃してくれるそうです。忘れ物があれば受付に届きます。便利ですよね」

 

 みふゆさんが扉を閉じ、鍵を差し込む。ランプの光が、ふっと消えた。

 

「すごい、ですね……」

「ええ、本当に。……月夜さんが、ここの宿帳に助けられていると言っていましたが……ワタシも、マギウスの創ったホテルフェントホープに救われている一人なんです」

「……え?」

 

 顔を向けず、目だけでみふゆさんはわたしを見下ろして、笑ってみせた。

 

「ひとまず、塔を出ましょうか」

 

 

 

 鍵を受付に返し、塔から出る。渡り廊下を進んだ先には黒羽根の人たちがいて、みふゆさんを見かけると、リラックスした状態のまま挨拶した。

 フードを被っていて口元しか見えないけれど、声音や表情から相当に慕われているのがわかる。

 その中の一人が駆け寄ってきた。

 

「あっ、みふゆさんだ。こんにちは! 塔のほうから来たってことは……そっちのちっちゃい子の研修ですか?」

「ちっちゃ……?」

「ん゛んっ……月夜さんと月咲さんが担当している子なんですよ。ワタシはその手伝いで」

「あ〜なるほど……天音さんたち、忙しいですもんね……にしても、あなた、小学生?」

「……え、わ、わたしっ?」

「いや、あの、彼女は……」

「あんまり気負わなくて大丈夫だからね。ここにいる人たちは、みんな同じ絶望を知っている。顔を見せないってルールはあるけど、あくまで堂々と慣れ合うなってだけの話で、仲良くするのが許されてないわけじゃないから。何かあったら、頼っていいんだよ」

「……………………わたし、中学生です。十四歳」

「えっ……エッ!? うそ、見えな──いや、確かに……?」

 

 みふゆさんが声を立てて笑った。恥ずかしくて、居心地が悪くて、肩を丸める。身長が伸び悩んでいるのは自覚していた。それとも顔つきが幼いのだろうか。指摘されると気まずくなる。

 兄弟姉妹は下の子のほうが背が高くなるなんて、あんなの大嘘だ。病弱だったういはともかく、たった一歳差、同じ環境、同じ食事をとっていたのに、どこで六センチも引き離されてしまったのだろう……。

 

「彼女は特例でして。白羽根への昇格がほとんど決まっているんです。マギウスも目をかけていまして、フードは被らないでいいと」

「そ、そうなんですか……あー、確かに魔力も強いし、そういえば今朝、なんか噂になってましたね……ねむ様が知らない魔法少女と楽しそうにしてたって。この子がその……」

「幼いときから互いに親しくされていたみたいで。……少々、身内に不幸があり、マギウスの翼に入ると決められたんです。彼女もまた、ホテルフェントホープに住まうことになります」

「よろしくお願いします……」

 

 会釈をすると、大慌てで黒羽根の人に手を振られた。

 

「わわっ、大丈夫大丈夫頭下げないで! こっちこそごめんね……! うん、ぜんぜん大人っぽい! まったく小学生には見えないっ!」

「それ、追い打ちかけてませんか……?」

「そ、そんなつもりないですよっ。みふゆさぁん……!」

「大丈夫です……もんだいありません……」

「十四歳なら、まだまだ成長期はこれからだよ……! ファイト!」

「頑張ります……」

「うんうん! でさぁ、へへ……白羽根に昇格したら、私のこと守ってくれませんかねぇ……」

「もうっ、駄目ですよ。彼女、本気にしちゃうんですから」

「えぇーー?」

 

 みふゆさんに咎められても、黒羽根の人は楽しげに笑っていた。それから、ぽんぽんとわたしの頭に触れた。

 

「ま、これからよろしくね。私たちはホント、弱っちいけどさ。それでも、年下の子を守る気概はあるし」

「……あり、がとう、ございます」

「だから、へへへ……私たちのことも守ってくれませんかねぇ……」

「こら!」

「へへ、すみませーん!」

 

 揉み手をして、みふゆさんに怒られ、黒羽根の人が駆けていく。周囲の子たちがくすくすと笑った。みふゆさんの顔も、からかい混じりで、本気じゃないことがわかる。

 

「まったく、お調子者なんですから……本当に、人をよく見る子です」

 

 行きましょうか、と言われ、なんとか首を縦に振る。表情が強張ってうまく笑えなくて、顔を隠したいけれど、隠すのも後ろめたいものがあると証明しているようで怖くて、わたしはただ足元だけを見てみふゆさんを追った。

 

「先ほどの話ですが──」

 

 みんながいた場所から充分に離れ、人気がなくなったときに、みふゆさんが言いかけて。

 

「ミツメミャー!」

 

 甲高い声がした。

 はっと顔を上げる。廊下の先に一体、使い魔がいた。林檎のほっぺのツバメが、黒く鋭利な翼をはためかせる。

 腕の中に飛び込んでくる使い魔を、反射的に抱きかかえる。息を吐かされる重たい一撃。みふゆさんが笑う。

 

「本当によく懐いていますね。不気味な使い魔なのに、だんだんと可愛く見えてきちゃいます」

「ヒュメミャン!」

「あ、あんまり鳴かないで。また大量に来られたら困るから……」

「ミャ!」

「全然聞かない……」

「ふふふっ」

 

 下ろそうとしても胸に張りついて動かない。仕方なく縦抱きにして歩き出す。

 懸念した通り、進めば進むほど使い魔が現れ出してわたしは天を仰いだ。

 困ったことに午前中、演習塔へ移動するときも大量の使い魔に掴まったのだ。あのときは天音さんたちに笛の音で優しく追い払ってもらいつつ、みふゆさんの固有魔法でこの子たちを撒いた。

 抱きあげられたツバメの子を羨むように、足元に使い魔が寄り付いてくる。さすがに何体もは抱えてあげられない。諦めてほしい。

 

「……ワタシの家も月夜さんと同じようなものです」

 

 みふゆさんが立ち止まり、眉を下げた。

 ほのかに色づいた太陽がみふゆさんの白い顔を半分照らす。万年桜のウワサ結界は外の時間の動きと連動しているのだという。神浜市の太陽も、同じ色をしているのだろうか。

 緑と灰色が混ざる、透き通った瞳にじっと見られて胸が騒ぐ。

 西の代表の片割れ。その言葉とともに、思い出すのは、昨晩語られた彼女の過去の話だ。

 マギウスがいなければみふゆさんは魔女になっていた。

 

「梓家の人間として相応しい立ち振る舞いを常に求められ、厳しく躾けられました。与えられる課題は膨大で難しいものばかりなのに、できて当然という扱いで。実らない努力は努力として認められず、重箱の隅をつつくように怠慢を責められる。……ワタシのことを想ってくれているのはわかりますが、実家は息が詰まりますし……正直、どうかしてるとすら思います」

「ヒュメミャン、ヒュメミャン」

「ですので、宿帳こそ使っていませんが、ホテルフェントホープという居場所はワタシにとっての救いでした。あの家から離れられるというのは。心底憎んでいるわけではないのですけどね」

「ホーミャミャンミミャヨー」

「だから、救い……」

「ホベーミャンミミャ!」

「ねむには叱られちゃうかもしれませんね。あまり、この場所に寄りかかってほしくなさそうでしたし」

「ニミョイミミャー」

「今真面目な話してるから、静かにしようね」

「ミャー……」

 

 みふゆさんが噴き出した。

 

「ごっ、ごめんなさい……先ほどからちょっとじわじわ来てて……本当に、懐いて……ふ、ふふふっ」

「う、ううん、こちらこそ騒がしくしてすみません……あの、聞いても大丈夫ですか? どうして、その、大事なお話をわたしに……?」

 

 ほっそりとした指で目尻に滲んだ涙を拭いながら彼女は答えた。

 

「ワタシたちばかり、ゆめさんの境遇を一方的に知っていては狡いかな、と思ったので」

「そんな、狡いなんて」

「あとは、こちらをもっと信用してもらえるといいな、という打算もあります。ワタシ、嬉しかったんですよ? ゆめさんがマギウスの翼に入ると言ってくれて」

 

 そう言ったみふゆさんの笑顔に笑い返すけれど、彼女の今の言葉が本当かはわからなかった。わたしの曖昧な素振りに疑念を感じ取られたのか、本当ですよ? と念押しされる。

 

「心配も大きいですけどね。なので、頼っていただければ嬉しいです。……ゆめさんは、まだ十四歳。ワタシからすれば子どもも同然です。お姉さんぶるのもほどほどに、自分の感情をしっかり大切にするようにしてください」

 

 みふゆさんの指がそっと頬をよぎり、顔に垂れた横髪を耳にかけてくれる。ひやりとした肌を感じる。薄荷の匂いが鼻先を撫でた気がした。

 

「お節介かもしれませんが……悲しければ、ちゃんと泣くようにしてくださいね。泣くことは、恥ずかしいことではありません。心の整理をつけるのに必要なことですから」

 

 ミラーズのみふゆさんも、泣いていいのだと言っていた。あちらは悪意だったけれど、きっとこちらは本物の善意だ。

 

「一人になりたいときがあったら、いつでも連絡をください。ワタシの部屋を貸しますから。昨夜はねむの部屋に泊まったんですよね。あの子が寂しがったからでしょう?」

「……いえ、わたしが心細くて、寂しかったんです」

「本当ですか……? 前科があるので疑ってしまうんですが」

「前科ってなんですか、もう」

 

 言い方が可笑しくて笑ったら、みふゆさんのまとう空気がほっと緩んだふうに感じた。

 

「騙されてたじゃないですか」

「う」

「どうします? 白羽根昇格条件に、ねむを甘やかさない、を追加しましょうか」

「そ、そこまで甘やかしてるつもりは。甘やかす、というか、わたしが頼りきりで、その」

「でも騙されてましたよね。あれ、舐められてますよ。お姉さんとしては、引き締めるときはビシッと引き締めませんと! ワタシの友人は、隠しておいたドーナツを食べられるとそれはもう……────嘘でしょ、今からですか?」

「みふゆさん?」

 

 思い出話に入りそうだったみふゆさんの安らいだ顔が、みるみるうちに強張っていく。

 テレパシーを繋いでいるのか、顳顬に指を当てて眉を顰めている。やがて長く溜息をつき、彼女はわたしに向き直った。

 

「……ゆめさん、ねむの部屋はわかりますか?」

「は、はい。大丈夫です」

「すみません、少し呼び出しを受けてしまって……最後まで送ってあげられずに申し訳ありませんが、ワタシはここまでになります。本当にごめんなさい」

「い、いえいえ! ここまで一緒に来てくださって、ありがとうございます。わたしは大丈夫です、えっと、気にしないでください」

 

 ──大丈夫ですから

 みふゆさんは安心したようにほっとしてから、すぐに別れの挨拶をして、方向転換した。本当に急な呼び出しだったらしい。小走りで消えていく背中を見送る。

 

「ヒュメミャン!」

 

 使い魔が、待ってましたと言うように叫んだ。つまらなさそうに廊下に広がっていたのが、またわらわらと集まってくる。

 

「ホーミャミャンミャメェ」

「ホベーミャン! ホベーミャン!」

「ホベーミャンミョニミョイミミャー!」

 

 何を言っているのか全然わからないけれど、使い魔たちは浮足立っている。何かいいことでもあったのだろうか。

 ペンダントでマップを確認する。再び歩き始めながら、胸に抱く使い魔の頭を撫でる。

 

「ヒュメミャン?」

 

 ドーナツはわたしも好きだ。

 

「ニャイメミュミョゥ?」

 





 二部読んでなくて鏡の魔女がえらいことになってるって情報しか知らないんですが、倒せた理由は原作マギレコ時空より鏡の魔女が弱かったということにしといてください……。
 時系列は
 まどか山爆誕→鏡の魔女討伐。世界が滅んだので鏡の魔女に乗っかってたみたまの「神浜を滅ぼす存在になりたい」という願いのバフがいい感じに成就して解除された感じ。
 マギウスの翼が存在しているこの世界では普通に強敵。
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